「休憩入ります。皆さん、後は宜しくお願いしますね」
「天子ちゃんお疲れ~」
この文化祭では生徒は必ず一時間の休憩を取らなければならないルールである。国が運営する学校なのだから若い内からブラック企業や残業はダメだと教えているのだろう。
なので私も休憩を取らなければならない。写真撮影の指名率で猛追してくる愛里さんと桔梗さんの存在感があったのでもうちょっとくらい頑張りたかったのだが、退き時を間違えてはいけないのはメイドも武術も同じである。
だから私の仕事はここまでであった。まだまだ体力は幾らでも余っているけれど、ルールなので仕方がない。
仕方がないけれど、勝利する為にはあらゆる努力を惜しむべきではないだろう。なのでせめてもの抵抗として私はメイド服を脱ぐこともなく休憩に入るのだった。
色々とやらなければならないこともあるのでちょっと予定が立て込んでいるのだけれど、清隆が細かい調整をやってくれるとのことなので、私は出番があるまでのんびりとさせて貰おうかな。
ただし勝利への努力は惜しまない。休憩しなければならないルールだけど、それとなく宣伝することだってできるのだ。メイド服はとても目立つし天子は最高に可愛い完成されたメイドなのでそこに立っているだけで宣伝となる。
休憩してるよ? 間違いなくルール通り休憩してるけど、メイド姿で天子が歩くだけで宣伝になるのだから着替える訳にはいかないのだ。
愛里さんが散々宣伝してくれたので今更私が宣伝した所で大した意味はないのかもしれないけれど、一人くらいメイド喫茶に訪れる人が増えるのならばやらない理由はない……これは真剣勝負の舞台なのだから。
そんな訳なので私は天子モードのまま校内を徘徊することになる、よく目立つメイド姿で。これは休憩してるだけだから、宣伝はしてないから、ちゃんとルール守ってるから、何も問題はないと思う。
こうしてメイド姿で校内を徘徊しているとチラチラと無数の視線を感じる。好奇心から下卑た感情まで様々なものではあるが、注目を浴びているので一応の宣伝にはなっているのだろうか。
休憩中なのでクラスの出し物は手伝えないけれど、ピーク時を過ぎたメイド喫茶に一人でもゲストを送り込めるのならば儲けもの、そんな考えがあるからこそのメイド姿であった。
文化祭も後半戦、ラストスパートとも言える。ここでどれだけ出し切れるかが重要になるだろう。メイド姿で校内を徘徊するのだって全ては勝利の為である。
まぁこうして歩いているだけで宣伝になるんだ、一応は休憩中なので看板も持てないしチラシも配れないけど、ただ歩いているだけで目立てるので楽なものだ。
「ん……まだ出番はなしか」
スマホを確認してみると清隆からメールが届いており内容は「まだ出番はない。もしもの時は流れでなんかいい感じに頼む」とかなり雑な方針であった。
大丈夫なのか? 最近の清隆はかなり脳筋になってきたから心配である。ごちゃごちゃ小難しく考えないでさっさとぶん殴れという考えには大いに同意できる所ではあるのだが、八神だって馬鹿じゃないんだからそこまで都合良く動くとも思えない。
ホワイトルームで様々なことを経験して様々な知識を得たのが八神である。彼はそんな環境で育って高い成績を叩きだしていたのだ、警戒心だって強いだろうし処世術だって知っている。
つまり彼はとてつもない強敵ということだ。月城さんが大人の権力者として厄介な相手ならば、八神は単純な性能という点でもしかしたら月城さんを上回るかもしれない。
懐に銃を忍ばせているという想定で、腹部に爆弾を隠しているという前提で、実はボタン一つで学園を海に沈める準備を入学してから少しづつ進めていたという警戒くらいは必要な相手なのかもしれない。
侮るつもりはない、ホワイトルーム生ならこの学園を爆破するくらいはするという私は思っているので、八神はとても警戒しなければならない。
もちろん大袈裟な想定であり警戒なのかもしれないけれど、敵を過小評価してもなんの意味もないので、やりすぎなくらいに過大評価するくらいでいい。
私は殺されるかもしれない……敵に挑む時はいつだってその心構えが大切である。必ず勝てる戦いなんてないのだから。
