アンケートを終えて数日後、いよいよ二年生は修学旅行の日を迎えることになった。学園には大型の旅行バスが並んでおり、俺たちはリュックに私服という普段の制服姿とはかけ離れた装いで次々と乗車していくことになる。
外との関りが遮断されているこの学園では三年間ほぼ軟禁状態という正気を疑うような教育方針であるのだが、流石に教育機関であることは変わらないので修学旅行は行かせて貰えるらしい。
たがこの期に及んでまだ警戒を解けないのがこの学校だと思う。旅行先で突然に特別試験が始まることをまだ俺は疑っていた。
「随分と警戒しているのね」
「いやぁ、だってほら、この学校だからさ」
「……それは、まぁ確かにそうだけど」
同じバスに乗り込んで隣に座ったのは、同じく私服姿の鈴音さんである。
「ちょっと前にあったアンケートも気になるんだよね」
「修学旅行でのグループ分けに影響していると考えているのかしら」
「考えても仕方がないことだとは思うんだけどさ。でもアンケートの結果でこうして鈴音さんと同じグループになれたんだから喜ぶべきなのかもね」
「そうね」
クスっと笑みを見せてくれた鈴音さん、修学旅行だけれど同じグループだし、恋人と旅行しているという状況と言っても過言ではない。
そこは感謝である。同じグループになれたことは素直に嬉しいし、勝手知ったる相手がいれば旅行中に特別試験を差し込まれても動きやすい。
携帯端末を開いてみるとそこには同じグループメンバーのテキストが送られてきており。俺と鈴音さん、帆波さんと柴田、金田と伊吹さん、橋本と森下さん、これが修学旅行での同行者たちであった。
一応は全員と顔見知りではあるが、森下さんの印象が薄いな。OAAの数値を引っ張り出すのだけれど、表面的な数字はあまり参考にはできないだろう。まぁ同じグループなので話す機会は幾らでもあるだろうから旅行中に友誼を深めよう。
「鈴音さん、どうやら伊吹さんと同じグループみたいだよ」
「……だからなんだと言うのよ、興味がないわね」
「その割には返答に間があったみたいだけど」
事あるごとに絡まれて面倒だと言いたげな顔をしているけれど、余裕ぶりながらもなんだかんだで意識しているらしい。
「せっかくだし仲良くしてみればいいんじゃないかな」
「いやよ」
プイっと視線を逸らす鈴音さん、どうやら伊吹さんとの溝は深いらしい。
そんな彼女に微笑ましい気分になりながらもバスは空港へと向かい、そこから飛行機に乗って向かうのは北の大地北海道である。
墜落しなくてよかった、ちょっとトラウマなので内心ではガクブルだった。けれど飛行機が墜落するようなこともなく、俺たちの学年は無事に北海道に辿り着くことになるのだった。
空港に着いてからは振り分けられたグループと合流することになる。幸いと言って良いのかどうかわわからないけど、俺たちのグループは積極的に和を乱すような面子ではなさそうなのでそこは安心である。
六助のグループの人たちは早速頭を抱えているし、清隆のグループは鬼頭と龍園が火花を散らしているし、あれらのグループと比べればなんとも平和だ。
森下さんと橋本は腹の中で何を考えているかイマイチわからないけれど、六助や龍園ほど我が強くはない筈だ。金田は基本的に大人しいし帆波さんや柴田は言うに及ばず。
「え~っと、修学旅行中はこの面子で行動する訳だけど、皆よろしくね」
空港に集まった面子に挨拶代わりにそう言うと各々の反応が返って来る。穏やかに微笑む帆波さんに柴田、眼鏡をクイッと上げて会釈する金田に鈴音さんを見て舌打ちする伊吹さん、チャラチャラした雰囲気の橋本にこちらをぼんやりと眺めて観察してくる森下さん……不安はどこにもないな。
「よかった、同じグループだね」
朗らかに笑みを浮かべる帆波さんは視線を鈴音さんに向けて来る
「堀北さんもよろしくね」
「えぇ、よろしく」
穏やかに微笑む帆波さんと、怜悧な瞳の鈴音さんは、自然と握手をしていた。二人は暫くそのまま見つめ合うことになる。
何故か火花が散っているようにも見えるけど、ここ最近は生徒会でもこんな感じである。ある種のライバル心が二人の間に芽生えたのだろうか。
