ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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これにて二章は終わり、小話を挟んでサバイバル編となります。


改めての自己紹介

 

 

 

 

 

 

 

 

 綾小路視点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ある男が学校に接触して来た、綾小路清隆を退学にさせろ、と……』

 

 

 

 

 

 どうやらオレが思い描いていた平凡な学校生活というのは、こんなにも簡単に吹き飛んでしまうものだったらしい。

 

 あの女の言い分では、協力しないと退学に追い込むとのことだったが、それが実際に可能であるかどうか判断できない以上、学生という身分の俺にできることなどない。

 

 やるべきことは一つ、いかに勝利するか、それを考えなければならなかった。

 

「少し話があるんだが、構わないか?」

 

 その上で最も必要となる存在に声をかける。毎日の日課で朝晩にランニングをしている笹凪を例の自動販売機前で待ち伏せていれば、すぐに姿を現す。

 

「綾小路……どうしたんだい? 少し雰囲気が変わったね」

 

「そうか?」

 

「あぁ、冷たく鋭くなった……苛立っているようにも思える」

 

 寮から出て来て、これからランニングをするであろう笹凪は、その全てを見透かすような不思議な瞳でこちらを観察している。

 

「苛立ってはいないが……」

 

「そうは見えないが……それで、何の話があるんだい?」

 

「あぁ、実は本格的にAクラスを目指さないといけない状況になってしまった。全力で」

 

「ん……意外だね、君は目立つことが嫌なシャイな男だと思ってたんだが」

 

 笹凪の中でオレはシャイな男子という扱いだったのか。

 

「その通りだ、あまり目立ちたくない」

 

「なるほど」

 

 笹凪は少し考え込むような仕草をしてから、付いて来いとばかりに歩き出す。

 

「少し歩こうか」

 

「わかった」

 

「本格的にAクラスを目指さなければならなくなったと言ったが、これまでは目指してなかったのかい?」

 

「そうだな、平凡な高校生活で満足していた」

 

「ふぅん、まぁこの学校は平凡とはだいぶかけ離れてるけど」

 

「そうだな」

 

 足を進めるのは寮から離れた位置にある桜並木の中であった。しっかり手入れされているので木々が体に引っかかるということもないのだが、視界は僅かに妨げられてしまう。

 

 それに夜という時間帯も手伝って、桜並木の中は随分と暗く感じられた。見渡す限り木々が広がっているので当然ではあるが。

 

 少し離れた位置で、以前に笹凪と堀北が話していた際に、オレが身を隠していた自動販売機の明かりが確認できた。

 

 

 

 

 気になることが一つ、ここに監視カメラはない。

 

 

 

 

「以前は桜で一杯だったけど、もう全部散ってしまったみたいだね」

 

「すぐに夏だからな」

 

「夏はバカンスがあるらしいから、楽しみだよ」

 

 そこで笹凪は着ていたジャージの上着を脱ぎ去って、桜の木の枝に引っ掛ける。

 

 同時に、偶に見せる迫力と引力のようなものが笹凪を中心に吹き荒れていく。

 

 オレだけでなく、桜並木で止まっていた鳥たちもそれを感じ取ったのだろう、羽ばたく音が無数に広がって夜の闇に消えていった。

 

「綾小路の言いたいことはわかるさ。要は俺を隠れ蓑にしたいってことだよね?」

 

「その通りだ」

 

「ん……悪くないと思うよ、俺もそういった戦力がクラス内に必要だと思ってたからね。正面戦闘は俺が引き受けて、背後から相手の心臓やアキレス腱を突き刺すような、そんな戦力がさ」

 

 そういった思考や考えに行きつけるからこそ、笹凪に声をかけたのだ。堀北も候補の一人ではあったが、笹凪がいる以上は価値が下がる。

 

 何より、ここ最近の堀北を観察していてわかったが、アイツは笹凪を信頼している。意思や感情の重きを傾けているので、笹凪を説得できればそのまま堀北も戦力として扱えるだろう。

 

「そうか、なら協力してくれるのか?」

 

「勿論だ。元から俺はAクラスを目指していた、意思や目標を共有できる人物を増やしたいとも思っていたからね、否とは言わないさ……ただ一つだけ、条件がある。いや、報酬かな?」

