ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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修学旅行 4

 

 

 

 

 

 乗馬体験はグループに好印象を与えたと思う。東京のあの学校にいるとまず経験できないことだろうから余計に新鮮に感じるのかもしれない。修学旅行の醍醐味と言えるのだろう。

 

 柴田と帆波さんも同じクラスであることからよく話しているのでミッションコンプリートである。俺自身は乗馬に慣れない金田や森下さんの補助に回る形となった。

 

 そうやってある程度の経験を積んだら、軽めの障害物コースを全員で回ることになる。小さな段差に足を止めることなく馬を走らせると全員の中に馬との一体感が生まれたと個人的には思う。

 

 いい経験になったということだ。伊吹さんと鈴音さんと帆波さんが相変わらずバチバチにやり合いそうな雰囲気があったけれど、それ以外は平和なものだ。六助もいつのまにかどこかに消えていたし、同じグループの人たちが慌てて追いかけていたけれど、それを除けば始終平和な時間であった。

 

 最終的には全員が軽やかに馬を走らせることができたのだ、日常では得難い経験ではあるので修学旅行は成功と言えるはずだ。

 

「うッ……慣れないことをしたせいか、少し腰に違和感がありますね」

 

 金田がそんなことを言いながら自分の腰を叩いている。どこか老人みたいな動作であったが慣れないことをすればそうもなるだろう。あまり運動が得意という訳でもないし乗馬の影響は大きかったらしい。

 

「あぁ、でもわからなくはないぜ。慣れないことしたからなぁ」

 

「そうですか? 橋本氏はそつなくこなしているように見えましたが」

 

「おいおい、俺もおっかなびっくりではあったさ」

 

「でも面白かったよな」

 

 最終的には柴田のそんな台詞が全てとなる。慣れない乗馬であったが面白かったのだから幸いである。とりあえずグループの皆は腰回りの疲労が溜まっているようなので旅館に辿り着くと同時に温泉に直行することになった。

 

 それは女子チームも同様なのか疲労を溶かす為に旅館の温泉へと足を運ぶことになる。

 

 相変わらず湯船では他の男子から距離を取られがちであったけれど、初日よりはまだマシであった。変に意識するだけ無駄であると思ったのだろう。

 

 清隆のグループみたいに特に不和もなく、六助が振り回している個人先行のグループでもなく、程よいライバル心で上手く回っているグループなので今のところは平穏そのものである。

 

 このまま学校側が変な特別試験を挟み込んでくることもなく、二日目もまた平穏無事に終わると思っていたのだけれど……ここで柴田が動き出す。

 

「……名前で呼びたい」

 

「うん?」

 

「一之瀬を、名前呼びしたい!!」

 

 風呂から上がり、髪を乾かしてコーヒー牛乳を一気飲みしたと同時に、柴田がワナワナと震えながらそう言い放つ。

 

「ふむ、修学旅行はそのチャンスになるかもね」

 

「だろ? それにずりいよ笹凪は、生徒会で同じだからってちゃっかり名前呼びしてるしよぉ」

 

「そう言われても困るけど……別に変に意識しなくても普通に名前で呼べばいいんじゃないかな。断られることもないと思うんだけど」

 

 名前で呼んだからって帆波さんが怒るとは思えない。

 

「い、いやぁ、それはほら……恥ずかしいじゃんか、いきなり呼んで馴れ馴れしく思われるかもだし」

 

「ん、修学旅行なんだしチャンスと思えばいいさ」

 

「だよな……よしよし、やるぞ、俺はやるぞ!!」

 

 脱衣室で浴衣に着替えて気合を入れ直す柴田、幸多からんことを期待しよう。

 

 そこまで気合を入れなくても帆波さんなら名前呼びくらい許してくれると思うのだけれど、柴田的には気合を入れないと駄目な関門なのだろうか。

 

 パンパンと頬を叩いて緊張した面持ちで帆波さんを探し始める彼を見送っていると、興味深いとばかりに橋本が後を追い始める。

 

「人の恋路を覗くと馬に蹴られてしまうよ」

 

「冗談よしてくれよ、こんな美味しい場面見逃せるかよ」

 

「金田となにやら湯船で相談していたようだけどいいのかい?」

 

「問題はありませんよ笹凪氏、こちらの相談は既に終わっていますので」

 

 金田は眼鏡をかけ直して浴衣を身に纏いそう言った。どんな相談をしていたのかはわからないけれど、きっと秘密の話だったのだろう。どちらの思惑が濃いのかはわからないが、色々な相手と交流を結んで機会とカードを増やしている橋本からしてみれば、龍園に近い位置にいる金田は良い商談相手と言った所か。

 

 逆に金田からしてみても腰を落ち着けない橋本は良い相手だ。今後の特別試験が不透明なので色々なカードや縁を作っておきたいと思うのは金田も一緒ということだ。

 

 誰もかれもが生き残りに必死になっている、それだけの話である。

 

 まぁ彼らの密談に俺が首を突っ込む理由はない、金田も橋本も柴田の恋路が気になるのか後を追い始めたので俺も付いていくことになった。

 