火花を散らしながら握手をする二人を放置して他の面子に挨拶するとしよう。
「金田、伊吹さん、よろしく頼むよ。柴田もね」
「えぇ、笹凪氏もよろしくお願いします。もし修学旅行中に何らかの特別試験が挟まれれば頼りにさせてもらいましょう」
「ふんッ」
「お~、そうだな、この面子ならいい結果も出せそうだ」
伊吹さんは相変わらず警戒心むき出しの猫みたいな反応だけど、金田と柴田は話しやすくあるので気楽である。
次に視線を向けるのはAクラスの二人だ。
「橋本と森下さんもよろしくね」
「まぁ何があるかわからないが気楽にいこうぜ、せっかくの旅行なんだからな」
相変わらずチャラチャラした雰囲気の橋本であるが、言っていることはまともである。橋本の隣にいる森下さんはぼんやりとこちらを観察しながら軽く会釈をするだけだ。
「なぁ橋本、森下さんってどういう感じの子なのかな? あまり絡みがなくてわからないんだよね」
橋本を招き寄せて耳元で小声で相談するのだけれど、そうすると彼は盛大に嫌そうな顔をするのだった……なんだその反応は。
「一応言っておこう、俺はそっちのケはないんだ」
「え、なんの話?」
「噂になってるんだよ、笹凪は女装して男を誑かすことが得意なんだってな」
「……えぇ~、なんでそうなってるんだ」
どんな噂なんだと思うんだけど、よくよく考えてみれば文化祭で盛大にメイド姿を披露して暴れまわったことを思い出す……あれが原因かぁ。
「い、いいか、別にお前の趣味にどうこう言うつもりはないぜ俺はな……だが不必要な接触は避けるべきだと思うんだ」
そう言って橋本は俺からちょっと距離を取る。
「落ち着け、あれは戦略上必要だっただけで、別に趣味じゃない。俺は女装趣味でもなければ男を誘惑することもない。くだらない噂に振り回されるな」
それでもなお橋本は警戒するように俺との距離感を意識している……拙いな、もしかして男子から警戒されているのだろうか?
「あ~、金田、柴田、二人はどう思っているんだ?」
味方を増やそうとグループの男子二人に話しかけるのだが、橋本同様にどこか余所余所しさが感じられた。
「あ~……なんていうんだろうな、あの文化祭ショックの後だと、笹凪が凄く美人に見えるようになったんだよな」
「確かに、柴田氏の言う通り妙なフィルターがかかっていることは否定できませんね。以前から中性的な容姿であるとは思っていましたが、メイド姿のインパクトが強かったことでより女性的な印象に傾いたと言った所でしょう……龍園氏たちなどは悪夢にうなされているようですしね」
金田が眼鏡をクイッと上げて冷静にそんな分析をしてきた……え、俺は同級生たちにそんな風に思われているのか? そう言えばクラスの男子たちもここ最近はどこか余所余所しい感じがあったような。
橋本も柴田も金田も下手にメイド姿の俺、天子を意識しないように距離感を維持しているように思える……悲しいことだ。
「いや待て、もしかして写真とか出回ってたりするのか?」
「なんか高値で取引されてるぜ、お前のメイド姿の写真は。お姫様も一枚持ってたしな」
嘘だろ橋本、女装男子の写真とかなんの需要があるんだ。
地を這うような気分になっていく、まだ修学旅行当日だというのにだ。
そんな俺をフォローする為だろうか、頼れる恋人が味方になってくれた。
「安心しなさい天武くん、似合っているのだから堂々としていればいいのよ」
「そのフォローはどうなのさ鈴音さん」
「うぅん、堀北さんの言う通りだよ!! メイド姿すっごく似合ってた、私も一枚写真を持ってるもん」
帆波さん、君もそっち側に立つのか……というか普通は女装している俺なんて男子と同じように距離を置きたがるものなのでは?
しかし男子と違って女子たちの反応は何故か好意的なのだから不思議である。
最後の助けとばかりに伊吹さんと森下さんに視線を送ってみるのだけれど、前者は興味がないのか鼻を鳴らしてそっぽを向くだけだし。森下さんに関しては自分の携帯端末を弄って俺に天子の写真を見せつけてくる始末だ。
「似合っていますよ、自信を持つべきでしょう」
これが森下さんとの初会話である……その写真消してもらえないだろうか?
