ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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修学旅行 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 初日のスキーを終えてから旅館の温泉で一休みして疲れを癒し、大盛りの海鮮丼に舌鼓を打った後にしっかりと眠り……いや、眠りはしなかった、一応の警戒として体と脳を半分ずつ休ませる例の休憩方法で夜を凌ぐ。もしかしたら学園の外に出たことで中間管理職の月城さんがまた無茶振りされてこちらに絡んでくるかもしれないからな。

 

 そうやって夜を凌いでいく、幸か不幸かはわからないけれどホワイトルーム関連の襲撃も超人関連の強襲も無かったので一安心である。

 

 さすがに京都ではなく北海道なのでまだ安全であった。俺は……正確には超人の何人かは専用の監視衛星で24時間監視されているので俺がここにいることを知れる人間は大勢いる。しめしめ監獄のような学園から出て来たな、ぶっ殺してやると考える誰かがいてもおかしくはない。師匠の弟子というだけで懸賞金をかけてくるイカれた連中が世の中にはいるのだから。

 

 これが京都であればまず間違いなくそうなっていた。きっと泊っている旅館は本能寺の如く焼き討ちになっていただろうし、移動バスは確実に爆破されていたと思う。

 

 皇居とか、国会議事堂とか、米軍基地とか、近づいたら監視衛星から色々な方面に情報がいって物騒な連中が押し寄せて来ることになる。俺はとても真面目で善良に生きることを心掛けているのに師匠の弟子というだけでそうなってしまうのだ。

 

 しかしここは北海道、修羅の国である京都ではない。移動バスが爆破されることもなければ、旅館が焼き討ちされることもなく朝を迎えられた、平和って凄く尊いものだと思う。

 

 なんてことを思いながら朝風呂を浴びてスッキリすると、修学旅行の二日目を迎えることになるのだった。

 

 爆破されない朝って素晴らしいと思う。さすがは北海道である。京都だとこうはいかない。

 

 さて修学旅行二日目であるのだが、初日と違って決められた予定がある訳ではなくグループごとに自由に行動していいらしい。皆と相談しながら方針を決めるべきだろう。

 

 グループの皆が集合するまで適当に肉体改造訓練をしようかと考えていると、旅館の廊下に清隆の姿を発見した。

 

「清隆、おはよう」

 

「あぁ、おはよう……朝風呂か」

 

「うん、せっかくの温泉だから楽しんで来たよ」

 

 少しだけ疲れが見える顔を清隆はしていた。珍しいこともあるものだと思っていると、その理由は同じグループの龍園と鬼頭の対立であるらしい。

 

 どうした訳か枕投げをして清隆の枕を粉砕する結果になったらしい。それで寝苦しい思いをしたようだ。

 

「鬼頭と龍園か……そりゃ荒れるだろうね」

 

 試しに清隆のグループが泊っている旅館の部屋を覗いてみると、龍園は相変わらず不敵な笑みを浮かべているし、鬼頭は相変わらずの形相でファッション雑誌を読んでいる。その間で帆波さんクラスの渡辺が怖がりながら右往左往している部屋の状況が見えてしまった。

 

「大変そうだね。龍園、もうちょっと仲良くやってみたらどうだい?」

 

 せっかくなので部屋にお邪魔して無駄だろうなと自分でも思う提案を携帯端末を弄っていた龍園にするのだが、わかりやすくあざ笑いを向けられてしまう。

 

「やめておけ笹凪、その男に協調性を求めるなど、犬に猫の真似をさせるようなものだ」

 

 ファッション雑誌をいかつい表情で読んでいた鬼頭が煽るようにそう言えば、龍園もまたあざ笑いを深めていく。

 

「なるほど、苦労しているみたいだね」

 

「わかってくれるか」

 

 渡辺と清隆は苦労していることだろう。こっちのグループは割と協調性のある人ばかりなのでそこは楽である。

 

 こんな感じで上手く修学旅行を楽しめるのだろうか? 清隆のフォロー力に期待するしかなさそうだ。

 

「ところで鬼頭、ファッションに興味があるのかい?」

 

「興味とは違うな、これは俺の目標だ」

 

「なるほど、そっち方面の進路を考えているのか」

 

「意外に思わないのか? 俺がこういった方面を進路にしていることが」

 

「悪いけどファッションはさっぱりなんだ、向き不向きも語れないほどにね。まぁ人の夢や目標を笑えるほど大した人間じゃないさ」

 

「そういうものか……しかし、笹凪はファッションに疎いのか」

 

