ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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新章の始まりです。


二年目の体育祭
迫る体育祭


 

 

 

 

 

 

 

 

 櫛田視点

 

 

 

 

 

「やれやれ、困ったものですね」

 

 学校の屋上で八神くんがいつもの澄ました顔のまま芝居がかった口調でそう言った。苛立ちは感じないけれど自分の妄想に泥を塗られたようながっかり感があるのかもしれない。

 

 余裕たっぷりではあるのだが、内心では上手く行かなかったことに思う所があるのかな。なんであれ言葉と態度よりもずっと色々なことを考えているのはわかるよ。

 

 だって君、頭の良い馬鹿って表現が一番似合うもんね。

 

 八神くんの思惑はともかく、今は私のことを考えないといけない。度々屋上に呼び出して顎でこき使おうとするこいつは目下最大の敵である。過去をネタにここまで堂々と脅してくるんだから本当に困る。

 

 早めに処理したいけど簡単じゃない。天武くんも今は準備の段階だって言ってっけ。

 

「仕方がないじゃない。八神くんの言う通りちゃんと退学者が出る選択肢に誘導したんだよ」

 

 嘘だけどね。事前に天武くんがそういう展開もあるって相談していたし、その場合はポイントで救済する形にするって話し合いの場で言っていた。つまり八神くんが何をどうしようと結果が変わらなかったということだね。

 

「そうでしょうか? たとえば櫛田先輩が限界ギリギリまで粘り続けるという選択肢もあったと思いますけど」

 

「本気で言ってる? それはつまりクラスポイントを300もドブに捨てるってことなんだけど、しかも誰も退学にできないままね」

 

「そこを上手く誘導してくれるだけの人だと思っていましたけど、少々期待外れですね」

 

 本当にイチイチ苛立たせてくれる子だと思う。外野からできもしないことをただ命じるだけならどんな馬鹿にだってできる。

 

「そもそも八神くんはさ――」

 

 一言くらい文句を言ってやろうと思って口を開いた瞬間に、彼の折れていない方の手が私の首に伸びてきた。

 

 突然のことで何も反応ができなかったこともあるけど、それ以上に素早くて防ぎきれないものでもあったから、もしかしたら八神くんは格闘技でもやっていたのかもしれない。

 

「な、何するのかな?」

 

 喉を掴むかのように触れて来る掌はしかしこちらに痛みは与えてこなかった。ただ添えられているだけ……けれど次の瞬間にはそのまま握り潰されそうな圧力は感じられてしまう。

 

 大人しい顔をしているけど、もしかして喧嘩とか強いのかな? OAAの数値だけ見ればそこまで運動は得意じゃなさそうだけど、本性と同じで能力も偽っているのかもしれない。

 

 やっぱり危険だ、利用とか云々以前にどこで爆発するかわからない相手なんだよね、八神くんは。

 

「櫛田先輩、以前にも言いましたけど、貴女は窮地に立たされています。その自覚がありますか?」

 

「わかってる、わかってるけど……無理だったの」

 

 ここは、流石に監視カメラの死角になってるよね? 変な所で用意周到だから面倒だ。

 

「無理なんていうのは、弱者の思考ですよ」

 

 ブラック企業みたいなこと言うのは止めて欲しい。実際に天武くんがいるから無理だったんだもん。その場にいなかった癖に無理難題を押し付けるのは止めてよ。

 

 いや、澄ました顔してるけど、八神くんも焦りがあるってことなのかな。

 

「そもそも櫛田先輩には自覚があるんでしょうか? 貴女の過去を握っているのはこちらで、僕はいつでもそれを広げることができるんですよ……ただの脅しの言葉だと思っているようならそれは勘違いだ。いっそ、立場をわからせましょうか?」

 

「ま、待ってッ……それだけはやめて、お願い、お願いだから」

 

「使えない駒に大した価値はありません」

 

「やめてッ……も、もう一度だけチャンスを頂戴、今度は上手くやるから、ね?」

 

「その考えがそもそも間違いなんですけどね、チャンスなんてものは何度も訪れるようなものじゃない。僕のいた場所ではそれが基本でした」

 

「な、なら、えっと……ポイントを、ポイントを上げるから、もう一度だけチャンスが欲しいの」

 

