教室に入って来た南雲先輩はまず周囲を観察する。色々とアレな人だけどその観察眼は確かなのか隅々まで眺めており、客観的な評価や問題点、或いは評価点などを調べているのだろう。
腕と足はまだギプスが巻かれており松葉杖を突きながらワザワザ来る辺り、本当に暇なのかそれともそれだけこちらを警戒しているのか、どちらであってもこうしてここに来たのだから意識はしている筈だ。
彼の瞳は注意深くメイド喫茶の中を観察していき、最終的には私に引っ張られるように視線が固定させる。
「お帰りなさいませご主人様」
「……ほう」
ねっとりとした視線には興味と熱が混ざっており、女性はこういう視線には敏感なんだということを身を持って理解するのだった。
「南雲先輩、テーブルにご案内しますね」
「へぇ、俺のことを知ってるのか」
「はい、それは勿論です。この学校では有名人ですから」
「まぁな」
ちょっと褒めると機嫌が良くなるのでこの人もチョロいんだろうな。それともここ最近の状況に鬱憤が溜まっていたので認められることに飢えていたのかもしれない。
「こちらメニューになります」
「あぁ、ありがとう、とても助かるよ君は気が利く子のようだね」
後、なんだろうな、普段俺に絡んで来る時はもっと気持ちが悪い感じなのに、今は好青年っぽさを演出しようとしているようにも見える。
あれだ、ちょっと前に帆波さんと接している時のような雰囲気がある。頼れる先輩風を吹かしながらお茶目な感じを作っており、女子受けが良さそうなイケメンって評価になるんだろうな。
なるほど、南雲先輩はとりあえず初見の女子とはこのように接して距離感を測るのか、良いか悪いかは置いておいてやっぱりコミュニケーション能力が高い人ってことだ。
普段はあんなに面倒なストーカー気質を全開にしながら面倒な絡み方をしてくるお世辞にも真っ当な人じゃないけど、今は正統派のイケメンとなっている。やはりこういう感じの方が女性にはモテるんだろうか?
白い歯をキラッと輝かせて南雲先輩はメニューを眺める、その微笑みと横顔はなるほどと納得させる位には爽やかな好青年と思えてしまう……中身はストーカーだけど。
「君のおススメは何かな?」
「それでしたらこちらのケーキセットとなっております。あ、でも甘い物が苦手なら抹茶ケーキとかもおススメですよ」
「なるほどね、ならそれとコーヒーを頼もうかな……ところで、君の名前はなんだったかな? 全校生徒のことはある程度把握していたつもりなんだけど、こんなに可愛い子がいたなんて知らなくてね」
「あ、それは、その、普段はこんな格好はしていないので」
「あぁやっぱりそうなのか、道理でね」
「せっかくの文化祭なのでクラスに貢献できたらと思って、勇気を出してイメチェンしてみたんです」
「なるほど、それでこんなに可愛い子に出会えたんだから、俺としては嬉しい限りだよ」
また南雲先輩は白い歯をキラッと輝かせるような爽やかスマイルを見せつけてウインクをして来る。この人の内面を知らない人が見ればとても爽やかな好青年に見えるんだろうな。
注文されたコーヒーとケーキを厨房から受け取る為に一旦テーブルから離れるのだが、その間にも私の臀部辺りを舐めまわすような視線を感じ取ったので思わず背筋が震えてしまった。
今この瞬間程、厨房が手間取ってくれと願ったことはない。接客業でそれは最悪の願いではあるんだろうけど、あのねっとりとした視線はどうにもなれなかった。いや、多分だけど普段が普段なだけに私の視界や思考に変なバイアスというかフィルターみたいなものがかかって南雲先輩を余計に変な目で見てしまうんだろうな。
接客業で客と距離を取りたいなんて考えるのは失礼なので改めなければならない。これもまた経験値となるということだ。
「お待たせしました、コーヒーとケーキになります」
