7月20日、俺たちにとって二度目の夏休みを迎えた今日、全校生徒と教職員、そして「臨時」で雇われた外部協力者を乗せた豪華客船は、巨大な無人島を一望できる海の上にいた。
そう、いよいよである。過去にない程に巨大で過酷な試験が始まろうとしている。
普通の学校ならば夏休みに胸をときめかせる生徒ばかりなのだろう。或いはこの時期に催される全国大会に向けて集中しているのかもしれないが、生憎とこの学校はそういった世間一般の予定などをぶった切って生徒に試験を強制させるのだ。
しかしあれだな、部活に入っている生徒は全国大会とかに出場する為に練習とか試合をするものなんじゃないだろうか? バスケの大会日程などは詳しく知らないがそういった場で活躍する為に須藤とかも練習している筈なんだが。
まぁ夏ではなく冬の大会が本番と言う考えなんだろうか。少なくともこの学校は冬休みまで潰して試験を差し込んではこないだろうしな。
少なくとも去年はそうだったので、今年もそうであると願いたい。
「去年より大きな島ね」
豪華客船のデッキで風に当たりながら島を眺めていると、隣に鈴音さんがやって来て俺と同じような感想を述べた。
「うん、あれだけ大きいと全校生徒や教職員を受け入れても、まだまだ余裕があるだろう。他に何か気が付いたことはあるかい?」
「高低差もありそうだから、どうしても体力が必要になるでしょうね。運動能力に自信の無い生徒はそれだけで厳しい試験になるかもしれないわ」
「無理はさせないように言っていたじゃないか」
「えぇ、退学のリスクも無いのだから、そうさせるつもりよ。上位三組は貴方のグループに任せるという方針は周知徹底しているから、後は無茶をさせずに上位50パーセント狙いになるでしょうね」
試験開始と同時に速攻でリタイアする生徒には既に救済用のポイントと報酬のポイントを渡してある。最終の意思確認も行って学校側に結んだ契約書も提出している。そこは安心できるポイントだった。
師匠曰く、後顧の憂いを断つのは大切とのこと。
退学のリスクが無くなったので試験に挑む生徒は固くなりすぎることはないだろう。程よい緊張感と共に試験をこなせる筈だ。
ここに来るまでに出来る準備は全て済まして来た。退学者の救済もそうだけど、カード集めや交換なども積極的に行っており、やるべきことは進められただろう。
「鈴音さんも、無理しちゃダメだよ」
「心配してくれているのかしら?」
「そりゃ勿論。なにより君は去年の無人島試験で体調不良だった前科があるからさ。心配にもなるって」
「去年のことは蒸し返さないで欲しいわね」
「あぁそうしよう……今年は大丈夫そうだね」
「えぇ、程よい緊張感があるだけよ」
「よし、なら後は挑むだけだ。一緒に頑張ろう」
豪華客船のデッキに穏やかな海風が吹き抜ける。僅かな潮の香りがするそれに背中を押されるように、生徒たちは特別試験の説明を聞く為に、船内に戻っていく。
「ところで鈴音さん、本当に一人で挑むつもりなのかい?」
「そのつもりよ。合流することも視野に入れているけれど、序盤は一人でしょうね」
「そうか」
「もしかして心配してくれているのかしら?」
「言うまでもないことだけど、言葉にしておこうか……そうだよ、とても心配している」
「そう、悪い気はしないわね」
こちらの心配を他所に、鈴音さんはどこか上機嫌な様子で船内にある映画館の席に座った。
別に俺たちは映画を観に来た訳ではなく、この場所で試験の説明がされるので腰を下ろしただけである。同じように二年生たちはこの映画館に集められており、一足早く説明を終えた一年生たちと入れ替わるようにここにいた。
俺と鈴音さん以外にも、クラスメイトたちや他クラスの姿もこの映画館にはある。誰もが椅子に座ってその時を待っているようだ。
坂柳さんは神室さんと橋本に挟まれるように座っており、そこから距離を置いて葛城派閥の姿もある。どうした訳か両者の間にある席には一之瀬さんたちが座っており、映画館の後方は龍園クラスが占拠している。
俺と鈴音さんがいるのは前列中央、一番スクリーンと近い位置であった。
壇上には真嶋先生がマイクを片手に立っており、遂に試験の説明が始まることになる。
「ではこれより無人島における特別試験のルールを説明したいと思う」
そう言われるこの映画館に集まった二年生たちの緊張と集中が一気に高まったのがわかった。試験前特有のあの空気は、二年生になっても変わることはないということだろう。
