坂柳さんのまさかの戦略に面食らった訳だけど、ただ困惑して事態を眺めていることはできない。出来レースによる一方的な独走を傍観できる筈もなく、すぐさま対処に動くことになる。
OAAからの事前登録による競技への参加申請である程度は示し合わせていた坂柳さんと七瀬さんだが、全てが全て完全に出来レースを終わらせることはできない。
もし仮に坂柳さんクラスの生徒全員が七瀬さんクラスとマッチングするにしてもだ、ほぼ女子生徒しか動かせない七瀬さんクラスとは人数が合わない。そして競技には最大で十種目しか参加できないのでどうしたってあぶれる者たちがいる訳だ。
つまり全てを出来レースでは終わらせることはできない。どこかで三年生や他の二年生とぶつかりあう競技が出て来るだろう。
そこで上手く勝ち星を拾えて……まぁ五分といった所か。
坂柳さんみたいな人がなりふり構わなくなったとしたら、それはもう厄介な強敵となるに違いない。全てを賭けて勝利を目指す人ほど恐ろしいものはないのだから。
龍園もそうだけれど、ライバルたちの成長は嬉しくもあり恐ろしくもあるな。
いつかこんなポイントなんていらないと言って俺たちを蹴り落として欲しいものである。そうなってくれれば俺はどれほど幸福だろうか。
なんてことを考えているとは露知らず、卓球のダブルスで見事一位になった鈴音さんは難しい顔をまたしていた。
「厄介ね、このままだと独走を許すことになってしまう」
「出来レースが多いだろうから当然そうなるだろうさ」
「個人賞すら怪しいかもしれないわよ」
「ある程度の出来レースでクラスの平均勝率を上げるとしても、全部が全部それで終わらせることはできないさ。Aクラスで一番動けるのは男子は鬼頭で女子は神室さんかな、おそらくその二人でペアを組んで個人賞を狙っている筈だ」
「私たちと同じように?」
「その通りだ。なら話は簡単だね、彼らとぶつかり合う競技に参加するしかない。点数の稼ぎ頭であると同時に、個人賞を狙う上で十種目全勝を目指しているだろうからね」
「須藤くんと小野寺さんペア、或いは私と貴方との直接対決をどこかでやって勝つ必要があるということね」
「あぁ、それで少なくともチケットは得られるだろう。ただしクラスの平均勝率はそこまで変わらない」
「本当に厄介ね、一人の生徒が参加できる競技数も稼げる点数にも限度があることが坂柳さんの戦略を大きく後押ししている」
出来レースを全力でやる相手にクラスの平均勝率で勝利する……うん、無理だ、こっちも同じ戦略で勝ち星を拾わないことにはまず後れを取るだろう。
ざっと計算してみるけれど、甘く見積もっても五分といった所だ。よっぽど上手く立ち回ってもそれなのだから本当に坂柳さんは手強いと言うしかない。
色々と文句を言いたい人もいるかもしれないけど、俺としてはこれもまた戦いの作法の一言で片付いてしまう問題である。
俺と鈴音さんは卓球のダブルスで無事一位を取れたので、とりあえず体育館を出てグラウンドに戻る。すぐさま情報を集めることになった。
「あ、龍園? すまないがそっちの状況を……そうか、やっぱり似たような状況か。あぁ、こっちもだよ、完全に出来レースだ」
俺はまずスマホをポケットから取り出して龍園と連絡を取り合う。彼は彼でどこかの競技に参加しているのだけれど、やはりそちらでも出来レースが確認されたらしい。
『クククッ、あの女がここまで開き直るとはな、なかなか楽しませてくれるじゃねえか』
「それだけこちらを警戒しているということさ、悪いんだけど鬼頭か神室さん……或いは橋本を見かけたら徹底的に邪魔して欲しいんだ。どういう組み合わせかはわからないけど、Aクラスの運動面での主力はその三人だ。隙があれば君の所の山田なんかをぶつけてくれ、勿論こっちもマッチングを急ぐ」
『当然だ、このまま独走を許すかよ。テメエは何があろうがチケットを取りやがれ、できませんじゃ許さねえぞ』
「言われるまでもないことだ」
Aクラスへの妨害は龍園クラスに丸投げで良いだろう。得意だろうからな。
そして個人部門で一位を取れるだけの相手には俺たちか山田たちか須藤たちをぶつけてなんとか全戦全勝を防ぐしかない。クラス全体でも負けました、個人賞も逃しましたなんてことになれば最悪であった。
「天武くん、クラスの全体チャットで呼びかけたのだけれど、Aクラスでペアを組んで動いているのはやはり鬼頭くんと神室さんのようね、平田くんから報告があったわ。それと橋本くんもペアを組んで動いているみたい」
俺が龍園と話している間に鈴音さんはスマホで全体チャットを開き、クラスメイトから情報を集めていたらしい。やはりAクラスで個人賞を狙う面子はその辺になるか。
鬼頭と神室さん、そして橋本のペア、どちらか片方が一位を取れるように動いていると見るべきだろう。本命は鬼頭側だろうな。
この両者の全戦全勝だけは絶対に阻止しなければならず、俺たちとの直接対決が好ましいだろう。
橋本ペアは……龍園に妨害して貰うとしようか。
