ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

163 / 227
月城さんなら必ずやってくれるに決まってるだろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やってしまった」

 

 目を覚ました瞬間に自分がとんでもない間抜けを晒していることに気が付く。

 

 いやね、この無人島で熟睡するとか一体何をしているんだって話になる。殺してくれと言ってるようなものだし、背中から刺されても爆殺されても文句は言えないくらいに迂闊な振る舞いである。

 

 もし俺が月城さんの立場なら熟睡している大間抜けを見ればしめしめと思って襲い掛かる筈だ。

 

 まぁそんなことは無かったし、俺は生きているけど、そういう話ではない。

 

 自分の愚かさと迂闊さにちょっと頭を抱えたい気分になりながらも、意識を覚醒させた瞬間に後頭部で感じ取った柔らかさと、俺の髪を撫でていた鈴音さんに気が付いたことでどうでも良くなってしまうのだった。

 

 甘えてしまったか、俺もまだまだ未熟だな……いや、これはこれで成長と言えるのだろうか。

 

「起きたのね」

 

「あぁ……俺ってどれくらい寝てたかな?」

 

 そう訊ねると鈴音さんは持っていたタブレット端末を弄って時刻を確認した。

 

「三時間ほどかしら」

 

「……」

 

 百回は死んでいたな。本当に間抜けな話である。ただ生きてはいるので良しとするしかない。

 

「やっぱり疲れているようね。グッスリと眠っていたわよ」

 

「そのようだ……ごめんね、ずっと眠ったままで」

 

「構わないわよ」

 

 すると彼女はクスクスと笑って見せる。そしてまた指先で俺の髪を弄り始めた。

 

「それほど、退屈はしなかったしね」

 

「えっと……もしかしてずっとそうしていたのかい?」

 

「そんなことある訳ないじゃない、私も少し眠っていたわ。起きたのは三十分ほど前かしら」

 

「そっか」

 

 指先はまだ俺の髪を弄っている、そして額を突くように移動して、最後には鼻先に触れるのだった。

 

 何が楽しいのかその度に唇を緩めている……上機嫌な様子なのでこれはこれで良いんだろう。不機嫌であるよりはずっと。

 

 トントンとノックするように眉間の中心に触れてくる。するとやはりクスクスと笑うのだった。

 

 こそばゆいような、少し照れくさいような不思議な感覚がある。頭を膝枕から上げようとしても何故か押さえ込まれてしまうので逃げられない。

 

 仕方がないか、気の済むまで付き合うとしよう。どうせここまで熟睡したのだから今日の予定は全部吹っ飛んでしまっている。昼食にしてからすぐに眠ってしまったことで今は夕方である。

 

 空もオレンジ色になっており、課題が終了するまで三十分ほど、今更慌てた所で何もできないのでもう開き直るとしよう。

 

 リードは大量にあるので大丈夫だと言い訳しておこうか。

 

「そうだ、鈴音さん。実はお礼を伝えておきたかったんだよね」

 

「お礼?」

 

「ほら、篠原さんが怪我をした時に清隆の通信でさ、鈴音さんはこう言っていただろ。クラス皆に成長して貰いたい、一人に負担をかけないようにしたいって」

 

「えぇ」

 

「そう言われた時にさ、とてもほっこりとした気分になったんだ。一人じゃないと実感できるのは大切なことだなって……うん、感謝の気持ちで一杯になった」

 

「当然のことを言っただけよ、貴方一人に何もかもを丸投げするような集団がAクラスになれるとは思えない。なれたとしても長続きはしないわよ」

 

「うん、そうだと思う……だけど嬉しかったんだ。俺はなんていうかさ、今まではクラスの皆を守るべき対象として見ていたんだよね。そういうとアレだけど、もしかしたらどこかで下に見ていたのかもしれないと気が付いたんだと思う。それは失礼だなって」

 

