とても見応えのあるサーカス、というか軽業であったので九号が設置している看板にありつけられているQRコードをスマホで読み取っておひねりを投げておこう。一度読み取ると1000ポイントを支払うことになるらしい。
しかし支払いを観客の自由意思に任せるとはとても大胆である。儲けるつもりが無いということなんだろうけど、クラス全体で協力して大きなテントなんかを作って入場料なんかを取ればもしかしたら上位入賞だって不可能ではないかもしれない、それくらい凄いものであった。
まぁ個人の判断にとやかく言っても仕方がない、九号と天沢さんがしっかり文化祭を楽しんでくれるのなら俺個人としても嬉しい限りである。
およそ青春的な時間など望めない二人だからな、少しでも楽しんで欲しい。
「他の学年も侮れないものね、メイド喫茶のインパクトに決して負けていないわよ」
「だね、中には色物もあるみたいだけど」
ふと視線を出店の一角に向けてみると、そこでは一時間ほど前にメイド喫茶に訪れて天子にメロメロになっていた石崎がネタとしか思えない奇妙な飲み物の店を運営していた。
プロテインだったりジュースだったりクエン酸だったりを混ぜ合わせて飲み物を提供する訳だ、美味しいとは思えないだろうけど筋トレが好きな客には案外受けが良いのかもしれない。
他にも大きな水晶玉を机の上に置いてフードを被り、去年の夏休みにケヤキモールにいた占い師のように個人で占い館を運営していたりとか、ネタなのか真面目なのかよくわからない店も多い。
「鈴音さん、何か欲しい物はあるかい?」
そんな出店の中で、これぞお祭りと言った感じの射的場の前を通った時に、色々なターゲットが置いてあることを見つけてそんな提案をした。コルクを空気銃に詰めて発射する昔ながらの形態の店はお祭りには欠かせないんだろうな。
「取れるの?」
「どうだろ、でも頑張ってみようかな」
「ならそうね、あの天子さんのプロマイドをお願いできるかしら」
「なんでそんな物が商品として並んでいるんだ!?」
俺がメイド服になった姿を衆目に晒したのはこのリハーサルが初めてだぞ、つい一時間前の事なのに誰が盗撮して現像して商品とした並べたんだ?
射的場のある無数の商品を一つ一つ確かめて行くと、確かに天子ちゃんがメイドとして働いている写真が存在していた。角度的に完全に盗撮品である。
「くッ、何度やっても取れない」
俺たちより先に射的に挑戦していた一年生は執拗に天子の写真を狙っているようだが上手く取れなかったらしい。弾代わりのコルクの軌道を確認してみると狙いはそこまで悪くないようだが、的が小さいことに加えてコルクは決して真っすぐ飛ばないので難しそうではあった。
「よぉ笹凪パイセン、アンタもアレ狙いか?」
射的場の奥から出てきたのは宝泉である。どうやら彼がここの責任者であるらしい。
「宝泉、あの写真なんだかどうやって手に入れたんだい?」
「どうもこうもあるかよ、写真撮影が趣味の一年が結構な値段でここだけの話とか言いながら売って回ってるぞ」
「その一年の名は?」
「タダじゃ教えられねえな」
「十万出そう」
「鶚とか言ったか、Aクラスの奴だ」
何やってんだあの子は……盗撮されているなんて全く気が付かなかったぞ、というか写真撮影してそれを売り払ってるのか九号は、もしかして俺が知らない内に結構な額を稼いだりしているのか?