「しかしアレだね」
「アレ、とは?」
「いや、開会式でスポーツマンシップに則ってなんて言ったけど、ちょっと申し訳ない気持ちになった。妨害とか出来レースなんて言葉が自然と出てきたしさ」
坂柳さんは全力で出来レースをしているし、俺たちは全力で妨害しようとしているし、スポーツマンシップという言葉と共に連想する青春的な状況には遠いと思う。
「それは今更でしょう? そんなこと期待するだけ無駄よ、私たちはルールと常識に従うのではなく、そのルールを敷いて利用する側になれというのがこの学校の主張なんだから」
鈴音さんもそんなことを言うくらいには学校への信頼というものがブレているらしい。まぁこの学園の教育を受けた人の多くはそういう思考になるのかもしれない。真面目にやるだけではなく裏の裏まで見通して小さな可能性や穴すら見逃すなと考えるようになる訳だ。
だからなのか坂柳さんを露骨に責めたりはしない。ルールには買収してはいけないと明記されていないのだから、Aクラスの戦略は正当とも言えるからだろう。
尤も、だからといって黙って見ていることなどできない。これもまたこの学園の教育であるのかもしれない。
体育館から出た俺たちは急いで事前予約していたバトミントンに参加して難なく勝利すると、勢いそのままに綱引きとバレーでもあっさりと勝利を重ねた。勢いに任せて瞬殺したと言っても良い。
これで基本となる五種目は最高の結果で終わることになる。問題なのはもう五種目だろう。
ここから先は事前登録した競技ではなく自由にどの競技に参加するのか選べるので吟味が必要だ。やはり鬼頭たちへ黒星を一つは与えておきたいのでそちらに動くべきだな。
なのでクラスの全体チャットで鬼頭がどこにいるのか情報を集めてそちらとマッチングするように動くことになるのだった。
「あと一歩遅かったようだな」
向かった先はテニスコート、既に参加を申請していた鬼頭と神室さんペアが間に合わなかった俺たちを見てそんなことを言ってくる。ちょっと安心しているのは戦わなくて済むと確信したからだろうか。
だがそうは問屋が卸さない、何としても十種目全勝を阻止したいのでここはちょっと強引にでも割り込ませて貰おうか。
「すまない桔梗さん、王さん、ここは参加をキャンセルして欲しい」
参加者も集まったので第四回目のテニス競技が始まろうとしていたのだが、何としてでも鬼頭と神室さんペアとの直接対決を実現しなければならなかったので、桔梗さんと王さんに泥を被って貰うしかなかった。
「事情は把握してるよ、仕方ないなぁ」
「ありがとう、体育祭が終わったらお礼するよ。王さんもすまないね」
「い、いえ、そんな。頑張ってください」
参加を取りやめるた場合は点数が引かれることになってしまう。桔梗さんと王さんはキャンセルした結果マイナスになってしまう上にクラスの平均勝率を下げることにも繋がるだろう。
だが、それらのデメリットに目を瞑ってでも鬼頭と神室さんペアにせめて一度は黒星を与えて俺たちが勝たなければ個人報酬のチケットすら得られないかもしれない。苦肉の策ではあるが背に腹は代えられないのでやるしかなかった。
桔梗さんと王さんに感謝を伝えてから、空いた枠に俺と鈴音さんが滑り込むことになる。
「そんな訳で鬼頭、そして神室さん、悪いが俺たちと対決してくれ」
一年生と二年生、そして三年生も幅広く集まったテニス競技ではあるが、最大のライバルは鬼頭たちである。これで勝つことができれば十種目全勝を阻止できるので個人報酬の一位は阻止できる可能性が高い。
「どうするのよ、鬼頭?」
「笹凪は俺たちの独走を許すほど間抜けな男ではない。どうせ遅かれ早かれこうなっていた筈だ……やるぞ、神室」
「はぁ、わかったわよ」
直接対決を避けられないと判断したのか鬼頭と神室さんペアは大人しくテニス競技に参加することになった。或いは他のペアが一位になることに賭けたのかもしれない。俺たちが参加するとなった時点で方針を変えた可能性もあるかもな。事前に坂柳さんからそう言われていた可能性もある。
Aクラスの動き、その目的がクラス報酬の一位である150ポイントであることがわかる。だとすれば個人報酬は得られたらいいなくらいの感覚なのかもしれないな。
事実として、櫛田さんと王さんに参加をキャンセルさせてしまった結果、クラスの平均勝率と得点は少し下がることになっただろう。たとえテニスで勝てず個人報酬の一位から遠ざかったとしても、それだけで鬼頭と神室さんにとっては十分な戦果であるとも言えた。
なるほど、よく考えられている。なりふり構わなくなった坂柳さんは本当に厄介だ。
一人に稼げるポイントに限界があり、参加できる競技も十種類まで、重要なのは突出した個人であると同時にクラス全体の勝率と得点、そこに全てを集約した結果こちらは振り回されているのだから、流れは坂柳さんにありそうだな。
最悪、クラス一位は譲るしかないかもしれない。そしていっそ個人賞に集中した方が良いか?
