帆波さんとしては喧嘩両成敗でお互いに反省して気を付けようねとしたかったのだろう。それは間違いではないしとても無難で安全な着地点であるとも思えた。
しかし客観的な証拠があるというのはなかなか難しい。そして一年生たちが先に手を出した上に実際に上級生に暴行を加えている瞬間をしっかりと撮影されている状況である。
それでも二年生たちの報復というか抵抗というか、最早過剰防衛とも言える行いを完全に正当化することなど出来ないのだけれど、なら一年生たちに非が無いのかという話にもなってしまう。
俺たち生徒会は別にプロの裁判官でもなければ弁護士でも検事でもない。しっかりと法を勉強していればまた違ったのかもしれないが、現状では少しばかり龍園に軍配が上がるというのが最終的な判断となってしまう。
この手の問題は生徒の自治や独立なんて建前で誤魔化すのではなく、普通に裁判所や警察に任せるべきだと思うのだが、この学校は外部と遮断されている極めて特殊な学校なのでまた話がややこしくなってしまうのだろうな。
生徒に裁判所まがいのことをやらせるべきではないということだ。それでも学校はやれと言ってくるので何とかして素人の俺たちは結論を出さなければならない。
さてどうしたものかと悩み、生徒会で相談したり教員と話したり、抜け穴や見落としがないか調べたり、学校の慣例や過去の審議を参考にしたりと随分と忙しくさせてくれたと思う。
並行してレクリエーションの準備を進めていく……夏休みを返せ馬鹿野郎と愚痴っても流石に許されるだろう。皆は豪華客船を満喫していると言うのに。
色々と悩みながらも帆波さんは最終的に一年に対して400クラスポイントの支払いという形にしたそうだ。俺がそれを聞いたのは本日分のQRコードを生徒の視線を避けながらひっそりと張り付けた後に臨時の生徒会室に帰った時であった。
「はふあぁぁぁぁあ」
この前も聞いた盛大な溜息はちょっと強まっている。審議を終えて気も抜けたのだろうか。
「お疲れさま」
「あ、ごめんねいつも」
そんな彼女にすぐさまお茶を用意する。何せ俺は生徒会では橘先輩ポジションだからな。
「審議、どうだったかな?」
「何とか……う~ん、終わらせられたよ」
「難しい問題だっただろうから、こればっかりは楽にとはいかないだろうっていうのはわかるよ」
「一年生も完全には納得してくれなかったけど、これ以上は無理だって思ってたんじゃないかな」
「渋々って感じか」
「うん、でもこっちの誠意と言いますか、配慮は伝わったんじゃないかなって」
「龍園たちの要求は400クラスポイントと4000万プライベートポイントだっけか」
「流石に全部を減らすのは難しいから、そこは二年生側の主張に配慮したけどね」
帆波さんとしても一年生にできるだけの配慮をしたということか。龍園辺りは鼻を鳴らしてそうだけど、審議も終わったみたいなので双方が結果を受け入れたようだ。
「一年生にはそれぞれのクラスから合計で400クラスポイントを支払うことになったよ」
「プライベートポイントは?」
「そっちは無しってことにした。400クラスポイントだけならそれぞれのクラスが100ポイントずつ払うことで負担も下げられるしね」
「なるほど、同じ額が減るのなら不満もまだ出にくいか」
全部のクラスが一律で減るのならばクラスポイントに差も生まれない。まだ受け入れやすい判断だろう。
プライベートポイントの支払いに関してはそれぞれのクラスで負担させるとなると既にあるクラスポイントの差が支払い能力の差になってしまうので不公平感を生んでしまう。
それならまだ一律でクラスポイントが減る方がマシである。最悪の中ではの話ではあるけども。
龍園と坂柳さんはホクホク顔だろうか……いや、何を甘いことをと呆れているかもしれないが、生徒会としては二年生も一年生もどちらの信頼を壊せないのでこれで納得して欲しいものだ。
このクラスポイントは被害者で分割、つまりは二年生で分けることになっているので俺や帆波さんのクラスにも100ポイントが入って来ることになる訳である。
たった100ポイント、プライベートポイントに変換すれば1万ほどでしかない。けれどこれが一学年160人と考えれば一カ月で160万となる。一年で1920万が俺たちの学年に入って来ることになる訳だ。
