ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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正義の味方はまだまだ遠い

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴールデンウィークはあっという間に過ぎ去った。勉強して鍛錬して遊んで生徒会で働いていれば本当に一瞬だったと思う。

 

 日々充実しているからこそなのだろう。学園生活を楽しむということに関してはこれ以上ないくらいに達成できているのは間違いないだろう。可愛い後輩たちも現れて、ライバルたちもいて、先輩たちもいる。

 

 一年前は師匠に言われたから入学した感じであったけれど、こうして二年生になった時に改めて去年を振り返ってみると、やはり充実した時間であったと胸を張れるのかもしれない。

 

 思い出は大切、師匠もそう言っていたからな。

 

「笹凪先輩。もう来られてたんですね。堀北先輩は一緒じゃないんですか?」

 

「あぁ、桐山先輩と一緒にケヤキモールで新しいテナントの視察にいってるよ」

 

 二年生になってから最も大きな変化と言えば、やはり生徒会に所属したことだろうか。

 

 鈴音さんに強引に入らせられたという経緯だったけど、こうして所属してみるとそこまで悪い気もしない。忙しくはあるけれど必要なことではあるし、南雲先輩がちょっとストーカー気質で困るという点以外はそこまで嫌な空間でもなかった。

 

 そしてもう一つ、ホワイトルーム生であると睨んでいる後輩が生徒会に入ったことで、考えなければならないことや注意しなければいけないことも増えたのだが、開き直って近距離から情報収集をすると考えれば、寧ろ便利なことなのかもしれない。

 

 八神拓也、それが俺に声をかけてきた新しい生徒会役員の名前であり、一年生で最も気を付けなければならない存在であった。

 

 一見すると柔和で清潔な印象を与える男ではあり、実際にまだ入学してそれほど時間は経っていないというのに、既に女子人気は高くなっているらしい。

 

 学業は優秀そのもの、クラスを纏めるリーダーシップもあり、しかも生徒会役員にもなったので、女子だけでなく一年全体の注目株だろう。

 

 今年の一年生で生徒会に入ったのは八神、そしてもう一人男子生徒が加入したのだが、彼は一年生の間で行われた特別試験の結果、退学になってしまったらしい。

 

 生徒会に入れるほど優秀な生徒であったが、何らかの思惑があったのかそれとも誰かに嵌められたのか、学校を去ってしまった。

 

 どういう状況で、どうしてそうなったのかはわからない。事前に相談してくれれば色々と支援したのかもしれないが、生徒会に入ったばかりでそこまで相談されるほど親しくもなく上級生だから最後までどうすることもできなかった。

 

 悲しい……俺の目標は同学年160人をAクラスで卒業させるという絶対に不可能なものなのだが、別にそれだけで満足するつもりもなかった。しかし現実は無情なもので一年生の一人が去ってしまったことは素直に悲しい。

 

 正義の味方は万人を助けるものだけど、億人は助けられないということなのかもしれない……そして俺は未だに160人すら守ることも救うこともできていないので自称正義の味方でしかないという評価になってしまう。つまり俺はまだまだ弱いということだ。

 

 そんな改めて突き付けられた現実に少し傷ついて、より大きなやる気を手にした一学期だったのかもしれない。

 

 まぁ俺の内心はどうでも良い。今は生徒会室に入ってきた八神のことである。

 

「学校にはもう慣れたかい?」

 

「そうですね、ある程度は……まだまだ困惑することは多いですけど、一年生も幾度か特別試験を乗り越えましたので、少し落ち着いたと思います」

 

 淹れたばかりのお茶を八神に渡して当たり障りのない会話をする。こんなことでも何らかの形で情報が得られるかもしれないからな。

 

「特別試験か……彼が退学してしまったのは本当に残念だ」

 

「僕も同じ気持ちです。一緒に学校や生徒会を盛り上げようと話していたんですけど」

 

 少し前までこの生徒会室にいた彼はもう退学してしまった。なので生徒会に入った一年生は八神だけとなってしまっている。

 

