体育祭が近いということもあって授業も体育が多くなっている。これは去年と同様であり生徒たちはそれぞれグラウンドに縄張りを作って練習に励むことが多い。
今日もまたそんな日であり、二年生は勿論のこと一年生や三年生もまたグラウンドに集まって体育祭に向けて頑張っている光景が広がった。一応、学年によって使える場所が決まっているのだが、そこまで厳しいものではなく偵察がてら他のクラスや学年の様子を見に行く者もチラホラといるのが確認できた。
九月の間はこうして体育の授業も多くなるので、練習と偵察の機会も多くなるのだろうな。
実際、今も偵察の視線は多い。そしてそれは俺たち二年生だって同じことが言えるのかもしれない。
グラウンドを三等分にしてそれぞれの学年が練習する訳だから、偵察と同時に交流の場にもなっているんだろう。中には部活の先輩後輩という関係もあって和やかに談笑する生徒たちの姿もある。
平田などもサッカー部の先輩と話してそれとなくどの競技に参加するのか調べたり、桔梗さんもその交友関係を活かして一年生や三年生から情報を収集しているようだ。
当然ながら他のクラスや学年だって似たようなことをしているのだが……パッと見ただけでも順調なのは二年生だけなのかもしれない。
まず一年生は怪我人が大勢いる。主力を欠いている上にちょっと二年生を怖がっている感じなので距離を置かれているし、三年生にいたってはそれはもう空気が悪い。
そんな両学年に挟まれた二年生は、三分割されたグラウンドの中心で空気の悪さを感じ取っている状態だ。練習しながらな。
「俺たち無敵のBクラス~、恐れるものなど何もない!!」
俺がランニングしながら師匠モードでそう言うと、後ろに続くクラスメイトたちも続いてくれた。
「「俺たち無敵のBクラス~、恐れるものなど何もない!!」」
見ての通り士気は良い感じである。去年の体育祭同様に師匠モードによる洗脳……ではなく、全員の士気を高めるように行動しているので男子チームは鍛え抜かれた軍隊のような動きを見せているのだ。
去年のスパルタ特訓を超えた男たちだ、面構えが違う。今も元気よく掛け声を上げながら俺に続いてくれている。啓誠や博士のような運動が苦手な者たちだって愚痴ることすらしない。
全ては勝利の為、その意思を共有することができた集団は強い。これは決して洗脳している訳ではなく、ただ士気が高まっているだけである。そうに違いない。
「Bクラスの男子ってやっぱヤバいよな、見ろよあの狂気を宿した目、背筋がゾッとするぜ……変な宗教に嵌ってるみたいだ」
こちらの偵察を行っていたAクラスの橋本がドン引きした顔でランニングをする俺たちBクラス男子チームを見ているな。とても真剣に練習をしているだけなのに失礼な反応である。
「よし、休憩に入る。各員、水分補給をした後に筋力トレーニングに移るぞ」
「「イエッサッ!!」」
うむ、男子チームの仕上がりは完璧である。一糸乱れず敬礼をする姿は完全に鍛えられた軍隊のようである。運動が得意な者もそうでない者も、誰もが覚悟を瞳に宿していた。
良い傾向だ。去年は競技練習をする以前の問題であったが、今なら専門的な訓練をしても問題はないだろう。戦士でないものに技術を教えても意味はないが、今の男子チームならば何も問題は無い。この一年で戦いに挑む心構えは完成したということだ。
彼らを引っ張っていくにはやはり師匠モードが便利なんだよな。去年は堀北先輩に怒られたり茶柱先生に注意されたりしたけれど、今年はそんなこともなく訓練を続けられているのも大きい。俺も皆の意識を引っ張り過ぎないように注意しているので士気が程よく維持されているからだろう。
さて筋力トレーニングは各々に任すことになるだろうけど、せっかくなので休憩時間を利用して他の勢力でも偵察しようかと考えていると、俺の前にスポーツドリンクが差し出された。