「さっぱりだよ、だからいつも服は機能性を重視して後はシンプルな無地の奴ばかりでね……意外かな?」

 

「そういったことには気を遣う男であると勝手に思っていただけだ」

 

「流行りとかブランドやセンスがさっぱりだ」

 

 なので俺の私服はとても無難な装いに落ち着くことになる。今も着ている服は本当に無難なものであった。

 

 そんな俺の服を見て鬼頭は「ふむ」と頷く。

 

「俺と異なりお前の容姿はいい意味で視線を集める。ユニセックスな服装が似合うかもしれないな」

 

「ハッ、カマ野郎だからな」

 

 龍園が茶々をいれてきたけど俺と鬼頭はスルーする。

 

「参考にさせてもらうよ、ファッション関連は本当にさっぱりだからさ」

 

「多少なりとも参考になったのならばそれでいい」

 

 そう言って鬼頭は鋭い視線の奥に柔らかな光を僅かに宿してから、手元にある雑誌に視線を落とすのだった。その容姿から怖がられることが多い男だけれど、その内心は山田と同じく紳士的な男であるのかもしれないな。

 

 これなら案外このグループも上手く行くかもしれない。そんなことを思っていると、部屋の隅に置かれていたテレビからこんな情報が俺の耳に届くことになる。

 

 

『では続いてのニュースです。長らく療養されていた直江元幹事長が都内の病院にて亡くなりました。官邸より鬼島総理からのコメントです――――』

 

 

 なんてニュースが耳に届いたことで、俺は部屋の隅にあるテレビに近づいて内容を確かめていく。

 

『人に添うてみよ、馬に乗ってみよ。私が直江先生に出会って間もない頃、贈っていただいた言葉です』

 

 よく師匠に土下座しにくる鬼島総理がテレビに映ってコメントしていた。俺としては土下座の印象が強い人だったけど、よく考えてみれば総理大臣だったなこの人。

 

「……そうか、あの人は亡くなってしまったのか」

 

 聞き覚えのある人の最後に俺はそんな呟きを漏らすのだが、同じように部屋の隅にあるテレビを見ていた清隆がこんなことを訊いて来た。

 

「知り合いなのか?」

 

「うん? ん~、知り合いというか、前にちょっと色々あってさ……この直江っていう人、一度海に沈めたことがあるんだ」

 

「……」

 

 清隆はとても訝しそうな瞳で俺を見て来る「またか」とでも言いたげな顔である。もしかして彼の中では俺はとにかく誰かを海に沈めたい男という立ち位置なのだろうか?

 

「それで、どうしてそんな状況になるんだ? 与党の元幹事長を海に沈める状況がよくわからない」

 

「いや、ほら、手下にならなければ海に沈めるとか詰め寄ってきたもんだから、つい……」

 

「逆に海に沈め返したと?」

 

「うん、それ以来調子を崩して入退院を繰り返してるって鬼島さんから教えてもらっていたけど……まぁ歳も歳だったから大往生か。ベッドの上で死ねるとか、とても恵まれた最後だと思うよ、この人に似合わないくらいにね」

 

 懐かしいなぁ、あれは十三歳になったばかりの頃の話だ。師匠の仕事を手伝うようになってその伝手で色々な人と会うようになったんだったな、世界が広がったことで様々な出会いもあった。ニュースで亡くなったと報道されていた直江さんもまたその一人である。

 

 俺は政治の世界などわからないけれど、色々と手駒を増やしたかったんだろう。直江さんは手下にした十三号と十五号と十九号をけしかけてきた。

 

 あの頃は今以上に未熟であったことから普通に死にかけたけど、最終的には十三号と十五号と十九号を海に沈めた後に、直江さんも沈んでしまった、不思議なことに。

 

 それ以降は直江さんが接触してくることは無くなったけれど、十三号と十五号と十九号の三人とは因縁ができてしまった。向かい合えば殺し合いになるくらいには関係が拗れてしまっている……俺は平和に生きたいだけなのに何故か敵が増えていく、やっぱり不思議な話である。

 

 あれ以来、十三号と十五号と十九号とは顔を合わせれば舌打ちされて射殺すような視線を向けられるようになるのだった。海に沈めただけなのに怒りすぎだと思う。

 

 いやさ、俺もちょっと反省はしているよ? そりゃ利き手を折って直江さんと一緒に海に投げ捨てたのはやり過ぎたとは思っている。でも最初に理不尽な要求をしてきたのはあっちだし、負けたのもあっちだ……状況は甘く見積もって五分だな。

