ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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見せてやるよ、本物の強さって奴を

 

 

 

 

 

 

 

 

 南雲視点

 

 

 

 

 舐めていたと、今になって思う。

 

 優秀な奴だとは理解していたし、飛びぬけた身体能力を持っているとも認識していた。堀北先輩が気に掛けるくらいに頭も回る奴だと。

 

 莫大なポイントと、それを惜しげも無く運用する発想力もある。現に入学当初こそDクラスだったが今ではAクラスに迫れるようになったのは、間違いなくアイツがいたからだろう。

 

 笹凪天武、間違いなく二年生では最高の総合力を持つ相手だ。遊び相手には十分だと考えていたし、実際にアイツはこっちの想像を超えて躍進している。

 

 だがそれでも負けないと心のどこかで思っていたのは、きっと俺が強者との戦いを知らなかったからなんだろうな。

 

 今にして思えば、自分より強い相手と本気で戦ったことがない。堀北先輩は何だかんだで戦いの場に立つことはなかったし、鬼龍院はやる気がない。片手間で戦って勝てる相手としか戦ってこなかった弊害ってことか。

 

 だから俺は、試験の序盤は遊んでいた。幾ら笹凪でもこの長丁場の試験で最初から最後まで走り回ることはできないだろうと考えて、その結果がこれだ。

 

 手元にあるタブレット端末を眺めると、一位の笹凪は既に678ポイントを稼いでいるのが確認できる。二位の俺はまだ300に届かないくらいなので、ダブルスコアどころか試験終了時にはトリプルスコアを付けられていてもおかしくはない。

 

 アイツらの体力が異常だ。高い身体能力を持っているのはわかっていたが、その理解があまりにも浅いことを痛感するしかないだろう。

 

 あれは運動能力が高いんじゃない、ただ単純に怪物なだけだ。休憩も様子見もペース配分も無視してずっと走り回って課題を粉砕しながらほぼ確実にエリア移動では一位で到着する。

 

 優れているのではなく、何かがぶっ壊れて測り切れない存在だとわかっていれば、初日からリタイア覚悟の特攻をしたんだが、今更後悔しても遅いか。

 

 もう正攻法での勝利は不可能だ。ここに来てアイツらの体力が尽きて倒れるだなんて現実感のない妄想はしない。勝つのならば強制的なリタイアしかない。

 

『ねぇ雅、焦ってない』

 

「安心しろよなずな、俺は冷静だ」

 

 無線機の向こうからグループを任せているなずなの声が届く。

 

『本当に? 冷静な人って他人を襲撃したりしないと思うけど』

 

「襲撃じゃなくて妨害だ」

 

『……屁理屈言わないでよ』

 

「こっちのことは良い、お前はグループに集中しろ。笹凪がリタイアすれば一気にトップ争いが苛烈になるぜ。坂柳も龍園も今は味方だが、それも今日だけの契約だ」

 

 そしてもう三年生男子の多くがリタイアしているので、体力面でもかなり厳しい状況になる。ある程度はなずなに任せて課題では上位を独占できるだろうが、基本移動では厳しい戦いになるかもしれない。

 

「そっちは任せたぞ……俺たちは勝つ、勝たなきゃダメなんだ」

 

『雅、今からでも遅くない。変にちょっかいかけずに二位や三位狙いに絞るべきだと思う』

 

「それは敗北だ……二位や三位じゃ意味がないんだよ。一位以外はゴミだろ」

 

 そうだ、勝てないから二位や三位で満足するなんてのはどうしようもない役立たずの思考だ。俺は誰よりも強いという証明をする為には一番以外の数字に意味はない。

 

 俺が裸の王様でないと証明するには、誰よりも強くなければならないんだ。

 

 無線機での通話を終えて俺は近づいて来た手下、桐山の報告を聞いた。

 

 神経質そうで、苛立ちを隠しながらも完全に消せてはいない。桐山はいつだってそんな顔をしている男だ。もっと俺のように余裕を持った方が良いだろうな。

 

「南雲、二年も一年も集まった」

 

「よし、とりあえず全員腕時計を壊せ」

 

「……理由は?」

 