「ポイント?」

 

「う、うん……私が毎月貰ってるポイントの半分を八神くんに渡すから。そ、それなら、私にはまだ利用価値があるでしょ?」

 

 ここで大切なのは弱々しく怯えて無力感を演出することかな。こびへつらってポイントを提供することで、そうすることでしか生き残れない女だってことを主張することにある。

 

 恐怖に染まった表情を作っておくことも大事、演技には慣れているからこれくらいは簡単にできた。私は今誰がどう見ても覚える無力な女子生徒でしかない。

 

「だ、だから、ね? お願いだから、過去のことは広げないで……そうなったら、私はッ」

 

 我ながら完璧だと思う。八神くんが首に手をかけていることも手伝って、完璧なか弱い女子生徒だ。

 

「なるほど、利益を提示すれば僕が貴女を切り捨てない、惜しいと思う訳ですか。悪くはありませんね」

 

「で、でしょ?」

 

「ですがそれでは50点です」

 

「ほ、他に何が必要なの?」

 

「結果ですよ……まぁ良いでしょう、及第点ということにしておいてあげます。貴女を切り捨てるか否かに関しては次の結果で決めるということで一旦は進めましょうか。そこでもう50点を取れるのならば、貴女は晴れて駒として扱うに値する価値を示すことになるでしょう」

 

「チャンスを、くれるんだね?」

 

 つまりそれまで私の過去を晒さないということだ。どうせ二度も三度もこんな自殺志願者と関わるつもりもないので、それで構わない。

 

 重要なのは、私が持っているポイントを八神くんに渡すことにあるんだから。その事実さえ作れるのならば何も問題はないかな。

 

「えぇ、ですけどよく覚えておいてください。本来、チャンスは二度も訪れないということを」

 

 私はそんな彼の言葉に怯えた様子でコクコクと頷きを返す。無力で恐怖に怯えてなんとか媚を売ろうとする弱い女を演じた。

 

「それでは期待しておきますよ、櫛田先輩」

 

 そう言い残して八神くんは私の首から手を放す。そしてボロボロの体を引きずりながら屋上から校舎の中に返っていくのだった。

 

 私はすぐさま自分のスマホを取り出して八神くんにポイントを送る。今持っている手持ちの半分を。

 

「とりあえずこれで良いのかな?」

 

 天武くんから受け取った作戦の一つはこれで終わった。どんな形であれ私が持っているポイントを八神くんに渡すという事実が必要であるらしい。

 

 つまり作戦の第一段階は終了したことになる。後は天武くんに任せるとしようかな。さっさとアイツを処理してくれることを祈るばかりだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ最近、俺はとても順風満帆なのではないだろうかとよく思うようになった。朝起きてすぐに始める改造トレーニングの充実感は今までよりも大きく、朝食に作った出汁巻卵はこれまでで最高の出来でもあった。

 

 学校に行く前に身だしなみを整える時も鼻歌交じりだったし、寮の外に出た時は珍しい蝶が視界を横切った。

 

 憧れを持つだけでは未熟者、夢を持って半端者、恋を知ってようやく一人前、そう言われて育ったことでそれが俺の価値観になっており、この学校にも一人前になる為に来たという側面が多かったけれど、ようやくそこに指先が届くんじゃないかと思えるようになったから、より充実しているのかもしれない。

 

 改造鍛錬は今まで以上に集中して効果がより実感できるようになり、勉強にだって実が入る。

 

 成長が実感できるようになったとでも言うべきだろうか、これが一人前に近づくということなのかもしれない。

 

 おそらくだが、今の俺なら入学したばかりの頃の俺は瞬殺できるんじゃなかろうか。そんなことを考えられるくらいには成長というものを感じ取れるのだ。

 

 良い傾向だと思う。憧れと夢を知り、恋に触れ始めたことで成長力が上がったのかもしれないな。

 

 そんな切っ掛けをくれた人を登校中に見つけたことで、俺は自然と唇を緩めるのだった。

 

「おはよう、鈴音さん」

 

「えぇ、おはよう」

 

「眠たいのかい?」

 

「そうかもしれないわね、少し夜更かしをしてしまったから」

 

