作戦会議が終って数日後、いよいよBクラスとCクラスとの間で審議が行われる当日、俺は一人、ケヤキモール内にある施設を訪れていた。
ここは何というかあまり馴染みのない場所だ。ラーメン屋とか定食屋みたいなところはよく訪れるのだが、階段を下って行って地下にあるライブフロアのような場所はさすがに初めてだ。
この辺はよくCクラスの生徒が屯しており、目的の人物も頻繁に足を運んでいるらしいので俺も顔を出したのだが、さすがに探すのに苦労したな。
どこかのレストランでわかりやすく食事でもしてくれてたなら探すのも楽だったんだけど、地下にあるライブフロアとか高校生が拠点にするような場所じゃないだろ。
地下に下りて行った先にあるのは重厚な扉である。防音仕様で分厚く頑丈そうなそれを開けようとするのだが、鍵がかかっているのか動かない。
一応、この地下にあるライブフロアはモール内にある公共の施設だよな? なんで鍵かけて他の客を締めだしているんだろうか。
「まぁ良いか」
固く閉ざされて動くことのないドアノブを、仕方が無いので引きちぎって強引に扉を開けた。
スチール缶を万力で潰した時のようなメキャっという音は、扉の向こうから漏れ出て来た激しい喧噪と音楽でかき消されていく。
ライブフロアの中にいるのは主にCクラスの生徒たち、突然扉をこじ開けて入って来た俺に当然ながら視線が集まった。
そんな彼らの視線を一身に受けながら、目的の人物を探して見つけ出す。
「て、てめッ!! なんでここに!?」
「やぁ石崎……この間ぶりだね、あの時はどうも。とても痛かったよ」
目的の人物の近くに行こうと足を進めると、Cクラス所属の不良である石崎が姿を現して道を塞ぐ。彼の視線はドアノブがねじ取られた扉と俺を行ったり来たりしている。
ついこの間、彼にはとても世話になったので、俺としてもしっかりお礼をしたい。
「でも今は良いんだ、今日は龍園に用があるからね」
ライブフロアの奥で手下と共にふんぞり返る相手と話がしたいんだよね。
急に乱入して来た俺を見て彼はニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべている。興味はあるのだろう。
「俺と君は初めましてじゃないよね? 確か教室の前で会ったことがある。あぁ、でも自己紹介はしておこうか、俺は笹凪天武と言います。宜しくお願いします。君の名前は知っているよ、龍園翔だっけか?」
「ククク、そうさ、俺がCクラスの王だ」
龍園翔、暴力でクラスをまとめ上げて支配する生徒、鋭い眼光と挑発的な笑みはある種の魅了を備えており、一之瀬さんとは方向性の違うカリスマ性を持っているのが観察していてよくわかった。
足を組んで机の上に置く、俺こそが法だと言わんばかりに。
彼の両隣に座っていた女子生徒は不穏な気配に怯えて離れていき、代わりに龍園の背後には見るからに大柄な男子生徒が護衛のように立った。
確か名前は山田、この学校で単純な腕力ならば二番目か三番目に強い生徒だろう。
そして俺の背後には石崎が立つ、こちらは護衛と言うよりは何かあればすぐさま取り押さえる為の鉄砲玉みたいだ。
「さて、話をする場が整ったみたいだし、早速本題に入ろうか……今現在、BクラスとCクラスとの間で審議の真っ只中であることは理解しているかな?」
丁度、あっちも始まった頃合いだろう。佐倉さんが上手く証言してくれれば良いんだけど。
「さぁな」
挑発するような笑みはそのままである。彼の指示で始まった事件なんだから知らない筈がないのに。
「仮にその審議とやらがあったとして、Dクラスのお前にはなんの関係もない、そうだろう?」
「そうでもないよ。俺はBクラスとは協力関係を結んでいるからね。だから助けたいのさ」
「意味がわからねえなぁ、他人事だろ? 何でそんなことするんだ?」
「誰かが困ってたら、助けようとするのは普通のことなんじゃないのか」
「……」
龍園は何故か「何言ってんだこいつ」と言いたそうな顔をしている。
「勿論、人には限界がある。俺の尊敬する人も言っていたが、全ての者を救うなんて神ならざる身には不可能だ。けれど俺の両手が届く範囲くらいは守りたいし守るつもりだ」
