ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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勝ったな、ガハハ

 

 

 

 

 

 

 

 とある三年生視点

 

 

 

 

 

 

 何が悪かったんだろうと、今になって思う。

 

 目の前で繰り広げられる光景は、どこか現実感が無くて漫画や映画の中の世界のように見えてしまう。

 

 暴力が人の形をしていたら、もしかしたらあんな感じなのだろうか。

 

 だってそうだろ、どれだけ鍛えた人間でも大勢に囲まれればどうしようもない。そりゃ最初の一人二人、或いは三人や四人くらいならどうにでもできるかもしれないけどさ、何十人って規模になればどうしようもない。

 

 ましてや相手は素手だ、こっちだってそれは同じだけど太めの木の枝を持った奴とか、そこらへんで拾える石を持った奴もいる。けれど何もかもが上手くいかなかった。

 

 けれどアイツは、笹凪は、一歩踏みしめる度に大地を蜘蛛の巣状に割り砕いて、何気ない動作で樹木を薙ぎ払っていく。

 

 今も、木の後ろに隠れていたクラスメイトをその木ごと殴って吹き飛ばしている。

 

 それほど強い勢いで殴っているようにも見えなかったけど、そいつが姿を隠していた木は内部から破裂したかのように弾けて盾の意味をなくし、後ろに隠れていた奴を吹っ飛ばす。

 

 何でこうなったんだろうか……ついさっきまで「勝ったなガハハ」と笑っていたのに。

 

 南雲の指示で三年生の男子の多くが二年の笹凪グループの妨害に回ったことは知っていた。俺は課題を埋める組だったから関係が無かったけど、アイツらを追いかけ回してた奴らは水不足と疲労でリタイアしてしまい、南雲の奴は急遽一年と二年からも人を集め出した……結構な額を払ったらしい。

 

 当然反発もあったさ、だってアイツの下に集まるポイントはアイツのいう実力のある奴をAクラスに上げる為にあるポイントだ、二位と三位で妥協してれば使う必要もないのにわざわざ下級生に渡す必要はない。

 

 けれど、内心でそう思っても口には出せないのが俺たち三年生だった。男子は根性無しばかりだし、女子は馬鹿ばかりだし、そんなどうしようもない集団に腰かけてるのが南雲だからな。

 

 だから何も言わずにただ従うだけ、それが俺たち三年生の生存戦略……馬鹿にしてるけど俺だってその媚び売る側の一人だ。毎月毎月せっせと南雲にポイントを渡していくだけだ。

 

 こうして二年の笹凪を大勢で襲撃するのだって、その媚を売ることと本質は変わらない。

 

 負けるとは思っていなかった。そりゃ笹凪は学校でも有名で、体育祭でも世界記録を連発するような奴だけど、これだけの人数で囲めばどうすることもできないって思ってたんだ。

 

 同じように襲撃に駆り出されたクラスメイトはヘラヘラ笑いながら南雲から私物を借りるのを妄想してたし、違うクラスの男子はこれで南雲の覚えも良くなるだろうと内心では考えてたのかもしれない。

 

 

 まぁ尤も、その二人はたった今、キリモミ回転しながら吹き飛んでいったけどさ……。

 

 

 死んでないよな? いや、高円寺が地面に落下する直前で受け止めてたから大丈夫そうだ。

 

 何をしたのかはわからない、ただ笹凪の姿がブレたかと思えば、あの二人は吹き飛んでいた。

 

 誰も追いつけない、立ち向かえない、本当に気が付けばバタバタと倒れて行って、叩き伏せられていく。

 

 アイツの一挙手一投足が動く度に誰かが倒れるか吹き飛ばされるかの二択だ。

 

 たった二人の下級生を襲撃してリタイアさせる簡単な仕事の筈だった。けれど一緒に行動している二年はやる気が無いし、これじゃあ数を集めた意味がないだろ。

 

 やる気のある三年生の体力自慢は我先にと突っ込んで叩き伏せられるだけだ……なんだアイツら、普段は南雲と一緒にデカい顔してる癖に。

 

