櫛田桔梗視点
満場一致試験が開始されることになる日、私はいつもよりずっと早い時間に学校へ来ていた。昨日の夜に目下最大の目障り要員となっている八神くんから呼び出しがあったからだ。
上級生をこんな朝早くに呼びつけるとは何様だと思うんだけど、過去を脅しの材料にされている以上は逆らえない。
いつか後悔させてやると固く誓いながらも私は朝早くに屋上の扉を開く。するとそこには松葉杖を突いて体を支えるボロボロの姿の八神くんが既に待っていた。
相変わらず無邪気な笑顔を浮かべているけれど、ゴリラにちょっかいを出そうとしているただの自殺志願者だと思えば哀れに思えて多少は溜飲も下がるね。
そう、焦る必要も無ければ脅威に感じる必要も無い、こいつはゴリラと戦って回りくどい自殺をするだけのただの馬鹿なんだって思うことにするよ。
今だけそうやって笑っていればいい、手の込んだ自殺をしたいだけの相手なんだから真面目に付き合う必要もないよね。
「おはようございます櫛田先輩」
「おはよう……それでこんな朝早くに屋上に呼び出して何の用なのかな?」
「いえ、なに、二年生だけ特別試験が挟まれることになると聞きましたので、何でも満場一致試験だとかなんとか。聞いた話によるとクラスの意見を一致させる物だそうですね」
二年生で行われることになった特別試験の噂は他の学年にも広がっているのかな、それ自体は別におかしなことでもないけど、わざわざこうして呼び出したということは口を挟むつもりなんだろう。
本当に生意気な一年生だ、さっさとゴリラに殴り飛ばされればいいんじゃないかな。
「なかなか面白い試験だと思いますよ」
「まるでこの先何が起こるのかわかってるみたいな言い方だね」
「わかりますよ、少し頭を使えばね。わざわざ意見を一致させるだけのことを特別試験なんて銘打つくらいなんです、必ず生徒を揺さぶってくるでしょう……つまりこれは櫛田先輩にとっても好機であるんですよ」
「私にね……どちらかと言えば八神くんにとって、じゃないかな?」
「さぁ、それはどうでしょう」
とても余裕タップリな微笑を見せてくるけど、八神くんは今の自分の状態を確認してから強がって欲しい。そんなに体中ボロボロでギプスだらけなのでどれだけ強者ぶっても哀れにしか思えないよ?
「櫛田先輩は堀北鈴音と綾小路清隆、そして笹凪天武を潰したい、そうですよね?」
「うん、そうだよ」
そして笹凪くんがいる以上はそれが不可能だと理解している。
何より誤解がある。今、一番潰したいのは君だよ。過去をネタにしてここまでハッキリと脅して来た相手は八神くんだけなんだしさ。
「ならば十分に今回の試験でそれが可能だと思いますよ。貴女が上手く立ち回ればね。とりあえずは堀北鈴音を試験のリーダーにしてください」
「わざわざ誘導しなくてもそうなってるよ」
「なら何も問題はありませんね、後は櫛田先輩次第だ」
君が思いついて考えるようなことを、他の人が同じように考えないと彼は思わないのだろうか? 特に天武くんはゴリラ全開だけど思考力はしっかりとあるのに。
前から思ってたことだけど、八神くんはどこか自分以外の生徒を未熟で愚かな存在として見ているように思える。
自分は特別だと、意識しているのか無意識なのかは知らないけれど。心のどこかではそんな認識があるのかな、英才教育を受けた人はそういう側面を持つとは聞いたことあるけど彼もそうなのかもしれない。
今も私を見つめる瞳は言葉よりも雄弁に「貴女と僕は違う」と説明していた。きっと彼にとって私はただの駒なんだろう。
本当に苛立たせるのが得意な子だなぁ、天武くんにさっさとぶん殴られて欲しい。それで現実を思い知ってくれるだろうしね。
「いいですか櫛田先輩、貴女は自分で思っている以上に窮地に立たされています」
うん、君もそうだけどね。
「櫛田先輩の過去を知る人物がいる以上は安全安心な学園生活などできません」
そうだね、君も脅してくるもんね。
「僕が取り戻しましょう、貴女が望む安心な生活を」
君が消えてくれれば完璧だよ。
「大丈夫、何も心配はいりません。僕が付いていますから」