「無人島に滞在する期間は明日からの二週間。昨年の無人島と同様に自分たちで自由に生活を行って貰うことが基本となる。試験期間中に続行不能な怪我や体調不良に陥る、もしくは重大なルール違反を犯した場合は容赦なく強制リタイアという形をとる。最大三人までの小グループを組んで貰ったことは記憶に新しいと思うが、ある条件のもと小グループ同士が集まり、最大6人までの大グループを作ることが解禁されるだろう」
真嶋先生の説明は予測できたものであり、同時に試験の本質をまだ話してはいない。どうやって、どうすればがまずは知りたかった。
「各グループには得点を集める戦いを行ってもらう」
映画館のスクリーンに今回の試験に関する様々な情報が映し出されていく。退学の回避に必要なポイントだったりその条件だったりは大きな齟齬はない、ペナルティなども事前説明と一緒だ。
重要なのは得点を集めるという言葉だろう。そして以前に茶柱先生が言っていた総合力が求められると言う説明、そして無人島という環境、わかっていたことではあるが一筋縄で済ませられる試験ではないらしい。
真嶋先生の説明と、スクリーンに映し出された情報によると、得点の稼ぎ方は主に二つあるらしい。
一つは基本移動による会得、これは簡単に言えば一定時間ごとに学校側が指定するエリアに辿り着くことで得られるものである。誰よりも早く付けば一番ポイントが貰える。とてもわかりやすい。
一番最初に着けば10点、二番目で5点、三番目で3点、それ以下は到着しただけで1点が貰えるらしい。体力自慢はこぞって参加するだろう。日に四回の場所指定があるらしいので、もし全てのエリアに一番で辿り着ければそれだけで40点、加えて到着ボーナスも貰えるので44点が貰えることになる。
ただし気を付けなければならないのは、このエリア指定を連続でスルーしてしまうと稼いだ点数もペナルティで減少してしまう点だろうか、自分の体力と相談しながらペース配分を意識する必要もあるということだ。力尽きて連続スルーなんてことは避けたい。
もう一つの稼ぎ方は無人島内で行われる様々な課題を攻略することで貰えるとスクリーンには映し出されている。
生徒たちが説明に聞き入っている中、真嶋先生はいつか生徒会室で見た腕時計を掲げて見せつけた。
「明日の試験開始から試験終了まで、生徒にはこの腕時計を身に着けてもらう。その他に腕時計と連動するタブレットも支給されることになる。単純な時刻の確認だけでなく、得点を得る為に必須の道具でもある。基本移動の得点などはこの腕時計を元に集計されるからだ」
GPS代わりになるということだ、そして生徒たちの体調を観察する為の物でもある。もし著しく脈拍などに異常が現れればアラームが鳴り、深刻な場合は学校側が迎えに来る手筈になっている。
生徒が事故で重傷を負いましただと、学校側の責任になるだろうから当然の措置でもあった。
またこの腕時計は装着した生徒たちをそれぞれテーブル分けがされており、生徒それぞれが異なる移動場所に誘導されるらしい。
全員が全員、同じ指定エリアに向かって競走する訳ではないということだ。
腕時計と一緒にタブレット端末も生徒に配られることになる。これもまた生徒会室で以前に見たものだな。こちらも地図の確認であったり、或いは他者の腕時計の位置から誰がどこにいるのか確認したりと、試験を乗り越える上で欠かせないものである。
会得したポイントを消費すれば誰がどこにいるのかもわかるらしい。使い所を考えなければならないだろうけど、必要になる場面もあるだろう。
「基本移動」「課題」無人島でこれらを攻略しながら点数を稼いでいき、多くの点数を稼いだ順に報酬を得られる。単純なようでとても複雑な試験と言えるのかもしれない。
この場合、やはり学年全体で結託する作戦が取れる南雲先輩は強敵だろうな。そんなことを考えていると、壇上の上に真嶋先生からマイクを渡される月城さんの姿が見えた。
相変わらず柔和な笑みを浮かべており、それだけならば穏やかな印象を与えて来るのだが、平然と懐に銃を忍ばせる人なので絶対に油断はできない。
俺の中では、海が似合う男ランキング一位となっている。東京湾も似合うけど、やはり太平洋も似合う。
真嶋先生からマイクを受け取った月城さんは、一瞬だけこちらに視線をやってからぎこちなく唇を歪めると、すぐに生徒全体を見渡してこう切り出した。
「私からは1つだけ、生徒の皆さんに注意点を説明させて頂きます。学校は生徒である皆さんを守る立場として、最大限安全と秩序の監視は行います。が、それでもこの無人島では全てに監視の目が行き届くわけではありません。特に多く発生すると思われるのが男女の違いによる敏感な問題です」