「どうせ笹凪はクラスメイトから細かく情報を貰ってる筈だ。こっちの動きも筒抜けだろう。だがタブレット端末でのサーチは見えすぎるが故の盲目になる」

 

「サーチ機能から身を隠して奇襲するということはわかった」

 

「加えて言うのなら、保険でもある」

 

「保険?」

 

「俺たちがやろうとしてるのは言ってしまえばルール違反スレスレの行為だぜ? ことが露見すれば学校側も問題にするだろう」

 

「今更取り繕ってどうする。俺たちがやろうとしているのはタダの暴力だ」

 

「言い訳や保険は必要だって話だ……まぁ尤も、笹凪は学校側に訴えることはしないだろうがな」

 

 一人でも多くを救って守ることで実力を証明するという、この学校の方針を真正面から蹴り飛ばそうとする奴だ。自分が関わったことで大量の退学者が出たという状況は避ける。アイツはそういう男だ。

 

 だが、もし、その計算が狂って笹凪が学校側に訴えた時に備えての腕時計の破壊でもある。

 

「考えてみろ、もし笹凪が学校に訴えたとしても、この無人島で誰がどこで何をしていたのかを証明することはできないだろ。学校側の判断材料は腕時計のGPSで得た位置情報だけだ」

 

 そして監視カメラの無いこの無人島では言ってしまえばそれだけが「客観的な事実」でしかない。

 

 腕時計を壊してGPS機能を無くせば、誰がどこで何をしていたのかを証明するのは一気に難しくなるだろう。

 

 その数が多くなればなるほど、事実の証明はより難しくなる。

 

 仮にもし、証明が出来たとしても関わった人数が人数だ。一度の試験で70人以上の生徒が暴力事件で退学になりましたなんてことになれば困るのは学校側だ。

 

 そういった意味でも、俺たちのやろうとしていることは最後にはうやむやになる。そもそも俺の知る笹凪は向かってくる相手を正面から叩き潰すことはしても、学校側に泣きつくような男じゃない。

 

「襲撃に関わる奴には腕時計の破壊を徹底させろ。事実の証明を難しくすることもそうだが、もしことが露見しても人数が多くなればなるほど、学校側はうやむやにしたくなる筈だ……一人二人なら学校側も特定や証明は簡単だろうが、何十人もの生徒が行動不明なら幾らでも言い訳できるしな」

 

「わかった」

 

 納得しているのかいないのか、いつも通り複雑な感情を僅かに顔に出しながら、桐山はその場で頷いて見せる。

 

「今回の襲撃を成功させたらお前をAクラスに上げてやるよ」

 

 そして餌を用意するのも忘れない。変に笹凪寄りになられても困るからな。

 

「約束できるのか?」

 

「なんだったら誓約書も作ってやろうか? だからしっかり働け」

 

 すると桐山はわかりやすく集中力を高めるのがわかった。現金な奴だとは思わない、俺を前にすればその反応がとても正しいからだ。

 

 まぁ、笹凪が俺に媚を売って来る姿は想像できないが……。

 

 それはつまり、強敵ということだ。その事実にもっと早く気が付いておくべきだったんだろうな。エンジンをかけるのが幾ら何でも遅すぎたってことか。

 

 現場を指揮する為に滑り台ほどの斜面を慎重に下りていき、この無人島の鬱蒼とした森の中に姿を消していく桐山を見送って、俺は静かに深呼吸をした。

 

「……ガラにもなく緊張してるのか、俺は?」

 

 高鳴る心臓の鼓動はしっかりと感じ取れる、喉も乾いているし、足先は忙しなく貧乏ゆすりを繰り返しているな。

 

 こんなことは初めてだ。いつだって余裕で、どんな時でも楽々と勝って来たから、本当に経験の無い感覚だった。

 

 タブレットの画面を確認して笹凪と高円寺の現在地を示す光点を確認する。そして画面を確認していると大勢の生徒たちの光点が消えて行くのが確認できていく。

 

 どうやら腕時計の破壊が始まったらしい。これで笹凪にも学校側にも誰がどこにいて何をしているのかが見えなくなったということだ。

 

