ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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章と章の間にある小話となります。


小話集

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ままならないことは人生に付き物」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ行きますよ、鬼龍院先輩」

 

「あぁ、せっかくの機会だ、良き時間にしよう」

 

 試験の最終日、時刻は夕暮れ、午後五時には全ての課題が終わってしまうのでおそらくこれが最後になるだろう。幸いなことに笹凪とも合流できたので、この長かった特別試験の記念として課題で競い合うことになった。

 

 どうやら彼は私と戦うという約束を果たしてくれたらしい。南雲との戦いはあまり積極的に見えなかったが、彼自身は他者と競うことをそこまで嫌ってはいないということだろうか。

 

 なんでも良いか、今はこの時間を楽しむべきだ。

 

 色々と飽きっぽい性格であるとは自他ともに認める所ではあるが、久しぶりに楽しめそうだ。

 

 私と笹凪が受けた課題はボルダリング、壁に付いた突起を使って頂上まで登るスポーツだな。単純なように見えてなかなか難度の高い課題ではある。少なくとも初心者にとっては難しいだろう。

 

 無人島の一角に鉄パイプを固く組み上げて作られた土台に、突起の付いた板が固定された壁を前にして、命綱の付いたハーネスを装着する。

 

 既に試験の決着はついているので課題に参加するのは私と彼だけ、二年Aクラスのグループが顔を出してはいたが、笹凪を見た瞬間に回れ右をしたので二年生での扱いがよくわかった。

 

 まぁ二人きりの方が雑音も少ない、私としてはそれでよかった。

 

「もう時間も残されていない、これが最後の課題になるだろうな」

 

「長いような、短いような、不思議な二週間でしたね」

 

「君は色々と忙しかったようだから、それはそうだろうな」

 

 何やら闘争の匂いを漂わせている可愛い後輩は、さっき別れた時と違って強く鋭い気配をどこか纏っていた。日常生活ではまず感じることのない強い気配だ。

 

 元々、視線を集める引力と人を遠ざける圧力のような物を共存させている不思議な後輩ではあるが、今は特にそれが鋭い。何かしら感覚が鋭敏になることがあったのだろう。それこそ闘争のような。

 

 その雰囲気そのままにボルダリングの壁の前に立つ笹凪は、これから決闘でもするかのように集中している。彼の発する引力はより強まっており、どこか神秘的とも言える様子である。

 

 悪くはない、いつもヘラヘラ笑っている南雲はもう少し笹凪を見習うべきだろう。男はキリッとした顔の方が私としては好みだ。

 

 それぞれ命綱付きのハーネスを装着して壁と向かい合う。準備が整ったので課題担当の教官がスタートピストルを弾かせた瞬間に私たちは同時に突起付きの壁を登り始める。

 

 指先を突起に引っ掛けて体を引っ張り上げ、足先も同じように引っ掛ける。そうやって一つ一つ上に進むのだが、隣にいる笹凪相手に当たり前の攻略法など意味がないだろう。

 

 やるべきなのは真っすぐ進むことじゃない、階段を一つ二つ飛ばすように急ぐことだ。

 

 幸いにも命綱はある。なので慎重さなど投げ捨てて突起に引っ掛けた指を起点に強引に体を引っ張り上げて飛び上がるように上へ体を進ませる。

 

 さてどうだろうかと隣を見てみると、笹凪もやっていることは同じだった。ただし彼は階段一つ二つと言わず、一気に全てを飛び越えたらしい。

 

 視線より少し高い位置にある突起に指を引っ掛け、そこから一気に自分の体を持ち上げる。それだけの動作で数メートル飛び上がり、そこからは足先で突起を踏んで壁を蹴り飛ばしてまた飛び上がる。

 

 そんな二つの動作だけで彼は頂上まで行ってしまった。ボルダリングをしろと思うのは私だけだろうか。

 

 やれやれ、常人のスポーツなど彼にやらせるものじゃないな、生きる世界が違いすぎる。

 

 なんてことを思いながら私も頂上まで辿り着く。どうやら負けてしまったらしい。

 

「大したものだな、こうも一方的とは」

 

「すみません」

 

「謝るな、場合によっては侮辱されていると思う者もいるだろう」

 

「そういうものですか」

 

「南雲などはそうかもしれないな」

 

