ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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章と章の間にある小話となります。


小話集

 

 

 

 

 

 

 

 

「今はそれで良いのかもしれない」

 

 

 

 

 

 

「凄く大変な特別試験だったね」

 

 ケヤキモールにある行きつけのカフェで椅子に腰を下ろした瞬間に愛里がそう言った。今日の午前中に行われた満場一致試験のことを言っているらしい。

 

「そう? なんかあっさり終わっちゃった印象だけど」

 

 とりあえず飲み物とケーキを注文しておこう、最近はちょっと食欲無かったけど、いつまでもそんな状態ではいられないと思うし、特別試験を乗り越えたご褒美と言う意味もあった。

 

 そうとも、砂糖で固められたカロリーお化けみたいなケーキであっても今日だけは許される。何だかんだで食べた分は胸に行くからそこまで注意する必要はないよね。

 

 愛里も同じ気持ちなのか、むむむとメニュー表を眺めてからなかなかにカロリー高めのケーキセットを注文している。

 

 特別試験の後はどうしてもこうなってしまう、別にこれは私たちだけの話じゃない筈だ。

 

「うん、ポイントがあったからすぐ終わったけど……そうじゃなかったらって考えたら、凄く怖くなっちゃって」

 

「まぁね~、その場合はやっぱり反対になったんじゃない?」

 

「で、でもクラスポイントを欲しい人だっていたと思うから」

 

「クラスメイトを切り捨ててまでそこまでするかなぁ……まぁゆきむ~は欲しかったみたいだけどさ」

 

 ただ別に本気だった訳でもないのかな、ゆきむ~もいざ誰を退学にさせるかとなったら流石に迷うだろうしね。

 

「波瑠加ちゃんは、もしそうなったら誰が退学になってたと思う?」

 

「難しいこと訊いてくるなぁ……まぁ、誰かってなると、やっぱりOAAの数値とかを見て決めるんじゃない? 後は納得させやすい人かな。ほら、山内くんとかあの辺」

 

 あの盗撮事件以降、男子の一部は地を這うような評価になっている。今もクラス貯金をする際には多めのポイントを支払う償いの真っ最中だったっけ。

 

 誰を選ぶかと言う話になればやっぱり盗撮犯の中からということになる。おそらく女子は全員が、男子も大半が仕方がないと納得するんじゃないかな。

 

「でも過ぎた話だし考えても仕方ないって、しっかりクラスで貯金を作ってたから問題なく乗り越えられたんだしさ」

 

「うん、そうだね」

 

 そう、誰を退学させるかなんて話はもう終わったのだ。クラスポイントも取れて退学者も出なかった、ケチなんて付けても何の意味もない。

 

 注文してきたケーキセットと檄甘な飲み物が届いたので楽しむとしよう、今日くらいはね。

 

「まぁできればランダムでプロテクトポイントが貰えたら最高だったけどね」

 

「あ、波瑠加ちゃんはそっちに投票したんだね」

 

「最初はね、ランダムだから可能性は低いかもしれないけどワンチャンあったかもだしさ。でも粘るほどでもないから変えたけど」

 

「40分の1だから、やっぱり難しいよね」

 

 テンテンとかきよぽんとか高円寺くんはプロテクトポイントを持っているから除外されるだろうけど、それでも37分の1で貰えたかもしれない……まぁそれでも可能性は低いだろうから難しいか。

 

 できれば私だけでなく愛里にもプロテクトポイントを持たせたかったけど、無い物ねだりをしても仕方がないよね。

 

 ケーキを食べて甘さに舌鼓を打ち、飲み物で口直しをする。ここ最近はちょっと少食気味だったから染み入るような感覚があった。

 

 いい加減立ち直らないとダメだろうし、いつまでもウダウダしてるのは私らしくもない。今日で一先ずの区切りとしようかな。

 

「ありがとね、愛里。ここ最近、色々と付き合ってくれてさ」

 

「え、あッ、ううん、私も一緒にいたかったから、大丈夫だよ」

 

 本当に健気で可愛い子である、上級生や下級生からよく告白されるのも納得だ。

 

「あはは、心配かけちゃったね。でも大丈夫、こういうのを引きずってグダグダになるのは嫌だしね」

 

 満場一致試験での堀北さんを見ていればよくわかる。テンテンに負担をかけさせたくないって言うのは完全に同意だし、そうするべきだというのは正論だ。

 

