ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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体育祭本番 5

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を終えて暫く鈴音さんと休んだ後、午後の部に挑むことになる。基本的には集団競技に参加した方が勝ち点が多いのでその方面を狙っていくのだが、坂柳さんの戦略によって少しばかり予定の変更を余儀なくされてしまった。

 

 出来レースをする相手に勝ち点で勝つのはやはり難しい、可能な限り妨害をするつもりだしクラスメイトにもそういう指示は出したけれど、それでも甘く見積もって五分の勝率だろう。

 

 そしてクラス順位でも負けて個人賞すらも逃すような状況になれば最悪も最悪である。ならば最悪の中での最良を目指して動くべきだろうというのが思考の中心になっていた。

 

「今、全体チャットで情報を呼びかけたのだけれど、これまで全部の競技で勝っている生徒は橋本くんのペアのようね」

 

 午後の部が始まって一番に鈴音さんはクラスメイトに情報を呼びかけたようだ。そして齎される断片的な情報を繋ぎ合わせてAクラスの成績をざっくりと計算したらしい。

 

 その中で橋本のペアが現在の所は連勝中であるとわかる。彼は鬼頭ほど身体能力が高くはなく、ペアの女子もそれは同様なので基本的に出来レースで勝ち点を稼いでいたのだろう。

 

 もし俺と鈴音さんが先にこちらと戦っていればおそらく鬼頭と神室さんのペアが連勝を重ねていたんだろうな。

 

 逆に言えばここで橋本ペアの連勝を阻止できれば個人賞の一位はほぼ死守できるのかもしれない。十種目全てで勝利できているのは俺たちだけになるからだ。

 

 ただこの男、相変わらずのらりくらりと隙を窺っているようにも思えた。参加義務のある五種目は事前申請をして参加するのだが、残りの五種目に関しては事前申請せずとも参加できる。

 

 ここから先はどこに参加して誰と戦うのか吟味できる訳だ。坂柳さんクラスの方針としては出来レースで勝ち点を稼ぎつつ全体の勝率を上げてクラス順位一位を目指すと言うものだろうけど、個人賞の一位だって狙えるのならば狙う筈だ。

 

 鬼頭と神室さんペアが黒星を得た今、十種目全てで勝利を演出できるのは橋本ペアくらいのものだろう。

 

 彼は立ち回りの上手い蝙蝠みたいな男だからな、自慢のバランス感覚を生かして俺たちとの直接対決を避けながらなんとか十勝を目指しているのかもしれない……いや、確実にそうしようとしている筈だ。

 

 そんな訳でまずは彼に黒星を与えることを主軸として動く方針になったのだけど、やっぱりというか上手いこと立ち回っているなという印象である。

 

「橋本、参加しないのかい?」

 

 クラスの全体チャットで情報を呼びかけた結果、橋本とそのペアの女子生徒はすぐに見つかった。体育館のバスケ競技に参加しようとしていたので俺と鈴音さんもすぐにそちらに向かうことになったのだけれど、橋本ペアは参加受付の前でただ立っているだけで一向に申請しようとはしない。

 

 やりたいことはわかる、参加制限の時間ギリギリまで粘って俺たちとの直接対決を避ける方針だろう。

 

 こちらが痺れを切らして参加すればその間に別の競技に参加すればいい、仮にもしいつまでも粘ったとして参加することができなくなったとしてもこちらの予定と都合を狂わせることができる。

 

 橋本にとってみれば勝利する必要はないのだ、俺たちの時間を消費させて十種目の競技のどれか一つに参加させなければそれだけで良いのかもしれないな。

 

「なぁに、ちょっと迷っているんだよ、バスケはそこまで得意じゃないからな」

 

 いつも通りのヘラヘラした笑顔を見せながら橋本はそんなことを言った。隣にいる女子生徒も頷いており、この二人の近くにいる出来レース要員の一年生も同様だ。

 

「俺たちに遠慮せず、笹凪と堀北は参加して良いんだぜ?」

 

「その間に橋本くんたちは別の競技に参加するつもりなのでしょう?」

 

「戦略的に何も間違ってないだろ、お前ら相手にスポーツ勝負とか馬鹿らしいっての。負けることがわかりきった勝負なんてごめんだね」

 

 飄々とした様子で肩をすくめる橋本は、やはり狙いとしては俺たちとの直接対決を避けて周囲にいる一年生との出来レースで十種目全てを終えたいのだろう。クラス順位も順調だろうし、個人賞も取りたいと欲を出して来たか。

 

「どうする、天武くん?」

 

「時間は有限だよ。何よりも厄介なのは橋本の姿勢だ。彼は個人賞は取れたらいいなくらいの感覚でいるんだ。ここで俺たちに時間を使わせればそれで成果としては十分なんだろうさ」

 

「厄介ね、同率一位じゃチケットは取れないから何としてでも一敗は与えておきたいのだけれど」

 

「ん……とりあえずここはバスケに参加しようか」

 

「構わないの?」

 

