ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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メイド喫茶は順調

 

 

 

 

 

 

 

 メイド喫茶は順調である。どれくらい順調かと言えばまずテーブルの回転率がすこぶる良い。誰も座らないということがなくて、注文だってひっきりなしの状態である。

 

 チラッと廊下を見てみると、そこではそろそろ行列ができているのがわかった。長蛇の列と言う状態ではないのだが、このまま伸び続ければゲストを長く待たせることになるだろうし、そこまで根気よく待つ理由もなかったりするので考え物だろう。

 

 長く待たされるくらいなら他の店に行こうか、そう考える来賓は決して少なくはない。私だってそちらの立場であれば似たようなことを思うのだからとても自然なことである。

 

「今更どうしようもないけれど、もう少し店のキャパを大きくしておいた方が良かったわね。大きめの講堂を借りるとかにして」

 

 メイド姿で受付をしていた鈴音さんが行列を見てそんなことを言って来た。私も確かにと頷きを返す。

 

「でもクラスメイトの数には限界があるからどうしようもない部分はありますよ」

 

「それはそうね、女子全員を接客役のメイドとして働かせたとしても二十人が限界。店は大きくできても人手は増やせない以上は……はぁ、難しい物ね、店の運営というのも」

 

 鈴音さんは溜息を吐いて店の運営の難しさについて考え込んでいる。学生の内の経験するようなことでもないので最初から全て完璧に進められないことはわかっていたのだが、いざこうして問題が目の前に現れるとやはり悩んでしまうらしい。

 

 気持ちはわかる、しっかりと準備は整えたつもりだし、これで問題はないとリハーサルでは確認もしたのだが、こうして本番では予定通りにとは行かないのだから。

 

 ただこれはこれで良い経験だと思う。私や鈴音さんもそうだし、クラスメイトもそう、何だったら全校生徒にだって同じことが言えるだろう。外のと関わりが薄いこの学園にとっては丁度いいカンフル剤なのかもしれない。

 

 そんな風に考えるのは、私が生徒会役員として働いているからなんだろう。そこまで熱意があった訳じゃないけれど、いつの間にかこの学園の生徒会役員として色々と思う所が生まれたということなのかな。

 

 この文化祭が全校生徒の成長の場になって欲しい、今ではそう思っている。

 

「こちらのお席にどうぞ」

 

 行列の先頭にいるゲストを中に案内して空いたばかりのテーブルに誘導する。もう何度も繰り返したことではあるが、一向に波が途切れない。

 

「テンテン、あちらのゲストが写真撮影を希望だって」

 

「了解しました」

 

 波瑠加さんが撮影台に立つ来賓からの注文を私に伝えて来る。なのでしっかりとした対応で写真撮影に応じるのだった。

 

 この撮影も慣れたものである。リハーサルである程度は経験できたこともあるが、文化祭が始まってからと言うもののこれまた指名が途切れないからだろう。

 

 撮影台に立つ、笑顔というジャブを食らわせてから主導権を握って撮影をする。偶に絶妙なセクハラをしてくるゲストもいるけど笑顔で対応しておこう。その繰り返しの先にどこか流れ作業のようになってしまっているけど、良いペース配分になっているのは間違いない。

 

 今現在の指名率は私がトップ……つまりゲストから高評価をそれだけ貰っているということだ。

 

 次点は桔梗さん、ちょっと歯ぎしりの音が聞こえて来るけれども、何でもそつなくこなしてくれるのでとても助かっている。それに天子状態で笑顔を送れば心臓でも掴まれたかのような顔になって苛立ちも引っ込めてくれるのでありがたい。

 

 そんな桔梗さんは行列が長くなるにつれて自主的にそちらの対応に動いてくれている。

 

「お待たせしてすみません、良ければこちらをどうぞ」

 

 そう言いながら桔梗さんは教室の外に出来ている行列を形成する来賓たちにクッキーが入った袋を配っていくのだった。ティッシュやチラシ配りなんかもそうだけど、男から渡されるよりも女性からああやって渡された方が不思議と嬉しいものなんだよな。

 

 特に桔梗さんは人との距離感を測るのに長けているので、その辺の塩梅も抜群に上手い。女性には女性の、子供には子供の、そして男性には男性の、不快に思われない接し方を心がけているようだ。

 

 行列のストレスはあれで多少は緩和されるだろう。店のキャパは限界ギリギリだがなんとか凌げている……後はピークをどう超えるかだろうか。

 

