ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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これでこの章も終わりとなります。次は小話です。


関係の変化

 

 

 

 

 

 

 人手不足が深刻な中、それでもレクリエーションは大盛況で終わったと断言できるくらいには盛り上がったと思う。

 

 三年の先輩たちの晩節を汚す訳にもいかず、過酷な無人島試験を乗り越えた生徒たちへのご褒美的な側面もあったので、ミスなく無事に終わったので素直に安心することができた。

 

 こういったレクリエーションは凄く良い、南雲先輩は生徒会長の間に色々とやりたいことがあったようだけど、こういった催しが次の生徒会にも受け継がれて伝統行事みたいな感じになれば良いなとも考えたりする。

 

 真面目一辺倒だった堀北先輩とは異なり、型に嵌らず色々な方向性を模索する姿勢は好感が持てる……何もかもを台無しにするストーカー気質さえ無ければ本当に完璧だったんだけどなぁ。

 

 こればかりは仕方がないか、完璧な人間なんて師匠以外存在しない、人間と言うのはどこかしらに欠点があるものだ。俺もそうだし堀北先輩や南雲先輩だって同様だろう。ホワイトルーム最高傑作である清隆すら欠点だらけなので、本当にどうしようもない。

 

 早すぎる引退を残念に考えながらも、残された俺たちとしてはしっかりと生徒会を運営していくしかない訳だ。そしてこれまでの生徒会が残した物をより良く洗練させて次の生徒会に託す。

 

 堀北先輩が残した伝統、南雲先輩が与えた影響、どちらも力に変えるのが言ってしまえば俺たちの仕事でもあるんだろう。

 

 そして俺たちにしかできない何かを次に残す、その繰り返しである。

 

 何だかんだで俺も生徒会を楽しんでいるのがわかる。組織運営なんてものは師匠の所では絶対に経験することができなかった分野でもあるので楽しくて新鮮でもあるのだ。こんな事ならばもっと早く入っていればと思うほどであり、何事も経験なのだと実感する毎日だった。

 

 せっかくなので今回のレクリエーションを参考にして、またどこかで俺たち主催の催しを開催しよう。それが次の代に続くようならばそれは間違いなく南雲先輩の功績であり実力の証明になるのかもしれない。それこそ戦う必要のない下級生にわざわざ勝つ必要など無いのだ……そこに気が付いて納得して欲しいものである。

 

 南雲先輩と桐山先輩の引退で生徒会もまた大きく変わる、そして関係や環境の変化は何も生徒会だけに留まらず、クラスメイトたちにも同じことが言えるのかもしれない。

 

「そうだ、鈴音さんは知ってるかな、池と篠原さんが交際したってこと」

 

 レクリエーションも終わって生徒会もようやく夏休みとなった。そこで俺と鈴音さんは以前に約束した図書室デートの真っ最中であった。

 

 ただデートという表現を使うと彼女は照れてしまうので、あくまで図書室で共に読書ということになっているらしい。ややこしいよね。

 

 読書家である鈴音さんからおススメの本を教えて貰っていざ読書、俺も布教の為に師匠が書いた本を鈴音さんに推しておいた。

 

 あまり哲学書は読まないそうなので受け入れ辛いかなと予想したけれど、想定していたよりも鈴音さんは師匠の本にのめり込んでいるのがわかる。

 

 暫くそうして互いにおススメの本を読んで過ごすこと一時間ほど、ただ読書に没頭するだけなのもアレなのでお茶の差し入れと共にホットな話題を提供した訳だ。

 

「あの二人が、交際? イマイチ納得できないわね、いつも言い争いばかりしている印象なのだけれど」

 

「嫌い嫌いも好きの内って奴じゃないかな」

 

 そんな表現をすると、鈴音さんは理解できないとばかりに困った表情を見せる。読んでいた本から視線を上げて悩むような声を届かせた。

 

 夏休みもど真ん中であり、娯楽施設が豊富な豪華客船なこともあって生徒たちはそれぞれ思い思いに過ごしているけれど、こうして図書室で過ごす生徒はやはり少ないので静謐としており、そんな声もよく広がった。

 

 顎に手を当てて真剣に悩み込む鈴音さん、そこまで池と篠原さんの交際が納得できなかったのだろうか。

 

「そんな関係もあるさ」

 

「そういうことにしておきましょうか。まぁ私たちがとやかく言うことでもないわよね、他者の交際だなんて」

 

「あぁ、特に意識する必要もないし、騒ぎ立てることでもないんだ。いつも通り接するのが一番だと思うよ。もう高校二年の夏なんだ、色々と関係の変化だって出て来るさ」

 

