修学旅行準備1
体育祭が終わり、文化祭が終わり、ようやくゆったりとできる時間がやってきたように思える。人手不足も手伝って生徒会は重なったイベントの対処に奔走したのだが、それもようやくと言った感じだろうか。
大きな問題もなく……いや、八神関連で最後の最後で問題も起こりはしたけれど、アレは生徒会のミスではないので何も問題はない。
暫くは大きなイベントもないのでゆったりできるだろうと、生徒会室でお茶を飲みながら一息つく。
もうすぐ修学旅行だけどそれだって別に生徒会で動くようなことでもない。つまり細々とした仕事があるだけで生徒会はそれほど忙しいという訳でもなかった。
問題があるとすれば一年生だろうか、八神が退学した影響は思っていた以上に大きかったのか、被害は甚大と言った状況である。
まず八神は一年Bクラスの中でも中心人物であった。そんな彼が文化祭の終わり際でそれはもう暴れまわったのだ。その結果として他クラスや他学年に損害を与えたことで……結構な額の損害が残されたことになる。
あんなにわかりやすく暴力を振るう場面を周囲に晒したので、龍園としてはこれ以上ないくらいに賠償を求めやすい状況である。案の定、彼は八神に、そして彼が所属しているクラスを訴えた。
まぁそうなるだろうなと思う、当の八神が既に退学済みなのでその尻拭いはクラスがすることになるんだけれど、まさに阿鼻叫喚といった様子であったらしい。
まず八神退学によるペナルティで結構な額のクラスポイントが減って、その上で賠償にも頭を悩まさなければならない。自分たちは何もしてないどころか文化祭や体育祭は順調だったというのに、それら全てが吹っ飛ぶくらいの損害を八神一人が叩き出したのだ。
責めるべき相手はもう退学してしまっている。憤りや怒りをぶつけることもできないまま大量の賠償に頭を悩ませているのだろう。
九号が言うには、一年Bクラスの雰囲気は世紀末といった感じらしい。既にクラスに見切りをつけている者すらいるらしい。事実上Dに転落することがほぼ確定な上に借金地獄ならばそうもなる。
そんな彼らの賠償問題は生徒会が片付ける訳だが、議論の余地なく賠償を払えということになってしまった。疑いようがなく八神の凶行は確定しているし監視カメラに撮られたことで映像にも残っており、世界で一番凄い弁護士を引っ張って来ても敗訴は確実だろう。
そして実際にそうなった、一応の配慮として悪いのは八神個人だという方向性に鈴音さんは持って行ったのだが、完全にそれで納得させられる筈もなく、一年Bクラスは大量の賠償を受け入れるのだった。
龍園クラスと南雲先輩とカツアゲされたことになっていた桔梗さん等への賠償である。
クラスポイントもプライベートポイントも全て吹っ飛んだと断言できる。
世紀末にもなるだろう、クラスの雰囲気はギスギスで舌打ちは鳴りやまず、もう学級崩壊に近い様子なのかもしれないな。Dクラスへの降格も確実であり大量の賠償、もうクラス闘争で勝つのではなく個人で2000万貯めて移動しようという考えが蔓延する可能性もあるだろう。
それもこれも八神一人が出した損害だ、そしてその本人はもういない。
「生徒会は、一年Bクラスに賠償の支払いを命じます」
「……」
そんな鈴音さんの判断に、一年Bクラスの代表者はこの世の終わりのような顔をするのだった。
「龍園君クラス、南雲先輩、及び櫛田さんへの賠償も命じる……ただし、分割払いと賠償金の減少も加えます」
「はッ、甘い判断をしやがる」
「龍園くん、一年Bクラスの生徒は八神くんの行動に関わっていないわ」
「だが無関係でもない、集団社会って言うのはそういうもんだろう? 連帯責任でクラスが損害を被る……俺の言っていることは何か間違ってるか?」
「いいえ、その通りよ。だから賠償金の支払いに関しては七割ほど認めているもの」
「残りの三割はなんだ?」
「配慮よ」
「犬にでも食わせちまえよ」
そんな風に龍園は吐き捨てるが、鈴音さんが一年Bクラスに一定の配慮を見せるだろうことは織り込み済みだったのかもしれない。それを見越した上で求めた賠償金をちょっと盛っていたのかもしれないな。
思っていたよりもあっさり引いていく、多少の配慮を受け入れてもそれでもクラスポイントもプライベートポイントも手元に入って来るので満足しているのだろうか。なんであれ今日も龍園は変わらず龍園である。