なので今の内に八神を前にした時に備えて精神を集中しておこう。戦いが始まる前にそういった時間が取れるのはありがたい話である。遭遇戦でも無ければ奇襲でもないので精神統一をする時間は幾らでもあった。
そんなことを考えながら出番が来るまで校内を徘徊していると、文化祭の賑わいから少し離れた位置で佇む一人の少女の姿が目に移る。
グラウンドの端っこにあるベンチに座り、何をするでもなくぼんやりと周囲を眺めているのは印象的であった。ついでに言うのならば話しておきたいとも思っていたので声をかけるとしよう。
「どうかしましたか、帆波さん」
グラウンドの端っこにあるベンチに座っていたのは帆波さんであった。私と同じく休憩中であったのか、それとも疲れていたので小休憩の途中だったのかはわからないが、彼女が一人でいるのは珍しい。
「え、えっと……あの、ごめんね、確か――」
急に声をかけられた帆波さんは私を見てなんだか混乱した様子を見せる。そう言えばメイド姿を見せるのは初めてのことだったと今更ながら自覚する。もしかしたら彼女は見慣れない私の姿に一年生なのかと考えて名前と顔を思い出そうとしているのかもしれない。
だがどれだけ思い出そうとしても顔と名前が一致しなかったのか、最終的には謝罪されてしまうのだった。
「なんだかこうして話すのは久しぶりですね」
「……」
また深く考え込む帆波さんは、必死に私が誰であるのかを思い出そうとしているようだ。本当にすまない、こんな格好で話しかけてしまって。
「誰かわからないと言った顔ですね……ほら、私ですよ」
口調も雰囲気も天子モードなので帆波さんはずっと混乱したままである。なので被っていたかつらを取って雰囲気も戻す。
「……えッ、えぇッ? うん、あれ、笹凪くん?」
「うん、ウチのクラスはメイド喫茶を出し物にしているって知ってるだろう? 何の因果かメイド役になってしまってね……誤解はしないて欲しいんだけど、別に好きでやっている訳じゃないんだ」
それもこれも清隆が悪い、可愛い子ならばクラスに沢山いるのに俺までメイドにするなんて……この恨み忘れるものか。
まぁ今は帆波さんである。ここ最近は避けられ気味であったので話す機会が欲しかったんだ。
一応は隠れた宣伝中なのでまたかつらを被り直す。するとそれを見ていた帆波さんは物凄く難しそうな顔をしてしまうのだった。
「さ、笹凪くん? あ、あれ? か、可愛い、メイド、可愛い、メイド? で、でも笹凪くん……うッ、頭が」
何やら困惑しながら帆波さんはグルグルと目を回す、目の前にある情報を処理できなかったのか最後には頭痛を訴えてしまう。
龍園や南雲先輩もそうだったけど、俺が私である事実を知ることはそんなにも精神的な衝撃が大きいのだろうか?
グラウンドの片隅にあるベンチに座ってグルグルと目を回す帆波さんを放置もできなかったので、とりあえず隣に座って落ち着かせるとしよう。
「落ち着いてください、そんなに混乱しなくても、俺が私であるというだけですから」
「そこが一番混乱する所だよッ!?」
天子はなんらかの精神汚染をする装置なのだろうか、確かに普段とのギャップと言うか、認識のズレによって大きな衝撃を受けるのはわかるけども。
「は~……ほ~……へ~……凄いや、なんか、凄い……人間ってここまで綺麗になれるんだ」
ベンチの隣に座っている帆波さんは、天子モードの私を見て未だに混乱した様子だ。感心したような、呆れたような、恐れるような、奇妙な言葉を発した後に、何やら頭を抱えるのだった。
「うッ……また頭がッ」
そしてまた頭痛を感じ取ったのか額を押さえる。天子はどうにも毒になる場合があるらしいので気を付けないとな。
「おほん、実は帆波さんと話がしたいとずっと思ってたんだ……ほら、ここ最近はそんな機会もなかったので」
「え、それは……その、そうだね」
「帆波さん、生徒会も辞めてしまったし、余計にね」
「ごめんね……忙しい時に」
「止める権利もなかったので何も言わなかったけれど、まぁ納得しているのなら何も伝えるつもりはありません……そこら辺はどうでしょうか?」
ベンチに腰掛けて視線だけを帆波さんに向けると、彼女は一瞬だけ硬直してから次の瞬間には視線を逸らしてしまう。
