ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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懲りない刺客

 

 

 

 

 

 

 

 綾小路視点

 

 

 

 

 順調だな、メイド喫茶の客入りを見てオレはそんなことを思う。まず最初に流れを掴む為に来賓との初接触は愛里に任せたのだが、それが上手くいったのか一先ず第一段階である認知は順調であった。

 

 どれだけ手間暇かけたとしてもそこに店があると知らなければ閑古鳥しか鳴かない、まずは来客に知って貰うという前提条件は上手く進んでいるということである。

 

 次の第二段階は実際に店の中に客を引っ張って来ることだな。認知されても実際に興味を持たれて足を運んでくれるかはまた別の話だ。愛里が宣伝役ならばそれとは別に誘導役がいるのも事実。

 

 だがその誘導役に関しては天武が……いや、天子が上手く機能してくれた。店先に立ってあのメイド服と抜群の笑顔で客引きを行えば、誘蛾灯に群がる虫のように次々と客が教室の中へと入っていくのだ。

 

 おそろしい、誰も彼もが酩酊したかのように思考を奪われて気が付けば店の中で席に着いている。そんなゲストたちからポイントを毟り取るのがクラスメイトの役目である。

 

 愛里で認知させ、天子でおびき出し、クラスメイトがトドメを刺す、事前に打ち合わせした通りのフォーメーションと連携は無事に機能しているようだな。

 

「お帰りなさいませご主人様」

 

 天子が店先で優雅に微笑むと、それだけで周囲がザワつく。更にサービスとばかりに客の一人にカーテシーの姿勢を見せるとまた存在感が増していく。

 

 妄想の中にしかいなかった理想の女性を目にしたかのように、男なら一度はこんな女性と出会いたいと妄想しても現実ではありえないと誰もが考えるのだが、そんなものを否定するかのように現実として天子はそこにいる。

 

 ゴクッと、来賓の一人が喉を鳴らすのがわかった。その隣にはおそらく伴侶と思われる妙齢の女性もいるのだが、そちらすらも酩酊しているように見えた。

 

 もしかして天子は人間を惑わせる特殊なフェロモンでも漂わせているのだろうか? そうとしか思えないくらいに人々を惑わしている。

 

 恐ろしい、オレは本当にとんでもない怪物を生み出してしまったのかもしれない。天子を見る度にそんなことを思ってしまう。

 

 廊下から教室の中を覗いてみると、殆どのテーブルが埋まって万全のパフォーマンスを示している。この調子だとその内に行列ができて店の回転率を意識しないといけないだろうな。

 

 今のところは問題ない、店やクラスのキャパを超えるような事態にはなっていないが、これ以上に客足が多くなるとある程度の調整が必要か。

 

 だがそれは今ではない。今はまだクラスメイトに任せても問題はなさそうだ。ならば今の内にオレはやるべきことをやっておこう。

 

「堀北、看板を貸してくれ」

 

 慣れない接客業に放り込んでもまるで役に立たない堀北は、受付で働かせるか看板を持たせて校内を徘徊させるかの二択であったのだが、こちらの都合を考えると受付に張り付けさせておく方が良い。

 

「宣伝役を引き受けてくれるの?」

 

「今の所は順調だからな、オレがここにいてもやれることはない。行列ができ始めたら櫛田辺りに対処させてくれ」

 

「櫛田さんね……確かに、それが一番かしら」

 

 堀北は一考してから教室の外を見る。天子の奮闘によって客足が途絶えることはないが、店のキャパを超える事態になることも想定できると考えたらしい。

 

 長い間行列で待たせる訳にはいかないので、そちらも飽きさせないような工夫が必要だろうと考えて、ならそれは誰がやるのかと考えれば候補はそこまで多くない。

 

「それじゃあ宣伝役をお願いするわ、くれぐれもサボらないようにしなさい」

 

「オレはそこまで怠惰じゃない」

 

「あら、自称事なかれ主義の筈だけど?」

 

 怪しそうな者でも眺めるかのような視線を向けられるので、居心地の悪くなったオレは宣伝用の看板を持って教室を出て行くのであった。

 

 あのグラビアアイドル雫の完全監修、最高で完璧なメイド喫茶と書かれた看板は女子が派手なデコレーションをしたことでとても目立つ。それを手に持って校内をフラフラするだけで仕事をしているという体裁は整えられるし、ホワイトルームから来ているであろう刺客も接触しやすいだろう。

 