勿論そこまで単純な話でもないし、人は霞だけ食って生きていける訳ではないので全部が全部残る訳でもないけれど、それでも一年間で1920万は大きい。
やっぱり龍園は二年生にポイントが集まるような仕組みを意識しているようにも思えるな。その学年に集まるポイントが多くなればなるほど、最終的に奪う段階で大きな意味を持つ。
まるで家畜業者である。盛大に肥え太らせて時が来たらしっかり利益を上げるのだ。相変わらず恐ろしい男だな。
二年生全体の利益になっているのだからなお質が悪い。もしかしたら二年生の中には龍園よくやったと思う相手がいても不思議ではない。最終的に奪う為に肥えさせているのだとしてもだ。
やはり彼は強敵だな。清隆にぶん殴られた後からは本当になりふり構わなくなったと思う。意地も恥も誇りも捨てて勝利を目指しているという印象である。そういう相手は首だけになっても噛みついて来るので注意が必要だろう。
俺は別に龍園を侮ってはいない、寧ろ最後に首だけになった彼に喉を食いちぎられるのではないかとさえ思う位には警戒もしていた。
なにせ一度完全に叩きのめしたのにしれっと復活している男である。きっと桐山先輩は龍園を参考にするべきなんだろうな。
「お疲れさま、本当に大変だったみたいだね」
難しい審議を引き受けて貰った帆波さんにはしっかり感謝と労いを伝えておこう。二年生と一年生に挟まれて大変だったことは想像に難くない。
「ごめんね天武くん、レクリエーションの準備、殆ど手伝えなくて」
「気にしなくていいよ、こっちは気を遣うようなこともなかったからさ」
胃がキリキリと痛むような状況よりはQRコードの張り付けの方がマシだった。
「審議も終わったんだ。帆波さんも豪華客船を満喫したらどうだい?」
「そんな訳にもいかないよ。まだレクリエーションの準備だって残ってるんだから」
「こっちはある程度は進められたよ。受付の設営も出来てる。大きな問題はないさ」
鈴音さんは今、レクリエーションの受付を先生たちと一緒に準備している。
「面倒事を丸投げしてしまったような気がして申し訳なかったんだよね。だからこっちは俺と鈴音さんに任せて、帆波さんは一息入れなよ。なにせ高校生の身分でこんな環境に身を置く機会なんてなかなか無いから、しっかり楽しむべきだ」
「そんなこと言われても、困っちゃうな。人手不足な訳だし」
「事前準備に長い時間をかけたからこっちは問題ないさ」
本来はレクリエーションの前日の深夜に一気にQRコードを張り付ける予定だったのだが、生徒会の人員が半壊したことで準備期間を前倒しすることになった、おかげで何とか本番に間に合いそうではあった。
「こっちは俺たちに任せてよ」
「う、うん……ならお願いしようかな」
少し迷ったような顔をしながらも、帆波さんは納得してくれたようだ。しかしこちらを窺うような視線は残っており、何やら話があるらしい。
「あのね、その、実はお礼がしたいなって思ってたんだよね。天武くんに」
「お礼?」
「ほら、無人島で麻子ちゃんを助けてくれたから」
「あぁ、あれか……気にしないで、当然のことをしただけだ」
「そんな簡単にいかないのが私たちの立場と言いますか……何かお礼をしないと気が済まないよ」
「見返りを求めての行動じゃないからなぁ……些細なことだよ」
敢えて言うのならば俺が目指している場所にその行動が必要であったということが報酬なのかもしれない。そう考えると自分勝手な行動だったのかもしれないな。
「本当に、気にしないで欲しい」
すると帆波さんは申し訳なさそうに視線を下げる。そんな顔をされるとこっちもちょっと申し訳ない気分になってしまう。
「う~ん……せめて少しくらいお礼させてくれないと困っちゃうな」
「面倒な審議を引き受けてくれたんだからそれで十分なんだけどね。それに、当然のことをしただけでお礼とか感謝とかちょっと堅苦しいかなって」
助かったよありがとうの一言で完結してくれるのがとてもありがたい。お礼や感謝の表明とか大袈裟過ぎる。
「……それならだけど」
帆波さんはちょっと挙動不審と言うか、モジモジと恥ずかしがるような雰囲気になって視線を彷徨わせる。
「堅苦しい感じじゃなくてね、ちょっとした話で……その、試験も終わったからお疲れさま会みたいなのはどうかな?」
「打ち上げみたいな感じか……帆波さんのクラスでやるのかい?」