「それもそうね、もしかしたらクラスメイトの中には交際している人が他にもいるのかもしれないし、特別なことでもないんでしょうね」

 

「いるのかな?」

 

「わざわざ関係を公表する理由もないのだし、おかしな話でもないでしょう」

 

 確かにそうかもしれない、ウチのクラスに限った話ではなく、他のクラスだってどこかの誰かと交際していてもおかしくはない。

 

 もしかしたら学年を越えてそういった関係になることだってありえるんだ。俺が把握していないだけでカップルというのは意外にも多いのかもしれない……というかこの豪華客船では男女二人で過ごす姿が色々な場所で発見できるので意外でもなんでもないか。

 

 池と篠原さんもその一部であったというだけ、高校生が交際するだなんて何も珍しいことでもないんだろう。

 

 清隆や愛里さんだってそうだし、チラホラと関係が変わって来ることはとても自然なことでもある。

 

 俺や鈴音さんだってそうだ。入学したばかりの頃はこうして図書室デートをすることなんて考えられなかっただろうし、関係の変化など当たり前のことでもあった。

 

「あぁ、でも、ここに来る前にあの二人は一緒に行動しているのを見たわね」

 

「デートでもしてたんだろう。俺たちみたいにね」

 

「だ、だから、その表現は止めなさい」

 

 一緒にこうして遊んでいる……読書を遊ぶと表現するのはあれだけど、それでも一緒にいるんだからデートと認識しているんだけど、鈴音さん的にはちゃんと一線があるらしい。

 

 そもそもどうすれば彼女の中ではデートとなるのだろうか、交際している状態で一緒に遊びに行くとそうなるのかもしれないな。

 

 少し焦ったかのような表情を隠すように、彼女は読んでいた本で俺の視線を遮った。

 

 俺は鈴音さんからおススメして貰った本を読み終えたので、座っていた椅子から立ち上がって本棚へと戻す。

 

 この豪華客船の図書室はかなり広く蔵書量も多く、おそらく夏休みの間に全てを読みつくすことは出来ないだろう数がある。おススメされた本も幾つかあるので、後三日ほどはここでこうして過ごすことになるのかもしれない。

 

 俺たちから離れた位置には同じく読書好きの椎名さんの姿もあり、彼女はここでしか読めない本に夢中になっているのが確認できた。

 

 こちらにも気が付いていないくらいに没頭しているほどだ。俺と鈴音さんもそうだけどせっかくの豪華客船でこういった時間を過ごすのはかなり珍しい部類ではなかろうか。

 

「思っていたよりも面白かったわ……いえ、考えさせられると言った方が良いかしら」

 

 鈴音さんも師匠が書いた本を読み終わったのか、同じく席を立って本棚へと近づいて来た。そして持っていた古い本を隙間に戻す。

 

「哲学書というのはこれまであまり読まなかったけれど、今までとは異なる思考を覚えた感じね」

 

 プラスになったのかマイナスになったのかはわからないけれど、何やら思う所はあったらしい。流石師匠である。

 

「次は何を読もうかしら、せっかくだし普段は手を出さないジャンルにするのも良いかもしれないわね」

 

 幾つもある本棚の前に立ち指先が揺れ動く、どの本を読もうかと迷っている様子に微笑ましい気分になってしまう。

 

「天武くんのおススメは?」

 

「これ、この本」

 

 当然ながら推すのは師匠の本である。俺にとってはもう聖書みたいなもんだからな。布教は基本であった。

 

「これね」

 

 俺の指先も本棚を撫でるように揺れ動く。すると同じように本棚の前で揺れ動いていた指先がぶつかることになった。

 

 触れ合った指先はビクっと反応をしたのだが、引っ込むことはなくそのまま静止することになる。

 

「……」

 

「無言になられても困るんだけど」

 

「仕方がないでしょう……どう反応すればいいのかわからないんだから」

 

 本棚の前で触れ合った指先はようやく引っ込んだ。また恥ずかしそうに頬が赤くなっているのがわかる。

 

「貴方は平気そうね……異性と触れ合った場合は、こう、恥ずかしがるものなんじゃないかしら」

 

「指先が触れ合ったくらいでそこまで意識はしないさ」

 

「私はそういった対象として見れないということね」

 

「そうは言ってない」

 

「そう聞こえたわ」

 

「えぇ……」

 

 とても不機嫌な様子になられてしまった。偶にこうなるので困る。

 

