ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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交渉の余地はない

 

 

 

 

 

 

 

 

 八神視点

 

 

 

 

 

 面白い作戦だと素直に賞賛しておきましょうか。少々詰めが甘い所と、他人の能力に依存する所を除けばですが。

 

 僕の目の前には幾人かの同級生がいて、その中心で動いているのがCクラスの椿さんだった。

 

 彼女のOAAの能力はそこまで高くはない。けれど数字に表れていない思考力は持っているんだろう。それか手を抜いているのかはわかりませんが。

 

 自身は退学するから全ての責任を押し付ければいいと、ある意味開き直った方針を示せることもあり、多くの一年生を動かせることにもなった。

 

 宝泉くんも何だかんだで動かせている辺り、何を餌にすれば人を動かせるのかということをしっかり理解していることも評価できる……もっとも、他人に結果を委ねると言う詰めの甘さは減点となるでしょうが。

 

 残念ながらこれでは綾小路清隆は倒せない、倒せてなるものか。

 

 そんなこちらの考えや思考を表に出すことはなく、僕は一年生の指揮を執る椿さんにこう伝えた。

 

「どうやら結果は振るわなかったようですね」

 

 一年生連合が使っているキャンプは今現在作戦本部のような形になっている。連絡用の無線機に幾つかのタブレットが机に並べられており、刻一刻と変化する状況に即応できる状況であった。

 

 その中心で指揮をするのが椿さんだが、大きな溜息を吐いているあたり、頭の中にあった甘い計算はやはり空振ってしまったらしい。

 

 そもそも宝泉くんだけで挑ましている時点で破綻している。彼一人で倒せるのなら何の苦労もしないんだから。

 

「みたいだね」

 

 予定通りなのか、それとも焦りを隠そうとしているのか、表情には動揺が見られない。

 

「聞こえる? 誰が宝泉くんを処理したのか教えて」

 

 彼女は無線機にそう問いかける。返って来たのはおよそ冷静とは言えない声であった。

 

『に、二年だッ!? アルベルトとかいうでっかいゴリラを引き連れた奴らが……うわッ、ち、違う、俺は無関係で――――うわぁあああああッ!?』

 

 次の瞬間、無線機の向こうからは悲鳴と共に何やら不吉な音が届くことになる。まるで複数に囲まれて暴行を受けたかのような音が。

 

 それ以降、無線機から彼の声が聞こえて来ることはなかった。代わりとばかりに聞き覚えのない男性の声が聞こえて来る。

 

『ククッ、次はテメエらだ。せいぜい震えてろ』

 

 まるで質の悪いホラー映画のような展開だと思う。どうやら偵察として動かしている一年生たちの大半が既に処理されているらしい。格闘のプロがいる訳でもなくせいぜいが喧嘩自慢程度なら複数人で囲めばほぼ無力化できる。

 

 龍園と言う生徒の情報は僕も把握していましたが、情報よりもずっと躊躇なく戦う男ということか。

 

 事前に渡されていた全校生徒の情報ではもう少し迂闊で傲慢な男だという印象だったけれど、戦いは数と勢いだということを最低限は理解しているんだろう。

 

 たかだか高校生の喧嘩自慢程度ならば組織力を駆使すればほぼ完封できる。そう考えると龍園という生徒の評価は改めるべきか。

 

「全員撤退、作戦は中止する」

 

 すぐさま椿さんはそんな指示を出す。こちらの最強戦力である宝泉くんを動かせなくなった今、それ以外の手もないか。

 

「椿、俺が出る」

 

「……ダメ、相手は集団で反撃してきた。宇都宮くんが強いのはわかってるけど、一人でいっても返り討ちになるよ。やるにしても数を集めて一筋縄じゃいかないって見せてから交渉にはいるべき。暴力はあくまで見せ札でしかないよ」

 

「やってみなければわからないだろう」

 

 このキャンプ地にいる一年生の中で、腕っぷしに自信があるのは宇都宮くんだけど、相手は個人の戦いを最初からするつもりはない。殴り合いではなく殲滅を目的としているのは明白だ。

 

 スポーツ気分で勝てる相手じゃない。彼の戦闘能力が高校生レベルで語れなかったとしても、そういう話じゃなかった。

 

 或いは僕が協力すれば……いや、ここで二年生を返り討ちにした所で綾小路清隆に要らぬ情報を与えて警戒されるだけか。

 