「お疲れさま、相変わらず男子は頑張っているようね」
鈴音さんそんなことを言いながら若干の呆れ顔である。
「ありがとう。喉渇いてたから助かるよ」
差し出されたスポーツドリンクを受け取ってから喉を潤す。ずっと男子チームと一緒にランニングをしていたのでようやく一息いれることができた。
「女子チームはどんな感じだい?」
「悪くはないわよ、体育祭に向けてちゃんと調整できているもの……まぁそちらほどではないけれど」
だとしたら大きな問題はなさそうだな。男子チームも仕上がりは完璧なのでクラス全体がよく動いている。なかなかの団結力であると言えるのではなかろうか。
「勝てれば良いんだけどね」
「他のクラスだってただ座している筈もないもの、私たち以上の努力や団結をして、作戦を考えていたっておかしくはないわね」
「うん、油断しないのは当然だ」
そしてどれだけ警戒して注意しても相手はそれを凌駕するものだと考えていれば、まさかの展開にも素早く対応できるだろう。
「鈴音さんは他の学年をどう見る?」
休憩時間なのでグラウンドの隅に腰を下ろして二人で偵察と観察でも行うとしよう。まず目を向けるのは一年生だ。
「一年生はやはり怪我人が多いわね。主力は大半がドクターストップがかかっている。七瀬さんのクラスに至っては始まる前から勝負が付いている状態だもの、難しい戦いを強いられるでしょうね」
彼女の言う通り一年生は怪我人が多く体育祭に参加できる生徒が少ない。中でも七瀬さんのクラスは特に人数が少ないのでほぼ女子だけで挑まなければならない状況にあった。
今回の体育祭では一人の生徒が最大で十種目まで競技に参加できる。それは同時に一人の生徒で稼げる点数の限界があるということである。俺や須藤のような生徒が何十種類もの競技に参加して荒稼ぎするようなことはできない。
一人の生徒に稼げる点数に限界があるということは、自然と人数が多い方が有利になる。その点でも七瀬さんクラスは厳しい戦いになる訳だ。鈴音さんが言うように戦う前から勝敗が決しているという表現も決して過言ではないだろう。
他のクラスも大なり小なり怪我人がいて万全とは程遠い。そんな状態で二年生や三年生と混じっての体育祭なのだから一年生は本当に厳しい戦いになるだろう。
「なら三年生はどうかな?」
「あちらは雰囲気が悪いわね。ギスギスしていると言うべきなのかしら」
俺たちの視線はグラウンドの一角で競技の練習をしている三年生へと向けられた。こちらは一年生ほど怪我人はいないのだが、まず空気が悪い。
それを証拠に、グラウンドの一角では朝比奈先輩に詰め寄る三年生の姿もあった。
「なぁ朝比奈、変な噂を聞いたんだけどよ」
「噂? なんのこと?」
「……南雲の奴が特定の生徒を退学させたら賞金を与えるってゲームをやってるって噂だ」
「なにそれ、初耳なんだけど」
問い詰められている朝比奈先輩は眉を顰めているのがここからでも見える。
「なぁ大丈夫なのか? ポイントも思ってたよりも集まらないし、南雲は入院してる、しかも意味が分からない噂だってある」
「大丈夫だって、噂は噂、気にする必要ないよ」
「お前はAクラスだからそう言えるんだろうがッ!! 俺は南雲からクラス移動を約束して貰ってるんだよ、その為に尽くして来たし協力だってした、でもアイツの計算ほどポイントは集まってない。その上で妙な噂だ、焦るのだってわかるだろ?」
「それはそうだけど、下らない噂に振り回されたって仕方ないでしょ。幾ら雅でもそんな意味不明なゲームなんてしないって」
「焦ってるのは俺だけじゃないぞ、色んな奴が不安に思ってる……それを忘れんなよ」
唾でも吐き捨てるかのようにそう言い残して、朝比奈先輩に詰め寄っていた男子生徒は遠ざかっていく。