 腕を組んでプイッと視線を逸らされてしまう。可愛らしい反応だと思うけど放置しても問題の先送りにしかならないのでなんとか機嫌を取らないと。

 

「そ、そうだ、この本も面白いよ」

 

 また師匠の本をおススメしておこう。困った時の師匠である。

 

「……」

 

 だが鈴音さんの機嫌は直らなかった。俺ならこれで一発なんだけどなぁ……。

 

「いやね、異性と指が触れ合ったくらいで騒いでも仕方がないだろう?」

 

 そもそも無人島で膝枕されたのだ、あれに比べればこれくらいで何を照れろと言うのだろうか。

 

「無人島で膝枕してくれたじゃないか、凄く恥ずかしいことだと今になって思うけど」

 

「指が触れるのは、また違うわよ」

 

 よくわからない主張だけど、彼女なりに変な一線があるということなのかな。

 

「貴方はあまり、異性との接触を意識しないのね。慣れているのかしら……軽薄だこと」

 

 どうした訳か俺への批判に繋げられてしまうのだから困る。

 

「えっと……じ、実は凄くドキドキしました」

 

「心にもない言い訳は結構よ」

 

「いや、本当だって。顔に出なかっただけでちょっと緊張したから」

 

 したかな? うん、そういうことにしておこう。そうしないとまた機嫌が悪くなりそうだ。

 

「それはつまり、私を異性として意識しているということで構わないわね?」

 

「うん……うん? そ、そうなのかな?」

 

「どうなの?」

 

「はい……意識しています」

 

「素直でよろしい、最初からそう言えば良いのよ」

 

 なんだろう、地雷原でも歩いているような気分だ。実際に歩いた経験があるのであの緊張感はよくわかる。迂闊な発言でも挟もうなら即座に爆発しそうな危険性を感じ取れてしまう。

 

 さてどうしたもんかと思考を巡らせていると、鈴音さんが憮然とした表情で俺を見つめて来る。

 

 そして何も言わずに逡巡することになり、何やら悩んだ様子を見せるのだった。

 

 一分ほど無言の時間が流れただろうか、その段階になって彼女は諦めたように溜息を吐いて視線を下げてしまう。まるで負けましたとでも言いたいかのように。

 

「はぁ……素直に池くんと篠原さんを見習うべきなんでしょうね。まさかあの二人から学ぶ日が来るだなんて」

 

 下げられた視線が戻された時、そこには何やら覚悟を決めたような表情の彼女がいた。

 

 深呼吸をして緊張を消し去ろうとして、けれど隠し切れない緊張と興奮が頬を朱に染めているのが見える。

 

「天武くん」

 

「はい」

 

「……」

 

「黙られると困るんだけど」

 

「ちょっと待ちなさい……今、色々と考えているから」

 

「わかりました」

 

 何故か背筋が伸びるような気持ちになってしまうのは、鈴音さんの緊張が伝わって来たからなのかもしれない。

 

「貴方は以前、春休み頃にこんな話をしたのを覚えている? その、一人前がどうのという話よ」

 

「勿論、一人前になるのが俺の目標な訳だし」

 

「そう、そうね、その通りよ、成長はとても大切なことだと思うわ」

 

「うん」

 

「憧れだけでは未熟者、夢だけでは半端者、恋をして一人前だったかしら……そして貴方は恋を知りたいと、そう言ったわね」

 

「そりゃまぁ、俺に足りないものだろうから」

 

「……」

 

「だから無言になられるのは凄く困るんだけど」

 

 また腕を組んでもの凄く戸惑った様子を見せられてしまう。普段の彼女らしくないのでとても反応に困ってしまうな。

 

 そこから意を決するまでに三十秒ほどかかり、ようやく本題へと入ることになるのだった。

 

「私が、その……教えてあげなくもないわよ」

 

「そう言えば以前にも似たようなことを言ってなかったかな」

 

 二年生が始まる前の、春休みにベンチで話した時だ。

 

「えぇ、その手の分野に関しては私は貴方よりも博識だもの。先達が教える、何もおかしなことではないでしょう?」

 

「確かに、何の反論もないけど……うん? あれ? もしかして俺は今、告白されているという認識で良いのかな?」

 

「こ、こ、告白? い、いえ……そういうことではないのだけれど」

 

「違うのかい?」

 

 そう訊ねるともの凄い勢いで視線を右往左往させることになる。しばらく落ち着きなく困惑していたけれど、最終的に大きな溜息を吐かれるのだった。

 

 視線を揺れ動かして不安そうにこちらを見上げて来る様子が、少しだけ可愛らしく思えてしまう。

 