 アレは優秀だが、視野が狭い。世界が広いことを実感できていないだろう男だ。笹凪はさぞ意識してしまう存在なんだろう。

 

 土台の頂は約十メートルほどの高さになり、そこまで移動すると視界を遮る物も少なくなり夕焼けが広がっているのが見えた……いよいよこの試験も終わりだな。

 

 三年生にとっては地獄のような時間だったのかもしれないが、私にはあまり関係がない。最後にこうして純粋に競い合えたのは収穫と言えるだろう。

 

 二人で土台の頂で夕日を眺める。せっかくなので気になっていたことを訊いておこうか。

 

「それで、君はあの時、一体どこに向かっていたのだ?」

 

「鬼龍院先輩と別れた時の話ですか? 別にどこと言うこともありませんけど」

 

「嘘だな、あのエリアには何故か不自然に課題が無かった。生徒がわざわざ赴く用事はない筈だが」

 

「基本移動だったのかもしれませんよ」

 

「ほう、他のグループメンバーを置いて一人でか、今更1点に必死になるようなこともないだろう」

 

 すると笹凪は苦笑いを作る。誤魔化せると思われていたのは心外だな。

 

「まぁ話したくないのならば深くは訊かないでおこう。だが困っているのならば誰かに助けを乞うのも時には必要だろう」

 

 ふむ、私が言うことではないな。

 

「もし助けてくれと言っていたら、助けてくれたんですか?」

 

「時と場合によるだろうが、これでも先達なのでね、可愛い後輩に助力するくらいはするさ」

 

「先輩って荒事ができるんですかね」

 

「馬鹿を言え、私は淑女だぞ、そんな経験がある訳ないだろう」

 

「なるほど、それでも助けてくれるのですから、鬼龍院先輩は勇敢な方なのですね」

 

「そう褒めるな、照れるじゃないか」

 

 そんな言葉に笹凪はクスクスと笑う。その横顔はどこか少女のようにも見えた。

 

「でも大丈夫ですよ。なんとかなりましたし……それに、道連れが必要な戦いという訳でもなかったので」

 

「ならば良い、余計なお節介だったな」

 

「いいえ、必要なお節介だと思います」

 

 またクスクスと笑う笹凪は、視線を夕焼けに染まる空へと向ける。

 

 私らしくもないな、他者に気遣うなど。

 

 だが、この可愛らしい後輩は誰も辿り着けない場所まで一人で進んで勝手に死にそうな雰囲気があるので、不思議と世話を焼いてしまう。

 

 或いは期待しているのだろうか、そんな男がいることを見てみたいと。

 

 ままならぬものがある。私がもう一年遅く生まれていれば笹凪がどこへ行こうとしているのかもっと見ていられたのだろうか。この学校に留年制度がないのは残念ではある。

 

 南雲ではないが、そういう相手が同学年にいればもっと何かが違ったのかもしれない。

 

 そう思うと、南雲が抱えている物足りなさも少しは理解できるか。

 

 まぁ尤も、同学年にいればアイツも私も今とは全く異なる時間を歩んでいただろうから、やはりままならないものだ。

 

「そろそろ船に戻りましょうか」

 

「あぁ、有意義な時間だった」

 

「こちらこそ」

 

 笹凪が卒業する時、どんな形で終わるのかが気になったが、私がそれを知ることはないのだろう。

 

 うん、やはりままならないものだな、人生とは。南雲もそうやって折り合いをつけれたら良いのだが、きっとそうはならないと思ってしまった。

 

 アレにはアレの考えがある。一度どん底まで落ちれば何かが変わるのかもしれない。

 

 尤も、そこで折れてしまうことも十分考えられるが、そうなったらそうなったで私には何も関係がないことだった。

 

 笹凪に勝ちたいと思う南雲と、笹凪が何を成すのか見たい私、そこに決定的な差があるので、きっと辿り着く結末も違うのだろう。

 

 南雲は後輩などに構わず、前を見るべきだ。

 

 だが、言っても意味がないのだろうな……まぁ、私には南雲の進退など関係がないからどうでもいいか。

 

 折れてしまっても、優秀な者が挫折するなんてことは、よくあることなのだから珍しくもなかった。この学校では只の日常とさえ言えるのかもしれない。

 

