ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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一件落着?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 堀北さん、滅茶苦茶怒ってるじゃないか。

 

 いや、わかるよ、他クラスの面倒事に巻き込んだ上にだいぶアレな協力すら持ちかけた訳だからさ。

 

 龍園との話し合いも終わって、さぁこれで一件落着だって思いながら寮に帰ろうとする道中で、一言も発さずにこちらを睨みつける堀北さんと出会ってしまったことで冷や水を浴びせられた気分になってしまう。

 

「…………」

 

 せめて何か話して欲しい、罵倒の言葉でもあれば素直に受け入れるんだけど。

 

「あ~、えっと……堀北さん」

 

「……」

 

 凍える視線でこちらを見つめて来る堀北さんは、クイッと顎を動かして付いて来いとばかりに進みだす。

 

 反論できるような雰囲気でもないので大人しく従うことしかできなかった。

 

「えっとさ、Cクラスのことなんだけど、上手く行ったと思う。訴えは取り下げられるんじゃないかな」

 

「……」

 

「な、何か喋って欲しいな」

 

「……」

 

 ここまで頑なに拒絶する堀北さんは初めて見たな。入学当初よりも遥かにガードが固くなってしまっている。

 

「どこに行くんだい?」

 

 黙ってろと背中で語りながら彼女は進んで行き、最終的に到着したのは施設内にあるスーパーであった。どうやら食材を買いに来たらしい。

 

「私が」

 

「はい」

 

「階段から転げ落ちて来る貴方を撮影している時の気分を答えなさい」

 

「え、国語の問題文?」

 

 この作者の考えや心情を答えなさいとかいう、アレかな?

 

「わ、わぁ、大変?」

 

「ゼロ点ね」

 

 そうなのだ、堀北さんは石崎を嵌める為の工作に付き合ってもらい、紆余曲折の末に撮影役をして貰っていたのだ。

 

 作戦を説明した当初はかなりごねられた、手段もそうだがわざわざ他クラスの為にそこまでしなくても良いというのが彼女の主張である。

 

 反論の余地がない言い分だろう。実際に他人事でそこまでやるのはどうかとも思う。

 

 だが、引き受けると決めた以上は半端な真似は出来ないし、一之瀬さんが困るのも俺は嫌だったので、強引にスマホを渡して話を進めたのであった。

 

 渋々と、欠片も納得していないが、それでもしっかり撮影してくれた堀北さんには感謝しているのだが、彼女は全く納得していなかったのだろう。

 

「持ちなさい」

 

「あ、はい」

 

 食材を吟味している堀北さんは買い物かごを俺に押し付けて来て、そこに幾つかの食材を放り込む。

 

 じゃがいもと人参と玉ねぎと、牛肉と、今日はカレーだろうか?

 

「憤りと、苛立ちよ……そして心配かしら」

 

「心配してくれたんだ。でも大丈夫だよ、あれくらいで怪我するような体じゃないし」

 

「そういう話をしていないの、良いかしら?」

 

「あ、はい」

 

 今日の堀北さんはとにかく怖い。

 

「馬鹿な真似をした貴方に対する憤りと苛立ちがあって……転げ落ちてきた瞬間はとても心配したわ。しかもその行為がDクラスの為でなく、Bクラスを救済する為のものなんだから、話にもならない」

 

「ん、反論の余地がないかな」

 

 実際に俺も馬鹿な真似をしたと思っている。でもあの程度で怪我をすることがないという確信があったので、そこまで深刻に考えることでもないと思うが……堀北さん曰く、そういう話でもないのだろう。

 

 彼女は他にも色々な食材を俺が持っている買い物かごに入れていく。

 

「笹凪くん、貴方はもっと賢い人物だと思っていたのだけど、私の勘違いだったのかしら?」

 

「ええっと……」

 

「私に、何か言うべきことがあると思うのだけど」

 

「……ごめんなさい」

 

 ここは素直に謝ろう。馬鹿な真似をしたという自覚もあるし、彼女を巻き込んでしまった。

 

 師匠曰く、謝罪は大事。

 

「馬鹿な真似をしました、俺は愚かです……本当にすみません」

 

 しっかりと頭も下げる。姿勢は大事だって師匠も言ってた。

 

 そんな俺の後頭部に柔らかな指先の感触を感じる。どうやら堀北さんが触れているらしい。

 

 そのまま俺の髪を弄ぶ彼女は無言のままである。

 

 このまま頭をもぎ取られたりしないよね? 師匠ならやりかねないんだけど。

 

「……反省はしてるのね?」

 

「勿論です」

 

「もうしない?」

 

「……しません」

 

「変な間があったように思えるけど?」

 

「気のせいです」

 

「……頭を上げなさい」

 

 頭を上げて堀北さんの見つめ合う。さっきよりも少しだけ態度が柔和したようで安心した。

 

「これも持って頂戴」

 

 そう言って彼女は米袋を俺に押し付けて来た。十キロである。

 

 別に重たくはないので構わないのだが、流石に買いすぎじゃないだろうか?

