ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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新しい章となります。


夏休み編
暫くの休息


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長く苛烈だった無人島試験が終わった翌日、昨晩に人知れず起こった九号の襲撃を返り討ちした後にしっかりと熟睡できたので、あの試験での疲れもなんとか吹き飛ばせたと思う。

 

 肉体的にというよりは精神的な疲れであったので、柔らかなベッドと枕でしっかり眠れば翌日には絶好調になっていた。

 

 厳しい試験を乗り越えたご褒美なのか、暫くの間はこの豪華客船で自由に過ごすことが許されるので生徒たちはそれぞれ満喫するんだろう。

 

 俺も朝起きて、体を解してから今日はどうしようかと考えた時、現代っ子らしくまずはスマホを確認することになる。すると桔梗さんからのメールが届いており、内容を確認して暫く考え込む。

 

「どうしたんだ?」

 

 同室の清隆も起床したのか、ずっとスマホを眺めて思案しているこちらにそんなことを訊いて来た。

 

 啓誠と明人は既に朝食に向かったのかこの場にはいない、相談するなら今だろう。

 

「実は桔梗さんからメールが届いていてね、どうにも八神から接触されて脅されているみたいなんだ」

 

 スマホの画面、メールの内容を清隆に見せる。

 

「月城からの供述もある。わざわざこっちに櫛田を介して絡んで来る辺り、やはりホワイトルーム生なんだろうな」

 

「だろうね……さてどうしたもんか」

 

「櫛田も随分と素直な反応だな。八神を利用してこちらに干渉する手もあると思うが」

 

「そうかい? 過去の出来事で脅されるとか普通に怖いし、素直とかどうとか以前に単純に八神が脅威に感じたんじゃないかな」

 

「それもそうか、オレたちよりもずっと面倒で厄介な相手だと判断した訳か」

 

「こっちは別に脅してる訳じゃないから自然な反応だよ」

 

 過去の出来事で脅してくる相手とかただただ面倒で恐ろしいだけである。上手いこと利用するように考えるよりも冷静な判断が先に来たということだろうか。

 

 なんであれ助けを求められたのならば動く必要がある。俺にとって桔梗さんはクラスメイトであり仲間でもあるんだから。

 

「八神はホワイトルームからの刺客って考えるとして、どう対処しようか?」

 

「現状ではなんとも言えないな。だが月城の排除もできて奴はバックアップを失った状態だ。小さな綻びを見つけたら一気に落とそうか」

 

「う~ん……今は様子見しかないか。桔梗さんには上手いこと動いて貰うとするよ。寧ろ彼女を介して八神の動きを誘導する感じになるのかな」

 

「今はそれで良いんじゃないか」

 

 そんな感じで桔梗さんには動いて貰うとしよう。彼女は彼女で八神に一矢報いたいだろうし、案外ノリノリで協力してくれるかもしれない。

 

 桔梗さんにメールを送って大丈夫だと言う意思を伝えると、可愛らしい絵文字付きで「流石天武くんだね」と返信があった。何だかんだで余裕があるみたいだ。誰かを素直に頼れるようになったのは良いことだと思う。

 

 今は清隆の言う通り様子見と牽制だな。それしかやれることはない。桔梗さんには少しだけ我慢して貰おう。

 

「とりあえず食事に行くか」

 

「だね、ここの料理は全部タダな上に豪華だから、しっかり贅沢しないと」

 

「無人島ではそうも行かなかったからな」

 

 栄養バーや缶詰も悪くはないんだけど、せっかくの豪華客船なんだから満喫したい。残りの時間はここで好きなだけ贅沢できるので贅沢な夏休みになりそうだな。

 

 なにせこの豪華客船には色々な施設がある。映画館であったり舞台劇であったり、アミューズメント施設にプールからテニスコートまであるのだ、高校生の身分ではまず味わえない空間なのだろう。当然ながら俺だってそう多く経験している訳ではない。

 

 去年の船もそうだったけど、なかなか無い機会なのでちゃんと味わっておきたい。

 

 まぁ尤も、生徒会役員なのでずっと遊んでいる訳にもいかないのだけど。

 

 さぁ朝食だと清隆と一緒に食堂に向かうと、そこでは多くの生徒がバイキングを楽しんでいるのが見えた。

 

 いや、正確には楽しんでいるのは二年生だけで、一年と三年はあまり雰囲気がよろしくない。試験であれだけ蹂躙されてしまったことをまだ引きずっているらしい。

 

 一年生は二年生を見ると露骨に怯えて距離を取る者が多く、三年生ははしゃぐ二年生に舌打ちしたり視線を逸らす者が多い印象だ。

 