「おい二年!! 何やってんだよ、ぼ~っと立ってるだけかよ!?」

 

 少し離れた位置からAクラスの奴がそんなことを叫んでいるのがわかった。アイツの視線の先には今回限りの共闘関係である二年生がいるのだが、最初からどこかやる気を感じられない連中だった。

 

「はいはい、わかりましたよっと」

 

 急かされたからだろうか、その二年生たちは持っていた石を笹凪と高円寺がいる方向に投げつけるのだが、それはアイツらに命中することはなく、それどころか近くにいた三年生のこめかみに当たる始末だ。

 

「味方に当たってんだろうが!?」

 

「いや、そんなこと言われても困るっての、投げろって言われたから投げただけだし、寧ろあの三年生が邪魔しなきゃ笹凪に当たってただろ今のは」

 

「屁理屈ばっかこねてんじゃねえよ!!」

 

 やる気の無い二年生と笹凪にビビりまくっている三年生のそんなやり取りを見て、俺は最初からこの襲撃が破綻していることを静かに悟る。

 

 一年はどうだとキョロキョロしながら探してみると、半分は叩きのめされて、もう半分は怯えているのか遠巻きに眺めるだけだ。

 

 一応は、仕事をしてますという言い訳作りの為なのか、石を投げてはいるがそれだけだ。笹凪は背後から投げつけても何故か回避するので意味はなく、寧ろこちらも三年生に当たることが多い始末である。

 

 おいおい、70人近くいるのに、まともに働いてるのは三年だけじゃねえか、なんだよこれ。

 

「それより先輩、笹凪がこっちに来てますよ」

 

「あ――――」

 

 上級生を舐め腐った態度で嘲笑う二年に、何かを言い返す前にその体が吹き飛ぶ。俺と同じように背中を木に預けて身を隠していたのに、その木ごと吹き飛ばされてしまう。

 

 なんで笹凪は正拳突きで木を爆発させることができるんだ? これじゃあ盾の意味がないだろ。

 

 体力自慢は初手で叩き伏せられて、背後から襲い掛かる奴は高円寺が同じく叩き潰す、石を投げつけても当たらないし、なんだったら正確に投げつけられてしまう。

 

 いつのまにか、襲い掛かる側だった俺たちは、笹凪から逃げ惑って狩られる側になっていた。

 

「ひッ」

 

 まだ生き残っていた三年生の一人がか細い悲鳴を上げている。そいつは吹き飛んできたクラスメイトを見て腰を抜かしており、尻餅をついてズリズリと後退して逃げようとするのだが、いつの間にか背後に立ち塞がっていた高円寺に止められてしまう。

 

「おやおやボーイ、どこに行こうというのかね? せっかくだから最後まで付き合っていくと良い。賢者は歴史から、愚者は経験からで学ぶらしいからね、二度とこのようなことが無いように、しっかり学んで行きたまえよ」

 

 そんなことを言いながら高円寺はそいつの襟首を掴んで猫のように持ち上げると、何でもないように笹凪へと投げつけてしまう。

 

「ヘイッ、マイフレンド、追加だ」

 

 運動部でそれなりに恵まれた体格をしているのに、高円寺はまるでキャッチボールでもするかのような感覚である。アイツはキリモミしながら回転して笹凪がいる方向に飛んでいって、最後には蚊でも払うかのような動作で地面に落とされてしまった。

 

 せめてもの配慮なのだろうか、高円寺が投げ飛ばしてしまった三年生を迎撃する笹凪の裏拳は少しだけゆるやかだったようにも思える。

 

「やれやれ全く、襲われているのは俺たちなんだけどね。蜘蛛の子を散らすように逃げられても困るな」

 

「ふむん、二年と一年からはあまりやる気を感じられないようだねぇ」

 

「なら何で参加したって話なんだけど……まぁカモ扱いされたのかな」

 

 そんな会話をしながら笹凪は力強く地面を踏みつける。するとそこを中心に地面が蜘蛛の巣状に割り砕かれて大きな揺れが感じられた。

 

 次の瞬間に木の上で身を隠していた三年生がボトっと落ちて来る。

 

