ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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夏の特別試験

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴールデンウィークが終わって暫く過ぎ去り、梅雨の季節も終わっていよいよ夏の気配が近づいてくることになる。これが普通の学校であるのならば目前にまで迫った夏休みに胸を膨らませるのかもしれないけど、この学校は残念なことに生徒たちにそんな希望は持たせない。

 

 部活に入っている者はこの季節は全国大会とかに集中するのかもしれないけど、定期的に特別試験を挟みこんで来るのでそもそも大会に参加しない部活動があったりもするらしい。

 

 今年の夏休みだって去年と同様だ。生徒会に所属しているので他の生徒よりも早く学校の動きなどを把握できるので、夏休みに大規模な試験が全校生徒を対象に行われることがわかっている。

 

 混合合宿や体育祭のように学年を問わずに行われる大規模な特別試験、その細かな内容が開示されたのは夏の気配がすぐそこまで迫った頃であった。

 

 朝のホームルーム、いつもキリッとした雰囲気を纏っている茶柱先生が少しだけ緊張した様子で教室に入ってくれば、一年生の頃からすっかり調教された俺たちは全員が来たかと身構えてしまう。

 

 色々とあったからな、茶柱先生がこの雰囲気を出す時はいつだって特別試験が開示されることは皆が知っているらしい。

 

 緊張を高める者、喉を鳴らす者、普段と変わらず自然体の者、反応は様々ではあるが全員の意識が茶柱先生に向けられていた。

 

 そんな俺たちを見て茶柱先生は不敵に笑って見せる。

 

「お前たちとの付き合いも長くなってきた、何となく察していることだろう……そうだ、夏休みに特別試験が行われることになっている、今日はそれを伝えておこう」

 

 ほら来た、この学校は次々と試練を生徒たちに与えて来る。

 

「まだ少し先の話ではあるが、夏休みにバカンスに連れて行ってやろう」

 

 やった、この学校は最高だと喜ぶような間抜けはこのクラスにはいない。去年も似たようなことを言われてあのサバイバル試験だからな。寧ろ全員が疑いの視線で先生を見る辺り、本当に成長したということだ……まぁ、教師の言葉を額面通り受け取らないのはどうなんだと思わなくもないが。

 

「八月四日から八月十一日までの七泊八日間、お前たちはこの豪華客船で自由に夏休みを満喫することが出来る。劇も見るのも食事に舌鼓を打つのも良いだろう。そして、船上で特別試験を行うことも一切しない」

 

 今、クラスメイト全員が「絶対に嘘だ」という思いを言葉も無く共有した筈だ。誰一人としてこの学校を信頼などしていないのだから。

 

 茶柱先生が黒板代わりの大型モニターを操作して色々と豪華な船旅を説明してくれるのだが、それを素直に受け入れてはしゃぐことは難しい。

 

「まぁお前たちも学習しているようだな……その通り、この豪華な船旅を満喫できるのはその前に行われる特別試験を乗り越えた者だけだ」

 

「特別試験はいつから始まるんですか?」

 

 平田の質問に、茶柱先生はモニターを操作しながらこう返す。

 

「少し先だ。次回の特別試験は夏休みに行われる……お前たちには無人島サバイバルに参加し、競い合って貰う」

 

「今年もアレをやるのか……」

 

 啓誠が困惑したように呟く、去年の試験を思い出しているのだろうか。

 

 色々とあったけれど最終的には上手く終わらせることができた試験であったな。ただ決して簡単なものではなかったのは間違いない。

 

 しかしこのクラスも成長している、連帯感や意識の向上なども出来ている。来るなら来いと言い切れるくらいのチームにはなれている筈だ。

 

「全員去年の無人島サバイバルを思い出しているだろうが、今年行われるモノはこれまでとは一線を画したもの。どの特別試験よりも過酷かつ厳しいものになるだろう……求められるのは総合力だ。学力だけでも体力だけでも足りはしない」

 

 どの試験よりも過酷という説明に何名かが喉を鳴らす。そんなクラスメイトたちの緊張は徐々に全体に伝播していき俺にも届く。

 

 再び黒板代わりの大型モニターを操作して、茶柱先生は特別試験の内容を説明してくれた。かつてない程に大規模で過酷と言い切るだけあって、確かに巨大で複雑なものであった。

 

 生徒会室でチェックした機材からある程度は推測していたのでそこまで大きな驚きはないが、これが完全に初見なクラスメイトたちは大きな衝撃を受けているようだ。

 

 去年行った無人島サバイバルをより大規模に拡大して、しかも生徒の総合力を求められる特別試験であった。

 