舌打ちをして生徒会室を去っていくのだが、苛ついているのは一年生に向けたポーズだな。
「あの、生徒会長……賠償に関してなんですけど」
「結論は変わらないわ。八神くんの行動に関しては貴方たちは関係がないことはわかっているけれど、さっき龍園くんが言ったことが全てよ」
「どうしようもないんですね」
「えぇ、可能な限りの配慮はした……生徒会長と言ってもそれほどできることは多くないの、ごめんなさい」
「いえ、ご配慮ありがとうございます」
審議に立ち会った一年Bクラスの生徒は鈴音さんに頭を下げてから、トボトボとした様子で生徒会室を去っていく。これから大変だろうから頑張って欲しい。俺にできるのは祈ることくらいだ。
九号みたいに別にAクラスなんて興味がないぜくらいのスタンスで過ごすのがこの学校は一番いいと思うんだけど、当事者たちはそうはいかないということか。
「お疲れさま、配慮配慮で大変だったね」
「えぇ、本当にね。龍園くんの主張や要求を完全に退けることもできないから、難しい判断だったわ」
「賠償金の減額だけでも十分な配慮だと思いますよ」
記録係として審議に参加していた七瀬さんは鈴音さんの判断をそう評価した。八神の凶行は彼女も聞き及んでいるだろうし龍園たちの主張も決して間違っていないことから、どうやら支持に回ったらしい。
「七瀬さん、一年生の様子はどうなっているのかしら?」
「Bクラス以外にも影響は出ていますね。問題行動による退学とペナルティがこんなに重たいものなのかと驚いてもいます。あ、でも宝泉くんはちょっと冷静になったかもしれません」
最初に暴力沙汰で退学になるのは間違いなく宝泉だと思ってたけれど、まさかまさかの八神である。
そして七瀬さんの言う通り一年生たちはちょっと冷静になったのかもしれない。ここまで影響の大きいペナルティが科せられるのは稀とは言え、やりたい放題やればこんな結末もあるのだと理解できただろうから。
宝泉が大人しくなるのならこちらとしても歓迎できる……まぁ尤も、龍園と同様に懲りるタイプでもないんだろうけど。
「ねぇ天武くん、南雲先輩の様子はどうだったの?」
一年生と龍園たちへの判断を終えた後、生徒会の皆にお茶を用意した段階で、この度改めて生徒会に復帰した帆波さんがそんなことを聞いていた。
「私はあまり交流が無かったんですけど、以前の生徒会長の方ですよね? 八神くんに暴行されて重傷だったと聞きましたけど」
七瀬さんもお茶を飲みながら興味を示して来た、鈴音さんも似たようなものである。
「昨日に果物の詰め合わせを持ってお見舞いに行ったけど、ちょっと荒れてたかな。元気そうではあったけど」
「荒れていたんですか? 南雲先輩と聞くといつも不敵な笑みを浮かべているという印象だったんですが」
「うん、七瀬さんの言う通りそんな感じの人だけど、やっぱり八神のアレで思う所があったみたいでさ。ついこの間に退院したばかりなのにまた入院する羽目になったし、色々と思うように行かないからストレスが溜まっていたのかもしれないね」
せっかく退院してさぁこれからだという段階で、一年生に滅茶苦茶にされてまた入院である。なんだかこの入退院の繰り返しは四月頃の宝泉を思い出す動きだ。
八神からの暴行でリハビリ中だった体は再び重傷になってしまい、もう暫くは入院生活が続くことだろう……今回ばかりは本当に完全に被害者だったので、俺は心の底から同情している。
果物の詰め合わせ片手にお見舞いに行くと、それはもうイライラしていた。
その苛立ちをぶつける相手は自分が与り知らぬ所で勝手に退学しており、感情をぶつける相手もいないまま自分は入院生活である。そりゃ荒れるだろう。
せっかくお見舞いに行ったのにまずは舌打ちされてしまったし、大した会話もできないまま追い返されてしまったのだ。無人島以降、本当にままならないことばかりだったので荒れている。
輝かしい道を入学してからずっと歩んで来ただけに、挫折や躓きに弱いのかもしれないな。俺はそんなことを思った。
「復帰はまだ時間がかかりそうだね。宝泉の時と同じように病室で授業を受けられるように学校側に申請しておくよ」
「それが良いでしょうね、八神くんのクラスからは百万ポイントの賠償で決着を付けたから、南雲先輩にはそれで納得して貰うしかないのだけれど」
ふぅ、と可愛らしい溜息を吐いた鈴音さんは、南雲先輩への賠償金を八神のクラスに払わせる方針であった。とりあえずそれで納得させたいらしい。