 

「堀北さん、購入は計画的な方が良いと思う」

 

「私一人だと持って帰るのが大変だもの、丁度いい荷物持ちがいるから今回だけ……それに、これは馬鹿な真似をした貴方への罰よ」

 

「なるほど、だとしたら拒否はできないな」

 

 罰なら仕方がないだろう。少しずつ堀北さんの機嫌も良くなってきたので、これで良いと思う。キレた女性には逆らうな、俺は師匠でそれを嫌と言うほど理解しているのだ。機嫌が完全に良くなるまでは小間使いのように全力で奉仕しよう。

 

「ねぇ」

 

「ん、何かな?」

 

 少し照れた様子の彼女はこんなことを言って来た。

 

「何か、食べたいものはあるかしら?」

 

「……カレー、かな」

 

「そう、じゃあ今日はそれにしましょうか」

 

「え、作ってくれるの?」

 

「……まぁ、色々と言いたいことはあるけど、笹凪くんが頑張ったのは事実だもの」

 

 だから、と彼女は言葉を区切って視線を彷徨わせる。

 

「ご褒美をあげなくもないわ」

 

「そっか……ならお言葉に甘えようかな」

 

 堀北さんは少しだけ笑って見せてくれた。彼女の笑顔を見たのはこれが初めてのことである。

 

 

 笑顔の女性は、とても魅力的だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。懸念事項であったCクラスとBクラスの審議はどうやら取り下げられたらしい。さすがに龍園もこれ以上踏み込んだ所で得る物がないと判断したのだろう。

 

 最悪、共倒れ覚悟で審議を継続させるかもしれないと思っていたが、引き際を弁えているらしい。

 

「ねぇ笹凪くん、一体何をしたのかな?」

 

 美術部に顔をだしてコンクールに応募する作品を完成させようと気合を入れていると、話があると俺を呼び止めたのは一之瀬さんであった。

 

 彼女も色々と訊きたいことがあるらしい。加えて相談事もあるそうだ。

 

「特別なことは何もしていないよ、龍園と話しただけさ」

 

「それで龍園くんが引き下がってくれるのなら、Bクラスはなんの苦労もしなかったと思うなぁ」

 

「かもしれないね、でも本当に特別なことはしていないんだ」

 

 もしあの手段を説明しようものならば、俺は一之瀬さんに嫌われてしまうかもしれない。それは避けたかった。

 

 脅迫して審議を取り下げて貰いました、そんな説明はいらないだろう。

 

「む~」

 

 一之瀬さんがこちらを何とも言えない視線で観察してくる。逃がしませんとでも言いたげである。

 

「良いじゃないか、Cクラスは訴えを取り下げた。Bクラスも一安心、これ以上の結果はないと思うな」

 

「そうなんだけど、やっぱり気になるかな」

 

「どれだけお願いされても言えません」

 

「どうして?」

 

「う~ん、秘密のあるミステリアスな男はモテるって聞いたから、かな」

 

「なるほどなるほど、そう言われると何も訊けなくなっちゃうなぁ」

 

 一之瀬さんも俺の冗談交じりの発言に乗っかってくれた。頑なだったのでこれ以上踏み込んでも無駄だとわかったのだろう。

 

「笹凪くんは話をしただけって言うけど、それでもBクラスが助けられたのは事実だし、ちゃんとお礼は伝えなきゃね……助けてくれて本当にありがとう」

 

「どういたしまして、大したことはないと謙遜しておくよ」

 

 一之瀬さんは朗らかに笑って見せてくれる。女性はやはり笑顔が一番だと俺は思った。

 

「それよりも、何か相談があったんじゃないのかい?」

 

 そもそも呼び出して来たのは一之瀬さんであり、ここは校舎裏に近いベンチである。そろそろ暑くなって来たので長居はしたくないのだが、訊ねた瞬間に一之瀬さんの顔が如何にも困ったといった感じになってしまうので、涼しい場所に逃げるのは難しいらしい。

 

「あ~、それなんだけどね。じ、実は、その……なんと言いますか」

 

 モジモジと照れた様子の彼女は人差し指をツンツンと合わせながら、こちらを上目遣いで窺ってくる。正直とてもズルい表情だった。

 

「言い辛いことなら、気持ちの整理が付いてからのほうが良いと思うけど」

 

「そ、そうじゃないよ……ただ、その」

 

「その?」

 

「こ、告白をされるみたいなんだ、私……」

 

「一之瀬さんは魅力的な女性だし、これまでも何度もあったんじゃないかい?」

 

「え!? や、全然。全然だって。私告白なんてされたことないもん」

 