 しかもこの日程だと夏休みの大部分が消滅することになる。やりたい放題とさえ言えるほどの無茶ブリである。流石は国が運営している学校だと驚けばいいのか、それとも呆れればいいのか、判断に迷う所である。

 

 黒板代わりのモニター映し出された細かなルールや試験の内容は主なものはこれだ。

 

 

 全学年合同での無人島サバイバル試験、生徒はクラスを問わずに幾つかのグループを作って課題に挑む。最も多くのポイントを得たグループの上位三組に報酬が与えられる。

 

 要約するとこれだけなのだが、当然ながら言葉にするほど簡単なものでもない。

 

 まずグループは一年生や三年生とは組めない、しかし同学年ならばグループを作れる。いつもなら競い合う他クラスとも協力できるということだ。

 

 グループの数も様々ではあるが男女の割合などは細かく設定されており、誰でも好きにとはいかないらしい。例えば男女でペアのようなグループは認められないらしい。

 

 そうやって様々な制約や思惑の先で無数のグループをそれぞれの学年が作り、最も成績の良かったグループが勝者となる訳だ。学力を競い、体力を競い、なんだったら運や特技なども競うのだからまさに総合力が求められる。

 

「先生、ペナルティに関してはどうなりますか? 退学の危険性はあるんでしょうか」

 

 そんな俺の質問に茶柱先生は深く頷く……当然のことだったな。

 

「ただし、プライベートポイントを支払えば回避することは可能だ。グループの人数で割り勘となるがな……それと注意しなければならないのは直前になってのポイントの譲渡は認められていないということだ、救済をするのならば事前にポイントを渡しておくことだな」

 

 モニターにはペナルティとそれを回避するポイントに関して映し出された。金で解決できる問題ならば話が早いので何も問題はないな。

 

 寧ろ、最初からポイントを渡した生徒をさっさとリタイアさせて、リスクを帳消しにできるという利点もある。金さえあればそれも可能だとするのなら一気に楽な試験になる。少なくとも俺の中では。

 

「それともう一つ、今回の試験には生徒それぞれに特殊なアイテムのような物が与えられることになっている」

 

「え、何ですかこれ!?」

 

 池の驚きも当然であった。モニターに映し出されたアイテムはとても重要で複雑なものであるからだ。

 

 

 基本カード一覧

 

 先行 試験開始時に使えるポイントが1.5倍される。

 

 追加 所有者の得るプライベートポイント報酬を2倍にする。

 

 半減 ペナルティ時に支払うプライベートポイントを半減させる。

 

 便乗 試験開始時に指定したグループのプライベートポイント報酬の半分を追加で得る。指定したグループと自身が合流した場合効果は消滅する。

 

 保険 試験中に体調不良で失格した際、所有者は一日だけ回復の猶予を得る。不正による失格などは無効とする。

 

 

 

 特殊カード一覧

 

 増員 このカードを所有する生徒は七人目としてグループに存在できる。本試験開始後から効力が発揮され、男女の割合にも左右されない。

 

 無効 ペナルティ時に支払うプライベートポイントを0にする。このカードを所持する生徒のみ反映される。

 

 試練 特別試験のクラスポイント報酬を1.5倍にする権利を得る。ただし上位30パーセントのグループに入れなかった場合グループはペナルティを受ける。また増加分の報酬は学校側が補填するものとする。

 

 

 

 そんな様々な効果を持ったカードを生徒たちにそれぞれ与えられるらしい。使いようによっては強力であったり、リスクを減らせたりと便利な物も多い。生徒たちはそれぞれランダムにこれらのカードを得て、その後は売るなり交渉するなりして色々と動かしても良いようだ。

 

 場合によっては欲しいカードをポイントで購入したり、自分の持っているカードと交換することだってできるだろう。そういった準備期間を用意する為にまだ夏休みでもないのにこうして早い段階で説明をしているらしい。

 

 これは、この後に全学年で大規模なポイントのやりとりや交渉が行われるだろうな。

 

「大規模かつ複雑な試験になる。この場の説明だけで完全には理解できないだろう。現時点で生徒の持つ端末で電子マニュアルが閲覧可能になるので、不安な者はしっかりと読み込んでおくといい」

 

 言われた通りOAAから特別試験のマニュアルとルールブックをダウンロードしておくか。

 

 茶柱先生はざっくりと特別試験の説明を終えると後は生徒たちにホームルームの時間を渡した。後は好きに相談しろということらしい。

 

「鈴音さん、いよいよ来たって感じだね」

 

「えぇ、去年以上に規模の大きな物になりそうだわ。生徒会で見たタブレットや腕時計からある程度推測はしていたけれど、想像以上に複雑で巨大な試験みたいね」

 