 テーブルの稼働率はほぼ百パーセント、メイドの運用率も同様。しかしこの文化祭では生徒は必ず一時間の休憩を挟まなけれならないルールなので常に女子を店で働かせる訳にはいかない、学生の内からブラック企業はダメだと教えている訳だな。

 

 今で限界ギリギリ、まだキャパは超えていない。問題解決役の須藤たち男子チームは皿洗いに回すとして、なんとかこのピークが落ち着くのを待つしかないだろう。

 

 そう、ここがピーク、私はこの賑わいをそう思っていたのだ……それが勘違いであると知ったのは彼女の登場と共にである。

 

 

「お、お待たせ、今から私も接客に出るね」

 

 

 そう、愛里さんの登場によっていよいよ客足は限界突破することになるのだった。

 

 私がピークだと思っていた場所は、どうやらまだ中腹であったらしい。

 

「……武術と同じだな」

 

 限界などないのだと、底などないのだと、果てなどないのだと、武術の鍛錬を続けている内に数え切れないほど思い知った筈なのに、私はここが天井なのだと勝手に思っていたのである……愚かなことに。

 

 ようやくの午後、外で宣伝をして広告塔になっていた愛里さんは一時間の休憩を挟んだ後、いよいよ店に立つことになった。

 

 正直なことを言わせて貰えば、芸能人の知名度や視線を集める力というのを甘く見ていた所はあるのかもしれない。まるで師匠モードになった時のように今の愛里さんは不思議な引力を持っているようにも見える。

 

 午前中の宣伝に力を入れたこともあってか、それともチラシや看板に書かれていたグラビアアイドルの雫との撮影会は午後からという謳い文句に引っ張られてか、いよいよパンクするまでゲストが訪れることになるのであった。

 

「拙いよ天子さん、行列がどんどん長くなってるみたい」

 

 午前中は列ができたとしてもせいぜい数組程度であったのだが、午後に入ってからは一気に客足が伸び始めた。それこそクラスのメイド隊をフル稼働させても一向に行列が縮まらないほどに。

 

 桔梗さんも流石に拙いと思ったのか、慌てて相談してくるほどであった。

 

「仕方がない、緊急対処として廊下での撮影会を行いましょう」

 

「え、廊下で?」

 

「はい、店の中と外で同時に行います」

 

 幸いにも予備としてカメラは二台レンタルしている。そして基本的にポイントで借り受けている店の場所は廊下までなら問題はない。

 

 どうせテーブルの数も椅子の数も限界なのだ、これ以上人を招いてもパンクするに決まっている。

 

「ゲストはここにお茶を飲みに来てる訳でもなければ、料理を食べに来ている訳でもありません、それらはあくまでおまけでありついで……メイド喫茶の主力はあくまでメイドとの時間ですから」

 

 最悪、撮影だけでも後にゲストたちにとって話題となるのならばそれで良いと思う人もいるだろう。招かれている来賓は政治家やスポンサー関連が殆ど、そういえば以前にこんなことがあったんですよという話を支持者とできるような話題を提供できれば満足するかもしれない。

 

 だが雑に扱うという意味ではない、誠心誠意の対応はメイドにとって基本中の基本。これもまた武術でも同じことが言えるな……メイドと武術はもしかしたら通じる部分があるのかもしれない。

 

「鈴音さん、撮影台の準備をお願いします」

 

「わかったわ」

 

「桔梗さん、引き続き外の対応を」

 

「うん、任せて」

 

 最悪なのは不誠実な対応をして印象を悪くして行列から離れさせてしまうことだろう。ならば撮影会だけでもやっておくべきだ。ただずっと外で待たしておいて撮影だけしてさよならではメイド道を汚すことになってしまうので、誠意をしっかりと示しておこう。

 

「愛里さん、君も外での撮影会を頼むよ」

 

「え、あ、はいッ」

 

 客足が伸びた最大の理由は愛里さんが店に入ったことが最大の理由であったので、彼女は廊下での撮影に回しておくべきだろう。

 

 午後になると同時に増えた行列は間違いなく愛里さん狙い。なので長々と待たして店まで引きずり込む前に餌をぶら下げる。

 

「須藤くん、多目的室から椅子を運んで来てくれますか。ゲストの方々を長く立たせたくはないんです」

 

「お、おうわかった、任せてくれ」

 

 厨房場所で皿洗いを行っていた須藤たち男子チームには行列を作っているゲストたちに座って貰う椅子を持って来て貰うとしよう。お願いすると須藤はどもりながらも引き受けてくれるのだった……とても難しい顔をしていたが、まだ天子と接することに頭が混乱するらしいな。

 

