体育祭も後二週間ほどとなった九月の中頃、今日も放課後になれば準備に奔走することになるだろうなと考えながら朝のホームルームを待つ。
朝に教室に入ればクラスメイトたちに挨拶して、色々と話して笑い合い、自分の席に着けば清隆と色々相談して、鈴音さんとも主に生徒会のことで話し合う。
いつもの朝である。体育祭は退学の心配もないので安心でもあるし、文化祭もそれは同様なので気が楽でもあった。やはり退学がかかった特別試験になるとどうじても緊張感が生まれるものだけど近くに迫ったイベントはそうではないので本当に安心である。
個人的な思惑と言うか、目標としてはあまり退学者も出したくはない。生徒たちを守りたいという思いも勿論あるのだが、どちらかと言うと自己満足による部分が多い。
この学校は実力を証明しろと言って来る。そして生徒たちはAクラスで卒業することで実力を証明する。
ならば同級生全てをAクラスで卒業させるのが、一番の実力の証明なのではと俺は思う訳だ。最高にカッコいい勝ち方はそれだと思っているので、やはり自己満足でしかないな。
出来るだろうか? この学校の制度ではほぼ不可能なんだろうけど、まぁやれる所までやるしかなかった。
正義の味方になる手始めとして、とりあえずはそこを目標にしているのだ。
学校がそれを許すのかという不安もあるのだけれど、あっちが折れるまで頑張るしかいんだろう。
そんなことを考えていると茶柱先生が教室に入って来る。その横顔を見た瞬間に「あぁまたか」と思ってしまう辺り、俺もこの学園のことがよくわかってきたと言うことだ。
「十月の体育祭を前に、お前たちには新たな特別試験に挑んでもらう」
教壇に立って茶柱先生がそう言うと、クラスメイトたちには緊張と動揺が広がった。
「へッ、来るなら来いよ、体育祭で無双する前に軽く乗り越えてやろうじゃねえか」
だが俺たちも既に二年生、ただ怯えるだけでなく特別試験と聞いてやる気を漲らせる者もいる。須藤などがその筆頭である。
「調子に乗らない」
「はい」
そして鈴音さんに嗜められるのもお約束のやり取りとなっているのかもしれない。
ただ須藤だけでなく他のクラスメイトも怯えよりも緊張と集中の方が高いので、良い傾向なのだと思う。一年の最初の頃を考えればずっと。
「素直に認めてしまえば、例年であればこの時期に特別試験が行われるケースは少ない。事実、一年生や三年生たちに特別試験が実施されることはないからな」
「つまり私たち二年生だけが体育祭前に特別試験をするってこと?」
佐藤さんがどうしてそんなことをするんだと言いたそうな顔になる。確かに不公平感は否めない。ちょっと嫌な気もしてきたな、この学校の性格の悪い所が出て来そうな予感がある。
生徒をいかに篩にかけるのかに全力を尽くす学校なので、本当に嫌な予感しかしない。
「お前たち二年生が優秀だからこそ学校側も相応の評価をしているということだ。なにせここまで退学者が出ていないことは学校の歴史でも初めてのことだからな」
退学者が出ていないのなら素直に喜んで欲しい、それが教育機関のあるべき姿だと俺は思う。
月城さんもやりたい放題する頭がだいぶおかしい人だったけど、坂柳理事長も実は大差ないよね。とても失礼なことを考えていると自覚もあるのだけれど、そうと思うしかない。
「これから挑んで貰うのは満場一致試験。内容は非常にシンプル、わかりやすく言えばクラスの意思を一つにすることだけだ。複数の選択肢の中からな。明日に始まることになる」
「随分と早急ですね」
俺のそんな質問に茶柱先生はこう返す。
「今言ったが、とてもシンプルな試験だ。テストで点数を取る訳でもなければ運動能力が求められている訳でもない。紙も鉛筆も必要ないので準備期間も不要だ」
「つまり今回の試験は他クラスと戦うようなものではないということですか?」
「その通り、このクラスだけで完結する。他のクラスと優劣を競うようなものでもない。試験が始まるとお前たちには五つの課題を出題させてもらう。そして全クラスが共通しているのでそこで差別化されることもない……一つ例題を出そうか」