 状況を俯瞰すれば今がどれだけ拙い状況なのかよくわかるね。一時的な共闘関係を結んでいた三年生はほぼ壊滅、一年生は手痛いしっぺ返しをくらって追い詰められている。そもそも暴力を振るうことに躊躇がなかったり、喧嘩自慢だったりする生徒の大半はこの襲撃に注ぎ込んでいるので、彼らが全滅すればもう後がない。

 

 残るのはほぼ無傷の二年生たちだけ。点を取って優劣を競う試験の筈なのに、いつのまにか相手を襲撃してどれだけの損害を出せるのかが重要になっている辺り、もしかしたら学校側は呆れているのかもしれないな。

 

「なぁ椿、宇都宮、ヤバいんじゃないか? 襲撃される前にさっさとリタイアした方が良いって」

 

「そうだ……勝てるから協力しただけで」

 

「50万ポイントももういらないからさ……その、俺も抜けたいんだけど」

 

「わ、私は、最初から関係がないからね」

 

 

「ウチも帰りたいッス」

 

 

「そもそも最初から無茶だったんじゃないのか? 上級生を襲撃するなんて」

 

「責任はアンタが取ってくれるんだよね?」

 

 連合のキャンプ地に集まった一年生たちの士気は地を這うかのように低い。大した目的や志もなく儲け話にただ集まって来ただけの連中なので仕方がない。旗色が悪くなればすぐこうなることはわかっていた。

 

 彼ら彼女らは軍人でも警察官でもない。ただの高校生でしかなく、それ以外の言葉で表現することができない集団なのだ。少しの不安でこうもなる。

 

 しかし予想以上に二年生の動きや連携が鋭く強固だな。もっと互いを意識して牽制しあっていると思っていたけど、想像していたよりも協力関係を作る柵が低いのかもしれない。

 

 綾小路清隆による動き? 二年生全体に影響を及ぼせるほどの存在感を示していた? それとも友好関係を築いている? タブレット端末で動きを俯瞰して見ると、二年生チームはあの男を援護して守るように動いているのがわかる。

 

 僕が思っている以上に、影響力が強いということか。もしかしたら表向きは敵対しているポーズを取っているだけで、裏では結託しているのかも……いや、綾小路清隆ならば支配下に置いていてもおかしくはない。

 

 なるほど、もう学年全体を支配しているということか、面白いじゃないか。

 

 だとしたら僕があの男を倒すには同じように学年を支配して駒を増やす必要がある。今この場はそういった流れを作るのに適していると言えるのかもしれない。

 

 元からそのつもりではあったんだ、少し予定を早めるだけとも言えるのかもね。

 

「皆さん、一つ提案があります」

 

 不安と恐怖で右往左往している一年生連合に語り掛けていく。優し気に、そしてどこまでも冷静に、強いリーダーシップを感じさせることを意識して。

 

 今までもそう振る舞って来たので容易いものである。学年を支配する為には信頼を積み重ねていくのが一番だろう。ただし示すのはカリスマ性や思考力だけでなく、力もその一つだ。

 

 今は信頼を稼ぐターン、暴力も一つのスパイスとして織り交ぜて行けば良い。

 

「現状、極めて拙い状況にあるのは言うまでもありません。このまま二年生が来るのを待っていてもいずれは捕捉されます。そうですよね、椿さん?」

 

「そうだね」

 

 警戒するような、そして訝しむような表情と視線を向けて来るのは、彼女の中で僕に対する疑念があるからだろうか。

 

 やはり観察力があるな。詰めの甘さはまだ感じられるが、要注意な一年生と認識しておこう。

 

「だ、だったらよ、椿を差し出して俺たちは逃げようぜ……せ、責任は全部お前が取るって話だったよな!?」

 

 焦りと不安に駆られた一年生男子の一人がそんな提案をすると、全体の意識が傾くのがわかる。それで二年生が止まる根拠など何もないのだけれど、藁にも縋る思いという奴なのかな。

 

「確かにそう言ったよ、でも今更二年生が止まることはないと思う」

 

「お、お前がやるって言ったから俺たちはッ!!」

 

「落ち着いてください。今は身内で怒鳴り合うのではなく、解決策を打ち出しましょう」

 

 

「でも手があるんッスか? 八神くん」

 

 

 椿さんを差し出すと言う短絡的な解決方法に流れそうになっていた一年生全体の意識を何とか引っ張り戻す。

 

