ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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修学旅行 2

 

 

 

 

 

 

 

 修学旅行初日はスキーを楽しむ形となった。手本が良かったからなのか、それとも単純にこれまでの経験が活きたのか、上手い具合に滑れるようになったと思う。

 

 後はこの経験値を元により高度な技術や動きを覚えればいい。今度ネットでオリンピック選手の動きとかを観てみるか。

 

 グループでの行動は……まぁ問題はなさそうだ。伊吹さんのマウントも帆波さんと鈴音さんの対抗心も、程よい潤滑剤となっているしな。

 

 普段、敵となって戦っている他クラスとの行動なのでもっとギスギスするかもと思っていたけれど、滑り出しは悪くない。

 

 最終的には伊吹さんと帆波さんと鈴音さんのデッドヒートの滑りを他の面子で観戦して初日のスキーは終わりとなる。午後五時になると旅館に向かうことになり、そこで一日の疲れを癒すことになった。

 

 風情ある和風の旅館である。温泉もあればちょっとした遊戯施設もあり、夏の豪華客船ほどでなくても十分な憩いの場になるだろう。

 

「しかしアレだな、思ってたよりも堀北って感情的なんだな」

 

「鈴音さんは情熱的な女性だよ」

 

 旅館に着いて割り当てられた部屋に向かい、荷物を降ろした橋本の第一声がそれであった。

 

「情熱、的? いや、もっと冷静で強気なイメージがあったからよ……いや、あのデッドヒートを見る限り強気なイメージはまんまだけど」

 

「凄かったよな堀北、一之瀬もだけど、殆ど経験のない状態からあのレースだし」

 

「鬼気迫ると言った雰囲気でしたね」

 

 柴田と金田も最後のレースは見ごたえがあったらしい。初心者コースとは言えとてつもない速度で滑っていたからな。

 

「帆波さんも鈴音さんもクラスのリーダーなんだ、いざ顔を合わせるとどうしても意識はするさ」

 

「ライバル心って奴か、まぁリーダー同士が顔を合わせてる訳だしな」

 

 そんな風に納得する橋本、彼は部屋の隅に置いたカバンの中からタオルや愛用のシャンプーなどを取り出しているのでこれから風呂に向かうらしい。

 

「食事の前に風呂にしようか?」

 

 なんてことを俺が提案すると、宿泊先の和室に集まった男子たちは全員が硬直するのだった。

 

「……どうした、なぜ黙るのかな?」

 

「笹凪氏は一人で入るべきなのでは?」

 

「ほう、理由を聞こうじゃないか」

 

「文化祭での天子ショックがまだ尾を引いているのですよ」

 

 またクイッと眼鏡を上げて金田がそんなことを言ってくる……天子ショック、別名性癖破壊事件のことか。

 

「勿論、笹凪氏がそういった趣向を持っていないことは理解しましょう。しかし他者からどう見られているのか自覚すべきです……そう、天子はあまりにも可憐に過ぎた」

 

「あれ以来笹凪が美人に見えて来るんだ、不思議と!!」

 

「フィルターがかかってるんだろうなぁ、どうしても天子がチラつく」

 

 柴田と橋本も同意見か、しかし天子ショックはどれほど大きな衝撃であったのだろうか。こうも警戒されてしまうとは、一年の時の合宿ではそこまで露骨に避けられていることはなかったというのに。

 

「もしだ、もし万が一だ……一緒に風呂に入って湯船に浸かっている笹凪の顔に男のアレを反応させてみろ、色々と終わるだろ。お前はもっと俺たちに配慮すべきだ」

 

 橋本の熱弁に柴田と金田がうんうんと頷く……君たち割と失礼だな。

 

「はぁ全く、その調子でずっと旅行を過ごすつもりかい? 入浴の時間は決められているんだからさっさと行くぞ。俺は男だし、別にメイド女装が趣味でもないし、男を誘惑して楽しむこともない、何を意識しているんだ」