彼はどの面下げてそんなこと言っているんだろうか……体中にギプスを巻いた状態だというのに。
「う、うん……わかったよ」
もう既に彼に関しては見切りをつけている。天武くんがいる以上はそれが一番賢い選択だ。
なので私はここで敢えて彼に乗る。逆らえない雰囲気を出して駒であることを演出する。従順な手駒であることを印象付ける。
彼が油断して隙を見せるその時までは、そんな方針で行くと天武くんとは相談済みだった。
「細かな方針や作戦はメールで纏めておきました、試験が始まる前に読み込んでおいてください」
「本当にこれで退学に追い込めるの?」
「貴女の覚悟次第ですよ。潰されるか潰すか、それができるか否かです」
そんなことを言ってカッコつけながら八神くんは屋上から去っていく。
彼の姿を屋上の扉が完全に隠した段階で、私は懐からスマホを取り出した。
その画面には通話中の表示がある、つまりずっと誰かと連絡を取っていたということだ。
ごめんね八神くん、正直に言わせて貰うけど君が勝てるとは思えないんだよね。
「聞こえてる? 天武くん?」
『あぁ聞こえているよ』
「八神くんはああ言ってたけど、本当に誰かを退学させることができるのかな」
『不可能ではないと思うよ。ただし八神は決定的な勘違いをしている』
「勘違い?」
『俺の目標を知らないことだよ。こっちは論理や計算で動いていない、自己満足の結果だけを追い求めているんだ。クラスポイントを守るのはその過程でしかないってことさ』
よくわからないけれど、天武くんからは余裕が感じられる。八神くんが出しているそれとは異なって本当に揺るがない力強さが声だけでわかっちゃうね。
「あの子、私が言う通りに動かないといよいよ過去をバラして来るんじゃないかな?」
『そうなる前に対処するよ』
「出来るの?」
『その為の前準備として今は従順な存在に振る舞って貰っているんだよ。大丈夫、君は必ず守る』
「ふ~ん……そんなこと言っちゃうんだ、堀北さんと付き合ってるのに」
ここ最近の苛立ちの原因でもあるあの噂はおそらく事実なんだろう。見てればそれがよくわかるもん。
『ん、鈴音さんと交際している事と、桔梗さんを守る事、この二つは別に反発はしていないじゃないか』
「もし私が八神くんの策に乗ったらどうするつもり?」
『どうしてそんなことする必要があるんだい? 失敗するとわかっている策に乗るほど君は見境なしじゃないだろう』
そりゃそうだ、私はそこまで馬鹿じゃない。
『安心して欲しい。以前に言ったことに嘘偽りはない。俺は君を守るよ、大切なクラスメイトで仲間なんだからね』
「そっかぁ、どれくらいまで守ってくれるのかな」
『あまり期待されても困るけど、命くらいしか賭けられないよ』
他の誰かがそんなことを言えば呆れるしかないのだけど、天武くんの言葉だと思うと不思議な説得力がある。
本当に、それが必要なら心臓くらい引っこ抜きそうな奇妙な信頼があるんだよね……凄く怖いけど、味方だと考えればこれ以上ないくらいに頼りになった。
堀北さんと付き合ったのは正直趣味が悪いと思ってたけど、私との約束を忘れていないなら今は我慢してあげようかな。どうせすぐ別れてほれ見たことかと笑うことになるんだからね。
そもそも学生時代に付き合った所で大した意味はない、最後に笑っていればそれで良いんだから……そう、堀北は結局私の踏み台でしかないんだ、そうに違いない。
「今はそれで良いよ……うん、そう言ってくれるだけで良いかな」
『そっか……それじゃあ俺もそろそろ学校に行こうかな。あ、八神から送られてきたメールはこっちに送っておいてくれるかな』
「わかった、それじゃあ学校でね」
そこで通話が途切れることになった。そろそろ登校時間だし、ホームルームが始まれば特別試験が始まることになる。
どうなるだろうかと想像してみて、天武くんがいる以上は何をして何が起こった所で大差がないと納得できてしまう辺り、本当に味方で良かったと思うしかないよね。
私も丸くなったものだ……それもこれも、天武くんがいるというのが最大の理由なんだろうね。心の底から勝てないと思わされちゃったんだから。