不満を持っているのは彼だけではないのだろう。詰め寄っている光景を見ていた三年生の中には似たような視線をしている者も多い。恐らくは南雲先輩にクラス移動を提案されて手足のように動いていた人たちだろう。
「……はぁ」
色々な苦労を感じさせる深い溜息を吐いてから朝比奈先輩はグラウンドの端っこにあるベンチに腰掛ける。南雲先輩に代わって三年生を指揮しているという話だけれど、当然ながら簡単ではないらしい。
「良くも悪くも、南雲先輩の影響力が大きいんでしょうね、三年生は」
鈴音さんも同じ意見なのか、朝比奈先輩を見てそんなことを言うのだった。
「三年生は指揮系統がグダグダなようだね。でも人数差が大きいから結局はAクラスが勝つだろう」
南雲先輩が結構な数を退学させてAクラス以外は人が少ない。そしてそのAクラスも混合合宿以降に俺が反南雲派閥の人たちをクラス移動させたので人数が多い。つまりどれだけグダグダになっていようと最終的にはAクラスが絶対に勝つのだ。
一人当たりで稼げる点数はこの体育祭では上限があるからな、人数が多い方が有利ということだ。
「よう、朝比奈パイセン。ちょっと商談でもどうだ」
ベンチに座って苦労を滲ませている朝比奈先輩に魔の手が迫る。いつも通りの邪悪な笑みを浮かべた龍園が近寄っていく。ベンチの後ろ側には山田と石崎が立つ。
嫌な状況だなぁ、あの三人に囲まれるとかこの学校で一番なりたくない状況かもしれない。
龍園が接触したのはチケットの売却交渉だろう。例の南雲先輩の噂を手伝って三年生の不信感は更に深まっているのでより余裕がない。
内乱を避ける為にチケットを1000万で売ると提案すれば、それは三年生に……南雲政権が続くことを求めている人たちにはありがたい商談でもあるのだろう。
そして当然ながら俺たちは大量のポイントを得る。南雲政権は内乱を抑えられる、三年生の一部はAクラスに上がれる、こっちの都合全開だけどなかなか悪くない展開だと思う。龍園もなりふり構わずだな。
龍園と石崎と山田に囲まれている朝比奈先輩に同情しながらも、仕方がないことだと諦めて貰うしかない。
「チケット売却作戦、なんとしても成功させないといけないわね」
「満場一致試験で大きな出費があったから、ありがたいことでもあるけどさ」
「これで他の生徒に一位を持っていかれれば台無しになってしまうのだから、より一層、覚悟を決めて挑む必要がありそうね」
「あぁ、でも大丈夫だよ」
「天武くんはそうでしょうけど、私はどうかしら。誰よりも強い訳でもないもの」
「かもしれないけど、やっぱり大丈夫さ」
「その根拠はなにかしら?」
「君が頑張り屋だってことを、俺が知っているからだよ」
隣に座っている鈴音さんに視線をやってそう伝える。何も迷いなどないとばかりに。
「……そ、そう」
照れてしまったのか少し頬を赤くされてしまった。可愛らしい表情だと思う。
「一緒にチケットを取ろう、それで転売して大儲けだ」
「当然ね、満場一致試験の出費をここで補填するつもりなのだから」
「その意気だ。勝ったら沢山褒めるからそのつもりでいて欲しい」
最近は堀北先輩風に褒めてもあまり来るものがないらしく、素直に俺なりに彼女を褒めておくべきだろう。
「楽しみにしておくわね」
まだ恥ずかしさがあるのか頬は少し赤いままだが、彼女はいつもの怜悧な表情に戻って立ち上がる。どうやらやる気を漲らせたようで競技の練習に励むつもりであるらしい。
そんな彼女を見送って俺は俺で体育祭の準備を整える。クラスメイトの洗脳……ではなく練習も大切だけど、同じくらいにポイントも大切だからだ。
特に面倒な南雲先輩の資金源は可能な限り削っておきたい。どうせ復帰した時に変なストーカー気質を発揮するだろうから、ポイントは可能な限り削っておくべきだろう。
