ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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章と章の間にある小話となります。


小話集

 

 

 

 

 

 

 

 

 「忍者の朝は早い」

 

 

 

 

 

 

 忍者の朝は早い、まだ日が昇るよりも前に意識が覚醒する……と言っても基本的に脳と体を毎日交互に休ませる形なので、完全に眠りに落ちるということはないッス。

 

 太陽が昇るよりも早く眠っていた体と脳が覚醒して体に熱が広がった。それと同時に頭から指先まで動かして本日の調子を確かめるのだった。

 

「ヨシ、問題ね~です」

 

 部屋の中に置いてあった手裏剣と短刀を壁に付けてある的に向かって投げつける、狙った所に寸分たがわず突き刺さったことで本日の調子を確かめることができた。

 

 この学園に来てからかなり平和ボケしている自覚はあるでやがります。狙撃されることも爆撃されることもなければ、テロリストや武装勢力と頻繁に殴り合うこともないような環境なので当然でやがりますが、それでも感覚を錆びさせない為に鍛錬は欠かせない。

 

 人差し指一本だけで逆上がりすると、そのままの状態で腕立て伏せを開始する。足にはポイントで買ったバーベルを指先で摘まんだ状態で固定するッス。

 

 バーベルの重さは百キロ、ちょっと物足りないッスけど、こんな環境なので仕方がない。

 

 指一本で逆立ちして足で挟んだバーベルを固定したまま腕立て伏せを繰り返す。鶚の里にいた頃よりもずっと楽な鍛錬だけれど、器具が少ないので仕方がない。足りない分は回数で補うッス。

 

 そうやって逆立ち腕立て伏せをすること一時間ほど、薄っすらと汗が肌に張り付くようになった頃に、ほんの僅かに太陽の明かりを感じることができる時刻となった……尤も、ウチの部屋は狙撃を警戒して窓に鉄板を貼り付けているので外の様子などわかりませんけど。

 

 それでも腹具合からそんな時間だということがわかったので、早朝の鍛錬は一旦中断となる。

 

 次にやるべきなのは朝食でやがります、なのでウチはまずこれまたポイントで購入した銛を手に取って部屋の外にでた。向かう先は海ッス。

 

「タコ、イカ……真鯛」

 

 それらが取れたらいいなと考えながら、学園の端から銛を片手に海に飛び込む。当然ながら水着に着替えて。

 

 残暑も消えたことで海は冷たくなっており、肌に染み入るような冷たさを感じるけれど、鶚忍者は無敵の忍者、師匠に真冬の山に放り込まれてサバイバルを課せられた時のことを思えば随分と楽に思えるでやがります。

 

 海に潜ると獲物はいくつか見つかる。東京湾はそこまで豊かな海洋資源がある海ではね~ですけど、探せばある程度は見つけられるッス。

 

 狙い通りまずはタコを銛で穿つ、イカと真鯛はいなかったのでとりあえず視界に入ったウツボを穿つ。

 

「ぷはッ……ふう、なかなかの大物ッスね」

 

 タコもウツボも大きい、これなら数日分の食料になるのは間違いない。

 

 獲物をひっさげながら学園がある人工島の壁をよじ登って敷地に帰る。雑木林の中に隠しておいた服に着替えるとレッツらゴーで朝食の準備ッス。

 

「おや、忍者ガール、今日の釣果はどうだね?」

 

「大物ッス」

 

 着替えているとご主人のクラスメイトの高円寺パイセンがランニングしているのが見えた。あちらもウチに気が付いたのか声をかけてくる。

 

 別に親しくはね~ですけど、ウチが獲物を捕る時間帯に決まってトレーニングをしているので話しかけられる機会が多かった。

 

 捕ったタコとウツボを見せつけると、高円寺パイセンは髪をかきあげながら良い笑顔を見せる。

 

「ふむ、相変わらず野性味豊かで大変結構なことだ、この学園で自給自足している生徒など君くらいだろう」

 

「まぁ、人の手に渡った物はあんまり食べたくね~ですから」

 

 潔癖症という訳ではなく、毒物を警戒してのことッス。

 

 なので基本的に自給自足がウチの目指すところ、学食もコンビニもあまり利用しない。自分で捕った食料を自分で調理すれば誰かに毒を盛られるリスクはかなり抑えられる……尤も、この閉鎖環境ではなかなか難しい所ッスけど。

 