さっさと堀北と別れちゃえ、女の趣味が悪いのだけは天武くん唯一の欠点だと今更ながら思うのだった。
八神視点
あの女は使えるな、欲望というものに正直で危機感が高い。それが僕から見た櫛田桔梗という生徒の印象だった。屋上で話した時に自分の過去を知る人物を退学させるとなった時に見せた表情には隠し切れない期待が見て取れた。
僕への恐怖半分、期待半分と言った所か、わかりやすくて良い。
だがそれだけで全てが決着に向かう訳じゃない。駒は多ければ多いほど便利だし、月城というバックアップが情けなくも退場となった上に一夏が何の役にも立たない以上はもっと駒が必要だろう。
一年生全体に二年生とは戦うべきじゃないという考えが広まっている中、やはり駒を作るべきは二年生が一番話が早い。
戦力を整えて来る決戦に向けて一歩一歩進んでいく、その先に待つ綾小路清隆に勝つ為に。
櫛田桔梗だけでは話にならないので、せめてもう一人くらいはこちらの駒が必要だ。過去で脅すも良し、甘く囁くも良し、そういう相手はあのクラスにはいるからな。
月城から齎された情報とこれまでの観察と観測、そして僕の頭脳が最も必要だと判断した駒の一つに声をかけるとしよう。
「おはようございます、軽井沢先輩」
屋上で櫛田先輩と話した後、松葉杖でボロボロの体を引きずりながら玄関へと向かい、僕は目的の人物が現れると声をかけた。
頭が悪く、判断力も無く、シンプルな愚か者、だが綾小路と同じクラスなだけで駒にする価値がある存在である。
軽井沢恵、過去にいじめを受けていたこともあり、あの櫛田桔梗と同様に操りやすい隙が多い相手だ。何よりも能力が低いので綾小路にも警戒されにくいというのも大きな点だね。
そしてもう一つ、どうにも観察した結果彼女はあの男に特別な感情を向けていることもわかった。なればこそ更に操りやすいというものだ。
本当に、愚かな者は操りやすい。
「えっと、ごめん……あ~、一年生だよね?」
「えぇ、一年Bクラスの八神拓也と言います」
「うん、それで何の用な訳?」
学校の下駄箱で上履きに履き替えながら軽井沢はこちらを窺ってくる。
「少しお話をと思いまして……佐倉愛里先輩に関してです」
恋心というのは正常な判断を特に曇らせる。ましてや彼女のように深く考えない相手ならば特に影響が大きいだろう。
目障りな筈だ、あの男と近しい位置にいる佐倉愛里の存在が。これほどわかりやすい隙もなく、操りやすい材料もない。
「佐倉さんが何なのよ?」
「いえ、綾小路先輩と親しい関係だと思いまして」
「……急に見ず知らずの上級生にそんな話をして何がしたいのかわからないんだけど」
「おや、苛立ちましたね。どうしてでしょうか?」
「知らないって」
「ふふ、良いですね、だからこそ軽井沢先輩に声をかけたんです……大丈夫ですよ、損はさせませんから。ホームルームが始まるまでに、僕とお話しませんか?」
「……」
軽井沢恵は悩みながらも僕の後に付いてくる……本当に馬鹿な人間は操りやすい。櫛田桔梗もそうだが隙だらけだな。
こうやって一人一人こちらの駒にして操っていくとしようか。そして機を見計らって処分する。そうすれば否でも綾小路は僕を意識することになる。
僕を強敵だと認識することになるんだ、お互いを敵として認めて戦うことになるだろう。
手始めにこの後に行われる満場一致試験を荒らすとしよう。僕が綾小路に挑む最初の一歩だ。
有象無象を排除して僕とあの男だけが向かい合う、ホワイトルーム出身同士だからこそ相応しい戦場がある。
他のどうしようもない愚か者たちは全て踏み台でしかない。
元より、ホワイトルーム出身でない存在なんて大した価値も無ければ脅威にもならないんだから、せいぜい僕とあの男の戦いに花を添える駒であってくれ。
「――ってことがあったんだけど」
「そうか」
軽井沢さんが八神に接触されて何やら吹き込まれたらしい。そして彼女は教室に入ってきて速攻でこちらに報告を上げてくれた。
清隆は顎に手を当てて考え込み、軽井沢さんにこう返す。