 アレは優秀だが、ままならないことばかりだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「指先一つでダウン」

 

 

 

 

 

 

 

 試験が終わって全ての生徒が船に戻ったことで、あたしはようやく動きだすことができる。

 

 ホワイトルーム曰く、最後に立っていればいい。

 

 あの憎き鶚銀子を必ず倒すと誓いを立てる時間だったと思う。リタイアしてから試験が終わるまでの期間は。

 

 あの子に負けて船の近くに投棄されて気が付けば医務室で治療を受けていた。何がどうしてとか、何の目的があってとか考えるよりも先にあたしはホワイトルームで学んだことを総動員していかに銀子を倒すかを思案したと思う。

 

 純粋な身体能力では敵わない、あたしは人間でアレはゴリラ、その気になれば一瞬でねじ伏せられる。それじゃあ無人島の時と結果は変わらない。

 

 だから色々と考える。幸いにも試験終了まで時間はあった。準備する時間も。

 

 折られた腕もしっかりとギプスで固定することができた。いざという時は損傷覚悟で鈍器にも盾にもできる。本来は治療する為に付ける物だけど今は手甲のように使わせてもらおうかな。

 

 試験も終わって生徒たちは船に戻り今は深夜、この日の為に準備した。

 

 目指すは鶚銀子の個室。アイツは堂々と無人島に活動していたけど体調不良で個室を与えられて隔離されているという言い訳を用意していたので、今は一人でそこにいる筈。

 

 舐められたままじゃ終われない、天沢一夏にとって鶚銀子はもう倒さなきゃならない敵になっているのだから。

 

 

 これまでの関係を思い出す。一緒に買物行ったり、カフェでお茶したり、クソダサい陰キャをなんとか見れるようににしたりと随分と手間をかけさせたなぁ。

 

 

 生活力は無いし、何だったらあたし以上に世間知らずっぽいし、食券の買い方やネット通販の仕方も知らないような子だったっけ。

 

 都合の良い駒にするつもりだったけど、気が付けばこの子にはあたしがいないとダメだって思っていたなぁ……まぁ、あたしの知るあの子は全部まやかしだったんだけどさ。

 

 そう、嘘をついていたんだ。あたしは自分のことを棚上げしてそう思っている。

 

 初めての感覚だった。そしてあたしにもそんな考えや感情があったことに凄く驚いていて、だけどホワイトルームの教えもあってまずは勝つことを考えて、だけど凶器を握る度にこれまでの時間を思い出して、だけど鶚銀子を嘘つきで、けれどあたしのことを好きっていって、やっぱり倒さなきゃいけない敵で。

 

 そんな風にグチャグチャな思考をしているあたしは、きっと冷静じゃないんだと思う。

 

 ホワイトルーム生、天沢一夏にそんな側面があるだなんて、あたし自身すら把握していなかった。

 

 グチャグチャな思考のままあたしは今、深夜の船内をひっそりと移動している。目指すのは鶚銀子がいるであろう個室。

 

 船で待機している間に入手したマスターキーを扉に設置されているカードリーダーに差しこむと扉はあっさり開く。

 

 音も気配もなく部屋に入ると、真っ暗な個室の中にベッドが見えた。

 

 ここまで来る間に暗闇に慣れた目はしっかりとベッドの上の膨らみを認識することができる。どうやらぐっすり眠っているらしい。

 

 今ならやれる、そんな確信と共に音も無くベッドに近づいて、あたしは棍棒を振り下ろす。

 

 ずっとあたしを騙してた報復だと勢いを付けた一撃だったけど、銀子ちゃんが潜り込んでいる筈のベッドから返って来た感触は人の体ではなく、ただ柔らかいものだったのだから困惑するしかないよね。

 

 布団の中にいると思っていた銀子ちゃんだが、どうやらそのふくらみは偽装だったみたい。毛布を丸めてそこにシーツをかけて人がいるように見せかけていただけらしい。

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間に足首辺りに強い衝撃が加わったことで、あたしはその場で尻餅をつくように体勢を崩してしまう。

 

「夜襲を警戒するのは忍者の基本ッス」

 

 あたしの足首を蹴り飛ばしたのは、何故かベッドと床の間の僅かな隙間に潜んでいた銀子ちゃんだった。

 

 いや、なんでこいつはそんな所にいるのよ!?