 迷いながらも撤回はできないと判断したのか、どうした訳か渋々と言った感じで彼女はこう言うのだった。

 

「……そう思って貰っても、構わないわ」

 

「なるほど」

 

 まさか告白されることになるとは、以前に桔梗さんが言った時のように冗談めかしというか打算ありきの物ではなく、本当に真っ当な告白であるので面食らった感じになってしまうな。

 

 あぁ、だけど、素直に嬉しくもあった。

 

「……」

 

「……」

 

 本棚と本棚の間にある細い通路で向かい合って視線を結び合う。

 

「どうして無言になるのよ」

 

「いや、どう答えるのが適切なのか考えていた」

 

「それはつまり穏便に拒否したいということかしら?」

 

「そんなことはない、素直に嬉しい気持ちで一杯だからね」

 

「そ、そう……それは、つまり」

 

「だけど、どう返して良いのか本当にわからないんだ。前にも言ったかもしれないけど、恋を知りたくてね、逆に言うとそれを知れさえすれば相手が誰でも良いということにもなってしまいそうなんだ。それは多分、失礼な話なんだろうなって思うんだ」

 

 その言葉に鈴音さんは顎に手を当てて考え込む。その反応は何と言えば良いのか、詰め将棋でも進めているかのようにも見えて来るのだから面白い。

 

 どう動き、どんな言葉で、どう逃げ道を塞いで完全な詰みに持って行くのか、そんな感じである。

 

「なるほど、貴方の言いたいことはわかった……でもそれほど気にすることでもないと思うわよ」

 

「その心は?」

 

「言った筈よ、教えてあげると……だから、失礼だとか不真面目だとか考えずに、受け入れれば良いの」

 

「お、おう……それで良いのだろうか」

 

「えぇ、何も問題はない。貴方は別に誰か気になる異性がいる訳でもなければ、私と交際することに躊躇する理由もない、違うかしら?」

 

「その通りだ」

 

「気持ちの問題が大切だと言うのならば心配はいらない、だって――」

 

 そこで一旦言葉を区切ってから、鈴音さんは恥ずかしさを隠すように深呼吸をしてから俺を指差す。いよいよ詰み手を指すかのように。

 

「私が教えてあげるもの」

 

「……」

 

 なんて男前な発言だろうか、もしかして鈴音さんはプレイボーイなのだろうか……いや、女性だけれども。

 

 いつものキリッとした顔はそのままに、とても力強い意思を宿した視線で見つめられるとこちらとしては何とも言えない気分になる。まるで師匠に見つめられているようにも思えてしまう。

 

「だから貴方は……私と交際するの、交際しなさい、交際すればいいんじゃないかしら……いえ、違うわね、こうじゃなくて」

 

 また言葉を区切ってから大きく深呼吸をすると、彼女は真っすぐ俺を見つけてこう言うのだった。

 

 

「私と交際してください」

 

 

 誰かにこんな言葉を伝えられる日が来るとは思わなかった、欲していながらもどこか遠い世界のように感じていたからなのかもしれない。

 

 あぁ、だけど、目の前にあるな。俺が一人前になれる道が。

 

 誰を恋しいと思えるようになれるんじゃないかと、鈴音さんを見ていると思うことができた。

 

 変に反発する必要もないのかな、池と篠原さんも素直になれたことで交際できたらしいから、参考にするべきなんだろう。

 

「うん、わかった、そう言って貰えてとても嬉しいよ……交際しようか」

 

「……ッ」

 

 そんな返答にピクッと体を反応させて緊張が解けていくのがわかった。

 

「でもいいのかい? 多分だけど俺は好奇心が先に来ているよ、もしかしたら傷つけてしまうかもしれない」

 

 鈴音さんのことは尊敬しているし仲間としても友人としても近しい位置にいるのは間違いない。こういった思いを伝えられて素直に嬉しい気持ちもある。

 

「今は好奇心で構わないわ」

 

「どうしてかな?」

 

 すると目の前のカッコいい少女は、唇を僅かに緩めて自信満々にこう言うのだった。

 

「惚れさせればいいだけの話だもの、貴方の好奇心を他の誰かに向けられる前に確保できたのだから、後はそれだけのこと……そう、それだけのことよ」

 

 言っている間に自分の発言に恥ずかしくなってきたのか、徐々に頬が赤くなっていくのがわかったけれど、とても可愛らしく思えるのだから不思議だ。

 

「なんだか、とてもナルシストな発言に思えるわね」

 