「佐藤さん、森さん、お二人は一旦、接客から離れてクッキーを袋に詰める作業に集中してください。行列を作っているゲストの方々に配りますので」

 

「あ、わかった、リボンとか巻く感じかな?」

 

「はい、可愛らしい感じでお願いします」

 

 とりあえず行列の対応はこれで良いだろう。相変らず忙しいが客離れを加速させる訳にもいかなかった。

 

 後は耐え凌ぐだけ、さながら籠城戦の如く、相手の勢いが弱まるまで耐え凌ぐのだ。

 

 廊下の方に視線を向けてみるとそこでは鈴音さんがテキパキと撮影台の設置を行っていた。メイドとして働くよりもああいう仕事の方が彼女的には動きやすいのかもしれないな。

 

 私はキリッした顔をしている鈴音さんが凄く魅力的に思えるんだけど、他の人からするとムスッとした顔に見えるらしい。

 

 なので未だに撮影指名は入っていない。内心ではホッとしているのかもしれないな。無理矢理笑顔で撮影しても多分良い結果にはならなかっただろうし。

 

「天子さん、準備ができたわ。貴女も外の対応をして頂戴」

 

「そうさせていただきますね。王さんによるとそろそろ物資が切れそうなので追加の補充が必要だそうです」

 

 撮影台を作り終えた鈴音さんがそう報告してくるので、私も報告を行う。

 

「そう、かなり余裕をもって用意した筈だったけどそれでも足りなくなりそうなのね……嬉しい悲鳴と言うべきかしら」

 

「そう思うしかありませんね」

 

「ケヤキモールに買い出しに行ってくるわ」

 

「宜しくお願いします」

 

 残っている軍資金で物資を補充するしかなかった。売上競走をしている途中なので売り切れましたとは言い辛い。

 

 ケヤキモールに向かう鈴音さんを見送ってから私も廊下へ出て来賓の対応に回るとしよう。

 

「佐倉さん……随分と慣れてるんだね、凄いよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 廊下に出てみるとさっそく出来上がった撮影台の上で桔梗さんと愛里さんが撮影会をしているのだけれど、ちょっと桔梗さんの対抗意識が強く出ているようにも見える。

 

 ああやって二人が撮影台に立つとまるでアイドルユニットのように思えるのだけれど、内心ではバチバチと火花が散っているのかもしれない……いや、桔梗さんからの一方的なものだけれど。

 

 どうやら今の愛里さんにライバル心が芽生えたらしい。とても魅力的だからね。私もメイドとして負けてはいられない……なんて考えていると自分が男であることを思い出して気分が地を這うように沈んでしまう。

 

 拙いな、天子人格を師匠モードで作ってからと言うものの、精神汚染が深刻になってきている。文化祭が終わると同時にこいつは封印しないといけない。

 

 なんてことを考えているとは欠片も出さず、私もまた行列を作る来賓の対応に急ぐのであった。

 

 並んでいる行列を観察すると大体半分ほどが愛里さんの宣伝に引っ張られて来たようだ。更にその三分の一ほどがグラビアアイドルとしての愛里さんを知っている人と思われる。

 

 つまり全員が全員、愛里さん目当てではないのだろう。中には可愛いメイド姿で宣伝していたことが印象に残っており、その相手がとびっきりに可愛い子だったという印象で来ている人も多い。

 

 どうしても愛里さんとじゃなきゃ嫌だという熱心なファンは彼女に任せるとして、私と桔梗さんはそれ以外のゲストの相手をするべきだろうな。

 

「ふふ、良ければ一緒に写真撮影でもどうですか?」

 

 来賓の一人、お父さんと一緒に並んでいた小学生と思われる少女にそう声をかける。この子の反応を観察していてわかったのは、目当ては愛里さんでも無ければ喫茶店でもないということだった。

 

 どちらかと言えばフリルが沢山付いた可愛らしいメイド姿に興味があるらしい。これくらいの少女にはこういうヒラヒラでフワフワな装いがとても可愛いものだと思えるのだろう。

 

「本当? ねぇパパ、写真とってもいいかな?」

 

「ん? 良いんじゃないか? まだ行列も続いているからな」

 

 ご両親の許可も取れたのでさっそく少女と撮影会である。やはりフリルやリボンの多いメイド服を可愛らしいと思っていたのかキラキラと瞳が輝いているな。

 

「天子さん、私とも一緒に良いかな?」

 

 さて撮影だと話を進めていると、桔梗さんがこちらに割り込んで来る。さっきまで愛里さんと競うように撮影をしていたのだが、どういう心境の変化だろうか。

 

「……負けたくないんだよね」

 