 守るべき存在であることは間違いない、だけどただそれだけの関係はきっと健全ではない。

 

 背中を預けられる関係であることは重要だ。俺は別に彼ら彼女らの親でもなければ保護者でもない。

 

 そんな俺の言葉に鈴音さんは何も言わなかった。ただ指先は髪を撫でる。

 

「自分でも不思議でさ……今までは何ていうか、俺は俺の中で何かが完結していたんだ。俺が勝手に守って、満足して、それで終わりだって。ただ考えてみれば当たり前のことだけど、クラスメイトは皆それぞれ成長している、守るべき存在じゃなくて背中を預ける存在なんだって思うべきなんだろうね」

 

 それに気が付かせてくれたからこその感謝である。少し傲慢だったことを彼女は教えてくれたということだ。

 

「これまでは俺の満足だけで完結していたけど、きっとそれは間違いなんだって気が付いた」

 

 

 同時にそれは、俺と師匠と敵だけで完結していた世界の終わりを意味していた。

 

 

 俺が満足できればそれで良くて、師匠が満足してくれれば満たされて、邪魔な何かを叩き潰すだけの時間は終わりを告げた。

 

 幼年期の終わりと言えるのかもしれない。天下無双の漢の第一歩でもあるだろうし、正義の味方の入口と言えるのだろうか。

 

「誰かを守るだなんて、自己満足ではなく使命感から言えという話だ」

 

 そんなことも理解しないまま正義の味方だとか天下無双の漢を目指しても意味がないだろう。

 

「だからお礼を伝えさせて欲しい。俺にとって重要な思いに気が付かせてくれたのだからさ、本当にありがとう」

 

 鈴音さんの指先は髪を撫でる。

 

「ほんの少しでも、貴方の力になれたのかしら」

 

「少しどころじゃないくらいにはね」

 

「そう、なら良かったわ」

 

 穏やかな表情で微笑む彼女は、やっぱり俺の髪を撫でたり額を突いたりしてくる。そろそろ恥ずかしくなってきたと言うか、テントの入口付近からもの凄く気不味そうな顔でこっちを覗いている伊吹さんの視線に耐え切れなくなったので、そろそろ膝枕の姿勢から脱するとしよう。

 

 後ろ髪を引かれる気持ちもあったが、いつまでも寝ている訳にもいかないな。

 

「もう良いのかしら」

 

「あぁ、十分休めたよ」

 

「もう少し休んでも良いと思うのだけれど」

 

「おや、鈴音さんはまだ膝枕をしたかったのかな?」

 

 揶揄うようにそう言うと、鈴音さんはキョトンとした顔を見せてから、顎に指を当てて考え込む。

 

 そして仕返しとばかりにこう言うのだった。

 

「天武くんがどうしてもと言うのなら考えてあげなくもないわよ」

 

「……なるほど、魅力的な提案ではあるが、今は遠慮しておこう」

 

「そう、なら続きは試験が終わった後にしましょう」

 

 え、船でも似たようなことをするつもりなのか? それは何というかとても恥ずかしいのだけれど。

 

 伊吹さんに覗かれてるだけでも結構な羞恥プレイだったのだが、船でとか一体何人に見られるかわかったものではない。正直恐ろしいので遠慮しておこう。

 

 そもそも鈴音さんは嫌だったりしないのだろうか? 他人からの視線や評価で揺らぐ人でもないというのはわかるけど、変な噂を立てられても困るだろうに。

 

「そろそろ行くよ。鈴音さんも頑張ってね」

 

「そのつもりよ。もう順位に拘る必要はなくなったけど、今の自分がどれだけのことが出来るか確認したいから課題には参加するつもりではいるわ」

 

 ストイックな人である。既に上位50パーセント圏内に二年生全員が入っているので、上位三組を狙うグループ以外は港でのんびりと過ごしているというのに。

 

 ただ彼女らしくはある。努力の人だからな。

 