 

 体勢を崩して倒れてしまったあたしは、咄嗟に立ち上がろうとするのだけど、片腕がギプスだったのでいつもよりずっと手間がかかってしまう。

 

 当然、そんなダラダラしていたら相手の思うつぼだ。銀子ちゃんはベッドの下から一瞬で這い出て来てこっちの折れていない方の腕を掴んで引っ張り上げると、そのまま軽々と放り投げられてしまった。

 

 しかも背中からベッドの上に落ちるように配慮されている辺り、凄くイラッとするなぁ。手加減されてる訳だ。

 

「ダメっすよ一夏ちゃん。勝てない相手には挑まない、勝負の鉄則でやがります」

 

「……はぁ? 誰が勝てないって?」

 

「だって一夏ちゃんクソ雑魚ッスもん」

 

 もの凄くイラッとする言い方だった。ホワイトルームでは終ぞ感じることの無かった苛立ちが大きくなっていくのがわかる。

 

 そうか、あたしはコイツに勝ちたいのか。たった今、それを理解した。

 

「酷いなぁ、友達に向かってそんなこと言うなんてぇ」

 

 喋りながら、敢えてギプスで固定された手の方で殴り掛かる。怪我が悪化するかもしれないけど鈍器としても使えるのである意味では奇襲になると思ったからね。

 

 だけど銀子ちゃんはそれをひらりと躱すと、人差し指を立てて高速であたしの体の至る所を突いて来た。

 

 あまりにも早すぎたので回避も防御もできず、次の瞬間には金縛りにあったかのように体に力が入らなくなり、ベッドの上に倒れこむことになってしまう。

 

「あ、あれ……なに、これ?」

 

「鶚忍術、秘孔崩しッス……指先一つでダウンでやがります」

 

 意味がわからなかったけど、実際に体は痺れて動かない。

 

「だから言ったじゃないッスか。勝てない相手に挑むだなんて非合理的だと」

 

 動けなくなったあたしを見下ろす銀子ちゃんは、ニヤニヤと笑って足先で転がしてくる。小さな小動物でも弄ぶかのように。

 

 別に痛くはないけど、すっごく屈辱的だから止めて欲しい。

 

 ここからどうなるのだろうと考えていると、銀子ちゃんはシーツを捲ってベッドに倒れこんで来た。あたしと同じようにベッドに寝転がって一緒に眠る形だ。

 

「うへへへ、こうして友達とお泊りするのが夢だったんッス」

 

「強引に動けなくして同衾するとか、かなり変態じゃない?」

 

「だって素直に言っても聞いてくれないじゃないッスか」

 

「当たり前でしょ、あたしと君はもう気楽に付き合える関係じゃないんだからさ」

 

 同じベッドの上で、同じシーツを身に纏って、こっちに身を寄せて頬擦りしてくる銀子ちゃんは凄く面倒。

 

 面倒だけど、体が動かないから受け入れるしかない。

 

 手を繋ぎ合ってお泊り会、まるで本当に友達みたいだ。

 

 お互いに騙し合って、都合の良い存在だと思って、だけどこうしている……不思議だな。

 

「別に気にする必要なんてないッスよ。無人島でも言いましたけど、ウチは一夏ちゃんのこと好きッスから」

 

「……あっそう」

 

「これはアレか、ツンデレという奴なんッスかね」

 

「うざ~」

 

「まぁまぁ、お互いに腹割って本性を晒したんだから、それはつまり親友ってことッスよ」

 

「親友ね」

 

 安い言葉だこと、殺し合っておいて親友とか。でも抵抗できないので受け入れるしかない。

 

「ご主人に袖にされて寂しかったんで人肌恋しかったんッスよ。なので一夏ちゃんが来てくれて嬉しいッス」

 

 そんなこと言いながら銀子ちゃんは身を寄せて来る。すると不思議なことに伝わって来る熱に安心感を覚えてしまう。

 

 誰かに抱きしめられるなんて初めてのことだって気が付く。ホワイトルームでは勿論、顔も名前も知らない親にだってされたことはない。

 

 そして瞼の奥に重みを感じる……眠たくなってきたのかな。

 

 まぁ体も動かないし、今日くらいはこうして一緒に寝るのも良いか。

 