 だけど堀北さんはそれだけで終わらず、テンテンと同じ目線に立とうとしているのがなんとなくわかった。

 

 あのテンテンとだ、絶対に不可能だしそんなことできる人がいるとは思えない。高すぎる壁にさっさと諦めるのが普通だけど、それでも目指そうとしている。

 

 あそこまで言われてしまえば、目指されてしまえば何も言えない。私はせいぜい足を引っ張らないようにって考えてたけど、堀北さんはその先を目指していた、それだけの話でしかない。

 

「じ、実はね、その、私も傷心気味で」

 

「え、どういうこと?」

 

「き、清隆くんに告白して、フラれちゃって」

 

 それを聞いた瞬間に私は呑み込もうとしていたケーキが途中で止まってしまった。拙い、変な呑み込み方をしちゃったかも。

 

「うッ、ごほごほッ」

 

「大丈夫、波瑠加ちゃん!?」

 

「あ~、気にしないで、喉に引っかかっただけ」

 

 衝撃が大きすぎる。まさか愛里がそこまで大胆に動いていたとは……いや、待って断られたってどういうことよ。

 

「無人島でね、口が滑りましたと言いますか、弾みで」

 

「は、弾みで告白したの?」

 

 コクリと頷く愛里。そう言えばなんかあの辺からちょっと雰囲気と言うか距離感が変わった感じはあったけど、それがきっかけだった訳か。

 

「いやいや、きよぽん何してんのさ……なんで断るかなぁ」

 

「詳しくは話してくれなかったけど、なんだか今はそういうことよりも、片付けないとダメなことがあるんだって……それで、全部が終わったら向き合わせて欲しいって……い、言われたよ?」

 

 体よく断られただけじゃない? それとも先延ばしにする方便とか? いや、流石にきよぽんはそこまで女子を弄ぶことに長けていないと信じたい。

 

「で、でもね。今はダメだったけど、諦めなくて良いんだって思えたの……もっと勉強して、沢山頑張って、今よりずっと素敵な人になって、もう一度告白しようって、考えてるの」

 

「お、おぉ~……きよぽん、罪な男だね。ここまで健気に思われてるのに今はダメとか」

 

 私はもしかしたら勘違いしてたのかもしれない。

 

 愛里はどこか手がかかる妹みたいな存在だと思っていたのだけれど、それはそもそも間違いで……本当は凄く勇気がある子なんじゃないかな?

 

 一歩踏み出して何か開き直った愛里は、消沈するのではなく前を向いて進んで行こうとしている。

 

「愛里は、もう一度告白するつもりなの?」

 

「うん、いつか必ず。もしダメでも、きっと友達として進んで行けると思うから」

 

 あぁ、やっぱりそうだ。この子は本当は勇気のある子なんだな。ずっと寄り添ってくれたこともそうだけど、思いやりだってある。

 

 全く、なんで断るかなぁ、しかもきっぱりと拒絶するんじゃなくて期待を残すとか、きよぽんは中々のやり手であった。

 

「だ、だから波瑠加ちゃんも、その……まだ先のことなんてわからないから」

 

「まぁ、それで良いのかもね。将来なんてどうなるかわからないんだし、今を楽しんでおくべきかも」

 

 勉強や運動や試験だって今まで以上に頑張れば良い、足を引っ張らない程度だなんて思わずに、それこそ堀北さんと同じようにテンテンと並び立てるくらいに高い目標を掲げてだ。

 

 できるかどうかはわからないけど、ここで妥協しているようじゃ絶対に不可能だ。

 

 愛里が見せた勇気と同じように、私も色々と頑張らないと。

 

 今は友達や仲間としての距離感を楽しめばいいか、恋愛事でグダグダになるのだけは絶対にごめんだ。

 

 だからこの青春を楽しもう、愛里のように少し未来に期待しながら、進んで行けば良い。

 

 私はこの学校に来て良かったと思う。仲間も友人もここにいる、凄く贅沢なことなんだと今更ながら実感することができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「共に並び立つ」

 

 

 

 

 

 

 満場一致試験が終わった翌日の放課後、少し気が抜けた感覚があるのは特別試験が終わると必ず感じるものだから仕方がない。

 