「ありがとう。そうだ、君の名前を教えてくれないかな?」
「天子と申します」
「ふぅん、可愛らしい名前だね」
「ふふ、そうですか?」
「あぁ、とても似合ってるよ。可愛らしい響きがね」
本当にそう思っているのだろうか? とりあえず女子は褒めとけとか思ってそうだけどな。
「南雲先輩の名前もよく似合っていると思いますよ、爽やかな感じが」
「おいおいあまり褒めないでくれよ、調子に乗ってしまうからね」
誰だアンタ、もっとヘドロみたいな執着に塗れた人だろうが、なんで謙虚に振る舞ってるんだよ。
爽やかな南雲先輩とかそれはもう南雲先輩じゃない、草葉の陰で涎を垂らしながら獲物を前に舌なめずりしてこそこの人らしい振る舞いだろうに。
「そうだ、君は俺のことをどれくらい知っているんだい?」
「南雲先輩のことをですか……そうですねぇ、この学校の生徒会長で、色々な試験やイベントを考えてくれる楽しい人、でしょうか」
「お、そんな風に思ってくれているのなら嬉しいね」
やたらと爽やかな笑顔を何度も見せつけて来る、とてもイラッとするけどそれは俺の認知が歪んでいるからなんだろうな。普通の女子から見ればうっとりする顔なのかもしれない。
「夏休みのレクリエーションとかとても楽しかったですよ。去年はああいうのが無かったので余計にそう思いました」
堀北先輩は良くも悪くも堅物だったからな、それが悪いとは言わないけれど、柔軟な発想を実際に形にする南雲先輩はその点がとても面白い。
本当に、そういった方面に感情や執着を全振りしてくれれば素直に凄い人だと思えるんだけど、本質がストーカーだから全部を台無しにしてしまっているのが残念である。
「無人島の試験も複雑でしたけど楽しかったです、あれも南雲先輩が考えたんですよね?」
「まぁな、全部が全部じゃないが、俺の意見もある程度は反映されている」
褒められて機嫌が良さそうだ。このまま煽てて色々注文させてみようかな。ポイントを惜しむような人でもないだろうし、こういったノウハウを積み上げることは本番でも良い結果を生み出す筈だ。
「凄いですね、生徒会長として活動するだけでなく色々な試験やイベントを考えられて、私尊敬しちゃいます」
これは嘘じゃない、私の本音である。
だけどそれら全てを台無しにしてしまうのが南雲先輩であるというだけだ。
「ふッ、そう言われると少し気恥ずかしいな、俺はこの学校の生徒会長として当然のことをしているだけなんだから」
本当に誰だアンタ、ハニカミながら謙遜するのは止めろ。
「あ、そうだ南雲先輩、こちらの写真撮影とかどうですか?」
「ほう、メイドと写真撮影か、しっかりポイントを持って行く辺りちゃんと商売をしているんだな」
「はい、それは勿論」
「いいぜ、君に出会えたことを記念に、一緒に撮影するか」
こういうセリフを躊躇なく言えるのはこの人の長所だと思う。
「それじゃあこちらで撮影しますね」
教室の一角に作られている撮影場所に移動する。南雲先輩は怪我が完治しておらず松葉杖を突いているので傍らに寄り添うようにだ。するとこの人は距離が近くなったことに気分を良くしたのかまた微笑む。
「それじゃあここに立ってください」
クラスメイトに撮影役をお願いしてから南雲先輩と並んで立つ。すると彼は寄り添っていることを良いことに私の腰を引き寄せるように密着してくるのだった。とても自然なボディタッチであるとても慣れているようにも思える。
「もう、南雲先輩、ダメですよ」
「おっと、悪いな。怪我してるから支えが必要でね」
腰に手を回して密着しておきながら悪びれた様子もない。それどころか爽やかな笑顔で断りを入れて来るほどである。一般的な女子はこんな悪戯っ子みたいな無邪気な顔をされるとつい許してしまうものなのだろうか?
