ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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来たれ文化祭

 

 

 

 

 

 

 

 

 リハーサルも無事終わり、しっかりと問題点を探し出して経験値を積み重ねたことにより最終調整を済ませられたと思う。後はもうジタバタせずに本番を待つだけの状態となった。

 

 なにせ初めての文化祭、初めての学園祭、そして何よりこの学校としても初の試みであるので生徒会役員である俺は二重の意味で不安や緊張や興奮があることを感じている。

 

 もし失敗なんてことになってしまえば生徒会の責任でもあるのでやはり不安である。それすなわち生徒会長である鈴音さんの失態にも繋がってしまう。問題はないとしっかり調整したつもりではあるのだけれど、当日になってみるまでわからないものだ。

 

 生徒会役員である俺は一般生徒よりも早い時間に学校に向かって最後の確認をおこない、来賓の誘導や面子なども細かくチェックしていく。

 

 体育祭と同様にホワイトルームからの刺客が交じっているという前提で動く必要があるし、変な相手がいればちゃんと処理する方針だ。

 

 これから先もきっと何度も同じようなことが起こるんだろうけど、相手が折れてもう関わりたくないと思うまで徹底的に叩き潰すと決めているので、まぁ来るというのならばそれで構わない。

 

 文化祭当日、接待役である坂柳理事長がちょっと腹痛交じりの顔をしながら対応しているのは、また体育祭のような惨劇が起こるんじゃないかと危惧しているからだろうか。

 

 風の噂ではあるが、体育祭で来賓に交じった刺客を派手に排除したことで、坂柳理事長はスポンサーや政府筋の人からまともに来賓の接待もできないのかと叱られたらしい。

 

 きっと今も胃が痛いんだろうな、俺は他人事のように来賓を迎え入れる坂柳理事長を見てそんなことを思うのだった。

 

 最後のあの人は俺を見てから頼むから大人しくしてくれと言いたそうな視線を送って来る。

 

 ただ残念なことに俺はいつだって振りかかって来る火の粉を払っているだけだし、文句ならホワイトルーム側に言って欲しかったりする。だってあっちが確実に悪いからな。

 

 そんなこちらの意思が伝わったのかどうかは知らないが、坂柳理事長は疲れた顔で空を仰ぐ、胃痛薬でも差し入れした方が良いのかもしれないな。

 

 なんであれ来賓への挨拶は終わったみたいなので、それを見届けた生徒会役員は急いで自分たちのクラスに戻って出し物の準備を行うことになる。

 

 俺は師匠モードへ移行して高まった集中の全てを天子を演じることに傾けて行き、衣服をメイド服に着替えて薄っすらと化粧も施していく。

 

 リップやチークを付ける仕草がやけに慣れていることに気が付いた瞬間に地を這うような気分になるのだけれど、勝利の為だと言い聞かせて気合を入れ直す。

 

 そうとも、勝利とは己の全てを捧げた先にあるものだ。勝利を得る為ならば俺は恥も誇りも捨てて完璧で最強なメイドにだってなるさ。

 

 意識を完全に切り替えれば完全で完璧なメイドの天子となる。これは戦う為の装備であり準備そのもの、戦いの場に赴く為に必要な過程でしかない……そんな風に無理矢理納得させる。

 

 最後に鏡を見て何も問題がないことを確認すると、そこに映っていたのは最高に可愛いメイドであった。

 

 それを確認した俺は思考を私へと切り替える。これで戦う準備は全て整ったということである。

 

「愛里、頑張ってッ」

 

 私専用の着替えスペースから出てメイド喫茶へと足を運ぶと、教室の窓から身を乗り出して祈っている波瑠加さんの姿が発見できた。彼女は彼女でメイド姿になっており美しい装いなのだけれど、自分の姿よりも愛里さんのことが気になるらしい。

 

 窓から身を乗り出して見つめる先は校舎の入口付近、来賓たちが続々とやって来ている文化祭の最前線、私たちのクラスだけでなく様々なクラスがチラシやチケットなどを配っており、自分たちの出し物を目立たそうとしているのが確認できた。

 

 そんな最前線に立つのはメイド服を身にまとった愛里さんである。

 

 波瑠加さんは最前線に立つ愛里さんがとても気になるのか、祈るような顔で窓から身を乗り出して見つめていたのだ。

 

「波瑠加さん、身を乗り出したら危ないですよ」

 

「あ、テンテン……じゃなくてテンコさん。いや、でもさ、やっぱ気になるし」

 

「気持ちはわかりますよ。でも大丈夫、愛里さんは強い人だ……一歩踏み出すと決めたら、真っすぐ進んでいける勇気を持っています」

 

「本当にそう思う?」

 

「はい、入学したばかりの頃ならともかく、今ならば」

 

 去年の愛里さんを思い出す、不安と緊張を感じながら他者との交流に怯えていた時の彼女を。

 