 そして小声でそう言ってくる、ちょとゾッとするような冷たい感情を瞳の奥に宿しながらだ。

 

 なるほど、桔梗さん的には撮影指名で後塵に甘えることはできないらしい。普段ならともかく今の愛里さんは抜群に可愛らしい上に指名もうなぎ上りだし、それは私も同じ。

 

 皆のアイドル的な立場としても歯がゆい状態なのかもしれない。しかも私に関しては実は男である、そんな相手に指名数で負けたりすれば奥歯くらいは噛み潰しそうだ。

 

「絶対負けない絶対負けない絶対負けない絶対負けない絶対負けない絶対負けない……何がグラビアアイドル、何が男の娘……絶対に負けない」

 

 師匠モードの私にしか聞こえないくらいの声量でそう繰り返している。ちょっと怖い。

 

 しかしそんな内心を少女には欠片も見せないまま見事な笑顔を見せつけると。一緒に撮影台に立って私と一緒に少女を左右に挟むのだった。

 

「ほら天子さんも」

 

「えぇ」

 

 そして少女を中心に互いの手を合わせてハートマークを作る。なかなかに可愛らしいポーズではなかろうか。少女も満足そうではある。

 

「あの、この子とも撮影していただけますか?」

 

「勿論です、お任せください」

 

 少女との撮影を終えると、行列を作っていたゲストの一団からそんな注文が飛び込んで来た。ご両親に勧められてまた別の少女が出て来る。

 

 なるほど、これが桔梗さんの狙いか、子供と接し易い雰囲気と行動を行列を作るゲストたちに見せつけて指名を取ろうという作戦なのだろう。愛里さんはある種の固定客が常にいる状態で撮影しているけれど、桔梗さんにその支持基盤はないので対抗するにはこれしかない。

 

 流石に上手いな、なんであれ行列待ちしている人が飽きないように工夫しているようなのでこちらとしてもありがたい。

 

 だが私とて今は最高で最強のメイドである天子モードである。やるからには全力を尽くす。

 

 

 より深く、より強く、自らの存在を高次に高めていく。瞼を閉じて深呼吸を繰り返し、瞑想の先にある無念無想へと手を伸ばす。師匠モードを深めた時に辿り着くあの感覚を今ここで引っ張ってくるのだ。

 

 

 いつからだったかな、この集中状態を自在に引っ張って来れるようになったのは……師匠に山の頂上から蹴り落とされた時だったか。

 

 大切な戦いの時にこの集中感覚は外せない。たとえそれがメイドであろうとも、戦いである以上は全力を尽くすだけだ。

 

 瞼をゆっくりと開く、その瞬間に最高で最強のメイドは完成することになる。

 

 そこにあるのは引力だ、誰かを酔わせる光だ。極限の集中状態で作り上げる存在感でありカリスマだ。

 

「皆さま、お暇ならば私と写真撮影でもいかがでしょうか?」

 

 優雅にカーテシーの姿勢を見せつけると、無数の視線と意識がこちらに向けられるのがわかった。こういうのを魅了するというのだろうか、或いは見惚れるだろうか。

 

 どちらにせよ負けるつもりはない、演説一つで世論を変えられるような独裁者のように、言葉一つで戦士を奮い立たせる英雄のように、空で最も輝く星のように、人々の視線と意識をこちらに向ける。

 

「くッ……まだ、だよ。まだ私は負けていないッ!!」

 

「こっちだって……天子ちゃん、勝負だよッ」

 

 桔梗さんは苦し気に、愛里さんはどこかムッとして対抗してくるようだ。この最高で最強で完璧で完成した究極のメイドに。

 

 こうして私たち三人は行列を作るゲストの人たちの対応を請け負うことになる。写真撮影の指名率も競う合うことになり、それはもう大量のポイントを稼ぐことになるのだった。

 

 最終的にはお昼時とおやつ時を乗り越えた段階でようやくピークは落ち着くことになるのだが、その間に三人で撮った写真は数え切れないほどであった。

 

 これならば売り上げの上位入賞はできるだろうと確信を抱くと同時に、私はルールで決められていた休憩時間となり戦線を離脱することになる。

 

 気が付けばという奴だな、ようやくの休憩だ。

 

 

 さて、そろそろ八神も動いているだろうし、いよいよそっちに集中しないとな。

 

 

 この学校で見る最後の光景がメイドの天子になるかもしれないけど、踏みとどまってくれることを祈るしかなかった。

 

 

 

 まぁまだ余裕はある、せめて祈りくらいは捧げておこう。どうか冷静に対応してくれますようにと。

 

 

 

 

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