修学旅行三日目の朝が来た。焼き討ちもされていないし、移動バスが爆発することもないし、物騒な連中が屯することもなく、俺たちの修学旅行は平穏そのものであると言えるのかもしれない。
そろそろ学校側が何らかの特別試験を挟んでくるかもしれないと警戒していたのだが、その予感は半分は正しく、もう半分は拍子抜けするものであった。
要はグループで観光名所を巡って集合写真を撮り、それで一定以上までポイントを稼げば報酬を得られるというある種のレクリエーションである。
失敗しても退学することもなく、四日目の自由時間が勉強に当てられるというだけで終わるらしい。さっさ適当に観光名所を巡ってノルマをこなすも良し、貪欲に巡って報酬を得るも良し。
プライベートポイントが欲しければ一日中走り回ることになるだろうけど、報酬がいらないと言うのならばノルマをこなした後は自由に過ごせる。その辺の判断はグループごとにわかれるだろう。
「どうしよっか?」
帆波さんはこの課題をこなすのか、自由時間を優先するべきなのか、まずグループ全員の意見を確認した。
「個人的には、報酬を狙いたいと思っています」
意外にも強い主張をしたのは金田である。
「報酬は3万プライベートポイントとのことでしたが、無いよりもあった方が良いのは当然のことです」
眼鏡のブリッジを指で押し上げて位置調整をしながらそう言ったので、他のグループのメンバーは互いの意思を確認していく。
「でも観光してる暇はなくなるぜ。それこそ移動だけで一日終わりそうだけど、それはいいのか?」
「橋本氏の意見はまさにその通り、しかしプライベートポイントが潤沢なAクラスやBクラスではありません。リスクなく報酬を得られる機会は逃したくもありません。たった3万プライベートポイントであったとしてもです。柴田氏はどうでしょうか?」
「う~ん、そう言われるとそうだな」
金欠組のクラスとしては報酬狙いであるらしい。橋本や森下さんはどちらでもいいというスタンスであるようだ。
「鈴音さん、こちらはどうしようか?」
「やるならやる、やらないならやらない。どちらにするにせよ、早く判断すべきでしょうね。今みたいに旅館のロビーで話し合っている間も時間は過ぎているのだから」
「そうだね、それじゃあ帆波さんに判断を任そうか」
「え、私?」
「金田と伊吹さんは報酬狙い、橋本と森下さんはどちらでもいい、俺と鈴音さんも似たようなものだ。なら誰かの意思決定に従うよ。一番駄目なのはここで時間を潰すことだろうからさ」
「それもそっか……うん、なら報酬狙いで行こうか、皆が良いならだけど」
「良いんじゃないか、ダメでも3万ならそこまで惜しくはないし、ノルマはこなせるだろ。四日目に勉強会なんてことにならなけりゃ問題ないさ」
橋本のそんな意見が後押ししてグループは課題をこなす為に旅館を出発することになるのだった。観光スポットを巡って集合写真を撮り、それを繰り返すだけなのだが、土地勘がないと制限時間以内に報酬会得は厳しいのかもしれない。
地図アプリなどをインストールしても段取りまではわからない。タクシーが使えれば話が早いのだが禁止されている。移動はバスや電車などの公共交通機関だけでやるのは難しいか?
