須藤が夢と憧れと恋を知って一人前の男になったことを知った翌日。その日は少し蒸し暑さが感じられる早朝であった。
「……暑いな」
テントの中に籠る熱気に負けたのかじんわりと汗をかいていたので、寝苦しさから早めの起床となる。
うん? 起床? なんで俺は熟睡しているんだ? 確か昨晩は普段通りテントの中で体と脳を半分だけ寝かせた状態で夜を過ごしていた筈だ。だというのに熟睡してしまうとは、一体何があったんだろうか。
昨晩の記憶を探ってみると、長考中に甘い匂いが漂ってきて――。
「九号、君か」
思考を打ち切ったのは、俺の胸元に頬を擦りつけて眠る九号の存在を認識したからである。
何らかの毒か薬でもばらまいたな。おそらく俺が眠りに落ちてしまったのはそれが原因だろう。
師匠に改造された体を貫通するほどの毒か薬でも持っているとするのならば、この子は本当に危険だな。殺気がなかったから反応が鈍ったとはいえまさかここまでの隙を晒すことになるとは。こんな無人島で熟睡するとか殺してくださいって言ってるようなものだというのに。
「こら、どきなさい」
「ぬぁ~~ッス」
胸元に頬を擦りつけた状態で同じように眠っていた九号の首根っこを掴んで強引にテントの外に放り出した。すると彼女は猫のような声を上げながら転がっていくことになる。
勢いに逆らうことなくグルグルと転がっていき、近くにあった木にぶつかろうかという寸前で彼女は地面を蹴って垂直飛びすると、風に舞う羽のような軽やかさで樹上へと飛び移った。
木の枝に腰を下ろして身を隠してしまう。まだ言い訳はなにも聞いていないのだけど。
「あのね、何してんのさ。熟睡しちゃったじゃんか」
「ウチからの気遣いッスよ」
「ほう、君も随分とぐっすりしていたようだけど」
「女子高生と同衾ッスよ。体が軽くなったんじゃないッスか」
「おかげさまでグッスリだ。けれど俺たちにとって熟睡は間抜けだよ。もう止めてくれ、いいね?」
「了解ッス」
九号は枝の上で懐から取り出した化粧品を使って自分の顔に迷彩メイクを施していく。そして同じく迷彩柄のマントを纏って完全に木の中に身を隠してしまった。
悪戯っ子め、困った奴である。
「まぁ今日も頼むよ。月城さんとホワイトルーム生にはしっかり警戒して欲しい。後、七瀬さんにもね」
「あたぼ~でやがります」
これでも腕は一流だし頼りにはなるんだけど、割と私情全開に行動することもあるから不安な部分もある。
ただやれと言ったことは間違いなくやってくれるので、そこだけは強く信頼していた。月城さんは強敵だけど多分百人いても九号には勝てないだろうから、その点は安心だ。
俺は俺で試験に挑むとしよう。そろそろ六助も起きるだろうからな。
九号の悪戯によって、良いか悪いかは置いておいてしっかりと熟睡することが出来たのは幸いだ。かなり隙を晒してしまったけどそこは良しとしよう。
しかし恐ろしい限りである。もし九号が敵であったら俺はこの夜で殺されていたな。そこは反省すべき所であった。俺も学生生活に馴染み過ぎて少し平和ボケになっていたんだろう。
人としては成長しているし兵器としても性能は向上しているけど、武人としては錆びて来ているということだろうか。それが良いことなのか悪いことなのかは判断できないが。
「グッドモーニング」
六助もテントから出て来て朝の挨拶をしてくる。その頃には九号の気配は完全に森と同化していた。
「おはよう、六助。今日も宜しく頼むよ」
彼は超ショートスリーパーらしいので体力の心配もいらないのがありがたい。気を遣うこともなくこちらも移動できるからな。
六助の起床と共にテントを折りたたんで回収していると、他の面子も起き始めた。池と須藤は欠伸しながらも近くの川で顔を洗い、山内は全員のテントを回収している。
そんな時だ、山内がリュックの中から取り出した包みを俺に渡して来たのは。
「ほら笹凪、持ってけよ」
「これは君の食料だろう?」
「あぁ、でもお前が一番必要なもんだろ」
山内が渡して来たのは幾つかの缶詰と栄養バーである、後水の入ったペットボトルもあるな。
「堀北も言ってたけど俺たちのクラスは笹凪のグループに一点賭けだって話だろ。こっちのグループは上位三組じゃなくて上位50パーセント狙いだからな、それならそっちを支援した方が良いだろ」