「数を出し渋ってやがるからな、今じゃプレミアが付いて結構な額になってやがる」
本当にどうしてこうなったんだ、九号は九号でよくわからない商売をしているし、意外と商魂たくましい子だな、思っていた以上に稼いでいるみたいだ。
ちょっと注意しておくか、後で回っている天子の写真も回収しなければならない、これは立派な肖像権の侵害である。せめてこっちに幾らかの売り上げを献上する契約を結ばないとやってられないだろう。
あの子、俺から毎月結構な額の小遣いを貰っているし、何だかんだで個人的に金策に走っていたりする、思っていた以上にこの学園に適応してしっかり稼いでいるようだな。
もしかしたら卒業する頃には当たり前のように2000万ポイントとか保持していそうだ。ああいう子を真の実力者と言うのかもしれないな。
まぁ後で説教である、売り上げの一部はこっちに上納させよう。
とりあえずは今目の前にある天子の写真を回収しないといけない。
「ところで宝泉、あのブロマイド写真なんだが、やけに頑丈にできているな。さっきの生徒が何度か命中させているのに全然落ちないじゃないか」
「おいおいイチャモンつけてんじゃねえよ、何か証拠があるのか?」
こいつ、わかりやすく阿漕な商売をしやがって、ヤクザが運営している屋台じゃないんだからさ……いや、宝泉が責任者である以上は似たようなものか。
「では一度確かめさせてくれないか?」
「ふざけんな、一定距離以上近づいたら失格だぜ、営業妨害で訴えるからな」
「阿漕な商売するんじゃないよ」
「黙ってろ、あの美人のブロマイドが欲しいなら自力で取ってみな」
アレは私なんだよ、という言葉が出そうになるのをグッと堪えて、俺はポイントを支払ってコルクを空気銃に詰め込む。
さてどうしたものだろうかと考えてみた、先ほどの生徒の様子を見る限りあの天子の写真に何かしらの細工が施されているに違いない。それはブロマイドだけでなく高額と思われる商品には似たような細工があるんだろう。
勿論、サクラ要因として落としやすい商品もあるんだろうけど、あの写真は違う。
師匠モードになってよく観察してみると、写真が収められているアクリルボードは見えにくいが同じく透明なつっかえ棒のような物が背面にあるのがわかる。正面からどれだけコルクをぶつけてもあの支えのせいでまず落とせはしない。
「ん、正面からどれだけ撃っても無駄だろうな」
「どうするつもりなの?」
「見えにくいけど支え棒があるから、背後から弾を当てればいいんだ」
「完璧な作戦ね、弾は真っすぐにしか進まないことに目を瞑ればだけど」
鈴音さんは呆れたようにそう言うけれど、俺は不可能とは思っていない。
まず調べるのはコルクの形状と重さ、試しに一発目を適当な的に向かって放つ、感触を確かめるだけの行為だったので命中させるつもりはなかったのだけれど、そのコルクは吸い寄せられるようにキャラメルの箱に命中することになった。
続いて二発目、空気銃から放たれたコルクはお菓子の詰め合わせに命中して落とす。これでかなり感触は理解できた。これなら問題なく三発目も当てられるだろう。
真正面から狙ってもまずあのブロマイドは落とせないので、狙うのは背面。昔に二号さんから教えて貰った技術を披露する時が来た。俺は武人なので絶対に必要ないと思っていたけれど、まさか使う時が来るとは。
二号さん曰く、射撃で重要なのは計算と観察、そして未来を観測することらしい。
引き金を引いてコルクを放つ、しかしそれは真っすぐブロマイドへ向かうことはなく、商品が並べられた棚の隅っこに命中した。そこから幾度か棚の中を跳ねまわり最終的にはブロマイドの背面に命中してこちら側に倒すことになるのだった。
やっぱり柔らかなコルクは跳ねやすいな、計算通りの軌道を描いて見事に背後から倒してくれる。
因みに二号さんはこの跳弾による攻撃を一キロ以上離れた距離から実弾で行う。コツは当てるのではなく当たっている未来を見ることらしい。俺にできるのはせいぜい数秒先の未来を見る程度のことだからまだまだ未熟だな。
写真立てのようにして倒れないようにしていたようだが、後ろからコルクを命中させればご覧の通りである。
「……チッ、ふざけた真似しやがって」
「阿漕な商売はするもんじゃないよ」
商品を落とせた以上は渡さなければならない、肖像権を著しく侵害するブロマイドはなんとか回収することができた。後で九号をとっちめて売り上げの一部を献上させなければ。
仮にブロマイドを売りさばくとしてもそれからである、しっかり丁寧に契約すれば俺にもポイントが入るので嫌とは言えないんだよね。この学校、ポイントはあればあるだけ嬉しいからさ。
「それにしてもなんて手際の速さだ、天子の写真がもう出回っているだなんて」