「一夏ちゃん、明日は一緒に遊ぶッス。この豪華客船は色々あって楽しいッスよ」

 

「ん~……まぁ、気が向いたらそれも良いかもね」

 

 報復する機会は幾らでもある、これから先何度でも。ある意味では鶚銀子という少女は、綾小路先輩と同じくらいにあたしがこの学校にいる意味になっているんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君じゃあ勝てないよ」

 

 

 

 

 

 

 二週間ぶりに返って来たスマホの画面を眺めていると、天武くんからメールが届いているのが確認できた。内容はシンプルなもので「桔梗さん、試験の時はありがとう」という短いものだった。

 

 ついでに5万ポイントも振り込まれている。天武くんに物資を渡したことで私たちのグループは皆リタイアしてしまったけど、その補填として送金してくれたんだと思う。この分だとみーちゃんや篠原さんなんかにもポイントを送っているのかな。

 

 何だかんだで律儀な人だし、そういう所をしっかりしているのは良いと思う。私としては彼に恩を売れてしかも厳しい試験を少し早めにリタイアできて、その上で50パーセント圏内に入れた場合の報酬も貰えたので大きな文句はない。

 

 笹凪天武くん、人間の形をしているだけの怪物はとても強力な武器であり敵でもあり友人でもありライバルでもある。

 

 どれくらいヤバいかなんて去年一年で嫌と言うほどにわかった。あれは常識の外にいるゴリラ、いやスーパーゴリラなんだって。

 

 そんな異常性はこの試験でも発揮されたみたいで、楽々と一位を奪い去ってまだまだ余裕な顔で船に帰って来た。

 

 うん、天武くんを敵に回すくらいなら、さっさと味方にして武器にした方が良い。この私がそう思うくらいなんだから相当異常だと思う。

 

 体の内に生まれる嫉妬心や対抗心よりも先に、敵に回しちゃいけないという防衛本能みたいなのが先行してくる辺り本当にヤバい人、それが笹凪天武くん。

 

 まぁ良いけどね、何だかんだで優しいし、意外とお茶目だし、私の過去や本性を知っているのに気楽に接することができる不思議な人だ。敵にするより仲良くなって武器として扱う方がずっと効率的だと思わせられている時点で、きっと私は負けているんだと思う。

 

 櫛田桔梗は笹凪天武に負けてしまった。戦うまでもなくそれを理解してしまった。でもそれは何だかんだで悔しいので、上手いこと誘導して何とか優位性を確立したいのだ。

 

 そんな私の思惑を、きっと天武くんも内心では理解しているんだろうけど、少し苦笑いをして結局は付き合ってくれるのは、きっと彼が優しいからなのかな。

 

 それがちょっと悔しくて、だけど不思議と安心する。敵に回れば核爆弾みたいな人だけど、味方にすればこれ以上ないくらいに頼りになる存在だからだと思う。この安心感は。

 

「絆されてるなぁ」

 

 悔しいことに、それが今の私だった。

 

 本性を知っているのだから、過去を知っているのだから、本来は戦って排除すべきだけど、それが無理だと断言できてしまう。

 

 それでいて気楽に接してくるのだから困っちゃうなぁ。

 

 まぁ、私は彼を敵に回すほど馬鹿じゃない。そんな風に尖った頃の私を慰めておこう。

 

「櫛田先輩」

 

「ん、あれ、八神くん?」

 

 私のスマホに届く色々な人からの「遊ぼう」という誘いに一つ一つ確認しながら船内を歩いていると声をかけられた。そちらに視線をやってみると杖を突きながら体を支える一年生の姿が見える。

 

 丁度、医務室から出てきた所らしい……無人島の試験では大量の怪我人が出たって話だけど、彼もその一人なのかな。

 

 足はギプスが巻かれて、コルセットも身に着けているのだから肋骨も骨折しているみたい。そして体中に巻かれた包帯、誰がどう見ても重症だね。

 

「八神くん、大丈夫? あ、肩貸そうか?」

 

「いえ、大丈夫ですよ。杖がありますから」

 

 穏やかな笑みを浮かべる八神くんは、一年生での評判通り柔和な性格をしているみたい。まぁそういう人ほど内心は腐ってる筈なんだけどさ。

 

