「いらっしゃいませ~。メイド喫茶Maimaiで~す!!」
清隆に案内されて辿り着いた特別練の空き教室、その扉を開いた瞬間に佐藤さんと松下さん、そして軽井沢さんと王さんが華やかな衣装に身を包んで俺と鈴音さんを出迎えてくれた。
これが彼女たちと清隆のプレゼンか、書類で渡されるよりも説得力とインパクトがあるのは間違いない。
「ご注文は何に致しますか? ご主人様、お嬢様」
「ちょっと待って。注文の前に聞いてもいいかしら」
「え? 何?」
「これ、用意するだけでも結構なお金がかかったんじゃない?」
確かに鈴音さんの懸念の通り、とても凝ったメイド服なのでそれなりに高額だった筈だ。レンタルしたのか自作したのかわからないけれど、かなりの出費があったのではなかろうか。
軽井沢さんと佐藤さんは清隆へと視線を向けた。
「準備期間は約四日。費用はそこまでかかっていない。全部で1万3200ポイント。ここにいる者で割り勘しているから負担も少ない……衣装はレンタルで教室の装飾に少しといった所だ」
なるほど、凝った衣装だから高いんじゃないかと思っていたけど、予算の都合をしっかりと考えているらしい。
色々と話し合った結果、クラスの女子たちはメイド喫茶で行こうという話になり、男子の意見として清隆を巻き込んだ訳か。
「なるほどね……インパクトとしては完璧だったわ。これまで見てきたどの企画よりもわかりやすくて印象的だった。綾小路くん、予算案を見せて頂戴」
「これだ」
流石清隆と言うべきなのか、しっかりとした企画書を既に用意しており、それを鈴音さんに渡して来た。
俺も鈴音さんの肩越しに企画書を眺めてみるが、あらゆる方面に隙がなくお手本のような企画書であると思えてしまう。
「うん? 衣装のレンタル項目なんだけど、どうしてメイド服が20着以上あるんだい? 予備とかかな?」
「あぁそれね……それはほら、あれだよ」
気になった部分をどうしてかと問いかけてみると、軽井沢さんが言葉を濁して視線を逸らす。
軽井沢さんだけでなく、佐藤さんや松下さん、そして王さんだってそれは同じだ。どこか悪ふざけが過ぎた自覚があるかのような反応である。最初は盛り上がったけど最終的には冷静になり、しかし今更引き返せないと思い知ったかのようであった。
うん、なんでこんな変な雰囲気になっているんだろうか?
「それはお前の分だ」
「うん?」
「よし、天武、これがお前の衣装だ。かつらは複数用意しているが、好きな物を選んでくれ」
「……え?」
そんなことを言いながら清隆は教室の奥に設置されていた衣装箱の中からロングスカートかつフリル満載のメイド服を取り出して俺に預けて来る。
「メイド服には髪色との調和も重要とのことだから、色々と用意してある。個人的には金髪がおススメだ」
「君は一体何を言っているんだ」
「黒髪の方が好みだったか? 安心しろ、そちらも用意してある」
おかしいな、清隆と会話が成立しない。
「あはは、ごめんね笹凪くん。なんか私たちも悪ふざけに乗っちゃってさ」
申し訳なさそうに軽井沢さんがそう言って来るのだけれど、そんな彼女も隠し切れない好奇心が見え隠れしているのが酷いと思う。
「いや、でもさ、何か似合いそうって言ったら確かにって思っちゃったし。ね、佐藤さん?」
悪いのは自分だけではないと言いたいのか佐藤さんや松下さんも巻き込み始める。
「最初に綾小路くんに言われた時はまさかそんなって思ったけど」
「笹凪くんなら行けそうだなって」
佐藤さんの言葉を松下さんが引き継いでそう言い放つ。なんてこった、味方がどこにもいない……いや、クラスの良心枠である王さんならば――。
「に、似合うと思います」
清隆、お前、王さんに何をしたんだ? 彼女はこんなことをするような人じゃなかった筈だ。
ま、拙いぞ、俺の味方がどこにもいない。そもそもプレゼンを見に来た筈だというのに何故か孤立無援の状態になってしまっている。
だが完全に焦る必要はなかった。俺には恋人である鈴音さんがいるからだ。彼女ならば俺を助けてくれる筈――そう思って振り返り鈴音さんに助けを乞おうとするのだが、そこには清隆に何やら耳打ちされて考え込む姿が待っていた。
何を伝えているのかはわからない、しかし清隆に何やら囁かれた鈴音さんは、瞼を閉じて何やら考え込んでおり、幾度かコクコクと頷いているのが確認できてしまう。
「一考の価値はあるわね」