 そんな訳で看板片手に校内を歩いていく、外から来る来賓はほぼ全てが学校の中に入ったのか親子連れなども多く確認することができる。なので普段以上の賑わいが広がっていた。

 

 これだけ大勢の部外者がいれば潜入することは簡単だろうな。生徒も来賓も教師も祭りの雰囲気に浮かれていて、今この場で誰かが暴れ出して重傷者が出るようなことを想像しない。

 

 当然ながら一個人を狙った刺客が紛れ込んでいるなんてまず想像もしないだろう。こんな時でも欠片も隙を見せないのは常在戦場を地で行く天武か鶚くらいのものなのだろうな。

 

 ガヤガヤ、ザワザワと賑わう校内を看板を掲げながら当てもなく歩いていく。グラウンドに出て明人や啓誠たちがやっている店にでも行こうか、それともリハーサルでは確認できなかった出し物でも見に行くかと悩みながら玄関口から校舎の外へと出た。

 

 校舎を中心として様々な出し物が行われており、それは校舎の外も同様である。行き交う様々な来賓も非日常を楽しんでいるのか視線を右往左往させているのは印象的だな。

 

 そんな中でも目立つのは、宣伝の最前線に立つ愛里だろうか。

 

「メイド喫茶やってま~す、宜しくお願いします!!」

 

 普段の愛里からは考えられない程の声量で俺が持っている看板とよく似た物を持ってとても目立っているのがわかる。愛里を中心に人の輪が出来ているほどなのでとても注目を集めているらしい。

 

「あの子って、もしかして雫?」

 

「なんだ、知ってるのか?」

 

「え、父さん知らないの、グラビアイドルなんだけど」

 

「いや、あまりアイドルとか詳しくないからな……でも凄いな、芸能人ってことだし、そんな子もこの学校に通っているんだなぁ」

 

「サインとか貰えるのかな、写真撮影とか」

 

「なんだ、欲しいのか?」

 

「いや、だってさ、そんな機会なんてよくあるもんじゃないしさ」

 

 愛里を中心とした人の輪の中にいる親子連れがそんな会話をしている。中学生と思われる男子はグラビアアイドルとしての愛里を知っていたのか興味を向けており、そんな息子に引っ張られるように父親の方も愛里に興味を示しているようだ。

 

「メイド喫茶か、せっかくだし行ってみるか」

 

「うん」

 

「すみません、チラシを頂けますか?」

 

「はい、こちらをどうぞ」

 

 親子連れに話しかけれても愛里は動じることはなく、メイド喫茶の場所が書かれた宣伝用にチラシを渡すのであった。

 

 変に恐れたり怯んだりするのは広告塔として絶対にやってはいけないことだとわかっているんだろう。微塵も笑顔が揺らいでいない。

 

「……あの愛里がな」

 

 しみじみと、そう思う。去年の姿を知っているだけに、ギャップを感じているのかもしれないな。

 

 恥ずかしがるのでもなく、俯くのでもなく、声が細い訳でもない。去年の愛里を知らない者から見ればとても堂々としているように見えるだろう。

 

 一年半、入学してからざっくりとそれくらいの時間が流れているのだが、一人の少女を成長させるには十分であるということか。

 

「あ、清隆くん」

 

 人の輪を上手く捌きながら来賓たちにチラシを渡していた愛里は、オレに気が付いてこちらに近寄って来る。

 

「順調そうだな」

 

「うん、ちょっと緊張しちゃったけど、皆の足を引っ張れないから頑張らないとって思って」

 

 メイド服を身に纏い、よく目立つ装いになった愛里は大きな注目を集めているので広告役としては十分だろう。今の愛里なら恥ずかしさで俯いて黙ってしまうようなこともない筈なので安心できた。

 

「そうか、この後の予定は覚えているか?」

 

「えっと、ある程度宣伝した後に、今度は中庭で宣伝してから一時間の休憩で、午後からお店で接客役だよ」

 

「おそらく愛里が店に入るタイミングで客足のピークになる、大変だと思うが宜しく頼む」

 

 看板やチラシにはグラビアイドル雫との撮影会は午後からと書かれている。そこが一番の繁盛時になると推測された。

 

「う、うんッ、任せて」

 

 やる気を漲らせて愛里は頷く、この調子なら問題はなさそうだ。店には波瑠加もいるので外よりも動きやすいだろう。

 

 これだけ注目を集めている状態ならば行列すら予想できる。店のキャパをもう少し大きくすべきだったと今更ながら反省するしかない。

 