「そもそも動くと言ってももう課題はやっていないでしょう? どうせならここで最終日の朝まで休んでいても良いのよ」

 

「いや、できるだけ有利な場所に移動しておきたいからさ」

 

 そもそも男女で長く一緒にいると学校側から変な疑いをかけられかねない。ここまで来たのだから変なミスやツッコミどころを残したくもなかった。

 

 安心も慢心も、全てが終ってから幾らでもできるのだから。

 

 正確には、最終日の段階で誰かと一緒にいる状況を避けたいと言う事情もあった。堅気の人間を巻き込むほど馬鹿ではないと思いたいけど、そもそも月城さんが本当に冷静な行動を出来る人ならさっさと学園を去っているだろうから、完全に敵として信頼することが難しいのだ。

 

 まさか一般生徒は巻き込まないだろうと言えるような人なら良かったんだけど、そこまで断言できるほど月城さんを俺は理解できていないので、ここから先は巻き込めない。

 

 そんな訳でもうすぐ夕方を越えて夜になるのだけど、移動してしっかりと明日に備えておこうか。

 

 タブレット端末を取り出して1点を消費して清隆の位置を確認する。どうやらあちらも最終日に備えて動いているようである。

 

 ある程度の情報は俺と清隆の間で使える周波数を使って無線機で教えてもらってはいるのだけど、細かい調整はやっぱり会って話しておくべきだろう。無線機だと周波数が割られていれば傍受される可能性も絶対にないとは言えないからな。

 

 学校側への、そして月城さんへの信頼がゼロである。学校側から支給されているという段階で疑ってかからないとダメなんだから本当に面倒だ。

 

 さっさと退場させるとしよう。いい加減あの人に振り回されるのも疲れて来た。

 

 大人の権力者なんて南雲先輩よりも遥かに迷惑で面倒だ。邪魔にもほどがある。

 

 そう考えるとこの無人島はとても都合が良いのかもしれない。月城さんにとってもそうだけど、俺たちにとってもわかりやすい隙を晒してくれる好機なのだから。

 

 清隆もでっかい釣り針を垂らして今か今かと待っている状態である。七瀬さんと天沢さんだけが釣果では流石に寂しいので大物もしっかりと釣り上げておきたいのだ。

 

 戦車とか釣れるかな、最近はちょっと浮かれ気味だったので久しぶりに錆を落としておきたいんだよね。

 

 身体能力は去年の今頃と比べればずっと成長しているのは間違いない。けれど武人としてはどうしてもさびてしまっている。九号に眠らされたりとか鈴音さんの膝枕で眠ったりとか、流石に注意散漫である。

 

 人としても成長して、武人としても前に進んで行かなければならないのだ。なので月城さんには期待もしているのだった。

 

 この学校は楽しいけど、全力でぶん殴れる相手がいないのがちょっと残念でもあった。やっぱり殴るなら人よりも戦車とかの方がずっと気楽である。

 

 それか命の危機を感じるような状況が欲しい、錆び付いて弛んだ精神を今一度引き締めたい。人としての成長と武人としての進化は必ずしも一緒ではないので頑張りたいものであった。

 

「清隆」

 

 月城さんが用意しているであろう大規模な攻勢を楽しみにしながら移動したのはG4エリア、岩肌が剥き出しになった山中に足を踏み入れるとすぐに清隆のキャンプ地を見つけることができた。

 

「来たか」

 

 彼は彼で忙しい二週間であった筈なのだが、特に疲れた様子を見せることもなく夕飯を調理していた。

 

「食べていけ、港に立ち寄った時に鶚が船から持ってきたものだ」

 

「……色々と言いたいことはあるけれど、誰かから略奪しなかったことをまずは褒めようか」

 

 九号も成長しているということだろうか。そこは素直に嬉しかった。

 

「彼女はどこに?」

 

「偵察だそうだ。明日に備えてな」

 

「I2だっけ……確かに、地雷でも仕掛けてるかもしれないもんね」

 