「納得は、してるよ……私は、生徒会には相応しくないって」
「それは過去の件があるからですか?」
「うん、そうだね……それに」
そこで帆波さんは言葉を区切った。そして視線を右往左往させて彷徨わせるのだが、最終的には空へと向けてしまう。こちらを見つめることは憚られたらしい。
「他にも理由があるんですか?」
「うん……」
「何か悩みがあれば幾らでも聞くんですが」
「それはダメだよ、何度も何度も笹凪くんには相談に乗って貰って、何度も助けてくれて……本当にダメだよね、甘えてばかりで」
「以前にも言ったかもしれませんけど、誰かに頼るのは悪いことではありませんよ。それができない人よりも、できる人の方が立派ですらありますから」
「……」
そんな言葉に帆波さんは空に向けていた視線をこちらに向けて来る。
「優しいね、本当に……だから、私はダメなんだと思うんだ。もっと上手くやれると思ってたし、今度こそって思っても、いつもどこかで助けて貰えるって甘えてたんだと思うんだ」
視線が結び合う、不安に揺れ動く彼女の瞳は一年の頃の騒動で見た時に近しいものであった。
「きっと私は、クラスのリーダーにも、生徒会役員にもなるべきじゃなかったの……私よりも凄い人は沢山いて、私よりも努力している人だって沢山いる。なのに浮かれてた、私ならって」
ここ最近のクラスの状態や、特別試験での勝敗、上手くいかないジレンマを抱えている内に精神的に折れてしまったということだろうか。
「私たちのクラスはAクラスになれない……私がダメダメだから」
「渡した八億があるじゃないか」
「うん、もうそこにしか頼れないんだよね……そこだけが唯一の救いで、とても残酷なことなんだよ」
「残酷?」
「うん、私は天武くんに甘えてばかりなんだなっていう証明みたいに感じられるから」
そこまで難しく考える必要はないのだけれど、そういう言葉は飲み込んでおいた方が良いんだろうな。
誇りや矜持は大切なことだ、私にとってはポイントの運用などそこまで深刻に考えるほどのことではないけれど、使う側からしてみれば重たいものであるに違いない。
別に帆波さんだけの話でもなく、同じようにポイントを渡した龍園や坂柳さんだって同じように重みを感じている筈だ。
私としてはこんなポイントなんていらないと言って欲しくもあり、けれどしっかり使って欲しくもありと複雑な考えなのだが、それは渡された側も同じということか。
「ねぇ笹凪くん」
いつ頃からか名前呼びではなく名字呼びになっていることに寂しさを感じながらも、帆波さんの言葉を待つ。
「ごめんね、約束守れそうにない」
「それはアレかな? 一年生が終わる時に結んだヤツ」
「うん、でも無理かなって……笹凪くんと並び立てるような、貴方と向かい合えるような、そんな風になりたかったけれど、私は一体何を高望みしてたんだろって最近は思うようになったんだ」
とても暗い表情を見せてくる、やはり思い詰めているのだろう。こういう時は龍園とか坂柳さんのようなメンタルを見習うべきなんだろうな。あの二人は落ち込むとか無縁そうだし。
前からわかっていたことだけど、帆波さんは責任感が強く思いやりの心が強い、それ自体は素晴らしいことだけどこの学校と相性が悪いんだろうな。
もしこの学校でなければ帆波さん以上のリーダーはいないだろうし、この学校の外に出た瞬間に龍園も坂柳さんも足元に及ばないくらいに評価される人だってことをもっと理解できたらいいんだけど、環境がそれを許さない。
この学校の掲げる実力ってなんなんだろう、今の帆波さんを見て私はそんなことを思った。
「そうか、約束は守れないか」
「ごめんなさい……私は笹凪くんの隣に立つことも、向かい合うこともできないや」
誤魔化すように苦笑いを浮かべたので、ちょっとだけ意地悪なことをしようと思う。
まだ二年生の半ばで諦められても困るのだ、勝てる勝てないの話なんて最初からしていない。私が求めているのはそこじゃない。
人差し指を親指に引っ掛ける、所謂デコピンの形を作ってそれを帆波さんに向けるのだった。いつだったか清隆にした時のように加減を忘れると下手しなくても首が折れてしまうかもしれないので、可能な限り力を抑えておく。