「特に問題はない。昨晩の打ち合わせ通り動いてくれ」
「わかった……あの一年なんなの?」
「気にするな」
そんな会話をして清隆と軽井沢さんは席に戻っていくことになる。八神の努力が霧散した瞬間でもあった。
これなら特に気にする必要はなさそうだな。無駄な努力であったということである。
遠回りなことなんてせずに、さっさと殴り合えば良いと思う。八神はもっとシンプルに考えるべきだな。まぁ気にしても仕方がないので今は目の前に迫った試験に集中だ。
満場一致試験が始まることになる日、クラスメイトたちはそれぞれ緊張した面持ちでその時を待つことになる。簡単なようで複雑な試験であり、ある程度は皆で方針を固められたと思うけれど本番にはアドリブが求められるだろう。
他のクラスも似たような状況だということはよくわかる。昨晩に少し意見交換をしたけれど最終的な利益も提示出来たので大きな問題もない筈だ。
さて俺たちのクラスはどうなるだろうかと考えていると、茶柱先生が教室に入って来る。同時に監視役と思われる人もいるな。
「事前に伝えていた通りだが、全ての通信機器を回収する」
茶柱先生のそんな宣言と共に緊張感と集中は最大まで高まることになる。
スマホを預けることは問題ない。前日に意見交換も方針も決めているので後はどう動くかの段階だからな。
ここから始まるのは匿名の投票であり、皆の意見を一致させる試験である。シンプルでありながらこの学校の性格の悪さが覗ける試験であった。
最後にクラスメイトたちとそれぞれ視線を交わしていく、平田に軽井沢さん、鈴音さんに清隆に桔梗さん、昨日チャットで打ち合わせした仲間たちとも意思を確認していく。
八神という懸念材料はあるけれど、あらゆる想定はしたしそれぞれのルートの先を強引にゴールに繋げられるように準備も整えた、後は進むだけである。
「さて、そろそろ時間だ。これより特別試験を始める。今日は長丁場になるためにトイレ休憩の時間を最大四回設ける。基本的には満場一致を得て次の課題に進む前にだけ休憩可能としているが、満場一致していない場合はその限りではない。ただし制限時間は休憩中にも進んでいるのでスキップしたいと判断すればそれも許可されていることを理解しておけ」
先生が教壇の前に立ってクラスメイトたちを見渡した。いよいよ特別試験が始まることになるのだった。
モニターと茶柱先生の持つタブレット端末が接続されると、画面に満場一致試験の文字が映される。そして第一回目の課題も表示されていく。
課題1 三学期に行われる学年末試験でどのクラスと対決するか選択せよ。
「見ての通り三学期に行われる学年末試験で戦うクラスを選ぶ課題だ。仮にもしその時までにクラス変動が起こっていたとしてもそのまま適応されることになる。また、希望する選択肢の組み合わせが全クラス不一致だった場合には学校側がランダムに決定することになるだろう」
これはそれほど迷うような課題でもないだろうな。俺たちのクラスの現状の立ち位置を考えれば選択肢は実質一つしかない。
ただ他のクラスと指名が被った際にはランダムになるとのことなので、運要素があることが唯一の懸念か。
「では第一回の投票に移る。制限時間は60秒だ。それ以内に投票が無かった場合はペナルティーとなるので注意しろ」
一回目の投票はあくまで様子見、クラスメイトたちもそれはわかっているので各々自由に投票していった。俺もタブレット端末を操作して投票していった。
第一回投票結果 Aクラス22票 Cクラス14票 Dクラス4票
投票結果はすぐに大型モニターに表示されることになる。わかり切っていたことだがAクラスとの決戦を望む意見が多い。このクラスが今Bであること、クラスポイントも近い位置にいる。三年生に上がる前にAクラスに、そう思う意思が多いということだろう。
「満場一致とならなかった為、これからインターバルを設ける」
説明通りこれから話し合いとなるのだが、ここでまず鈴音さんが声を上げる。事前に迷った時は彼女を中心に動くとクラス全体に説明はされていたからな。