「それだけ衝撃が大きかったということでしょう」
鈴音さんは俺が持っていた天子のブロマイドをサッと奪い去る。
「え?」
「私にくれるのでしょう?」
「いや、それは、その……こういうのが出回ると肖像権のあれとかこれとか問題もあるかなって、俺は許可していない訳だしさ。高い確率で盗撮だしお客さんがポイントを払って撮影したものでもないじゃら」
なので出回っているブロマイドは全て回収するつもりだ、九号からも売り上げの一部を回収するつもりである。
「一枚くらいは私にくれても良いと思うのだけれど」
「……」
ブロマイドは鈴音さんに奪われてしまうのだった。別にこんな盗撮写真の違法品を欲しがらなくても二人きりの時なら幾らでもお願いくらい聞くのに。
「ふふ、可愛らしいわね、こういう物を集める感覚がイマイチわからなかったのだけれど、今なら少し理解できるわ」
天子のブロマイドは鈴音さんの持って行かれてしまう。なんでもプレミアが付いているらしいので価値があるかもしれないな。まぁ恋人に保持されるのはまだギリギリ許せるのかもしれない。
後、機嫌が良さそうなので何も言えなかった。天子の写真には妙な作用があるのだろうか。
「さて、次は同学年の催しを見にいきましょうか」
気を取り直して偵察を再会する。次に確認するのは同学年の店であった。
「龍園との協力関係だけど、このまま続けるで良いんだよね?」
「そのつもりよ、欠片も信用はできないし、するつもりもないけれど、お互いの利益のある間は続けるわ」
「わかりやすい敵対関係を演出して目立つか……広告にはなるかもね」
「そうあることを期待するしかないでしょうね」
その龍園クラスだが、俺たちのクラスに対抗するように和装喫茶を展開している。コンセプト喫茶という形は似通っておりライバル感を演出するには十分だろう。
大切なのは演出だ、色々な店がひしめくこの文化祭に置いて、目立つというのは何よりも重要なことだ。どれだけ良い環境を整えても人目に触れなければどうしても売り上げは伸びないからな。
お互いに競い合っているという演出は一種の広告になる、そういうことである。
「笹凪」
同学年の店を偵察するという名目なので色々と見て回っているのだが、そんな時にとある店から声をかけられる。ここ最近は不景気な顔ばかりしていた神崎であった。
一之瀬さんクラスは主にスイーツ系の店を運営しているらしい。こういうのもお祭りっぽくて凄く良いと思う。
「神崎、綿あめを二つ頼む」
「了解した」
試しに綿あめでも注文しよう。神崎は綿あめ機に割り箸を突っ込んでクルクルと巻き取っていく。なかなかに慣れた手つきであった。
「作れたぞ」
「ありがとう」
二つの綿あめを受け取って片方を鈴音さんに渡す……こういうのもお祭りデートっぽくて凄く良いな。俺は上機嫌になるのだった。
「一之瀬さんクラスは主にスイーツ系の屋台を運営しているのね」
「全てがという訳ではないがな。堀北たちのクラスはメイド喫茶だったか、少し噂になっていたぞ」
「噂?」
「とんでもない美人がいるとな……正直、メイド喫茶という店はどこかネタ枠のような気がしていたんだが、こうして注目を集める辺りしっかりと対策があるようだな」
ここにも天子の噂が届いているのか、我ながら恐ろしい伝染力であった。
「当然よ、勝つためにしっかりと戦略を考えているもの」
他クラスが相手なので揺らぐ姿勢を見せず、鈴音さんは必ず勝つという意思を強く見せつける。そんな彼女の姿を見た神崎は屋台の中でどこか眩しそうな表情をしてしまう。
「大したものだ、だが俺たちとて負けるつもりはない」
「そうでしょうね、お互いに全力を尽くしましょう」
「あぁ、そのつもりだ」
多少の揺さぶりなど通じない、鈴音さんの様子を見てそう思ったのだろう。神崎は新しくチョコバナナを作ってこちらに渡してくる。
「これは?」
「サービスだ、それと少しの感謝もある」
「どういうことかしら?」
「以前に笹凪が相談に乗ってくれてな、その時の礼だ」
そこで鈴音さんは俺に視線を向けて来るので、頷きだけを返しておいた。
「では遠慮なく貰っておくわ」
右手に綿あめを、左手のチョコバナナを持って鈴音さんはちょっと困惑した様子を見せる。
「ふふ、片方持とうか?」
「その顔を止めなさい」
「ん、俺はどんな顔をしていたのかな」
「お祭りを楽しんでるようで良かったという顔よ」
そんな顔をしていただろうか? 両手にお菓子を持つ鈴音さんの姿が可愛らしいとは思っていたけれど。
「せっかくだ、近くのベンチで食べきってから次に向かおうか」
「持ったままと言うのもね……わかった、少し休憩にしましょう」
一之瀬さんクラスが経営しているスイーツ系の屋台の近くにはベンチが並んでいる。他にも休憩できるように椅子とテーブルや日差し避けのパラソルなどを設置されており、その内の一つに俺たちは腰かけた。