誰がどの口で最大限の安全等と言っているのだろうか。試験に当たり前のように介入してくる上に、公平性など完全に無視した前科があるというのに。
「もし性的なトラブルが発生した際には、我々は退学も含め躊躇なく厳しいペナルティを与えます。悪質だと判断した場合は警察への通報も行います。どうかその点をお忘れなきようにお願いいたします」
言っていることは至極当然のことである。けれど俺には月城さんが敵だというフィルターがかかっている為に、あらゆる言葉が説得力を無くしてしまう。これは気を付けないとダメなんだろうな、別に間違ったことは言っていないのに何故か批判的になってしまうのだから。
師匠曰く、中庸は大切とのこと。
「また、無人島の滞在が長くなればなるほど、自然とフラストレーションは溜まるものです。食料不足や水不足によって、時には生徒間で小競り合いすることもあるでしょう。それに関しては――私はある程度認める方針です」
まるで、特定の生徒が誰かに襲われても仕方がないよねと言い訳しているようにも思えた。
ある程度の暴力を容認するかのような発言に映画館に集まった生徒たちと壇上の真嶋先生の間に緊張が走る。しかし月城さんは自らの発言を撤回することは無かった。
「一切の揉め事を完全に押し留めるなど不可能です。しかし容認すると言っても推奨している訳ではありません。偶発的なトラブルを認めるだけであり、悪質だと判断したトラブルには遠慮なく学校側は介入します。略奪行為、同意なき相手の所持品の使用は当然見過ごせず、場合によっては退学してもらうことになるでしょう」
そしてまた月城さんの視線が俺に向けられる。
「ですので、いつどんな時でも冷静であるように心掛けてください」
今のは忠告だろうか? 寧ろそのセリフはこちらから月城さんに言うべきことなんだが……。
「私からは以上です。どうか高度育成高等学校の生徒に相応しい行動をお願いいたします」
全てを言い終えてから月城さんは僅かに一礼して壇上を去っていくことになる。これで特別試験の学校側からの説明は終わったことになるのだろう。
同時に、これは月城さんからの宣戦布告でもあるのかもしれない。暴力を織り交ぜた展開が起こりうるという宣言にも近い。
清隆は自分を餌にして月城さんやホワイトルームの関係者を釣りだす算段なのだが、本当に大丈夫だろうか?
素直に心配である。こういう時に未来が見えたらと願わずにはいられないのだが、俺は南雲先輩ではないのでそんなことはできない。
努力するしかないな。結局、俺にやれるのはいつだってそれだけであった。
次に生徒たちに紹介されるのはリュックサックである。形も大きさも様々なそれは無料で配布されて生徒たちが自分に合った物を自由に選択することができる。
「まぁ一番大きいリュック一択だよな」
「邪魔にならないかしら?」
「多くの荷物が持てるのは魅力だよ」
隣にいる鈴音さんは通常サイズのリュックで行くつもりなのか、注意深く見分をしていた。
見本というか、サンプル用に設置されていたので、試しにこの最大サイズのリュックに可能な限りの水入りペットボトルを詰め込んで背負ってみると、特に苦もなく持ち運ぶことができる。
「ん、問題なさそうだな」
「……そうね」
鈴音さんがそんな俺を見てチベットスナギツネっぽい顔になっている。いや、彼女だけでなく周囲にいる生徒も似たような顔をしていた。
「ぐ、ぬおおおおおお!!」
だが負けず嫌いの生徒もいるようで、俺と同じように最大サイズのリュックに水を詰め込んで背負おうとしている生徒がいる。龍園クラスの石崎であった。しかしプルプルと震えるだけで一歩も歩くことは出来なかったらしい。
近くにいる伊吹さんが呆れたような顔をしているのが印象的である。
「何やってんのよアンタは」
「だってよぉ、笹凪が軽々持ってたから意外にイケるんじゃねえかと思って」
「アイツと力比べしても無駄だって」
最後には石崎は膝を突いて倒れこんでしまう……懐かしいな、俺も師匠の改造を受け始めたばかりの頃はよくああなっていた。
でも気が付けば数百キロを超える仁王像を平然と背負えるようになっていたのだから、師匠は本当に凄いと思う。
膝を突いて今なお呻く石崎を置いて、俺は早急に情報交換をしなければならない相手がいたので、映画館を出てすぐに彼女の気配を探す。
あちらも俺を待っていたのかすぐに見つけられた。ただ大っぴらに会話している所を誰かに見られたくは無かったので、暫く歩いた後に人気のない船底付近で話し合うことになる。
「ご主人、方針はどうするんッスか?」
九号がすぐさまこちらに指示を仰いでくる。細かい試験の説明をされたので最後の打ち合わせと調整をここですることになるらしい。