こういう時に頼りになるのは地図ではなく土地勘を持った人物である。現地ガイドでも雇うのは……赤字になるだろうから却下だ。
なので俺は九号にメールを送る、日本中に情報収集網を作っている最強の忍軍からの情報ならば何か役に立つだろうと思った訳である。
国会議事堂に繋がる隠し通路から、複雑に入り組んだ下水道の道順まできっと把握していることだろう。そんな期待をしているとすぐにメールが返って来る。メールを開いてみるとやけに細かい地図が添付されていた。
細かな道順から、どの順番でスポットを巡るのが効率的なのか、各種交通機関の時間、休日の平均的な混み具合、色々な情報が羅列しているのがわかった。
本当に仕事が早くて助かる。彼女の頭の中には日本中の隠し通路や表沙汰にできないルートまで色々と入っているのだろう、平和な観光案内くらいは簡単であったか……さすが忍者である、GPS要らずだ。
「それじゃあまずは湖のスポットに向かおうか」
「え、札幌の時計台じゃないの?」
「この時間は観光客でごった返すそうだよ。撮影場所はかなりの込み具合だそうだ。それなら少し遠くても人の少ない場所の方がいいさ。時計台は帰りについででも構わない」
「そっか、もしかして天武くんは土地勘があるのかな?」
可愛らしく首を傾げてそう一之瀬さんは問いかけてくるのだが、便利な知り合いの力であることを主張しておこう。
「いや、今学校にいる情報通の……土地勘を持った人に効率的な観光地巡りを教えて貰ったんだ」
「おいおい、カンニングか?」
「違うよ橋本、それに学校関係者と連絡を取ることは禁止されていない。詳しい人に教えて貰っただけさ」
別に責められるようなことでもない。もしかしたら他のグループには北海道出身で土地勘のある人もいるかもしれないし、それを責めるようなことをしても意味はないしな。
「報酬を狙うと決めたなら必ず貰おう、その為に様々な方面から情報を得ることもまた正解の一つだよ」
そんな訳で俺たちは迅速な観光地巡りを行うことになる。ルートは既に九号のおかげで定まっているので後は流れ作業であった。
まずは観光客が少ない場所、加えて旅館から距離のあるスポットを優先する。中でもバスが直通している場所が最優先だ。旅館に近いスポットに関しては帰りについでで構わない。朝や昼頃は観光客も多いので減ったタイミングを敢えて狙う訳である。
バスに乗って真っすぐスポットへと向かう。朝早くから凍り付いた湖まで足を運ぶ観光客もいないので移動はとてもスムーズであり、写真を取る場所も混んではいない。
パシャっと全員で集合写真を取ればすぐさま次のスポットへ向かうことになる。最も旅館から離れた場所なので後はゴール地点である旅館までスポットを探索する度に近付いていくことになるだろう。
しかし適切な情報を入手しても時間的にはギリギリかもしれないな。最低限ノルマの集合写真だけ集めて報酬は得られないというグループも多そうではある。
「なんだかごめんね、忙しくなっちゃって」
慌ただしく次のスポットを目指すグループに帆波さんが申し訳なさそうな顔をした。
「構いません、こちらも望んだことですので」
「ごちゃごちゃ言ってる間にさっさと走る」
金田と伊吹さんの返答はそんなもんである。やると決めたのならばダラダラせずにしっかりと報酬を狙う、その行動力はさすがに龍園クラスらしいのかもしれない。
「そうね、別に一之瀬さんだけの責任でもないのだし、気にすることではないわよ」
「あぁ、鈴音さんの言う通りだ。最終的にこのグループの総意だったんだからね……あ、誰か体力的に厳しい人はいるかな? 荷物くらいはこっちで持つけど」
「ではお願いできますか?」
森下さんが遠慮なくといった感じで背負っていたリュックを渡してくると小走りしながらも金田もまた荷物を渡してきた。
「笹凪氏、申し訳ありませんが」
「構わないよ、遠慮する必要はどこにもない。今はこのグループで同じゴールを目指しているんだからね。皆も遠慮せずに頼って欲しい、体力には自信があるんだ」
全員から「だろうね」と言いたそうな顔をされることになる。だがこれで体力的に不安のあるメンバーの負担は少しは軽くなるだろう。次の観光スポットは自然公園の中でありバスから少し距離がある。ちょっとした登山みたいな感じになるので尚更体力は温存しておきたい。
緩やかな山道を小走りで進んで行き、バスの停留所からざっと三十分ほどの場所でようやく学校が指定した集合写真を取る場所まで辿り着く。観光目的なら近くにあるスキー場などに顔を出してもよかったのかもしれないが、急いでいるのですぐさまバスにとんぼ返りすることになってしまう。