 ここ最近のモヤモヤも手伝ってどんよりとした気分になってしまうけど、そんな表情のまま誰かと接する訳にはいかないから、私は生徒会室の扉の前で頬を軽く叩いて気持ちを切り替える。

 

 四月頃はこの扉を開けるのが凄く嬉しかったな……いや、ダメダメ、また気持ちが暗くなっちゃう。

 

 意識を切り替えてから扉を開くと、生徒会室の中には堀北さんだけが待っていた。

 

「お疲れさま、堀北さん」

 

「えぇ、そちらもね、一之瀬さん」

 

 天武くん……いや、笹凪くんはいないみたいだ。不思議とホッとしたような気分になって、そんな自分にまた嫌悪感を抱いてしまう。

 

 私はここ最近、ずっとそんな感じだった。

 

「て……笹凪くんと七瀬さんはどうしたのかな?」

 

「二人は南雲先輩の所よ」

 

「南雲先輩? どうしてかな」

 

「生徒会選挙も近いもの、その打ち合わせと確認、そして引継ぎよ」

 

「あ、そっか」

 

 そう言えば生徒会選挙が近いんだった。南雲先輩は生徒会役員の任期を卒業までにするって就任演説で言っていたけど結局叶うことはなかった。大怪我したこともあって席はまだ残っているけど事実上の引退状態にある。

 

 だから新しい生徒会長を決めないといけない。体育祭が終わった辺りに新旧の引継ぎがあるから、生徒会選挙も近い。

 

「私も手伝うよ、それって選挙関連の書類だよね?」

 

「お願いできるかしら」

 

 堀北さんが見ていた書類を私も確認する。加えて近くまで迫った体育祭や文化祭の準備も進めて行かなければならないから、生徒会は本当に忙しい。笹凪くんが桐山先輩と南雲先輩を無理やりにでも復帰させるべきだと愚痴ってしまうのも仕方がないのかもしれない。

 

 でも桐山先輩はともかく南雲先輩は入院してるんだから難しいよね、朝比奈先輩がよくお見舞いに行ってることを私は知っている。

 

 お互いに書類を確認して色々と迫っているイベントを恙なく終わらせられるように準備しないといけないよね。ずっとモヤモヤしたままだと足をひっぱちゃう。

 

「色々特別試験やイベントも多いから、本当に忙しいね」

 

「そうね。二年生だけが特別試験を挟まれたりしたもの、余計に忙しく感じたわ」

 

 満場一致試験のことだろう。簡単に終わったけれど、体育祭に意識が向いていただけに衝撃は大きかったと思う。

 

「堀北さんのクラスは上手く進められたみたいだね」

 

「幸いにもクラス貯金を上手く使えたから。一之瀬さんの所もそうでしょう」

 

「うん、坂柳さんや龍園くんたちのクラスも同じように攻略したみたい」

 

「資金が潤沢ならばどこもそうするでしょうね」

 

 だから二年生のクラスはそれぞれクラスポイントを増やしたことになる。差は生まれなかったけど完璧な展開なんじゃないかな。

 

「でも恐ろしいとも思ったのよ……もしポイントに余裕が無ければ、きっと大きな決断を迫られていたでしょうから」

 

「それはそうだね、簡単に終わっちゃったけど、凄く意地悪な試験だったかな」

 

「でも一之瀬さんのクラスならそこまで深刻になる必要はないのかもしれないわね。こちらのクラスもある程度は纏まりがあるけれど、貴女のクラスには届かないもの」

 

「そうかな?」

 

「えぇ、私たちのクラスの纏まりはそこまで強いものでもないわよ。一人に依存する強さだから」

 

「それって、笹凪くんのこと?」

 

「その通りよ。他の生徒たちもそれぞれ努力しているし、熱意だってあるけれど、核となっている人がいるからこそでしょうね」

 

 それは凄くわかる気がする、不思議な引力を持つ笹凪くんは視線だけでなく心も引き寄せてしまいそうだから。

 

 誰かに安心を与えることができて、信頼される、決して折れない主柱になれる人だ。

 

「……色々と負担をかけてしまっている、本当に申し訳ないと思っているわ」

 

「仕方がないよ、だってほら、笹凪くんって凄く頼りになるし」

 

 頼り切ってしまっていることを憂いているのか、堀北さんは少しだけ沈んだ顔を見せる。その横顔を見た瞬間に私は変な同情を抱いてしまった。

 

