ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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体育祭本番

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々と準備や作戦会議に費やされた九月も終わり、様々な考えやそれぞれのクラスの方針だったりが入り混じった準備期間も進んで行き、いよいよ十月に入ったことで体育祭も本番となるのだった。

 

 天気は快晴、まだ残暑は僅かに残るのだが暑すぎるということもない。絶好の運動日和でもある。

 

 去年と同様に全校生徒はグラウンドに集まって整列すると、そこで体育祭の開催式を行うことになった。学園で働いているスタッフや大人たちに加えて今年は来賓の数も多い。ざっと数十人の大人たちの姿がグラウンドに作られた貴賓席に確認できる。テレビで見るような大物政治家だったりは流石にいないけれど、与党の議員だったり学園のスポンサーであったりとなかなかの顔ぶれであった。

 

 その中には身分を偽装したホワイトルームからの刺客も確認できる。事前に九号が調べた通りの人物が堂々とこの学園に侵入しているという訳だ。侵入するには絶好の機会だったってことだろう。

 

 そんな彼らと教師たち、そしてスタッフたちの視線を一身に受けながら、俺はグラウンドに設置された壇上で開催宣言を行うのだった。

 

「我々生徒一同はスポーツマンシップに則り、己の実力を証明することを誓い、ここに高度育成高校学校体育祭の開催を宣言します」

 

 マイクにそう語り掛けるとこの場にいる全員に声が届いた筈だ。本来ならばこういった口上は生徒会長である南雲先輩の役目なんだけど、あの人は今も入院中でこの場には来れない。

 

 なので代理として他の生徒会役員が生徒を代表してやることになったんだけど、鈴音さんも帆波さんも遠慮して、七瀬さんも一年生だからと辞退して、最終的に俺がやることになった。

 

 なんて言うかアレだな、船のレクリエーションもそうだったけど、企画の発案者である南雲先輩が参加できないというのはとても寂しいことだと思う。退院しても生徒会長は辞めさせられているし、そう考えると少し同情しても良いのかもしれない。

 

 今度お見舞いの品で果物の詰め合わせでも持って行こう。そんなことを思いながら開催宣言を終えることになるのだった。

 

 宣言が終わると生徒たちはそれぞれがOAAアプリで予約した競技に参加することになる。今年の体育祭は南雲先輩は趣向を凝らしたので去年と異なり報酬もシステムも規模も大きく異なるからである。

 

 まず個人賞で一位を取ったら200万プライベートポイントか二学期の間だけ使えるクラス移動チケットのどちらかを選べる。二位は100万、三位は50万が報酬だ。

 

 これだけでも結構破格な報酬であるし、個人主義というか実力のある生徒を上に引き上げると言う南雲先輩の公約や姿勢を形にする物と言えるだろう。

 

 そして次にクラス単位での勝敗もしっかり用意されている。学園中で行われる競技で生徒たちは勝ち点を重ねて行き、最終的にその合計点で優劣を競う訳だ。こちらは一位になるとクラスポイントが150も貰える。二位なら50、三位で0、四位でマイナス150ポイントとなかなか大きな差が生まれることになるのだ。

 

 最低限三位以上がそれぞれのクラスが目指す成果だろう。尤も、全学年入り乱れての体育祭なので何もかもが計算通りとはいかないだろうが。

 

 南雲先輩発案の体育祭なので個人的な成績も重視されるのだが、ちゃんと学校側は集団戦という側面も重視している。その例の一つとして個人戦に徹するよりも集団での競技に参加した方が貰える点数が多いということがある。

 

 たとえば参加上限が最大で十種目までなので、それら全てを個人戦で終わらせた場合と、全てを集団競技で終わらせた場合では明確に後者の方が差が出来るという訳だ。

 

 なので個人で一位を取る場合はやはり誰かと、或いは何名かでチームを組んで集団競技を総舐めする形がベストである。

 

「それじゃあ行こうか、鈴音さん」

 

「えぇ」

 

 そんな訳で俺は鈴音さんとペアを組んでこの体育祭は行動することになるのだった。開会宣言を終えてから生徒たちはそれぞれ競技に向かう中、まずは彼女と接触した。

 

