ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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体育祭本番 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼頭と神室さんペアとの直接対決で勝ち星を得る。これは最悪の中での最高を得る為の最低条件だろう。

 

 圧倒的な勝利によって男女混合テニスで一位を取ったことで、とりあえずはその最低条件を突破することができたと思う。今回の試験は参加できる競技は最大で十種類までという制限があるので一つ負けるだけでも明らかな差が生まれるのだ。

 

 これで制限無しだったら俺や須藤が一つでも多くの競技に参加して大量のポイントを稼げてしまうからな。一人の生徒が稼げる点数に上限を付けるのは仕方がないのかもしれない。

 

 その参加上限がある以上はどうしたってクラスの平均勝率を上げる必要があると考え、それならば出来レースが一番早いと坂柳さんは判断したということだ。本当に上手くやったと言うしかない。着眼点が面白いよね。

 

 彼女は本気で勝つつもりだ、そして俺たちは見事に転がされてしまっている。間抜けというしかないが、この行為を責められないのがこの学校であった。

 

 審判を買収していなければそれは違反ではなく戦略と呼べるのだろう。

 

 ただずっと指を咥えて眺めている訳にもいかないので、坂柳さんクラスの平均勝率をなんとしてでも下げるべく動く必要があるし、それが難しくてもどうにかして個人賞一位のチケットだけは死守しないといけないな。

 

「……流石に強いな」

 

「まぁわかりきってたけどさ」

 

 惜しくもテニスの決勝で敗北した鬼頭と神室さんペアがそんなことを言ってくる。神室さんは作戦通りに事が進んだ上に最初から勝つ気もなかったからなのかシレッとしているが、鬼頭の方は眉間に皺を寄せていつも以上に迫力のある顔になっていた。

 

「真剣勝負の結果だ、文句はないが……笹凪、お前は全力を出してはいなかったな?」

 

「鬼頭、どうしてそう思うのかな?」

 

「常に余裕と配慮が感じられたからな」

 

「それは勘違いだ、少なくとも本気で勝利を掴もうとしていたよ」

 

 ただ本気ではあったが全力ではなかった。全力でやるとテニスボールが幾つあっても足らないだろうし、下手したら鬼頭の腹に命中して穴が開いたかもしれないと考えると、あれくらいで良かったのだろう。

 

 テニスコートは穴だらけだが人は死んでいない、完璧な結果だな。

 

「そういうことにしておこう……だが、いずれ全力のお前に勝たせて貰うぞ」

 

「やめときな鬼頭、こいつと身体能力で競っても絶対意味がないから」

 

 神室さんの忠告を無視して鬼頭は俺を力強い視線で睨みつけて来るのだった。別に侮ったつもりもないんだけど、変なライバル心を植え付けてしまっただろうか。

 

 そう言えば去年の体育祭でも何度か鬼頭と戦ったなと思い出す。運動が得意な生徒なのでこういった分野で手も足もでないとなると思う所があったのかもしれない。

 

「来年も体育祭はあるだろうし、それ以外でも幾らでも競える場はあるだろうさ、その時が来るのを待っているよ」

 

 この体育祭でも戦略的な勝利を得るのかもしれないが、鬼頭としては戦術的な勝利もまた欲しかったのだろうか、そういう意思は凄く良いと思うのでちょっと好感度が上がるのだった。

 

 どうして南雲先輩はこうあれないのだろうかと思ってしまうほどである。あの人もドロドロしたストーカー気質を向けてこず素直に戦いに挑んでくれれば良いんだけどな。

 

「さて鈴音さん、次の競技と行きたい所だけれど、その前にお昼にしようか」

 

「そうね、配給所にお弁当があるようだからそこに向かいましょう」

 

 テニス競技を終えて俺たちは少し遅めの昼食となった。腹が減ってはなんとやらだ、師匠も補給は大切とよく言っていたのでしっかりと腹八分目にしておこうか。

 

 なのでグラウンドに設置されているお弁当の配給所に向かおうとするのだけど、その途中で俺たちはとある一年生ペアと出会うのだった。

 

「あ、そっちもお昼ッスか?」

 

「えっと、どうも先輩」

 

 その一年生とは九号とそのクラスメイトの男子生徒である。どうやらチケットを得る為に彼女は同じクラスの男子とペアを組んで体育祭に挑んでいるらしい。

 

 迷惑をかけてないよね? そんな意思を込めた視線を九号に送ると、彼女はそんなまさかと言いたそうな顔になった。

 

