ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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リハーサル 1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回行うのは文化祭当日のリハーサルである、間違っても本番ではない。あくまで予行演習であり問題点や疑問点などを探すことが重要となる。本番さながらに動きながらどこでミスをするのか、どういう場所でミスが起こりやすいのか、今の内に経験しておくことが大切だろう。

 

 だからこそのリハーサルである。そしてリハーサルなのでお客として来る相手は生徒ということになる。

 

 全学年で順位を競い合う以上は全てのクラスがライバルである。なのでどこでどんな出し物や店がなされていて、どのようなサービスがなされているのか偵察に来る訳だ。

 

 当然ながら俺たちのクラスも手の空いている者には偵察をお願いしている。お客として来る以上は出て行けとも言えないだろうから本番をシミュレートするには持って来いだろうな。

 

 リハーサルの開始を告げる校内放送が校舎に広がると、さっそくとばかりに偵察する生徒たちが姿を現す……しかしこうしてみると男子の姿が多いな。やはりメイド喫茶というインパクトは大きいということだろう。可愛らしい女子生徒が普段とは異なる姿をしているのだから一目見たいと思うのはとても自然なことであった。

 

 俺も彼らの立場なら同じことをしただろうから、メイド喫茶という出し物は悪くはないのかもしれない。

 

「お帰りなさいませご主人様」

 

 俺は来客した男子生徒たちに一礼をしてそう伝えてから微笑む。師匠モードの集中と能力の全てを使ってメイドを演じていく。

 

 そう、今の俺の任務はメイドとして振る舞うこと、真剣勝負の場である以上は一切の妥協はいらない。ならば俺は……いや、私は全力でメイドを遂行しよう。

 

 意識の全てを自己暗示でメイドと女性に切り替える。その状態で微笑むと来客した男子たちは途端に情けない顔をするのだった。

 

 デレデレと口元も緩めたり、後頭部を掻いたり、視線を右往左往させたりと忙しそうだ。出迎えた私を足から頭までじっくりと眺めて最終的に視線が合った段階で顔を赤くしてしまう。

 

 掴みは上々、悪い気分にはなっていない。やはりメイドという非日常は衝撃が大きいようだ。

 

「ご主人様、一番テーブルへどうぞ」

 

 教室の入口付近に立って客を出迎えてまず一撃叩き込むのが私の仕事、そうやって頭を揺らしている相手を速やかにテーブルに案内して女子チームがトドメを刺す流れである。戦争において一人がどれだけ頑張っても大きく結果は変わらないが、全体で連携すれば大きな影響を与えられるということだ。

 

「お飲み物はいかがされますか?」

 

 最初の一撃で頭を揺らしている男子たちを椅子に座らせると、すぐさまメイド姿の松下さんがメニュー表を渡す。まだまだ混乱している相手に高めの商品を勧めていた。

 

 よし良いぞ、相手は混乱している。今なら財布の紐だって緩い。しっかりポイントを落として貰うんだ。

 

「ねぇご主人様ぁ、私これを頼んで欲しいなぁ」

 

 そして佐藤さんが追い打ちをかけるように猫撫で声で一番高い珈琲とケーキセットをねだる……その感じだとメイド喫茶と言うよりはちょっと大人な店みたいに思えるので後で指導が必要かもしれない。今日が本番じゃなくて良かったかもしれないな。

 

「チェキ会もありますよ」

 

 何も長く稼ぎたい訳でもない、この一回限りの商売ならば多少はがめつく貪欲に動いても問題はないとはマネージャーである清隆の言葉である。法外な値段は論外ではあるが強気な姿勢も崩しはしない。

 

 初手で脳を揺らされ、女子チームに追い打ちをかけられて断ることも出来ないまま写真撮影をした男子生徒は、最後までどこか夢現なまま店を退店するのだった。

 

 良い流れである。問題なのは文化祭当日に来るであろう酸いも甘いも知り尽くした大人たちに通じるか否かである。耐性のない男子生徒だからいい鴨にできたが大人が相手だと難しいかもしれないな。その辺はリハーサルが終わった後にクラスで相談である。

 

 ただ感触は悪くない。偵察に来る生徒の多くがもてなされた後はデレデレした表情で教室を出て行くからだ。そんな彼らをまた笑顔で送り出すと好印象を残せるのだから幾らでも微笑んであげよう。

 

 笑顔一つで強い好印象を残せるのならば安いものである。そう考えるとなんだか私が悪女みたいだ。

 

「フフフ、ここがBクラスの出し物ですか……メイド喫茶、奇をてらったと言うべきか、それとも王道と言うべきか迷いますが、まずは偵察ですね」

 