 できることなら完全に自給自足が好ましい、いつどこで誰に寝首をかかれて毒を盛られるかわからない世の中、本当に心から信頼する人の手で作られた物でなければ口にしたくはない。

 

 或いは、この人になら殺されても構わないと思えるような人の料理なら毎日でも食べられる。

 

 ご主人が毎日ご飯を作ってくれれば解決なんッスけどね、そこまでは迷惑をかけれない。ウチは配慮のある女なんで。

 

 外で外食する時は基本的に一夏ちゃんと一緒、先に彼女に毒見させてからウチは少し間を置いて食べている、それだってリスクのある行為だと思ってるくらいなんッスから、この警戒心は筋金入りなんでしょう。

 

 ランニングを再開した高円寺パイセンと別れてウチは寮の部屋に戻る。銛の先端にタコとウツボを突き刺した状態なので、寮監に見つかるとまた怒られることになるッス。

 

 前にも似たような状況でエレベーターに乗ったらしこたま怒られたので、今度はそんなヘマをしないようにエレベーターは使わない。寮の壁を走って五階まで辿り着くと、ベランダから部屋へと帰ることになる。

 

 ただウチの部屋の窓は狙撃防止用の鉄板があるので入れない、なので隣の部屋のベランダから寮の中に入ることになるのだった。

 

「一夏ちゃ~ん、あ~け~て~」

 

 隣の部屋の住人である一夏ちゃん、ベランダから声をかけるとウチの友達は泣きはらした顔を布団から覗かせる。

 

 なんか八神がアレなせいで盛大な醜態を晒したらしく、正式に退学になったことでちょっとセンチメンタルな気分になってやがるようです。

 

 あそこまで馬鹿な男でも一夏ちゃん的には退学になったのは悲しいのかもしれない。そこまで強い男でもないのによくわかんね~感覚ッスね。

 

「また海に行ってた訳?」

 

「大物ッス」

 

「タコに、ウツボ? ウツボって食べれるの?」

 

「なかなかうめ~です、一夏ちゃんもどうッスか?」

 

「……食欲ない」

 

 ウチが海から帰って来た時はこうして一夏ちゃんの部屋のベランダを経由して寮に入るのは恒例行事となっており、もう驚くこともないのか平然と窓を開けてくれた。

 

 一夏ちゃんは眠れてないのか隈が目立つ、しかも泣きはらした顔をしているのでせっかくの美人が台無しッス。おのれ八神、退学になっても迷惑をかけるとは……。

 

 ボスッと、体の力を抜いて布団に倒れこむ一夏ちゃんは、何をするにもやる気が出てこないらしい。八神とは幼馴染という奴らしいけど、それだけでここまでショックを受けるのがわからない……意外と一夏ちゃんはダメな男に引かれるのかもしれないッス。

 

 だがこれはチャンスでやがります、相手の心に付け込むには弱っている時が一番、詐欺も宗教も嘘もそこは一緒、傷心中の一夏ちゃんをこのままウチに傾けるには丁度良くもあるッス。そこは八神に感謝ッスね、なんの役にも立たない男だけど一夏ちゃんを弱らせた一点だけが評価するでやがります。

 

 ベッドの上で横になって何もする気がないという雰囲気を全開にする一夏ちゃん、そんな彼女を置いて部屋を出ると、ウチは自分の部屋に戻って冷蔵庫にタコとウツボを突っ込む。

 

 とりあえず一夏ちゃんを元気づける為に料理でも作るッス。せっかくタコを捕まえたのでたこ焼きでも作るでやがります。

 

 絞め殺したタコの足を薄く切り刻んでからたこ焼きのネタを作っていく。あとは専用の鉄板で焼いていくだけ。

 

 材料の大半がウチが直接買った物ではなく、ご主人がウチの目の前で毒見を済ましてくれたものをそのまま下賜してくださったものばかり、可能ならば完全な自給自足をしたいけれどそれが難しいのでこんな手間を加えている。

 

 ご主人にも面倒をかけている自覚はあるッスけど「気にする必要はない」と笑顔で言ってくれたッス、優しい、子宮がキュンキュンするッス。

 

 作ったタコ焼きを一夏ちゃんに持って行く。やはり弱っているのかこちらに視線を向けるだけで何も言ってこない。

 

「ほら一夏ちゃん、あ~んッス」

 

「朝からたこ焼きって、そもそも食欲ないし……熱ッ!?」

 