 

 まぁ気にしても仕方がない。親玉の直江さんは亡くなったとのことだし。十三号たちは政府寄りの人たちだから新しい就職先はすぐに見つかるだろう。三人とも人間を辞めているので引く手数多だろうし。

 

 そのまま俺を恨まず生きれば良いと思う。

 

「なんであれ、死ねば仏だ。恨みつらみは口にせずに、冥福を祈るとしよう」

 

 両手を合わせて拝んでおこう。どうか化けて出ませんようにと……まぁ師匠曰くお化けも殴れば良いらしいから、あまり心配する必要はないか。

 

「しかしあれだね、清隆のお父さんにとってはいいタイミングなのかもしれないよ」

 

「どういう意味だ?」

 

 テレビを切り部屋を出て、修学旅行二日目を楽しむ為に俺と清隆はグループとの待ち合わせ場所である旅館のロビーまで歩き出す。

 

「だってあの人、与党の重鎮だったんだからさ。上の席が一つ空いたことになるだろうし」

 

 九号から受け取った情報では清隆のお父さんは政治家に返り咲きたいからホワイトルームを運営しているらしい……なんで出世したい人がわざわざアキレス腱とツッコミ所を増やすのか政治に疎い俺にはわからないけど、なんであれチャンスでもあるんだろう。

 

「ふむ……確かに、そうかもしれないな」

 

「まぁ学園にいる俺たちにはあまり関係がないかもだけどね。最悪、九号にお金を積めばなんかいい感じにしてくれるだろうし、気にしすぎても意味がないけどね」

 

 月城さんを介して色々とやってくれたので、なんだったら卒業と同時に殴りこむのも良いと思う。清隆次第だけど。

 

 そうでなくとも九号にお金を払っておけば話がうまく纏まるだろう。

 

 なんてことを考えながら学園にいるであろう忍者の顔を思い浮かべていると、ポケットに入れていた携帯端末が震える。

 

 どうやらメールが届いたらしい。差出人は件の九号である。メールを開いてみるとそこには自撮り写真が添付されており、まるで「獲ったど~!!」とでも言いたそうな満面の笑みで宝泉の足首を掴んで逆さ吊りにしている光景が広がっていた。

 

 そんなやんちゃ全開の自撮り画像は九号を中心に死屍累々となっており、宝泉以外にも宇都宮だったりが九号に踏みつけられているのがわかった。

 

 状況はよくわからないけれど、全員が胴着姿なことからおそらく一年生の間で何らかの試験があったのだろう。この画像を見る限り九号が暴れまわったらしい。

 

「これ見てよ清隆」

 

「……鶚が随分と暴れているらしいな。忍者が目立っていいのか?」

 

「月城さんの内偵は終わってるだろうから、後はモラトリアムみたいなもんだよ。学校生活を楽しみたいんだろう」

 

 その結果宇都宮は地面を舐めて、宝泉は逆さ吊りにされて自撮り画像の映えに利用されているようだが九号は満面の笑みである。

 

 楽しそうなのでいいか、あの子もさすがに殺しはしないだろうし……多分だけど。でも月城さんが座っていた理事長室の椅子に爆薬を仕掛けるような子だから心配ではあった。

 

 そういえばあの小型の爆弾はどうしたんだろうか? まさか回収せずに坂柳さんのお父さんが引き続き爆弾付きの椅子に座ってたりしないだろうな?

 

 心配になったので俺は九号に理事長室の爆弾を回収したのか確認のメールを送っておく。

 

 暫くすると「あ、忘れてたッス」という返信があったので、これで回収されることだろうと一安心するのだった。

 

 携帯端末をポケットに押し込んで九号のうっかりに微笑ましい気分になる。まぁ人生は多種多様だ、仕掛けた爆弾を回収し忘れることくらいはあるだろう。ましてや彼女は忍者なんだから。

 

「天武くん、お待たせ」

 

 ロビーで暫く待っているとこちらのグループの面子が集まって来た。

 

「おはよう鈴音さん。よく寝れたかい?」

 

「えぇ、ぐっすりとね」

 

 あれだけスキーで動き回っていたので夜はぐっすりだったようだ。伊吹さんや帆波さんもよく寝れたことだろう。

 

 さて修学旅行二日目だけど初日と違って定められた予定がある訳ではない。グループごとに好きに行動して構わないらしい。

 

「二日目だけどどうしよっか? 皆は何か要望はあるかい?」

 