 堀北さんは私と同じように笹凪くんに申し訳なく思っていた、頼ってばかりの状況に申し訳なさを感じて、そして安心感もあるのだと。

 

 それだけ笹凪くんが凄いってことなんだろうな、つい寄りかかってしまうのは凄くよくわかってしまう。ダメなことだってわかっているのに。

 

 そう考えると私は堀北さんと近い存在なのかもしれない、いつだって甘えてしまうから……けれど、そんな親近感がとても的外れで失礼なものだと知ることになるのはすぐ後のことだった。

 

 

「でもそんな彼に甘えてばかりはいられないとは思っているわ」

 

「え?」

 

「彼におんぶに抱っこでAクラスになれたとしても意味はないもの。彼に守られて甘えているだけというのもね」

 

「……」

 

「いつか胸を張って彼の隣に立てるだけの成長を見せたい。とても難しいことだけど、一つ一つ積み重ねていきたい……私個人としてもそうだし、クラス全体としてもよ」

 

「……」

 

「一之瀬さん?」

 

「あ、うぅん、なんでもないよ……凄いね、堀北さんは」

 

「そうかしら? こんなことはどこのクラスでも思っていることでしょう、誰かに憧れて近づく為に努力するだなんて」

 

「うん、そうだね」

 

 とても失礼な考えだった……私と同じだなんて。

 

 彼女は、堀北さんは、笹凪くんと同じ場所に立とうとしている。守られるのではなく守ろうと、助けられるのではなく助けようと、後ろに付いていくのではなく隣に並ぼうとしている。

 

 そんな人だからこそ、笹凪くんはきっと……。

 

 親近感だなんて、もの凄く失礼な考えだ。ただ甘えて支えられてばかりで何も返せていない私が思っちゃいけないことだった。

 

 

 胸の奥の方で、何かが折れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やるなら徹底的に」

 

 

 

 

 

 メイドとはなんだろうか?

 

 俺はその難題に挑む為に清隆から預かったメイド服を着させられて束ねられた書類を前にして部屋で唸っていた。

 

 迫る学園祭、ウチのクラスではメイド喫茶をすることがほぼ確定した訳だが、何を踏み間違えたのかアドバイス役である清隆からは俺がメイドとして接客することがほぼ確定という方針を伝えられている。

 

 酷いよね、男にメイド女装させると、アイツは血も涙もないサイコパスなんじゃないかと疑ってしまうよ。

 

「天武、お前に足りない物はなんだと思う?」

 

 ある日の放課後、文化祭の準備が今から少しづつだけど進められている訳で、つまり俺がメイドとしてしっかりと教育されることになるんだけど、放課後になって部屋に押しかけて来た清隆の最初の一言がそれだった。

 

「冷静さ、じゃないかな」

 

 男をメイドにしても意味がないよねと気が付ける冷静さ、それが足らないと思う。特に清隆には。

 

「違う、エロティシズムだ。良いか、お前の女装は極めて完成度が高く、ユニセックスな見た目も相まってどこか神秘的な美しさがある。剥製にしてオークションにかければ人体収集家が高値を付けるだろう。しかしそこにエロはないんだ、そう、エロがな……オレは少し勘違いしていたんだが、美しいだけではエロは表現できない、同時に可愛らしさだけでもエロは醸し出せない、わかるか?」

 

 滅茶苦茶喋るじゃん、清隆ってメイドの話になると早口になるよね。

 

「お前の美しさはただ美術品としての美しさでしかない。学校の文化祭程度ならばそれも良いと妥協することもできるが、プロデューサーを任された以上は半端なことはしたくない」

 

「あ、ハイ」

 

「佐藤や軽井沢たちのメイド姿はお前も見たな、どう思った?」

 

「凄く似合っていたと思うよ」

 

「その通りだ、アイツらのメイド姿には美しさと愛らしさの中に確かなエロティシズムがあった、お前が持っていないな……どれほど完成度が高くてもそれが無ければメイドとは言えないだろう」

 

「あ、ハイ」

 

 ここまで情熱的に喋るだなんて、もしかしてメイドは清隆の性癖に突き刺さったんだろうか? 変な研究者っぽくメイドを調べているようだけど、興味がないとここまで真剣にはならないだろう。

 