 このまま笹凪と高円寺を包囲していき、一気に襲撃してリタイアに追い込む。やることはとてもシンプルだろう。

 

「悪いな笹凪、だがこれも強さの一つだ」

 

 認めてやるよ、お前は俺を緊張させるくらいに強い。だがただそれだけの男だ

 

 最後に勝つのは俺だ。お前の強さは結局の所個人で積み上げられる限界でしかない。金メダリストでも大勢に囲まれれば勝てない、プロの武術家だろうと集団にリンチされれば一方的な戦いにしかならない。

 

 お前は俺が思い描く実力主義の理想とも言えるのかもしれないが、だからと言って膝を折る訳にもいかないんだよ。

 

 人を従え、意のままに操り、奉仕させることもまた強さの一つだ。強すぎるが故に集団が付いていけない孤独なお前にはできないことだ。

 

 この試験でたった二人で挑むということは、お前に付いていける奴がそれだけしかいないってことだろう。だが俺は違う、大勢の弱者を従えて運用できる王の戦いができる。

 

 それはお前にはない力だってことを教えてやるよ。

 

 ただ飛びぬけた能力を持っているだけじゃできない、強者の器を持つからこそ可能な戦い方がある。見ろよこの人数を、お前に同じことができるのか?

 

 タブレット端末の画面に映る笹凪と高円寺を示す光点は、今は動きを止めているのがわかる。休憩をしているのか、それとも作戦会議をしているのかわからないが、今お前たちは包囲されているんだぜ?

 

「せいぜい足掻いてみせろ」

 

 アイツらを囲むのは全学年合わせて約七十人。それだけ集めるのにかなりの出費を受け入れなくてはならなかったが、それができるのもまた強者の振る舞いだろう。

 

 お前は大量のポイントを持っているのに他者を従えることをしなかったな。いつも誰かを救済する為に使おうとしているようだが、それは王の戦いじゃない。

 

 本当に強い者は、誰かを従える為に資金を注ぎ込むものだ。

 

『南雲、包囲ができた……最終確認だが、本当にやるんだな?』

 

 無線機から桐山の声が届く。大きく局面を動かせるような奴じゃないが、現場レベルで動かせば抜群に相性がいい奴なので、下手なミスはしないか。

 

 こうして最終確認を求めて来るのも、責任のありかを俺に押し付けるという意味もあるんだろうが、俺に指揮をさせて勝ったという実感を持たせたいと言う考えもあるんだろう。桐山はおよそリーダーには向いていないが、誰かの手下になった時は本当によく動く。

 

 堀北先輩もそれがわかっていたんだろうが、生徒会は社会のリーダーとなる人材を集めて育てるという場所でもあるので、誰かの部下である時が一番パフォーマンスを発揮できる男にはそもそも似合っていないんだよな。

 

 桐山は俺に面従腹背だが、皮肉なことにそんな立場だからこそ最も力を発揮できるのだからおかしな話だ。

 

『聞こえているのか、南雲』

 

「聞こえてる、急かすなよ。少しくらいは余韻を楽しませてくれ」

 

『余韻?』

 

「強敵を倒して、俺の力を証明できる瞬間を噛みしめてるんだよ」

 

 この緊張も、胸の高まりも、僅かな焦りも、全ては勝利を彩るスパイスということか。

 

『油断が過ぎるぞ。笹凪も高円寺も強敵なんだ』

 

「言われなくてもわかってるっての、だがこれだけの数に襲い掛かられて勝てる人間はいないだろ。桐山、お前はそれができると思ってるのか?」

 

『……勝てる勝てないの話はしていない。まだ笹凪も高円寺も倒れていないという事実を指摘しているだけだ』

 

「あぁ、そうだな、十分後はどうなってるかわからないが」

 

 どれだけ笹凪の身体能力が優れていようとも、そういう次元の戦いでは無くなるのが数という力だ。ただ走り回るだけならマラソン感覚で勝てるのかもしれないが、襲撃となるとまた話が異なる。

 

「充実してるってことなんだろうな、これが対等な戦いって奴か」

 