 学校の様々な場所で色々な競技があり、個人で参加できるものから複数人で参加できるものまであり、二人一組で挑んだ方がやはり点数は稼げる。ウチのクラスでは須藤と小野寺さんもこの形で挑んでいる筈だ。

 

 OAAから事前に参加できる競技をある程度は指定できる。当日になって発表される競技もありどれに参加するのか吟味をする必要があるのだけど、一競技目は大きく変更する必要はないらしい。

 

 開会式が終わったグランドではすぐに競技の準備が始まる。こう言った場所でできるのは百メートル走や二百メートル走、ハードル走や1500メートルラン、色々とあるのだが俺と鈴音さんが参加することになるのは二人三脚である。

 

 百メートル走で一位になるよりも、二人三脚で一位になる方が得点が大きい、参加は当然であった。

 

「OAAで事前登録した瞬間にライバルが全員キャンセルしたのは流石に苦笑いするしかなかったけれど、一応参加者は集まったようね」

 

「あれは笑っちゃったよね」

 

 二人三脚に参加する為に足を紐で結び合っていると、参加する前に起こった珍事件を思い出してしまった。

 

 この体育祭ではある程度は事前にどの競技に参加するのか予約することができるのだが、俺と鈴音さんが二人三脚に参加する申請をした瞬間に、既に申請を済ましていた全員がキャンセルすることになってしまったのだ。

 

 もしや不戦勝かと予想したのだが、どうやら参加者はなんとか集まったらしい。どうやら二位と三位狙いに的を絞った作戦であるらしい。

 

「さて、練習通り行くよ?」

 

「あれをするのね……いえ、それは一番早いとよくわかってはいるのだけれど」

 

 二人三脚と言えば思い出すのが去年の体育祭で俺や須藤がやったペアの相手を体に引っ付けて実質一人で走るという荒業である。二人三脚とはと疑問に思うけれど結局はこれが一番早い。

 

 鈴音さんがこちらに体幹を預けてきたので腰に手を伸ばしてがっちりと引き寄せ固定する。紐で結んだ足すらこっちの爪先に乗せる形である。

 

 一見すると二人三脚だけど、実質は一人で荷物を側面に張り付けた状態で走る訳である。スタートピストルが弾かれた瞬間に一気に加速して風となった。

 

 目指すのは一位、そして去年更新した世界記録を更に更新することだな。

 

「きゃッ!?」

 

 あまり聞き慣れない鈴音さんの焦った声を少し面白く思いながらも一瞬でゴールまで走り抜けた。二位以下とは大差を付けての圧勝なのだが、重要なのは記録の方だろう。

 

 ゴール付近でストップウォッチを片手に記録を測っていた職員に視線を送ってタイムを確認しようとするのだけれど、その人はポカンとした顔のまま硬直しており、その指が動くことはない。

 

 大きく遅れて二位のペアがゴールまで辿り着いた時にようやく思い出したかのように記録を付け始めたので、どうやら俺が去年の世界記録を更新できたかどうかは最後までわからなかった。

 

 ただ問題はないだろう。今の俺なら入学したばかりの頃の俺を瞬殺できるだけの実力があると確信できるくらいなので、多分世界記録は更新できていると思う。

 

「はぁ、はぁ……心臓が止まるかと思ったわ」

 

「大丈夫かい?」

 

「練習で何度も経験したけれど慣れないわね、貴方が見ている世界はちょっと速すぎるのよ」

 

 何故か側面に張り付いていただけの鈴音さんが疲れたような様子を見せる。絶叫マシンでも体験したかのような雰囲気であった。

 

「ふふ、でも面白いだろ? こういうのを矢のように過ぎ去っていく光景って言うのかな」

 

 景色が伸びるとでも言うのだろうか、最近は全力で走るとそんな感じになる。引っ付いていた鈴音さんも同じ光景を見たのだろうけど、だからこそ疲れているのかもしれない。

 

「滑り出しは順調だ。この調子で行こう」

 