「なん、だと……清隆ッ、貴様何をッ!!」
この最悪の状況に追い込んだ元凶、ホワイトルームの最高傑作はニヤリと唇を歪めてラスボスみたいな顔になる。
「全ては勝利の為だ」
「す、鈴音さん!! 騙されちゃダメだ、そいつは俺を罠に嵌めようとしている!!」
「言った筈だぞ天武、出し惜しみはしないと」
こんな全力の出し方するなんて予想できるか……。
「落ち着こう、良いかい? 男がメイド服なんて来ても何の需要も無いんだよ。笑えないくらいつまらない空気になるだけだからさ」
「確かにそういった状況になることもありえるでしょうね……だけど、せっかく予備の服があるのだから試しにやってみて、駄目なら駄目で構わないのよ。だけど力があるのにそれを使わないのは愚か者のすることだそうよ、綾小路くん曰くね」
どうして鈴音さんは俺を追い込もうとするのだろうか、そもそも恋人が女装してメイド服を着てるとか普通は嫌な気分になると思うんだけど。
右を見ると軽井沢さんと佐藤さんがどんなかつらが似合うのかキャイキャイと騒ぎながら準備を進めている。
左を見ると松下さんと王さんがメイド服を持ってフリルやスカートの丈を何やら調べている。
後ろを見てみると清隆が着替えるスペースを確保しており、他所から見えないように段ボールで壁を作っているのが見えてしまう。
そして最後に正面、恋人の鈴音さんは腕を組んだ状態でいつも通りキリッとした表情を見せるのだけれど、その瞳には他の者たちと同様に隠し切れない好奇心が見え隠れしているのがわかった。
えぇ……俺たち恋人なんだよね? 普通彼氏の女装とか見たいと思うものなのかな。
だが逃げ場がどこにもない、俺は迫るメイド服とかつらから逃げることはできなかった。
清隆が作った段ボールの壁に押し込まれてそこで着替えさせられることになる。
恐ろしいことに以前にメイド服を着させられたあの頭のおかしいミッションの準備段階で女性らしい雰囲気や声を訓練で出せるようになっていたことに加えて、着付けや化粧に迷うことが無いのが何よりも恐ろしかった。
一度覚えたことは二度と忘れないように師匠から改造されたので、メイド服を着て化粧を施す手つきの何と自然なことか。
リップを唇に塗って鏡で色合いを調整している自分を見て、首を吊りたくなったのはとても自然な反応だと思う。どうして俺は学校でメイド服を着て化粧をしているんだ。それもこれもホワイトルームが悪い、潰さないとダメだな。
かつらは……とりあえず黒髪の奴で良いか、師匠っぽいので。
以前にメイド服を着てマフィアやらテロリストやらとドンパチした時も、潜入を容易にする為に女らしさを出せるように師匠を参考にしたものである。
もう二度と役に立つことはないと思っていたのに、人生とはわからないものだ。
黒色のかつらを被って化粧は最低限、少し喉を鳴らして声を整えて、姿勢と佇まいを正す。
集中力を高めていくとそれが一定ラインを超えた瞬間に視界の中で火花が弾けるような感覚になり、俺は師匠モードへと移行するのだった。
このモードになると人格が切り替わるような感覚があるので、別の人間になる時に便利でもある。実際にそんなことは無いんだろうけど、一種の自己暗示みたいなものなんだろう。
今回はそれをちょっと弄って女性側の人格を作る……というより持てる全ての能力を使って女性を「演じる」と言うべきだろうか。俺が積み重ねた努力や経験の全てを何でそんなことに使わなきゃならないんだとツッコミを入れたいけれど、残念なことに味方はいない。
やっぱりホワイトルームは潰そう、八つ当たりでしかないけど、なんとなくそう思うのだった。
何であれ逃げ場がないのならば堂々と正面突破で場を収めるしかない。なので俺は持てる全てで女性を演じるしかないだろう。
「天子ちゃ~ん、準備はできた?」
軽井沢さんの面白くて仕方がないという感情が宿った声が段ボールの向こう側から届く……誰が天子ちゃんだ。
いや、ダメだな、やる以上は徹底しないと……俺は女性、私はメイド――よし、いけるね。
「お待たせしましたお嬢様」
声色は少し高く師匠を意識して、雰囲気や佇まいは柔らかな女性を演じる、とびっきりの嘘つきこそが最高に美しいと言えるのだから中途半端な嘘や演技はいらない。
やるのならば徹底、それが笹凪流の武人だ。
「「……」」