 規模が大きいだろうことは生徒会役員なら理解出来ていただろうけど、ここまで複雑な試験になると想定することは難しい。特にカードの配布であったりは予想外でもあった。この辺はもしかしたら南雲先輩の助言があったのかもしれないな。

 

「どうかな、君はもう結果が見えてるのかい?」

 

「そんな訳がないでしょう……これだけ複雑で大きな試験なんだから、どれだけ計算しても絶対はありえない。天武くんだってその筈よ」

 

「あぁ、そうだね。正直、終わらせ方がまだまだ見えない」

 

 それは俺だけでなく清隆も同じだろう。そもそも今日説明されたのはまだ試験の入口とさえ言える段階だ。まだまだ不透明なことも多いので計算も推測も無意味である。

 

「今、私たちにできるのは、少しでも本番に有利に立てるように準備することだけね」

 

「今回の試験で重要な部分は、一定の条件はあっても他クラスとグループが組めるってことだ」

 

「その分、得られる報酬は減るでしょうけどね」

 

「けれど総合力を求められるのだとすれば自分たちだけでというのはなかなか難しいさ」

 

「わかっているわよ。条件次第ではそういった選択肢も十分にあり得る」

 

 そこで鈴音さんは思案を止めて真っすぐに俺を見つめて来る。

 

「天武くんは、今回の試験どうするつもりなの?」

 

「現時点ではなんとも言えないかな。他クラスの動きや他学年の動きを把握した上で判断したい」

 

「そうなるでしょうね」

 

「まぁクラスの方針や指揮は鈴音さんに任せるよ」

 

「あら、私に丸投げするつもりなのかしら」

 

「君を信頼しているからね。助言もするし、幾らでも手伝うけど、君は君の考える最善を選べばいい。俺は俺にしか出来ないやりかたで動くとするよ……リーダーは君だからね」

 

「それがどんな無茶な方針であっても受け入れると判断するわよ……例えば、貴方一人で試験に挑ませることだってあるかもしれないわ」

 

「そうなったら受け入れるよ。君が最もそれが勝率が高いと判断したのならさ」

 

 実際、長い時間を無人島で過ごして走り回ると考えれば、寧ろ俺は一人でいたほうが効率的なのかもしれない。そこまで簡単な話でもないんだろうけど、それでもだ。

 

「自分で言っておいてなんだけど、貴方は下手に協調させるよりも自由に暴れさせた方がこういう試験では良い結果に繋がると思うのだけれど」

 

 どうやら鈴音さんの中でも俺を単独で無人島に放り込む計算があるらしい。去年見せたこちらの体力や身体能力、総合力を考えれば妥当とさえ言える判断であった。

 

「鈴音さんは上位入賞の全てをこのクラスで埋めるつもりなのかい?」

 

「そんなことは不可能よ。他クラスは勿論のこと三年生たちや一年生たちも強敵揃い……それが出来れば理想的だけど、まだどこか一つに滑り込むことに集中したほうが現実的でしょうね」

 

「だとすると考えられる手は二つだ。クラスで最も総合力が高いと言えるグループを作って上位入賞を狙う、そして保険として俺が単独で上位入賞を狙う。更に欲を言えばその二つのグループで一位と二位を奪う、これだ」

 

「理想的ね……難しいんでしょうけど」

 

 そりゃそうだ、他クラスや他学年だって精鋭揃いなんだからな。易々とこんな妄想を許してくれる筈もない。

 

 まだ、他クラスの精鋭と協力関係を結んで隙のない布陣を作り上位入賞を狙う方が現実的であるとさえ言えるのかもしれない。

 

「ただそうね、クラス全体は上位30パーセント狙いをしながら、これだというグループには上位入賞の内のどれか一つ、可能ならば一位狙いをするのは悪くないかもしれないわ」

 

「そこに一点賭けする訳か」

 

「仮に失敗したとしても、30パーセント内に入れれば大損害にはならないもの」

 

「だとすると一点突破のグループを組むよりはバランスを意識した方が良いのかな?」

 

 鈴音さんは深く考え込んでいる。まだ現時点でどんな形が最善なのか判断できないのだろう。俺だって気持ちは同じだ。

 

「はぁ、難しいわね……今はまだ断言はできないわ」

 

「ん、まぁ他クラスや他学年の動きを把握してからでも遅くはないと思うよ。カードだってまだ配られてないんだからさ」

 

「えぇ、本格的に動き出すのはそれからでも遅くはないでしょう」

 

 動きがあったとしても放課後からだろうな。ここから夏休みまでは学校の至る所で生徒たちが交渉や駆け引きを行う筈だ。当然ながら俺もその内の一人である。

 

