生徒会から提案されたリハーサルに関しては無事に学校側の理解を得られた。消耗品を学校側が補填することも無事に受け入れられて生徒にも告知されることになり、評価や感触はおおむね好評と言った感じだろうか。
やはりどのクラス、どの学年もぶっつけ本番はごめんと言うことなんだろう。俺だって嫌だし他の人だって嫌だ。事前に練習できるか否か、そして改善点が見つかるか否かで当日の動きは変わるだろうし、こうやってみるとやはり事前準備や根回しなんかはとても大切なことなんだと思う。
社会に出てからもきっとそうなんだろう。根回しや準備のできない者に何ができるのかという話にもなる。今までこの学校はこういった催しをしなかったし、外部からお客を呼ぶこともしなかったので、これは月城さんの最高の置き土産とも考えられるのかもしれない。
色々とアレな人だったけど、この学校の生徒に足りないものは何なのかをしっかりと理解していたということだろう……まぁ尤も、こういったイベントが多くなると外から人を引っ張って来れるからとも考えられるけど。
無人島に武装勢力を50人近く連れてきた時は笑っちゃったよね、常識を考えろってさ。
次の文化祭はどうなることやら、体育祭であれだけ紳士的に対応したので無茶なことはしないかもしれないけど、来たら来たらでまた段ボールに詰めるだけだしな。
懲りてくれることを祈るばかりである。もうさっさと諦めて見なかったフリをするのが一番平和だと思うし、俺たちにとってもホワイトルームにとってもだ。
なんであれ生徒たちは目前に迫った文化祭に期待と不安を募らせていることだろう。それは当然ながら俺たちのクラスだって同じことである。
「ねぇ佐倉さん、髪型なんだけどこれでどうかな?」
「え、えっと、纏めた方が良いかも、しれません……メイド喫茶、というか接客業だから」
「あぁ~、清潔感とか大事って言うもんねぇ」
「は、はい、それにうなじが見えるのは佐藤さんなら凄く映えると思うから」
「え、そう? うなじかぁ~……意識したことなかったけど、男子ってやっぱそういうの好きなのかな」
「チャーミングポイントだと思うよ」
「ねぇ佐倉さん、ちょっとカメラ映りで相談したいことがあるんだけど」
「あ、うん、今行くね」
文化祭でメイド喫茶をすることになって我らがクラスも動き出している。そんな中でも目立っているのはやはり愛里さんだろうか。
芸能人という特殊極まる職業、それもグラビアアイドルを経験した彼女にしかわからない視点、評価点を持つ愛里さんは見られるという状況を誰よりも意識することができる。
カメラを向けられた時、誰かに見つめられた時、そういった場面でどう映るのかを最も理解しているのが愛里さんだろう。こればっかりは全校生徒で一番の経験者かもしれないな。
「ねぇ愛里、お化粧なんだけどあんまり派手過ぎない方が良い?」
「え~と、人によって違うんだけど、波瑠加ちゃんなら控えめな方が良いんじゃないかな」
「そう? まぁ接客業で化粧が目立っちゃダメか」
「うん、キラキラしてるよりは、落ち着いた雰囲気でメイド服と合う方が良いと思うの」
愛里さんがしっかりクラスメイトに頼られているのを見ると、なんというか感無量といった思いになる、不思議なことに。
清隆も同様なのか、彼は教室の端っこで腕を組んでウンウンと頷いており「オレが育てた」感を凄く出している。あぁ言うのを後方腕組勢と表現するのだろうか?