 隈が目立つ泣きはらした顔は好みじゃないので強引に口の中にたこ焼きを突っ込む。

 

「はふ、はふ……熱ッ……むぐ」

 

「美味しいッスか?」

 

 文句を言いながらも吐き出すことはできなかったのか、一夏ちゃんはアツアツのたこ焼きを食べてくれたッス。可愛い、しゅき。

 

「グダグダ悩んでもしゃ~ねえでやがります。お腹いっぱいになれば大抵のことはどうでもよくなるッスよ、ほら、あ~ん」

 

「……心配してくれてるの?」

 

「そりゃ勿論、ウチは一夏ちゃんのことが好きッスから」

 

「……ありがと」

 

 やはり弱っている、まさに攻め時、あの何がしたかったのかよくわからないまま退場した男は、一夏ちゃんを弱らせる為に存在していたと思えば多少は評価もできるッス。

 

「ほらほら、いつまでも嘆いてないでまずはお腹いっぱいになるッス。そんで落ち着いたら茶をしばいて、更に落ち着いたら遊びに行くでやがります」

 

 そうやって八神を過去の男にすれば、一夏ちゃんはウチだけの物になるという寸法でやがります。

 

 ウチらは親友ッスからね、あの幼馴染を忘れさせることに協力するくらいはお安い御用でやがりますよ。

 

 今日は文化祭の振り替え休日、たこ焼きを食べ終えたらそのままケヤキモールに遊びにいこう。お腹いっぱいになって楽しいことをして、疲れて眠れば八神も過去になるッス。

 

 今はちょっと傷心中でも、そうやって過去になっていく。ただそれだけの話ッスね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポイントの無駄遣い」

 

 

 

 

 

「なんでメイド服があるんだい?」

 

 文化祭が終わって月曜日、日曜日が文化祭だったので今日は振り替え休日となり休みである。平日なのに学校に行かなくてもいいというちょっと特別感のある日だな。

 

 せっかくなので恋人と一緒に過ごそうということになり、偶には鈴音さんの部屋で過ごそうかと言う話になってお邪魔させて貰っているのだが、そこで俺はメイド服を発見するのだった。

 

 うん? なんでだ? これってレンタルしたメイド服だよな? どうしてハンガーにかかって鈴音さんの部屋にあるのだろうか。

 

「それは、購入したのよ」

 

「ほう……それはまたどうして」

 

「……」

 

 何故黙るのだろうか、ちょっと不信感を込めた瞳で鈴音さんを見つめてみると、彼女は珍しく視線を右往左往させた。

 

「も、勿体ないでしょう?」

 

「コスプレ趣味に目覚めたのかな?」

 

「それは私のメイド服ではなく、天武くんの為の物よ」

 

「……」

 

 まさか天子モードにまたなれって言うのだろうか、恋人に女装させたいとか結構倒錯的な趣味だと思う。

 

「因みに幾らしたのかな?」

 

「ご、五万ポイントほどよ」

 

 レンタルだから安く借りられたけど、実際に購入しようと思えばそれくらいはするか。

 

「無駄遣いじゃないかな」

 

「いいえ、これは必要な出費よ」

 

 何故か自信満々に鈴音さんはそう言った。

 

「だ、だって……天子さんがあれだけで終わるのは、勿体ないもの。偶には、ね?」

 

「う~ん、可愛くお願いされても……いや、だがこれは」

 

 そこで俺はとある名案を思い付く、鈴音さんがそう来るのならばこちらもと言う奴だ。目には目を、歯には歯を、そういうことである。

 

 

 こんなやりとりが行われた数日後、俺の下には龍園から教えて貰ったレンタルショップから購入したとある衣服が届くことになるのだった。

 

 

「何かしら、これは?」

 

「これはね、龍園クラスが使っていた和装だよ」

 

 同じくレンタル品であったのだが店を教えて貰って正式に購入したのだ。

 

 やはり良い、メイド服も良いのだけど、個人的に思い入れのある和装の方が色々と納得できるのだろう。

 

「そう、幾らくらいしたのかしら?」

 

「五万ポイントほどだよ」

 

「無駄遣いね」

 

「そうそれ、それが俺がメイド服を見て思ったことだよ」

 

「あれは必要なものだったのよ」

 

「和装も必要だ……是非鈴音さんに着て欲しい」

 

 すると鈴音さんはモジモジと体を震わせる。

 