 

「報酬?」

 

 放たれる迫力と引力が増していく。背筋に氷柱を突き立てられた寒気を与えるような、冷たく鋭いものだ。

 

 これまで出会って、競い、オレを完全な存在へと引き上げる為に戦ったどんな者よりも、強く鋭い気配が膨れ上がっていく。

 

「そう、報酬だ……ここで俺と手合わせをしてくれないかな?」

 

「それはアレか? 勝ったら言うことを聞いてやるとか、そういう」

 

「いや、違うよ。俺が綾小路に協力することは確定している。言ったろ? 条件を突きつけてる訳じゃなくて、報酬だって」

 

「俺はお前と戦えるほど強くない、喧嘩だってしたことがないぞ」

 

「あぁ、誤魔化さなくてもいいよ、一目見ればその人がどれだけ強いかわかるからね。君の肉体は研ぎ澄まされている、それこそオリンピックメダリストのように……長い長い研鑽の先にしか作れない体だ。およそ無駄というものが一切ない」

 

「……」

 

 肌を切り裂くような迫力はそのままだ。

 

「この学校に入ってから俺が最初にしたことは何だと思う? それはね、俺より強い人がいるかどうかの確認なんだ……結論を言うと、一人もいなかった。一年にも二年にも三年にも、勿論教師にもだ」

 

 ただし、と笹凪はこちらを見つめて来る。

 

「綾小路、君だけは違った……俺から見ると、君は兎のフリをしているライオンに見えてたからね」

 

「……」

 

「だからこその報酬の要求さ……君と戦ってみたい、とてもシンプルな理由だ」

 

「意外に、戦闘狂なんだな」

 

「いけないかな? 競い、ぶつかり、高め合い、敗北を舐り、勝利を蓄積する、それら全てを研鑽に変えて楽しめと師匠が言っていたからね、なら楽しむさ」

 

 こいつはこれまで一体どんな人生を送ってきたんだろうか?

 

「勝っても負けても力になろう……だから綾小路の全力を見せてくれ。それとも、こういう言い方のほうが良いかな? 君が組むに値するのか証明してみせろって」

 

 これは、ごまかせないな。

 

「わかった」

 

 その返答にクスッと笑って見せる。肌を刺すような迫力はそのままに、しかし顔つきだけは子供のように無邪気なのだから質が悪い。

 

 

「それじゃあ始めようか……己の矜持に恥じぬ戦いにしよう」

 

 

 距離は五メートル、どう出るかしっかり観察していると、気が付けば笹凪の手は目の前にまで迫っており、何かを毟り取ろうとしているかのように指先が鼻に触れていた。

 

 躱せたのは実力半分、幸運半分だ。

 

 僅かに体幹を傾けたことで指先が鼻から頬に滑っていき、もみあげを掠めてしまった。

 

「あぁ、良い目をしているね」

 

「いきなりだな」

 

 返答はない、それよりも早く接近されたことで脇腹に膝蹴りをしてきたからだ。

 

 こちらも同じように膝を曲げて迎え撃つと、人間に蹴られたとは思えない程の衝撃が広がった。

 

 自動車にでも轢かれたような感覚だった、こいつの体は本当に何で出来ているんだろうか?

 

「ん、体幹も良い」

 

 吹き飛んだ体は背後にあった桜の木に受け止められる、だが間を置かずにまたもや不吉を孕んだ手がこちらに伸びて来る。

 

 固く握った拳ではなく、何かを毟り取るかのように曲げられた掌を回避すると、その凶悪な掌と指先は、そのままオレの背中を受け止めていた桜の木を毟り取ってしまった。

 

 固いはずの樹皮と芯を握り潰してしまう。

 

 そんなパンでも千切るかのような感覚で、樹木を抉りぬくのはどうかと思うぞ。人間が素手でやっていいことじゃない、桜の木は食いちぎられたかのような有様だ。

 

 次に笹凪は握っていた桜の木の一部をこちらに投げ飛ばしてくる。目くらましの礫となったそれに視線が吸い寄せられるが、それが狙いだったのだろう。

 