「いや、カッコいいとさえ思ったよ」

 

「つまり惚れたということかしら?」

 

 照れながらもどこか揶揄うかのようにそんなことを言ってくるので、俺はとうとう我慢できずに腹から込み上がて来る面白さを解き放った。

 

「クッ、アハハハッ、フッ、フフッ……そうなのかもしれないね、魅力的な人だと、改めてそう感じたのは間違いない」

 

 うん、そしてそんな人に好意を向けられる俺は、とても幸運なのかもしれない。

 

 笑い終わった後、拗ねたような顔の鈴音さんに手を伸ばす。そして掬い上げるように彼女の手を取った。

 

「もしかしたら失望させてしまうこともあるかもしれないし、恋心よりも好奇心が強いけれど、君に交際を申し込まれて嬉しかったのは間違いない」

 

 この人なら恋を教えてくれるんじゃないかと思う人はこれまでにも何人かいたけれど、ここまで踏み込んで来たのは鈴音さんが初めてである。

 

 だから新鮮でもあり、こそばゆくもあり、嬉しくもあった……うん、そう考えている時点で、きっと答えは決まっていたんだろう。

 

「とても自分勝手だけど、君となら良い関係が作れるんじゃないかな……そんな確信がある」

 

「……」

 

 手を繋ぎ合って無言のままの鈴音さんを見つめた。本当の意味で俺にここまで踏み込んで来たのは、本音を晒し合える関係になれたのは清隆と鈴音さんだけだった。

 

「だから、これから宜しくお願いします」

 

「えぇ、こちらこそ」

 

 繋ぎ合った手を引き寄せたのは果たしてどちらだっただろうか、よくわからない内に鈴音さんは更に一歩踏み込んで来て、自然と額をこちらに預けて来る姿勢になってしまう。

 

 こういう時、肩に手を置いて抱きしめれば良いのだろうか? 誰か恋愛の教科書を用意してくれ。

 

「少しだけこうさせて……ちょっと今は、貴方の顔を直視できない」

 

「耳まで真っ赤になっているよ」

 

「黙りなさい、指摘しなくていいのよ」

 

 抱きしめるのはちょっと勇気が必要だったので、俺の胸元に顔を引っ付けて表情を隠す彼女の後頭部に手を置いて髪を撫でていく。

 

「んッ……」

 

「痛くないかい?」

 

「大丈夫よ……悪い気はしないわ」

 

 少しだけそうやって過ごして、ようやく互いの顔を直視できるだけの準備が整ったのか、鈴音さんは一歩引いて体を話してしまう。

 

 名残惜しいと思わされている時点で、きっと決着はついているんだろうな。

 

「天武くん……その、私たちは恋人ということで良いのよね?」

 

「俺はそのつもりだけれど」

 

「……」

 

「どうしたのさ」

 

「不思議ね、ただ友人から言葉一つ変わっただけで、色々なことが変わるのだから」

 

「気恥ずかしさや、照れのようなものはあるね」

 

「えぇ、だけど……やっぱり悪い気はしないわよ」

 

「俺もだよ」

 

 最後に見つめ合い、共に笑い合った瞬間に実感とでも言うべきものを感じ取ることができた。恋人になったのだという実感だ。

 

 昨日までとは少し違う関係になったことで視野が広がったような気さをするのだから、もしかしたら浮かれているのかもしれない。

 

 しかしあれだな、今ならば正しくこの表現が適しているのかもしれない。

 

「では鈴音さん、これから俺とデートしていただけませんか?」

 

「……わかったわ、まぁ、恋人だものね」

 

 今度は否定されることはなかった。デートという表現を使うとその表現は止めろと言われてしまったけれど、今なら何の障りもない。

 

 恋人なんだ、デートすることをいちいち否定する必要なんてない。

 

「しかし意外だね、鈴音さんがこんなに大胆に交際を迫るだなんて」

 

「池くんと篠原さんにもしかしたら影響されたのかもしれないわね。後、知りたがりな貴方は別の相手とそういう関係になるのかもしれないと前々から危惧していたことも手伝ったんでしょうね」

 

 可愛いことを言ってくれる人である。

 

「でも、良かったわ、こうして一歩進めたのだから」

 

「俺も同じ気持ちではある」

 

 また微笑み合って俺たちは本棚の間にある通路から歩き出す。この狭い通路に入る前とま大きく変わった関係と一緒にだ。

 

 確かに不思議な感覚だな。心臓の動きがいつもと異なるんだから。

 

 

 でも、うん、これは心地いいな。

 

 

 

 

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