「過ぎたことは悔やんでも仕方がない、次に生かすとしよう……南雲先輩は今日は学校側と特別試験で話し合っているから生徒会には顔を出せないってことだったから、受け取った必要事項を進めていこうか」

 

「はい、わかりました」

 

「とりあえず八神は体育館倉庫に向かって備品のチェックを頼めるか? 点検して問題があるような物は新しく申請して確保しなければならないからさ。二学期の体育祭に向けてしっかりと準備を整えないといけない」

 

「体育祭ですか、今から準備するものなんですね」

 

「本格的に動き出すのは夏休みからだろうけど、例の特別試験で大幅に時間が減るだろうからな、今から少しでもやっとけって南雲先輩が言っていたよ。まぁ大規模な催しになればなるほど事前準備も長くて細かくなるってことなんだろう」

 

 なんでも今年は文化祭もやるらしいからな。そちらに関しても今から少しずつではあるけれど調整していくことになる。組織運営とは事前の積み重ねと根回しだと生徒会に入って実感したことだった。

 

 南雲先輩だったり堀北先輩なんかはその辺の積み重ねと言うか、ノウハウというものをちゃんと理解しているのだろう。まだまだ経験の浅い俺よりもよっぽど生徒会役員としては優秀なのかもしれない。

 

「了解です。それでは僕は備品のチェックに行きますね」

 

「宜しく頼むよ」

 

 南雲先輩から受け取ったチェック用のプリントを八神に手渡すと、彼は柔和な笑みを浮かべて体育館倉庫に向かうのだった。

 

 ホワイトルーム疑惑があることを除けば、本当に優秀な後輩だと思う。そこだけが残念である。

 

 八神が生徒会を出ていくのと入れ替わるように、今度は一之瀬帆波さんが扉を開く。

 

 彼女は入室した瞬間に俺と視線を合わせて朗らかな笑みを浮かべる。多くの人も魅了するその表情にほっこりとした気分になった。

 

 何が楽しいのか、帆波さんはニコニコと笑って生徒会室の席に座るのだった。

 

「帆波さん、何か楽しいことがあったのかな?」

 

「うん、生徒会の扉を開くと天武くんがいるんだなって実感しちゃって。ほら、一年生の頃はそんなことが無かったから……放課後にも会えるんだなって思うと、凄く嬉しいな」

 

「そうか、新参者が我が物顔で生徒会室にいるなんて調子こいてるよね、すまない」

 

「そんなこと言ってないのよ!?」

 

「生意気言ってすみませんでした!! 帆波先輩、お茶をどうぞ」

 

「む~、天武くんは変な揶揄い方するんだから」

 

 ムスッとした顔を見せて来る帆波さんは、しかし新しく淹れたお茶を差し出すとすぐに笑顔に戻ってくれた。

 

 よしよし、このままお茶汲み係は俺のポジションにしてしまおう。目指すのは橘先輩の立ち位置である。

 

 帆波さんはお茶を飲んで一息つくと、机の上に置いた段ボール箱の中身を検める。彼女が持ってきたそれは新しいタブレット端末が幾つか入っており、それは夏休みに行われる特別試験で生徒たちに配布されるものであった。

 

 こうして先行して生徒会役員で使用して、大きな問題が無いようならそのまま全校生徒に配られることになるだろう。こういったチェックも生徒会役員の仕事である。

 

「体調管理を行う腕時計と、タブレット端末……まだ全貌は開示されてないけど、夏の特別試験は大規模な物になりそうだね」

 

 帆波さんは腕時計とタブレット端末を確認しながらそんなことを言ってくる。これらの備品が全校生徒と予備の分まで用意されていることは生徒会役員なら把握していることだからな。

 

 そこから考えれば、極めて大規模かつ全校生徒単位で行われる特別試験があると推測できる訳だ。

 

「南雲先輩もちょっと匂わせてたけど、間違いなく大規模な物になるだろう。それこそ混合合宿や体育祭よりもずっと」

 

「うん、学校側の本気が窺えるもんね」

 

 俺たちが経験した一番大きな特別試験、学年関係なく集ったという意味でなら体育祭や混合合宿が例に上がるだろう。

 