「へ、変態……とんでもない要求をしている自覚はある?」

 

「彼氏にメイド服を着させようとする人に何を言われても説得力がありません」

 

 恋人に和装をさせたい俺、メイドにしたい鈴音さん、どちらが変態かと言われれば間違いなく後者だろう。

 

「ほら、試しにさ、鈴音さんって和装も似合うと思うんだよね。うん、そうに違いない」

 

 普段見慣れている制服姿も勿論いい、文化祭で見せてくれたメイド姿だってそれは変わらない、だが俺的にはやはり和装なのだ。

 

 こちらの要求に、鈴音さんはう~んと考え込む……この感じ、もうひと押しすれば行けそうだな。

 

「よし、交換条件として俺もメイド服を着ようじゃないか」

 

 そんな条件を提示すると鈴音さんはピクッと体を反応させる。

 

「……良いでしょう、その言葉を忘れないようにしなさい」

 

 そして渋々といった様子で和装を受け取ってくれるのであった。自分の部屋の浴槽へと引っ込み着替えていく。

 

 交換条件なので俺もメイド服になるとしようか、ハンガーにかかっていたメイド服を手に取ると、俺は私へと変身する為に準備を進めるのだった。

 

 化粧も着替えも慣れたものである。かつらも被って鈴音さんを真似てこめかみ付近を編み込むことも忘れない。

 

「て、天武くん……いえ、天子さん、準備はできた?」

 

「こっちは問題ないよ……いえ、おほん、こちらは問題ありませんよ」

 

 口調と雰囲気も天子モードに合わせる……ついこの間、このモードは封印すると決めたというのに、そんな決意は脆くも崩れ去ってしまったか。

 

 お互いに着替えを済ましたということで合流することになるのだが、鈴音さんは僅かに開かれた浴槽の扉からちょっとだけ顔を出すだけで一向に出て来ない。

 

 恥ずかしいのだろう、メイド服と大差ないと思うのだけれど、鈴音さん的にはそうではないらしい。

 

「ほら恥ずかしがらずに、誰も見ていないのですから」

 

「貴方が見るじゃない、それもいやらしい瞳で舐めまわすように」

 

 どこか呆れたような瞳で見つめてそんなことを言って来る。恋人をコスプレさせようとしているのは君も一緒だと自覚して貰いたいものだ。

 

「まぁまぁ、偶にはこうやって過ごすのも良いと思いますよ」

 

「……」

 

 またもや渋々と言った感じで、鈴音さんは浴槽の扉を開いて部屋まで帰って来る。露わになるのは和装姿の鈴音さんである。

 

「……可愛い、証明完了」

 

「そ、そう?」

 

「完璧ですね、やはり和装、私の目に狂いはなかった」

 

「……目がいやらしいわよ」

 

「そんなことはありません」

 

 それを言い出したら鈴音さんだって天子を見る瞳はちょっと邪である。つまりお互い様だ。

 

「なんだかあれですね、こうやって互いにコスプレをしていると、ちょっと倒錯的な感じですよね」

 

「しかも貴方は女装をしているのだし……これじゃあ、まるで変態カップルね」

 

 自分で言って恥ずかしくなったのか、それとも呆れたのか、鈴音さんは頭を抱えてしまう。今更ながらこの状況をおかしいと思い始めたのだろうか。

 

「良いじゃないですか、こういうのは開き直るくらいが丁度いい筈です。せっかくなので文化祭と一緒で非日常を楽しみましょう……なんならこのままデートに行きますか?」

 

「絶対にごめんよ、それだけはね」

 

「ふふ、なら部屋で過ごしましょうか。さぁお嬢様、なんなりと命じください」

 

「……」

 

 羞恥と照れで顔を赤くしながらも、鈴音さんは慣れていない和装姿のままその日を過ごすことになるのだった。

 

 お茶を入れたり、食事を作ったり、勉強したりするけれど、ずっとメイド服と和装姿だったので非日常を楽しめたと思う。

 

 片方は女装メイドで、片方は和装メイドである。誰に見せる訳でもなく休日にそんな姿をして過ごしているのだから、もしかしたら鈴音さんが言うように私たちは変態カップルなのかもしれない。

 

 でもここ最近は、それこそ無人島以降はずっと忙しかったので、こうやって個人的に楽しみながら穏やかな時間を過ごすことも大切だろう。

 

 楽しむことは重要である、今度は逆に鈴音さんにメイド服になって貰うとしよう。そんなことを思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「不撓不屈」