そこで茶柱先生は教室の前にある大型モニターと自分の端末を同期させてこんな問題を作る。
例題 クラスポイントを5失うがクラスメイト全員が1万プライベートポイントを得る。
そんな内容の問題を見て俺は色々とこの先の展開を考える。集中力を高めたことで自然と師匠モードになっており、周囲の席のクラスメイトがビクッと反応したのがわかった。
満場一致試験か、ただクラスの意識を一致させるだけならそこまで難しいことではないけれど、それだけわざわざ特別試験なんて銘打たない。
つまり生徒を揺さぶるだけの展開を用意していると見るべきだろう。強制二択を押し付けて来ていると言っても良い。
「あくまで例題ではあるが、この問題に対して完全な匿名で40名が提示された選択肢を選び投票することになる。百聞は一見に如かず、実際にやってみようか。タブレット端末を出してみろ」
指示されたことでクラスメイトたちはそれぞれ机の上にタブレット端末を置いた。
そしてそれぞれが思う形で投票していくことになる。ただの例題なのでそこまで緊張することもなく、まずは試しにといった雰囲気であった。
第一回投票結果 賛成3票 反対37票
これが投票の結果だ。まぁ何の相談もしていないので意見は割れるだろう。当たり前のことだった。
それぞれ言い分はあるだろうが、これはこれで良い。
「各々思う所はあるだろうが満場一致ではないので、この場合はやり直しとなりもう一度投票となる。本来ならば次の投票までにインターバルを挟んで、その間に相談や意見交換をする時間があるが今回は省略とする。再び投票を開始するように」
そしてまたクラスメイトたちは投票していく。当然ながらまた意見は分かれることになった。賛成も反対も変化はない。
「二回目の投票結果も大きく変わらなかったな。この場合はインターバルを儲けて意見交換をすることになる。こうやってインターバルと投票を繰り返しながら最終的には意見を一致させることが目的だ。もう一つ例題を出そうか」
今度の例題はもっと極端なものであった。クラスの一人に100万プライベートポイントを与えると言うものであり、この投票に関しては全員が反対意見で一致することになる。
流石に一人だけが貰うとなると不公平感が強いと誰もが思うのだろう。何か大きな特別試験で目立った功績を上げた訳でもなく只の投票だけでとなると意見は反対に傾くことになった。
だがこれで意見は一致したことになる、つまりは課題を突破したということだ。
「意見が一致したな。これでこの課題は突破となり次の課題も同じように意見を合せることになる。この繰り返しを続けて全ての課題で満場一致にすれば試験が終わることになる」
「思っていたよりも複雑で意地悪な試験であることはわかりました。けれどここまでは利益の話しかしていません。リスクの話を聞かせてください」
「そうだな、笹凪の言う通りこの試験では相応のリスクも存在している。もし意見が一致しないまま五時間が過ぎればその時点でクラスポイントがマイナス300となる」
茶柱先生の説明にクラスがざわめく。大きすぎるペナルティーなので自然なことでもある。
ただ俺が気になったのは五時間という制限時間だ。わざわざそんな時間を用意するくらいなのだから学校側はそれだけ生徒が迷うことを想定しているということである。
つまり、またもや生徒を篩にかけようと言う訳だ。
ただ話し合って意見を一致させる? それだけ聞けば簡単なように思えるけど俺たちは軍隊でも宇宙飛行士でもない何の訓練もしていない高校生である。40人いればどうしたって意見は割れるだろう。
もし意見が割れてそれが長引く場合のことを考え……いや違うな、重要なのはそこではない、どんな状況になろうと封殺できる用意をすれば良いだけの話だ。
俺にとってこの試験はどう意見を一致させるかじゃない、どれだけの想定を思い描いてその全ての展開でゴールに繋げることである。師匠モードの俺はそんな結論を出している。
だいたいこの先の展開も読める。なので最終確認として茶柱先生にこんな質問をするのだった。