「二年生たちの目的はわかります。報復と言うよりは一年生全体の追い落としでしょう。考えてみてください、既に三年生の九割ほどを退場させたんです。ならば次は一年生の番、仮にもし今回の襲撃が無かったとしても同じことが起こっていた筈でしょう」

 

「なんだよそれ、最初からそうするつもりだったってのかよ……」

 

「最初から、という訳ではありません。序盤は二年生もまともに試験に挑んでいましたが、三年生の殆どが退場した辺りで風向きが変わりました……二年生はこう思ったんでしょう、一年生を処理できれば試験で得られる報酬のほぼ全てを独占できると」

 

 襲撃の報復という側面もあるのだろうけど、本質はそこだ。

 

「今後も学年を跨いだ試験があると想像するのは簡単なことです。自分たちのクラスだけでなく学年全体の利益というのを考えての行動でしょう。上位三組だけでなく50パーセント圏内の報酬すら独占するつもりなのかと。彼らは感情的に動いているのではなく、計算でこちらを処理しようとしています。重要なのは、計算という部分かと」

 

「つまり八神、お前は交渉が可能だと思っているのか?」

 

「その通りだよ宇都宮くん。二年生の目的は報復ではなく報酬だ。交渉次第では殴り合いにはならないと思うな」

 

 するとこの場に集まった一年生の中に少なくない動揺が生まれる。強い不安に晒された中での僅かな希望となっているのだろう。

 

「なので僕は、まず二年生たちとの対話を提案します」

 

「……対話って言ってもよ」

 

 誰がそれをやるんだと、一年生たちの中で目配りが頻繁に行われていく。結束力も無ければただ報酬に釣られただけの集団なので誰もやりたくはない。

 

 だからこそ、ここで前に出れる人間が今後の主導権を握れる。一目置かれるような存在となる。学年全体を支配する為の最初の一歩とも言えるだろう。

 

 参考にするのはあの生徒会長のような体制だろうか、勝てないと認識させて資金を一ヶ所に集めて僅かなチャンスに賭けるしかないと思わせれば支配も完了する。

 

 

 待っていろ綾小路清隆、すぐにお前と戦える環境を作ってやるよ。

 

 

 その為にもまずは、一年生全体で突出した評価と信頼を稼ぐ必要がある。恩を作り、能力を示して、多くの支持を集めて、最後のひと押しで腕っぷしの強さも見せる必要があった。

 

 まずはこの局面を僕主導で解決すればいい。どいつもこいつも馬鹿ばかりなのでわかりやすい結果が大事だ。

 

 だが二年生たちの動きは想定以上に激しく躊躇が無い、どれだけ頑張ってもイーブンが限界か……。

 

「八神くん、君の目的が見えないんだけど」

 

 こちらの意見を尊重する雰囲気になってきた一年生の中で、椿さんだけは怪しむような視線を向けて来る……やはり警戒されているか。

 

「目的、ですか? それは勿論この局面を切り抜けることにあります。ここまで二年生に躊躇がないとなると、せめて怪我人の数を減らしたいと思っているのは間違いでしょうか」

 

「間違いとは言わないけど、君っていつも何考えてるか読みにくいから」

 

「そうですかね、クラスのことや一年生全体のことばかり考えているんですが……ほら、僕って生徒会役員ですから、おかしなことでは無いと思いますよ」

 

「で、本音は?」

 

「それが本音です。せめてみんなが怪我しないように配慮して行動したい」

 

 どこか眠そうな印象を与える椿さんの瞳が真っすぐにこちらに向けられる。こちらの本質を探ろうとしている瞳だ。

 

「とりあえず行動しませんか? 僕が一年生を代表して交渉に赴きます。彼らの目的は僕たちの排除、しかしそれは計算であって感情的な行動ではないんです。話し合いの余地はある」

 

「でもよ八神、勝算はあるのか?」

 

「……そこは、難しいでしょうね。だけどこのまま何もしないままだと怪我人だけが増えていくと思うんだ。こうなってしまった以上は、そこを一つのラインに設定すべきかな」

 

 この場に集まった多くの一年生の視線と注目が僕に集まるのがわかる。耳を傾け意識を向けて来る。この場の主導権を奪えたということだ。

 

「ある程度、僕たちは順位を下げることを提案しよう。サーチ機能の空打ちを行ってね。そうして上位50パーセント圏内から外れれば自動的に下位にいる二年生たちの順位が上がる筈。そう提案すれば彼らに攻撃する理由がなくなるんじゃないかな」

 