 そう考えると、片手間で勝てる戦いの何てつまらないことか。これが俺の求めていた戦い、状況ということなんだろう。

 

「さぁ、楽しませてくれよ」

 

 無線機の向こうで今か今かと指示を待つ桐山が焦れているのがよくわかったので、俺はこう伝えることになる。

 

「やれ、桐山。生意気な下級生をわからせてやれ」

 

『わかった、お前の指示に従う』

 

 こっちの指示だという部分を強調する辺り、こんな作戦に関わっているのに変な所で冷静な奴だ。

 

 しかしもう賽は投げられた。後はただ二人の人間を襲撃して蹴り飛ばすだけの時間だった。

 

 緊張もある、だが安心感もあり、今では喉の渇きも心臓の高鳴りも心地よく絡まって充実感へと変わっているのが実感できてしまう。

 

 これが勝利、これこそが戦い、人生に必要なスパイスだ。

 

 余裕綽々で片手間の勝利を得るんじゃない、焦りと緊張を感じながらの勝利こそが俺の人生には必要だったってことだろうよ。

 

 感謝してやるよ笹凪、お前は俺に充実した時間を与えてくれたのは間違いないんだからな。

 

「勝つのは俺だ、笹凪」

 

 ここからでは現場の様子なんて見えないが、それでも俺は前のめりになって広がっている無人島の深い森を覗き込む。

 

 緩やかな小山の上なので視界は開けているのだが、覗き込んだ所で笹凪たちが見える訳でもない。それでも逸る気持ちがそうさせてしまったのかもしれない。

 

 おそらく現場は荒れに荒れているんだろうが、こちらは穏やかで静かなものだ。或いはそれこそが真の強者のあるべき姿ということだろうか。

 

 人を支配して動かし結果をもぎ取る。それはお前にはできない戦いだってことだ。

 

「お前は知らないんだろうな……これが本物の強者って奴だ」

 

 倒れ伏し、敗北して俺を見上げる笹凪を想像すると、これ以上ないくらいの充実感に包まれるのがわかる。

 

 興奮にニヤついて、心地いい熱に震えてしまう。

 

 

 

 だからこそ気が付かなかったのかもしれない……背後から近づいてくる誰かの存在に。

 

 

 

「がッ!?」

 

 背中に衝撃、それを感じ取った瞬間に、天地がひっくり返って俺は斜面を転がり落ちていくことになる。

 

 誰がとか、痛いだとか、どうすればとか、色々と思う所はあったが、斜面を転がり落ちてグルグルと回転する視界の中では何一つとして意味の無い思考であった。

 

 こうして俺は試験をリタイアすることになる。意識を取り戻したのは船の医務室であり、何が起こったのかは最後までわからないままだった。

 

 

 

 

 

 

「見えすぎるが故の盲目だな。サーチ機能は便利だが、タブレットの画面ばかりを見てるからそうなる」

 

「お~、派手に転がっていったッスね。容赦のないことで」

 

「敵の指揮官が一人でフラフラしてるんだ、討ち取ってくれと言ってるようなものだろ」

 

「まぁそうッスね。でもウチならともかく綾小路パイセンがこんな事して大丈夫なんッスか?」

 

「問題ない、今この無人島では大勢の生徒が腕時計を壊した状態で活動している。行動不明の生徒が増えれば増えるほど、画面しか見ていない学校側が容疑者を絞るのは難しくなる」

 

「そういうもんッスか」

 

「それに南雲はこの試験で一番面倒な相手だ、この辺で処理しておきたかった」

 

「それって今転げ落ちて行った人のタブレット端末でやがりますか?」

 

「あぁ、せっかくだからサーチ機能を使ってポイントを全て消費しておこう。南雲グループの逆転の可能性を完全に潰しておきたい。坂柳との契約でもあるからな」

 

「パイセンって性格が悪いって言われません?」

 

「いや、初耳だ」

 

「まぁ何でも良いんッスけどね。それより腕時計の交換はいつするんでやがりますか?」

 

「喉も乾いて来た、港に戻って暫く休む。交換はその時にするつもりだ」

 

「了解ッス」

 

 

 

 

 

 

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