はい、旅行初日だというのにとても悲しい気分になった。どうやら学校では天子ロスなる状況になっており、写真などが出回っているらしい。
悲しいね、どうやら俺は女装趣味があり男子を誘惑することを楽しんでいるとされているようだ。
内心ではショックを受けながらもグループは移動することになる。初日はスキーの予定であった。
空港からバスに乗ってスキー場へ移動することになる。学校がある東京はこの季節だとまず雪が降らないのだけれど、流石は雪国と言った所なのか結構な積雪量となっているのがわかった。
これならスキーも楽しめるだろうとバスの車内から銀世界を眺めておく。天子ショックから逃避するように。
俺はこれからずっと女装趣味があると思われて学園生活を続けなくてはならないのだ、打ちひしがれるのも仕方がないことだと思う。
まぁ切り替えよう、スキーで汗を流せば嫌なことも忘れられるだろう。師匠曰く、引きずっても仕方がないとのこと。
バスは事故を起こすこともなくスキー場へ辿り着くことになる。そこで俺たちはスキー用具一式をレンタルすることになるのだけれど、ここで問題が発生することになる。
「私スキーって初めてなんだよね」
帆波さんはどうやら未経験者であるらしい。
「他にも未経験者ってどれくらいいるのかな?」
そう問いかけると橋本と柴田と伊吹さんが経験者であることがわかった。
「じゃあ未経験者は俺と鈴音さんと帆波さん、金田に森下さんか」
「意外ですね、笹凪天武はスキーができないのですか?」
「そんなに意外かな?」
「えぇ、特殊な訓練を積んだエージェント疑惑があるので、あらゆる状況に対応するものだとばかり」
森下さんの中での俺ってどんな感じなんだろうか? スパイ映画の主役じゃあるまいし、何でもかんでも完璧にこなせるはずがない。清隆じゃないんだから。
スキー経験がないのは本当のことである。雪山でサバイバルをしたことはあるけどスキー板なんて上等なモノは師匠が渡してくれなかったからな。だから歩いて雪山を彷徨い冬眠していない熊を倒して食糧にする修行しかしたことがない。
なのでスキーは初体験だ。
「上級者コースと初心者コースがあるみたいだね。ここはやっぱり初心者コースで慣らすべきなんだろう。経験者組はどうする?」
「グループでの行動なんだしわざわざ別行動するのもな……いや、ほら、慣れてないなら経験者組が教えるとかさ」
柴田はそう言いながらチラチラとスキー板を装着している一之瀬さんに視線を送る。なるほど、確かに経験者から教えて貰うのが一番効率がいいだろう。
「俺もそれでいい、せっかくの旅行なんだからゆったり行こうぜ」
橋本もそれで問題ないらしい。残る伊吹さんだけどスキー経験のない鈴音さんにマウントを取るだけなので何も問題はなさそうだ。
そんな訳で俺たちは初心者コースを滑ることになった。凹凸も少なければ斜面も緩やかなのでこれならば大怪我にも繋がらないだろう。
「おぉ~」
「そんな感心した声出すなよ、なんか照れるじゃん」
まずは手本とばかりに柴田が華麗に滑って見せてくれる。スキー板をハの字にしてスピードを調整して手に持ったストックでバランスを維持しながらだ。
さすがにサッカー部所属の運動神経抜群組である。スキーをさせても上手いものである。
伊吹さんも持ち前の運動能力を活かして滑りを見せてくれるのだけれど、何故か猛スピードで滑ってあっという間に遠ざかっていく。
「……彼女は本当に子供ね」
そんな伊吹さんに向けて鈴音さんは盛大に溜息を吐いてしまった。
「どうしたのさ?」
「あの意地の悪い顔を見せつけられたのよ、どうせ私にはできないだろうとでも言いたげな表情だったわ」
どうやらすれ違いざまにまた鈴音さんに上級者マウントを取っていたらしい。
もの凄くイラっとした顔をしている鈴音さん、なんだかんだで悔しいようだ。
「天武くん、さっさと上達するわよ」
「あぁ、その意気だ」
煽られた結果、スキーに積極的になったようだ。これはこれで上達に必要なことでもあるので、あれが伊吹さんなりの教え方ということだろうか……いや、ないな、ただ煽りたかっただけなんだろう。
こうして俺たちはそれぞれ経験者の指導の下、スキーに挑むことになる。柴田は帆波さんに掛かり切りなのでこちらに手を回す余裕がないので、橋本を手本にするとしようか。
「こう板を八の字にしてだな、ストックでバランスを取って……いや、なんかアレだな、人に教えるのって結構ムズイぞ」