しかしあれだな、これだけ大きな影響やポイントを動かした当の八神がもういないというのが何とも言えない。皆、それぞれ思う所や不満があるのにそれをぶつける相手がいないのだから鬱憤が溜まるのだ。南雲先輩もそうだし、一年生もそうだ。
とりあえずポイントを払わせて被害者には受け取らせる、そうやって状況を落ち着かせるしか生徒会としてはできない。
南雲先輩もストレス耐性が低いみたいだけれど、いつかそんなこともあると納得してくれると期待するしかなかった。顔が腫れてイケメンが台無しだったけど、それくらい別に珍しいことでもない。卒業までもうそこまで時間もないから後は心穏やかに生活するべきだと俺は思う。
どうせAクラスでの卒業は確定しているのだ、病室でのんびり過ごすという生活も悪くない……まぁそれで納得するような人でもないんだろうけど。
ストレスを溜めて爆発しないことを祈るばかりである。三年生全体の為にも、そして俺自身の為にもだ。
八神が多方面に深い影響を与えたことで生徒会としても翻弄されている事実に、少しだけ暗い雰囲気となってしまった。
そんな空気を察して話題を変えようと思ったのか、七瀬さんがこんなことを言い出した。
「そうだ、先輩方はもうすぐ修学旅行なんですよね?」
「あぁ、その通りだよ」
「この学校もそういった行事はするんですね、外と接触してはいけないと言っているのに」
「まぁだからといって修学旅行はやりませんだと生徒たちの不満も溜まりそうだしね」
そう、我々二年生は修学旅行が近いのだ。体育祭や文化祭と違って生徒会が忙しくなるような案件ではないのでゆっくり過ごせるだろうし、クラスメイトたちと旅行となるとこれまた非日常を味わえて面白くなりそうであった。
「旅行先はどこになるんでしょうか?」
「まだ発表はされてないんだよね」
「そうですか、でもどこになっても楽しそうですね」
帆波さんの返答に七瀬さんはそんな感想を述べる。学年全体での旅行なのだから普段とは異なる空気は感じられるだろうな。
俺としては京都でさえなければそれでよかった。あそこは修羅の国だからな、破戒僧とか野良超人が沢山いるのでできるだけ距離を置いておきたい。鶚忍軍の本拠もあるので絶対に近寄りたくない。
もし京都に旅行で行ってみろ、楽しむどころかずっと襲撃に怯えないといけないから、行くとしても事前に掃除を終えてからという話になる。
「七瀬さん、お土産は何が良いかな?」
「え、悪いですよそんな」
「良いの良いの、ちょっと旅行気分のおすそ分けがしたいだけだから」
帆波さんからのそんな提案に七瀬さんはちょっと恐縮した様子になるのだけれど、断るのもアレだと思ったのか少し考え込む。
「あ、でも北海道に決まったのなら、あのなんとかの恋人とか食べてみたいかもです」
「あの有名なお菓子だね、もし北海道になったらそれを買って来るよ」
俺はよく知らないけれど有名なお菓子なのだろうか、甘い物は好きなのでこちらでも購入しておこうか。
まぁ現地でどんなことをするのかも、自由時間があるのかどうかもわからないので、機会があればの話ではあるが。
この学校のことだ、修学旅行中に何らかの試験を挟んで来ることだって十分にありえる。その辺の信頼はもう地を這うほどに低い。もし旅行先が北海道でその場所で雪山サバイバルをやれと言われても俺は驚かないぞ。
けれどそうなったらなったでこちらの独壇場になるのかもしれない、極寒の地でのサバイバルとかよく師匠にやれと言われたからとても慣れている。熊とか出て来ても何も問題はない。
流石に雪山のサバイバルで坂柳さんや龍園に上回られる訳にもいかないので、そういった展開になってもしっかり動けるように想定だけはしておこうか。
この学校の修学旅行と聞いてちょっと不安ではあるけれど、京都以外が選ばれることを願うしか今の俺にはできない。北海道で雪山サバイバルは構わないし沖縄で基地襲撃とかもやったことがあるのでまだ気が楽ではある。ただし京都は駄目だ。
それにだ、おそらく二年生の最後にあるであろう特別試験に向けての、最後の休息であるとさえ言えるのかもしれない。一年生の頃も三学期から怒涛の展開であっただけに、苛烈な展開だってありえるだろう。
そう考えるとこの修学旅行は学校側からの最後の配慮なのかもしれない、そんなことを思うのだった。