「あ、あの、清隆くん」

 

「ん? どうしたんだ?」

 

 ある程度の来賓はもう校舎の中に入っているのでそろそろ人気が少なくなって来た、次は中庭での宣伝だと意気込む愛里だが、そちらに足を向ける直前にこんなことを訊いてくるのだった。

 

 少し頬を赤く染め、意を決したようにその場でクルッと回って見せる。そして天子を真似たのか少しだけスカートの端を摘まんでカーテシーの姿勢を作った。

 

「似合ってる、かな?」

 

「あぁ、良く似合っている」

 

 これは嘘でもなければ戦略でもない、本心からの言葉なんだろう。

 

「ふふ、そっか……んふふ、良かったぁ」

 

 唇をモニュモニュと動かして緩みそうになるのを抑えようとしているようだが、ぜんぜん上手くいっていない。少しだらしない顔になっているのだが、それもまたよく似合っているのかもしれない。

 

 せっかくなのでこちらからも訊いておこうか。

 

「愛里、楽しいか?」

 

「え?」

 

「今、楽しめているか?」

 

 どうしてそんな質問をするのだろうと首を傾げている、だが迷うようなことでもなかったのか、愛里は笑顔と共にこう返してくれた。

 

 

「うん、凄く楽しいよ!!」

 

 

 そうか、なら良かった。その返事だけで奇妙な満足感がオレの中に生まれて行く。不思議な感覚だな。

 

「よし、ならお互いに頑張るとしようか」

 

「清隆くんも、宣伝頑張ってね」

 

「どうだろうな、努力はしてみるが愛里ほど目立てないぞオレは」

 

 こればっかりは覆しようがない事実だ、ホワイトルームでどれだけ高い数値を出していようがグラビアアイドルの知名度と存在感には足元にも及ばない。

 

 オレが持つ看板、愛里が持つ看板、どちらに視線が吸い寄せられるかと言えば間違いなく後者だろう。

 

「大丈夫、清隆くんもメイド服を着れば天子ちゃんみたいになれるかもしれないよ」

 

「なんて恐ろしいことを提案するんだ」

 

「悪くないと思うよ?」

 

「……勘弁してくれ」

 

 目の前にいる愛里は頭の中でオレをメイド姿にして姿を想像してアリという判断を下すのだが、オレは絶対に着ないからな?

 

 男がメイド服を着た所でなんの需要もないんだ、ただ頭がおかしいと思われるだけである。天子という例外があるがアレはああいう生物なので仕方がない。

 

 このままでは本当にメイド姿にされてしまいそうだったので、オレは看板片手にその場を去ることにした。そういう仕事は天武に丸投げでいいと思う。

 

 愛里とわかれて次に向かうのはグラウンドであった。明人と啓誠が参加している屋台を見ておこうと考えたからだ。

 

 校舎の中にもかなりの数の来賓がいるのだが、グラウンドもまた盛況であるらしい。まだ昼時ではないと言うのに祭りらしい商品が売れているのがわかる。

 

 やはり目を引くのは、グラウンドの一角で行われている軽業のサーカスだろうか。とても目立つので大きな注目を集めており、グラウンドに展開している屋台で購入した飲み物や食べ物を片手に見学している来賓が多いらしい。

 

 ああいうのを相乗効果と言うのだろうか。サーカスの注目が集まれば集まるほど見学者が多くなり、見学者が増えれば増えるほど屋台の売れ行きもよくなる。

 

 鶚がもっと稼ぐことを意識して見学料などを取る方針ならば、もしかしたら一位になったかもしれない。そう思う程に目立っていた。

 

 まぁ見応えがあるのは間違いない。今も突き立てられた竹の上で見事な軽業を披露している。不安定な足場であれだけ見事に動き回るのは忍者ならではだろうか。

 

「行くッス、ウチのトムキャットホークビートル!!」

 

 リハーサルの時には披露しなかった技も鶚は出しているようだ。どこから連れてきたとツッコミたくなるほどに立派な鷹が鶚の腕に止まっているのが見えてしまう。

 

 鶚は竹の上で軽業を披露しながら鷹を投げ飛ばすと、その鷹は命令通りの軌道を描きながら竹の隙間を潜り抜けて行き、最終的には鶚のクラスメイトと思われる男子生徒が投げていたリンゴを奪い去る。

 