「だが男のオレたちがどれだけ頭を悩ました所で、エロティシズムを、そして可愛らしさや美しさを表現するのは難しいと結論に至った。お前は芸術品のような美しさはあるがどうしても高価な壺や絵画のように思えてしまう、それを是正しなければならない」

 

「あ、ハイ」

 

「そんな訳で有識者を呼んできた」

 

 清隆はそう言って俺の部屋に連れてきた有識者、佐倉愛里さんを紹介するのだった。

 

「愛里、今の天武を見てどう思う?」

 

「す、凄く綺麗だよッ……ふわぁ~、これは凄い完成度だね。天武くんって言われなきゃわからないよ」

 

「あぁ、だがエロティシズムは感じない、違うか?」

 

 君は愛里さんに何を問いかけているんだ? 正気を疑われてしまうぞ。

 

「ぇ、エロティッ!? あ、あの、えっと……」

 

 ほら見ろ、顔を赤くさせて困惑しているじゃないか。

 

 しかしそんな愛里さんだったが、メイド姿の俺をチラチラと見ていく内に表情が真剣になっていく。まるでこれは議論に値すると言うかのように羞恥が消えて行ったのだ。

 

「確かに、清隆くんの言う通り、綺麗だけど、ただそれだけで完結してるの、かな?」

 

 何ということだろうか、愛里さんもこのメイド研究に加わって来るだなんて。

 

「そうだな、そこで愛里からアドバイスを貰いたい。どうすれば天武……天子を変えられる?」

 

「わ、私が?」

 

「あぁ、何せ愛里はおそらく全校生徒で唯一そういった経験が豊富だろうからな。プロの現場に立って見られると言うことを突き詰めた職業に就いていたんだ」

 

「どうかな……沢山失敗したし、もの凄く上手でもないよ。プロのカメラマンさんにも苦労ばかりかけちゃって」

 

「それだ、大半の者にとってその苦労や失敗すらも経験していない。オレは勿論のこと天子や堀北もそうだろう。知っているのと知っていない、そこには雲泥の差がある……だから愛里、色々と教えて欲しい」

 

 清隆が真剣な表情で愛里さんを見つめてそう言うと、彼女はその真剣さに押し負けたのか恥ずかしがりながらも頷いてしまう。俺をエロティシズムを感じさせるメイドにする為に協力することに同意したのだ……世も末だな。

 

「えっと、まずね、これは私がカメラマンさんに言われたことなんだけど……大切なのは自信なんだって」

 

「ほう」

 

「カメラや視線を向けられた瞬間だけは世界で一番綺麗で可愛いって思いこむのが大切なの……私もよく言われたんだ、何度も失敗して、そんな時にカメラマンさんはアドバイスをくれて」

 

 モデルだったりグラビアアイドルの仕事現場か、まるで想像できないな。それは清隆も同じだろう。こればっかりは経験値がどちらもゼロなので素直に興味深い。

 

「ポーズや表情はその前提を超えた先にあるんじゃないかな。え、えっちな雰囲気もそうだと思うの、まずは意識と自信、だよ?」

 

「そう言われても困るな、俺は世界で一番可愛いと思ったことは一度もない」

 

 当たり前のことである。俺は中性的だとよく言われるけれど、体も心も男なのでそんな方向に思考を伸ばす筈が無かった。

 

「ふむ、歌舞伎の女形などは女性の美意識や価値観を学ばせることがあると聞いたことがあるが、ああいうのにもちゃんとした意味があったということか」

 

 清隆がなにやら納得したように頷いている。考えてることはメイドなのになんであんなに真剣に研究してますって顔をしているんだろうか?

 

「天子ちゃん、意識してみて、私は世界で一番可愛いって」

 

「俺は男だよ」

 

「う、う~んと、なら天子ちゃんが思う一番綺麗で可愛い人を思い浮かべて欲しいな、その人っぽく振る舞えるかな」

 

 演技なら得意だ……いや、正確には開き直ってるだけなんだけどさ。集中力を高めて師匠モードになって、それを女性的な人格に接続すれば行ける。

 

 女性らしく振る舞うことはできる、ようは師匠の所作や雰囲気を真似るだけなんだからさ。だけどエロは流石に難しい。やろうと思えば幾らでも女性の精神は作れるけれど、どうしても根っこが男だからエロくはなれないんだ……俺は何を言っているんだろう。思考が毒されてきているな。

 