 好きにしろと学校側に言われても案外困るということだ。予定表が真っ白だとそれはそれで難しい。なのでまずは意見を募ることから始めていく。

 

「グループで纏まってさえいればうるさく言われない自由行動って話だろ。俺はのんびり観光でもしたいな」

 

 こういう時にとても無難で真っ当な意見をするのが橋本である。どうとでも取れる言い方も彼らしい。駄目そうならすぐに意見を引っ込めるのだろう。

 

「のんびり市街地を観光もいいかもね。あ、でも個人的には乗馬体験とかしてみたいかも」

 

 帆波さんは旅館のパンフレットを眺めながら色々な体験観光をしてみたいようだ。

 

「乗馬かぁ、俺はそれでもいいぜ」

 

「え、良かったの? 橋本くん」

 

「こだわるようなことでもないしな。馬は馬で貴重な体験になるって」

 

 やんわりと意見が纏まっていく。他の面子も特に「これだ!!」という主張もないらしいので、それでいいんじゃないかという方向に流れていくのだった。

 

 そんな訳で俺たちのグループは乗馬体験に赴くことになる。旅館にあった観光パンフレットには丁寧に道順やバスの発着時間も記されていたのでそれを参考にしながらだ。

 

 旅館を出ると初日と同じようにスキーに行くグループだったり、観光名所に向かうグループだったりと色々とあるのだが、こちらと同じように乗馬体験をするグループもチラホラとある。

 

「因みにだけど乗馬経験がある人っているのかしら?」

 

「俺はあるよ」

 

 鈴音さんの質問にそう返すとグループの皆からは意外そうな顔をされてしまった。

 

「へぇ、どこで乗ったんだよ?」

 

「学校に入る前に外国で……観光に行った時に乗った経験があるんだ」

 

 あまりインフラの整っていない国に師匠と行った時の話である。車よりも馬が重宝されているような地域での仕事で乗ったことがあった。長い内紛でインフラが吹き飛んでいたので馬での移動が基本だったっけか。

 

「笹凪氏、乗馬はどんな感じなのでしょうか? 注意点などはありますか?」

 

「ちゃんと調教された馬ならそこまで心配はいらないと思うよ。多分だけど職員さんも補助してくれるだろうしね」

 

 金田は少し乗馬に警戒心があるらしい。日常生活でまず経験することはないだろうし仕方がないことではあった。

 

 旅館にあった観光パンフレットを眺めてみると、これから向かう乗馬ができる牧場では引退した競走馬などが暮らしているらしい。次世代の競走馬を育てたり観光に利用したりと競走馬のセカンドライフをする場所のようだ。

 

 バスは雄大な北の大地を進んで行き。都市部の外れにある牧場にまで辿り着く。東京と異なり本当に北海道は広いなと思いながらこのグループは乗馬体験をすることになる。

 

 東京ではまず見ない規模の大きな牧場である。競走馬の訓練所でもあるのかコースなども用意されており、多くの馬がいるのがわかる。

 

 引退した競走馬が子育てを頑張っているとのことだけど、仔馬も沢山いるので競走馬を育ててもいるのだろう。

 

「なぁ笹凪、ちょっといいか?」

 

 なんてことを考えながら牧場の中に入っていくと、柴田がこっそりと近づいてきて小声でこんなことを言ってくる。

 

「どうしたんだい」

 

「いや、ほら、お前って彼女持ちだろ」

 

「うん、そうだけど」

 

「訊いておきたいんだけど、どっちから告白したんだ?」

 

「鈴音さんの方からだけど」

 

「あ~、女子からかぁ。それだと話が早いんだけどなぁ」

 

 ふむ、察するに柴田は恋の悩みがあるということだろうか。

 

「その心はなにかな?」

 

「いや、ほら、せっかくの修学旅行な訳だしさ、同じグループにもなれたし……良い機会だと思うんだ」

 

「ほう、お相手は誰なんだい?」

 

 すると柴田はキョロキョロと周囲を見渡して意中の相手に視線を送る。

 

「なるほど、帆波さんか」

 

「バカ、聞こえたらどうするんだよ!!」

 

「落ち着け、大丈夫だよ聞こえちゃいない……つまり柴田はアドバイスが欲しかったということか」

 

 修学旅行で同じグループになれたのだから、いい機会だと思ったのか。

 

「どうすれば良いかな俺、恋人持ちの笹凪ならなんかいい感じのアドバイスをくれるんじゃないかなって」

 