それでも橋本は緩やかな滑りをしっかりと見せてくれる。言葉で説明するよりも実際に滑っている姿を見せるほうが分かりやすいと判断したのだろう。
俺はというとまず上級者組の滑りを観察していく。体幹、視線、呼吸、重心、スキー板の角度やストックの使い方。
それらを観察した後に、今度はスキー場全体に視線を向けた。そこで滑っている一般客などの動きも観察していって体に吸収させていくのだ。
一度見れば基礎は問題ない、二度見れば盤石、三度見れば過分なほどである。
できればオリンピック選手とかの動きを観察したかったんだけど、そこまでは流石に贅沢か、ただ滑るだけならば何も問題はないしな。
「あ、あれ止まらない……わ、わぁ~!!」
なんてことを考えていると斜面の上から困惑した声が届く。柴田からスキーを教えて貰っていた帆波さんが滑って来るのだけれど、上手くスピードを制御できないらしい。
幸いにも初心者コースなのでそれほど速度は出ていないが、未経験だとどうしても慌ててしまうのかもしれない。帆波さんはそのまま緩やかな速度のまま滑ってきて、何とかストックを使って速度を緩めようと努力するのだが、最終的には俺に向かって突っ込んで来るのだった。
躱してそのまま斜面を滑り落ちていくのを眺める訳にはいかなかったので受け止めるのだけれど、自然と抱きしめるような姿勢になってしまう。
「ご、ごごごごめんねッ!?」
「あぁ、気にしないで、怪我はないかい?」
「う、うん、大丈夫……大丈夫だよ」
こちらの胸に飛び込んできた帆波さんは慌てて突き飛ばすように距離を取った。ちょっと傷つく反応である、やはり女装趣味のメイド好きと思われているのだろうか。
慌てて距離を取られたことにちょっと傷ついていると、今度は怖い雰囲気をした鈴音さんが滑って来る。姿勢も板の角度もストックの扱いも初心者とは思えないほどに整っているので上手いと思ったのだけれど……何故か鈴音さんはそのままさっきの帆波さんと同様に俺の胸に飛び込んで来るのだった。
「鈴音さん、どうしたの?」
「スキーは難しいわね、上手く止まらなかったわ」
またもや抱きしめて受け止める形になったけれど、鈴音さんは突き飛ばして距離を取ろうとはしなかった。胸元に顔を埋めてくる。
「……」
そんな俺たちを帆波さんはちょっと怖いくらいに冷めた表情で見つめて来るのだった。恋人同士のこんな状況を見せつけられればそんな顔にもなるだろう。
「ふぅ、ありがとう助かったわ」
「どういたしまして」
他の人たちに見られているのでいつも通りそのまま後頭部の髪を撫でる訳にもいかなかったので我慢したが、暫くすると彼女は離れていく。
「ねぇ堀北さん……せっかくだし競争しよっか?」
「あんな無様な滑り方で挑むというのかしら」
「大丈夫、すぐ上手く滑るようになるつもりだからね」
「そう、天武くんの手を煩わせないのならば好きにしなさい。貴女も伊吹さんも纏めて叩き潰してあげるわ」
そして鈴音さんと帆波さんは微笑み合ってから移動リフトに乗り込んで山頂へと向かうのだった。
「ズリィよ笹凪、一之瀬を抱きとめるなんて」
「恋人持ちだってのに贅沢だよなぁ」
「笹凪氏はそういう体質なのでしょう。漫画の主人公みたいですね」
柴田は嫉妬交じりに、橋本は飄々とからかい、金田はまたもや眼鏡をクイッとしながら妙な分析をしてから同じように山頂へ運んでくれる移動リフトに乗り込んでいく。
「笹凪天武、ラッキースケベという奴ですね」
最後に森下さんは妙な評価をしてくる。不本意極まりない、俺はただ怪我をしないように受け止めただけなのに。
「ほら行きますよ笹凪天武」
「ん、あぁ」
招かれるように俺もまた移動リフトに腰かける。すると緩やかに動き出してスキー客を山頂まで連れて行ってくれるのだが、隣に座った森下さんが相変わらずこちらを観察してくるので少し困ってしまう。
俺と森下さんが腰かけた移動リフトは緩やかに山頂に向かっているのでしばらくは時間がある。せっかくなのでこれを機会に互いを知るべきかと考えていると、森下さんも待ってましたとばかりに声をかけてくるのだった。
「せっかくの機会です、貴方の話を聞かせてもらいましょうか」
「ん、具体的には?」
「出身、嗜好、趣味、性格、目標、何でも構いません」
「森下さんは意外にも好奇心が強いのかな」