神の子なんて呼ばれることもある師匠ですら全ての者を救うことなんて出来なかったからな。師匠でも無理なら俺では絶対に無理だろう。
「今回は偶々、Bクラスが俺の手が届く範囲にいて、彼らが困っていたからね、力を貸しているんだ。誰かを助けたいというのは、とても自然で当然の行為じゃないか。何故なんて問いかけられても正直困る」
「ククク……これは驚いたな、こいつマジで言ってやがる」
どうして笑われたのだろうか、当たり前のことを言っているだけなんだが。
「君だって、困ってる人を助けたことくらいあるだろう? ご老人に席を譲ったりとか、怪我した人を介抱したりとか、一緒に落とし物を探したりとかさ。或いは女性の涙を拭き取ってあげたり」
「テメェは俺を何だと思ってるんだ」
「……えぇ」
嘘だろ、どれだけ荒れた人生を送って来たんだこいつは。
「おほん……まぁ価値観は人それぞれだ。少し話がズレてしまったが、本題に戻ろう。俺のしたい話をシンプルにすると、つまりCクラスに訴えを取り下げて欲しいんだ」
「話にもならねぇな。俺たちは被害者、相手は加害者、泣き寝入りしろってか?」
なんだよ、事件のことしっかりと理解してんじゃないか。
「いや、今回の件は君たちが仕組んだことだろう? 被害者を主張するのはどうなのさ」
「おいおい失礼なことを言うじゃねえか。証拠があんのか? 俺たちがやった証拠がよぉ……無いのなら、階段から突き落とされたっていう事実だけ全てだ、違うか?」
「ん……事実の証明は凄く難しいね。監視カメラの映像があれば一発なんだけど」
「都合の悪いことに、故障中らしいからなぁ」
都合よく、だろうに。
「そうだな、じゃあ目撃者がいるとしたらどうする?」
「ほう? だが根拠としちゃ薄いな」
「そうかな? 客観的な証言というのはとても重要だ」
「わからねえぜ、追い詰められたBクラスがポイントで買収してでっち上げたなんてこともあるだろうよ」
なるほど、龍園もその辺のことは考慮しているのか。もしかしたら審議の場に立っている生徒には証言者が現れるとそう主張するように指示を出しているかもしれないな。
証言者の言葉が真実か否か、それを証明するには事実の証明と同じくらいに難しい。
しかし審議を有利に持っていく材料であり、力であることは事実なので、佐倉さんには頑張って貰いたい。
おそらく、今、審議の場に立っているであろう彼女の健闘を祈っていると、懐に入れていたスマホが震え出した。
俺がそれを取り出して送られてきたメールを確認すると、同じように龍園もスマホを確認している。どうやらメールの内容は同じものらしい。
「再審議だと?」
届いたメールを確認して少しだけ意外そうに彼は言った。
どうやら彼としてはここで勝負を決める算段であったようだが、佐倉さんが頑張って証言したことでCクラスの主張に疑問が残ったということだ。
同時に、再審議は生徒会からの恩情でもあるらしい。次の審議までに文句のつけようがない証拠を揃えなさいと言いたいのだろう。
俺のスマホには綾小路から届いたメールがあり「佐倉も頑張ったようだが再審議となった、そっちのプランを進めてくれ」という内容であった。
仕方がないか、あまりやりたくはないけど、プランBと行こう。
「さて龍園、とりあえずこの映像を見てくれないかな」
そこで俺がスマホで録画した映像を映し出す。
人気のない放課後、階段の踊り場、そこを伺うかのように撮影された動画には、俺と石崎の姿があった。
ピクッと、龍園の眉が動く、そして俺の背後にいる石崎に視線を向けた。
映像は続く、階段の踊り場で何やら言い争いが始まって、石崎が俺の胸倉を掴みあげ、最終的には肩を突き飛ばして階段に落とした映像が。
「それなりに痛かったよ」
嘘だ、あれくらいで怪我をするような改造なんて受けていない。そもそも落ちたのもワザとだ。石崎が突き飛ばしたタイミングで自分から転げ落ちただけである。
「龍園、俺は被害者だ、そうだろう?」
「……」
龍園から初めて笑みが消えた。そして視線は鋭くなり、強い敵意がここで初めて向けられてくる。
なんだ、ニヤニヤ笑ってるよりはそういった顔の方がカッコいいじゃないか。