「これがチョコバナナ……リンゴ飴と綿菓子と並んでお祭りでの三種の神器か」
「さ、三種の神器? そうなの?」
「俺はそう聞いたよ、リンゴ飴と綿菓子とチョコバナナ、この三つはお祭りでの主役であるとね」
「……言われてみれば必ずあるわね」
やはりそうなのか、俺はお祭りに関しては知識として知っていても経験はしていなかったからな。こうして実物が目の前にあるとなんだか感激してしまう。
「どうしてそこまでキラキラした目をしているのかわからないけれど……もしかして貴方はお祭りに参加したことはないの?」
「あぁ、恩師に引っ付いて世界中を旅して回ってたからなかなかね」
「そう言えば天武くんがこの学校に入る前のことはあまり聞いたことが無かったわね」
「面白いものでもないからね、でも興味があるのならどこかで話そうか」
「そう、なら楽しみにしておくわね」
ドン引きされないと良いな、話す内容は吟味して笑い話になるような物でいいか、カバに追い回されたとかジャングルでサバイバルしたとかそういうので。
「まぁこうやってお祭りに本格的に参加するのはほぼ初めてでさ、楽しいんだよ」
しかも恋人と一緒である。俺は今、間違いなく青春ど真ん中の生活をしている。この学校でやりたかった青春リストがまた一つ埋まったことになる訳だ。
「鈴音さん、もうちょっとお祭り気分を味わっていいかな? 他にも気になる物が色々あるんだよね。チョコバナナに綿菓子と来ればリンゴ飴も経験しておきたいんだ」
「偵察中だということを忘れないで」
「大丈夫、まだ時間はあるからさ。ほら、デートでもあるんだしさ」
「……少しだけよ」
「勿論だ」
鈴音さんの許可も貰えたので他にも色々と挑戦しておこう。知識の中にしかなかった食べ物がこの時期は沢山あるからな。
まずはリンゴ飴、たこ焼きも捨てがたい、他にもいかにもお祭りと言った食品が多いので屋台を眺めるだけで楽しい気分になってくる。
「神崎、リンゴ飴をお願いするよ」
スイーツ系は一之瀬さんクラスの屋台に顔を出せば殆ど網羅できそうだな。なので神崎が担当している屋台に戻って追加の注文をするのだった。
「意外に甘党なのか?」
「寧ろ苦い物や辛い物が苦手なくらいだ」
「そうか、リンゴ飴はサイズの大小があるがどちらを選ぶ?」
「小さい方を二つ頼むよ」
「わかった」
神崎は小さい方のリンゴ飴を二つ渡してくれる。当然ながらポイントも支払った。
「少しは吹っ切れたかい?」
「嘆いた所で何も変わらないと理解はした……成果があるかどうかは、これから次第だな」
少しだけ以前よりも顔色がよくなったようにも思える、彼の中で何か腹をくくる覚悟が出来たということだろう。
「それに、一応は仲間のような者も見つけられた。そちらのクラスの綾小路が紹介してくれてな」
「清隆が? 何があったのかは知らないけど、前向きになれたのならば何よりだ」
誰なのかはわからないが、一人で挑むよりはずっとマシだろう。清隆がお節介をきかせたのかな。
「呪いの言葉はもう吐くなよ」
「わかっている、いずれ俺を殺すかもしれないからな」
うん、今後どうなるかはわからないけれど、以前より確実に神崎は前に進んでいけるようだ。ならば何も言うまい。
少なくとも神崎は大丈夫だろう、清隆も気を利かせたみたいだし、陰ながら支援しているのかもしれないな。
後問題なのは、やはり帆波さんか。
「神崎くん、そろそろ交代の時間だ……ぁッ」
リンゴ飴を受け取って立ち去ろうという段階で、屋台の奥から帆波さんが姿を見せた。彼女は店先にいた俺を見た瞬間に言葉を詰まらせてしまう。
「やぁ帆波さん、リンゴ飴、貰っていくよ」
「う、うん……どうぞ」
「一之瀬、すまないが休憩に入る、店を任せるぞ」
「えっと、あ……わかったよ、任せて」
どうやら店番を交代するらしい。せっかくなので帆波さんと話そうと思ったのだが、彼女は俺を見つめて、更には少し離れた場所でベンチに座っている鈴音さんを眺めて、帆波さんは視線を右往左往させてしまう。
「あッ、ごめんね、ちょっと用事を思い出しちゃった」
「え、うん」
そして慌てて屋台の裏側から出て行ってしまう。店が無人になってしまったのだけれど大丈夫なのだろうか?
帆波さんは生徒会を辞めてから話す機会もなく、どこか避けられているような気もするので困っている。
神崎に言った手前、しっかりと話しておきたいんだが、どこかで隙を見つけないとな。
とりあえず注文したリンゴ飴を持って鈴音さんが座っているベンチに戻る、彼女は彼女で帆波さんのことを心配していたので、やはりちゃんと話しておかないといけないだろう。
文化祭の間に、どこかで機会を探すとしよう。