 

 結論、相手が意識しすぎなだけである。俺は悪くない。だがああだこうだとうるさいので湯船に浸かる時は半身浴にしておくということで決着となった。

 

 上半身が見えていれば男だと認識されるだろうからな。不自然な話ではあるけれど。

 

 そんな訳で俺たちのグループは温泉へと向かうことになる。相変わらず警戒しているバカな男三人を置いてさっさと服を脱ぐと流し湯をして頭と体を洗ってから湯船へと腰を下ろす。

 

 

「チッ!!」

 

 

 その瞬間に舌打ちが届く、湯気の向こうにいるのは同じように湯船に浸かった龍園である。

 

「酷くないか?」

 

「うるせえ黙ってろオカマ野郎、こっちにくんな」

 

「君といい橋本たちといい、一体なにを意識しているのやら」

 

 本当に失礼な話である……そう言えば文化祭では龍園だけは天子の正体を看破してみせたな。天子に魅了されなかったとは警戒心の強い男である。

 

「うん? 龍園、君の他のグループはどうしたんだい?」

 

「仲良しこよしで風呂に入れってか? 冗談じゃねぇ」

 

「そっちは確か鬼頭と清隆と渡辺だったか……うん、ギスギスするのは想像に難くない」

 

 鬼頭と龍園が睨み合っている光景が思い浮かぶ。きっと清隆が抜群のフォロー力を発揮していることだろう。

 

「あんまり同じグループに迷惑をかけないほうが良い」

 

「……それをテメエが言うのか」

 

 溜息と共に龍園は湯船から立ち上がる。

 

「おや、もう出るのかい?」

 

「何が悲しくてテメエとゆったりしなきゃならねえんだおい……天子の笑顔がチラつくだろうがッ!!」

 

 何故かキレられてしまった。苛立ちを表すかのように龍園は大股で温泉を出ていく。同じように入浴しようとしている他の同級生たちを怖がらせながらだ。

 

 情緒不安定な男である……いや、今更だな。

 

「どうしたんだ橋本、そんなに距離を置いて」

 

「何も問題はない……そう、俺は冷静だ」

 

 龍園と入れ替わるように温泉にやってきた橋本は、俺から離れた位置で入浴している。

 

「柴田、君もやけに遠いな」

 

「そ、そうかぁ? 普通だろこれくらい」

 

「……金田は」

 

「おや、眼鏡が曇っているようですな。最近は耳も遠くなって」

 

 金田は何故か老人みたいなことを言いだす。

 

 どうやら天子ショックの影響は俺が思っていたよりも大きいらしい。まさかあのメイド姿がここまで尾を引くことになるとは。

 

 同じグループだというのにやけに離れた位置で入浴する俺たち、これじゃあまるでグループの仲が悪いみたいじゃないか。誰のせいだろ。

 

「はぁ、まったく……幾ら何でも意識しすぎだろ」

 

 天子の衝撃がそれだけ大きかったということか。清隆に怪物を生み出してしまったとか言っていたっけな。

 

「まぁいいさ……それよりも橋本、森下さんってどんな子なのかな?」

 

「森下? どんな奴か……あんまり目立つタイプでもないけど、そう言えばなんか質問攻めにされてたな」

 

「こちらの弱点を探りたいらしい」

 

「あぁ、まぁ学校側もそういう目的で他クラスと絡めたんだろうな……思ってたよりも大胆なんだなアイツも」

 

 湯船に浸かって半身浴をキメている橋本はクラスメイトの顔を思い浮かべて何やら考えている。

 

「正直、あんまり絡みがなくてわかんないな」

 

「そういうもんか」

 

「こういう状況で探りを入れて積極的に動いてるって聞いて驚いてるくらいだしな……ただもう二年も後半だ、色々と焦って来てる奴は多いってことだろ」

 

「もう数カ月もすれば三年になって、卒業も意識するだろうからね」

 