 とりあえず師匠モードになっておこう。その集中力の全てを演技に注ぎ込む。美しいメイドになれるようにだ。

 

「うん、凄く綺麗だね。こんなに劇的に雰囲気が変わるなんて凄いよ。プロの役者さんみたい」

 

「だがエロティシズムは感じない」

 

 清隆、とりあえず君はそこから離れた方が良いと思う。

 

「そ、それなら、いっそのことスカートを短くしてみるとかは、どうかな?」

 

「いやそれは難しいな、ロングスカートとフリルやリボンで体の線を誤魔化してはいるが、肌が露出すると流石に騙せない。バキバキだからな」

 

「そっかぁ、ならパットを入れてみるべきかな」

 

「パット?」

 

「えっと、だから、その。盛るの」

 

「なるほど、それも一つの手だろうな」

 

 清隆は試しにとばかりに俺の部屋の洗面台に向かってそこから数枚のタオルを持ってくる。それを丸めて俺に投げ渡してくるのだった。

 

「入れてくれ」

 

 なんで君はそんな数学者が難解な数式に挑んでいますって感じの顔になっているんだ? やってることは友人に女装させて色々やってるだけなんだけど……。

 

 ただ恐ろしいことに愛里さんも真剣になっているので断り辛い。仕方がないので俺は丸めたタオルを胸板と服の間に押し込むのだった。

 

「ふむ……悪くはないか」

 

「そうだね、コルセットを付けてくびれを作ればもっと女性らしい姿になると思うよ。天子ちゃん、視線は真っすぐして、顎はちょっとだけ引いて欲しいな。足は爪先を揃えて隙間なく、胸を張るように姿勢を整えて」

 

 どうしようか、愛里さんが何故かプロのカメラマンっぽくなっている。本当に真剣な表情で俺をどうエロくするかを考えているのだ。

 

「う~ん、目力が強すぎるから少しだけ柔らかくした方が良いね。ちょっと修正して、視線はほんの少しだけ下げぎみで、柔らかな感じが良いと思うよ、唇の端を気持ち緩めるくらいで表情も穏やかにして……後は堂々とした自信の中に僅かな羞恥と恥じらいがあれば」

 

 愛里さんが瞳を輝かせて床に寝そべると何故かローアングルからスマホで撮影してくる……もの凄く恥かしいから止めて欲しい。

 

 女性っぽく振る舞っているからなのか、そんなことをされるとどうにも恥ずかしくなってしまうので、思わずスカートを押さえてしまった。

 

「はッ!? いいよ、天子ちゃん、その恥じらいだよ!! それで良いんだよ!!」

 

 清隆同様、愛里さんの様子が少しおかしい。ただ俺を女装させているだけなのにどうしてそこまで真剣になれるのだろうか。

 

「なるほど、天子には恥じらいが足りなかったということか」

 

 清隆は自分のスマホのライトを使って被写体を、つまりは俺を明るく照らして愛里さんの撮影を手伝っていた。

 

「どうかな、清隆くん?」

 

「悪くはない、美しさとエロティシズムが共存している。これがオレが求めていたものだ。流石は愛里だな、お前に協力を要請して本当に良かった」

 

「そ、そうかな……えへへ」

 

 そこ、人を女装させておいてなんかいい雰囲気にならない。

 

「よし愛里、せっかくだからこのままクラスのメイド教育係になってくれ、人の目にどう映るのかをしっかり教えて欲しい。最高に魅力的な女子軍団を作り上げるんだ、お前になら任せられる」

 

「が、頑張るよッ!!」

 

 やる気を漲らして興奮した様子を見せる愛里さんと、そんな彼女を期待した様子で眺める清隆……俺は蚊帳の外である。

 

 

 いや、もういいけどさ、君たちが楽しそうならそれで。

 

 俺はもうメイドとして接客する未来を避けられないと判断して、静かに匙を投げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな未来もありえる?」

 

 

 

 

 

 それは暴力の化身だった。

 

 雷が人の形をしていれば、大地の揺れが人の形をしていれば、山の噴火が人の形をしていれば、きっとあんな姿をしているのかもしれない。

 

「脆弱すぎる」

 

 ただ一言、無数の屍と瓦礫の山の上でこの世の者とは思えないほど美しい女はそう言った。

 

 かつてそこにあった建築物、国会議事堂は既に瓦礫と化しており、そこを守る為に集まった戦力は軒並み壊滅しているのがわかる。

 