「しかしあれだな、柴田も理想が高いつ~か、一之瀬は難しいだろ」

 

「そうかい? 柴田なら帆波さんとも上手くやれそうだと思うけど」

 

「いやいや、俺が見た感じだと脈はなさそうだな。それに一之瀬はなんだかんだで理想が高そうにも見える。金田もそう思うだろ?」

 

「さて、色恋沙汰を饒舌に語れるような身分ではないのでなんとも。しかし気にはなりますね」

 

 どうやら柴田の健闘を肴にすることになったようだ。気合をいれて帆波さんを探していく彼の背中を俺たちは追うことになる。

 

 さて帆波さんたちはどこにいるだろうと探しているとすぐに見つかることになる。どうやら女子チームは温泉から上がってすぐに旅館の遊戯場に足を運んだらしい。

 

 こういった旅館に付きものの卓球台が並んでおり、それ以外にも色々と用意されているのだが、女子チームは卓球勝負に熱中しているようだった。

 

 何が始まりだったのかはわからないが、おそらく伊吹さんが挑発して鈴音さんがそれに乗っかり、何だかんだで帆波さんも参加したと言った所だろうか。

 

 森下さんだけが関せずと言った感じでベンチに腰掛けながらコーヒー牛乳を飲んでいるのが見えた。

 

「ふんッ!!」

 

 鈴音さんが鋭くラケットを振ると、ピンポン玉が凄まじい速度で相手のコートへと向かう。

 

「まだまだ終わらないよ!!」

 

「甘いわねッ!!」

 

 鬼気迫るとでも表現すべきか、鈴音さんと帆波さんの卓球勝負は苛烈を極めている。ちょっと気合が入り過ぎていて怖いくらいである。

 

「お、お~い、一之瀬」

 

 そんな鬼気迫る勝負の眺める柴田は完全に話を振るタイミングを逃してしまったのか小声で話しかけていた……しかしあまりにも勝負に熱中していることから届いていないらしい。

 

 いや、届いてはいるのだろうけどそちらに集中できないのだろうか。それだけ帆波さんは卓球に集中しているのがわかった。

 

「ごめんね柴田くん!! 今は静かにしてて!! 私には、負けられない戦いがあるんだよ!!」

 

「ア、はい」

 

 撃沈である。悲しそうな表情になった柴田はまるでやけ酒でも煽るかのようにコーヒー牛乳を自動販売機から購入してやさぐれることになる。

 

「可哀想に、スタートラインに立つことすらできなかったか……しかし眼福だな」

 

 そんな彼の姿に橋本と金田は合掌を送っていた。視線は卓球をしている二人の胸元に集中しているのはどうなのだろうか。

 

 タイミングを逃してしまった柴田は……まぁまだまだチャンスはあるだろう、焦る必要はないとも。彼は彼で揺れ動くとある部分になんだかんだで視線が釘付けになっているし思っていたよりも立ち直りは早そうだ。

 

「そもそもどうして卓球勝負になったんだい?」

 

 事情説明はベンチに座っていた森下さんからあった。

 

「さぁ、温泉で何やら言い合っていましたが、そこに伊吹澪が介入して卓球勝負という流れになったようです」

 

 よくわからないが、互いのライバル心が爆発するような何かがあったということか。そこに伊吹さんがいつものように発破をかけたと……まぁいいか、殴り合いではなくスポーツで決着をつけるのならば健全な時間とも言えるだろう。

 

 その伊吹さんはというと、卓球台の間に立って審判役をやっているらしい。とても堂々と腕を組んでおり「勝った方を我が食らう」とでも言いたげな顔をしていた。その迫力は完全に戦国武将のそれである。

 

「意外にも一之瀬帆波は負けず嫌いのようですね。これまでの印象とは大きく異なります」

 

「また情報収集かい?」

 

「えぇ、勿論」

 

 ベンチに座ってコーヒー牛乳を飲んでいる森下さんは、注意深く卓球勝負をしている鈴音さんたちを観察している。

 

「私の知る一之瀬帆波はクラスの中心人物であり、敵対よりも平和を尊ぶ人物でした。その行き過ぎた配慮と臆病さは強みであると同時に弱点でもあったと思っています……勝利よりも妥協と仲のいい時間を優先していましたから」

 

「実際に間違いではない分析だ。しかしそれは本質の一部でしかないさ」

 

「そのようですね。負けたくないという思いが一之瀬帆波には欠けていたものであり、最大の弱点でもあったのですから……もし彼女が誰にも負けたくないと覚悟を決めたのならば、Aクラスを脅かす存在になるやもしれません。彼女に足りない物があるとすれば、それは覚悟だけでしょうから」

 

「かもしれないね」

 

「貴方にとっても強敵になるかもしれないというのに、随分と余裕ですね」

 

「彼女が迷いなく突き進んで行ってくれるのならば、こんなに嬉しいことはない……俺は、誰かが頑張っている姿を見るのが好きだから」

 

 勝敗は大切だ、別に勝負を譲るつもりもない。けれど俺の目標や本質はそこではない、それだけの話だ。

 

 人の美しさと可能性は見ていて心地いい。なんてことを考えるのは随分と偉そうなので止めておこう。

 