「だけど君はどうするんだい?」
「まぁ腹は空くかもだけどよ、釣りでもして魚でも取るって。水も出発地点で手に入るしな。課題でも手に入るだろうし……それに、最悪リタイアすれば良いだけだ」
そう言ってこちらに水と食料を押し付けてきた。ここで断ると彼の覚悟を押し返すことにもなってしまうので、ありがたく受け取るとしよう。
「ありがとう山内、助かるよ」
「ま、俺はこれくらいしかできないからな」
「最近は勉強も頑張ってるじゃないか」
「いや、須藤に比べたら全然だ、アイツの言葉を借りる訳じゃないけどよ、ガキのままではいられないからな。もっと頑張らないと」
そうか、成長しているのは別に須藤だけの話でもないのか。当たり前のことだったな。
「せっかく食料を渡したんだ。しっかり勝ってくれよ」
「あぁ、必ず」
受け取った食料を鞄に詰めて俺は六助と一緒に走り出す。こうして山内から支援して貰った以上はやはり思いに応えなければならない。つまりは今日も全力で進むだけだ。
タブレット端末を確認して指定エリアを確認すると一気に駆けだす。その途中で彼から貰った栄養バーを齧りながら朝食を終えると、地面を踏み砕いて先へと進む。
「マイフレンド、課題に関してなんだが、あの三年生チームと戦える機会を多めにするのはどうかね」
無人島を駆け抜けていると六助がタブレットを眺めながらそんなことを言ってきた。
「その心は?」
「君が言うには、あの者たちが最も面倒な相手なのだろう? ならば序盤で同じ課題を受けて差を作っておきたいのさ」
「勿論それが出来れば最高なんだけど、まだ相手の位置がハッキリとはわからない状況だ。サーチ機能も使えない」
「ふふん、昨日会った彼は随分と余裕を持っていた。アレは自分が負けるとは思っていない男だとも。常に状況を俯瞰して、自らの勝利を確信している」
「だろうね」
「思考を読むのは容易いさ。まだサーチ機能も使えなければ順位発表もなされていない。つまり焦る必要もなければ大きく動く必要も無い。ましてや既に下位5組も確定しているのならば、ほどほどにポイントを稼ぎながら物資の供給が容易いエリアを行ったり来たりと言った所だろうねぇ。それこそ島の中央部や鬱蒼とした森の中には入らないだろう」
「加えていうのならば、四日目以降他のグループと合流することも考えれば独走して点数のギャップもあまり作れない、か」
「YES、合流する予定のグループと自分のグループに同率に近いポイントを稼がせながら、物資の供給が容易いエリアを中心に課題に手を出すのさ。例えば海岸線付近を移動するようにね」
合流した場合はポイントに関しても変動する。片方のグループが大きく稼ぎ過ぎても意味はないのだ。つまり今現在、南雲先輩は二つのグループを勝たせるように動きながらほどほどにポイントを稼いでいる。
三年生全体を動かしている訳だからな、どの課題に出ても他の三年生が彼を勝たせようとする。そこに俺たちが介入するという訳か。
「物資の……水の供給がやりやすいエリア、出発地点の港付近か」
「イグザクトリー。或いは浄水器などを買って海から直接水を得ているかもしれないがね」
焦りもなければ序盤は大胆に動く理由もない。確かに六助の言う通り物資の供給が簡単な出発地点付近を中心に動くと考えられるか。
エリア移動も、課題への参加も、海岸付近を中心に動いていると考えるべきか。
油断しているだろうし、余裕綽々だろうけど、それでも勝てるのが今の三年生だからな。
出発地点の港付近には無料で使えるトイレもシャワーもある上に、二日目以降は水も無料で貰える。そこを中心に動いていても不思議ではないか。南雲先輩にとっては試験の本番は順位発表がされる四日目以降、そしてサーチ機能が解放される六日目以降だろうからその余裕と油断を突く訳か。
仮に移動したとしても、鬱蒼とした森や起伏の激しい無人島の内部ではなく、動きやすい海岸線付近とも考えられる。課題に参加するにしろ、エリアを踏むにしろ、海岸や港を行ったり来たりする感じになっていてもおかしくはない。
「ん、指定エリアと課題の出現状況を確認しながら、機会があれば狙ってみようか」
「あくまで推測でしかないがね。こればかりは運勝負になるだろうからねぇ、無理にとはいかないさ」