「先生、例えばなんですけど、俺や六助や清隆が持っているプロテクトポイントなどはどうなるんでしょうか? もし課題の中にそれらの権利を売るか否かというものがあり、実際にポイントに変換できたりしますか?」
「教師側も全ての課題を把握している訳ではないが、おそらくそのような課題は出て来ない。というのも、今回の試験に関してはプロテクトポイントは一時的に無効となるからだ。不公平感を無くす為にな」
茶柱先生は言葉を上手く使って誤魔化しているが多くのヒントが込められた発言である。特にプロテクトポイントが無効となると言った時点で要は「退学者が出る可能性があるから気を付けろ」と言っているようなものだ。
そういう試験であるとわかっただけでも十分である。
後は考えよう……この試験はどれだけ素早く意見を一致させるかじゃない。どれだけ未来を想定できてどれだけ準備できるかの試験であると俺は判断するのだった。
面白いじゃないか、俺は俺の実力を証明する為に全てを引きずり回すと決めている。学校側の方針なんて知ったことではない。
頑張るとしよう、俺にできるのはいつだってそれだけなのだから。
満場一致試験が行われることが発表された日の放課後、生徒会での仕事も終えて寮に帰宅したのだが、部屋の中には俺だけでなくお客さんでもある鈴音さんがいた。
夏休みに関係が進展してからというものの一緒にいる時間が増えたと思う。こうして部屋に彼女が上がるのも珍しいことではない。
お茶を飲んだりちょっと愚痴ったりしながら、主に勉強だったり相談だったりをしながら同じ時間を共有する。恋人らしい過ごし方と言えるのかもしれない。
「天武くん、貴方は今回の試験をどう思ったかしら?」
「満場一致試験か……説明以上に複雑で意地悪な試験だと思ったかな。敢えてクラスを仲違いさせるような展開を作りそうだなって」
「そうね、ただ意見を一致させるだけなら特別試験だなんて言わないもの、必ず達成が難しい状況を用意する筈よ」
だから意地悪な試験だと思う。鈴音さんも同意見のようだ。
部屋の中にあるクッションに腰を下ろす彼女に、台所から出て来て紅茶の入ったカップを渡して俺も腰を下ろした。
因みにこのクッションだが彼女が自分の部屋から持ってきたものである。この部屋にはそんな洒落た物はなく、安物のカーペットが敷かれているだけなのが不評であったらしい。
ついでだから俺の分のクッションも購入している。人をダメにするちょっと大きめの奴だ。実際にここに腰を下ろしてのんびりしていると自然と瞼が重くなってくるので確かに人をダメにする効果があるのだろう。
今日は特別試験のこともあって一緒に勉強と言った雰囲気ではない。昨晩に作ったカレーを温め直して食事でもしようかな。
鍋が温まるまでの間、紅茶を飲んでいると、会話は自然と今朝に告知された特別試験が中心になっていく。
「どんなことが考えられるかな?」
「茶柱先生が例題で出していたけれど、特定の生徒が利益を得るというのはわかりやすい展開だと思うわ。ただあそこまで露骨にはやらないでしょうけど、それでも議論は避けられない」
「そうだね、もしかしたら一部の生徒にプロテクトポイントを与えるみたいな課題があってもおかしくはない。けれどもう一つの選択肢としてクラスメイト全員に5万プライベートポイントを与えるとか」
その場合、どっちが得なのだろうか? 当然ながら考え方は人それぞれなので意見は割れることになるだろう。
「後はそうだな、今回の試験に限りプライベートポイントをクラスポイントに変換できる。ただしレートは低い、とかどうだろうか?」
「それは……」
鈴音さんは実際にその状況になった時を想像して考え込む。難しい判断だろうな。
「意見は割れるでしょうね。クラスポイントを少しでも稼いでおきたい生徒、プライベートポイントを保持したい生徒、意見が一致するとは思えないもの」
「うん、こんな風に明日出される課題によってはとても長い時間がかかってもおかしくはない。学校側は敢えて五時間もの時間制限を設けているんだ、つまり状況次第ではその時間の全てを使ってでも議論が長引く可能性があることを示唆している」