「うん、天武くんも一緒に参加してくれれば嬉しいな」
ついでにお礼や感謝もそれとなく伝えたいということだろうか、帆波さんの配慮が見え隠れするな。本当に気にする必要なんてないというのに。
ただ問題がある。流石に他所のクラスの打ち上げに参加するのはハードルが高い。こう言ってはなんだが試験で一位を取った相手にいられても帆波さんクラスは居心地が悪いような気もする。
「せっかくだけど遠慮しておく、俺がいると雰囲気が悪くなるかもしれないしさ。他クラスの打ち上げにはなかなか難しい」
「……そっか」
「すまない、気を遣わせてしまって」
「ううん、やっぱりクラスが違うと色々あるもんね……仕方がないことだよ」
「ただ、帆波さんがお礼をしたいって気持ちは伝わっている、それで十分さ」
「なら良かった」
こればっかりはどうしようもない。何だかんだで同じクラスの人の方が気楽に接することができるからな。帆波さんクラスは俺が打ち上げの場にいてもそこまで気分を害さない人が多いだろうけど全員って訳でもないだろう。
空気を悪くする訳にはいかない、神崎なんかは俺をとても警戒しているからな。
「……同じクラスだったら、何か違ったのかな」
小さくボソリと何かを帆波さんが呟く。
「帆波さん?」
「あッ、うぅん、何でもない」
慌てた様子で臨時生徒会のソファーから立ち上がった彼女は、何故かギクシャクした様子を見せた。
せっかく誘ってくれたというのに雰囲気を悪くしてしまったかな。まぁ俺が他所のクラスの打ち上げに参加するよりはまだマシだ。
ただ帆波さんの配慮は素直に嬉しい、それは本音である。
帆波さんは自分のクラスの打ち上げで気晴らしをしてもらうとしよう。本日の生徒会業務も終わったので彼女を見送り、せっかくなのでレクリエーションの受付設営をしている鈴音さんに声をかけてから部屋に帰ろうと考えて生徒会室の外へと出た。
豪華客船では今も生徒たちが思い思いに過ごしているのが確認できる。レジャー施設も豊富なので夏休みを満喫するには持って来いの場所だと改めて認識することができる。
生徒会での仕事が無ければ俺も羽を伸ばすのだが、こればかりはどうしようもない。
そんなことを考えながら船内を歩いていると、船の中にあるバーの一角が視界に入る。正確にはそこにいた人相の悪い男がだけど。
あちらも俺に気が付いたのか、いつも通りの笑みを浮かべている。
せっかくなので声をかけようか、無視するのもあれだし。
「龍園、君は何ていうか……バーが似合うね」
「クク、なんだそりゃ、こんなもんに似合うもクソもねえだろうが」
「いやよく似合う、だって龍園がバーの席に座っていると人相の悪さから任侠映画みたいな雰囲気になるし……すみません、コーラお願いします」
一応、龍園が飲んでいるのは酒ではなくノンアルコール飲料である。そこは学生らしいと言うべきか、この学校じゃなかったら平気で飲酒してそうな男ではあるけど、こんな所で突っ込み所は見せないか。
せっかくのバーなので大人気分を味わう為に俺も飲み物を注文した。コーラだけど。
席に座って久しぶりのコーラを味わう。こういう場所で飲むには相応しくないんだろうけど、師匠と違ってお酒の味はわからないのでこれで十分楽しめる。
「ところで龍園、審議の件なんだけど」
「なんだ、無遠慮に席について訊くことがそれかよ」
「いや、気になったからさ……納得してるのかなって」
「一之瀬がつまらん配慮をしなけりゃ今頃1000万が入って来てたんだ。納得してる訳がねえだろうが」
「その割には苛立っていないようにも見える。もしかして最初は要求を大きくして、後から本命の要求を通すっていう奴かい?」
「わかってんじゃねえか」
なるほど、こういう形に着地することは最初からなんとなく予想していたのか。
「なんだ、もしかしてテメエは不満なのか? そっちのクラスにも100ポイントが入るんだ、喜べよ」
「よく言うよ、最終的には肥えさせて奪い去るつもりの癖に」
「当然だろうが、貧乏人を大量に増やした所で大した旨味もねえんだからな」
やはり最終的には自分の所に集める算段か。まぁ他所の学年から奪い去るよりも機会は多いかもしれないけど。
龍園はバーの席に座った状態で注文した飲み物を呷る……本当にノンアルコール飲料なんだよな? 完全に酒を飲んでいるようにしか見えないくらいに慣れているように見えた。