 残像でも残すかのような速度で肉薄する足先が、こちらの顎に迫っていた。

 

「おぉ、身軽だね」

 

 スニーカーの先端はオレに届くことはなかった、届くよりも早く飛びのいたからだ。

 

 再び距離が開く、約五メートル。この男の瞬発力を見る限り無にも等しい距離。

 

「戦い慣れてるじゃないか、やはり何か習っていたのかい?」

 

「書道とピアノくらいだ」

 

「そうか、どちらも俺にはあまり馴染みがない分野だな……いや、でも書道に関しては近しいものを師匠から習ったっけな」

 

 どこか昔を懐かしむかのようになった笹凪から、纏っていた迫力や引力が徐々に消えて行くのがわかった。

 

 どうやら、ここまでらしい。

 

「終わりか?」

 

「あぁ、五手も打って倒しきれなかったんだ……全て避けられてしまったのなら、俺の未熟を嘆くしかない」

 

 偶に、笹凪の価値観や考えがわからなくなる時があるな。

 

「見事だ、綾小路。君が積み重ねて来た研鑽と苦難に、賞賛を送ろう」

 

「ありがとう、と言った方が良いのか?」

 

「それで良いと思うよ」

 

 発せられる迫力や引力が完全に引いて消えて行ったことで、オレも警戒心を解く。

 

 頬に流れる冷や汗を拭って改めて目の前にいる笹凪を見つめると、彼は本当に無邪気に笑っていた。

 

「お眼鏡にかなったってことだな?」

 

「試していた訳じゃない、どんな結果になろうと俺は協力すると言ったじゃないか。これは条件ではなく報酬だよ。とても満足いく戦いになったさ」

 

「そうか」

 

「君のことも少しだけわかったしね」

 

「ただ攻撃を躱してただけだろ」

 

「いやいや、それだけで色んなことがわかる。君が積み上げて来た無数の研鑽が見て取れたよ」

 

 そういって桜の木に背中を預けて腰を下ろす。上機嫌な笑顔はそのままだ。

 

「訊いていいかな?」

 

「……何をだ?」

 

「君の過去について」

 

「……」

 

「言いたくないなら構わないよ」

 

 伝えるべきではないと思う、それが最善だしわざわざ弱みとなる部分を晒す必要も無い。

 

 ただ何故だろうな、笹凪が相手だと不思議と口が軽くなってしまう。

 

「知れば面倒事に巻き込まれるぞ」

 

「それはどの程度の面倒かな? さすがに随伴歩兵付きの戦車とかが突っ込んで来るとかならごめんだけど」

 

「いや、そんなことは絶対にありえないが……」

 

「それ以下の脅威ならどうにでもできるから、教えて欲しいな」

 

「どうしてだ?」

 

 すると笹凪はただ穏やかな表情でこう言うのだった。

 

「君と友達になりたい、からだね。とても単純な動機さ」

 

「……」

 

「俺はね、最初、君は目立つのが嫌なシャイな男だと思っていたんだ。それだけ高い能力があるのに前に出ないのは、恥ずかしがり屋だからって……でも、しばらく君を観察していてわかったのは、とても幼いってことだ」

 

「幼い?」

 

「そうだよ、見るもの触れるもの知るもの全てにおっかなびっくりで接していて。未知に戸惑っている感じだね」

 

 言われてみればそうなのかもしれない、少なくとも常に他者を観察して自分がどうあるべきか学習もしていたな。

 

「でもそれって、凄く当たり前のことで、高校生にもなれば誰だって経験するものだ。でも君はそうじゃなかった。未知に翻弄される幼い子供のようにも見えたね」

 

「だから幼い、か……」

 

「あぁ、そしてそんな君はとても興味深く映ったさ。この子は何を経験して、何を思い、どう成長して、何を成し、どう死んで逝くのか、知りたいと思う程に……ん、君をもっと理解したいと思ったんだ」

 

「……」

 

「あ~……下手に言葉をこねくり回すのは苦手だ。だからとてもシンプルに伝えるね……俺は君と友人になりたいんだよ。上辺だけじゃなく、本当の意味でね」

 

 友人、難しい考えだ。少なくともオレにとっては。

 