「そういう訳ではありませんよ。必要があるのならばそうするだけです」
「俺を知る必要が出て来たってことか」
「その通り」
移動リフトに腰かけて上からスキー場を見下ろしてみると、六助が猛スピードで上級者コースを滑り降りているのが確認できる。相変わらず自由に過ごしているようだ。同じグループの人たちは大変だろうけど。
「この学校ではAクラスで卒業することに大きな意味があります。当然ながら私もそれを求める一人です。これまでは坂柳有栖率いるAクラスは一度も下のクラスに落ちることなく進んでこれましたが、同時に貴方がいるクラスから距離を詰められている現状もあります」
「君は危機感を覚えた訳だ」
「えぇ。事実、OAAの数値だけを見ても現Bクラスの能力は足踏みすることなく絶えず向上している。このまま個性を出すこともなく穏やかに進んで行けるとは思えないのですよ」
これまでは坂柳さんに丸投げしておけばAクラス卒業も現実的だったけど、俺たちのクラスの存在感が日に日に大きくなっていくので、森下さんとしても色々動く必要が生まれたということか。
「この修学旅行はいい機会でしょう。他クラスとの交流と銘打っていますが、要は相手クラスの弱点や弱みを握れと学校側は言いたいのでしょうから」
「確かに、そういう思惑もあるのかもしれないね」
「そういう訳で単刀直入にお尋ねしましょう。笹凪天武、貴方の弱点はなんですか?」
なんとも真っすぐな上にシンプルな質問である。
「弱点か……甘いものが怖いかな」
「なるほど、饅頭怖い的なアレですか」
「バレてしまったか」
「では質問を変えましょうか、貴方のできないことはなんですか?」
「難しい上に範囲が広すぎるな、出来ないことのほうが多いものでね」
「そうでしょうかね、私の知る限り笹凪天武は最も人間離れした人間です。およそできないことなど何もない、違いますか?」
「まさか、俺は万能にも完全にも程遠い。俺を育ててくれた恩師に比べれば地を這うアリにも等しいだろう」
移動リフトの上からスキー場を再び眺める。すると上級者コースに清隆がいるのが見えた。同じグループの龍園や鬼頭などの姿もある。
「そうでしょうか? 漫画の主人公のように超人的な身体能力を持っているのです。それでいて偉ぶらず、学力も底無し、人を引きつける引力を持ち、他者への配慮も欠かさない……人々の理想を具現化したかのような存在、それが私から見た笹凪天武ですから」
「随分と高評価じゃないか」
「理想の具現化、こうあって欲しいという願いの結晶……デウスエクスマキナとでも言いましょうか。どんな環境で育てばそんな願望機のような存在になれるのか疑問ですよ」
その表現は寧ろ俺よりも清隆の方が相応しいと思う。
「そしてそんな貴方が敵クラスにいる。それはきっと私たちのクラスにとって最大の不幸なのでしょう。なんとかして攻略の糸口を見つけなければなりません。なので弱点を教えてください」
「そう言われてもなぁ」
「桁外れの身体能力を持っているようですが、どこまでが上限なのでしょうか」
「ええっと」
「学力に関しても未だ底無しですね。つまりこの学校の環境では笹凪天武の上限を未だに把握できていないということになります。相手の性能限界を知らないまま戦いに挑むのはとても危険、そうでしょう?」
なるほど、森下さん的にはこの修学旅行は相手クラスの戦力を把握する時間でもあるということか。もしかしたら坂柳さんの指示でもあるのかもしれない。
俺と森下さんが腰を下ろしている移動リフトがコースの頂上まで辿り着く。タイミングよく滑り出して俺たちはコースの始まりに立つことになった。
「そんな貴方が堀北鈴音と恋仲になったことは素直に驚きですよ。異質異常であるが故に一般的な人間とそういった関係になったのは驚きなので」
「まぁあれだ、鈴音さんは懐が広いからさ」
「なるほど、他者ののろけを聞くのはこんな気分なのですね」
なんてことを言いながら森下さんは初心者コースをおっかなびっくりといった感じで滑っていくのだった。
なんというか、これまであまり印象はなかったけど坂柳さんクラスにも個性的な子がいるということなんだろう。
この修学旅行ではこれまで知らなかった他クラスの側面を見れるということなのかもしれない。森下さんの言う通り弱点を探ることもその内の一つなんだ。
敵を知り己を知れば百戦危うからず。学校もそういう腹積もりなのかもしれないな。