大きな反応は残念なことになく、ちゃかしていた軽井沢さんも、興味津々だった佐藤さんや松下さんも、そして良心だと信じていた王さんも、親友の清隆も恋人の鈴音さんも、全員が無言である。
そのまま無言の時間が暫く続いて、最終的に一番最初に反応を示したのは佐藤さんであった。
「かはッ!?」
何故か彼女は強烈なボディブローを受けたかのような反応を見せて、その場に膝から崩れるように倒れてしまう。慌てて両隣にいた松下さんと軽井沢さんが支えるのだけれど、この二人も顔色が悪い。
「ま、負けた? 男子に、負けた?」
うなされるようにそう呟く佐藤さんであるが、そんな彼女の背中を軽井沢さんと松下さんは撫でている。
「やってくれたね天子さん」
「落ち着いてください松下さん、どうして私が悪いみたいになっているんですか?」
「声や口調まで女子になってる……いや~、これは、え~、悪ふざけだったのにとんだ怪物が生まれちゃったよ。王さんもそう思うでしょ?」
「す、凄いです、完璧です……これはもう事件ですよッ」
王さんは戦慄すると言うよりはとても興奮した様子である。普段はとても大人しい子なんだけど今だけは鼻息を荒くしていた。
「ヤバッ……あ~ヤバ、ヤバいとしか言えないや」
軽井沢さんは軽井沢さんで、佐藤さんの背中を撫でながら語彙が消滅してしまっている。
なかなかにカオスな状況だな。どうにかしろと清隆に視線を向けると全ての元凶である彼はいつもの無表情を消して良い笑顔を作りこちらにサムズアップをしていた。
「完璧だ、お前がナンバーワンだ」
君ってそんなキャラだったっけ? なんで俺が育てたみたいな顔しているんだ? アイドルのプロデューサーじゃないんだからさ。
最後の希望とばかりに真面目で冷静な鈴音さんに視線を向けると、彼女は腕を組んだ状態でそれはもう真剣にこちらを観察してくる。その瞳には一切の妥協がなく一欠片の憂いもない。
否定してくれ、男がメイド姿になっても何の需要もない。いつものように冷静に「こんな馬鹿な企画を通す訳ないでしょう」と言ってくれる筈だ。
そう、鈴音さんなら女装メイドなんて言うふざけた存在を否定してくれる、間違いなくね。
「……」
彼女は俺に近づいて来て足から頭までじっくりと眺める。ただ正面からだけでなく、側面や背後に移動してもの凄く注意深く観察してくるのだった。
何か言って欲しい、こっちは地を這うような気分になっているんだけど。
「綾小路くん」
「なんだ?」
「この企画、悪くないわ。まだ本決まりではないけれど、一先ずはこれで進めて行きましょう」
「どうしてそうなるんだッ!?」
俺は……じゃなくて私は盛大に叫んだ、信じていたのに!! こら清隆、女子たちとハイタッチするんじゃない、ちょっとは申し訳ないと思え。
「私たちのクラスでこれ以上のインパクトを与えられる企画が出ないと思ったからよ」
「ま、待ってください鈴音さん、これは非道です、仲間の危機なんですよ」
「覚悟を決めなさい天子さん、勝利とはあらゆる努力と手段を行使した先に掴めるものなのよ」
「天子さんって呼ぶの止めてッ!?」
「落ち着きなさい。大丈夫よ、何も問題はない……その、とても可愛らしいわよ」
こちらをずっと見つめる怜悧な表情が少しだけ赤くなる。恥ずかしく感じているのは私の方なんですけど。
「でも、意外ね、まさかここまで似合うだなんて……生命の神秘を感じるわ」
「ごめん意味がわからない」
頭を抱えたい気分になった私を真っすぐ見つめる鈴音さんは、コクコクと何度も頷いて満足そうな顔をしている。そしておもむろに手を伸ばして装着しているかつらに触れるのだった。
そのまま慣れた手つきで側頭部にある髪を緩やかに編み込んでいく。最後に懐から取り出したリボンで纏めると、もの凄く照れた表情でこう言ってくる。
「ほ、ほら……これで、お揃いね」
確かに鈴音さんの髪型と似ているけれども……え、こんな形で私たちはペアルック経験するの?
照れた感じで指先がもみあげ付近にある特徴的な三つ編みを撫でる様子はどこか嬉しそうであり、恥ずかしさで赤く染まった頬と上目遣いの瞳はとても可愛らしい。
そして俺、じゃなくて私としては、そんな表情を見せられると白旗を上げることしかできない。悔しいことに彼女が喜んでいるとそれだけで何も言えなくなってしまう。
ここに完全敗北が成立することになり、二年Bクラスは文化祭でメイド喫茶を開くことが事実上確定することになるのだった。
師匠曰く、勝負には全力を尽くせとのこと。