「いや、良い考えだと思うよ。実際に直接対決ならばわかりやすい差も作れるからね」
ただ俺たちの腕時計と南雲先輩の腕時計のテーブルは異なる。上手いこと指定エリアが近い場所が指定されて、近くの課題に顔を出した時に南雲先輩がいれば……うん、運勝負になるな。
幸運を期待するとしよう。可能性は低いだろうけど南雲先輩と同じ課題に参加できて勝つことが出来ればそれだけでわかりやすい差が生まれるのだから。
そんなことを考えながら指定エリアに到着する。島の東付近である。ここからまずは近場の課題を狙いながら、徐々に海岸付近まで移動する感じになるのかもしれない。ただランダム指定されるエリア次第では破綻することもあるだろうけど、ここは運次第だった。
一先ずは六助の提案通り、島の内部付近にある課題ではなく、海岸付近に近づく形となる課題を目指すとしようか。どちらが南雲先輩とぶつかる可能性が高いかと言われれば後者だろう。
まぁこちらの思惑に反してランダム指定のエリアが島の中央付近に指定されることも考えられるけど、南雲先輩とわかりやすくポイント差を作る為ならば敢えて踏みにいかないという選択肢だって十分にアリだ。
まぁ色々と考えたけど、全部が推測でしかない。南雲先輩と会えるかは結局は運勝負になるんだろう。そして運勝負は得意である。行く先々で南雲先輩に会えますようにと願っておこうか。
そんな訳で海岸付近に移動する道中、俺と六助はフラッシュ暗算の課題に参加して、そこで一位と二位を流れるようにもぎ取ってから進路を海岸付近に向ける。
鬱蒼とした森が視界から消えて白い砂浜と青い海が視界に広がった。潮の匂いと海風が肌を撫でれば海に来たのだと実感することもできるな。
さてこの付近ではついさっきビーチフラッグの課題が出没したばかりだ。まだ定員には達していないと思うけど。そんなことを考えながらキョロキョロしていると課題が行われる場所が視界に入る。
まだ課題が行われると発表されたばかりなので人はまばらであるが、少し離れた位置から三年生の集団がやって来たので彼等よりも早く参加する意思を伝える必要があるだろう。
そして幸運なことに、南雲先輩がその集団の中にいた。
あちらも俺と六助を認識したのか、軽く手を上げて自らの存在を主張する。
「よう、今日も会ったな」
「南雲先輩もビーチフラッグの課題を受けに来たんですか?」
「まぁそうかもしれないな。指定エリアがこの付近だったってこともあるが」
「なら早めに受けた方が良いですよ、まだ定員には達してませんけどすぐに埋まっちゃいます」
「悪いが焦るつもりも意味もないんでな、他のグループに花を持たせてやるつもりだ」
「あぁ、他のグループのポイントを上げるんですか」
この三年生の集団は規定人数を満たす為に動かしているのだろうか? 確かに課題を三年生たちだけで受けられるのならば他の学年のグループにポイントが渡ることもない。しかし自分が参加しないのはどういうことだろうか。
まだ序盤なので余裕の表れかな。どうした訳か水着になっているし、もしかしたら遊ぶつもりなのかもしれない。
「遊ぶんですか?」
「あぁ、お前もどうだ?」
「遠慮しときます。カナヅチなんで」
「しれっと嘘つくなよ、水泳の授業で世界記録出したって話は聞いてるんだぜ」
そう言えばそんなこともあったな。
朝比奈先輩だったり他の三年生も水着に着替えてビーチバレーに興じるほどである。やはり三年生全体に大きな余裕が感じられるな。
「もっと焦った方が良いのでは?」
「意味がねえよ。どうせ勝つのは俺なんだ。そもそもグループが勝てばいいんだからな。無駄に体力を使う課題に参加してチマチマ稼いでも仕方がないだろ」
確かにグループに得点が入るのならば、南雲先輩が課題に出る意味は必ずしも必要ではないだろう。俺だって六助が既に参加を表明しているのでこっちはほぼ見学状態だからな。
ビーチフラッグの課題は参加者がグループで一人だけなので、六助が出るのならば俺は出ることはできない。彼に一位を取って貰うとしよう。
「まぁ本番は明日以降でしょうからね」
「そういうことだ。順位が発表された後に上位三組に他の学年の奴がいれば、容赦はしないぜ」
「南雲先輩は参加者というよりは指揮官みたいな感じに動くってことですか」
「さてな。まぁ楽しませてもらうさ」