 まだまだ余裕のあった一年の頃とは違うと言うことだ。焦りや葛藤からクラスは勿論のこと個人だって動きや方針が変わることだろう。

 

「やっぱり皆はAクラスでの卒業を目指しているんだよね?」

 

「そりゃそうだろ、そうじゃない奴っているのか?」

 

 色々と人脈を広げて機会を伺っている橋本は当然ながらAクラスでの卒業で得られる特権を欲しているようだ。

 

「柴田もそうだろ?」

 

「そうだな、やっぱAクラスで卒業したい」

 

 橋本の問いかけに柴田は当然とばかりにそう返答して、金田もまた頷きを返す。

 

「進学するにしても、就職するにしても、あった方が当然有利に働きますからね」

 

 風呂場だというのに眼鏡を装着したままの金田はしきりに拭き取っている。しかしそういった彼の瞳は真剣そのものである。

 

「柴田氏も橋本氏も進学を希望ですか?」

 

「まぁ王道だろうな、どんな有名大学にも押し込んでくれて、費用とかも抑えてくれるだろうしな」

 

「俺はスポーツも強い所だなぁ」

 

 なるほど、ぼんやりとだが卒業後のことを考えているらしい。やっぱり進学するのがベストの選択なんだろうか。

 

「なぁ橋本、別に進学するだけならAクラスでの特典も要らないんじゃないかな?」

 

「いやいやごめんだぜ俺は、Aクラスで卒業できなかった奴って評価が付きまとうかもしれないからな」

 

「そういうものか……いや、単純にAクラスで卒業した人よりもいい結果を残せば良いだけだと俺は思っているんだけど」

 

 すると橋本はやれやれと言った感じで肩をすくめた。

 

「笹凪、そいつはお前が強いから言えることなんじゃないか。そりゃお前みたいな奴ならたとえAクラスで卒業できなかったとしてもどうにでも出来るだろうけどよ、大半の奴はそうじゃないのさ」

 

 温泉の湯を自分の顔にかけてから橋本は視線を上空へと向けた。露天風呂なので星空がここからなら見える。

 

「お前は好き勝手生きれて満足して死んで行ける奴なんだろうな、それも自分の力だけで……けど、そうやって生きられない奴が多いと思うぜ。強いお前は、簡単にそう言えるだけさ」

 

 弱者の気持ちがわからないと言いたいようだ……俺は別に強くはないんだけどな、師匠と比べればどうしてもそうなってしまう。

 

「俺は必ずAクラスでの特典が必要だ、その為にはなんだってする……笹凪みたいには生きられないからな」

 

「そうか、目標や譲れないものがあるのは良いことだと思うよ」

 

 当たり前のことではあるけれど、誰にだって求めているものはある。譲れないものだって当然ながら持っている。

 

 過酷な椅子取りゲームをこの学校でしているんだ、覚悟はあるのだろう。

 

「ふと思ったのですが、笹凪氏はAクラスで卒業できたらどのような進路を選ぶのですか?」

 

「金田、どうしてまたそんな質問をするんだい」

 

「いけませんか? この修学旅行の趣旨は敵を知り己を知るという点にあるのです、相手クラスの生徒の表面だけでなく内面も調べたいと思うのは当然のこと。目的は原動力です、貴方を動かす原動力を知りたいのですよ」

 

「なるほど尤もな意見だ……Aクラスで卒業したらかぁ」

 

 目標はある、夢もある、けれどそれはAクラスでの卒業特典を得た所でなんの意味も無いものである。

 

 正義の味方になりたいとか、天下無双の漢になりたいとか言われても学校側は絶対に困るだろうからな。

 

「卒業特典はあまり意味がないかな、俺の場合は……なんていうか、Aクラスで卒業したからといって叶えられる類のものじゃないからさ」

 

「学校はどんな進路でも叶えてくれるって言うのにか?」

 

 柴田がよくわからないといった感じで首を傾げる。

 