彼の仕事はメイド喫茶のプロデュースなので軌道に乗った今は殆ど仕事がないらしい、ああやって後方で腕を組んでいるだけなので、そろそろ別の仕事を押し付けるべきなのかもしれない。
「て、天武くん……じゃなかった、天子ちゃん、わからない所はないかな?」
クラスメイトから色々な相談を受けていた愛里さんがこちらにも声をかけてくる。誰かに助力をしたいという思いからの行動であり、あの愛里さんがと考えれば物凄い変化とも言えた。
きっと一年生の頃は俺に何かアドバイスをしたいなんて思わなかっただろうし、思ったとしても勇気が出せずに言葉にはできなかった筈だ……確かに今の彼女を見ると清隆のあの態度もわかるような気がする。
クラスメイトはそれぞれ成長している、それは愛里さんだって同じってことだ。
「そうですね、ならお化粧について相談してくれますか? 私はあまり詳しくはないので」
「うん、任せて」
せっかくなので俺も……いや、私もアドバイスをして貰うとしよう。
師匠モードになった高めた集中の全てをメイドを演じることに向ける、自分の中にあるスイッチを押して切り替えるとでも表現すべきだろうか、俺は俺の持つ能力の全てを女性を演じることに集中することで雰囲気を作り出す。
すると誰かがゴクリと喉を鳴らすことになる。視線をそちらに向けてみると平田が絶句しているのが見えた。そう言えばこの姿は初めて見せたんだったか。
「平田さん、どうしましたか?」
「え、あ、いや……その、笹凪くんなんだよね?」
「はい、勿論です」
「……」
彼はまさに絶句という表現がよく似合う顔をしている。そして自分の眉間に寄った皺を揉み解すように指を動かす。
「ごめん、ちょっと頭を冷やしてくるよ」
そんなことを言い残して彼はメイド喫茶の準備が進められる特別練の空き教室を後にするのだった。
色々と悩み所があるらしい、私も鏡に映った自分自身を見て脳がエラーを出したので気持ちがわかってしまう。
「やべえよ笹凪の奴、アレでしっかり付いてるんだぜ?」
「前から美人だと思ってたけど、とうとう開き直りやがったな」
「……デユフフフ、やはり男の娘でござるなぁ」
クラスの男子からの評価はそんな感じである。博士も以前の喋り方を思い出すくらいには衝撃的であったらしい。
「ぐはッ」
「かふッ」
対して女性陣の反応はと言うと、腹部に強烈なボディブローを食らったかのようにくの字になる者が何名かいるな。
波瑠加さんと桔梗さんは衝撃が大きかったのか、血でも吐いたかのような動作をしていた。
「テ、テンテン? 本当にテンテンなの?」
「はい、似合いますか?」
「いや声ッ!? 表情と視線も雰囲気もッ!? かつら被っただけじゃそうはならないってば!!」
「ある程度は声真似もできますから、表情や雰囲気は愛里さんに調整して貰いました」
「……実は最初から女子だったとか?」
「水泳の授業でそうではないとわかっている筈ですが」
「そっか、そりゃそうだね……ちょっと私も頭冷やしてくる」
波瑠加さんもまたさっきの平田さんと同様に特別連の空き教室を出て行くことになる。
「天武くん……いや、天子ちゃん」
「はい、どうしました、桔梗さん?」
「くッ……か、可愛い」
何故か桔梗さんは執拗にローキックでも食らったかのように足を震わせながら汗をかいていた。
「はぁ、はぁ……ま、まだ、負けては……ぐふぁッ」
何か伝えたいことでもあるのかと思ったのだが、桔梗さんは何かを言うこともなく、不審に思った私は伺うように首を少しだけ傾けるのだけど、その瞬間に見えないボディブローを食らったかのように桔梗さんは折れ曲がって遂には膝を突いてしまうのだった。
「わ、私も……頭を冷やしてくるね」
そしてまた一人、メイド喫茶の準備が進められる教室からクラスメイトが出て行ってしまう。何故か私がここにいるだけで被害が甚大なものになってしまうらしい。
「俺もちょっと休んでくる……なんか頭がズキズキする」
須藤も教室を出て行ってしまった。それに続くように何名かが退室していく。誰もが脳を破壊されたかのような有様である。
「被害は甚大ね、普段の天武くんとのギャップもあるから余計に頭が混乱するのよ」
「鈴音さん、やはり止めた方が良いのでは?」
「ダメよ、これだけ破壊力があるのだから、外から来る人たちにはとても衝撃が大きいのは間違いない。広告というのはまず目立たせる必要がある、それに天子さんはうってつけなの」
私の恋人は頑なにメイド服を維持させようとしてくる。この人はもう生徒会長なのに私を追い詰めようとしてくるから困る。
以前のようにこめかみ付近から伸びる髪を自分とお揃いの形に結ってくれた。鈴音さん的にはこれは外せないらしい。
「……可愛いわね、何度見ても」
綺麗にお揃いの形に髪を結い終わったことに満足した様子の彼女は、改めて私を見つめてそう言った。
そして指先で肌の感触を確かめるかのように頬を撫でて来る、ちょっとくすぐったい上に恥ずかしいので止めて欲しい。こういうのは誰もいない場所でやって欲しかった。