「あぁ、丁度テニス競技が終わってね。ちょっと遅めのお昼休みだ。そっちは?」

 

「ウチらはもうお昼休みは終わりましたよ。これから同じくテニス競技に参加するッス」

 

 さっき俺たちがやっていたテニスは三度目の開催だったけど、間を置かずに四度目が行われるので九号と男子生徒はそこに参加するつもりであるらしい。

 

「この子たちが天武くんの言っていた一年生のチケット確保要員なのね」

 

「その通りだよ鈴音さん」

 

「調子はどうなのかしら?」

 

「問題ね~ですよ、これまでの競技でも全部団体戦で一位なんで」

 

「そう、そこは幸いね」

 

「もしかしてそっちは拙い状況なんッスか?」

 

「そういう訳でもないけれど、クラス順位は厳しいものになるかもしれないわね。だから貴女たちは確実に個人賞のチケットを得て欲しいの。約束通り400万で買い取るわ」

 

 鈴音さんがそう言うと九号と一緒にいた男子生徒がホッとした顔になった。どうやら半信半疑であったらしい。そこまで信用されていなかっただろうか……まぁ二年生全体の評価や信頼を考えると不信感も仕方がないか。

 

 報酬の支払いを改めて確約したことで二人はやる気を見せてテニスコートへと進んで行き四回目のテニス競技に参加申請を済ますのだった。

 

 俺たちはお昼休みなのでその場を去るべきなのだろうけど、ちょっと気になることがあったので少しだけ脇で見学することになる。

 

「天武くん、昼食はいいの?」

 

「いや、ちょっとだけ見学しようかなって」

 

「そう、なら私がお弁当だけ取って来るわ。何か希望はあるかしら?」

 

「ん、カツ丼かな」

 

「好きね、カツ丼」

 

「美味しいからね、それにゲン担ぎでもあるからさ」

 

 そう言えば大事な試験の前だったりはよく食べているような気がするな。鈴音さんにも作って貰ったことがあったりもする。グラウンドの配給所にあることを願うばかりだな。

 

 お弁当を取りにグラウンドに向かう鈴音さんを見送った後、視線はすぐにテニスコートへと向けられた。そこでは既に参加申請が終わっており、さっきまでの俺たちと同じようにテニスのトーナメントが開始されていた。

 

「あの、えっと、鶚さん。俺ってテニスの経験が無いんだけど」

 

「無問題でやがります。まぁウチに任せるッス。そう何度もラリーなんてさせませんから。兵は神速を尊ぶ、速攻で終わらせるッスよ」

 

 当然ながらそこには九号と男子生徒の姿がある。あの様子だともしかして男子生徒の方はそこまで運動が得意ではない感じなのだろうか? それでもしっかりと九号がフォローして一位を取りまくっているらしい。致命的な失敗であろうともあの子が全力を出せばそこまで苦労はしないのかもしれないな。

 

 それこそワザと負けようとしない限り、九号が勝利に導いてくれる筈だ。

 

 そんな男子生徒と九号はテニスコートに入って早速一回戦に挑むことになる。別に何も心配はしていないけど、俺がワザワザ見学をすることにした理由の一つは、丁度ホワイトルームからの刺客の一人が貴賓席に座っているのを確認したからである。

 

 まだ大きくは動いていないらしいその男は、抜け出すタイミングを計っているようにも見える。しかし一応は政府やスポンサー関係者という体裁で招かれているので好き勝手に動き辛いのだろう。

 

 なので他の来賓と一緒に集団で移動しながら隙を伺いつつ清隆を探しているのかもしれない。ああやってテニスコート近くにある貴賓席にいるのも全体の流れに乗ってのことかな。

 

 派手な動きこそないものの、ホワイトルームの刺客であることはわかっているので、せっかく視界に入ったことだし処理しておきたかった。

 

 そんな意思を込めてテニスボールを持つ九号を見つめると、彼女は言葉を介することもなくこちらの意思を受け取ったのかコクッと頷いてくれたのでもう安心である。

 

「それでは第四回目の男女混合テニスを行います」

 

 担当教官のそんな宣言と共に競技が始まった。一回戦の組み合わせは九号ペアと三年生ペアの戦いだ。ただ九号がいる以上はまず勝利は間違いないのでそこは心配していない。

 

 重要なのはこのテニスを観戦している来賓たちに交じっているホワイトルームの刺客である。清隆を探しながらも何とか抜け出すタイミングを計っているようだけど、ウロチョロされても困るので見つけたからにはここで退場して貰いたいんだよな。