輝かしく華々しい豪華客船の船底付近は武骨で薄暗い。本来ならば入れないエリアなのだが、九号が簡単に扉を開けてしまったのでこうして入ることができた。
ここならば誰かに見られることも聞かれることもないだろう。
「ん、ある程度予想はできていたけど、やっぱり複雑な試験になりそうだ。だから君には……」
さてどうしたものかと悩みながらも、九号の扱いに関してはシンプルで良いと結論が出てしまう。
クラス闘争にも、特別試験にも興味がなく、月城さんの内偵が最優先の子なので、この学校のシステムを完全に無視できる存在というのはやっぱり扱いやすい。
「予定通り頼むよ」
「細かな変更は無しッスね?」
「あぁ、今回の試験で月城さんは大きく動くだろう。迂闊な行動と隙は君にとってはこれ以上ないくらいに都合の良い展開だ」
「了解ッス。それじゃあウチは予定通り動きますんで」
「そうしてくれ」
下手に指示をだして細かく動かすよりはその方がずっと良い。きっと九号はそれを証明してくれることだろう。
報告と最終調整を終えて、九号は音も気配もなく船底から消えて行く。残された俺は気が付けばいなくなっていた彼女の面影を思い出しながら、同じように船底を後にすることになる。
明日の朝、いよいよ試験が始まることになるのだった。
少しの緊張と、僅かな不安と共にベッドに入り、明日からの二週間がどうなるのかと悩んでいるとすぐに眠りに落ちることになり、翌朝になって程よい緊張感に包まれた体はすぐにデッキに向かうことになる。
指定したリュックを背負い、先行のカードを消費することで初期ポイントが多めに貰えたので、必要な物資も買いこんでいく。
水に食料に虫よけスプレーにテント、そしてモバイルバッテリーに無線機、大半が水と食料だな。
それらを大きめのリュックに詰めていると、ハンデなのか一年生が先に島に上陸して早速とばかりに指定エリアに散っていくことになるのが見えた。
時間にして僅か十分ほどであるが、それでも序盤のリードとしては十分だろう。
そしていよいよ二年生たちが上陸するその時、島と船を繋ぐタラップをこちら側に進んで来る一年生たちの姿が確認できてしまう。事前に調整したリタイア組の五人だ。
下位の5グループから上位入賞のクラスにポイントが支払われる都合上、一つのクラスに固めてリタイア者を出す訳にはいかなかったので一年生の全てのクラスからそれぞれ選出した者たちである。
全員が納得できるだけのポイントを報酬として既に渡してあるので憂いも無く、それどころか辛い無人島生活を回避できるので喜んでいる者すらいるのだろう。
その内の一人、九号はタラップを上って船にまで辿り着くと、担任の教師にこう伝えた。
「すみません。生理が酷いのでリタイアするッス」
そんな要求と宣言を拒否することも否定することもできない先生は、怪しみながらも九号たちのリタイアを受け入れるしかない。
船に戻っていく五人を二年生たちは驚きと共に見送るしかなく、これで自分たちが退学するリスクから解放されたと今更ながら気が付く者も多い。同時にリスクを軽減するカードを掴まされた生徒は悔しそうな顔もしているな。
「それじゃあウチは予定通り動くんで」
「ん、そうしてくれ」
船に戻っていく九号と、無人島に下りようとしている俺がすれ違う時、九号は小声でそう伝えてきた。
これで「予定通り」彼女にはまともに試験に関わらずに動くことになる訳だ。腕時計での位置特定とか色々と面倒だからな。九号はクラス闘争も特別試験もAクラスで卒業も興味がないので本当に身軽に動かせるのが救いだ。
本命は月城さんの内偵なので、最大限その仕事を全うさせようじゃないか。
「よし、俺も行くか」
ハンデとして一年生たちが十分早く無人島に入ったので既に出遅れているのだが、別にそのリードをくれてやるつもりはない。
無人島に下りてタラップを足場にして蹴り飛ばすように一気に加速する。一年生たちには悪いと思うし、少し大人げないようにも見えるけど、譲るつもりはなかった。
疾風迅雷の如く駆け抜けて、あらゆる得点を奪い去る。極論ではあるけれど、それができればこの試験は勝てるのだから、やらない理由がない。
だから俺は無人島に入ったばかりの二年生も、少し早く森に入った一年生も抜き去って誰よりも早く突き進むことになる。
誰も前にいない光景というのは、存外悪くはないものだ。
「ハッ、ハッ、ハッ!! まさに快晴、実にいい天気じゃないか、そうは思わないかねマイフレンド!!」
ん、あれ……なんで六助はリタイアしてないんだ?