「それは違う。希望する進路は用意するけど、後はお前たちの力で頑張れって言うのが学校の主張だよ。正直、特典に盲目になるべきではないと思う。あくまで補助輪が貰えるくらいの感覚で行くべきだ」

 

「まぁテストの点数が低い奴が東大に行くって言われても学校側は困るか」

 

「その辺はどうなんだろうね。歴代の卒業生の中には、実力が伴わないままAクラスで卒業した人もいると思うけど。特典のおかげで上手く成功できたのかな……いや、そんな甘いもんじゃないだろう」

 

 多分だけど、無難に生活することくらいはできるだろうけど、大成功するって言うのは難しいのではなかろうか。卒業生の中で本当の意味で実力者として卒業した人の中でも一握りの人だけが栄光を掴む。

 

 そう考えると、Aクラスでの卒業すらスタートラインと言えるのかもしれない。ほんの少しだけ有利になれる補助輪を与えているに過ぎない。

 

「結局、Aクラスで卒業できても地力が伴わないと意味がないってことだよな」

 

「そして確かな実力を持っていれば、最終的にはAクラスでの卒業特典があまり意味をなさなくなる……難儀な話ですね」

 

 柴田の納得に金田が湯気で曇った眼鏡を拭き取りながらそう返す。

 

 

「話を戻すけど……俺の目標は、とりあえずは正義の味方かな。並行して天下無双の漢を目指そうと思っている」

 

 

 俺がそう伝えると、他の三人はあまり理解ができなかったのか、とても怪しむような顔になってしまう。まぁこんな話を聞かされればこんな反応にもなるだろう。

 

「ほら、Aクラスで卒業した所で、叶えられるものじゃないだろう?」

 

 学校側も絶対に困る。そしてもう少し大人になりなさいと説教でもされそうだ。

 

「……あ~、なんて言うべきなんだろうな。思ってたよりも子供なんだな笹凪は」

 

「そうさ、夢見がちなんだよ」

 

 橋本は苦笑いを浮かべて困ったような顔になっている。当たり前の反応と言えるだろう。

 

 きっとこの修学旅行で俺を探ってより深く理解しようとしていたんだろうけど、最終的にはよくわからない奴と思われてしまうのかもしれない。まぁ、誰かの理解が欲しくて正義の味方を目指している訳ではないので仕方がないことだと思える。

 

 間違っているのは俺の方である。いつまで子供のままでいるのだと呆れられてしまうのも仕方がないだろう。

 

「俺はその目標を叶える為に強くなり続ける。今日の俺よりも明日の俺の方が強くあれるようにだ。とても単純な話だよ金田、目標の為に頑張り続ける、俺の原動力はそんなもんだ」

 

「なるほど、確かにそう聞くと笹凪氏はシンプルな人間と言えるのかもしれませんね」

 

 納得したように頷く金田。

 

「しかしごく一般的なそれとは高さと方向性が異なります……やはり貴方は現実感のない人だ」

 

 けれど最終的にはそんな評価に落ち着いてしまったらしい。やっぱり俺は現実感のない奴だと認識されているようだ。橋本や柴田もうんうんと頷いているので、きっと全校生徒からの基本的な評価になっているらしい。

 

 解せない、俺はただ目標に向かっているだけなのに、理解の及ばない存在だと思われるのは悲しい話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 堀北視点

 

 

 

 

 

「はふぅ~」

 

 旅館の温泉に肩まで浸かった瞬間に、一之瀬さんが疲れ切った体が蕩けていくかのような溜息を深く吐いた。

 

 まぁ私もそれは似たようなもの、スキー勝負に少しだけ熱中してしまったのだから、慣れないことを続けた体は普段とは異なる疲れ方をしているようにも思える。

 

 温泉に肩まで浸かると、それだけで夢見心地な気分となってしまう……やっぱり疲れているのね。

 

「ふぅ」

 

 私も溜息を一つ……すると疲労が湯船に溶けていくような感覚に陥った。

 