チケットの売却もポイント稼ぎという側面もあるのだが、俺としては南雲先輩の資金を削る方に重きがあるのかもしれない。
そんな訳で俺はグラウンドのベンチに座っている三年生に声をかけるのだった。
「鬼龍院先輩、練習には参加しないんですか?」
その相手とは三年生の六助こと鬼龍院先輩である。一人でベンチに座って同級生の練習風景を眺めていたので声をかける。
「やぁ後輩……なぁに、練習しようとしなかろうと、結果が変わるようなことはないのでな、無駄なことはしたくはないのだよ」
「三年生は何がどうなろうがAクラスの勝利でしょうからね」
「そうだろうとも、どれだけグダグダであろうとも人数差があるからな」
どこか師匠を思わせる鋭い視線がこちらに向けられる。そして鬼龍院先輩は自分が座っているベンチの隣をポンポンと叩いて見せた。隣に座れといわんばかりに。
遠慮なく腰を下ろす。そして俺は本題を切り出した。
「ですが鬼龍院先輩なら個人賞で一位を取れるのでは?」
「どうだろうな、ポイントは魅力的ではあるが、200万程度ではそれほど必死になるほどでもあるまい」
「一応の確認なんですけど、先輩はAクラスでの卒業だったりは興味ないんですよね?」
「あぁ、そもそもそこに固執することが間違いだ。この学校にいる者はAクラスでの卒業特典があれば人生の成功が約束されていると勘違いしているが、ほんの僅かに可能性を上げる程度の意味しかないともっと知るべきだよ」
「そこに関しては同感です。重要なのは特典ではなく、社会の荒波に負けない力と意思だということは」
だから俺も、ただ同級生全員をAクラスで卒業させるだけでは意味がないんだろうな。全員に困難を切り開ける意思を持たせることが本当の意味での目的達成になるのかもしれない。
「ですがポイントはあればあるだけ便利ですよね」
「それはそうだろう。私は色々と出費が多いものでね」
「あんまり散財するイメージは無かったんですけど」
「まさか、霞だけを食って生きている訳でもないんだ。女には余計にそういうことが多いのさ。それに、君は知っているかもしれないが、卒業後は保有しているポイントを現金に変換できる制度がある。私としてはAクラスでの卒業よりもそちらの方が大きな意味を持つだろう」
「なるほど、ならばいいタイミングかもしれませんね……朝比奈先輩が苦労しているようなので」
「フフ、追い込んだ側の君がまるで他人事のようなことを言う物だ。南雲が妙なゲームをしていたという噂の出所は君だろう?」
「さぁ、それは知りません……それにどうであれ南雲先輩の自業自得ですからやっぱり俺には関係ありません」
「南雲も気の毒だな、余計なことせず前だけを見ていれば良かったものを……それで、本題はなんだ?」
「南雲先輩の資金を削っておきたいんです。復帰した時に財布が空になっているくらいまでは」
「ふむ、君の都合だろう、それは」
「えぇ、でも鬼龍院先輩の利益でもあります」
「朝比奈が苦労しているようだな、そして現状の三年生の状況に、ポイント……あぁなるほど、つまりチケットを売りつけたい訳だ」
「そういうことになります」
「私に協力しろと?」
「いいえ、鬼龍院先輩がどうしようとどちらでも構いません」
別にどちらに転ぼうとも何の損も無いからね、俺には。
鬼龍院先輩がチケットを得てポイントの代わりに朝比奈先輩に売れば結局は南雲先輩の財布は軽くなる。そうしなかったとしても大して困らない。
なのでどちらでも良い、作戦というのは上手く進めばいいなとちょっと期待するくらいで良いのだろう。これはあくまで予備の作戦でしかなく、本命はこちらで保有することになるチケットだからな。
上手くいってくれることを願おう、体育祭の間は本当に色々な準備をしなくてはならないから、忙しい限りである。
まぁ楽しくはある、今はそれで良しとしておこう。