 しかしその時でも全校生徒全員に腕時計やタブレット端末を支給するなんてことはなかったのだから、今度の試験の学校側の気合の入れようは凄まじい。

 

 一体どこから予算が出ているんだと思わなくはないけれど、よくよく考えてみると国が出しているので何の不思議もなかった。そりゃ資金も潤沢だろうし、そんな学園のトップに政府の息がかかっていない人が就いているのなら忍者だって派遣される筈だ。

 

「ねぇ……天武くん」

 

「何かな?」

 

「その……まだ試験の内容が完全には開示されてないから断言はできないけれど、もし協力できるような試験なら、私たちと天武くんで協力とかできないかな」

 

「う~ん……帆波さんの言う通りまだ細かい所まではわからないからなぁ」

 

 俺たちにわかっているのは、全校生徒が参加する極めて大規模な物ということだけだ。どのような形なのか、どんな採点をされるのか、まだハッキリとは開示されていない。

 

 なのでこの場で協力できると断言することは難しい。けれど縋るような顔をされるときキッパリ断るのも少し心苦しかったりするな。

 

「クラスの方針とかもあるだろうし、この場ではちょっと」

 

「あはは、そうだよね……うん、私が間違ってた。また天武くんに甘えようとしてたのかもしれない、ダメだね」

 

「ダメなんてことはない。いつも言ってるだろ、困ったら俺を呼んでくれって。君が困ってたらそれだけで俺が頑張る理由になるんだ……今後の試験がどうなるかはわからないけど、その意思は変わらない」

 

 歯の浮くようなセリフだという自覚はあったりする。けれど帆波さんは気持ち悪がることもなく、寧ろ照れたかのように頬を朱に染めた。

 

「……ありがとう」

 

「まぁ試験の内容によっては、協力してもこっちのクラスが足を引っ張っちゃう可能性もあるだろうけどね、テストとかだと尚更厳しいかもしれない」

 

 メキメキと実力を伸ばしているウチのクラスではあるけれど、やっぱり不安なのはそこだ。その点で言えば帆波さんクラスにはやっぱり敵わないだろう。

 

「大丈夫、その時は私たちのクラスがそっちを助けるから」

 

「そりゃ助かるけど、敵同士なんだからそこまでするのはどうなのかな」

 

 帆波さんは俺のそんな言葉に唇を尖らせる。納得できないとばかりに。

 

「天武くんがそれは言うのは駄目だよ、学年で一番クラス闘争に無頓着な上に、敵の私をあんなに助けてくれたんだから」

 

 まぁ最終的に全員をAクラスに上げるのが目標なので、確かにクラス闘争はそこまで真剣じゃない。特別試験に関しては己を鍛え上げる場であり交流の時間と考えているので、尚更そうなのかもしれない。

 

「天武くんは敵じゃない……うん、そこはもう揺るがないかな」

 

「……嬉しい言葉ではあるけれど、神崎辺りが聞いたら恐そうだ」

 

「どうして?」

 

「彼は俺を警戒しているようだったからね」

 

「あ~、そう言えばこの前の試験でも神崎くんは天武くんを警戒してたかな。500点満点を取ってたから……アイツはいつまでも底が見えない奴だって言ってたよ」

 

 最後の方の言葉は神崎を意識してのものだろうか? 少し声を低くしてイケメンっぽく発言していた。

 

「やっぱり警戒されているようだな」

 

「でも神崎くんは別に天武くんのことを嫌ってる訳じゃないと思うよ。強力なライバルだって考えてるんじゃないかな」

 

「だと良いんだけどね」

 

「大丈夫、もし神崎くんが天武くんと敵対しても私が守るからね」

 

「……」

 

 そこは俺から神崎を守るというべきなんじゃないだろうか? いや、そこまで言ってくれるのは嬉しいんだけどさ。

 

 神崎の警戒や俺への注目なども、別に間違っている訳でもない。寧ろ正しいことだと思う。

 

 俺も段ボール箱からタブレット端末と体調管理用の腕時計を取り出して、問題なく稼働するのかチェックを開始する。もし試験中にエラーでも起これば面倒なことになるので、今の内からしっかりと確認しておかなければならない。