「なによアンタら、老人みたいね」

 

 そんな私と一之瀬さんを見て、伊吹さんが相変わらず挑発的な笑みを浮かべていた。

 

「あぁ~」

 

 しかしそんな彼女も湯船に浸かった瞬間に蕩けたような声を上げてしまう。幼稚な彼女は誰よりもスキー勝負に熱中していたのでより疲労が濃いらしい。

 

「人のこと言えないわね」

 

「……うるさい」

 

「伊吹さん凄かったね、最後の方は矢のように早かったよ」

 

 経験者であったことから少しだけ有利だった伊吹さんは最後のレースで大人げなく勝利を拾いにいった。まさに鬼の形相で。

 

「でも勝ったのは私ね」

 

「はぁ? アンタの目玉はガラス玉かなんかなの? どう見ても私でしょうが」

 

「そう、現実を見れないのね、一センチの差で私が最初にゴールしたわよ」

 

「三人ほぼ横並びだったから、私が勝ってたと思うんだよね」

 

 伊吹さんに現実を知らしめていると、何故か一之瀬さんが介入してくる。こういった争いごとに首を突っ込んで自分の主張を押し付けて来るような人ではなかったと思っていたので少しだけ驚いた。

 

 いえ、私の知っている一之瀬さんはもういないということかしら、穏やかな笑みの奥には確かな闘争心が見え隠れしているわね。

 

「は?」

 

 伊吹さんは一之瀬さんを睨みつける。何を言っているんだとばかりに。

 

「そんなにおかしなこと言ってるかな? だってほら、三人横並びだったでしょ? 運動会みたいにカメラがある訳じゃないんだし、なら私が勝ってたかもしれないよね」

 

 そう言って一之瀬さんは胸を張る。私と伊吹さんを凌駕する豊かな胸元が湯船の中で揺れた……まるでその差で勝ったとでも言いたげに。

 

 お、大きい、改めて見てもその存在感に圧倒される。確かにこの差でゴールに少しだけ早く辿り着けたと言われれば何も言えないかもしれない。

 

 伊吹さんは自分の胸元を見てから次は一之瀬さんの胸元を見て、その圧倒的な戦力差に黙ってしまう。

 

「こ、これで勝ったと思うなよぉ」

 

 苦し紛れにいつもの口上を述べてから伊吹さんは温泉を去っていく。あの圧倒的な戦力を前にして戦意が喪失したようね。

 

「い、伊吹さん、急に走り出してどうしたんだろ?」

 

「子供なのよ」

 

 胸の大きさなんて気にするようなことでもないでしょうに。そもそも大きければいいと言う話でもない……いえ、男子からしてみれば違うのかしら?

 

 さすがに天武くんは違うわよね? そもそも彼は人の体つきや容姿で物事を判断しないでしょうし、生徒会でも一之瀬さんの圧倒的な存在感に視線を向けてはいない。

 

 大丈夫、大丈夫、大きさが重要ではないのだから。

 

「あ、堀北さん、一之瀬さん、二人も温泉にいたんだ?」

 

 伊吹さんとすれ違うように今度は櫛田さんが温泉にやってくる。交友関係が広いことから他クラスの生徒と一緒にだ。

 

 確か彼女のグループは綾小路くんや龍園くんがいたわね、苦労しそうなメンバーばかり。

 

 そんな予想が当たっていたのか、櫛田さんはシャワーを浴びてから湯船に肩まで浸かると、先程の私たちと同じように蕩けた声を上げるのだった。

 

「そっちのグループはどう? 渡辺くんと麻子ちゃんは上手く馴染めてるかな?」

 

「大丈夫だよ、皆良い人たちばかりだし……龍園くんと鬼頭くんがちょっと折り合いが悪いけど」

 

「あはは、相性の悪そうな二人だもんね」

 

 苦笑いを浮かべる櫛田さんと一之瀬さん。言いたいことはわかる、確かにあの二人が仲良く行動している光景を思い浮かべるのは難しいわね。

 