「流石にそれはないと思うが」

 

「いや、油断は禁物だよ。大人の権力者というのは平気でそういうことをするからね」

 

 俺も地雷を踏んで死にかけたこともある。爆発よりも早く上空に飛びあがったことで被害は最小限だったけど、二度とごめんであった。

 

 清隆が作った玉ねぎ入りのコンソメスープと焼肉を食べながら、あらゆる状況に対応できるようにイメージトレーニングも欠かさない。

 

 俺が知っている大人の権力者は基本的にやりたい放題する人ばかりだ。月城さんだって同じだろう。戦略級の弾頭を用意していたとしても驚きはしない。相手を警戒するとはつまりそこまで想定することである。

 

 さて九号はどんな情報を持ち帰って来てくれるかと内心では期待していると、俺たちのキャンプ地に音も気配もなく迷彩柄の怪人が姿を現した。

 

「お疲れさま九号、清隆が夕飯を作ってくれているよ」

 

「いただくッス」

 

 意外な返答である。潔癖症という訳じゃないけど、他人が作った物は毒を警戒して食べるような子じゃなかったと記憶していたんだが。

 

 彼女は彼女で人間らしく成長しているということだろう、頭のおかしい超人たちはしっかりと学校に通わせた方が社会的な常識が身につくのではなかろうか。

 

「どんな感じだった?」

 

 猫舌なのかコンソメスープをチビチビと飲む九号にそう訊ねると、彼女は淡々とこう返してくる。

 

「I2エリアにはもうある程度の人が集まってるでやがります。人相の悪い連中が確認できただけで49人いたッス。ただデカめの銃器をぶら下げてるような感じではなくて、小型の拳銃と刃物程度の武装ッス」

 

「そんなものか、狙撃手や戦車や地雷も無いのかな」

 

「無いッス」

 

「バイオ、ケミカル兵器、戦略爆弾は?」

 

「それらしい物は確認できなかったでやがります。罠を張ってる様子もなく、完全に待ち構えているだけの状態ッスよ」

 

「……なるほど、君から見た武装戦力の練度は?」

 

「最低限の統率は取れていたのは間違いないッスね、でもそれだけで、これと言った相手は見当たらなくて……ただ、ウチが発見できなかっただけかもしれませんけどね」

 

「そこは警戒はしておこうか。しかし戦車は無し、地雷も無し、バイオケミカル兵器も無し、用意したのは刃物と小型拳銃で武装した50前後の集団か」

 

 それが相手の戦力の上限とのことらしい。ただ九号が発見できていないだけで隠し玉でもあるのかもしれないけど、見えているだけの戦力はたったこれだけだ。

 

「これはアレなんですかね、ウチらは舐められてるとか? 50前後の素人に毛が生えた程度の連中じゃあ何もできね~です」

 

「いや、月城さんは大人の権力者だ。隠し玉の一つや二つ、それどころか戦艦だって引っ張て来てくれる筈だよ」

 

「ッ!? な、なるほど、島に上陸させてるのはあくまで見せ札程度と考えるべきッスね」

 

「あぁ、その程度のことは容易くやってくれるだろう。大人の権力者の戦いとはシンプルな腕っぷしじゃなくて、持ちうる権力でどれだけの我を押し通せるかだからね」

 

「衛星兵器も動かして来るッスかね」

 

「当然だ、あの月城さんだぞ。やると決めたら衛星だってこの無人島に落としてくるさ」

 

「……相手を舐めてたのはウチの方ってことでやがりましたか」

 

「その通りだ。あの人はニコニコ笑いながら核爆弾のスイッチを押す人に違いないからな」

 

「恐ろしい男ッスね」

 

 そんな会話を九号としていると、コンソメスープを飲んでいた清隆がとても呆れたようにこう言うのだった。

 

 

「そんな訳ないだろ、常識的に考えろ」

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。