 こればっかりは仕方がないか、おそらく二度とないくらいの蹂躙だったのだから、肉体的にも精神的にも深い傷となっているのだろう。

 

 俺も一部の三年生からは露骨に避けられている。それどころか食堂に姿を見せた瞬間に顔を青ざめさせて逃げ出す三年生までいる始末だ。そちらから殴り掛かって来たというのに酷い反応である。

 

 逆に一年生からもの凄く避けられているのが龍園である。彼が手下と共に食堂に姿を現すと一年生たちはすぐさま席を立って大勢が逃げ出すことになる。完全に危険人物として認識されているな。

 

 龍園は龍園で、そんな一年生の反応を気にした様子もなく相変わらず我が物顔で過ごしている。ああいうメンタルを三年生は見習うべきなんだろう。

 

「暫くこういう雰囲気が続きそうだな」

 

「舐められるよりはマシと思うしかないよ」

 

 清隆も一年と三年の露骨すぎる反応を感じ取っていたらしい。

 

 なるようになるだろう。このまま心折れるのか、それともバネにして再び立ち上がるのか、それとも見なかったフリをするのかは知らないけど、それは彼ら次第である。

 

 それよりも今は食事だ。東西を問わず色々な料理が用意されているバイキング形式なので色々と味わうとしよう。

 

 無人島での節約生活で色々とストレスも多かったからなのか、食堂に集まった生徒はそれぞれ食事を満喫しているらしい。当然ながら俺もその内の一人なのだけれど、やっぱり生徒会役員なのでいつまでものんびりとはいかないらしい。

 

 食事をしていると茶柱先生が声をかけてきた。今後のレクリエーションで調整があるようだ。

 

「笹凪、レクリエーションだが、生徒会長が動けないので今から調整しておけ。引き継ぎなども多いだろう」

 

「生徒会長が動けないって、どうしてですか?」

 

 そう言えば結果発表の場には南雲先輩の姿は無かったな。リタイアしたことは把握していたけど、医務室から出られないくらいの重症ということだろうか。

 

「医務室から出せないそうだ。桐山副会長も全身打撲で動けない、二年生が主体になって動けと言うのが学校側の指示だ」

 

 茶柱先生はそれだけ言うと去っていく。生徒は夏休みを満喫しているけど、教師はそうもいかないのか忙しそうだな。

 

「そういう訳でちょっと働いてくるよ」

 

「忙しそうだな」

 

「清隆はのんびり過ごしなよ。疲れてるだろ?」

 

「そうさせて貰おうか」

 

 豪華な朝食に舌鼓を打つ清隆を残して、俺は食堂を後にしてこれから行われるレクリエーションの引継ぎを行うのだった。元々は南雲先輩が生徒会長として指揮する筈だったけど三年生の生徒会役員である二人はどちらも動けないとのことなので、二年生を主体に動くことになるんだろう。

 

 向かう先は医務室だな。引き継ぎするにしてもまずは南雲先輩に話を聞かないといけない。それか桐山副会長だな。

 

 豪華客船なだけあって医務室もしっかりとした作りとなっており、それこそ地上の病院と大差がないくらいに設備も充実しているらしい。長期の入院にも耐えられるくらいの環境だそうだ。

 

 しかしそんな医務室は今、怪我人でギュウギュウ詰めになっているようだ。

 

 ベッドはどれも人が入っており空きが無い、これでもまだ自分で動ける人や軽傷の生徒は部屋で待機させているというのだから、龍園は本当にやりたい放題やったということだろう。

 

 ここまで派手に動いたら学校側に訴えられるんじゃないかと思うんだけど……まぁ龍園も大義名分くらいは用意しているか、そうじゃないとこの医務室の状況で呑気に朝食をしたりはしないだろう。

 

 医務室の中に入るとどのベッドにも生徒が寝かされているのがわかった。特に重傷な生徒はここで厳重に管理されているらしい。桐山先輩はいないようなのでおそらくは部屋で待機が命じられているみたいだ。

 

 それなら南雲先輩はどこだと探してみると、医務室の一角に朝比奈先輩が見つかったのでその傍らにあるベッドに南雲先輩がいると判断して近づいていく。

 

 しかし朝比奈先輩も何だかんだでよく面倒を見ているな。別に交際している訳ではない筈だけど、ダメな男の面倒を見てしまう女性なのだろうか。

 

「おはようございます、朝比奈先輩」

 

「あ、笹凪くん、おはよ」

 

 視線を朝比奈先輩から傍らにあるベッドに向けてみると、そこにはやはり南雲先輩がいた。

 

「よう、笹凪……俺を笑いに来たのか?」

 