 逆に殴り合っている光景は簡単に思い浮かべることができてしまう。龍園くんの印象が悪すぎるから。

 

「でも何だかんだで上手くやれてる……やれてる、うん、やれてるよ」

 

 自分で言ってて自信が無くなってきたようだ。高いコミュニケーション能力を持つ櫛田さんでもさすがに龍園くんと鬼頭くんの張り合いを和ませることは難しいということだろう。

 

 下手に触らず成り行きに任せる、そんな考えなのかもしれない。

 

 櫛田さんは自分のグループの問題児の顔を思い浮かべて少しだけ苦笑いになるけれど、取り繕うように強引に話題を変えた。

 

「おほん、それよりせっかくの機会だから一之瀬さんに訊きたいんだけど……好きな人とかいるのかな?」

 

「んん? え、えぇッ!?」

 

「実は色んなクラスの男の子から一之瀬さんがフリーかどうか聞かれるんだよね。それでどうなのかなって気になっちゃって」

 

「いいい、いないよいないよ!?」

 

「あ~、じゃあこんな男子と付き合いたいとかは? やっぱり気になる人が多いと思うんだよね。こう、一之瀬さんの理想像をさ」

 

「り、理想像」

 

「そうそう」

 

 そんな質問に一之瀬さんは挙動不審になりながら限界まで湯船に浸かってしまう。

 

「えっと、どうだろ、理想像かぁ……ん~」

 

「カッコいい人とか、男らしい人とか、性格とか容姿とか色々あるんじゃないかな」

 

 おそらくだけど櫛田さんは一之瀬さんの弱みを握ろうとしているわねこれは。いえ、そこまで明確な悪意がある訳ではないのでしょうけど、将来的な役に立つかどうかはわからないにしてもカードを一枚でも集めておきたいのかしら。

 

 彼女の戦略性というか、能力はこうやって世間話の延長で発揮されるということね。私にはない、できない力だから素直に感心する。

 

 コミュニケーション能力による社会への影響力の浸透。櫛田さんの情報収集能力。敵にした瞬間にとても面倒なことになるけれど、味方にすれば心強くもあった。

 

「よくわからないけど……誰かの憧れになれる人、かなぁ。抽象的になっちゃうけど、そんな人がいてくれたら凄く嬉しいな」

 

「ふぅん」

 

 そんな返答を聞かされた櫛田さんの瞳に値踏みするような色が混ざる。一之瀬さんを注意深く観察して頭の中で何やら答えを弾き出そうとしていた。

 

「そっかぁ、憧れになれる人かぁ……ん~、天武くんとかかな?」

 

「ど、ど、どうだろうね……そういうアレじゃなくて、えっと、あ、いや違うんだよ、天武くんが駄目とかじゃなくて」

 

「あぁでも天武くんじゃないよね、だって堀北さんと付き合ってるんだし」

 

「……ごふッ」

 

 その瞬間に一之瀬さんはボディーブローを貰ったかのように小さくうめき声を漏らしてしまう。そんな様子を不審そうに見られながらも今度は私が標的になってしまうのだった。

 

「せっかくだし堀北さんの恋愛トークも聞きたいなぁ」

 

「言わないわよ」

 

「え~、少しくらいあるでしょ? あぁ、それともだけど、天武くんとあまり上手く行ってないから話せないとかかな?」

 

「え、堀北さん、そうなの?」

 

 櫛田さんと一之瀬さんがこちらを探るような眼で見て来るけれど、動揺することなくこう返す。何も恥ずべきところはないのだから。

 

「そんなことない……上手く交際できていると思っている。ただ大っぴらに説明するようなことでもないわ」

 

「そうかなぁ、私、人の恋愛話聞くの好きだけど」

 

 弱みが握れるものね。なんてことは空気を読んで言わないようにしましょう。

 

「じゃあじゃあデートとかどうしてるの?」

 