いや、あれか、イケメンだからこそ許されるという奴なのかもしれない。この人は自分の容姿に絶対の自信を持っているようだし、能力や実績や雰囲気を客観的に見て魅力という物を最大限理解しているのだろう。
まず女子との距離感を測り、ここまでならば怒られないという行為を観察することに長けており、女子と仲良くなっていくということなのかな。
ナンパ師の才能があるということか、相手に不愉快に思われない絶妙な対応や距離感をしっかりと把握しているのは素直に凄いと思う。大抵の女子はこのイケメンっぷりと爽やかさと悪戯っ子な側面を上手くブレンドした雰囲気についつい気を許してしまうという訳だ。
そしてこうして腰に手を伸ばして引き寄せて来たということは、南雲先輩から見ればここまでやっても怒られない女子と認識されているということである。どうやら私はチョロい女子と思われているらしい。
まぁ実際にその評価は間違いではない、これくらいで怒ったりはしないのだから。
「それじゃあ撮りますよ、はいチーズ」
密着した状態で南雲先輩と私は満面の笑みで写真を撮った。これでポイントも貰えるしノルマも達成したことになるので私としてはホクホク顔になるのだった。
「ありがとうございます南雲先輩、おかげでノルマが達成できました」
「どういたしまして……しかしノルマか、色々と厳しいみたいだな」
「はい、でも文化祭で結果を残したいので頑張ってるんです」
「良い事だ、勤勉な姿勢は評価しよう」
「ふふ、ありがとうございます」
テーブルに戻って椅子に南雲先輩を座らせる。いつのまにか私が松葉杖の代わりみたいになっており、その時も南雲先輩は腰にがっつり手を伸ばしていたのだけれど、まぁ怪我人なので許そう。別に腰に触れられることは怒るようなことでもないからな。
「それじゃあごゆっくり」
「おっと待ってくれ、せっかくだからもう少し話しておこうぜ」
「えぇ~、でも他のお客様の対応もしなければなりませんから」
「そう言うなよ、なぁに、ちゃんと売り上げには貢献してやるさ」
「追加のケーキセット入りま~す」
言質は取れたので一番高い商品を注文するとしよう、この人に関しては懐事情とか考慮する必要がないからな。
「君の分もある、一緒に食べよう」
ここはキャバクラじゃありません……まぁ良いか、放置してまたストーカーになられても困るし。
そんな訳で俺は南雲先輩の隣に腰かけることになった。しかしその瞬間に憂いタップリの溜息が聞こえて来るのだった。
こんなに可愛いメイドが隣に座って溜息とはどういう了見だと視線を向けてみると、南雲先輩はなんだか憂い顔をして黄昏ているのが見える。
「どうなされたんですか?」
そう言って欲しそうだったので要望通りにしておこう。
すると南雲先輩はまた小さく憂い交じりの溜息を吐く、視線は少し下げられてテーブルの上をなぞっており、なんというか落ち込んだ青年と言った感じの雰囲気を全開にしてくるのだった。
「いやな、ここ最近上手くいかないことも多いと思ってな」
まぁこの発言は嘘ではないんだろう、実際に無人島以降は上手く行ってなかった筈だろうしな。
ただこの場でほぼ初対面の天子にそんな話をする必要はどこにもない、この憂い交じりの横顔もきっと計算してやってるんだろうなと何となく察してしまう。
これが普通の女子相手だとイケメンの憂い顔ということで胸をトキめかせたり、キュンとしたりするんだろうか?