 

「それじゃあ行くッスよ~」

 

 テニスが始まった。最初のサーブは九号である。そして彼女は俺の期待を百パーセントの形で答えてくれるのだった。

 

 

 

「アアアッ、テガスベッタッス~」

 

 

 

 なんてことを言いながら九号はサーブを放つ。それも全力で。

 

 九号が打ち放ったテニスボールは大気を破裂させたかのような轟音を広げたかと思うと、目にも止まらぬ速度で突き進み相手のコートのエリアに落ちる――ことはなかった。

 

 黄色い尾を伸ばすボールは弾丸のような勢いで何の反応もできない相手選手のこめかみ付近を通り過ぎたかと思えば、そのまま背後にあるテニスコート全体を囲む金網にぶつかって、しかしそこすらも貫通して更に向こうに突き進むのだった。

 

 金網の向こうにあるもの、それは貴賓席である。

 

 九号の放ったボールは金網で勢いを止めることはなく、その向こうにある貴賓席にすら届いて、最後にはそこに座っていた来賓の一人の顔面に直撃してようやく勢いを失い地面に転がることになった。

 

「ん、お見事」

 

 これが無関係な誰かであれば大問題ではあるけれど、顔面でボールを受けたのはホワイトルームからの刺客である。確か清隆が言うには総合格闘技の教官だったかな?

 

「ナ、ナンテコトダ~、コンナジコガオコルナンテ~」

 

 九号はもうちょっと演技の練習をした方が良いのかもしれない。あの子は潜入任務とか得意な筈なんだけど、あんなカタコトな口調で大丈夫なのだろうか。

 

 まぁ大丈夫か、九号の言う通りどこからどう見ても事故なんだから何も問題はなかった。スポーツ観戦中にボールに当たって負傷する、野球でもサッカーでもそしてテニスでもよくある事故だろう。

 

「大丈夫ですかッ!?」

 

 だが事故であっても大惨事であることは変わらないので、貴賓席は大騒ぎとなっていた。特にホスト側である坂柳理事長はそれはもう焦っている。

 

 来賓の大半がスポンサーであったり政府関係者である。そんな身分の人に偽装しているのがホワイトルームの刺客である。そりゃ坂柳理事長も焦るだろうな。

 

「病院の手配をお願いします、それまでは保健室で応急処置を!!」

 

 坂柳理事長は焦りながらもそんな指示を出す。放置もできないので当たり前だった。

 

 俺はそんな騒ぎの中心に近づいていき生徒会役員として振る舞いながら野次馬に加わることになる。

 

 だってホワイトルームからの刺客は一人じゃないからな、重傷者を囲む大勢の来賓の中にもう一人いた。

 

「すみません、ちょっと通してください」

 

 怪我人を介抱する人、それを囲む来賓たち、つまりは野次馬の群れの中に割って入る瞬間に、もう一人の刺客の脇腹に親指を突き立てて衝撃を叩きこむ。確かこの人はボクシングの世界王者だった人だったかな? 突然の衝撃にあっけなく意識を失うことになる。

 

 これだけ人が固まって場が混乱しているので、大半の意識や集中はボールが命中した人に向いている。野次馬の一人が倒れた所で俺が犯人だと思う人はいないだろう。

 

「ん? おいこっちも倒れているぞ!!」

 

「なんだって!?」

 

 また坂柳理事長の焦った声が周囲に広がった。ホスト役も大変だとどこか他人事のように考えてしまう。

 

「理事長先生、こちらの方はどうやら熱中症のようです。保健室で休ませておいた方が良いでしょう。そちらの方は頭部に強い衝撃を受けたようなので大きく動かすことは推奨できません。保健医が来るまで揺らさず放置しておきましょう」

 

「笹凪くん……そちらの来賓は本当に熱中症なのかい?」

 

「まだ残暑がありますからね、水分補給も疎かにしていたようなので」

 

 坂柳理事長はそれはもう疑わしそうな視線を俺に向けて来るのだけれど、証拠は何もない……つまりはこちらも事故である。そうに違いない。

 

 色々と思う所はあるのだろうけどここで論ずる意味はないと判断したのか、坂柳理事長はすぐさま保健医と連絡を取って重傷者の搬送手配を整えていく。

 

 こっちの人は熱中症……ということになっているので動かしても問題ないだろうか? いや、丁度校舎から保健医が担架をもって到着したのでそちらに任せるとしよう。

 

