二日目の朝である。例の如く俺は熟睡することなく体と脳を半分寝かせる方式で夜を乗り越えることになっており、おそらく無人島にいる間はずっとそうやって過ごすことになるのだろう。
「兎かね?」
六助もテントから出て来て、こちらが夜の間に指先で手ごろな岩を砕いて作っていた兎の彫像を興味深そうに眺めて来る。
夜の間は暇になるので手慰みに作っていたこれは、かなりデフォルメされているのだが可愛らしい兎と言えるのかもしれない。昨晩に狩猟したのが兎だったので何となくこうなってしまったのだろう。
「あぁ、可愛らしいだろ」
「キュートではあるさ」
デフォルメされた兎の彫刻はせっかくなので近くの岩の上にでも置いておこう。誰かに拾われるか、それとも見つけられずにずっとここで過ごすのかは知らないが。
「六助、しっかり休めたのかい?」
「大いにね。それに私は超ショートスリーパーなのだよ」
「そりゃ便利な体質だ」
「体と脳を半分だけ眠らせる者に言われてもねぇ」
どこか呆れたようにそんなことを言われてしまった。確かに俺も大概な体質である。ただこれは生まれついてのものではなく努力と鍛錬で誰にでも出来るものだからなぁ。体質と言うよりは特技と表現すべきなのかもしれない。
朝起きて近くの川で顔を洗い、身支度を整えているとタブレット端末の情報が更新されて指定エリアが開示された……行くとしようか。
六助も準備は整ったらしく、いつもの不敵な笑みを浮かべて頷くと、俺と彼は荷物を背負って一気に無人島を駆け出した。
指定エリアの着順ポイントは楽に稼げる上に他所のグループからの妨害があまり意味をなさないからな、積極的に奪っていきたい。
目下最大の強敵と思っている南雲先輩のグループを四日目までに突き放しておきたいのだけど、今はまだ無人島のどこにいるのかわからないのでこればかりは運任せだ。
どこかで同じ課題に参加することになったら、そこでポイントを奪っておきたいんだけど、そう上手くはいかないか。
「よう、笹凪。お前もこの課題を受けるのか?」
なんてことを思っていたら、指定エリアの着順で一位を取ってから近くにある課題が行われている場所に顔を出すと、そこには南雲先輩がいた。
「やっほ、笹凪くん」
朝比奈先輩もいるな、そして同じく三年Aクラスの生徒がもう一人、このグループも課題に参加するつもりのようだ。
「どう、順調?」
「ボチボチですかね。朝比奈先輩たちはどうですか?」
「こっちも似たようなもんかな。まだ序盤だしさ、本格的に試験が激化するのは四日目以降だろうし、ペース配分は意識してるかも……それに、ちょっと問題もあったしさ」
「何かあったんですか?」
朝比奈先輩の言葉を引き継ぐように、南雲先輩がこんなことを言った。
「略奪だ、リュックを奪われた」
「そりゃまた大胆な」
見つかれば一発退場である。リスクの大きな行為なので普通はそんなことやらない。
「それでどうしたんですか? リュックも物資もあるように思えますけど」
「お前が一年生を口説いたからリタイアさせやすかったからな。リュックを丸ごと提供させた」
なるほど、そして南雲先輩のグループは試験を続行することができた訳か。そして三年生たちのどこかのグループがリタイアしたと。学年を支配しているからこそできる対処方法だろうな。
「まったく試験初日に舐めた真似してくれるもんだぜ」
南雲先輩の表情には呆れと少しの喜悦が見て取れる。まさか自分のグループの荷物を略奪するような相手がいるとは思っていなかったのだろう。愚かとも面白いとも思っているらしい。
「まぁ誰かは知らないがこのツケはしっかりと支払わせるさ。学校側はおそらく把握しているだろうからな」
腕時計を壊した状態ならば学校側も把握できていないんじゃないかな。しかし試験初日にわざわざ腕時計を壊して他所のグループから略奪するなんて無茶な行為をしないと考えるのが普通なのだろう。
そんなリスクを抱えるくらいなら、普通に試験に挑んだ方がずっと楽ですらある。
ただ、そのリスクを物ともしない人物に一人だけ心当たりがあった。
俺はやり過ぎるなと言ったんだけど……それとも九号の中ではこれはセーフの範疇なのだろうか? 主従関係があるとは言え他所の子だからなかなか強く言えないんだよね。
「それより課題だろ、運よくまだ定員は満たしてない、参加していけよ」
「それじゃあ遠慮なく、六助も参加するだろう?」
「そう言えばお前は高円寺と組んでるんだったか、良いぜ、二人纏めて相手してやるよ」
少し離れた位置でポーズを決めながら日光浴をしていた六助を呼び戻して、まだ定員限界に達していなかった「リフティング」の課題に参加することになった。