「一つ目の課題から時間を無駄にしないように、私から提案させてもらうわ。票がバラけているようにそれぞれ思う所があるはず。疑問に思ったことは幾らでも質問してもらって構わないし、クラス全体で遠慮なく意見を言うようにして」
クラスメイトたちの視線が彼女に集中する。それでもブレることも迷うこともない姿勢を見せつけて行く。リーダーらしい姿になったと俺は思うことになる。
最後に彼女は俺に視線を向けてくるので、小さな頷きを返しておく。
「私は学年末に戦う相手として理想的なのはAクラスだと考えている。これは私たちの現状を考えると実質選択肢は一つだと思っているわ。一つ上のクラスと戦い勝利すれば三年生に上がると同時にAクラスになる、とてもシンプルね。今まで積み上げた努力と成果を今こそぶつけるべきだと思っているのよ」
現状では龍園クラスと帆波さんクラスとはそれなりの差があるので、仮に負けたとしても一気にDクラスに転落するようなこともない。挑戦的でありながらも安定的とも言えるのかもしれない。
勝てばAクラス、そんなわかりやすさもあるんだろうな。ここは迷うような所ではなく文句が出るような課題でもない。なので次の投票では満場一致となるのだった。
第二回投票結果はAクラス40票で満場一致となる。
他のクラスの指名先が被ることもあるので本決まりではないものの、今はこれで進められるだろう。
「満場一致によりこの課題は突破とする。休憩は取るまでもないと思うが、念のために確認しておくが次の課題に移っても構わないな?」
まだ時間は三十分も過ぎていない、一つの授業よりも短い。制限時間がある以上は次々と進めていくべきだな。
「構いません、次をお願いします」
「わかった、では次の課題に移らせてもらう」
課題2 11月予定の修学旅行に望む旅行先を選択せよ
これが2つ目の課題となる。因みに選択肢は北海道と京都と沖縄である。
「なんだこれ……簡単すぎないか?」
山内がそんなことを言っている。だが気持ちはわからなくはないし、同時にクラスメイトの大半が似たような印象を持ったらしい。身構えていたというのに想定していたよりも軽い課題であったからだ。
「この投票先も先程と同じようなもので、この1票で確定する訳じゃない。残りの3クラスの状況に応じて結果が変わることもあるのでその点は理解しておくように」
茶柱先生がそう言うと同時に皆がそれぞれ思う候補に投票していく。
俺は沖縄に投票しておこうかな、北海道でも良いけど、京都だけはダメだ。あの付近では笹凪流が……師匠が暴れすぎたせいでちょっと評判が宜しくない。確か弟子である俺の首には賞金がかかっている筈なので近づきたくもなかった。
旅行を楽しんでいたらあっちを拠点にしている色々な団体や組織が襲い掛かって来そうだし、やはり沖縄か北海道となってしまう。
クラスメイトも巻き込めないのでそれで行くとしようか。
黒板代わりの大型モニターには投票結果が映し出される。やはりここでも意見は割れることになる。
北海道17票 京都3票 沖縄20票
まぁ自由に投票させればこうもなるだろう、俺としては修羅の国である京都の人気が少なくてホッとした。
この感じならあっち方面に足を運ぶ必要はなさそうだな。なら北海道だろうと沖縄だろうと構わない。
「え~、絶対北海道でしょ!!」
「いやいや、沖縄だったら今の季節でも泳げるじゃんか、やっぱ旅行に行くなら南の島だろ」
「夏休みに散々泳いだじゃん」
「沖縄の海では泳いだことねえって」
どうやら女子はどちらかと言えば北海道、そして男子はどちらかと言えば沖縄といった感じになっているらしい。だとすると京都を選んだ三人は何を思ってのことなんだろうか。
「京都は人気が無いんだな……そうなのか」
少しだけ清隆が落ち込んだ様子を見せている……そうか、京都に投票したのは君か。
諦めきれなかったのかこちらに視線をやって仲間に引き入れたそうに見て来るのだけれど、京都は修羅の国なのであまり近づきたくはない。
「天武、京都は良いらしいぞ」
「すまないね清隆、あっちに行くと戦争になるから嫌だ」