 しかしこんなボロボロの様子の一年生を放置したとなれば、私の評判が落ちるかもしれない。なので大丈夫と言われても肩を貸すのだった。

 

「ありがとうございます」

 

「ううん、先輩として当然のことだよ。部屋はどこかな?」

 

「207号室です」

 

 そこまでなら私が後輩に肩を貸している優しい先輩だと、色々な人に見られて印象付けられるから、少しの手間も悪くはない。

 

 八神くんをそのまま部屋まで運んでスマホに届く遊びの誘いを一つ一つ片付けていこうかな。そんなことを考えながら彼を送り届ける。

 

「優しいんですね、櫛田先輩は」

 

「そんなことないよ、当たり前のことをしているだけだから、ね?」

 

「櫛田先輩は中学であれだけ面倒事を起こしたのだから、高校でくらいは上手くやりたいということですか?」

 

「……何を言っているのかな?」

 

「いえ、別に、何となくそう思っただけです」

 

 207号室の扉を開く、同部屋の生徒はいないのか彼と私の二人だけの空間だ。

 

 八神くんをその場で投げ捨てたい気分になりながらもグッと堪える。まずは事情聴取が必要だった。

 

 ボロボロの癖に何故か余裕の笑みを浮かべている。そういう顔は止めて欲しい、ビンタしたくなるから。

 

「ふふ、そう怒らないでくださいよ。簡単に説明すると、僕は櫛田先輩の過去を知っているということですよ」

 

 どこで、とか。どうやって、とか。色々と言葉が思い浮かんでは消えて行くけど、こっちの内心を見透かすような視線にイラッとしたのでまずは落ち着こう。

 

 誰かが八神くんに教えた? 天武くんか綾小路くんか、それとも堀北さんか。

 

 それとも、私が把握していないだけで、もしかしてあの中学校出身だった?

 

「どうして僕がそれを知っているかについては、単純に調べたからですよ。全校生徒の情報を」

 

「ふ~ん、仮にもしそうだとして、どうして今更そんなこと伝えて来るのかな?」

 

 私の過去を今更掘り返して接触する理由はないよね。

 

「最初は僕も様子見だったんですよ。貴方のクラスにいるとある人物を警戒していたので距離を測っていたんです。ですがなりふり構っていられないと思いましてね、わかりやすく駒を作ろうかと」

 

「……へぇ」

 

 つまり過去の情報で私を脅そうとしている訳か。

 

「月並みな言葉になりますけど、過去をバラされたく無ければ僕に従ってください」

 

 柔和な笑顔でそんなことを言ってくる。ほらみろ、やっぱりこういう奴に限って内心は腐り切ってる。はいはい、知ってた。

 

「でも八神くんが私の過去をばら撒いた所でどれくらいの意味があるかな。ちょっとした噂程度で終わりと思うなぁ」

 

「えぇ、かもしれませんね。だけど、そうなることすら貴方は嫌ですよね? ほんの僅かな疑念すら耐え難い気持ち悪さを感じる筈です。皆のアイドル、櫛田桔梗にとっては」

 

「……」

 

「まぁ、脅すだけというのも芸が無いので、利益も提示しましょうか」

 

「利益?」

 

「綾小路清隆と堀北鈴音、そして笹凪天武を退学させる手伝いをしましょう。貴方の過去を知る三人をね」

 

 クスクスと余裕たっぷりの顔を見せる八神くんは、とても楽しそうだ。ボロボロの癖に。

 

「僕に協力してくれますか……いえ、なりふり構わないと言ったのはこちらでしたね、敢えてこう言いましょうか、僕に従えと」

 

 ついさっきまで浮かべていた余裕たっぷりの表情を消して、鋭い雰囲気で切り裂くようにそう要求してくる。

 

 思わず背中が震えるような冷たさがそこにはあった。

 

 冷静になろう、もし八神くんに協力すればどうなる? 理由も意味もわからないけど彼は天武くんたちを退学させたがっている。なら同じクラスにいる私を駒にして彼らと戦うことになるんだろう。

 

 え……戦うの? 天武くんと?