「そちらの方針はわかりましたけど、やっぱりもっと焦った方が良いですよ」
「序盤で焦る必要がないんだよ、意味もな。全体を動かしながら勝てばいいんだからな」
まぁちゃんと考えた上でそういった方針ならばありがたくもあるのか。油断はこちらにとっても有利になる。
「ハッハッハッ!! 健気じゃないか、負けた時の言い訳を必死に主張するなんて」
海で遊ぶ南雲先輩を放置してビーチフラッグに参加する六助でも応援しようかと思っていると、その六助がいつもの高笑いと共に南雲先輩を煽りだす。
「あ? そりゃどういう意味だ高円寺」
「おや、気に障ってしまったかね? 焦る必要はないだの、全体を指揮するだのと言っているが、要はこの課題で勝てないから参加しない言い訳をしているようにも聞こえたものでねぇ」
「フッ、安い挑発だな」
「そんなつもりはないとも。ただ言い訳が上手なボーイだと感心しただけさ。なぁに恥ずかしがる必要はない、君は全体を指揮するのだから課題の一つ二つ逃げた所でなんの問題はないのだから」
それだけ言い残して六助はビーチフラッグの課題が行われる場所に戻っていく。本当にただ煽りに来ただけなのだろうか。
残された南雲先輩はもの凄くイラッとした顔をして、その後を追っていく。どうやら参加するつもりになったらしい。
チョロすぎるだろう。そもそも六助も謎の煽りである。参加しないのだから放置すれば良かったのに。
「天武」
「ん、やぁ」
既に参加予定だった三年生と入れ替わるように南雲先輩がビーチフラッグに参加することになった光景を眺めていると、背後から声をかけられる。振り返るとそこにいたのは清隆と七瀬さんである。
「二人もビーチフラッグに参加するつもりなのかい?」
「そのつもりだったが、定員上限みたいだな」
「女子の枠は1つだけ空いているみたいだよ。七瀬さんだけでも参加してみたらどうかな?」
「そうですね、そうさせてもらいます」
そして七瀬さんが参加することになって定員に達したので課題が始まることになる。男子の注目はやっぱり六助と南雲先輩だろうな。
「七瀬さんの動きはどうかな?」
「大胆な行動はまだないな。大人しいものだ」
残された俺と清隆はビーチフラッグを眺めながら情報交換をすることになる。やはり話題となるのは七瀬さんのことである。
「本格的に動き出すにしてもオレが疲れた後かもしれないな」
「清隆って疲れることがあるの?」
「その言葉はお前に言いたいことなんだが……まぁオレは人間だ、そんなこともある」
そんなこともあるのだろうか、最近は六助と一緒で体つきが俺寄りになってると思うんだけどな。やっぱり師匠直伝の改造訓練は素晴らしいということだろう。ホワイトルームはこれまで何をしてたんだという話にもなるが。
「ところで、さっきから鶚の気配が無いんだが。どこにいるかわかるか?」
「さぁ、彼女が全力で隠れたら俺もハッキリとはわからないからなんとも。ただ忍者の行動パターン的に海岸なら海に隠れるんじゃないかな」
「なるほど、海か」
清隆と二人で海を眺めてみると、細い竹が少しだけ海面に出ていることがわかった。どうやらあの竹を咥えて酸素を供給しながら海の中に身を隠しているようだ。
「あの竹か?」
「そうなんじゃないかな」
「……」
すると清隆は何とも言えない表情になってしまう。九号の擬態というか隠れ方に色々と思う所があるようだ。
「既にリタイアした生徒が堂々と海岸には立てないよ」
「そうか、そうだな……だとすると少し悪いことをしたかもしれない。もう少し隠れやすい場所を意識して動くべきだったかもな」
「気にしないで、彼女はプロの忍者だ。報酬の分だけの仕事はキッチリとしてくれるから」
「なら良いんだが」
それよりも注目すべきなのはビーチフラッグだ。既に男子の決勝が始まっており、砂浜に寝転がる南雲先輩と六助の一騎打ちとなっていた。
課題の担当職員がピストルを空に向けて火薬を弾くと、それをスタートの合図にして二人は一斉に寝そべった体勢から立ち上がって走り出す。
「なッ!?」
予想通りと言うか、六助が一方的にリードを大きくする展開である。南雲先輩の驚きの声を背に受けながら加速していき、ゴール地点にあるフラッグを飛び込むまでもなく奪い去って無事一位を記録するのだった。
これでポイントも得られる上に、課題の報酬も貰える。