「へぇ、意外と衣装とか凝ってんのね」

 

 幾人かの生徒を捌いていると、初めて女子生徒のお客さんが偵察にやってくる。杖を突く音と共に神室さんを引き連れて坂柳さんがメイド喫茶へ来店するのだった。

 

 女性から見た評価や反応なども知りたかったので都合が良い、当日来る来賓は男ばかりじゃないだろうからな。

 

「お帰りなさいませお嬢様」

 

 そんな二人を前にまずはジャブを叩きこむ、微笑みと共に一礼をするのだがやはり男子とは異なる反応を見せてくれるのだった。

 

「ほう、これはなかなか」

 

「は? 何コイツ可愛い……」

 

 坂柳さんはどこか興味深そうにこちらを観察して、神室さんは思わずと言った感じでそんなことを口走る。

 

「あれ、笹凪のクラスにこんな女子っていたっけ?」

 

「お嬢様お二人をご案内しま~す」

 

 神室さんは疑問に思いながらも確信には至っていないようなのでさっさとテーブルへ案内するとしよう。今更バレた所で大した問題はないし時間の問題だけど、少しくらいは抵抗したい気も残っている。

 

 坂柳さんと神室さんがメイド喫茶に入るとクラスメイトたちに緊張が走った。ライバルクラスのボスが直接偵察に来たのだから当然だろう。それでもしっかりと笑顔で迎え入れて対応するのだから立派である。

 

「こちらメニューになります」

 

「ふむ、ではダージリンとケーキセットを」

 

「高くないこれ? どうせインスタントとコンビニケーキでしょ」

 

「真澄さん、お祭り価格と言うものですよ」

 

 坂柳さんがお祭り価格という言葉を知っていることに私はとても驚いた。そんな庶民的な感覚を持ち合わせていたことも。

 

「文化祭という時間、そして実際に支払うのはポイントと考えればこれくらい強気の値段設定でも問題はないでしょう。それもここはメイド喫茶、撮影会などもできるようですから提供するのは良質な商品よりも非日常な時間がメインなのかもしれません」

 

「そういうもん?」

 

「えぇ、それによく観察してください。一見すると奇抜な出し物に見えるかもしれませんが、衣装は凝っていますし、メイクや佇まいはしっかりと洗練されています。誰かが人にどう見られるかを意識して調整したのでしょう、下品にならないラインをしっかりと見極めて清潔感を演出しているようですよ」

 

 坂柳さんと神室さんの会話に耳を立てていると、思っていた以上に好感触な印象を持っているらしいことがわかる。

 

「なかなか悪くありません、これは強敵になるでしょうね」

 

「ふぅん」

 

 興味無さそうに返事をする神室さんはメニュー表から視線を上げて店内を見渡した。そしてどうした訳か教室の入口付近で最初の一撃を叩きこむ役目のある私を見つめてくる。

 

「ところでさ、あんな女子いたっけ?」

 

「あぁ、それは私も気になっていました」

 

「……エロ」

 

「真澄さん?」

 

「あ、いや、なんでもない……誰なのアレ?」

 

「Bクラスの生徒なのでしょうが見覚えがありませんね、ですが女性と言うのはお化粧や装いで幾らでも印象が変わるものですよ。それにあの様子だとかつらを被っているようですから、普段とは大きく異なる印象を与える相手なのでしょう」

 

「ふぅん、あんまり目立たない地味な奴がイメチェンしたってことか……それにしたって変わり過ぎだと思うけど」

 

「意外な伏兵となるやもしれませんね、上手く広告塔として使えれば集客にも繋がるでしょうから」

 

「このクラスの切り札ってことね」

 

「えぇ。しかし私は全校生徒の顔や能力を把握していますがその誰とも一致しません。つまり私の認識の外にいる戦力であり駒であるということ……大変興味深い」

 

 そんな考察をしている二人は、商品の載ったトレイを受け取った私に視線を向けて来る……私がいかないとダメなんだよねこれ。

 

 仕方がないので注文された飲み物とケーキセットを持って行く。当たり前のことだけど二人と距離が近くなるのでまじまじと見つめられることになるのだった。

 

「こちらお飲み物とケーキセットになります」

 

「ありがとうございます。ところで、貴女は見慣れない女子生徒のようですが、どうやら普段はあまり目立たない装いをしているようですね」

 

 美しい宝石のような坂柳さんの瞳が私を見つめて来る。鬼龍院先輩同様にどこか師匠を連想させる瞳だと改めて思う。

 

「なるほど、普段は敢えて存在感を消して行動しており、牙を隠していたと……そして自分の価値を最も示せる環境が来たことで今まで研いでいた武器を抜いたと言った所でしょうか」