 そしてその鷹はまるで鶚の命令を理解しているかのように彼女の下にリンゴを運んでいくのだった。

 

 

 あれは、なんだ、鷹狩りとか言う奴なのか? 戦国時代の武将みたいな特技を披露する奴だな。

 

 

 だが見応えは確かにある、鶚が鷹を追いかけるように幾つも突き刺さった竹の上をピョンピョン跳ねながら移動すると、それに寄り添うように鷹も優雅に飛ぶ、それはどこか人と鳥が同じ領域にいるかのようで幻想的にも見える。

 

 もしかしたらあの鷹は本当に人間の言っていることを理解しているんじゃないか、そんな風に思えてしまうのだ。鶚の周りを旋回して、指示通り動き、優雅に羽ばたけばそんな印象を与えて来るのは仕方がない。

 

 幻想的、見事な軽業に追従するように動いている姿に多くの者がそう思ったのかもしれない。

 

 感心したような、感嘆したような、そんな声があちらこちらから聞こえて来るので観客たちの評判も良いらしい。

 

 まぁ現代社会でまず見ることのない技術だろうな、鷹狩りなんてものは。物珍しく映るのも納得である。いや、こういうのは鷹狩りじゃなくて鷹匠と言うのだろうか?

 

 せっかくなのでオレも暫く眺めておこう、近くにある屋台に声をかけてからな。

 

「啓誠、売れ行きはどうだ?」

 

「悪くはないぞ、昼時になるともっと忙しくなりそうだ」

 

 グラウンドにある屋台の一つ、啓誠と明人含むクラスの男子たちの有志によって運営されている屋台も順調そうだ。

 

「清隆は宣伝か?」

 

「あぁ、堀北に押し付けられた」

 

 啓誠はホットプレートの上で焼きそばを焼きながらそんなことを訊いて来た。

 

「メイド喫茶の方も客足は順調だ、行列ができそうなくらいにな」

 

「それは何よりだ、こちらもよく目立つ出し物があるから引っ張られるように売れている、これなら順位も期待できるかもしれないな」

 

「そうなれば良いんだがな」

 

「なってくれなければ困るぞ、ほらこれを持って行け」

 

 啓誠は出来上がった焼きそばをプラスチックタッパーの中に入れてこちらに渡してくる。

 

「良いのか? 生徒はポイントを払えないんだが?」

 

「差し入れのようなものだ、後で幾つか作って纏まった数をクラスに持って行くつもりだから構わない」

 

「そうかなら遠慮なく貰うとしよう」

 

 サーカスを観戦するにしてもつまみが必要だと思っていた所だ、なので素直にありがたい。

 

 受け取った焼きそばとメイド喫茶の看板を持ちながら近くのベンチに腰掛ける。ここからならサーカスもよく見える。

 

 なんとなくサーカス会場を眺めていると、鶚に巻き込まれていた不運な生徒、天沢の姿が目に映った。ホワイトルームで散々運動はしてきたのだろうが、あそこまで無茶をさせられたとは思えない。

 

 それでも天沢は恐ろしいことに鶚に振り回されながらも軽業を披露していく、突き立てられた竹の上での三回転半から始まり、捻りを加えてのバク転など、かなり無茶をしているらしい。

 

 一歩間違えれば大惨事間違いなしの状況だが、上手くやれている辺りやはりホワイトルーム生か。

 

 そんな天沢は竹から下りて次の演目である空中ブランコに参加することになる……いや、正確には鶚に引きずられながら強制参加であった。

 

「た、助けッ……誰か助けて、あ、せぇんぱぁぁああいッ、可愛い後輩が窮地に陥ってますよ、カッコいい所を見せて欲しいなぁ~って」

 

「ほら行くッスよ、練習通りやれば大丈夫ッス」

 

 空中ブランコに向かう途中、天沢はオレを見つけて助けを求めて来たのだが、焼きそばに夢中だったので手を差し伸べることはできなかった。

 

 何だかんだで天沢も楽しんでいるのかもしれない、ホワイトルームやオレ以外に執着できる何かが見つかったのならば何よりである。

 

 二人は空中ブランコで見事な回転を披露してくれたので、とても見応えがありオレとしても満足できるのであった。

 

 さて、いつまでも見ていたい気持ちがあるのだが、さっきからオレを覗き見る刺客の視線が気になるので、そろそろ黙らしておこうか。

 

 体育祭の時もそうだったが、無駄だと理解して欲しいものだ。

 

 

 

 

 

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