「ま、ま、待て……な? 少し落ち着こうぜ?」

 

 南雲と割と近い位置にいる奴だったし、おべっかと媚を売るのが得意なAクラスの男子生徒だ。胡麻をする動作が何とも似合う奴であるが、いつも南雲にやってるであろうそれを今は笹凪にやっているのはどうなんだろうか。

 

 情けないとしか言いようがない上級生の姿を見下ろして、笹凪は呆れるでもなく侮るでもなく、それどころか注意深く観察しながらこんなことを言った。ある意味とても無慈悲で絶望を知らせる言葉を。

 

「すみません、敵対者には教訓を与えるべしと師匠に言われているので、せめて拳骨一発くらいは貰ってください。大丈夫、俺は九号と違って手加減を習得しているので」

 

「い、いや、違う、そうじゃなくてさ――」

 

「大丈夫、何も痛めつけようという話ではありませんよ。ただ軽率な行動をもうしないようにという教訓を得て欲しいんです」

 

 容赦があるのか無いのかよくわからないことを言いながら、笹凪は後ずさりして逃げようとしている上級生の頭に拳骨を落とす。

 

 するとそいつは地面にめり込む勢いで倒れ伏す……手加減したんだよな?

 

「さて、次は……あぁ、どこへ行こうというのですか、桐山先輩」

 

 不思議な色を宿した、テールランプのように光の尾を引く笹凪の瞳は、ギョロっと蠢いて鬱蒼とした森の一角を見つめる。冷たく刺すような迫力と共に呼び止められると、逃げ出そうとしていた桐山の足も止まってしまう。

 

「桐山先輩、貴方が指揮官ということでよろしいですか?」

 

「……そうだ」

 

 黙っていた所でなんの意味もないと思ったのか、渋面を作りながらも桐山は肯定していた。その潔さは事が始まる前に発揮して欲しかったんだが……。

 

「どうしてこのようなことを?」

 

「わかりきっていることだろう。お前を倒さなければ三年生は大きな損失を被る」

 

「あぁ、そう言えば、学年中の便乗カードを南雲先輩に注ぎ込んでいるんでしたか」

 

「知っていたのか」

 

「この試験で最大のポイントを稼ぐには、一位で突破してかつ一枚でも多くの便乗カードを集中させることしかありませんからね。仮にもし南雲先輩のグループが勝てばメンバー全員に100万ポイントが与えられてそれだけで700万、加えて注ぎ込んだ便乗カード一枚辺り50万が貰える……学年全体で50パーセントに入った報酬も足せば2000万くらいは届きそうか」

 

「そうだ、その分、俺たちにはチャンスが回って来る……笑うか? 南雲の為に動いて媚を売るだけの俺たちを」

 

「いいえ別に、それもまた生存戦略であり、戦いの作法の一つですから……勘違いしてらっしゃるのかもしれませんけど、俺は別に貴方たちの行動を責めている訳ではありませんよ」

 

「学校側に訴えるつもりもないと?」

 

「こんなことで問題を大きくしても意味がありませんから。それにどうせ言い訳くらいは用意している筈です。無駄なことをしたくはないですね」

 

 笹凪のセリフに俺と桐山は変な安心感を覚えたと思う。言い訳は用意していてもこれだけ何もかもが滅茶苦茶になった上に、笹凪を怒らせるとどうなるのかわからない状況なので本当に安堵した。

 

「責めようだなんて思ってはいません、そして馬鹿にするつもりもありません。大勢の敵に囲まれるのは名誉なことだとも思っているので……ただ、こういったことが二度三度と続くことは避けたいという考えはあります」

 

「……何が望みだ?」

 

「別に何かを差し出せとか言いません。ただ自覚はしてもらいたいんです。俺と戦うとどうなるのかをしっかりと……まぁ狙いが俺一人だけならいつでもどこでも構わないんですけど、変な自信とか妙な色気を出してクラスメイトとかにちょっかいをかけられても困ります」

 

 笹凪の雰囲気が大きく鋭くなっていく。上手く言葉では表現できないけど、何かが膨れ上がっていくような感じだ。

 