 

 うん、勘違いしているな。私は清隆じゃないんだから別に普段から力を隠していたりはしない。

 

「なかなか徹底しているようですね。事実、今まで私は貴女のことを歯牙にもかけなかった……ですがこの局面に来てその存在感、また一人強敵が現れたようですね」

 

 フフフと不敵な笑みを浮かべる坂柳さんは、面白い獲物を見つけたかのようである。

 

「貴女を強敵と認めてお名前を聞いておきましょうか」

 

 さてどうしたものだろうかと悩む、偽名を名乗った所で意味はないし、一時的に誤魔化せた所で問題にしかならないだろう……悩んだ所でどうにもならないので素直に伝えるしかなかった。

 

「笹凪天武と申します」

 

「うん? どうしてそこで天武くんの名前が出て来るのでしょうか?」

 

 本当に訳がわからないと首を傾ける坂柳さん、そこで俺は体育祭の意趣返しというか、ちょっとした悪戯心が生まれたので揶揄うことにする。

 

 もしかしたらメイド姿になったことで知らず知らずの内にストレスが溜まっていたのかもしれない。

 

「まぁまずはお茶をどうぞ、とても美味しいですよ」

 

 坂柳さんはテーブルの上に置かれたティーカップに視線をやると、とりあえず喉を潤すことをしたらしい。勧められるままカップを持って上品な仕草でそれを口に運ぶ、こちらの狙い通りに。

 

「改めまして自己紹介を、笹凪天武です。芸名は天子となっております」

 

 その瞬間に私はかつらを外して本当の姿を坂柳さんたちの前に晒しだす。

 

 

「ごふッ!?」

 

 

 こちらの狙い通り坂柳さんは強い衝撃を受けて飲もうとしていたお茶を吹き出すのだった。普段の不敵な表情や雰囲気はどこかに吹き飛んで、物凄く動揺しているのはちょっと面白い。

 

「うッ、ごほッ、ごほッ」

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

 あまりにも激しく咳き込む様子に神室さんが慌てて背中を摩りだした。

 

「も、問題ありません……えぇ、何一つとして。フ、フフッ……まさかこのような形で奇襲を仕掛けて来るとは、流石は天武くんと言っておきましょうか」

 

 ハンカチで口元を拭って隠しながら坂柳さんはそんなことを言ってくる。意地でも余裕の態度は崩すまいと努力しているのかもしれないな。

 

「し、しかしその装いは……なんと言いますか」

 

「あはは、坂柳さんがそこまで驚いてくれるなら大成功ってことなのかもしれないね」

 

 外していたかつらを再び被ると、その瞬間に師匠モードに移行して意識も切り替えていく。愛里さん曰く天才的な役者のような雰囲気の変化らしいので、それを証明するかのように二人は驚いた顔をしてくれる。

 

「どうでしょうか? 我ながら似合っていると思うんですけど」

 

「「……」」

 

 神室さんも坂柳さんも無言である。私が俺であることを認識した上で改めて観察したことで脳がエラーを吐き出しているのかもしれない。

 

 そこにあると思っていた階段を踏み外したような、あると思っていた物が無かったような、決定的な何かがズレてしまったかのように混乱しているようである。

 

 絶句して思考停止するのは坂柳さんにしては珍しい、それほど衝撃的であったということだろうか。

 

 せっかくなのでその場でクルッと回って天子を見せつけておこう。最高の微笑みと共にだ。

 

「ぐッ」

 

「うッ」

 

 すると坂柳さんも神室さんも見えないボディブローを食らったかのように体をくの字に曲げてしまう。桔梗さんも波瑠加さんも似たようなことになっていたけれど、そこまで破壊力のある姿をしているということだろうか。

 

 なんであれこの二人がこんな感じになっているのは新鮮で面白い。なかなか見れるものでもないのでメイド姿になって良かったのかもしれない。

 

 いつもは余裕タップリの坂柳さんも、ツンとした神室さんも天子の前では動揺が激しい、これはこれで戦略的な行動であると言えるのかもな。

 

 予期せぬ形で奇襲を受けて動揺しているのだ、あの坂柳さんがだ。冷静になる前に畳みかけるべきだろうか?

 

 そんなことを考えていると、教室の入口付近がザワついたことに気が付く。

 

 

「ククク、ここがゴリラの店か、少しは楽しませてくれそうじゃねえか」

 

 

 来たな龍園、相変わらず邪悪な笑みをしているじゃないか。

 

 今現在の私は最高で最強のメイドなのでしっかりと接客してあげようじゃないか。

 

 

 

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