「普通よ、普通。特筆すべきことはなにもないわよ」

 

 部屋で本を読んだり、彼の芸術作業を眺めたり、膝や肩を借りて身を寄せたり、髪を撫でたり撫でられたり、互いに触れあって、後はメイド服を着せたり……お互いに手探りだけれど色々と試して実験してみて付き合いを深めていられる、つまりとても普通だ。

 

 私には世間一般の交際関係は疎いけれど、別におかしなことはしていないと思う。少なくとも心地いい時間がそこにあるし、それは天武くんとも共有できている。

 

 なんてことをわざわざ説明するつもりはない、だって私と彼だけの時間なのだから。

 

 髪を撫でて来る時の優しい指先も、声色も、肌の熱も、キラキラした瞳も、耳たぶや唇の柔らかさも、食事の好みや願いや熱量も誰かと共有したくない。なんてことを考えると私はもしかして重たい女なのかしら?

 

 でもそれが本音だ。一年の頃に平田くんと付き合ったことを大々的に主張してどんなデートをしたとか色々と聞いてもいないのに説明していた軽井沢さんのようにはなれない。

 

「え~、つまらないなぁ」

 

「つまらなくて結構よ、わざわざ説明するようなことじゃないもの」

 

 これ以上は無駄と思ったのだろう。櫛田さんは一旦狙いを変えて同じく温泉に来た他のグループに声をかけていく。ああやって色々な影響力を高めているんでしょうね。

 

 そして温泉の隅に残された私と一之瀬さんは暫く無言となってしまう。

 

「憧れ、ね」

 

「な、なにかな?」

 

 けれどそのまま黙っている訳にもいかなかったので、こちらから話を切り出しておこう。いい機会なので釘を刺しておかないと。

 

「一之瀬さん、スキーでは随分と大胆に動いていたわね」

 

「え、そうかな」

 

「滑れないフリをして天武くんに抱き着いたでしょ」

 

「いやそれは誤解だよ。本当に止まり方がわからなかったから」

 

 本当かしら、私にはとてもワザとらしく見えたのだけれど……いえ、冷静になりましょう、おそらくこれは私に変なバイアスがかかっているからそう見えたのだと思う。

 

「でもそれを言い出したら堀北さんもそうだよね……すっごくワザとらしく天武くんに抱き止められたけど」

 

「そうね、だってワザとだもの」

 

「あ、そこは認めちゃうんだ」

 

「貴女の香水の匂いを上書きしたかったのよ」

 

「……えぇ、匂いキツイかな」

 

「いえ、別にそうじゃないけれど……不思議と不愉快な匂いに感じてしまうのよね」

 

 本当に不思議な話ね、香水会社が人に好意的に思われるように科学的に研究した匂いを嗅いで不愉快になるだなんて……でも実際にそうなのだからこればかりは仕方がない。ああやってしっかり抱き着いて匂いを消しておかないと駄目。

 

「それに、抱き着いた時の貴女は完全に雌の顔になっていたわ」

 

「……め、雌の顔」

 

「まぁ確かに彼は頭がボーっとするような良い匂いをしているけれど」

 

「匂い自慢かな? 変な惚気られかたしてるね今の私」

 

「けれどそれは私が楽しむものであって、一之瀬さんが胸いっぱい吸うのはどうなのかしら」

 

「吸ってないよ!?」

 

「いいえ、吸っていたわね、抱きしめられた時に深呼吸してたわ」

 

「してない、してないよ……いや、ちょっと楽しみました」

 

「素直でよろしい」

 

 全くもって油断できない相手である。そしてこれはきっと特別試験でも発揮されていくのでしょうね。

 

 私はもっと一之瀬さんを知って理解する必要があるのかもしれない。負けられない、負けたくない、負けては駄目な相手なのだから。

 

 そしてそれはきっと一之瀬さんも同じことを思っている。この修学旅行はライバルのことを色々な意味で理解する為の時間となるのは間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

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