「だけど、そうしたら何も得る物が無くなっちゃうよ? 宇都宮くんのグループは今三位、一位は無理にしても二位なら狙える。それも捨てるっていうの?」

 

「では、このまま二年生と抗争を続けますか? 一体、どれだけの怪我人が出るかわかりませんよ? 三年生すら壊滅させるような集団を相手にするのは現実的ではないかと」

 

「それは……そうだけど」

 

 一年生女子の一人が視線を下げてしまう。もう諦めモードだな。僕の言葉をリタイアする言い訳にしたんだろう。

 

「僕も痛いのは嫌です……根性無しと言われるかもしれませんが、それが本音です。でも皆を傷つけたくないという思いも本音なんだ。なら今は少しでも怪我人を減らすことこそが僕たちが目指す目標だと考えている、どうかな?」

 

 口調や動作は相手に清潔感を与えるように意識しながらも、親しみやすさも与える為に少しだけ崩す。そして真っすぐ見つめると、反論しようとしていた一年生女子は少しだけ頬を赤くして視線を逸らす……チョロいな。

 

 特に大きな反論も無いようなので、この場は二年生と交渉して難を逃れるという方向性になった。

 

 誰がそれをするのかと言えば、やはり僕ということになる。この場の主導権を握れたことになり、同時に一年生の代表という立場を手に入れられたことになる。

 

 生徒会役員という立場もあり、今後は様々な場面で意味を成していくだろう。

 

 一年生の中に、僕がリーダーだという考えが芽吹いた瞬間でもあった。

 

 まぁもっとも、椿さんの疑わし気な視線は今も変わらないけど。

 

「僕たちが現状で得られる最大の利益は身の安全だと認識しましょう。なんとか交渉でそこに持って行かないと……とりあえず各グループのタブレットを僕に預けてください。それらを交渉材料にしてこの抗争を終わらせます。50パーセント圏内や上位三組は難しくても、せめて70パーセント圏内ならあちらも納得するかもしれません。微々たる報酬しか得られませんが、勉強代だと思うべきかと」

 

 サーチ機能を空打ちさせればポイントを減少させることは容易い。殴ってリタイアさせるよりもずっとハードルも低い。そういうことだ。

 

 この場での、この試験での僕にとっての勝利とは一年生全体の主導権を得ることだ。ポイントを得ることじゃない。そう考えるとこの危機的状況も悪い流れじゃないな。

 

 

「ではタブレット端末を借りていきますね……あれ?」

 

 

 交渉材料として必要なタブレット端末は、綾小路清隆や全体の動きを把握する為に連続で使うことを想定して、そして使用するポイントを一つのグループに集中させないように、使いやすいように一ヶ所に並べられていた。

 

 複数のグループのタブレット端末があった筈の場所には、もう一つも置かれてはいない。森の中にあるキャンプ地の中心、折り畳み式の小さな机の上に並べられていた筈なのに。

 

 どこにいった? ついさっきまであったのに。

 

 記憶を探る、本当についさっきまであったのは間違いない。僕が一年生の意識をこっちに引っ張る為に注目を集める前は……あれ?

 

 

 誰かに、盗まれた?

 

 

 その瞬間に冷や汗が流れることになる。タブレット端末の消失は、つまり交渉材料の消失を意味しているのだから。

 

 そして同時に二年生の思惑に気が付く、誰がこの絵図を描いたのかまではわからないが、下手な交渉で妥協するつもりはないということを理解してしまう。

 

 完全に一年を追い込むつもりだ。少なくともタブレット端末を盗んだということは、交渉の余地を無くすことに繋がる。僕たちを強制的にリタイアさせて上下関係と恐怖心を植え付けるつもりだ。

 

 二年生には敵わないのだから大人しくするべき、そんな価値観を一年生に植え付ける為に、徹底的に潰すつもりだとわかる。

 

 まさか綾小路清隆か? 交渉材料を奪って話し合いを破綻させ、龍園を使って一年生を完全に壊滅させる為に――――。

 

 

「拙い、皆、今すぐ腕時計を破壊して船に戻ってください!! 相手は完全にこちらを潰すつもりです!!」

 

 

 

 この試験で徹底的に一年を追い込むつもりのようだ……なるほど、こちらの駒が揃うのを待つほど気長ではないということですか。

 

 面白いじゃないか、良いだろう。本格的に潰す前に前哨戦も悪くはない。付き合って上げますよ、綾小路センパイ。

 

 

 

 

 

 

 

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