 

 

 あれ、なんだろ、もしかして手の込んだ自殺でもしたいのかな八神くんは。頭良さそうに見えて凄く間抜けに思えてしまう。

 

 

 だって、天武くんと戦うとか……それはもうただの馬鹿じゃないかな。

 

「貴女にも利益のあることです、受け入れてください。どの道、過去というアキレス腱を晒してしまった時点で負け確なのですから、櫛田先輩は従うしかないんですけどね」

 

「そう、だね」

 

「わかってくれましたか、それは良かった。では追って指示を出しますのでそれまで待機していてください。大丈夫、僕に従えば櫛田先輩は勝てますよ」

 

「……納得はしてないけど、今は従うよ」

 

「えぇ、面従腹背でも駒は駒、それで構いませんよ」

 

 この場での会話はこれで終わることになる。最後まであのイライラする笑顔と視線で私を見てきたことにもの凄くイライラしてしまった。

 

 自分が上位者だと理解して、悦に浸っている顔だ。

 

「クソクソクソクソクソッ」

 

 部屋を出て扉を閉めた瞬間に漏れ出てきた呪詛を小声で抑えられたのは我ながら褒めてあげたい。壁を蹴りつけたりしなかったこともだ。一年の頃に綾小路くんに見られて以来そういうことは控えている。

 

「落ち着け、落ち着いて、深呼吸しよう」

 

 怒りと焦りを何とか呑み込む。そして思い浮かべるのは八神くんのことだ。

 

 私の過去を知っている人物がまた増えた、しかも明確にそれで脅して来る上に私を駒にしようとしている。

 

 目的はハッキリとしないけど、誰かを退学させたいということはわかった。

 

 そう考えた瞬間に、怒りも苛立ちも不思議なことにストンと胸で受け入れることができた。

 

 だってそうだよ、ウチのクラスの誰かを追い詰めるってことは、つまり天武くんを敵に回すってことだ。

 

 彼に勝てる? 八神くんが? 寝言でももう少し現実感のあることを言うべきだと思う。

 

 そもそも彼はあれだけボロボロの様子で何を偉ぶっているんだ。自分の姿を鏡で見てから強がれ。

 

 そうだ、あの善人面したクソ野郎はただ手の込んだ自殺をするだけだ。そう考えれば怒りも苛立ちも遠ざかっていく。寧ろ哀れにさえ思えてしまう。

 

 勝手に死ね、私をゴリラと戦わせようとするな。

 

 八神くん、君程度で勝てると思えるのなら夢を見過ぎだよ。天武くんは人間の形をしているだけの怪物だってことを理解できていないからそんな根拠のない自信に支配されるんだ。

 

 私はスマホを取り出して天武くんの宛先を引っ張り出す。

 

 そう、彼は私のおかげで試験に勝てた、そういうことになっている。

 

 彼を武器にすればいい、それだけで八神くんは勝手に潰されるんだから。ここは苛立つのではなく余裕綽々で天武くんを嗾ければ良い。

 

 それだけで勝てる、なんて楽なんだろうか。

 

 何だかんだで天武くんは私のことを嫌ってはいない。何だったら私を守るとさえ言ってくれたのだ。しっかりきっちり守って貰おうかな。

 

 それで良いのだと納得できる辺り、やっぱり私は絆されているんだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜這いは文化」

 

 

 

 

 ウチの師匠曰く、忍者たる者、優れた遺伝子を収集すべし。

 

 当然と言えば当然、生物とは優秀な遺伝子を受け継いでより優れた個体を生み出すのが本能なのだから、当然ウチもそうするッス。

 

 自作した眠り薬良し、枯れた老人でも最後まで元気になれる媚薬も良し、勝負下着良し。時刻は深夜、絶好の夜這い時間。

 

 そんな訳でウチは今、深夜の船内をこっそりと移動してご主人に接近中ッス。事前の下調べで部屋は把握しているマスターキーも複製済み、教師の巡回ルートも把握済み。

 

 天井に張り付いてゴキブリのように這いまわりながらご主人の部屋に辿り着く。まずはマスターキーをカードリーダーに通して開錠する。

 

 いきなり扉を開けることはしない。同部屋のクラスメイトも同じように眠っている筈なのでまずは彼らが起きないように処置しないとでやがります。

 

 扉を僅かに開いて懐から取り出したスプレーのノズルだけを差し込む。中に入っているのはウチ手製の眠り薬、とても深い眠りに落とすそれを嗅げばまず朝まで起きない、どれだけ隣で暴れようとも。