 森下さんの視線が一之瀬さんたちから俺に向けられる。相変わらず探るような視線であった。

 

「ふむ……勝つ為に本気にならなくても勝てるが故の余裕でしょうか?」

 

「そんな偉そうなもんじゃないよ」

 

 俺も自動販売機でコーヒー牛乳を買い、森下さんと同じベンチに腰掛けて卓球勝負を観戦することになった。

 

「そうでしょうか。貴方がその気になったのならば一瞬で他クラスを殲滅できる。特別試験でも手を抜いていると私は推測しています」

 

「まさか、俺はいつでも本気で挑んでいる」

 

「しかし全力にはなっていない、いつもどこかで配慮している、違いますか?」

 

 探るような視線は相変わらずだ。どうやら俺は森下さんにとってとても興味深い観察対象と思われているのかもしれない。

 

「ずっと疑問ではありました。OAAの数値、そして去年一年の活躍、元Dクラスの貴方たちのクラスは尖った戦力もいれば隙のない安定的な戦力もいて、力強いリーダーもいれば参謀もいる……冷静に見ても粒ぞろいのクラスです」

 

「それは他のクラスだって同じだろう」

 

「まさか、優秀な生徒はどのクラスにもいますけど、そちらのクラス程数が多くはありません。例えばAクラスはどうでしょうか、平均値は高くとも突出した絶対的な戦力はいません」

 

「坂柳さんがいるじゃないか」

 

「頭脳面や判断面ではそうかもしれません、しかし彼女は体が不自由です。誰がどう言おうとそれはリスクでありハンデであることは疑いようがないのですから。もし彼女が不自由なく動けていれば一年の時の無人島や運動会はどうなっていたでしょうね」

 

 ふむ、不信感があると言うよりは、冷静に数字の足し引きを森下さんはしているようだな。

 

「次に一之瀬帆波のクラスはどうでしょうか? こちらはAクラス以上に突出した戦力がいません。彼女と、神崎くらいでしょうか。しかしその二人もどんな局面でも勝てる戦力ではありません」

 

「なるほど、それが森下さんの評価か」

 

「えぇ、平均的な能力が高く欠点らしい欠点がない。逆に言えば突出した絶対的な個人が不足している。対照的に龍園翔率いるあのクラスは平均的な能力が低いもののアドリブ力と判断能力が突出している」

 

 では、と、森下さんは俺たちのクラスの評価をこう述べた。

 

「個人技も平均能力もあり、纏まりもあれば成長力もある、圧倒的な個人もいればそつなくこなせる万能型の生徒も複数いて、リーダー格も多い……よくよく考えてみれば隙もなければ突出した戦力もあるズルいクラスと言えるでしょう」

 

 かなりの高評価だな、確かにこう言われるとウチのクラスは粒ぞろいに思える。

 

「だからこその疑問です。そんなクラスに貴方がいればそもそも特別試験では他クラスと戦いにもならないのではと、しかし現状はBクラスに甘んじている、その理由は?」

 

 こちらの瞳を覗き込むように森下さんは顔を寄せて来る。瞳の奥にある僅かな感情や揺れすらも見逃さないとばかりに。

 

「貴方は全力を出しているけれど、本気にはなっていない、それが理由だと思っています。そうでしょう?」

 

「そんなことはないよ」

 

「全力を出し、本気になれば一瞬で終わる。それこそ夏の無人島では全員を全滅させて一人だけ生き残るようなこともできた、違いますか?」

 

「そんな滅茶苦茶なことはやらないさ」

 

「やれない、ではなく。やらない、ですか……それはそれは、恐ろしいですね。つまりまだまだ手段を選んで他者に配慮する余裕があるということになります、あの過酷な無人島試験でもそうなのですから、貴方の限界は未だに見えません」

 

 森下さんがこちらの瞳を覗き込むのだが、それは俺も同じだ。彼女の瞳の奥に秘められた様々な情報を読み取っていく。それはある意味言葉を交わすよりも雄弁に互いのことを知れるのかもしれない。

               

「貴方はとても綺麗な瞳をしていますね」

 

「ありがとう、君の瞳も綺麗だよ」

 

「誉められるのは悪い気分になりません」

 

 瞳は口よりも物を言うという奴だろうか、しかしそんな俺たちの見つめ合いはすぐに終わることになる。俺と森下さんの間に卓球で使われるピンポン玉が突き刺さったからだ。

 

「天武くん、何をしているのかしら?」

 

「意外だなぁ~、二人って仲が良かったんだねぇ、へ~」

 

 さっきまで激しく鎬を削っていた鈴音さんと帆波さんが満面の笑みでこちらも見つめていた。突き刺さったピンポン玉の速度から察するにかなりの力が込められたスマッシュであったらしい。

 

 おほん、ちょっと気安かったかもしれないな。誤魔化しておこう。

 

 鈴音さんにはお仕置きとして耳を引っ張られてしまった。そんなことをされていると帆波さんが冷たい視線を向けて来て、またもや卓球が白熱することになるのだった。

 

 修学旅行二日目はこうして過ぎていくことになる。

 

 

 

 

 

 

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