「柴田、余裕があるようなら帆波さんの荷物を持ってみたらどうだい?」
「え、あッ……そうかもな、一之瀬、頼ってくれていいんだぜ」
「えぇ、さすがに悪いよ」
「いやいや、今はチームなんだから変な遠慮は無しだって、笹凪もそう言ってたしな」
「う~ん、それじゃあお願いしようかな……えっと、ごめんね」
「気にすんなよ」
山道を下る間にそんなやり取りもあった。上手いこと二人を近づけさせることはできているのだろうか? 他人の恋路の手伝いをしたことがないのでよくわからない。
しかし柴田は帆波さんに頼りがいのある所を見せられて嬉しそうではある。
「天武くん」
「あ、鈴音さんも荷物を持とうか?」
「いいえ今は結構よ……体力的に厳しくなった時にお願いするわ。それよりも、今のはどういうことかしら?」
「どうとは?」
「柴田くんをけしかけているようにも見たのよ」
「けしかけると言うか、ちょっとした応援と言うか、そんな感じなんだけど」
「察するに、貴方は一之瀬さんと柴田くんをくっ付けようとしているのね」
「そこまでお節介をしているつもりはないが。ちょっとした手助けをしているだけさ」
すると鈴音さんはとても複雑そうな顔を見せる。珍しい表情をするものだと思っていると、今度は散々悩んだ後に溜息が返って来てしまう。
「どうしたんだい?」
「いえ、都合がいいような、けれど納得できないような、とても複雑な気持ちなの……はぁ」
「……えっと」
「別に貴方が悪いと言う訳ではないけれどね」
「うん」
「ただ、余計なお節介はするべきではないと私は思うわ」
「別に強引に押し付けるようなことはしないさ。俺にできるのはいつだってちょっとした手助け程度のことだろうから」
逆にそれ以上を求められても困るというのが本音である。
「そうね、あまり残酷なことはしないでおきなさい」
柴田を応援するのが残酷なのだろうか? 鈴音さんの中では叶わない恋という判断なのかもしれない。
「……なんで塩を送っているのかしら、つくづく甘いわね私も」
なんて呟きと共にバスまで小走りすると、鈴音さんは車内に乗り込むのであった。
「いいかしら天武くん、余計なお節介はいらないの、いいわね?」
「柴田と帆波さんは駄目ってことかな」
少しだけ観光客が増えたことで込み始めたバスに乗って、俺と鈴音さんは隅っこの方で話し合う。
「ダメ、というか……私はそれでいいと思うのだけれど、いえ、どう説明すればいいんでしょうね、この感情は」
視線は人波の向こうにある帆波さんへ向かう、その隣には柴田が座っていて楽しそうに話しているのが見えた。そんな二人を眺める鈴音さんは、自分の中にある複雑な感情をなんとか噛み砕く。
「とにかく、貴方は変な気を回さなくていいのよ。場合によってはとても残酷なことなんだから」
わかったわね? と言いたそうな瞳を向けられてしまうと、俺としては頷くしかない。
「良い子ね」
「子供扱いしないでよ」
「貴方は誰かに配慮できるのに、感情の機微には疎いから子供扱いしているのよ。達観しているように見えて実は子供よね天武くんは」
クスクスと笑う鈴音さん……まさか感情の機微で鈴音さんにマウントを取られる日が来るとは思わなかったな。
一年の四月頃の鈴音さんを思い出す。近寄る者全てを切りつけようとしたあの頃の彼女を知っている身としては、随分と遠い場所まで来たものだと懐かしんでしまう。
子供扱いされたことにちょっと悔しい思いをしたので、少し仕返しをしておこうか。
「まさか鈴音さんから感情の機微だなんて言葉が聞けるなんて、俺は嬉しいよ」
「どういう意味かしら?」
「いや、一年の頃の君はそれはもう尖ってたから……いたたた」
はい、調子に乗ったら耳を引っ張られてしまった。こうされると俺は何もできないのでズルいと思う。
「ほら調子に乗っていないで次のスポットに行くわよ、私は続けてもいいけど一之瀬さんたちが怖い目でこちらを見ているわ」
おっと、さすがに人前でイチャイチャするのは避けるべきか。こういったコミュニケーションは二人きりでするものだしな。
次の集合写真を撮る為のスポットに向かうとしよう。橋本や森下さんからもこちらを揶揄うかのような目で見られているし、ここは控えめにしておくべきか。
最後に仕返しとばかりに頬でもつついておこう。すると鈴音さんは照れてくれるのでとても可愛らしいと思うのだった。