 

 帆波さんと一緒にこうして生徒会で作業することも増えたな。同じ役員なんだから当たり前のことではあるんだけど、これまでは別クラスだったからどうしても柵があったりした。

 

 今更何を言っているんだと思うけれど、こうして生徒会という繋がりができたのは素直に嬉しく思う。俺がこの学校である意味では一番注目している人でもあるのだから。

 

 俺たちの世代の卒業式では彼女に生徒の代表として立ってもらいたいものだ。その気持ちは今も変わっていない。

 

 帆波さんもそうだけど、龍園や坂柳さんにだって現状に甘えず前に進み続けて欲しい。

 

 俺は皆を救いたい……けれど同時に「ポイントなんていらない、邪魔だそこをどけ」とも言って貰いたいんだろうな。

 

 そう考えると、俺はなんとも難儀な性格をした男なのかもしれない。正直に言わせて貰えば面倒が極まっている。

 

 正義の味方であると同時に、ラスボス志望でもあるとか、幾ら何でも属性を盛過ぎである。キャラの渋滞が起こってるじゃないか。

 

 もしかしたら三クラスで同盟を組んでこっちを引きずり降ろそうとする未来だってあるのかもしれない。そうなると俺たちのクラスはまさにラスボスだ。

 

 魔王役は清隆に押し付けるとして、参謀役に鈴音さんと俺か……悪くないのかもしれない。

 

 まぁそんな状況に陥ること自体を避けるべきなんだろう。そもそも三クラスで同盟を結ばれるとか、こっちが大差のクラスポイントを持っていることが前提だろうし、そこまで大勝することはウチのクラスの総合力を考えれば難しい筈だ。

 

 今後の試験がどうなるかはまだまだ不透明ではあるけれど、切磋琢磨することは間違いない。勝って負けてを繰り返していればあっという間に卒業式になりそうだ。

 

 今、机を挟んで対面の席に座っている帆波さんとも、その内にぶつかり合うのだろう。もしかしたら次の試験でそうなる可能性だってあった。

 

 クラス間を越えた友情はあると確信しているけど、やっぱり残酷な高校だと考えるしかない。

 

 だから全員が笑顔になれるように、最高にカッコいい勝ち方が必要なんだと、俺は改めて思う。

 

 120人を蹴り落としましたと自慢するよりも、120人を救ったと胸を張る方が凄いに決まっているんだ。南雲先輩も言っていたけどこの学校のシステム的にそれは不可能に近いけれど、それが出来た奴が問答無用で一番カッコいいんだから正義の味方としては目指すしかない。

 

 正義の味方ってことは、つまり最高にカッコいいってことだからな。不可能かどうかはあまり関係が無かったりする。

 

 本当に、面倒な性格をしていると自覚するしかない。出来る筈がないことに手を伸ばしているんだから、いっそ滑稽なのかもしれないな。

 

 何であれだ、今は夏休みに行われると推測できる特別試験に向けて心身を調整するとしよう。細かい情報が開示されれば戦略だって考えていかなければならない。

 

 当然ながらどんな試験だろうと勝つ。正義の味方とは、天下無双の漢とは、その積み重ねの先にしかないだろうから。

 

 クラスメイトにも、そして対面にいる帆波さんにも、こいつは最高にカッコいい人だと思って貰えるように努力するしかない。

 

 師匠には遠く及ばない不完全な人間でしかないが、そこを目指すこと自体はできる。

 

 あまりにも遠すぎる一等星のような人に憧れを持つと、その弟子は苦労する……俺はそんなことを思うのだった。

 

 正義の味方とは最高にカッコいい人のことだけど、そんな人はこの世のどこにも存在しないので、つまりは不可能と言うことになる。

 

 星に手を伸ばしているかのようだ、せめて師匠くらいに強く賢くなれれば良いんだけどな。

 

 まぁ、この夏の間にまた一つ成長できるだろう。一つ一つ積み重ねていけば宇宙にだって行ける、師匠にもいつか追いつける。

 

 つまりは、それが俺の人生であった。

 

 

 

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