「この後、俺は学校側に訴えを起こそうと思う。Cクラスの生徒に突き落とされたってね」
「……ほう? 何が言いたい?」
「嫌だなぁ、わかってるんだろう? 訴えを取り下げて欲しいんだ」
「テメェになんの利益がある? さっきも言ったが、他人事だろう?」
「さっきも言ったが、俺は俺の両手が届く範囲の人くらいは助けたい。一之瀬さんの善性は眩く尊いものだ、誰もがそうあればと願わずにはいられないほどに……きっと答えはシンプルで良いんだろうね……うん、彼女を助けたいんだ」
「ククク、なんだ、一之瀬に惚れてるのか?」
「美しい人だと思う、そしてどこにでもいる普通の女の子だとも思ってる。色んなことに悩んで躓いて葛藤して……だからあまり苛めないであげて欲しい、とてもシンプルな理由だ」
「こいつは傑作だ……これまでのお前の言葉に一切の嘘やごまかしがない。驚いたぜ、良い感じにぶっこわれてやがるッ!! お前まさか、素面で正義の味方だなんて言い出さないだろうな?」
「正義か、そんな大それたものを掲げられる程、俺は立派な人間じゃないよ……ただ困ってる人がいれば手を差し伸べたいんだ。だってほら、その方がさ――――カッコいいだろ」
「……」
呆れたような、驚いたような、馬鹿にしたような、そして納得したような、複雑な顔を龍園は見せて来る。
「金玉ぶら下げて生まれて来たからさ、死ぬまでそうやって生きようと思ってるし、それで死のうとも思ってる……それじゃダメかな」
「いいや、なるほどな……ククク、男なんだ、カッコいい看板ってのは大事だよなぁ!! いいぜ、納得してやるよ。だが笹凪ィ、決定的なミスを犯しちゃいねえか?」
「ミス?」
「この監視カメラもない密室で、孤立無援、一人で来たのは失敗だったんじゃねえかって話だよ……この状況で欠片もビビッてないのは見りゃわかるが、ちょいと危機感が足りねえなぁ」
こいつは何を言っているんだ? 高校生に取り囲まれたぐらいでビビってたら、師匠に秒で殺されてしまうんだぞ。
「俺たちがここでお前を袋にするって決めたらどうするつもりだ、えぇ?」
「その時は、君たち全員を排除するしかないね」
そこで俺は、この地下にあるライブフロアの扉を開ける際に、引きちぎっていた鉄製のドアノブを机の上に置いた。
喋っている間、手持ち無沙汰だったので弄んでいたそれは、既にドアノブの形状を残しておらず、奇妙な鉄のオブジェと化している。
「あ、これ、ドアノブなんだけど、壊れてたみたいだよ」
「……」
「すまない、錆びてたのかなんなのか知らないけど、開けるときに取れてしまった。ドアも立て付けが悪かったし苦労した」
「……」
「それで、何だったかな? あぁ、暴力に出るって話だね……それに関しては推奨しない」
思考と意思が薄まっていき、徐々に師匠モードに移行していく。
「……ッ」
そこで初めて龍園は焦りを覗かせる。大きく目を見開き冷や汗を流して驚愕しているようにも見えた。
「きっと、何の利益も得られない」
龍園と俺の視線が結び合う。その瞳の向こうにある動揺を、そして恐怖を、観測することができる。師匠モードをそこで解除すると、要件は済んだとばかりに立ち上がった。
「ク、クク……クハハハハッ……なるほどな、まさかここまでの化け物がいたとは知らなかった。いいぜ、一之瀬や葛城程度じゃあ退屈していてな、こんな極上の獲物がいたとなりゃ楽しめそうだ」
こいつ、師匠モードの圧力を前にしてまだそんなことが言えるのか、完全完璧ではないとはいえ師匠の雰囲気と迫力を演じているのに……思っていた以上に根性がある。
強がりかもしれないが、そもそもあの人を前にすれば強がることすら難しいので、例え虚勢であったとしても凄いと断言できる……長生きはできないと思うけど。
「そうか、それじゃあここでやるつもりかい?」
「ゴリラと利益もないのに殴り合う必要があるかよ」
「全くもって同意見だ」
師匠は利益もないのに俺に戦わせたけどな。
「それじゃあ俺はここで……あ、そうだ、せっかくだから君の連絡先とか聞いても良いかな?」
「……チッ」
舌打ちしながらも、何だかんだで彼は教えてくれる。意外にも素直である。
翌日、Cクラスは訴えを取り下げて、この傷害事件は幕引きとなるのだった。