そう思えるくらいには坂柳さんの術中に嵌ってしまっている。
まぁ今は目の前の勝利だな。まずは鬼頭と神室さんペアの全戦全勝をなんとしてでも阻止するべきだ。それができなければ何も始まらないだろう。
テニスの男女混合ダブルスには全ての学年が満遍なく集まっておりトーナメント戦となる。くじ引きの結果、鬼頭たちとの戦いは決勝戦となった。
また、全ての戦いを完全にテニスの公式ルールで進めるとなると全ての対戦が終わる頃には日が暮れてしまうので、2セットを取った方が勝利となるルールで時短を図っているようだ。
「練習通りにいこう。大丈夫、何も心配いらないさ」
「当然よ、ここで負けているようでは個人賞すら逃してしまう……必ず勝つわよ」
鈴音さんもラケットを持ってやる気を見せていた。集中力も高まっており、師匠モードに爪先を突っ込んでいる状態である。
こうなったら手が付けられなくなるのは去年の体育祭で実証済みであった。それを証拠に彼女が放ったサーブはちょっとびっくりするくらいの正確さで相手のコートに突き刺さり、大して打ち合うようなこともなくほぼサーブだけで1セットを奪い去るという偉業を成し遂げた。
相手のサーブの時であっても、師匠モードになると動体視力も高まるので何の迷いもなくボールを打ち返してくれた。
対戦相手の三年生もなんとか打ち返してくるのだが、甘く浮いたテニスボールは俺が打ち返す。
全力で球を打ち返すと、おそらくボールが破裂してしまうかラケットの網目に沿ってバラバラに切り裂かれるかのどちらかなのである程度は加減する必要があった。
何かを間違えて相手選手に当てた瞬間に病院送りになってしまうので、本当に気を遣う作業となったが、一回戦も二回戦も鈴音さんの活躍も手伝って問題なく勝利することができた。
大きな問題はない、そして決勝では予定通り鬼頭と神室さんペアとぶつかることになるのだった。
「君は出来レースをしないのかい?」
「そんなことをせずとも俺は勝つ……と、言いたいが、俺の仕事はお前を釣りだすことだ。遅かれ早かれ個人報酬の一位を取られることを避ける為に直接対決に来るだろうと坂柳は言っていたからな」
「君からしてみれば、桔梗さんみたいに競技の参加をキャンセルさせた段階で目的は達成できていると言うことか」
「あぁ、競技の参加を辞退させればそれだけで点数が引かれるからな」
たとえここで十種目全ての勝利を手放して個人報酬の一位から遠ざかろうとも、クラス全体平均勝率と獲得点数は高められてクラスとしての勝利には近づくことになる、全ては計算の先にある行動か。
「Aクラスは本当に強敵だと改めて思ったよ」
「当然だ、お前を凌駕する為に全てを賭けると決めている……この恥知らずの出来レースを幾らでも批判しろ、どれだけでも笑え、それでも俺たちは必ず勝利を掴む」
「その覚悟は良し……見事な戦いの作法だと賞賛しよう」
俺と鈴音さんペア、そして鬼頭と神室さんペアはテニスコートに立って向かい合う。この決勝戦を制した方が個人一位を取ることになるかもしれないので絶対に負けられない競技でもあった。
「集団戦に私情はいらん……だが、個人戦では話は別だ。こうして向かい合い同じ競技に挑む以上は、当然勝ちに行く」
「あぁ、ならば返礼はこちらの本気で構わないかな」
最初のサーブはこちらからだ。鈴音さんからテニスボールを受け取った俺は、それを高く上げてから力を込めてラケットで叩く。
全力でやるとアレなので相応に加減するが、しかし確かに本気ではあった。
放たれたテニスボールはそのまま鬼頭の少し前に突き刺さってしまう。
ボールが跳ねることはなく、見事にコートを貫通して地面に埋まることになるのだった。とりあえずこれで一点。
「……」
先程までの威勢はどこにいったのか、鬼頭はチベットスナギツネみたいな顔になって沈黙することになる。
そんな彼を無視してボールボーイをしていた職員が掘り起こしたテニスボールを受け取って、今度は相手側のサーブとなった。
神室さんが打ったボールはそれなりに速かったが対応できないほどではなく、幾度かの打ち合いの後に甘く浮いたボールを叩きつけて地面にめり込ませる。これで二点。
三度目も変わらず、四度目もまたボールが地面に突き刺さったことで1セット目はこちらの勝利となる。
すまないな鬼頭、本気で挑む以上は手加減するつもりはない。何もできず負けてくれ。
このテニスでも俺たちは一位を取ることになり、一先ずは個人報酬のチケットに近づくことになるのだった。