「ここで橋本の飄々とした振る舞いに翻弄されることが一番の損害だ。時間を無駄に消費してどこかの競技に参加する時間がなくなって九種目しか参加できませんとかになったら最悪だよ……彼らに関しては龍園クラスに任せるとしよう。あっちもチケットは欲しいんだ、全力で妨害してくれるさ」

 

 協力関係にあるのでそこは信用しても良いだろう。同じ利益を求めている内は龍園だって味方なのだから。

 

 スマホを取り出して龍園に連絡を入れる。橋本の位置情報を共有して徹底的に妨害してくれることを願うか、チケット報酬は山分けなのでしっかりと貢献して貰わないと協力関係を作った意味がない。

 

 龍園にメールを送ってから、俺と鈴音さんは第五回目のバスケ競技に参加することになるのだった。

 

「そんじゃあ俺たちは別の競技に行かせて貰おうかね、じゃあな笹凪、それに堀北」

 

 こちらがバスケに参加することを確認した橋本は、ペアの女子と出来レース要員の一年生と共に体育館を出て行こうとする。

 

 だがそんな彼らの進行方向には、それはもうガラの悪い集団が待ち構えているのだった。

 

 当然ながら龍園たちである。こちらのメールを受け取って速攻で頭数を揃えて体育館に来たらしい。

 

「うげッ」

 

 いつも飄々とした態度を崩さない橋本もこれには苦笑いである。この学校で一番遭遇したくない状況だろうからな。

 

 龍園を筆頭に石崎や山田、そしてあのクラス特有のガラの悪い連中が体育館の入口をに屯している光景は完全に不良漫画の世界である。

 

 嫌な光景だなぁ、あそこを通らなければならない橋本にちょっと同情してしまった。

 

「これより第五回バスケットボール競技を開始する」

 

 だがいつまでも橋本を眺めている訳にもいかない。担当教官がバスケの開始を宣言したので俺と鈴音さんは競技に集中するべきだろう。

 

 集まったのは俺たちと三年生と一年生たちである。それぞれ2チームに分かれて通常のバスケのルールで対戦することになった。男子も女子もごっちゃであるが偏りの無いように配置されたのはある種の配慮かな。

 

 試合開始と同時にパスを受け取って、体育の授業中に観察した須藤の動きを師匠モードでトレースしながら力強くダンクシュートを叩きこんで――。

 

「あッ」

 

 そして勢い余ってゴールポストを粉砕してしまった。リングはひしゃげてしまいバスケットボールも破裂することになる。

 

「「……」」

 

 当たり前のことだけどそれはもう気不味い沈黙が体育館に広がっていく。橋本に絡もうとしていた龍園たちも、その橋本も、競技に参加していた上級生や下級生も、担当教官すら沈黙してしまうのだった。全員がチベットスナギツネになってしまう。

 

 鈴音さんだけは顔に手を当てて仰ぐような仕草をしていた。どうやら俺は呆れられているらしい。

 

 こうなることを避ける為に力を制限したいたのだけれど、テニスの時と違って得点を取る時はゴールリングが相手、人間ではなく無機物だから気を抜いてしまったか。

 

 粉砕されたゴールポストは体育館の床に転がることになってしまう。もう誤魔化しようがなかった。

 

「えっと、すみません……弁償します」

 

 完全に俺が悪いので担当職員にはそう伝えた。困った時は金で解決しろというのがこの学校の教育方針なのでこれしかないだろう。

 

「あ、あぁ、いや……どうだろうな、備品が古くなっていたのかもしれないし、競技中の事故でもあるのでお前に責任はないと思うが、学校側で話して方針を決めておく」

 

「はい、宜しくお願いします」

 

 バスケの担当職員、真嶋先生は俺を恐ろしい何かであるかのように怯えた瞳で見つめて来る。それはなにも先生だけの話ではなく体育館にいる生徒の大半が似たような瞳をしているのが少し寂しい。

 

「真嶋先生……その、俺たち、棄権します」

 

 このままではバスケが続けられないので隣のコートに移動してプレー再開という形になるかと思ったのだけれど、そうなる前に相手チームの三年生が棄権を申し出てしまう。

 

「構わないのか? 競技を途中棄権した場合は点数がマイナスになってしまうが」

 

「はい、笹凪に殺されるか潰されるかもしれません……なので棄権します」

 

「そうか……他の者も同じか?」

 

 どうやら反対意見はないらしい。五人の生徒全員が俺をゴリラだと思っているのか、もう関わりたくないと表情で語って来る……もの凄く失礼な反応だけど、ゴールポストを粉砕した手前、何も文句は言えなかった。

 

 誰もが皆、俺を恐ろしい何かのような視線で見つめて来るのだ。なんだかとても申し訳ない気分になってしまう。

 

 まぁあれだ、時間の節約もできてしっかり勝ち点は稼げたのでヨシとしておこうか。そうやって自分を慰めるしかない。

 

「天武くん、怪我人も出ていないのだし気にしても仕方がないわ、切り替えて行くわよ」

 

 鈴音さんだけは俺を慰めてくれる。ポンポンと肩を叩いて元気づけてくれるのだ。まさか彼女にそんな配慮をされるとは、俺もまだまだということか。

 

「うん、そうだね」

 

