雪合戦、それは由緒ある戦い。
雪合戦、それは誇りを賭けた戦い。
雪合戦、それは冬の儀式。
俺は迫る雪玉を固めた拳で打ち払う。それも一つ二つではなく十や二十といった規模であり、それは絶え間なく迫るので面制圧でも受けているかのような重圧であった。
このプレッシャー、マフィアの大抗争に巻き込まれた時と同じだ。
迫る雪玉は正面からだけでなく四方八方から迫って来る。絶えず、休ませず、隙間なく、まるでしっかり訓練を積み重ねた軍隊であるかのような追い込み方であった。
「いいかお前ら!! 隙間を作るんじゃねえ!! 壁だ、面制圧を意識しろ!!」
龍園、君が指揮官か。こういったことに積極的に参加するとは意外に子供っぽい所があるよね。
「ではそちらのグループは雪玉供給班に加わってください。これを見本にして綺麗に作ってくださいね。あ、真澄さんですか、今すぐそちらのグループの人たちを連れて旅館の中庭まで来てください」
支援班の代表は坂柳さん。この雪合戦に参加した生徒たちを適切に振り分けると、どこかに電話して追加の戦力を引っ張ってこようとしていた。
「笹凪天武の実力や限界を測るいい機会となりますね」
森下さんもやる気を出して雪玉を投げつけている。昨日まで俺たちは仲良くやれていたと思うんだけど、あっさり攻勢を強めてきたね……橋本や金田や柴田までも参加しているので、ちょっと悲しい。
「皆、天武くんは強敵だよ。ただ真っすぐ投げるだけじゃダメ、二重三重に投げつけないと」
そして帆波さんもあちら側の指揮官となっている。彼女曰く、森下さんと同様にどこが限界なのかを知りたいらしい。
彼女が一声かけるとクラスは纏まるし、どうした訳か他クラスの男子たちも鼻の下を伸ばしてやる気を出しながらあちら側に付く。
気が付けば俺は同学年の殆どを敵に回すという状況に陥っているのだった。
迫る無数の雪玉をまた拳で打ち払っていく。しかし二重三重に重ねられた面制圧は二本の腕だけではなかなか難しい。しかしそんな言い訳で相手が待ってくれる筈がないので、押し通すしかない。
まずは境界を作る、自分を中心に感覚を広げていけば様々なことを感じ取れるようになる。後はその境界に踏み入ってきた物体を正確に排除する。
見るのではなく感じるのだ。見て対処するのではなく感じて対処するのだ。それは迎撃というよりはどこか詰将棋のようにも思えて来る。正確な手順で、正確な順番で雪玉を排除していく。
打ち払うべきものは全て拳で破壊する。命中しないものは無視する。時には破壊することなく敢えて逸らして迫る他の雪玉にぶつけて軌道を変えたりもする。
そうやって二重三重の面制圧を潜り抜けていくのだ。激しい攻勢ではあるがまだクリーンヒットはない。
そして心配する必要もなかった。孤軍奮闘の状態ではあるのだが俺には心強い味方がいるからな。そう、こんな状況でも恋人の鈴音さんならば手を貸してくれる筈。
なんて淡い希望を込めて鈴音さんに救援の視線を送ってみると、彼女は深く考え込んでから真っすぐ雪玉投擲班に加わるのだった。
「す、鈴音さん?」
「ごめんなさい天武くん。けれど私は貴方を守るだけでなく隣に並び立ちたいと思っている。そう、私は貴方にも勝ちたいのよ」
なんてことを言いながら彼女は俺に雪玉を投げつけてくるのだった……俺たちは恋人同士だよね?