「だから君を知りたい、理解したい……うん、それが全てだ」

 

「お前は変わっているな」

 

「不思議なことにそう言われることが多い」

 

「だろうな」

 

 オレも笹凪が背中を預けている桜の木を背もたれにして腰を下ろすと、あの場所のことを掻い摘んで話すことに決めた。

 

 言うべきでないとはわかっているが、どうした訳か彼には伝えるべきだと思ってしまう。

 

 不思議な引力や包容力のなせる技だろうか? 弱みになると理解していながらも、それでも説明は続いていく。

 

 ホワイトルーム、人工的かつ後天的に教育で天才を作る場所、こうして言葉にしてみるとなかなか考えさせる場所だと思う。

 

「ふうん、ホワイトルームねぇ……なんていうか、漫画の中にありそうな場所だな」

 

「かなり荒唐無稽なことを言っている自覚はあるが……」

 

「信じるさ、疑っても仕方がないし」

 

「お前はどう思う?」

 

「う~ん、返答に困るなぁ……天才を作るっていうのもイマイチ想像できない」

 

 首を傾けて悩む様子に、それはそうだろうなと納得するしかない。

 

「そもそも天才っていうのは、百年先の未来が決めるものだと俺は思ってるから、人工的に作るっていうことに何とも言えないな」

 

「なるほど、それが笹凪が考える天才の定義なのか」

 

「持論だけどね、誰よりも頭が良ければ天才なのか、誰よりも身体能力に優れていれば天才なのか、そんな数値の良し悪しじゃなくて……未来の教科書に名前が載ってたらその人が天才なんだと俺は思うよ」

 

「それも一つの考え方なのかもしれないな」

 

 だとすると笹凪にとってはホワイトルームという場所は、かなりズレた天才の在り方に見えるのかもしれない。

 

 あそこの大人たちはとにかく数値というものを信奉して神のように考えている。百年先の未来の教科書だなんて曖昧な言葉は絶対に出てこないだろう。

 

「まぁ、そんな場所の意義や良し悪しをここで語ってもあまり意味はないかな……重要なのは綾小路がここにいるってことだ」

 

 笹凪は背中を預けていた桜の木から離れて歩き出す。そして少し進んだ所でこちらに振り返った。

 

「なぁ綾小路、改めて俺の友になってくれないかな?」

 

「おそらく、面倒なことになるぞ」

 

「かもしれないね、でも君の過去はあまり関係が無いし、そのホワイトルームって場所にもあまり興味がない……それらの話を聞いて俺が思ったのは、君をもっと知って理解したいってことだけだ」

 

「……」

 

「大丈夫だよ、不安になることなんて何もない」

 

 桜の木々の隙間から星が見える。月明りが差し込んで笹凪を照らしていた。

 

 不思議な引力と存在感を持つ笹凪がそこに立つと、どこか映画の1シーンのようにも思えてしまう。幻想的とさえ言っても良い。

 

「出会いに恵まれた俺は知っているんだ、そして経験もしてきた、人生を変えるほどの出会いに世の中は満ちているって……師匠に会った時と同じ感覚を今、感じている」

 

 そこで手を差し伸べられた。不思議な引力を持った掌を。

 

「困難を分け合おう、目標を語り合おう、好みの女性を話したり、くだらないことで笑ったり、時に喧嘩したり、そうすれば俺たちは分かち難い友になれると思う……今はわからなくても良い、でもきっと、死ぬ時にこの出会いを思い出すんだって確信が俺にはある、君はどうだい?」

 

 視線は差し伸べられた掌に吸い寄せられる、そしてオレの掌もまた同様だ。

 

「改めて自己紹介を、俺は笹凪天武です」

 

「綾小路清隆だ」

 

「名前で呼んでも構わないかい?」

 

「あぁ、こっちも名前で呼ぶぞ?」

 

「勿論だよ、清隆」

 

「これから宜しく頼む、天武」

 

 

 オレには友情というものがわからない、いや、わからなかった。

 

 ただ、少しだけ理解できたのかもしれない。

 

 そして同時にこう思う――――オレにはまだ、成長の余地があるのだと。

 

 

 

 

 

 

 

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