きっとするんだろうな、そして南雲先輩はそういう所を計算してこんな顔をしている訳である。
「大丈夫です、南雲先輩が凄いことは皆知っていますよ」
これも嘘ではない、方向性と執着がアレ過ぎるだけで優秀な人という評価は確かにあるのだから。
「君もそう思ってくれるか?」
「はい勿論です、きっとこの学校には南雲先輩にしかできないことがありますよ」
これまたそう言って欲しそうだったので期待に応えるように言葉にしておく。すると南雲先輩は僅かに瞼を開いて感心した様子を見せてくる。
そう言って欲しかったんだろうけど、いざ言われてみると思っていた以上に心に沁み込んだということだろうか。
「頑張ってください、南雲先輩が凄い人だってことはちゃんと伝わってますから」
「ふッ、だろ? そうだろ? 天子はよくわかってるじゃないか。それだそれ、最近の下級生はクソ生意気な奴ばかりだし、上級生に対する敬意が足りてない奴が多くてな……ゴリラとかゴリラとかゴリラとかさ、ここは動物園じゃないってのに毎日ウホウホと、勘弁して欲しいっての」
うん、機嫌が良さそうなのでこれで良いんだろう。あと誰がゴリラだ、私は改造人間なだけだ。
「まぁ上手く行かないことも多いが、焦るつもりもないさ、卒業までじっくりと準備を整えてな」
「えぇ、それでこそ南雲先輩です。よッ、男前、生徒会長の鑑!!」
「おいおい褒めるな褒めるな、事実だとしてもそういうのは胸に秘めとくもんだ、事実だとしてもな」
さっきまでの計算された憂い顔を止めて南雲先輩は調子に乗り出す。ヨシヨシ、それで良いんだよ、それでこそ南雲先輩である。
「だがありがとうな、そう言って貰えて素直に嬉しいぜ」
「それなら良かった、沈んでいる姿なんて南雲先輩には似合いませんからね」
「そういうことだ」
なんで私がこの人のメンタルケアをしているんだろうか? 今になってそんなことを思うのだった。
「そうだ、せっかくだから普段の姿を見せてくれないか?」
「普段の?」
「あぁ、その姿は文化祭で勝つために気合を入れた感じなんだろ? 俺も君みたいな生徒が二年生にいるって今の今まで知らなかったからな」
「確かに普段とは大きく異なる姿ですけど」
「だろうな、なら本当の姿も知っておきたいんだ。もしかして普段は眼鏡かけてるとか、もっと髪が短いとかなのか? まぁ女子はイメチェンすると化ける奴も多いから不思議でもないけどよ」
「そんな感じですね……まぁ見せても良いんですけど、驚かないでくださいよ?」
「安心しろよ、俺はちょっとやそっとじゃ驚かないぜ、何せ心が広いからな」
彼はそこでテーブルの上に置かれていた私の掌に自分の掌を重ねてくる。こういうスキンシップを自然に行えるのがモテる男の条件ということなのかもしれない。
「それでは遠慮なく……よいしょっと」
そこまで言われてしまえば私としてもやぶさかではない、ご期待に応えて私から俺へと移行するとしようか。
空いていた手を使って頭に被っていたかつらを外す、ついでに雰囲気も男性寄りに戻す……やっぱりこっちの方が楽ではあるな。当たり前のことではあるんだけど。
そして真っすぐ南雲先輩を見つめることになるのだけど、彼はスンッと表情を無にしてしまう。
「……」
「南雲先輩?」
「……」
「どうしたんですか? なんか変ですよ……いや、まぁそれはいつものことではあるんですけど」
「……」
「あれ、もしかして私が俺だって気が付いてませんでした? 実は内心では気が付いていて悪乗りしてると思ってたんですけど」
「……」
どうしようか、南雲先輩がフリーズしたまま帰ってこない。そんなに驚くこともないと思うんだけど、こちらも龍園のように宇宙的な恐怖でも感じているんだろうか。
「あ、そろそろ握っている手を放して貰っていいですか?」
「……」
フリーズしている割には手だけは素早く離れて行くことになった。そして南雲先輩は黙ったまま立ち上がると、そのままフラフラとした足取りでメイド喫茶を出て行くことになる。
どこに行くんだろうと疑問に思ったので、教室から顔を出して廊下を眺めると、南雲先輩は一番近い位置にあった男子トイレへとフラフラしながら入っていく。
「おええええええええッ!!」
そして次の瞬間、彼はトイレで盛大に胃の中身を全てぶちまけることになってしまう。その勢いたるやトイレの個室から廊下にまで轟く程であり、それはもう凄まじいものであった。
失礼な人である、あんなに可愛らしいメイドと楽しい時間を過ごせたというのに、吐瀉物をまき散らすとかさ。
「……オレはとんでもない怪物を作ってしまったのかもしれない」
そんな南雲先輩の状況を、教室の前を偶然通りかかった清隆だけが見ており、彼は戦慄したような表情でそんなことを言うのだった。
君も君で失礼だな、天子は最高に可愛いメイドじゃないか。