 本物の来賓の人は無傷なのでヨシ、そう、全てヨシと断言できるな。

 

 担架で運ばれていく刺客の二人を見送ってここで用は無くなった。九号は問題なく勝利してチケットを持ってきてくれるだろうから心配もいらない。ようやくお昼休憩に入れそうだ。

 

「天武くん、一体何があったの?」

 

 鈴音さんもお弁当を持ってこっちまで戻って来た。そして当然ながら騒ぎにも気が付く。

 

「来賓の一人が熱中症で倒れてしまったみたいだ。それともう一人は競技中の事故で怪我してしまった」

 

「それはとんでもない状況ね、生徒会としてはどう動こうかしら」

 

「何もしなくて良いさ、保健医も到着したからプロに任せておこう」

 

 実際に素人に俺たちにできることなんて何もない。なのででしゃばることはせずに後は知識と経験を持った大人たちに丸投げで問題なかった。

 

「それよりお昼にしよっか」

 

 テニスコートから少し離れて校舎の片隅にあるベンチに腰掛ける。鈴音さんカツ丼を俺に渡してくれる。ついでにお茶のペットボトルも。

 

 予想外の坂柳さんの戦略と、こっちは一敗もできない緊張感からかなかなか気が抜けない状況だったけれど、こうしてお昼休みくらいはゆっくりできそうだな。

 

「はい、カツ丼」

 

「ありがとう。鈴音さんはサンドイッチか、好きだねぇ」

 

「お手軽だもの」

 

 校舎の隅にあるベンチは近くの木によって木陰になっているので過ごしやすくもあった。もう十月なので夏の暑さもかなり落ち着いてはいるのだけれど、残暑は感じられるのでこの場所は悪くない。

 

 ゲン担ぎのカツ丼も絶品である。まぁ鈴音さんが前に作ってくれたカツ丼ほどでもないけどさ。

 

「皆の様子はどうだったかな」

 

「坂柳さんクラスの戦略に困惑している様子だったわね。お弁当の配給所でクラスメイトと話したけれど、大まかな方針は伝えておいたわ」

 

 運動が得意な面子は可能な限りAクラスとぶつかって勝ち点を稼ぐ方針である。全て上手く行ったとして、しかもそこに龍園クラスの妨害が加わってギリギリで五分と言った所だろけど、やるしかないか。

 

 最低でもチケットの権利だけは確保しなければならないから、どのペアに勝つのかということも考えなければならないだろう。

 

 とりあえずスマホで龍園に各種妨害を依頼しておき、その上で俺たちが上手いことAクラスから勝ち点を奪い去れて……まぁ五分五分と言った所か、甘く見積もっても。

 

「鬼頭くんと神室さんペアには黒星を付けられたけど、他の相手とも直接対決で勝利しておきたいわね」

 

「何としてでもチケットは手に入れないとだからなぁ」

 

 そして勝てば勝つほどAクラスの平均勝率と勝ち点も減らせるので、現状で取れる手段はそれしかないだろう。

 

 少しだけ遅い昼食を楽しみながら鈴音さんと二人でまったりと過ごす。メリハリは大切なので休める時はしっかり休んでおくべきである。

 

 だがそんな俺たちの時間は長く続くことはなかった。この校舎の片隅にあるベンチに向かって肩を揺らしながら大股で近づいてくる柄の悪い生徒がいたからだ。

 

「いた、やっと見つけた!! 堀北、午後の競技で私と勝負しなさい!!」

 

 その相手は伊吹さんである。言葉から察するにずっと鈴音さんを探していたのだろうか。

 

「何か因縁でもあったのかい?」

 

「そんなことある訳ないでしょう、あちらがやけに絡んで来るのよ。あの無人島で受けた施しが我慢できなかったらしくてね」

 

 サンドイッチを食べ終えた鈴音さんは、呆れた視線を近づいてくる伊吹さんに向けながらお茶を飲んでいる。

 

「で、ことあるごとに絡んで来るようになった訳か……フフフ、ライバルって奴かな」

 

「笑いごとじゃないわよ、本当に迷惑しているのだから」

 

 実際にとても呆れた表情をしている。そんな鈴音さんの様子に気が付いたのか伊吹さんは俺たちが座っているベンチ近くまで歩いて来て眉を顰めるのだった。

 

「なに、その顔?」

 