「次は卓球のダブルスだったかしら、すぐに体育館に……ねぇ、あれを見て頂戴」

 

 次の競技に参加する為に体育館へ移動しようとした時だ、鈴音さんがグラウンドの一角を指差して注目を促す。

 

 そこでは百メートル走が行われているのだが、その内容があまりにもアレだったので俺たちだけでなく他の生徒や貴賓席にいる来場者たちまで驚く始末であった。

 

 百メートル走に参加しているのはAクラスの生徒である。そして一年生が主だ。

 

「なるほど、坂柳さんはもうなりふり構わなくなったか」

 

 Aクラスの参加者の一人である坂柳さんは杖を突いて悠々と百メートル走のレーンを進んでいるのが見える。この学校で最も運動が苦手と言える彼女ではあるが、そんな彼女が現在一位の位置にいた。

 

 何故そうなるのかと説明するのならば、一緒に参加している一年生が杖を突く坂柳さんの後ろを敢えて走って……いや、歩いているからだ。

 

 ザワザワとグラウンドにざわめきが広がっているのがわかる。明らかな出来レースなのだから当然だろうな。

 

 坂柳さんはそんな周囲からの注目なんてどこ吹く風とばかりに、杖を突いて百メートル走を一位で突破するのだった。

 

「どう思う?」

 

「徹底しているわよ……Aクラスは、一年生を味方に付けた」

 

「あぁ、あれは七瀬さんクラスの生徒だね」

 

「だとすると、七瀬さんは初手から勝利を手放して、坂柳さんから何らかの利益を得ることを主目的にしたということでしょうね」

 

「一年の、それも七瀬さんクラスはほぼ女子だけしか参加できないから、始まる前から敗北が決定していたようなものだ。ならいっそ開き直って誰に負けるのが一番かと考えても不思議ではないかな」

 

 坂柳さんは何らかの報酬を提示したということだろう。そしてそれはこの体育祭で敗色濃厚な七瀬さんや宝泉にとっては「最高の負け方」であるのかもしれない。

 

「拙いわね。天武くん、ハードル走を見て」

 

「あっちもかぁ」

 

 そこでも出来レースが行われていた。坂柳さんクラスのお世辞にも運動能力が高いとは言えない生徒が、一年生を背後に従えながら悠々とゴールしているのが見える。

 

 おそらく、この学園の至る所で似たような光景が広がっているのだろうな。Aクラス主導の出来レース、やってくれたものだ。

 

「あのプライドの高そうな坂柳さんがここまで露骨なことをするだなんて」

 

「恥や外聞を捨てて勝利を取りに来たということさ。この体育祭では参加できる競技数には上限があるし、生徒一人で稼げる点数だって同様だ。勝つためにはクラスの平均勝率を高めるのが基本中の基本だよ」

 

「だからといって、ここまでわかりやすいことをするとはね……」

 

「これもまた戦いの作法の一つさ。卑怯と呼ばれようとも、恥知らずと言われようとも、彼女は勝利に手を伸ばして来た……ああいった人がなりふり構わなくなったというのなら、本当に厄介な相手になりそうだ」

 

 貴賓席ではこの出来レースに苦笑いが広がっており。坂柳理事長が冷や汗をかいているのが見えた。

 

 実力主義を掲げるこの学校にとって、あれはどう映るんだろうな? 何を馬鹿なことをと批判するのか、それともそういった状況を作れることを実力だと評価するのかはわからない。

 

 どちらでも構わないか、出来レースの中心人物である坂柳さんがもう完全に外野を無視して勝利に手を伸ばそうとしているのだから、誰に何を思われてどう言われようとも関係がないのだろう。

 

 全ては勝利の為にか、やはり彼女は強敵だな。ここまで開き直られると一気に手強くなるぞ。

 

「ボーっとしている訳にもいかないわね。天武くん、急ぎましょう。私たちも点数を稼がないと」

 

「どう動く?」

 