「んにゃッ!?」
そうして放たれたデコピンは帆波さんの額を打って変な声を上げさせるのだった。
「あのですね、帆波さん」
天子モードを維持したまま話を切り出す。このままグダグダされて困るのは私の方なのだから。
「メンタルがクソ雑魚すぎます」
「クソ雑魚ッ!?」
「脆過ぎてちょっと心配になるくらいです、思春期なので仕方がないかもしれませんけど、変にシリアスな雰囲気を維持されても面倒なので止めてくれませんか」
「ひ、批判されてる?」
「当然です、ウジウジグダグダと、もっと軽く考えれば良いんですよ。八億あるから何も心配いらないぜベイベーみたいな感じで」
「そんな無茶な!?」
「持て余してるなら返してください」
「……え?」
「重たく感じるようなら、返してください」
「……」
「難しいでしょうね、当たり前のことです。でも、似合わないシリアスな雰囲気を纏っていつまでも嘆かれても困りますよ……なんで私はこの人に八億わたしたんだろうって後悔させないでください」
「……」
帆波さんはこちらの言い分に絶句していた、けれど甘い言葉で慰めることは為にならないと判断して意地悪なことを言わせて貰おう。
「一之瀬帆波、今から優しい言葉が欲しいか、それとも厳しい言葉が欲しいか選びなさい」
「え……えっと」
またもや視線を右往左往させた彼女は、天子モードの私を見つめて来る。
「や、優し……んん、厳しい言葉でお願いします」
「ではもう一発デコピンを」
「んにゃッ!? 言葉じゃなかった!?」
ピシッと音を立ててまたデコピンが炸裂することになった。首の骨を折らないようにするのは気を遣うのでもう止めておこう。
自分の額を撫でる帆波さんを改めて見つめ直してから、希望通りに厳しい言葉を贈るとしようか。
そもそも複雑に考えすぎである、もっと言えば自縄自縛に囚われ過ぎである。責任感が強くて努力を惜しまないことはこの人の美点だけど、それがマイナス方面に向かってしまうとなかなか足を引っ張る感じだな。
額を押さえて涙目になっている帆波さんは、さっきまでのシリアスな雰囲気をふっ飛ばしてこちらを恨めしそうに見つめて来る……そうそう、それで良いんだよ、変にグダグダされるよりもずっと良い。
「一之瀬帆波」
「ひゃいッ!?」
天子モードで更に集中力を上げて師匠モードを併用すると、強力な圧力でも感じ取ったのか緊張で帆波さんは背筋を伸ばすのだった。
「グダグダ悩み過ぎだ、ウジウジ湿り過ぎだ、そんな様でよくもまあクラスのリーダーが務まるものだ!!」
「……」
師匠モードによる圧力と、意識を引っ張る引力を発しながら帆波さんを叱りつける。ちょっと申し訳ない気分になるけれど、今の彼女には優しい言葉よりも厳しい言葉の方が適していると判断させて貰おうか。
優しさは人を癒すもので、厳しさは立ち直らせるものである。未だ師匠には遠く及ばない未熟な私であっても、これくらいの偉そうな言動は許される筈だ。
「まだ何も終わっていないというのに何を勝手に終わった気になっている? つまらん理屈をこねくり回している間にやるべきことが幾らでもあるだろう」
「む、無理だよ」
「何故だ?」
「私に、そんな力がないから」
「自分が信じられないと?」
頷きが返って来る。だからシリアスな雰囲気は止めて欲しい。
「そうか、ならもう信じるな……代わりに私のことを信じれば良い」
口調がちょっとおかしいな、師匠モードになるといつもそうなんだけど、今は天子モードも混ざっているのでかなり精神汚染が深刻になっている。
「え?」
「自分が信じられないのだろう? なら私を信じればいい」
ベンチに腰掛けてこちらを見つめて来る帆波さんの瞳を覗き込むように見つめ返す。
彼女の瞳に映る天子は、師匠モードの影響もあってかやけに眼力と眼光が強い。こんな相手に見つめられると委縮するだろうなと他人事のように考えながら言葉を紡ぐ。
「私は君のことを尊敬している、友人としても、敵としてもだ。そんな君だからこそ八億を渡しても惜しくはなかったし、だからこそ渡したとも言える……この人ならばそれだけの価値があると確信したからだ」
「そ、そんなこと」