まだ試験も序盤だからな、南雲先輩も露骨なことはしないまま、少し遊んでやろうという雰囲気がある。直接対決は勝てればポイントの獲得量にわかりやすい差が生まれるのでありがたいことだ。
小さな差でしかないのかもしれないが、それでもその差が勝敗をわけることだってこの試験では十分にあり得るだろう。
ルールは単純で、ボールを地面に落とさない、手を使わない、そしてリフティングを維持することができた順番で貰えるポイントが高くなる。
要は地面に落とすな、だ。手さえ使わなければ後は細かなルールもない。後は体当たりだったり蹴ったり殴ったりしての妨害も無しとのことだ。当たり前だな。
「人数が規定に達したので、これからリフティングの課題を開始します」
この課題の担当職員がそう宣言すると、課題に参加することになった生徒たちには一般的なサッカーボールが渡されることになる。何も複雑なことはなくこれでリフティングするだけの試験だ。
だがまぁ、ルールの範囲でならば何をしても良いと言うことでもある。当然南雲先輩だって同じことを思っている筈だ。
「それでは始めて下さい」
担当職員が笛を吹くと同時に生徒たちは一斉にボールを蹴ってリフティングを開始する。緊張からか何名かは開始して数秒で脱落してしまったが、重要なのは南雲先輩である。
生徒会に入る前はサッカー部だったこともあり、流石に安定してブレもない。それこそやれと言われれば大きな問題も無く数十分は維持できると思われる。
「上手いじゃねえか。サッカーの経験はあるのか?」
「体育の授業でやるくらいですかね」
柔らかなタッチでボールをフワリと浮き上がらせるようにリフティングを維持していく。対照的に南雲先輩は小刻みに蹴ってテンポよくボールを蹴っていた。
六助はどうだろうかと周囲を見渡してみると、彼は高笑いしながら頭でずっとリフティングを維持しているのが見える。ある意味では足で維持するよりも難しいんじゃないだろうか。
まぁ六助はあれで良い、放置しておいても何だかんだで上位入賞はしてくれるからな。
リフティング課題が始まって十分ほどが過ぎただろうか。その頃になるとポロポロとボールを落としてしまって参加者が減っていくことになり、そろそろ動くべきだろうかと俺と南雲先輩は思ったことだろう。
このリフティング課題のルールはリフティングを維持することにある。地面に落とさなければ良い訳だけど、それ以外にも体当たりだったり殴ったり蹴ったりしての妨害は駄目だと事前に説明されていた。
そう、殴っても蹴っても駄目な訳だ。リフティングである以上はそれが当然で自然なことであり、何もおかしなことではない。
しかしこのルールの中にボールで妨害してはいけないとは明記されていない。
「あッ」
ほら、例えば、俺の背後でリフティングしていた三年生がワザとらしい声を上げて、これまで順調に蹴り上げていたボールをこちらの背中目掛けて蹴り飛ばして来たりなんかは、ルール上なにも責められるものではなかったりする。
普通ならば背中にボールがぶつかれば大なり小なり体幹が崩れる。そうなればリフティングを維持するのも難しくなってくるのだけど、悪いがこの程度でリズムや体幹を揺らめかせるような鍛え方はしていない。せめて銃で撃つくらいのことをしないとダメだと思う。
背中にぶつかったボールは地面に転がるだけで何の役目も果たせなかった。
「へぇ、来るのがわかってたって顔だな」
「まぁ、俺も似たようなことをしようと思ってましたからね」
考えることは同じということだ。ただし俺は誰かに背中から奇襲させるような回りくどいことはしない。将を射んとすればなんて言葉はあるけれど、遠回りをするつもりもない。
リフティングで浮かしたボールを少し力を込めて蹴り飛ばす、真正面にいた南雲先輩に向けてだ。
「ッ!? おいおい、大胆な奴だな」
「南雲先輩に言われたくはありませんよ」
こちらの行動に咄嗟に反応して自分のボールを守ろうとしたようだが、俺と南雲先輩のボールは空中で接触してあらぬ方向に弾かれることになってしまう。
これで南雲先輩は脱落だ、それはこっちも同じなのだけれど、一位と二位を独占したいので少しだけ長くリフティングを維持したい。
なので俺は、地面を割り砕くほどの踏み込みで弾かれた自分のボールに接近すると、地面に落下する寸前でもう一度掬い上げた。
再びボールは宙を舞う、しかし南雲先輩のボールは地面に落ちてしまうのだった。
それを確認したのでこちらはリフティングを放棄してボールを落とす。これで一位は六助となり二位は俺、三位が南雲先輩となる。
「たく、やってくれたな」
「もちろんやりますよ。ずっとリフティング続けるとか時間の無駄なんですから」
「確かにな……まぁ良いさ、まだ序盤だ。課題の一つくらいはくれてやるよ」