「いえ、レクリエーションの引継ぎと確認に来ました」

 

 南雲先輩はやはり重傷であった。左手と左足にギプスが巻かれており、コルセットも装着している。そして全身打撲と言った所だろうか。

 

 腕と足が片方ずつ動かないのでこの医務室にいるのだろう。なかなかの重傷であった。

 

 そもそも笑いに来たとはどういう了見だ、俺は南雲先輩をわざわざ笑いに来るほど暇でもない。

 

「例のレクリエーションなんですけど、南雲先輩が指揮を取れないそうなので、二年生で動けとのことです。注意点などはありますか?」

 

「……それだけかよ」

 

「……どういうことでしょうか?」

 

「笑うでもなく、勝ち誇るでもなく、余裕を見せる訳でもなく、ただ仕事の引継ぎに来ただけか?」

 

 ベッドの上で横になる南雲先輩は、なんというかもの凄く元気がない。無人島の序盤は余裕綽々だっただけにギャップが凄いな。今は何というか、幽霊みたいな雰囲気がある。

 

 普段が普段だけに、弱っている南雲先輩は新鮮に感じる……でもそれだけだ、特に思う所はなかった。

 

「えっと……何かお見舞いの品でも用意した方が良かったですかね」

 

「そうじゃねえよ……いや、そうか、お前にとってあれは戦いですらなかったってことか、最初から眼中になかったって態度で示してるのか」

 

「穿った視方をしすぎです……南雲先輩、疲れているんですよ。今はゆっくり過ごして体の傷を癒してください」

 

「やめろ、俺を慰めるなッ」

 

 情緒不安定な感じだな。大怪我をすると精神的に参るので仕方がないことかもしれない。

 

「雅、落ち着きなって」

 

 朝比奈先輩も南雲先輩を嗜めてる。この重傷で暴れられても困るだろう。

 

「負けて悔しいのはわかるけど、今はしっかり休むべきだよ」

 

 すると南雲先輩は奥歯を鳴らして悔しそうに表情を歪めるのだった。

 

「それで、引継ぎに関してなんですけど」

 

 南雲先輩としてはあの無人島試験の結果は受け入れがたいものなのかもしれないけど、いつまでも引きずられても困る。

 

 ベッドに寝そべってこちらに視線を向けて来る南雲先輩は、色々な言葉を呑み込んでこう言って来た。

 

「船の中にある臨時の生徒会室に資料や配置を纏めたUSBがある。それにデータは全部入ってる筈だ」

 

「了解です。パスワードは?」

 

「3072」

 

 それが聞ければ十分だ。後は学校側と調整してレクリエーションを問題なく終わらせるだけである。無人島のように大量の怪我人が出るようなことは避けたい。普通に楽しくて気楽に終わって欲しいものだ。

 

 この催しに退学の心配がないと事前の打ち合わせでわかったからな、本当にご褒美みたいな感じになれば良い。

 

「それでは俺はこれで退室しますね、どうかお大事に」

 

 知りたいことを知れたし、邪魔するのも悪いと思ってその場を後にするのだけれど、待ったがかかってしまう。

 

「待て、笹凪」

 

「なんですか?」

 

 カーテンで仕切られた医務室を出て行こうとするのだけれど、声をかけられたので振り返る。

 

 だが南雲先輩はそこから何も言わなかった。何を言うべきかわからないのか、それとも内心の思いを言葉にできないのかわからないが、随分と待たされてしまう。

 

 それでも何とか整理できたのか、絞り出すようにこう伝えて来るのだった。

 

「もう一度、俺と戦え」

 

 またそれか、本当に好きだな。

 

「えぇっと、まずは体を癒すべきだと思いますよ」

 

「そんな話はしてねえよ」

 

「重要なことだと思いますけどね……そもそも、今の南雲先輩に俺に構っている時間はないでしょうに。貴方のやるべきことは戦う必要のない下級生と競うよりも、まずは自分とクラスのことですよ。ここに来る前に三年生がこんなこと言ってました、南雲の失態でこんなバカみたいな状況になったと」

 

 この人がやるべきなのは地盤固めである。わざわざ意味のない戦いに集中することじゃない。

 

「貴方はAクラスではない人でも実力によっては引き上げると掲げている、そうでしょう? 色々な思惑はあるんでしょうけど、それそのものは素晴らしいと俺は思っています」

 

 俺がやろうとしている事と規模こそ違うがやっていることは同じだからな。

 

「なら、それを成し遂げるべきだ。それこそが南雲雅という男の実力の証明であり、下級生と戦って勝つことよりも遥かに価値がある勝利ですよ」

 