「私はそう信じている、ならば何を迷う必要がある? 自分が信じられないならばもう弱い自分は放置しておけ、その代わりに私を信じればいい……君ならばそれができると確信している私をね」
「……」
なんて無知蒙昧で力づくの説得だろうか、こいつはもしかして馬鹿なんじゃないかと思わなくもないけれど、嘘偽りのない本音でもあった。
「安心しろ、俺が知っている一之瀬帆波はそこまで愚かでもないし弱くもない」
こういうのは変に恥ずかしがったり、言い淀むべきじゃない。舞台役者のように堂々と、いっそやり過ぎなくらいが一番だろう。
なのでとても大仰な動作で、ビシッと帆波さんを指差す。貫くように、心臓を掴むように。
「私がそう確信している、それ以上の証明なんて必要ない」
傲慢な言葉である、だがそれで良かった。
「自分では勝てないなんて言葉は、最後まで全力で突き進んだ者だけが使える言葉だ。今こうしてベンチに座って涙目で溜息ばかりついている君に相応しくない……そうに違いない」
指先が伸びる、それは唖然とこちらを見つめて来る帆波さんの肩に乗せられた。ビクッと体が震えるのを感じ取るのだが強引に固定する。
「さっさと私を殺しに来い、君ならそれができると思っている」
「……」
「グダグダ悩んでないで思考しろ、君ならそれができると確信している」
「……ッ」
「溜息を吐いている暇があるのなら何かを積み上げろ、君ならそれができると理解している」
「……ぁ」
涙目が揺れ動く、そして涙が頬に零れ落ちていくが……厳しい言葉が必要とのことなので泣くことすら許しはしない。
「泣くな、君にはそんな暇すらない」
頬に流れたそれを指先で掬い取った。
「一之瀬帆波、失望させてくれるな。私が君を尊敬しているという言葉を嘘にさせるな……厳しい言葉かもしれないが、突き進め」
とても傲慢で我儘な言葉だけど、そう言うしかなかった。
だって勝手に一人だけで全部が終わった気になられても困るのだから。
「そ、それでも勝てなかったら?」
「何も問題がない、その為の八億だ……そもそもクラスメイトを勝たせるなんて前提条件はもう突破している。ならば君がやるべきことはもっと単純だ、私に勝つことだろう」
クラス闘争なんてものはもう私たちの学年では既に破綻している。だって全員をクラス移動させられるだけのポイントがあるからな。
なら何故戦うのか、決まっている、意地と信念の為でしかない……そしてそれはとても大切なことであった。
アイツに勝ちたい、あの人に負けたくない、クラス闘争だなんていう不純物を取り払ってそんな思いだけで私たちは今も戦っているのだ。
「クラスだとか、リーダーだとか、特別試験だとか、些末なことだ……ゴチャゴチャ悩んでないで、死力を尽くして挑んで来い。私を倒すのだと、そう言えばいいんだ。その先で勝とうと負けようと、八億があるだろう……ん、傲慢な言い方をしようか、私に敵として尊敬されるのはAクラスで卒業するよりも大きな価値があると」
「……」
「できるね?」
「ぁ、は、はい!!」
うむ、とても強引で力任せな話し合いだったな。けれど悩んでいる相手にはそれくらいで良いだろう。
「ならば良し、悩むな迷うな卑下にするな、勝利に浮かれるのも敗北に嘆くのもまだ早すぎる。そんなことはどうでもいいからさっさと殺しに来い、それでいいのさ」
最後に話は終わったとばかりに私は微笑んだ。帆波さんの瞳に映る天子は相変わらず眼力がギラギラで恐ろしいのだけれど、笑った顔をみると少しだけ緊張が和らぐのかもしれない。
「少しやる気が出てきたのなら、また前進だ。何度か言ったかもしれないけれど私たちにできるのはいつだってそれだけさ」
「うん」
「それともう一つ伝えておくことがあった。帆波さんの生徒会脱退だけどまだ受理はされていないからね」
「え、そうなの?」
「人手不足だからね、気が変わるかもしれないってことで鈴音さんが止めている……まぁ今後クラスのことに集中するっていうんならそのまま進めるけれど、どうかな?」
「い、今はまだ……わからないかも」
「その気があるのなら生徒会に来てくれ……おっと、もうこんな時間か、じゃあ私はそろそろ行くよ、この後ちょっと予定があってね」
