綾小路視点
高校生らしい高校生とはなんだろうか、真新しい制服を着てクラスメイトと和やかに会話して、放課後に勉強会したり異性とデートをしたりするのがらしいのか。
観察は大事だ、クラスメイトを一人一人観察していき、らしさを探していく。
女生徒を見て鼻の下を伸ばし、デレデレと表情を緩めて、近くの男子生徒とあの子が可愛い、いやこっちの子の方がと話すのも、きっと高校生らしいと言えるのだろう。
なるほど、ああいうのが高校生らしい振る舞いなのか……オレにできるのだろうか?
とりあえず彼らを参考にしてらしさを学ぶ、異性に興味を持つことは思春期ならずどんな年代でも通じることではあるが、高校生と言う多感な時期は特にそうだろう。
下手に興味が無いフリをするよりは、ああいう雰囲気は寧ろ自然なことなのかもしれない。
参考の一つにはなるだろうとオレは考えた。
次にクラスの中でらしさを学ぶ相手は既に朗らかに女子生徒たちと会話をする穏やかな男である。
あぁいうのを世間一般ではイケメンというのだろうか? 会話も淀みなく顔だちも整っており、なにより笑顔が良く似合う。そしてなにより相手を尊重しようという気持ちが見て取れた。
誰が可愛いか、誰の胸が大きいかと言い合う男子生徒たちとは正反対の紳士的な振る舞いに、既に女子生徒たちは頬を染めている。
なるほど、あれはあれで高校生らしさなのかもしれない。
淫らな妄想に耽るのも、それを感じさせずカッコよく交流を図るのも、或いは緊張しながら踏み出せずにいるのも、全てが高校生らしいのだろう。
そんなクラスメイトたちの様子を観察しながら「普通の高校生」とはどう振る舞えば良いのかを参考にしていると、そいつはやって来た。
教室の扉を開いて顔を出したのはまず可愛らしい女生徒、スタイルが良く容姿も整った彼女を見た瞬間に男子生徒の多くが騒めき出す。
無理もない、あんな彼女が欲しいと誰もが思うだろう。
次に顔を出したのは長身の男子生徒、こちらもまたよく目立つ容姿をしていた。
入り口付近で一緒に入って来た女生徒と一言二言話した後、すぐに自分の席へと歩いていく姿は……なんて表現すれば良いんだろうな、とても絵になっている。
ブレない体幹、ピンと伸びた姿勢、力強くありながら足音を立てない足運び、美しい姿勢とは何かと聞かれたらこれが百点と断言できるような動きであった。
そして容姿も美しい。男に美しいという表現が似合うのかどうかわからないが、中性的な雰囲気があるのでそこまで遠い表現でもないだろう。
美しい男とも、格好いい女とも言える、少し現実的ではない容姿をしているのは間違いない。
目尻にある黒子が妙な色気を出すことを手伝っており……そう、彼を表現するのならば色気のある中性的な人が最も適しているのだろう。
幾人かの女生徒が教室を歩く彼を視線で追いかけているのも無理はない、男子生徒が美しい女生徒を視線で追いかけるのならば、逆だって起こり得る。
そんな色気のある男子生徒はこちらに近寄って来る。どうやらオレの前の席に彼が座るらしい。
視線が結び合う、すると奇妙なシンパシーのようなものを感じ取った。不思議な感覚だ。
そしてあちらもオレを観察しているようにも思える。
このクラスメイトからも普通の高校生はどう振る舞うのかを参考にできれば良いと思っていたし、情報は一つでも多い方が良いので席が近いのはありがたかった。
笹凪天武と名乗った彼は、とても話しやすく気さくな人物であったことも、幸運であった。
穏やかで、親しみやすく、何より会話がしやすい……これが一番重要だ。
クスクスと笑う仕草も絵になっており、やはり独特の色気を醸し出す天武から普通の高校生とは何かと参考にできるものが得られないかと考えながら最後に握手をする。
だがそんな思惑は次の瞬間に消し飛ぶことになる。掌から伝わって来る鋼の塊のような体幹を感じ取ったことでだ。
普通の高校生として生活するのは思いのほか難しいと感じたのは割と早かった。オレには女子生徒を舐めるように観察する勇気も、朗らかに会話をリードして雰囲気を整えることも難しいらしい。
あのイケメン、平田と自己紹介していた男子生徒は素直に凄いと思う。
初対面であるにも関わらず会話を途切れさせず、百点満点の自己紹介をしてクラス全体の雰囲気を引っ張っていく積極性はオレが持っていないものである。
女子生徒が黄色い声を上げるのもよくわかった。逆に男子生徒からは唾でも吐くような顔をされていたが。
そしてもう一人、クラスの関心を集めたのが笹凪天武であった。
こちらも朗らかな笑顔と淀みない会話で自己紹介を済ませ、多くの女子生徒をうっとりさせたのは間違いない。
平田は黄色い声を上げられていたが、笹凪はごくりと唾を呑むような反応であったので、やはり色気があるという評価に落ち着く。