 読書でもしていたんだろう。俺も改造鍛錬に集中すると朝までずっと逆立ちで腕立てとかすることもあるし、気持ちはわからなくはない。

 

「ニヤニヤして、何か言いたいことがあるのかしら?」

 

「いいや、ちょっと寝ぼけ眼な君が可愛らしいと思っただけさ」

 

「……もう、往来でそういうことを言うのは止めなさい」

 

 少し照れたような表情になった鈴音さんは、こちらに流し目を向けてちょっと非難してくるのだった。

 

 恋人という関係になってからより成長を実感できるようになったのは間違いない。夢を自覚した時と同じようにだ。それもこれも彼女がいたからなので感謝しかない。

 

 恋に触れられるようになったからこそ、成長の実感なのだと思う。

 

「体育祭も目前だし、今年はどんな感じに動こうか?」

 

「去年のようにグラウンドだけで完結するようなものではないから、細かな作戦と言っても殆ど無駄になってしまうのよね。団結しようにも人はバラけてしまうし、どうしてもそのクラスの運動能力の平均に落ち着いてしまうんじゃないかしら」

 

「一人当たりで取れるポイントも限られている訳だしね」

 

 今回の体育祭は去年のようにわかりやすい物ではなかった。南雲先輩が考えたらしく、今年の初めの段階で構想があって最終的に学校側が承認した結果の体育祭である。

 

 生徒はそれぞれ学園中で開かれる競技に参加してポイントを稼いでいく訳だ。無人島試験のように。

 

 当然ながらバラけるので鈴音さんの言う通り団結することは難しい。作戦を考えると言っても各々頑張ろうという形に落ち着くだろう。

 

 或いは去年の体育祭のように龍園がよからぬ絡み方をしてくるかもしれないが、それに注意して行動することを徹底させることだろうか。とりあえずクラスメイトには学校の地図を配布して監視カメラの位置を把握させておこう。もう二年目だけで意外な所にあったりするので無駄にはならない筈だ。逆になんでここに無いんだと思うような所もあるのでやはり無駄にはならないだろう。

 

 それが対策、なら作戦はどうなるのかと言うのならば、まぁ勝てるだろう生徒は積極的に大きなポイントを貰える団体戦に参加するというのがセオリーとなる。

 

「ただ、有利な点もあるわよ」

 

「それは一年生のことかな」

 

「えぇ、こう言うのはアレなのだけれど、そこで優位に立てると思うわ。無人島で龍園くんがやりたい放題した結果、大勢の怪我人が出てしまったもの……今年の体育祭に参加できない生徒が多い、それも運動のできる生徒を中心にね」

 

 多分運動能力のある一年生は抵抗が激しかったのかもしれないな。宝泉とか宇都宮とか他にも結構な数の運動能力を持った一年生が今回の体育祭には不参加となっている。ドクターストップがかかった訳である。

 

 おそらく八神などもそうだ、ホワイトルーム生なので抜群の運動能力を持っている筈だから、発揮されることもないのだろう。

 

「残った一年生たちと積極的にぶつかるようにすれば、私たちのクラスの運動能力が低い生徒であっても勝てる可能性はあるわ……少し姑息だけれど」

 

「他のクラスも似たようなことを考えそうだよね」

 

「隙あらば、ということでしょうね」

 

 今の一年生たちは哀れにも捕食される立場である。それもこれもやりたい放題やった龍園が悪い。宇都宮だったり宝泉のような高い体力を持っている生徒が健在であったのならば一方的にはならないのだろうけど。

 

「だとするとこの体育祭は、一年生とどれだけマッチングできるかが大きな差になるのかな」

 

「一人の生徒に稼げるポイントに限界がある以上はクラスの平均勝率を上げる必要がある。そう考えると無視できないくらいの可能性はありそうよ。一年生というパイをどれだけ奪えるかの戦いになることだって十分に想定できる」

 

「逆に三年生はどうかな?」

 

「そちらは……どうかしらね、一年生ほど怪我人は多くないけれど、何名かはドクターストップがかかっているそうだから、そちらも隙あらばと言った感じになるかもしれないわ」

 