 

 

 

 

 

 私には負けたくない人がいる。その人はとても綺麗で真っすぐな人、直視できないくらいに。

 

 ある時期からその人を見ることがとても辛くなっていた、私よりもずっと強くて頑張り屋で、そして彼の隣を歩いていけるだけの意思と覚悟を持っていたから。

 

 きっとああいう人だから、天武くんは一緒にいたいと思ったのかもしれない。だって私から見ても眩しいくらいに真っすぐな人だったから。

 

 それこそ嫉妬すら感じられないくらいに、私は心が折れてしまったんだと思う。

 

 でもそれは間違いだって気が付いたんだよね、ただ黙って負けを認めるだけじゃダメなんだって、他の誰でもない天武くんが教えてくれた。

 

 天武くんも、堀北さんも、眩しいくらいに真っすぐで手を伸ばしても届かないくらいに凄い人で、私はずっと足踏みをしているだけなんだよね。

 

 それじゃダメだって、私は気が付いた。

 

 文化祭で天武くんが言ってくれた言葉を思い出す。私を尊敬していると。

 

 たとえ私がどれだけダメダメでどうしようもない存在でも、その言葉と思いだけは否定しちゃいけない、嘘にしてはいけない。

 

 だから私は立ち直ることができたんだと思う。ただ嘆いて沈んでいるだけでは天武くんの言葉を嘘にしてしまうから。

 

 虚勢でも構わない、私は天武くんに認められるだけの存在なんだと、それがただのメッキであっても構わない。その言葉だけは何があろうともう汚せない。

 

 だから私は、久しぶりに生徒会室の扉の前に立つのだった。

 

「こ、こんにちは」

 

 緊張でちょっとだけ声が上ずってしまったけれど、扉の向こうにいる人を考えれば仕方がないと思う。

 

「一之瀬さん? どうしたの?」

 

 生徒会室には当たり前のことだけど堀北さんがいる。けれど天武くんや七瀬さんの姿がないのは幸いだった。

 

「えっと、ね……実は堀北さんに話があって、今は時間があるかな」

 

「構わないわよ、忙しい時期でもないのだから」

 

「ごめんね、忙しい時にいなくて」

 

 そこは本当に申し訳ない、絶対に辞めちゃいけない時に生徒会から離れてしまったもんね。我ながらどうしようもない行動だった。

 

 申し訳ない気持ちになりながらも生徒会室の椅子に座る。

 

「話とは何かしら?」

 

「あ、うん……えっと」

 

 ここまで来てしまった以上はもう帰れない、それにしっかり伝えておかないとまた私は天武くんの言葉を嘘にしてしまう。

 

 深呼吸を一つ、気持ちと覚悟を整える。そして瞼を開いて真っすぐと堀北さんを見つめるのだった。

 

 

「私、天武くんが好き」

 

 

 あぁ、言ってしまった、よりにもよって堀北さんを相手に。

 

「そう」

 

 けれど想定していた罵声や皮肉はなくて、堀北さんはまるで日常を行くかのように平然とそう返してくる。何一つ動揺は見受けられない。

 

「お、驚かないんだ」

 

「驚いてはいるわよ、けれど慌てふためくことでもないわ」

 

「それは、どうしてかな?」

 

「だって天武くんは、魅力的な人だもの……女子が好意を寄せるのはとても自然なことだと思うわ、それが貴女であってもね」

 

「……」

 

 凄く、冷静だ。もっと怒られるものだと思っていたけれど、これはこれで私としても困るな。

 

「それで、そんなことを伝えて一之瀬さんはどうしたいの?」

 

「ど、どうって……それは」

 

 嘘も偽りも許さないとばかりに、堀北さんの瞳が私を射貫く……やっぱりこの人は、強い人だ。

 

「負けたく、ないんだ……ずっと迷ってて、でもそれじゃダメだって思ったの、本当にごめんなさい」

 

「謝られても困るわね、その必要がないもの」

 

「え?」

 

「その謝罪は意味がないのよ、だって私が負けることはないのだから」

 

 堀北さんは私の告白に揺らがず曲がらず、それどころか自信と余裕すら見せてこう言うのだった。

 

「彼は私の恋人、残念だけど一之瀬さんが何をどうした所で話にもならないわ。だから、謝罪なんて必要ないでしょ?」

 

「へ、へぇ~……よ、余裕だね」

 

 堀北さんは当然とばかりに頷く。その姿には私の告白なんてそよ風程度にしか感じていない余裕が感じられる。

 

「当然よ……その、天武くんは私にメロメロなのだから」

 

 ちょっと恥ずかしそうにそう言ってくる堀北さん、余裕たっぷりに見えたけどそういう所は冷静にとはいかないのかな。

 

「メロメロッ!?」

 

「えぇ、それはもうメロメロよ、ちょっと困るくらいにね」

 

「ぐ、具体的には!?」

 

 あの天武くんがメロメロになっている、なんだか想像できないけれど、恋人にだからこそ見せる姿なのかな?