実際に入学初日が終って初めての放課後になった瞬間、積極的な女子生徒たちからはさっそく声をかけられて遊びに誘われていたのは少し驚いた。
そんな彼女たちに笹凪はのどやかな笑顔を浮かべ、そこに少しの申し訳なさを混ぜながら、放課後は生活に必要な物を揃えたいからと断っていたにも関わらず、何故か反感を買われることもなく「じゃあ仕方ないか」と思われていた。
ここで断ると、所謂ノリの悪い奴として扱われるのではないだろうか? いや、女子生徒たちからはそんなことを欠片も思われていないのは見てればわかる。
因みにオレが声をかけられることは、うん、なかった……。
「……いやな偶然ね」
「……とりあえず毒づくのは止めにしないか?」
何となしに立ち寄ったコンビニでは席の近い女子生徒、堀北鈴音とばったり遭遇してしまう。入学式でも学校説明でもずっとこの調子であり、自己紹介すら不要と切り捨てて我が道を進もうとするこいつは、笹凪と違って恐ろしい程に会話が続かない。
「……」
「……」
気が付けば無言になっており、触れがたいオーラを全開にしているので、やはり会話が難しい。
それでも互いに目的があってこの店に来ているので商品を購入しようとするのだが、そこで笹凪天武と出会うことになる。
何やら棚に並べられた商品を見て、顎に手を当てて思案する姿はとても絵になっている。
「おや、綾小路に堀北さんじゃないか、一緒に買物かい?」
「……何を勘違いしているのかしら、失礼なことを言わないでちょうだい」
「……失礼に当たるのか、そうなのか」
胸に来る言葉だ。そこまで関係も深くない相手にどうして堀北はここまで鋭く言葉を突き刺せるのだろうか。
「笹凪も買物か?」
「うん、これから寮での一人暮らしが始まるからね。きっと苦労することも多いだろうし、色々と必要な物を揃えようと思ってね、綾小路も同じかい?」
口を開けば鋭い言葉で相手を傷つけようとする堀北と異なり、笹凪との会話は苦労も無ければ痛みも感じない。
「あぁ、まぁ、似たような感じだ……こういう店にも興味があったからな」
「そうだね、色々あって目移りする気持ちはよくわかるよ。俺が育ったのは田舎の山奥だったから、初めてコンビニに入った時は変な興奮があったのをよく覚えている」
おぉ、これだこれ、これこそ会話だ。
そんな思いを込めて隣にいた堀北を見てみると、気にも留めないまま彼女は必要な商品を買い物かごに入れていく。
「無料……?」
堀北の目に留まったのはどうやら無料商品の棚であるらしい。
「あぁ、それね、どうやらポイントを使いすぎた生徒たち向けの品らしいよ」
「だとしたら随分と甘い学校ね、毎月十万円……十万ポイントも与えておきながら」
「使いすぎてしまう子も多いんじゃないかな……それにまぁ、そもそもポイントを得られなかった生徒への、最低限のライフラインって側面もあるだろうし」
「……どういうことかしら?」
「うん? いやだって、ポイントがそもそも得られなかったら、飢え死にしてしまうし、学校側だって生徒をわざわざ餓死させたりしないって……ポイントに関して説明してくれたあの担任の先生も、毎月必ず十万ポイントをくれるとは一言も言ってなかったしね。ほら、ホームルームで言っていただろう? 生徒を実力で測るってさ」
「……ッ」
笹凪の言葉に堀北は何かを考え込むように思案する。どうやら思う所があったらしい。
「この十万は現時点での生徒たちの評価であって、もしかしたらこれから一人暮らしを始める生徒たちへの支度金や支援金みたいな側面もあるかもしれない……来月も同じように貰えると考えるのは少し早計かもね」
「……」
「まぁ現時点では証拠も何もないし、ある程度調べてみたら茶柱先生にでも質問しにいこうと思ってるよ……というか、そもそも無条件で十万貰えるとか、ちょっと怖いよ」
「……それは」
堀北の視線は無料商品と笹凪との間を行ったり来たりしている。仕方がないことなのかもしれない。
そんな時だ、店先でなにやら荒事の気配と声が聞こえて来たのは。
「なんだ?」
オレと堀北、そして笹凪の視線は当然ながらそちらに向けられる。どうやら上級生と一年生の間でトラブルが発生しているらしい。
アイツは確か……。
「確か彼はクラスメイトだったよね?」
「あぁ、そうだな」
長身のクラスメイトと上級生たちはそのまま暫く言い合い――正確にはクラスメイトを煽るだけ煽って馬鹿にしたように店から去って行った。
苛立ちが募ったからなのか、クラスメイトはコンビニのゴミ箱を力強く蹴り飛ばしてその場を去るのだった。
なんというか、沸点の低い奴である。
「あんな粗暴な人間と三年間も同じクラスなんて……最悪だわ」
