綾小路視点
初日の夜を越え翌日の朝、木陰になる所をキャンプ地に選んだことでテントの中に熱がこもるようなこともなく、夏の無人島としてはまずまずの起床であったと思う。
すぐさまテントを折りたたんで二日目の試験に挑むことになるのだが、ふと昨晩にあった鶚の姿が見えないことに気が付く。
天武から100万ポイントの報酬を受け取ってオレの護衛役を受け持ったらしく、この無人島試験の間は頼りにさせて貰おうと思っていたのだが、どこにも姿がない。
流石に一年生の女子と同じテントで寝る訳にはいかなかったので遠慮して貰った上に、鶚自身もお構いなくと言っていたので昨晩は離れて眠っていたのだが、朝起きれば肝心の護衛役がいないとは……。
さて鶚はどこに行ったのだろうと周囲を観察していると、ほんの僅かにだが樹上に気配を感じ取る。視線を向けてみると大きな木の枝の上からこちらを見下ろしてくる忍者の姿があった。
その背中にはまたもや新しいリュックが三つ確認できる。
「おはようございます、綾小路パイセン」
「あぁ、おはよう……そのリュックはどうした?」
「奪いました」
天武からやり過ぎるなと命令されているんだよな? 略奪することを前提に動いていることに疑問を覚えないのだろうか。
昨晩も誰かから奪った物資を当然のものとしていたし、今朝もどこかから調達してきたことから考えるに、もしかして鶚は略奪しながらこの試験をやり過ごすつもりなのかもしれない。
「ぐっすり寝てたんで、簡単に奪えたッス」
幸いなのは略奪する上で他者を傷つけていないという点だな、そこは天武の命令をしっかりと守っているらしい。
少し不安になる相手ではあるが、オレたちの目的は試験に勝つことでもなければ良い成績を残すことでもないので割り切るしかないか。
略奪していることを誰かにバレてしまうような間抜けなことはしないと信じたい。
「天武からも言われていると思うが、やり過ぎないようにした方が良い」
「だから死んだ訳じゃね~でやがります。物資不足で悩んでもリタイアすれば良いんッスから」
もし天武が退学者の救済に動いていなければ、つまりは退学の危険性がこの試験に存在している状態ならば、他者を追い込むような大胆な行動をしなかったのだろうか? いや、そんなことは関係なくやりそうな奴ではあるか。
ただ恩恵が大きいのは事実だ。樹上から必要な分の物資をこちらに投げ渡して来るのでそれを受け取りオレのリュックに詰め込んでいく。水も食事もこれで困ることはない……当然だな、奪っているんだから。
空になったリュックは大きな木の枝葉の中に押し込んで隠してしまう。おそらく見つかることはもう無いんだろう。
「因みに現場では綾小路パイセンの方針に従うように言われてるッス。どうしますか?」
「既に退学圏内の下位5組は確定している状態だから焦る必要はどこにもない。俺は隙を晒しながら月城やホワイトルーム生の動きをのんびり待つ。ほどほどに試験を進めながらな……異論は?」
「無いでやがります。まぁ釣り上げ作戦ッスからね。それで良いと思いますよ。そんじゃあウチはそこそこの距離を維持しながら周囲の観察をしてるんで」
「流石に一緒に行動はできないか」
そんなことをすればどうしても目立つ。オレが一人でいることが重要なので鶚は少し距離を取らせるべきなんだろう。付かず離れずの位置で動くつもりのようだ。
「あと、昨晩に言い忘れてたんッスけど、一年Dクラスの七瀬という生徒にはご注意を」
「何か懸念事項があるのか?」
「試験が始まる前に、月城と接触してましたんで……会話までは聞こえなかったんでアレなんですけど、パイセンと無関係ってことはね~でしょう」
宝泉関連で色々と関わることになった女子生徒の姿を思い浮かべる。もしかしなくてもオレにかかった懸賞金のことは知っているだろうし、狙ってもいる筈だ。
しかしワザワザ試験前に月城と接触していたとするのならば。怪しいとしか言いようがない。
「了解した、十分に注意しよう」
もし近づいてくるようならば、疑惑は一気に黒に近くなる。
別にそれは七瀬に限った話ではなく、この試験でオレに近づいてくる大半の一年生に同じことが言えるだろう。
深刻に悩んでも仕方がないか。オレの役目は餌なんだから、精一杯隙を晒しておくべきだ。
オレが試験をほどほどに進める為に動き出すと、鶚はその後を付いてくることになる。姿形はどこにもなく、おそらく樹上を飛び回って追跡しているらしい。