「明らかな出来レースを組んでいるとは言え、参加できる競技は十種目まで。七瀬さんクラスと坂柳さんクラスは人数差もあるから全ての競技で完全な出来レースは不可能な筈よ。必ずどこかで他の二年生や三年生とマッチングする競技がある筈、そこで勝ち星を拾って独走を阻止するわ」

 

「それしかないか、可能ならば一番点数を稼いでいる生徒には俺たちや須藤たちをぶつけられるように立ち回ろう。少しでも坂柳さんクラスの平均勝率を下げないと」

 

 当たり前のことではあるけれど、俺たちが勝利を目指しているように他のクラスだって勝利を目指しているということだ。それは坂柳さんだって変わらない。

 

 出来レースなんてと批判している時間があれば、俺たちはまず動かなければならないだろう。

 

 急いで俺と鈴音さんは体育館に向かって卓球のダブルスに参加するのだが、その間に他の競技はどうなんだと確認してみると、やはりと言うべきか一部の競技で七瀬さんクラスと坂柳さんクラスの出来レースが確認できた。

 

 わかりやすいのはバスケ競技だろうか、驚くことに七瀬さんクラスと坂柳さんクラスがしっかりと第一戦目の枠を埋めており、わかりやすい出来レースが行われている。坂柳さんクラスのシュートはなんの妨害もなければ邪魔されることもなく、次々と点数を重ねて行く。

 

 あれじゃあバスケじゃなくてただのフリースローだな。本当になりふり構わず勝ちにきているということか。

 

 鈴音さんも体育館の入口でそんな様子を眺めて難しい顔をしているな。なので落ち着かせる意味も込めてその柔らかな頬を指で突っついた。

 

「何をするのよ?」

 

「いや、難しい顔をしていたからさ」

 

 鈴音さんの頬は柔らかくもスベスベしておりとても触り心地が良い。程よい弾力は病み付きになりそうでもある。

 

「不景気な顔をするにはまだ早いよ、序盤も序盤なんだからさ、違うかい?」

 

「いえ、その通りね、まずは目の前の勝利を得る。そしてAクラスの動きを把握して細かなアプローチを決めるべきね、それで行きましょう」

 

 さっき鈴音さんも言っていたことだがどこかで必ず出来レースは破綻する。参加上限と人数差があるからだ。序盤こそ事前の参加申請を示し合わせて上手くマッチングできたみたいだけど、それだってどこかで限界が来る。

 

 個人賞で一位も取っておきたいので坂柳さんクラスで一番ポイントを稼いでいる生徒と上手く同じ競技で戦えるタイミングを見計らないとな。

 

 ただ今は卓球のダブルスで勝つことが重要だろう。先を見て足元で躓いていては意味がないなんて言うまでもないことだ。

 

 卓球のダブルスは坂柳さんクラスが出来レースを行っているバスケットコートの隣で行われていたのでそこに参加する。体育祭開催期間はこの競技は何回か行われるのだが俺たちはその第一回目に参加申請をしていたので問題なく出場することができた。

 

「さっさと終わらせるわよ」

 

 やる気を漲らせた鈴音さんは美しいフォームで鋭いサーブを放ち、対戦相手の三年生から見事にポイントを得る。あちらは運動部に所属しているペアであったが、卓球の経験はそこまで多くは無かったのか運動能力のみで勝つつもりであるらしい。

 

 それはこちらも同じなのだけど、何も心配はいらない。俺と鈴音さんのコンビに勝てる者はこの競技にはいないだろう。

 

 鋭く打ち返し、甘い球を零さず、左右に翻弄して、トドメを刺す。事前練習でやってきたことをそのままやるだけでほぼストレート勝ちまで持って行けるのだった。

 

 後はこれを繰り返して一位を取るだけ、一先ずはここで勝利をもぎ取ってから坂柳さんクラスの対策に集中するとしよう。

 

 あ、外から来る刺客も排除しないとダメなんだったな。すっかり忘れていた。

 

 あっちからしてみれば子供のお遊びなのかもしれないけど、やってる方は真剣なんだから邪魔しないで欲しい。

 

 貴賓席に座っていた排除対象の顔を思い浮かべながら、俺はそんなことを思うのだった。

 

 

 

 

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