 それが変わったのはいつ頃だっただろうか、グループが結成されて徐々に打ち解けていき、友人と呼べる存在が増えて来たことで、愛里さんもまた成長していった。

 

 勉強を頑張り、苦手な運動にも前向きになったと思う、笑顔を見る機会も増えたのは間違いないし、その胸の内に勇気を宿すことだってできただろう。

 

 後は一歩踏み出すだけ、そしてこれは確信だ、今の彼女ならばそれができる。

 

「波瑠加、天武の言う通り大丈夫だ、見守ってやろう」

 

「きよぽん」

 

 清隆も教室の窓から校舎の入口を眺める、大勢の来賓が入場してくるその場所に立つ愛里さんの姿を見守るつもりのようだ。

 

「不安なのもわかるが、愛里はそこまで弱い奴じゃない……この一年でずっとその片鱗はあった筈だ」

 

 だから祈ったりも不安に思ったりも必要ない、清隆はそんなことを言いたそうである。

 

 そんな意思や思いが波瑠加さんにも伝わったのか、彼女は窓から身を乗り出すのを止めて視線だけを校舎の入口付近にいる愛里さんへ向けるのだった。

 

 俺たちが教室の窓から見守っていることを知ってか知らずか、愛里さんは最前線でメイド服のまま「雫完全監修、最高のメイド喫茶」と書かれた看板を掲げて、こちらにまで届くほどの声量でこう叫ぶ。

 

 そう、彼女は叫んだのだ、羞恥も他者からの視線も跳ねのけて、戦う意思を示してくれる。

 

 

「二年Bクラスの出し物はメイド喫茶になります!! 皆さん、是非ご来場くださぁ~いッ!!」

 

 

 あぁ、良かった、彼女はもう一人の戦士として進んでいけると、教室まで届く声が証明してくれる。

 

 去年の愛里さんを思い出す、そしてメイド姿で宣伝をする愛里さんを見つめる。同じ人だけど、そこには大きな差があった。

 

「ほら、大丈夫ですよ、愛里さんは強い人だ」

 

「うん、そうだね……私のはただのお節介だったのかな」

 

 愛里さんを見つめる波瑠加さんはどこか寂しそうな顔をしている。手のかかる妹が独り立ちしたような寂しさでも感じているんだろうか?

 

「そんなことはないですよ、愛里さんには波瑠加さんが必要です……そんなことは、波瑠加さんが一番わかっているのでは?」

 

「ん~? まぁね、こんなことでセンチになっても仕方がないか……うん、そうかもね」

 

 すると波瑠加さんは自分の頬をぺチペチと叩いてから意識を切り替える。そして力強い視線を私と清隆に向けて来た。

 

「よし!! 私たちも、愛里に負けないように頑張ろっか?」

 

「あぁ」

 

「はい」

 

 そして彼女も愛里さんに負けないように笑顔を見せると、メイドとしてこれから来る来賓の接客に勤しむことになるのだった。

 

 人が人を強くする、愛里さんもそうだし波瑠加さんだって同じだ、つくづくそう思う。特にこの学校に来てからは何度も感じたことでもあるのだろう。

 

 俺自身ですらそうなのだ、他の人たちだって同じように人との関わりを得て成長しているということなんだろうな。

 

 嬉しい限りである、今も大声で看板を持ってメイド喫茶の宣伝をしている愛里さんを見て、そんなことを思うのだった。

 

「皆、これから忙しくなります。ですか焦らず慌てず、リハーサルで培った経験をしっかりと繁栄させて滞りなく業務を勧めましょう……大丈夫、私たちならば勝てます」

 

 天子さんモードでメイド喫茶の運営携わるクラスメイトたちにそう伝えると、彼ら彼女らは大きく頷いて力強い視線を向けて来てくれる。

 

 あぁ、そうとも、愛里さんや波瑠加さんだけの話じゃない、皆がそうなんだな。本当に人が人を強くさせるということだ。

 

「須藤くん、揉め事が起こった際はお願いするわね」

 

「おう任せてくれ」

 

「くれぐれも暴力沙汰を起こさないように」

 

「うッ……わかってるっての」

 

 鈴音さんからも指示が飛ぶ、彼女は彼女でメイド姿になっているのだけれど、やはりキリッとした雰囲気が大きいので身が引き締まるような思いになってしまうな。

 

「天子さんは入口で看板役をお願いするわ、他はローテーションを組んで持ち場をしっかり維持して頂戴。いつも言っていることだけど何かあったら報告と連絡と相談をして欲しいの」

 

 そんな彼女の言葉にまた頷きが広がった。いよいよメイド喫茶の本格始動ということである。

 

 少し耳を澄ましてみると、廊下の方からこちらに向かってくる足音が耳に届く。どうやら愛里さんの宣伝は上手く動いているらしい。

 