言いたい放題言って後は丸投げである。これから先どうするかは帆波さん次第なのでどうとでもするのだろう……彼女はそれができる人だ。
「あ、あの、さ、笹凪くん」
「ん、何かな?」
さてそろそろ桔梗さんと八神が動く頃合いだと思ったので生徒会室に向かおうとすると、帆波さんがこんなことを言って来る。
「あ……えっと」
振り返って再び見つめ合うと、彼女はとても困惑して言葉を濁してしまうのだった。
けれどそれではダメだと思ったのか、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
「私……ま、負けたくない人がいるの」
「ん、それで」
「どうすれば、良い?」
「それを決めるのは君だよ」
「もしそれで迷惑をかけちゃっても、かな?」
「迷惑をかける自覚があるのかい?」
「……うん」
「何も問題はないさ」
「え?」
「君が負けたくないと、そんな風に思う程の相手ならば、そこまで弱い人でもないだろう。帆波さんが強敵に思うくらいなんだから中途半端な気持ちで挑んで勝てないんじゃないかな……つまりその人はとても強い人ってことだ」
「そうかも、しれないね……強くて、綺麗な人だね、眩しいくらいに」
「そんな相手なら中途半端な意思で挑んだ所で叩き潰されて返り討ちになるだろう、迷いがあるのならば尚更だ……負けたくない相手に挑むのならば、揺るがない覚悟を示すべきだ。私に言えるアドバイスはそれくらいかな」
「そっか……そうなのかな」
少なくともその相手を強敵と帆波さんが思っているのならば、ブレブレの状態で勝てるわけがない。
決意が必要だ、覚悟も必要だ、それを貫く意思だって。
それを結べるかどうかは帆波さん次第である。
また深呼吸をした帆波さんは、力を徐々に瞳に宿していく。少なくとも迷いは晴れたらしい。
「天武くん」
そして私の名前を呼んだ、名字ではなくまた名前呼びに戻っている。
「待ってて……必ず、挑むから、貴方に認められるような敵になるから、もう迷わないから。尊敬してくれるって言葉を絶対に嘘にはさせないから」
「うん、待ってる」
「もしそれで、私が勝てたその時は――」
そこから先の言葉を彼女は発しなかったけれど、自分の中で大切にするべき言葉であると判断したのか飲み込むことになる。
もう大丈夫そうだ、瞳に意思が宿っている。同時にそれは目の前の少女が強敵になった瞬間なのかもしれない。
最後に、私の喉元を食い破るのは龍園か坂柳さんか、それとも帆波さんかいよいよわからなくなってきたな。
あぁ、だけどそれで良かった。こちらを蹴り落としてこんなポイントなんているかと送り返してくるような、そんな人と出会えるのならば私はとても幸福になれるだろうから。
だから、最後の戦いが今からより楽しみになるのだった。
さて、そろそろ時間なので移動しないと、八神がどう出るか不透明なのでしっかりと待機しておきたいんだよね。
思っていた以上に帆波さんをストロングスタイルで背中を押すことになったので、予定時間が迫ってしまっている。
「きゃあああああッ!?」
桔梗さんは大丈夫かなと、生徒会室にいるであろうクラスメイトのことを思い浮かべていると、校舎の方から私がいるグラウンドにまで響き渡るような悲鳴が届くことになってしまう。
うん、あれ? なんか騒ぎが大きいな、何があったんだ?
「おいヤバいぞッ!! 一年の八神が大暴れしてるってよ!!」
「八神ってあれだろ、何か大人しそうな一年だったか? なんで暴れてんだよ」
「南雲がぶっ飛ばされたらしい!!」
校舎に近づくと三年生たちのそんな会話が聞こえて来るのだった……いや、ちょっと追い詰めただけでそこまで暴れるってどうなんだ、いくらなんでも沸点が低すぎるだろう。
もしかして隙を晒したことで焦って開き直ったのだろうか、もうどうにでもなれと考えるにしてもいきなりすぎるだろうに。
前から思っていたことだが、八神は頭が良さそうに見えて実はゴリラ寄りの存在なのかもしれない。最終的にはぶん殴って解決とか完全にゴリラだと思った。
ホワイトルームはどんな教育をしているんだろうか、秩序のない暴力はダメだと教えてあげたい。