「相手は一年生なんだ、もう少し手加減してあげたらどうだい?」
「ハッ、強者の驕りだな。そいつは俺にカードの一つを捨てろって言ってるようなもんだぜ」
「そう聞こえてしまったか」
「手加減だの配慮だの知ったことかよ。年下だから許してやれ? クソだな……いや、仮にテメエがいなかったら多少の生意気は目をつぶってやったかもしれねえが」
「俺がいたから徹底的に一年生を追い込んでいるのかい?」
「当然だろうが。テメエを凌駕するのに躊躇してる暇も配慮してるほどの余裕なんざねえよ。こっちはもう恥も誇りも意地も捨ててんだ……あらゆる相手を勝利の踏み台にするだけだ」
曲がりなりにも王を名乗っているんだ、そこだけは譲れないか。
勝利への執念と言うか、渇望のようなものが一年の頃よりも強まったようにも見えた。
「笹凪ィ、一年に配慮しろだなんて言えるのは、勝利を得る為に本気になれてない奴だけだ」
「なるほどね、確かにそう言われると手加減しろだなんてのは無粋な発言だったかもしれないな」
龍園たちの行動や主張を正当化するつもりはないけれど、恥も誇りも意地も捨てて挑もうとしている相手に手加減しろだなんて言うべきではなかった。
徹頭徹尾、勝利へ邁進する。それが龍園であり、相手が一年生だろうが己の力にする為に奪い去る。
全てを踏み台にして勝利を目指すほどの渇望か、それは俺に足りていない物の一つなのかもしれないな。
そう考えると龍園は南雲先輩と似ているようで正反対でもあるのかもしれない。
あの人は本気の勝負を望んでいながらもどこか本気になりきれていないというか、余裕綽々で勝つことに快楽を感じるよくわからない人だけど、龍園は何もかもを己の力に変えて勝利を目指そうとしている。
恥だの意地だの誇りだのは投げ捨てて、ただの純度の高い勝利への渇望を覗かせていた。
恐ろしい男である。本当に首だけになっても食らいついてきそうだ。
「8億に関してもまだ諦めてはいない感じかな、その様子だと」
「当然だろうが。テメエの気が変わりましたで何もかもが終わるような話を信頼するかよ」
「うん、それで良いと思うよ」
不思議とそう言われるのが嫌な気にはならない。保険の保険くらいに考えて貰えるとこちらとしてもありがたいからな。
だからこそ龍園は何と言われようが勝利を渇望する。たとえ一年が相手だろうと容赦はしない。全ては己とクラスの未来の為か……ツンデレである。
「そうだ、試験が始まる前に金田が一年と一緒にいるのをチラッと見たんだけど、もしかして便乗カードを集めていたのかい?」
他学年にカードを売ることはできないが契約で縛ることはできる。やりようによっては一年生の便乗カードで得たポイントを自分のクラスに持って来れる筈だ。
「クク、さてどうだろうな」
もし仮にそうならば龍園の懐には大量のプライベートポイントが転がって来た筈である。それこそ100万とか200万ではなくクラス移動が出来るくらいには。
自分で8億集めることもまた本気か……改めて狡猾だと思うしかない。
いつもの笑みを浮かべてグラスに入った葡萄ジュースを飲み干すと、龍園は話は終わったとばかりにバーの席を立った。
そして邪悪な笑みをそのままに、俺にこう言ってくる。
「せいぜい余裕をかましてろよ、こっちは何もかもを踏み台にしてその喉に食らいつくからよ」
「楽しみにしていると、そう言っておこうか」
全ては勝利の為、当たり前のことだがその思いが二年生の中で最も大きいのは龍園なのかもしれないな。
恐ろしい男である。いつか恥も意地も誇りも捨てて全てを勝利に注ぎ込んだ彼に喉を食い破られる日が来るのかもしれないと考えると、少し楽しい気分になってしまう。
「あぁそうだ、テメエにも訊いておきたかった。小宮たちの件だが、どこまで把握している?」
「何を期待しているのかは知らないけどさっぱりだ。俺はその現場にもいなかったし報告を受けただけだからね」
「そうかよ」
「報復するつもりなのかい?」
「当たり前のことをわざわざ言わせんなよ。子分が蹴り落とされてんだ、きっちりしっかり指を詰めさせねえとな」
やっぱり彼は任侠映画の住人である。それを改めて認識するしかない。
まぁなんだかんだで彼なりの優しさがあるのだろう。そう考えるとまた少しだけ楽しい気分になるのだった。