 おそらくだが愛里さんが持つグラビアアイドルというステータスや知名度は、この学園にいる誰よりも視線を集めるものだろう。それこそ俺や南雲先輩、なんだったら歴代の卒業者や教員含めて、彼女以上に外の世界で知名度を持つ者はいない筈だ。

 

 つまり彼女は、この学校にいる誰よりも他者から認識されやすいということである。

 

 あぁ、あれってあのアイドルの子か――そんな風に誰かに思われることすら彼女以外の人間にはできない。俺にも清隆にも一年生にも三年生にも。

 

「メイド喫茶やってま~す、よろしくお願いします!!」

 

 そんなグラビアアイドルの愛里さんが、いや雫さんがそう言えば、何人かに一人くらいの割合で興味を持ってくれるかもしれないし、グラビアアイドルとしての彼女を認識できていなくても、あんなに可愛らしい人から宣伝されれば悪い気にはならないだろう。広告や宣伝とはそういうものである。

 

 彼女をグラビアアイドルとして認知している来賓がいれば、あわよくば写真撮影をと考える人だっている筈だ。こればっかりは俺にも真似することができない知名度という武器であった。

 

 あのグラビアアイドルと写真を撮ったと自慢できる、そんなことができるのはこの学校でただ一人だけ。それは彼女しか持っていない力でもある訳だ。

 

 だから宣伝を頑張って欲しい、勿論私たちも店で頑張るから。

 

「メイク良し、衣装良し、笑顔良し」

 

 最終確認を行ってから俺は教室を出て廊下に出ると「グラビアアイドル雫が完全監修したメイド喫茶」と書かれた看板を持って客引きを行うことになる。

 

 愛里さんがメイド喫茶があることを来賓に認知させることが役目であるのならば、私はここがメイド喫茶だとわかりやすい目印になることが仕事と言えるのかもしれない。

 

 実際に、廊下で物珍しそうに右往左往していた来賓たちは、よく目立つメイド服を着ている私を見てここがそうなのかと理解した筈だ。

 

 興味本位に近づいて来て、油断している所を最高の輝く笑顔で突き刺す、それが最強のメイドの仕事である。

 

「お帰りなさいませご主人様」

 

 笑顔である、抜群に可愛らしい笑顔を向けられて嫌な気分になる男なんていない。そしてメイド喫茶初となる来賓のお客様はなんと子連れである。

 

 男性の傍らにいる少年と視線が合うように僅かに屈むと、こちらにも笑顔で魅了しておこう。

 

「ふふ、楽しんでくださいね」

 

 年齢は小学生くらいだろうか、お父さんに付いて来た訳か、この年齢で天子の笑顔を知るとは業の深い男になりそうではあるけど、こんな場所に連れてきたお父さんを恨んで欲しい。

 

 天子の笑顔を向けられて少年は顔を赤くして俯く……残酷かもしれないがこれも仕事でね。君はこれから先、きっとことある事にこの笑顔がチラつくことになるんだぞ、初恋した時も誰かと付き合った時も、まずは天子の笑顔を思い浮かべるんだ、本当にすまない。

 

 顔を真っ赤にして酩酊している親子を店へ送り込む、後はクラスメイトが適当にポイントを搾り取って処理してくれるだろう。

 

 天子の役割は餌をぶら下げて捕食する提灯アンコウやウツボカズラみたいだな、そんな風に思ってしまう。

 

 愛里さんが店を認知させ、私が引きずり込み、クラスメイトがすかさずトドメを刺す、完璧な布陣じゃないかな。後は写真撮影などの付加価値でどれだけポイントを稼げるかが大切だ。

 

 まだ序盤も序盤だが、しっかりとした手ごたえがある。清隆、勝ったぞこの戦い!!

 

 メイド博士の相棒も満足そうに頷いていた、彼は相変わらず教室の隅っこで腕を組んでおり、オレが育てた感を全開にしているようだ。

 

 確かに天子は清隆の発案だけど、怪物を生み出した責任もしっかりと自覚して欲しい。今も何の罪もない少年の将来が心配になってしまったというのに。

 

 だがこれも勝利の為、この学校では恐ろしいことにその言葉以上に尊ばれるものがない。

 

 そして私だってやると決めた以上は勝ちたいのだ、それが少年の心を汚すことだとしても。

 

 師匠、いつか貴女が言っていたことの意味を理解できました……戦いとは悲しいものです。

 

 また来賓が現れたので私は心に突き刺さって刻み込まれる最高の笑顔でお出迎えして、二度と忘れられない思い出を叩きこむ。そして酩酊した彼ら彼女らを店に送り込むのだった。

 

 男性も女性も子供も関係がない、全て酔わせて毟り取るんだ。勝利とは悲しみを踏み越えた先にあるということなんだろう。

 

 

「お帰りなさいませご主人様」

 

 

 そしてまた一人落ちて行く。謝罪はしない、全ては勝利に必要なことだから。

 

 

 

 

 

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