 桐山も同じ物を感じ取ったのか、一歩、二歩と後ずさり、けれど背中を木が受け止めたことで動けなくなってしまう。大量の冷や汗から察するに俺以上に何か巨大な物を感じているのだろうか。

 

「ですので、教訓を持って帰っていただきたい……無駄なことはするべきじゃないと」

 

「も、もう、わかっているッ……俺は、俺たちは、お前とは関わらない、関わりたくない」

 

「えぇ、少しの痛みもあれば忘れることもないでしょう」

 

 いつの間にか笹凪は桐山の首根っこを掴んでいた。たった今まで桐山の正面にいた筈なのに、気が付けが背後に回っていたのだ。

 

 そうなってしまえば、俺はただ同情することしかできない。

 

 だって桐山の体を掴んだ笹凪は、そのままシャツの皺でも伸ばすかのようにバサバサと振り回したからだ。

 

 お前……一応桐山は生徒会で一緒に働く仲なんだよな? 副会長なんだから上司でもある筈だけど、少しは優しくしてやれよ。

 

 あまりにも雑すぎる扱いにドン引きするしかない。桐山はシャツでもシーツでもないんだぞ、人をそんな風に振り回す奴があるか。

 

 衝撃と揺さぶりによって桐山は白目を向いて意識を失ってしまう。人をそんな風に扱えばそうもなるだろう。

 

 最後に笹凪は気絶した桐山をポイッと地面に投げ捨てる……同じ生徒会仲間とは思えない扱いであった。鬼かアイツは。

 

「一年の半分と二年はもう撤退したか、判断が早いな……一体何しに来たんだか」

 

「薄情と言うべきか、賢明と言うべきか迷う所だがねぇ……おっと、まだ一人残っているようだ」

 

 ビクッと、高円寺の指摘に俺の体が震えた。息を潜めて体を震わして木の幹に隠れていたのに、なんで見つけられるんだアイツは。

 

 この木を盾にしようとしても無駄だ。同じことを考えていた奴はその木ごと吹っ飛ばされていたからな。

 

 関わるべきじゃなかったんだ。この数で挑めば一瞬だとかほざいていた十分前の自分をぶん殴ってやりたい。

 

「さぁボーイ、出てきたまえ。なぁに怖がる必要はない、痛いのは最初だけさ」

 

「申し訳ない……可能な限り配慮しますので、どうかこちらに」

 

 脱兎の如く逃げ出そう、一年も二年も逃げ出したんだし、残った三年生も全員伸びている。せめて俺だけでも――。

 

「おやおや、いけない人だ、一人だけ助かろうなどと」

 

「潔く諦めたまえ、時には素直に散ることも美しさの一つなのだから」

 

 陸上部で培った脚力で一気に逃げ出そうと踏み込んで、しかし俺の足首はいつの間にか笹凪に掴まれていた。鉄の鎖で雁字搦めにされたかのような感触が足先から伝わって来た瞬間に――。

 

 俺は、全てを諦めるしかなかった。

 

 そのまま引きずり回されてどこかに連れていかれることになるのだが、もうどうでもいいか。

 

 Aクラスで卒業できればって思ってた、けれど俺は大した力もなくて、何かを成すこともできなくて、中学校から続けていた陸上だって大した成績は残せていない。そんな俺がこの学校で生き残ってAクラスになるには南雲に媚びるしかなかったんだ。

 

 けれど理解できたことがある……平穏は素晴らしいと。

 

 特別なことなんていらないんだ、背伸びする必要もなければできもしないことで必死になる必要も無い。

 

 ただ平凡に、そして平穏に過ごして卒業できればもうそれで良いんだ……とても不思議な感覚だ。

 

 そうか、特別でなくてもいいんだな。Aクラスで卒業するだなんて夢を抱かなくても、人生は平穏であることが一番重要なんだ。

 

 これからは平穏安全に生きよう、俺の人生はそれで良いんだと思う。

 

 

 笹凪からデコピンをされながら、そんな納得を抱くのだった。

 

 

 

 

 

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