「ハッ、色々理屈をこね回してるが、俺と戦うのが怖いって言ってるようにも聞こえるぜ」

 

「その発言、滑稽だとは思いませんか。俺だけでなく二年生全てに敗北した後だと」

 

「……」

 

 安い挑発だと本人にも自覚があるのだろう。また奥歯を鳴らしてしまった。

 

 そもそも怖いもなにも、今の自分の姿を見てから言えという話である。

 

「貴方はまず一人でも多くの同級生をAクラスに上げてください。そんな偉業を成せる人ならば、俺は素直に挑みたいと思いますけどね」

 

「時間が無いんだよ、もうッ」

 

「それは南雲先輩の都合であって、俺は関係ありません」

 

 いつまでも駄々に付き合っている訳にもいかないので、やや強引にその場を去ろうとするけれど、また待ったがかかる。それも結構な大声で。

 

「待てッ、待ってくれ……頼む」

 

「ちょっと、雅、安静にしてなきゃダメだって」

 

 南雲先輩は痛む体を動かそうとする、そしてベッドの上で這いつくばって頭を下げるのだった。

 

 土下座である……いや、俺と戦う為にそこまでするのはどうなのだろうか?

 

「一度だけでいい、もう一度だけ俺と戦ってくれ……俺は、俺の実力を証明しないとダメなんだ。こんな、ただ裸の王様がそこにいただけで終わりたくない」

 

 南雲先輩なりに色々な考えや経験を経てここにいるのだろうということは理解する。きっと俺ではわからない虚無感だって抱えているのだろう。

 

 或いは、俺はこの人と同学年ならば幾らでも相手をするのだけれど、学年が違うというのはこの学校ではとても大きな壁がある。

 

 どれだけ頭を下げられようとも、俺はこの人のライバルにはなれないのだ。

 

 ままならないものである。たった一年だけど、されど一年だ。学ぶ場所も隣り合うクラスメイトも競う相手も異なるのだからな。

 

「俺と戦って勝っても何の意味もありませんよ……そもそも、貴方は無関係な人間を巻き込み過ぎる」

 

「安心しろよ、俺とお前で一対一だ。他の奴らは巻き込まない、それならいいだろ?」

 

「その言葉に、何の重みも無ければ信頼も無いと証明したのが、混合合宿での南雲先輩だったじゃないですか」

 

「……ッ」

 

 また奥歯が鳴った。そろそろ噛み砕かれるんじゃないだろうか。

 

「あれが無ければ、貴方の発言を信頼したのかもしれませんけど、残念ですがそうではなかった、それが全てです」

 

「たった一度だけで良いんだ……頼む」

 

 さてどうしたものかと悩む、正直不必要なリスクを抱えたくは無い上に、戦う必要も無いのに上級生と面倒事を起こしたくはない。

 

 何より南雲先輩は信頼できない、それが全てである。

 

 せめて同学年ならば、龍園のように敵として奇妙な信頼を向けることが出来たのかもしれないけど、学年が違うだけでこうも認識に差が出るのは凄いと思う。

 

「南雲先輩、まずは体を癒してください。その上で貴方の宣言通り他クラスの人たちを一人でも多くAクラスに上げてください……その時は、俺から貴方に挑ませて貰います」

 

「時間が無いって言ってるだろうがッ」

 

「その程度のことも出来ないでチャンスを与えられると思うなよ」

 

 少し強めに、僅かに師匠モードになってからそう伝えると、南雲先輩は圧力に体を硬直させてしまう。ベッドの傍らにいる朝比奈先輩も体を震わせた。

 

「甘えるな南雲雅、ただ口だけ開いて餌が与えられるのは雛鳥だけだ。違うだろ、勝ち取って見せろ。俺と戦うと言うのならば駄々ばかりこねてないでやるべきことをやれ、それすら出来ないのなら口だけ開いて雨と埃だけ惨めに食ってろ」

 

 そこまで行った所で師匠モードの俺を強引に引っ張り込んで素面に戻る。

 

「貴方に勝ちたいと、まずはそう言わせてください」

 

 それすら出来ないのに戦えとだけ言われても困る。

 

 言いたいことだけ伝えて南雲先輩に背を向けて医務室を後にする。今度は呼び止められることはなかった。

 

 ただ嗚咽のようなものだけが耳に届くだけだ。

 

 今後、南雲先輩がどうなるのかはわからない。立ち直るのか、それとも完全に折れるのか、どちらだろうな。

 

 だが、もし立ち直ったのなら、成すべきことを成してしっかりとして欲しい。

 

 貴方に勝ちたいと、そう言わせて欲しいのだ。

 

 

 

 

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