 そんな予感を証明するかのように。どこか特別試験の説明と衝撃によって弛んだ雰囲気が広がっていた午前の授業を終わらせ、放課後になった瞬間に様々な場所でスマホの着信が鳴り響くことになるのだった。

 

 既にグループ作りは動き出していると言うことだ。優秀な生徒はすぐにスカウトが来るだろうし、場合によっては報酬だってチラつかせることになる。学力に不安のある生徒は頭の良い者と、体力に不安のある者は運動能力のある者と、或いは楽だからと仲の良い者同時で組むことだって戦略の一つではあるだろう。

 

「随分と人気だな」

 

 放課後になった瞬間に俺のスマホはずっとメールの着信を知らせている。それを見て清隆がどこか感心したようにそんなことを言って来た。

 

「だが他の奴らには悪いが、お前はオレと組んでくれるんだろ?」

 

「え、いや、それは鈴音さんの方針次第だけど」

 

「……え?」

 

 そうなることが当然といった感じで清隆は言ってくるけど、別に本決まりという訳でもない。彼となら俺もかなり楽できるだろうことは間違いないが、まだまだ不透明な部分も多いからな。

 

 なので現時点では何とも言えないと伝えると、清隆は何故か捨てられた子犬みたいな顔をしてくる……君はそんなキャラじゃなかったと思うんだが。

 

「そうか……オレは一人寂しく無人島で過ごすことになるのか」

 

 そして凄く寂しそうな顔をしてくる。なんだか悪いことをした気分になってしまうので止めて欲しい。

 

「まぁ、無人島なんていう監視カメラが一つも無いような場所での試験なんだ、色々と気を付けたいっていうのは本音かな」

 

「そうだな、月城にとってはこれ以上ないくらいに身軽に動ける環境だろう」

 

「だとすると、清隆は他の人とグループは組めそうにないか」

 

「あぁ、下手に巻き込みたくはない」

 

「ん……そうなるとやっぱり俺と組むのが一番になる」

 

「だがお前が単独で動く場合の利点もわかるぞ。おそらくそれがこのクラスで一番上位入賞できる可能性が高い手段だろうからな」

 

「けれど清隆が一人になってしまうからなぁ」

 

 悩みどころである。試験が始まる前に月城さんを海に沈めておけば全て楽になるのではないかと考えてしまう程だ。

 

 実際に……それが一番話が早いけど、どうしたものかな?

 

 スマホに届くメールを確認しながらホワイトルームと月城さん対策を考えているが、今から理事長室に殴り込んであの人を処理するのが最善だと思ってしまう。こういう思考は駄目なんだろうなきっと。

 

「清隆、一つ提案なんだけど、試験開始直後に即リタイアって選択肢はどうかな?」

 

「ポイントを支払って船に引きこもる作戦か……悪くはないが、その場合は相手の出方が見えなくなるな」

 

「なるほど、敵が誰なのかハッキリさせたい訳か」

 

「あぁ、月城もホワイトルーム生も、無人島という環境ならば身軽に動く筈だ。そろそろわかりやすいアクションを期待したい」

 

 誰が敵で、どれだけの脅威で、何人の協力者がいるのかを無人島で知りたいのだろう。自分自身を餌にするのはどうかと思うけど、確かに今の膠着状態を打破するのは良い環境なのかもしれないな。

 

 だからこそ、保険として俺と組めばほとんどの脅威がリスクなく排除できると考えているのだろう。後、単純に寂しいのかもしれないな。子犬みたいな顔をしているし。

 

「現状ではどうなるかわからないけど、今後の展開次第としか言いようがないかな」

 

「そうだな、無理強いもできないか」

 

「もし問題が無いようなら俺たちで組もう」

 

「あぁ、楽しみにしている」

 

 どうなるかはわからないけどね、ただホワイトルームや月城さんの動きを警戒して注目しているのは間違いないので対処はしておきたい。

 

 こういう時、頼りになるのは九号である。

 

 彼女はクラス闘争も特別試験も何の興味も持っていないので、完全にこちらの都合で動かすことができる便利な存在だ。

 

 彼女も内偵対象が派手に動くかもしれないとするのなら、当然ながら自分の仕事をするだろう。そう考えると無人島という環境はピンチでありチャンスなのかもしれない。

 

 これを機に徹底的に弱みと隙を晒してくれることも期待するとしようか。もしかしたらこの試験であの人を完全に排除できるかもしれないからな。

 

 後、無人島なのだから海も近い、そう考えると俺にとっても良い環境だった。

 

 守りに入るよりも寧ろ釣り上げるくらいの姿勢で行った方が良いのかもしれない。いつまでもあの人の都合に振り回される訳にもいかないのだから。

 

 本当に、そろそろ終わらせるとしよう。

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