 

「そ、そうね……よく膝枕をせがんでくるかしら、髪に触れてきたり、普段は紳士的なのだけれど、二人きりの時はスキンシップが多くなるわね」

 

「ぐふッ」

 

 堀北さんの言葉に、私は見えない殴打でも受けたかのように腹部に衝撃を感じてしまった。

 

「後は、この前の話だけれど、コスプレまでさせてきたわね……和装メイドにしてきたり」

 

「コスプレ!?」

 

 仲の良いカップルならそういうこともするのかな……いや、でも、なんだか凄く羨ましい。

 

 天武くんとのイチャイチャを照れながら説明した堀北さんは、羞恥の感情を隠してから再びいつもの怜悧な顔に戻る。

 

 とても強くて、綺麗で、私にはない力強い瞳に見つめられると、思わず背筋が伸びてしまう。

 

「一之瀬さん」

 

「なにかな」

 

 堀北さんは腕を組み胸を張ってこう言い放つ。恐れるものなど何もないとばかりに。

 

「せいぜい頑張りなさい、私には勝てないでしょうけどね」

 

 あぁ、やっぱりこの人は私にはない力と意思を持っている。だからこそ綺麗で、だからこそ天武くんの隣に立てるんだろうね。

 

 罵声でもなければ、憤りでもない。ただ冷静に自分は負けないのだという未来を見つめている。本当に強い人だ。

 

 だから、負けたくないと私は思ったんだ。

 

「ふ、ふぅん、余裕だね」

 

「言ったでしょう、メロメロだと」

 

 うッ……やっぱり今は足元にも及ばない。圧倒的な高みからもの凄い力で追い詰められてしまう。今も見えない殴打を食らったかのような衝撃を受けてしまった。

 

 でも、負けてはいられない。ここで怯んでいるようでは生徒会室にまで来た意味がないからね。

 

「そっか、でも先のことはわからないよね、堀北さんが飽きられちゃうかもだし」

 

 こんな毒を吐くとは自分でも信じられない、けれど驚くほどに嘘偽りのない言葉だった。

 

「は?」

 

「あ、ようやく余裕が崩れたね」

 

「……」

 

 イラッとした顔をしている。あの堀北さんが取るに足らない相手である私に煩わされていると考えると……なんだろう、背筋がゾクゾクするような感触を覚えてしまう。

 

「ふふ、せいぜい油断しておくことだね、その内天武くんは私にメロメロになるかもしれないもんね」

 

「……」

 

 バチッと、私たちの間で火花が散ったような気がする。うん、ようやく私は堀北さんに敵として認められたってことなのかな。

 

「宣戦布告はこれで終わりかな、凄く勝手なことを言うけど、私は生徒会に復帰しようと思ってる……確か堀北さんが止めてくれてるって天武くんが言ってたけど」

 

「確かにその通りよ……良いでしょう、生徒会長として復帰を認める」

 

「堀北さん的には天武くんと二人きりになれる時間が少なくなってご立腹なのかな」

 

 また挑発するような言葉を発してしまう、私はどうしてしまったんだろう。

 

「何も心配はいらないわよ、仕事が終わった後にそういった時間は幾らでも作れるから」

 

「ごふッ」

 

 またもや私は見えないボディブローを食らってしまった。ダメだ、やっぱり圧倒的な差がある。

 

 でも、負けてられない、人生で初めて感じる超えるべき壁であり、好敵手と呼べる相手なんだから。

 

 

 勝利とは、不撓不屈の先にある、今なら私は自信を持ってそう言える。

 

 

 

 

 




そろそろ原作に追いつきそう……早く二年生編の結末が見たいなと思うこの頃。原作の様子見がしたいのでちょっと投稿ペースが緩やかになるかもです。すみません。
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