「そうなのか、だとしたら不思議な話だ。好意を寄せる男なんて幾らでもいただろうに……でもまぁ、君は優しく美しい、これから先、沢山の求愛が寄せられるだろうから、すぐに慣れるよ」

 

「あはは、笹凪くんって本当に照れずにそういうこと言うよね」

 

「君が魅力的な人物であることは、事実だろ」

 

「お、おほん……話を戻すね」

 

 赤くなった頬と脱線しそうになった話を修正する為に、やや強引に咳ばらいをされてしまった。

 

「それでね、できれば彼氏のフリとかお願いできないかな?」

 

「……あ~、その心は?」

 

「色々と調べてみたんだけど、彼氏がいるからって理由が一番相手を傷つけないで済むって……」

 

 情報源何処だよそれ、告白する相手に彼氏がいたとか普通に傷つくと思うんだが。

 

「駄目、かな? 同じクラスの子には頼み辛くって」

 

「俺はまだ恋を知らないから何とも言えないが、いざ告白するって時に相手に恋人がいるからってのは、なかなかショックなんじゃないかな」

 

「そ、そうかな?」

 

「相手もそれくらいのことは調べてるだろうしね……ん、そうだな、下手に言い訳するよりかは素直に話し合った方が良いとは思う」

 

「下手に断って、これからギクシャクしたりとか」

 

「そうなるかどうかは、君たち次第だ……俺から言えるのは、誠実に対応してあげなさいっていうことくらいだね」

 

「そっかぁ……」

 

「しかし、その人物は羨ましいな」

 

「え?」

 

「さっきも言ったけど、俺は恋というのがまだよくわからなくてね……尊敬する人から憧れと恋と夢を探せって言われてるんだけど、俺が見つけることが出来たのは憧れだけだ。なので君に恋をしたから告白してきたであろうその人が、とても羨ましい。俺にないものを持っているんだからね」

 

「……」

 

 一之瀬さんは不思議そうにこちらを窺っている。

 

「笹凪くんって、そんな顔することもあるんだね」

 

「ん? どんな顔をしてたんだい?」

 

「なんていうか……遠くを眺める、みたいな感じかな」

 

「なるほど、届かないものを羨望するという意味では、確かにそうなのかもしれないな……恋も夢も、まだまだ遠いということなんだろう」

 

 憧れはわりと早く見つかったんだけどね。

 

「一之瀬さんは憧れてる人だったり、恋しい人だったり、もしくは将来の夢とかはあるのかい?」

 

「え~と、急に言われても困っちゃうけど……お、お母さんとか?」

 

「なるほど、ご両親への憧れか」

 

「うん、そうだね……すっごく苦労させてきちゃったし、それでも私を育てて来てくれた。うん、憧れなんだと思う」

 

「そうか、だとすると君も未熟者なんだろう」

 

「ど、どういうこと?」

 

「ん、俺の尊敬する人からの言葉でね……人生で大事なのは憧れと恋と夢だって言われたんだ。一つ見つけて未熟者、二つ見つけて半端者、三つ見つけてようやく一人前だってね」

 

 恋も夢も簡単には見つからないものなんだろう。

 

「憧れだけじゃ届かないし、恋だけじゃ続かない、夢だけじゃ意味が無い……何度も何度も何度もそう言われたからさ、ちょっと焦ってるのかもしれない。ごめんね、こんな話を聞かせちゃって」

 

「ううん、面白い話だったよ。にゃるほどね、どれか一つじゃダメなのかぁ」

 

「三つ揃えれば無敵になれるらしい」

 

「確かに、そんな人がいればすっごく強そうだよね。きっと頑張って頑張って、苦労を苦労とも思わないような人なんだと思う」

 

「あぁ、そうなりたいものだ」

 

 どんな困難も、突き進んで乗り越えていける、そんな人になれると思う。

 

 ふと隣に座っていた一之瀬さんに視線を向けると、彼女はニコニコと笑いながら俺を見つめていた。

 

「笹凪くんへの印象が変わっちゃったかも」

 

「そうなのかい?」

 

「うん、前までは掴みどころがないっていうか、とにかく不思議で、こんな言い方はしたくないけど、ちょっと怖い所もあったりして……ごめんね?」

 

「いいさ、目つきが悪い自覚はある」

 

 多分、師匠モードのことを言ってるんだろうな。怖がられるように演じている部分もあるのでその評価はとても正しい。

 

「でも、今の笹凪くんは距離が近くなった気がする。うん、私は今の君の方が好きだな」

 

「ありがとう、少しこそばゆいが、そんな風に言われるのは嬉しいものだ」

 

 まだまだ未熟者だけどね、俺は。

 

「立場や、この学校の制度上、難しい場面もあるかもしれないが、この友誼は大切にしたいと思う、一之瀬さんはどうかな?」

 

「もちろんだよ、だって私たちは友達だもん!!」

 

 この日、俺と彼女は友人になれたのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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