「呆れているのよ、もしかして貴女はクラスでまともに連絡が取れる相手がいないのかしら? クラスの方針や協力関係だったり、現状のAクラスの戦略をまるで理解していない様子なのだから当然でしょう」

 

 無人島の時もそうだったけど、伊吹さんが相手だと入学当初のツンツンした雰囲気が戻るので新鮮であったりもする。

 

 ちょっと意地っ張りになるんだよな、伊吹さんを前にすると。

 

「今は貴女に構って上げられる余裕はないの、大人しくAクラスの生徒の誰かと戦っていなさい。多少は動けるのだからね」

 

「はぁ? 何様のつもりな訳? 私に命令しないで」

 

「子供の駄々に構っている時間も予定もないのよ、こちらはね……それに比べて貴女は、どうしてそこまでお気楽なのかしら」

 

 すると伊吹さんがもの凄く不機嫌な顔になってしまう。

 

「ふん、どうせ負けるのが怖いんでしょ」

 

「……つまらない挑発ね。私たちにはお気楽な貴女と違ってちゃんとした目的があるのよ」

 

 その割にはもの凄くイラッとした顔になっていると指摘するのは無粋なのだろうか。

 

 ただその苛立ちのまま行動するような人でも無く、鈴音さんは少し思案顔になった後、伊吹さんにこんな提案をするのだった。

 

「でもそうね、どうせ貴女が負けるとはいえ、そこまで頭を下げるのなら考えてあげなくもないわ」

 

「はぁッ!? 頭なんて下げてないんだけど!!」

 

 ドスの利いた声は流石龍園クラスとでも言うべきだろうか、伊吹さんのガラの悪さはあのクラスで磨かれたものなのかもしれない。ボーイッシュなスポーツ少女なのに眉間に皺を寄せる表情はやけに似合っている。

 

「まずは残りの競技全てでAクラスの生徒の誰でもいいから勝ちなさい、それができたなら最終競技で貴女と戦ってあげなくもないわよ。ただしその場合でも集団戦になるでしょうから、友達の少ない伊吹さんには難しいでしょうけど」

 

「そ、それくらいできるっての、舐めすぎ」

 

「そう? なら心配はいらないわね、せいぜい頑張りなさい。私に負ける為にね」

 

 最後の最後まで挑発的な姿勢を崩すことなく一方的に伝えるのだけれど、はいわかりましたと逃げ帰る訳にもいかないのが伊吹さんなんだろう。

 

 龍園クラスの狂犬枠でも目指しているのか、しっかり食らいつこうと前のめりになるのだけれど、次の鈴音さんの行動に黙ることになるのだった。

 

「わかったのなら早く帰りなさい、こちらは休憩中なの、邪魔をしないで」

 

 そう言いながら鈴音さんは隣に座っていた俺に体幹を預けて来る。肩の上に自分の頭を置くようにだ。

 

「え、あ、ちょ……な、何してんのよアンタは」

 

「邪魔をしないでと言ったでしょう、そういうことよ」

 

 そんな俺たちの様子を見せつけられている伊吹さんは、さっきまでの狂犬的雰囲気をどこかにやって、羞恥と共に頬を赤く染めて気まずそうに視線を彷徨わせるのだった。

 

 そしてプルプルと震えて、遂にはこの状況に耐え切れなくなったのか、最終的には伊吹さんはこう言いながら逃げ帰ることになってしまう。

 

「こ、これで勝ったと思うなよぉッ!!」

 

 無人島でも聞いた漫画の中の悪役みたいなセリフを言い残して伊吹さんは去っていくのだった。

 

「子供ね、扱いやすくて助かるわ」

 

「フフ、そういう君も少し頬が赤くなっているよ」

 

「指摘しなくて良いのよ、そういうことは」

 

 普段、人前でこんな風にイチャつくようなことはしない。しつこい伊吹さんを追い払う為の手段だったんだろうけど、流石に恥ずかしかったらしい。

 

「それで、まだ離れないのかい?」

 

「……もう少しだけこうしていましょう」

 

「ん、ならもう少しだけ」

 

 ここは校舎の片隅にあるベンチなので目立つようなこともないか、それなら彼女の言う通りもう少しだけこうしているとしよう。休む時はしっかり休んで、落ち着く時はしっかりと落ち着き、勝負事になればちゃんと集中するものだ。

 

 メリハリは大切である。午後からの競技でも勝ち点を得る為に今はゆっくり穏やかな時間を過ごすとしようか。

 

 

 

 

 

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