 言ってしまえば事故である。九号だってテニスボールで金網を貫通させたりもしていたし、ゴールポストが粉砕されることなんて別に珍しくもないだろう。何せ事故だからな。

 

 対戦相手が棄権したことで俺たちは時間を節約した上で勝利することができた。集団競技なので勝ち点も美味しくチケット取得にまた一歩前進ということである。それに比べればゴールポストが粉砕されたことなんて些末な問題であった。

 

 橋本と龍園たちはどうなっただろうかと様子を窺ってみると、案の定揉めていた。どうやらしっかりと妨害役を進めてくれているらしい。

 

 ゴールポストを粉砕した俺をチベットスナギツネみたいな顔で暫く眺めていた橋本だけど、気を取り直してぎこちなくだが体育館を出て行こうとする。

 

 ただし入口には龍園率いるこの学校で最もガラの悪い集団が待ち構えている状況である。あそこだけ完全に不良漫画の世界であった。

 

 橋本は苦笑いを浮かべながらもペアの女子と出来レース要員の一年生を連れて警戒しながらも入口に近づいていき――――。

 

「ッ!?」

 

 いざ通り過ぎるという段階で入口付近にいた石崎がすれ違おうとするのだが、それを見越していた橋本は進路を急遽変えてしまう。だがそれすらも見越していたのか石崎の背後にいた生徒が橋本とぶつかるのだった。

 

「痛ッ!?」

 

 軽く肩が当たった程度の衝撃なのだがその男子生徒は大袈裟な程に尻餅をついてとても痛がって見せる。あまりにも声が大きく大袈裟であった為に騒ぎを聞きつけて体育館にいた生徒やバスケの担当教官だった真嶋先生の注意を引く。

 

 やりかたが完全にヤクザである。そして何が悲しいってそんな相手と手を結んでいるのが俺たちなのだから、何とも言えない気持ちになってしまった。

 

「痛ぇ、痛ぇよ。テメエ、ワザとぶつかって来やがったな」

 

「おいおい勘弁してくれよ」

 

「ククク、どうした?」

 

「龍園さん、橋本の野郎が肩をぶつけて来やがったんだ!!」

 

 三文芝居もここに極まっているけど、橋本の冷や汗だらけの顔が物語るように有効なんだよな。

 

「やってくれたなぁおい、ウチの主力を怪我させるなんてよ……出来レースの件といいAクラスには恥も誇りもないらしい」

 

 橋本はそれはもう面倒な事態になったと表情だけで主張する。対照的に龍園はいつも通りの邪悪な笑顔を浮かべていた。

 

「なあ龍園、やりすぎじゃないか? 話は聞いてるぜ、俺以外のAクラス生徒にも難癖付けてるってよ、皆迷惑してるしこんなことが立て続けに起これば学校側からも制裁があるんじゃないか?」

 

「だとしたら、そいつはスポーツマンシップって奴を蹴り飛ばして来賓の前で堂々と八百長しているお前らが先だろうな。そっちのやってることを棚に上げて他所のクラスにケチ付けてんじゃねえよ」

 

 こればっかりは龍園が正論であった。橋本も口を噤むしかない。

 

 龍園が正論で殴ってくるとか世も末だな。

 

「行こうか、鈴音さん」

 

「えぇ、私たちは無関係だものね」

 

 表向きはそういうことになっているので、モメている橋本と龍園たちを置いてけぼりにして体育館を出て行こうとする。

 

 当然ながら橋本や龍園の近くを通っても邪魔されることはない。俺と鈴音さんは絡まれることなく外に出れるのだった。

 

「なあ龍園、アイツらの邪魔はしないのか?」

 

「肩をワザとぶつけられてもねえのに何で絡む必要があるんだよ」

 

 そんな会話が背後から聞こえて来る。橋本にはちょっと申し訳ない気持ちになるけれど、易々と勝利を掴ませる訳にもいかないので受け入れて欲しい。

 

 これもまた戦略、Aクラスがそうであるようにこちらもまた清濁併せた行動をするだけである。超えてはならない一線というものを意識しながらだ。

 

 龍園たちと橋本の争いは最終的に放置することもできなかった真嶋先生の介入により事なきを得たようだが、それから先もずっと龍園クラスに付きまとわれることになったので、橋本はさぞ苦労することになる。

 

 なんとかやり過ごして競技に参加しようにもずっとストーカーがいる状態だ。おそらく時間制限が来て出場種目の一つを落としてしまうだろうし、龍園もチケットの転売がかかっている以上はこのまま逃がすようヘマもしないだろう。

 

 こんな感じで個人賞で一位を取りそうな生徒には龍園に妨害して貰うとしよう。十種目全勝して勝ち点が互角だった場合はチケットは取れない上にポイントすら山分けになるので冷徹にいくべきである。

 

 俺は開会式でスポーツマンシップに則るとか言ったんだけどなぁ、やってることは出来レースと妨害ばかりである。この学校には付き物とは言えもうすこし正々堂々とした戦いをしたいものだ。

 

 まぁこれも立派な戦略でもあるし作戦でもあるけれど、俺が想像する青春的な体育祭からは随分と遠い所にあると考えてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

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