以前に握手した時に感じ取った、天武とは異なる方向性の異質異常な感触を思い出して、そういえば羽のような体幹を持った奴だったと変な納得があった。
腕時計が音を鳴らして試験の開始を告げると同時にタブレットを開き、学校が指定したエリアに向かうことになるのだが、その途中で樹上を移動する鶚にこんなことを問いかける。
「食事や水に関してはオレが管理している物を消費する方向で行こうと思う」
幸いにも背負っているリュックには略奪品がパンパンに押し込められている。節約すれば二人分は賄えるだろう。これから行動を共にする以上は必要な確認でもあった。協力者である以上はその辺はしっかりと配慮しなければならない。
すると樹上からはこんな言葉が返ってきた。
「了解ッス」
「もし必要な物があれば言ってくれ、課題で狙えそうな物資があれば狙ってみようと思う」
「そんなことしなくても奪えば良いじゃないッスか」
「必要ならばな、しかし必要が無いのならリスクを増やすだけの行為だ」
「まぁ真昼間に堂々とやるのはアレですからね、それで良いんじゃないッスか」
まるで夜ならば積極的にやるべきだというようにも聞こえたが……いや、気のせいだろう。
まぁ月城もルール説明の時に生徒間のイザコザは多少は仕方がないという姿勢だったから、略奪が頻発しても試験そのものが中止になるようなことも無いんだろう。それこそ死人さえでなければ仕方がないで済ますのかもしれない。
せめてバレないように注意しろ、オレとしてはそう言うしかなかった。
「後は、そうだな……あ~、そのなんだ、女子は定期的に体調不良に陥る可能性があるだろう。その辺の対策はどうするつもりなんだ? 二週間の長丁場だ、もしかしたら苦労するかもしれないが」
もしかしなくてもオレが女子の生理用品を入手しなければならないのだろうか? 男一人のグループがそれをやると色々な面で不審に思われそうなんだが。
「生理のことッスか? それなら大丈夫ッスよ。益寿法を師匠から教えて貰ってるんで、完璧じゃないッスけど新陳代謝はある程度制御できるでやがります」
天武もそうだが、鶚も偶に話が噛み合わなくなるから困る。益寿法? つまりアンチエイジングということか? それがどうして新陳代謝を止めることに繋がるんだ。
いや、聞くだけ無駄か、深堀してもきっと納得はできないだろう。後で天武辺りから詳しく解説して貰ったほうが話は早いと思う。
まぁ鶚本人は問題ないと言っているんだ。それにこう言ってはなんだが略奪行為そのものは直接的な手段であるが故に影響が大きい。下手すれば既に三年生は六人がリタイアしている可能性もあるからな。少しは天武が楽になるか。
勝つためにあらゆる手段を行使する。略奪行為の有無や良し悪しは横に置いておくとして、その姿勢は素直に尊敬できるのだろう。
鶚は、ある意味ではホワイトルーム生以上に、ホワイトルームの考え方が強いのかもしれない。
今も音も気配もなく樹上を移動する一年生に変な感心をしながら、オレは試験二日目に挑むことになるのだった。
クラスの勝利は天武に任せておくとして、こちらは月城やホワイトルーム関連に集中するとしようか。
「綾小路先輩、またお会いしましたね」
焦る理由もないので二日目の試験をのんびりとこなすこと半日ほど、幾つかの指定エリアの到着ボーナスと課題をクリアしてほどほどにポイントを稼いだ所で休憩していると、今朝に鶚から注意するように言われていた件の人物、七瀬翼が姿を現した。
初日でも試験の合間に顔を合せることもあったのだが、二日目でも似たような展開が続いている。もしかしたら付けている腕時計は同じテーブルなのかもしれない……それが偶然なのか、意図的なものなのかはわからないが。
「もしかして私たち、同じテーブルなんでしょうか?」
七瀬も似たようなことを思ったのか、腕時計に意識を向けてそんなことを言ってくる。
「かもしれないな」
当たり障りのない返答をすると、七瀬は意思の強い瞳に僅かな動揺を混ぜながらこんな提案をしてくる。予想通りとでも言うべき言葉を。
「あの、綾小路先輩、お願いがあるのですが……もしお邪魔でなければ、これから暫く綾小路先輩に同行させて貰えませんか」
「どういうことだ?」
「実は昨日の話し合いで問題が起きたんです。宝泉くんと天沢さんのお二人が単独で行動する方が良いと言い出してしまい、バラバラになってしまったんです」
事実であるとは思わない。鶚のタレコミもある上に宝泉も天沢もホワイトルーム生である可能性を否定できないのだから、これも戦略の内と考えるべきだろう。