 三年生で体育祭に参加できないのは南雲先輩と桐山先輩だろうか。前者はまだ入院中だし、後者は復帰しているけど全身打撲の影響がまだ少し残っているらしい。

 

 普通に歩いたりはできるし日常生活をする分には問題はないらしいが、それでも大事を取ってということらしい。きっとみんなが汗を流している間に受験勉強でもするのだろう。

 

 他の三年生たちの一部、俺と六助の襲撃に関わった者の中にもドクターストップがかかった生徒がいるようだ。加減はしたので骨折まではさせていないのだけれど、全身打撲の影響が残っているらしい。まぁまだ無人島試験が終わって一カ月ほどだからな。

 

 だとすると三年生との競技のマッチングも進めていくべきだろうか? 南雲先輩が入院中なので指揮系統がグダグダになってるらしいし、運動能力を持った生徒の何名かは参加できないしな。

 

 なんてこった、一年生も三年生も、捕食対象じゃないか。俺の頭の中にはパイを切り分ける坂柳さんと龍園の姿が想像されていき、それは風刺画みたいな感じにいやらしい笑みを浮かべながらナイフを持っている姿であった。

 

 一年生と三年生というパイをどれだけ奪い合うかという光景である。でも実際にそうなりそうだから困る。

 

 嫌な想像をしながらの登校して、教室に入ると俺たちはそれぞれ席に着くことになる。体育祭も目前ということもあって授業も体育の駒が多くなっており、一時間目もそうであった。

 

 そんな朝のホームルームを待つ時間だが、教室の隅っこの方で須藤と小野寺さんが何やら話しているのが見えた。珍しい組み合わせもあったもんだと何となく眺めていると、須藤がこっちに手を振って来たので話に交ざることになる。

 

「笹凪、今度の体育祭だけどよ、小野寺と組む感じになるかもしれねえ。クラスの作戦的にはどうなるんだ?」

 

「小野寺さんと? そりゃ二人が組めば上位入賞だって狙えるだろうけど、随分と急な話だね」

 

「俺だって今日初めて提案されたんだよ、というか、組むなら笹凪の方が良いんじゃねえか?」

 

 須藤は小野寺さんのそんなことを言うのだけれど、彼女は首を横に振るだけであった。

 

「いやいや、笹凪くんと組むのは流石にあれかも、だって一人でも勝てる人だし。そもそも堀北さんもいるしさ、変な噂とか勘ぐりされるのも嫌だもん」

 

「なら高円寺はどうなんだよ、悔しいがアイツも相当動けるぜ」

 

「そっちは単純に苦手だから」

 

「あぁ、まぁ、そうか」

 

「ギリギリ須藤くんの方がマシかなって思う。盗撮犯だけど運動能力は認めてるからさ」

 

「……お、おう」

 

 急所を突かれて須藤がうなだれる。やはりあの盗撮騒ぎの件は女子の間でも尾を引いているらしい。当然と言えば当然か。

 

 それでも須藤と組むことを提案する辺り、小野寺さんも上位入賞を目指して冷静に立ち回ろうとしているのだろう。

 

 良い傾向だと思う。この二人だけでなくクラス全体が体育祭を見据えた動きをしているのだから、前よりも団結力が上がったようにも思えるな。

 

 俺はどう動くべきだろうか、八神関連を動かさないとダメだし、体育祭で横槍が入って来る可能性もあるからそっち方面の対処も必要だ。特に目立つ行動をするかもしれない龍園とも話を付けておくべきか。

 

 体育祭が終われば生徒会の新旧入れ替えもあるし、来月には文化祭だ。

 

 あれ、滅茶苦茶忙しくないか? これが充実しているということなのかもしれない。

 

 

 とりあえず目の前の体育祭だけど、外部から刺客が来るかもしれないから九号に警戒して……いや、忠告しておこうか。

 

 気が付いたら死体が学園の隅っこに転がってましたってことが十分にありえるかもしれない。九号ならそれをやるに違いないので殺さないようにとしっかり釘を刺しておかないとダメだろう。

 

 刺客が来なければこんなことを考える必要はないんだけど、素直に諦めてくれることを祈るばかりであった。

 

 なんであれ体育祭が近い、裏も表も頑張るとしよう。

 

 

 

 

 

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