南雲先輩にはまだまだ余裕があるようだ。実際に序盤なのでまだ焦るような時間でもなく、試験が激化するのは順位が発表される四日目、或いは相手の位置がわかるようになる六日目以降なので、何も間違った発言ではない。
ただ俺は余裕綽々でいるつもりはないので、がめつく執拗にポイントを得ていくつもりだ。
後、リフティング課題で一位を取ると肉が、二位を取ると水が貰えるので嬉しくもある。どちらも貴重なものだからな。あればあるだけ嬉しい。
「それじゃあ俺たちは次の指定エリアに向かいますので」
「試験の本番は六日目以降だ、悪いが勝たせるつもりはないぜ」
「南雲先輩が厄介だということはわかっていますよ。俺だって簡単に負けるつもりはありません」
「だろうな、楽しみにしといてやるよ」
ニヤリと笑う、まだまだ余裕綽々だな。
まぁ南雲先輩にとっては課題の一つ二つでの負けた勝ったなど大した意味は感じないのだろう。最終的に勝利しているのが重要である。そしてそれはこの試験の本質だ。一時的な勝利ではなく最終的な勝利を目指すことが大切だ。
学年を支配しているこの人ならば特定のグループを勝利させることは難しいことでもない。南雲先輩にとってはどう勝利するかではなくどこのグループを勝たせるかを考えているのかもしれない。
やはり強敵だ。けれど砂上の楼閣のような脆さも感じ取れる。せいぜい序盤は油断して貰うことにしようか。
課題一つ程度なんて考えはしない、ペース配分を意識して体力を温存するなんて考えも放棄する。最短最速で駆け回って誰よりも早くエリアを踏みしめて、全ての課題で一位と二位を奪い去る。
そう考えるとこの試験はとても単純で、そして簡単なように思えるのだから不思議だ。
タブレットを確認すると新しい指定エリアが出現していたのでそこに六助と一緒に走り抜ける。岩を踏んで川を飛び越え樹上を足場にして急な傾斜すらも乗り越えていく。
その途中で他の生徒を次々と追い越していき、誰よりも早く到着したことで10点が、そして到着ボーナスとしてグループの人数分のポイントが貰えたことで2点が加算されることになる。
やっぱり基本移動は美味しいな、もし最大七名でのグループで同じことが出来ればそれだけで17ポイントが貰えることになるのだから、数は力ということなんだろう。
ただそれは六助や清隆を七人集めるということなので、つまりは不可能と言うことだ。
「六助、複数の課題が出ているんだけど、何か希望はあったりするかい」
「最も報酬ポイントが高い課題を狙うのがセオリーなんだろうねぇ」
「だな、その代わり難しかったり運要素の強い課題も多いみたいだけど」
新しい着順ボーナスを奪い去ってから一息ついてまずは相談である。六助は割とどんな課題でもこなしてくれるだろうけど、本人の希望もあるだろうからな。
「一番ポイントが高いのは……ふむ、クイズか」
「そこは少し距離があるしそろそろ課題も終わってそうだよ」
リフティング課題とほぼ同じタイミングで出現した課題だからな。俺たちがボールを蹴っている間に多分だけど人で一杯になっている筈だ。
「おや、腕相撲の課題が出現したようだ、そちらに向かうのはどうかね? 報酬のモバイルバッテリーもどうせ必要になるだろう」
「あぁ、それは良いな。勝率も高いだろうしさ」
腕相撲の課題ならばまず負けることはないだろう。報酬もポイントも美味しいと思える課題だ。
距離もそれなりに近い、運が良いな。
来たばかりのエリアからとんぼ返りするように別のエリアまで駆け抜けていき、無事に参加することができたので、俺と六助はそこでも一位と二位を独占することになった。
ただ悲しいかな、俺と六助が参加することになった瞬間、大半の生徒がその場で参加を取りやめたのは少し変な気分になってしまう。どうやら恐れられているらしい。
坂柳さんグループの鬼頭と橋本は俺を見た瞬間に回れ右をしたし、三年生もそれは同様だ。だけど一年生だけは次々と向きを変える上級生たちを不思議そうに見ながらも、しっかりと参加してくれたのは嬉しかった。
どうやら一年生たちにはまだ俺がゴリラだという評価や認識が完全に浸透していないらしい。
ただまぁ、腕相撲に参加した彼らを一人一人沈めていけば、きっと一年生からもゴリラ呼ばわりされることもそう遠くはないんだろうなと薄々察することができてしまった。
秋には体育祭もあるからな。そこで去年の世界記録を更新するつもりなので、きっとそれ以降は一年生からも怪物扱いされると思われる。
まぁ良いか、今更だろうし。
こうして試験二日目は過ぎていくことになる。初日と同様に大きな問題も無ければミスも無く、文句の付けようのない一日だったと思う。
やっぱり試験が激化するのは順位が確認できるようになる四日目以降なんだろうな。