「ただ意見を一致させるだけの試験だけれど、思っていた以上に複雑になりそうね」
「逆に言えば、皆を納得させられるならすんなり突破もできるんだろうさ」
そう簡単にいかないから特別試験なんだろうけどね。
「鈴音さんはクラスの意見を一致させるように動けばいいと思うよ」
「貴方はどうするつもりなの?」
「俺は俺で動くつもりだ。ただどちらかと言えばどう意見を一致させるかじゃなくて、どれだけ準備するかだけれどね」
「あまり無茶はしないようにしなさい。他所のクラスまで面倒を見る必要はないのだし、たとえ誰かが退学になったのだとしても、それは貴方の責任ではないのよ」
「心配してくれているのかい?」
「当たり前のことを言わさないで」
少し嬉しい気持ちになったので、俺は隣に座っている鈴音さんの肩を引いた。
「ぁ……ちょっと……何をするのよ」
「ん、心配されて嬉しかったのと、無人島でのお返しかな」
そして引き寄せた彼女の頭を足の上に乗せた。膝枕の形である。
「結構恥ずかしいだろう? 無人島では俺も凄く恥ずかしかった」
「……そうね、これから先はもう少し時と場所を選ぶことにするわ」
時と場所さえ良ければやるつもりなのか、恐ろしい人であった。
足の上に頭を置いて横たわる鈴音さんは俺と視線が合うことが恥ずかしくなったのかそっぽを向いてしまう。
「髪、撫でても良いかな?」
「……す、好きにすればいいじゃない」
「それじゃあ遠慮なく」
太ももの上にある鈴音さんの側頭部に触れる、艶やかな髪の感触が指先に伝わって来て心地良かった。
「んッ……少しくすぐったいわね」
「嫌かな?」
「そうは言っていないわよ」
では遠慮なく撫でるとしよう。
「柳の如くで良いと思うよ」
「何を言っているのかしら」
「緊張し過ぎてもダメだし、何も考えずにいてもダメだ。どちらに傾いても良い結果にはならない。君は君らしくいつも通り試験を突破することを考えればいい」
責任感が強い人なので特別試験の度に緊張しているのはわかっている。他のクラスメイトもそうだけれど、彼女は特にそれが顕著だ。
こうして誰かに寄り掛かれることを知った人なのでそこまで心配もいらないが、それでも注意はしておきたい。
「不安に思ったり、抱え込み過ぎる前に、こうして俺に頼ってくれ。悩みくらいは聞くし、背中や足を預けることくらいはお安い御用だ」
「えぇ、わかってる。そうするつもりよ」
「そうか、なら良かった」
「そもそも、その言葉は私から貴方に伝えておきたいものだけれどね」
「大丈夫、伝わっているから。こうして君に触れていると穏やかな気持ちになる、不思議なことにね」
明日も頑張ろうという気持ちになるのだから本当に不思議な話であった。
暫くこうしていると台所の方から香ばしい匂いが漂ってくることになる。どうやらカレーが煮えて来たらしい。少し名残惜しくもあるがそろそろ離れておこう。
その日は共に夕食を楽しみ、午後八時になる前に鈴音さんは自室へと帰ることになる。一人になった俺はすぐさまスマホを取り出して明日の特別試験に向けて色々と準備や情報収集を行うことになる。
とりあえず他のクラスがこの試験をどう受け止めているかだな。龍園や坂柳さん、そして帆波さん辺りとも連絡を取って確認するとしよう。準備期間など殆どないがやるしかない。
学校側の方針に付き合うなんてまっぴらごめんだ。俺は俺の実力を証明する為に、一から百まで勝手気ままに行動するだけである。
この試験で退学者が出ないと学校側はどう思うんだろうな。いよいよ匙を投げるかもしれないけど、そうであることを願うばかりだった。
ある程度の展開は想像できるし、計算もできる。なのでしっかりと対処していくとしよう。他ならない俺の目標の為にも。
まずは相談だな、そんな訳で最初に龍園と連絡を取り合うのだった。次は坂柳さんで、一番不安の少ない帆波さんは最後で良いだろう。
明日が少し不安で、ほんの僅かにだが面白くもあった。
どれだけの人間を蹴落としたかではなく、どれだけの人間を救ったかが俺の考える実力の証明である。今回もそれは変わらないということである。