「順調なようで何よりだ。やる気になった高円寺は本当に頼りになる」
「だね、助けられているよ」
彼がいるだけで一位と二位を独占できるからな。
「おや、綾小路ボーイ。見ていたかね私の躍動を」
「あぁ、凄かったぞ。流石だ、眩しいほどだった」
「ふぅん、わかっているではないか」
水着になったことからその肉体が露わになっており、よく鍛えられた筋肉を見せつけるかのように大胸筋をピクピクと動かしてみせる。やっぱり筋肉が去年よりも改造気味になっているなと観察していてわかった。
「待てよ高円寺、まだ終わってねえだろ」
そんな六助にビーチフラッグで負けた南雲先輩が苛立ったように声をかけてくるのは、きっと自然なことなんだろう。
「おやおや不思議なことを言うねぇ、さっき君は負けたではないか、それとも全力を出してなかったと言い訳するのかな? まぁ仕方がない事だとも、君は指揮官で全体を動かす立場にあるのだから、こんな課題で体力を無駄に消耗すべきではない、そう言いたいのだろう?」
「ペラペラと口の軽い野郎だな。良いぜ、次の課題でも勝負してやる、付いて来い」
「ふむん、付き合ってあげたいのは山々だがね、私たちにも都合があるのだよ。そうだろうマイフレンド?」
「そうだな、そろそろ次のエリアが告知されそうだから動きたくはある」
なんてことを思ってタブレットを確認してみると、すぐに指定エリアが発表された。今度は法則性のあるものではなくランダムで指定されたものだ。場所はH9、そこに着いたら西に進みながら課題をこなしつつ、港に近寄って水を補給しておこうか。
「すみません南雲先輩、俺たちはこれからH9まで走りますのでそろそろ移動します」
「H9か……」
南雲先輩もすぐさまタブレットを確認して付近の課題を確認する。
「近くで歴史のテストがやってるな、それに参加しろよ」
六助のビーチフラッグで負けたことが悔しいようだ。まぁあれだけ挑発された上でだから、気持ちはわからなくはない。
「別に南雲先輩が参加するのならば止めませんけど、良いんですか? そっちにだって都合はあるでしょうに」
「言っただろ笹凪、序盤なんて遊びなんだよ」
その割には随分と勝負に拘っているように見えるけど……まぁ別に構わないか、南雲先輩のグループとの直接対決に勝てれば貰えるポイントにわかりやすい差が生まれるので、おそらく六助もその辺を意識してわざわざ挑発したんだろう。
それに、こっちの予定に合わせて南雲先輩が動くということは、基本移動でのポイントは取ることが難しくなってくるだろうし、課題で一位と二位を取れれば更に差が広がるので美味しいことばかりである。
付いて来て貰うとしようか。南雲先輩が「遊び」だと思っている間に、可能な限り差を広げておこう。
「それじゃあ移動しましょうか」
「なずな、お前も付いて来てくれ。基本移動のエリアはアイツに任せる」
「えぇ~、ちょっと雅、本気で言ってるの?」
グループ全員がエリアに入った瞬間に順位は確定するのだが、一人でも入っていればスルーにはならないし1点を貰える。南雲先輩が一緒に行動しない以上は最下位以外取れないだろうけどそれでもスルーしたことにはならない。
どうやら南雲先輩はグループのメンバーの一人をエリアを踏ませる役割にしたらしい。最低限のポイントを稼げればそれで良いと思ったのだろう。
序盤だからとは言え遊び過ぎである。まぁあれだけ挑発されて負けてしまったのだからこの人の性格的にここであっさりと引けないのだろう。
「いくぞ高円寺、笹凪、明日からが本番だから今日はお前らに付き合って遊んでやるよ」
よしよし、上手い感じに釣れたな。この人にとっては遊びでしかないんだろうけど、俺たちにとっては序盤であろうと真剣勝負の真っただ中だ。こすい手と思わなくはないけど、こっちも全力なのでせいぜい損をして貰うとしよう。
この日、南雲先輩は走るペースを落とした俺たちに付いて来て同じ課題を受けることになるのだけど、その全てで三位を得ていたので、こちらにとってはとても美味しい時間となる訳だ。
別れ際の言葉は「明日から本番だから楽しみにしておけ」であった。
まぁ言っていることは何も間違っていない。実際にその通りだけど、こっちはずっと本気でやっていることを理解した方が良いと思う。