 戦車はひっくり返り、ヘリは墜落して、警察官も軍人も倒れ伏していた。

 

 人を超えた存在、政府から超人と認定された怪物たちすらも同様だ。二十人近くいる超人の中でも戦闘に特化した者たちでさえ横たわっているのが見える。

 

 どれほどの戦いがここで行われたのだろうか、ただ瓦礫の山と倒れ伏す人々だけがそれを物語っている。

 

「わかるかい、弟子よ……これが私が見てきた光景だ。誰も並び立つことの叶わない、誰もを超えることの叶わない絶対の壁であり、強さと才能だ。私よりも優れた人類は存在せず、私より優れた技術もなく、才能も存在しない……あまりにも空虚だ」

 

 瓦礫の山の上で彼女が見下ろす先には、己が手塩にかけて育てた弟子が立っていた。

 

「随分と長く生きてきたよ。もう数えるのもばからしくなるくらいにな」

 

 ただがむしゃらに鍛えて古今東西を問わずあらゆる武術や技術を習得して幾星霜、体は老いから遠ざかるばかりであったらしい。少なくとも彼女は既に人の領域にはいないということである。

 

「生涯無敗……つまらん称号だよ。いつ終わる、いつ死ねる、この思い上がりを誰が正してくれる? ここ百年ほどはずっとそんなことを考えてばかりだった」

 

 彼女はそこで言葉を区切って、己が育て上げた最高傑作を見下ろす。

 

 背中が震えるのはいつぶりだろうか、心臓が不自然に跳ねるのは少なくとも100年振りであるのは間違いない。

 

 これは確信だ、あれならば自分の心臓に指を届かせることができるという確信が彼女にはあった。

 

 試しにと、近くに転がっていたひしゃげた戦車の掴んで投げつけると、その弟子は特に苦労することもなく粉砕して払い除けてしまう。

 

「だが、待ちわびたぞこの瞬間をッ!!」

 

 言葉と同時に彼女は瓦礫の山を踏みつけて一瞬で弟子へと迫る。そしてすれ違いざまに無数の攻勢をしかけるのだが、その全てが相手の命を刈り取るには届かない。

 

 生涯無敗、古今独歩、天下無双を自称して、それが何も間違っていない力を持っている彼女が殺し損ねた、それだけでこの世の何よりも価値がある勲章でもあるのだろう。

 

 瞬きする間に重ねられた拳打と駆け引きは数百を超えていたが、同じだけの手段と技術と経験を持って封殺されたのだ。これが笑わずにはいられようか、歓喜せずにいられようか。

 

 彼女はずっと待っていた、今日この瞬間を。

 

 

「見事だ弟子よ。数多の強敵を屠り、無数の戦場を超え、血肉を削りながら、ようやくこの領域に至ったか!!」

 

 

 いつからだろうか、敵に期待しなくなったのは。

 

 いつからだろうか、差し出される手に間を置かず握り返せるようになったのは。

 

 いつからだろうか、目に映る全てが色あせたのは。

 

 いつからだろうか、全てを見下ろせるようになったのは。

 

 

 そうじゃないだろうと否定するものが現れなくなったのは、いつからだろうか。

 

 

 だが今ここにいる、待ち望んだ英雄が、最強の戦士が、久しく感じることの無かった感情に支配されるには十分である。

 

 これは恋だ、これは愛だ、これは復讐で、願いで、祈りで、どうしようもないほどの絶頂だ。

 

 雷の如き拳が頬を切り裂いた瞬間に体は絶頂に震えて、仕返しとばかりの弟子の体を傷つければ同じだけの快楽が広がっていく。

 

 積み上げた技術の集大成をぶつければ心臓は跳ね上がったし、同じだけの攻勢を返されれば唇が歪む。

 

 血と肉を削り合うことの、なんと美しく甘いことだろうか。

 

 永遠に続け、けれど終わらせてくれ、矛盾したことを思いながら弟子の骨を割り砕くと絶頂して、反撃されてこちらの骨が折れればまた快楽の果てに誘われる。

 

 これだ、これこそが生きていることの証明だ。体中に広がる痛みと流れる血の生暖かさのなんと尊いことか。

 

 

「そうか、私はこの瞬間の為に生きてきたんだな」

 

 