「ふぅ……多少は見慣れている私ですらギャップにやられそうになるわね」
「それは、なんと言いますか」
「間違いなく貴女は完璧な広告塔よ、胸を張って仕事をしなさい」
「あ、ハイ」
この期に及んで躊躇する必要はないと判断したのか、生徒会長で恋人の鈴音さんは私をメイド姿で送り出すのだった。この文化祭の後に俺がどう思われるのかはあまり気にしていないらしい。
まぁここまで来れば自棄である。やると決めたからには全力だ。私は全力でメイドを遂行しましょう。
それにだ、女子はメイド役として働くことになる……つまり鈴音さんもまたメイド姿になるということなのだ。
恋人のメイド姿だ、私も男なので……いや、今は違うけど、興味はある。普段の制服姿を見慣れているので余計に新鮮な気分になるのかもしれないしな。
なので私はメイド服を鈴音さんへと押し付ける。ミニスカートのフリフリした奴も捨てがたいけど、彼女にはあまり装飾の多くないシックなメイド服が似合うと思ったのだ。
ロングスカート、エプロン、白と黒のコントラスト、装飾は最小限、これしかない。
「何かしらこれは?」
「鈴音さんのメイド服です、こちらで見繕いました」
「……」
「まさか着ないなんて言いませんよね?」
「はぁ、仕方がないわね」
男の私が着ているという滅茶苦茶な状況を押し付けて来たのだ、何としてもメイド服を着て貰わないとバランスが取れないだろう。
鈴音さんは受け取ったメイド服に着替える為に教室の隅っこに作られた着替えスペースへと移動する。俺は……ではなく私はワクワクしながらその時を待つことになった。
「ど、どうかしら?」
待つこと数分、仕切りの向こうから恥ずかしがった様子の鈴音さんが姿を現す。
「完璧です。やはりメイド服はロングスカート、証明完了」
黒髪ととても似合う、いざこうしてメイド姿の鈴音さんを見ると髪が長かった頃の彼女にも是非メイド服を着て欲しいと思ってしまうな。
黒髪ロングのメイド服……また彼女の髪が伸びたらお願いしてみよう。
「悪くはないな」
メイド博士の清隆も納得の装いであったらしい、また教室の隅っこで腕を組んでそんなことを言っていた。
「だが表情は及第点だ。恥じらいがあるのは良いがまずは笑顔が必要だろう」
百点満点かと思ったがメイド博士の清隆はなかなか厳しい。教室の隅っこで後方腕組勢となっている彼は一人でそんなことを言っている。
「可愛いですよ、凄く」
「そ、そうかしら?」
「あ、写真撮って良いですか?」
「それは駄目よ、恥ずかしいもの」
メイド姿で恥じらっている鈴音さんはとても来るものがあった。この彼女を見れただけで全てに納得できるくらいの破壊力があるのは間違いない。
私がメイド姿になることを受け入れたのは、鈴音さんもメイドになるからと期待したからである。彼女の場合は最悪なんで自分がと言いかねなかったからな。私が着るんだからという交渉材料を用意した次第である。
こうしてメイド服を拝めたのだから何も言うまい、私はこの状況も化粧もフリルだらけのメイド服も全て受け入れようじゃないか。
「そう言わずに、記念に一枚だけお願いします」
「……」
無言は肯定と受け取ってスマホを取り出すと、恥ずかしがっている鈴音さんを被写体として写真を撮っていく、それも連射機能をONにして。
良い、凄く良い、今までの苦労やヒラヒラのフリルだらけのメイド服を着た屈辱も洗い流されていくかのような感覚である。この学校に来て良かったとさえ今は思っているほどだ。
「しかしこうやって見ると鈴音さんは燕尾服とかも似合いそうではありますね、ほら、キリッとしているから」
「そんなにせがまれても着ないわよ」
「もし……私が着るとしたらどうでしょうか?」
そんな交渉に彼女はピクッと体を反応させる。
「……考えてあげなくもないわ」
よしよし、言質は取れたな。楽しみにしておこう。
もし来年にも文化祭があるとすれば、執事喫茶とかになるんだろうか? それはそれで面白そうなので悪くはない筈だ。
そんな風に来年を楽しみにしていると、クラス全体の準備が完了したと松下さんが言ってくれた。飾り付けよし、装いよし、清掃よし、後はこのリハーサルでどれだけ問題点を洗い出せるかが重要になるだろう。
「では皆さん、リハーサルではありますが本番であると意識して挑みましょう。改善点、問題点、裏方表方問わずに、それぞれ見つけて当日に同じミスをしないように心掛けてください」
作った師匠っぽい声と、師匠モードが合わさったことでより視線と注目を集めることができた。私の声を聞いたクラスメイトたちは思わず背筋をピンと伸ばしたほどである。
程よい緊張感で満たされているのはいい傾向だ。リハーサルではあるけれどしっかり本番を意識しているらしい。
そんなクラスメイトたちに微笑みかける、それを合図にしたかのように文化祭のリハーサルが始まる。
よし、私はメイド、最高のメイド、最強のメイド……そうやって改めて自己暗示をかけてから、私は偵察に来るであろう他クラスの生徒たちを迎え入れるのだった。