 

 ボタンを押してガスと共に眠り薬も噴射される。それが十分に部屋に行き渡れば誰もが完全な眠りの海に沈むことになるでやがります。これでどれだけ騒ごうともご主人と二人で過ごせるッス。

 

「うへへへへ……お邪魔するッスよ」

 

 部屋の中に入るとそこには四つのベッドが並んでいるッス。ウチの眠り薬で普段よりもずっと深い眠りに落ちている筈なので起きた様子は無い。

 

 一人は綾小路パイセン、三宅パイセンと幸村パイセンもグッスリな様子。そして残る一つのベッドにはご主人が眠っているのを見てニヤリと笑う。

 

 だが焦りは禁物、前に一夏ちゃんに面白いからと見せて貰った何かのゲーム動画では、凄まじい速度で攻略しながらも祈りと儀式が必要だと言っていた。目標を定めながらも心を落ち着けろということッスね。

 

 なので祈りと儀式はかかせない。とりあえずご主人の枕元で踊って舞って祈りを捧げる。

 

 そこで大事なことに気が付く、化粧をしていなかったことに。

 

 やはり目標を前にして一息入れることは大切、このまま挑めば恥をかく所でやがりました。

 

 化粧とは古くから戦いに通じる儀式の一部、一夏ちゃんに教えて貰った色々が火を噴く時ッスね。

 

 幸いにもこの部屋にいる四人は眠り薬が充満したことで朝までまず起きない。大胆に動いても問題ね~です。

 

 なのでお化粧タイム、部屋の明かりを付けて洗面所へ向かう。

 

 ファンデーションに口紅、やりすぎてもアレなので軽めで良い。少しの遊び心で戦化粧の如くラインを引く。

 

 なんだか歌舞伎の隈取っぽくなったけど、これはこれで良し。相手をビビらせられそうッス。

 

 化粧も終わったので再び部屋に戻る。またご主人の枕元に立って踊って舞って祈りを捧げる。

 

「まずはウチから孕ませて貰うッス」

 

 そんで次は妹、従妹は当然として分家にいる女衆は全員子種を頂戴する。

 

 男十人、女十人、そこから可能ならばもう十人。これで鶚衆も安心ッスね。

 

 お祈りも終わったのでいざ勝負、覚悟するッスご主人。

 

 

 畏れよ、これが鶚の戦い。

 

「笹凪天武、お覚悟ッ!!」

 

 

 その場から飛び上がり、空中から落下する間に服を全て脱いでご主人のベッドに飛び込む。当然ながら右手には媚薬が入った注射を持ってだ。

 

「むッ!? あれ?」

 

 だけどウチの体は途中で制止されてしまう、布団の中から伸びてきたご主人の手によって。

 

 顔面を掴まれてしまった、アイアンクローッスね。

 

 

「寝させろ」

 

「ぬぁぁぁぁああッスッ!!」

 

 

 そんな言葉と共にウチの体は部屋の外まで投げつけられてしまうのだった。途中で脱ぎ散らかされた服も一緒に。

 

 馬鹿な、無人島ではあの薬でしっかり熟睡していた筈。

 

 いや、そう言えば師匠が言っていたッスね。笹凪流の人間に二度目は通じないと。

 

 なるほど、あの薬はもう通じないということッスか。気合入れて作ったのに残念でやがります。

 

 こうも警戒されていると流石に夜這いは難しいか。

 

 仕方がないので服を纏ってから天井に張り付き、とぼとぼと来た道を戻って自分の部屋へと帰る。

 

「まぁそろそろ一夏ちゃんが報復に来そうッスから、今日は我慢するでやがります」

 

 せっかく人肌恋しい気分になっていたのにご主人はいけずッス。なので代わりに一夏ちゃんと今日は一緒に寝よう。

 

 そうと決まれば迎撃態勢を整えないと、まぁ一夏ちゃんはクソ雑魚なんでそこまで大袈裟なものはいらないか。布団だけ偽装しとくッス。

 

 そんで叩きのめして、ずっと夢だったお泊り会をするッス。

 

 いやぁ、何だかんだで学園生活を満喫してるッスね。

 

 天井に張り付いてゴキブリのように移動しながら、ウチは楽しい時間に微笑むのだった。

 

 

 

 

 

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