「あのまま放置もできないね」
侮蔑を込めた視線の堀北と異なり笹凪は苦笑いを浮かべて散らばったゴミ箱に近づいていくと、ごみを一つ一つ拾い上げていった。
「……貴方がそんなことする必要はないでしょう」
「いや、目に入った以上はね……それに師匠曰く、ゴミ掃除は大事って話だから」
「笹凪、手伝おう」
「ありがとう綾小路、助かるよ」
そこでオレと笹凪の視線は堀北に向かうのだが、彼女はこんな時でも同調圧力に屈することなく我が道を行ってしまう。すなわち買い物を済ませての帰宅である。
チラッと視線をゴミ拾いをしている笹凪に向けてみると、特に気分を害した様子もなく、それどころか鼻歌を奏でながら清掃をしているのが確認できてしまう。
「なんだか、上機嫌だな?」
「うん? そうかもね……この高校に来る前は田舎の山奥にある神社で暮らしていてね、そこでは毎日の清掃が日課だったんだ。朝起きると門前で箒を掃く、ここに来てからはそれも出来なかったから、少し楽しいのかもしれない」
「……そういうもんか」
「あぁ、毎日の歯磨きや風呂と一緒で日常の中に組み込まれていたことだから、掃除は嫌いじゃない……というか掃除をしないと師匠に殺される」
二人して散らばったゴミを片付けていればすぐに清掃は完了する。
「綾小路、少し待っててくれ」
すると笹凪は店の中に入り、数分後に買い物袋を提げて帰って来た。
「はいこれ、手伝ってくれたお礼だよ」
袋の中から取り出して差し出して来たのはアイスである。
「……良いのか?」
「勿論、お礼は大事だ」
「そうか、そうだな」
受け取ったアイスはどこにでもありそうな何の変哲もないものであるが、オレにとっては興味深いものであった。
なにせ手に取ったことすらも初めてである。パッケージを隅々まで見渡して最終的に成分量が書かれた項目に行き着く。
保存料や着色料などが書かれたそれを見つめていると、あの場所で出て来ることはまずありえないだろうという納得に至ってしまう。完全完璧な栄養管理とは程遠い食べ物であるらしい。
「食べないのかい? もしかして苦手だったかな?」
「いや、興味深かっただけだ」
「新商品らしいからわからないでもないかな。もしかしたら冒険した味かもしれないし、買うならもっとシンプルで一般的な奴の方が良かったかもね」
袋を破いてアイスの中身を取り出す。棒の先端にアイスがくっ付いている形状のそれは、誰もが思い浮かべる姿なのだろう。
これがアイス、初めてだ。
「んッ……悪くないかも」
「確かにな」
笹凪もアイスを食べている。唇の端を小さく舐めとる仕草がやけに絵になる男である。
しかしアレだな。
こうして放課後に買い食いするのは、なんというか……。
「なんていうか、アレだね」
笹凪の言葉に思考が引き寄せられる。
「こうして放課後に買い食いするのって、凄く高校生っぽくない?」
「……そうだな、凄く高校生っぽいよな」
これぞ高校生といった感じである、笹凪の言う通り、凄くそれっぽいじゃないか。
オレは今、まさに高校生をしている。
これ以上ないくらいに普通の学生そのものだ。
「田舎の出だからなぁ、あっちじゃコンビニも少なかったし、そもそも師匠があんまり小遣いもくれなかったから、こういうのにちょっと憧れていたんだ」
少し照れたような笑顔で頬を掻く笹凪は、大人びた表情とは裏腹に幼げな雰囲気も混ざっていた。
「そう言えば、さっきも師匠って単語が出て来たけど」
「あぁ、俺には師匠がいる」
師匠、学校の恩師であったり塾の先生とかだろうか。
「師匠は凄いんだ。人生に必要な様々なことを教えてくれた。勉強や体の動かし方に作り方、料理のやりかたから礼儀作法まで、俺の人生はあの人が指し示してくれるものだった」
そんな説明をする笹凪はとても楽しそうであり、その師匠に強い思いがあることがよくわかった。
「勉強も、運動も、全部あの人から教わった。箸の持ち方から皿の洗い方、挨拶のやり方に他者との接し方、土下座から人の壊し方まで全部だ」
「そうか、凄い人なんだな……ん?」
「うん?」
最後の方に妙な表現が聞こえたような気がしたが、聞き間違いか?
おそらくそうだろう、さすがに意味不明だったからな。
コンビニの壁に背を預けながらアイスを食う、俺は今日、ここでやりたいことの一つが叶ったのだ。
何より気さくに接してくれる友人と呼べる存在が出来たのは最高である。堀北と異なり会話が無理なく続けられる上に、笹凪は相手を尊重して会話することに慣れているのがよくわかる。
これはもう友達と言っても過言ではないのだろう。
この調子ならばすぐにやりたいことが叶う筈だ。少し先行きを危ぶんではいたが、普通の高校生活を過ごすのも天武とならば夢ではないのではないか。
オレは今、とても高校生だ。