「うぅむ、男女の関係や進展なんて千差万別だと思うんだけど……柴田個人はどんな手ごたえを感じているのさ」

 

「いや、悪くないとは思ってるんだ。同じクラスだしさ、こうして同じグループなんだし、他の奴よりも近い位置なんじゃないかなって……でもほら、一之瀬って誰にでも優しいだろ?」

 

「ふむふむ、ならこの修学旅行はまさに一歩踏み込むチャンスな訳だ」

 

「それそれ……なぁ頼むよ、なんかいい感じにできないか?」

 

「そう言われても困るけど、大したこともできないしね」

 

「大それたことを頼むつもりはないって、ほんのちょっとだけでいいんだ。ほら、スキーの時みたいな二人でペアを組むような感じでさ」

 

「ん、それくらいならお安い御用だ」

 

 俺が特に意識しなくても同じクラスなんだからそうなる確率は高いだろうしな。

 

「助かるよ、いやマジで。俺もさ、そろそろ一歩踏み込みたいって思ってたからさ」

 

 そう言えば柴田は女子人気が高いと聞いたことがある。だけれど彼女がいるとは聞いたことがない。一途に帆波さんに好意を寄せているんだろう。

 

 どうなるかはわからないけど、同じクラスで苦楽を共にしてきただろうし、他の男子よりは可能性が高いことは間違いない。幸運を祈るとしよう。

 

 

「思っていたよりも……ずっと大きいわね」

 

 

 元競走馬を見た鈴音さんの第一声がそれである。少し怖がっているようにも見えるな。

 

 確かに大きい、スリムに見えるけどしっかり張った筋肉や長い脚など、テレビの向こうでしか見ることが殆どない馬はこうして目の前にいると予想以上の存在感を見せつけるのだった。

 

「いい筋肉だよね」

 

「え? そこが気になるの?」

 

「あぁ、熊とは異なる方向性の良い筋肉だ。走ることに特化した体作りを生まれてからずっと続けてきたんだろう……良い」

 

 さながら馬界のオリンピック選手である。見惚れてしまうような良い筋肉だ。師匠もよく言っていたな、人を真似るよりも動物を真似た方が手っ取り早く強くなれるって。

 

 その意識は改造訓練にも反映されているらしい。俺の下半身の筋肉の一部は競走馬を意識して改造されているそうだ。

 

 戦ったら勝てるかな? 俺が動物を見るとまずそんな感情が胸に去来するのはそれが原因なんだろう。

 

 熊、ゴリラ、象、ライオン、色々な動物と戦わされたけど、馬と戦ったことはまだなかったな。

 

 ちょっと競走馬にライバル心を向けていると、そんな俺の内心を見透かされたのか競走馬からちょっと怖がられてしまうのだった……人間と違って敏感で繊細な生き物のようだ、怖がらせてすまない。

 

「馬はとても繊細な生き物ですので、怖がらせたり驚かせたりしないでくださいね。そうしなければとっても大人しい子たちばかりなので」

 

 そんな牧場の職員さんの注意喚起と一緒に、グループのメンバーは用意された馬との対応を説明されていく。

 

 当たり前のことだけど正しく対応すれば何も問題はない。突然の刺激を与えなければ馬たちも大人しいものである。手本を見せるように職員の方が馬の背中に乗ると、俺たちもそれを真似るように背中に跨った。

 

 おぉ、いいな、いつもよりずっと高い視点だ。動物の背中に乗ると毎回新鮮な気持ちになるよね。

 

 他の人たちはどうだろうかと見渡してみると、誰もかれもがおっかなびっくりといった感じである。一応、それぞれの馬には職員さんがいて縄を引いてくれているのだが、それでもだ。

 

「お、おぉ~」

 

 どこか感情の起伏が乏しい印象があった森下さんもそんな声を上げている。怖いような、楽しいような、色々な感情が交じり合った声である。

 

 女性陣はどちらかと言えば怖い感情が多く、男性陣は楽しそうな感情が多い。そんな印象であった。

 

「それでは慣れるまで私たちが引いていきますね」

 

 牧場の職員の方々が馬と繋がった縄を緩やかに引いて先導してくれる。

 

「一之瀬、大丈夫そうか?」

 

「うん、すっごく大人しい子だからね。柴田くんも大丈夫そう?」

 

「あぁ、引っ張って貰ってるだけだしな。一之瀬も怖くなったらすぐに言ってくれよ、俺がなんとかするからさ」

 