意味がわからないと言った顔をするけれど、事実なのでそれ以上の説明が出来そうにない。
沖縄が良い、北海道が良い、いやいや旅行の定番と言えば京都だ、そんな風に無数の意見が広がって混乱する教室内、どうやら意見を纏めるのは簡単ではないらしい。
「思っていた以上に意見が割れるものね」
「鈴音さん、どうする?」
「五時間あるとは言え無駄にはできないわね、早めに終わらせましょう……皆、聞いて頂戴」
鶴の一声とでも言うのだろうか、色々と意見が飛び交っていた教室は鈴音さんの言葉に静かになって意識と視線がそちらに集中することになった。
「色々な意見があることはわかったわ、北海道を選んだ人も沖縄を選んだ人も、そして京都を選んだ人もそうだけれど、重要なのはこの指定先は必ずしも私たちだけの判断で決まるものではないということよ」
「そう言えばそっか、一つ前の課題と一緒で他のクラスの判断も重要なんだもんね」
打ち合わせ通り意見が割れそうになった時、軽井沢さんは鈴音さんに同調する姿勢を見せてくれる。重要なのはどこか良いかではなくどう意見を纏めるかであった。
「その通りよ、ならばここでどれだけ議論してもおそらく大きく結果が変わることはないわ。本質は意見を纏めることであってどこに行くかは重要ではない。だとすればいっそのこと、遺恨無しでじゃんけんで決めるのはどうかしら?」
仮にじゃんけんで負けたとしても他のクラスの判断もある以上は確定することはない、ならばいっそという考えだろう。クラスメイトの反応を眺めてみると仕方がないという雰囲気が広がっているのがわかる。
「反対意見が無いようならば、それぞれの指定先から三名を選出してそれぞれじゃんけんをして貰いましょう。最後まで勝ち抜いた側の意見で纏める、遺恨無しに、構わないわね?」
特に反対意見が出ることはなく、北海道チームと沖縄チームがそれぞれ三名を選出してじゃんけんをすることになり、人数の少ない京都だけがここで迷うことになる。
「誰も出ないなら俺がじゃんけんに出よう。必ず京都へ皆を連れて行く」
人数的に不利な京都は勝ち抜き戦である以上は厳しい戦いになるのだが、どうやら清隆同様に京都に投票していた啓誠が名乗りを上げたことで彼が代表となるようだ。
しかしその勇気の輝きは一瞬で終わってしまう。啓誠は僅か一手で前園さんに敗北して戦場から去ることになってしまうのだった。
その瞬間に鈴音さんが残念そうな顔をしたので、どうやら彼女は京都に行きたかったらしい……すまない、でもあそこは頭のおかしい人が大量にいるから俺は苦手なんだよね。
学校を卒業して、ある程度現地の片付けが終わったら一緒に行こうと心に決めておこう。
さてじゃんけんの行方であるが勝ち抜きが進んで行き最後に沖縄を目指す須藤と、北海道を目指す篠原さんの決戦となっていた。
「絶対沖縄だ!! ソーキそば!! シーサー!! 海人!!」
「絶対に北海道よ!! 蟹!! 温泉!! スキー!!」
両者共に並々ならぬ気合と共にじゃんけんの手を出す。修学旅行の行先を決めるとは思えないほどの迫力と覚悟は凄まじい物がある。
だがじゃんけんは精神論で勝てるようなものではない。須藤の腕力や体力など意味を成さず、彼が固く握りしめて出したグーは篠原さんが出した包み込むパーによって敗北することになってしまうのだった。
「やった~!! 北海道だ!!」
篠原さんの勝利によって北海道派は一気に沸き立ち、沖縄派は消沈することになってしまう。無情だが勝負の世界とはそういうものである。
「何やってんだよ須藤!!」
「クッ、悪りィ……」
「まぁまぁ、北海道もきっと楽しいよ」
何だかんだでクラスメイトと旅行に行けば楽しいと思う。京都は物騒だからアレだけど北海道でも沖縄でも大きな違いはない筈だ。
それにまだ本決まりとは断言できない、他のクラスの都合もあるからな。
こうして修学旅行先は北海道で満場一致することになるのだった。
ここまではただの様子見、ジャブの応酬でしかない。ただ軽く牽制を繰り返しているに過ぎない。
おそらく本番はここからだろう。この学校がただこれだけで終わらせる筈もないのだから。