断ることはできるが、オレの仕事は餌なので寧ろ都合が良い展開なのかもしれない。
七瀬がホワイトルーム生なのか断言はできないが、ようやく釣れた獲物を逃がすつもりはなかった。
「学年が違うグループ同士が共に行動しても良いことは無いぞ」
「はい、なので着順ポイントも課題に関しても綾小路先輩にお譲りします」
「七瀬に利益があるとは思えないけどな」
「そうとも限りません。綾小路先輩は常に私よりも先に指定エリアに到着されています。一年生の私よりもずっと無人島にも慣れているように見えましたから、正しくて安全なルートを示してくれるだけで大きな助けになりますよ」
無理のある主張ではあるが、一度餌に食いついた獲物を逃がす理由もない。受け入れるとするか。
「わかった。七瀬がそれを望むならそれで構わない」
「ありがとうございます」
今、七瀬が立っている場所のすぐ後ろには大きな木がある。僅かに視線を上げてみると樹上には鶚がいるのが確認できる。オレはそこにいると知っているので見つけることができるが、普通はそこに人がいるなんて思わないのだろうな。
驚くほどに冷たい瞳で、木の下にいる七瀬を見つめる鶚は、正直に言わせて貰えばもの凄く恐ろしい。いますぐ樹上から飛び降りて七瀬の息の根を止めても不思議ではない。
頼りになる戦力であり味方でもあるんだが、加減や躊躇を知らない奴なので、どうした訳か敵を心配してしまう不思議な状況になってしまうな。
まぁそれは天武にも同じことが言える。ちょっとした拍子に月城の首を引きちぎってもおかしくない奴なので、やはり敵を心配することになってしまう。
そう考えると、強すぎる味方というのは考え物なのかもしれない。
「次の課題が出た、まずはそこに向かうぞ」
「はい」
タブレットで確認して見ると近くにクイズの課題が出たらしい。別に試験で勝つつもりはないのでスルーしても良いのだが、四日目以降に解禁されるポイントを使用しての探知機能が魅力的なのである程度は確保しておきたい。
そんな事情もあり、七瀬と共に課題に向かうことになるのだった。
リフティングの課題もあったので、そこで七瀬の動きを確認したくもあったのだが、少し距離があったので今回は見送るとしよう。
「綾小路先輩、二年生は去年も無人島試験を経験したんですよね?」
少し後ろを歩く七瀬がそんなことを訊いてくる。近くの樹上を飛び回る鶚の存在には一切気が付いていないようだ。
「その通りだ。しかし参考にはならないぞ。この試験の方がずっと複雑で大規模だからな」
「それでも経験がある分、一年生よりはずっと優位だと思いますが」
「一年生たちはこの試験が始まると言われてどんな感じだったんだ?」
「そうですね……やはり困惑が大きかったと思います。大半の生徒がそうでしたから。ただ各クラスの代表たちが話し合って協力する体制を作れたので、そこから徐々に落ち着いていった感じでしょうか。後、笹凪先輩が退学回避のポイントだけでなく、協力報酬を用意してくれたので安心した子も多いと思います」
なるほど、そういった側面から天武は一年生からの知名度や信頼を稼いでいるということか。一之瀬とは異なる方法で影響力を強めているらしい。
「天武は面倒見がいいからな」
「綾小路先輩も親しくされているんですよね?」
「そうだな、友人であり相棒だ」
「そうですか、少し意外です」
「意外?」
「はい……もっと孤独な……いえ、すみません、なんでもありません」
オレは七瀬からどんな男に思われているのだろうか。もしかして友人が一人もいない寂しい奴だという評価があったのかもしれないな。
もしくは、そうであって欲しいとでも考えているのだろうか。
少し振り返り、一歩後ろの付いてきていた七瀬を見つめる。天武は七瀬の瞳を強く美しいと言っていたが、今はその瞳が困惑で揺れ動いているようにも見えた。
迷いがあるな、その内心までは読み取れないが、それだけはわかる。
何が目的で、どこを目指して、どんな結果を欲しているのかはわからないが、その瞳の奥にあるものは強い意思だ。
全てを見透かすような天武の眼差しにも少し似ている。何一つとして伺わせない虚ろな鶚の瞳にも似ている。
そしてそういった瞳を持つ者は、厄介な存在なんだということはわかった。
樹上からそんな七瀬を見下ろす鶚は、相変わらず今にも暗殺しそうな雰囲気があって、とてもおっかない。
やり過ぎた結果大惨事になったりしないだろうか? 七瀬も月城もホワイトルーム生も全員海に沈んだりしないよな? なんでオレは敵の心配をしているんだろうか。