 後方からそんな会話が耳に届く。それとなく帆波さんと並べるような立ち位置に誘導したのだけれど、会話が広がっているのならば何よりである。

 

「堀北」

 

「……なにかしら伊吹さん」

 

「こいつで勝負よ」

 

「止めなさい、スキーと違って本当の意味で色々と迷惑がかかるから……地面だって舐めたくないでしょう」

 

「はぁ?」

 

 この二人は相変わらずである。不穏な会話を聞かされて馬を引く職員さんがそれとなく二人が跨っている馬を遠ざけるのだった……ご迷惑をおかけします。

 

 

「お客様ッ!? 困ります!! お客様あああああああッ!?」

 

「ハハハハッ!! 私は今、風になっているのだよ!!」

 

 

 二人の不穏な会話をぶった切るように、牧場のコースに職員さんの悲鳴が広がった。視線をそちらに向けてみると六助が白馬に跨ってそれは見事に疾走しているのがわかった。障害物を飛び越え猛スピードで駆け抜ける姿はさながら戦国武将を彷彿させる勢いである。

 

 そのまま六助は牧場を走り抜けていく。大勢の職員さんを焦らせながらだ。

 

「あぁはなりたくないでしょう?」

 

「……そうね」

 

 それを見せつけられてさすがに伊吹さんも矛を収める。あそこまで自由には生きられないと思ったらしい。

 

「高円寺六助も興味深いですね」

 

「お、森下ちゃん。ああいうのがタイプなのかい?」

 

「橋本正義、少なくとも貴方よりは」

 

「……えぇ」

 

 森下さんはその観察眼で爆走する六助を観察している。そうやって暫く馬上から眺めていたのだが、最終的には彼女も匙を投げるのが六助という男であった。

 

 よく観察したけど、よくわからない奴、森下さんは表情だけで雄弁にそう語ってしまう。

 

「貴方は落ち着いてらっしゃいますね、乗馬経験がおありですか?」

 

「えぇ、嗜む程度ですが」

 

「なるほど、では少しだけ難易度を上げてみましょうか。皆さんにお手本をお願いできますか?」

 

「わかりました」

 

 これまで馬を誘導していた職員さんが手綱を手放す。馬のコントロールをこちらに渡されたので、俺は少しだけ馬を小走りさせるとコースを緩やかに一周させる。

 

「はい、大変お上手ですよ。いいですか皆さん、馬はとても敏感で繊細な生き物です。騎手の動揺を正確に受けとるので、まず馬上では冷静であることを心掛けてください、焦らない、苛立たない、紳士的に振る舞いましょう。細かな技術に関してはゆっくり教えていきますのでご安心を。間違っても強引に走らせないようにしてください」

 

 そんなことを説明する職員さんの視線は今も爆走しながら次々障害物を飛び越えていく人馬一体となった六助に向けられた。頼むからああなってくれるなと祈るようにだ。

 

 大丈夫だと思います。少なくともこのグループの面子ならばだけれど。

 

「鈴音さん、不安ならタンデムでもしようか?」

 

「お願いできるかしら」

 

 幸いにもこの馬はタンデムシートであった。念の為に職員さんに許可を願い出ると、経験者ならば問題ないと判断されたのか許してくれた。

 

 なので二人乗りである。馬を乗り替えて背後から鈴音さんを抱きかかえるようにして手綱を受け取った。

 

 軽く走らせてみると特に苦も無く馬は走ってくれる。さすがの馬力である。やはり一度くらいは競走馬と戦って勝ってみたいものだ……どうにかしてどっかのG1とかに出場できないだろうか? 一位を取る自信はあるんだけど。

 

「……良いわね、こういうの」

 

「そうかい?」

 

「えぇ」

 

 短くそう言うと鈴音さんは俺の体を背もたれにしてくる。確かに良い雰囲気と言えるのかもしれない。そうやって暫く馬を走らせていくと互いの温もりを共有することができた。

 

 良い時間だ、とても心地いい。

 

 

 

「……ごふッ」

 

「お~い、一之瀬、余所見は良くないぞ」

 

 

「ぺッ!!」

 

「伊吹氏、唾を吐くのはいかがなものかと」

 

 

「いいのねぇああいうのも。どう森下ちゃん、俺たちもさ」

 

「ごめんなさい、貴方は好みではありません」

 

「……えぇ」

 

 

 他のメンバーがいる手前、あまり人前でイチャイチャするのもどうかと思うけど、せっかくの修学旅行なので恋人との時間を楽しみたいので少しは許して欲しい。

 

 

 

 

 

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