 何の為の人生であったかというならば、まさにそうとしか言えなかった。

 

 だがいつまでも甘美な時間は続かない。物事には必ず終わりがある。夢とはいつか冷めて現実に戻るものである。

 

 互いの体は数百数千の攻勢によってボロボロだ。ここまでくれば残された余力の全てをぶつけるしかない。

 

 

「見事だ、君のそれはもう笹凪流とは言えない。これより先は我流と名乗りなさい」

 

 

 自分が教えた技術は弟子なりの昇華されている、屠った強敵たちから吸収して、学びを絶やさなかった証拠だろう。

 

 だからこそアレはもう自分の知る武術ではない、起源を同じとしながらも異なる方向に進化した新しい笹凪流である。

 

 

 最後の一撃、奇しくも同じ構えであったことは自然なことだろう。起源を同じとしながらも、しかし次の瞬間の攻勢は大きく異なった。

 

 

 

「笹凪流奥義ッ」

 

「笹凪流……いや、我流、奥義ッ」

 

 

 

 膨れ上がる巨大な存在感と熱量は両者の間でせめぎ合い、それが限界まで達した瞬間に二人は全く同時に飛びあがり空中でぶつかり合う。

 

 雷の如く、噴火の如く、地震の如く、圧倒的な熱量を人の形に押し込めた二人は己の間に無数の閃光と衝撃をまき散らして、あまりにも早すぎた為か無数の残像を生み出すことになり、それは殴り合いというよりは集団による合戦にも近い光景であったのだが……永遠に続くかと思われた攻防は、ある瞬間を境に心臓に手を届かせることになる。

 

 

 

「奥義、お返しします」

 

「うん……よい気分だ」

 

 

 最後に心臓を穿った瞬間、とてつもない衝撃波が吹き荒れあらゆる物を押し流すのだった。

 

 

 その日、一つの星が空を流れた、これはただそれだけの話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやそうはならんやろ!!」

 

 

 意識が覚醒した瞬間に私はらしくない大声を上げて変なツッコミをしてしまった。

 

「あ、え……ゆ、夢?」

 

 どうやら私は眠ってしまっていたらしい。周囲を見渡してみると変な彫刻が置かれた部屋が広がっており、そこが天武くんの部屋だと自覚した瞬間に気が抜けるような感覚になった。

 

 教室や生徒会室じゃなくて良かったと、私は安心した。

 

「鈴音さん!? どうかしたの? なんか関西弁の鋭いツッコミが聞こえてきたんだけど」

 

 台所の方から天武くんが顔を出してそう訊いて来たことで、変な安心を感じることになる。

 

 時計を見てみると時刻は午後六時、生徒会での仕事も終わって彼の部屋にお邪魔していたんだったわね。どうやらそこで気が付いたら眠ってしまっていたらしい。

 

 体にかけられていたシーツを折りたたんで、何でもなかったかのように姿勢を正す。変な夢を見て何故か関西弁でツッコミをした私はきっとおかしな相手だと思われたかもしれない。

 

「な、なんでもないわよ、気にしないで。少し夢見が悪かっただけだから」

 

「そうなのかい、何故か関西弁の鋭いツッコミだったけど」

 

「だから気にしないで頂戴……多分、疲れていただけだから」

 

「まぁここ最近は本当に忙しかったから、仕方がないのかもね」

 

 そう、体育祭や文化祭、そして生徒会長選挙も控えていることもあってとても忙しい。きっと変な夢を見てしまったのもそれが原因でしょうね。

 

 関西弁でのツッコミだって、きっと疲れていたから変な混線があったんのだと信じたい。

 

 私はこの醜態を無かったことにする為に、話題を変えながら天武くんと一緒に台所に立つ。

 

「いつの間にか寝てしまっていたみたい。ごめんなさい、私も手伝うわよ」

 

「ありがとう、それじゃあスープの方をお願いできるかな」

 

 微笑んだ天武くんは私の醜態を無かったこととして振る舞ってくれている、本当にありがたい対応ね。

 

 一緒に夕飯を作って、その後に復習と勉強をして、これからについて相談をしているとあっと言う間に午後八時になり、自分の部屋へ帰る段階になると私は妙な夢の内容を殆ど忘れることになる。

 

 それで良かったのだと思う。私はきっと疲れていただけでしょうから。

 

 

 

 

 

 

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