どうしてこうなってしまったんだろうか……最初は旅館の中庭で平田たちがちょっとしたポイントを賭けて行う規模の小さな雪合戦だったのに、気が付けば抗争と言った規模になってしまっていた。
龍園がポイントを賭けることに目を付けて来たからだろうな。奴は参加費を高騰させて俺にポイントを要求してきたのだ。
参加費は1万ポイント、勝てば倍になって返って来る。負ければ取り分の全ては俺が持って行っていい。正直不公平な勝負ではあるけど挑まれた以上はしっかりと対応するだけだ。
もし俺が負けた場合参加者全員に2万ポイントを支払う訳だけど、まぁ勝てば参加費の全てを貰えるんだから文句はない。
そんな感じで平田たちがやっていたこじんまりとした雪合戦は、結構なポイントを賭けた大規模なものとなってしまったのだった。
いいさ、勝てば百万以上の儲けになるし、負けても二百万程度ならば痛くもかゆくもない。何より大勢の敵に囲まれる状況は笹凪流にとって名誉なことである。受けない理由がなかった。
勝利条件は制限時間まで粘るか、クリーンヒットを避けること、逆にあちら側は一発でもクリーンヒットさせれば勝利となる。
公平さも平等さも俺は戦いに求めない。やってやろうじゃないか。
なんてことを思ったのが十分前のこと、俺のメンタルは恋人まで敵に回ったことでちょっと悲しい感じになっていた。
だからといって、負けてやるつもりは欠片もないけれど。
気持ちを切り替える、自分を中心に広げた探知領域に侵入した雪玉は九割を迎撃して残りの一割は敢えて弾いてビリヤードのように玉の衝突を連鎖させて道を切り開く。
クリーンヒットの定義は人それぞれだろうが、明らかな命中であれば龍園は必ず難癖をつけて来るだろうからしっかり迎撃しないといけないな。
時に深く根を張った大樹のように揺らぐことなく立ち続け、時に風に運ばれる花弁のように軽やかに回避する。しかし相手もより強く分厚く攻勢を強めて来るのだった。
自然と師匠モードに移行する。より広くなった自分の探索範囲に侵入してくる全ての雪玉を迎撃していくのだが、それで怯むような敵でもなかった。
「雪玉供給班、補給を途切れさせてはいけませんよ」
坂柳さんがいる限り後方からの供給は途切れなさそうだな。今も暇そうなクラスメイトたちを呼びつけて戦力を増やしている。そして絶え間なく供給される雪玉は常に龍園が率いる投擲班に渡されることになる。
鈴音さんや帆波さんも自分のクラスメイトを指揮しながら俺を休ませようとしない。壁を背にして正面のみに集中しようとしても先を読んでいたのか壁際には生徒が配置されていた。
君たち普段はもっとバチバチにやりあって仲が悪いよね? なんで今この瞬間だけは一致団結しているのさ。
「皆知りたいのですよ、貴方を本当に倒せるのか否か」
坂柳さんが不敵に微笑む……いや、そんな絶対に勝てないラスボスじゃないんだからさ。俺だって普通に殺されれば死ぬし、できないことの方が多いんだけど。
そんな言い訳はこの場に集まった俺に勝ちたい生徒たちには通じないらしく「何としてでもアイツに泥を付けてやる」と意気込みながら次々と四方八方から雪玉を投げつけてくるのだった。
酷い話だ、バグ満載のボスキャラをどうすれば倒せるのか検証でもしているかのような有様である。そうまでして俺を倒したいとか思われても困る。
そもそもこれまでの特別試験だって別に完勝ではなかった筈だけど、何故ここで一致団結してまで俺に勝ちたいのだろうか。
「ふぅ~」
だがまぁ、やると決めた以上は勝つ為に最善を尽くすとも。大きく深呼吸して更に集中を高めて師匠モードを強固にしていけば、迫る雪玉がスローになっていく。
「チッ、後ろにでも目が付いてんのかテメエは」
背後から迫る雪玉も全て排除する。正確にはビリヤードのように玉を一つ弾いて連鎖させることで命中する軌道にある雪玉を全て弾くのだ。
そんな芸当を見せると龍園が舌打ち交じりに呆れたような顔をした。しかしこちらの動きを注意深く観察はしており、どこを突くべきかをしっかりと見定めているようだ。
それは後方の指揮をしている坂柳さんも同様であり、こちらは慎重に詰将棋をするかのような雰囲気がある。俺に雪玉をクリーンヒットさせる為にそこまで大真面目にならなくても良いと思う。
どんな形であれ俺の限界を知りたい、森下さんもそう言っていたか、これから戦う相手の上限や限界を知ることが作戦や戦略を考える上での大前提であるとするならば、あちらはまさにそれを知りたいのだろう。
逆に上限を知らないまま挑むことはなかなか難しい。数字が百だろうと千だろうと「わからない」よりはマシと判断したのかもしれない。無人島での三年生たちの襲撃でざっくりと推論はあったが曖昧なものでしかない。
どこが限界なのか、この雪合戦はそれを知るための龍園たちなりの苦肉の策ということか。
いいだろう付き合おうじゃないか、わざわざ勝利を譲るつもりもない。こちらの全身全霊で迎え撃つ。
龍園たちも当然ながら全力だ。こちらの性能と上限を測る為にそれはもうしつこく攻勢を高めていく。四方八方から押し寄せる雪玉は勢いと密度を増すばかりだ。
それら全てを対処していく。躱していなして粉砕して蹴り返して弾いて連鎖させて、その繰り返し。
「クソが、坂柳、もっと人手を集めて来い!!」
「言われるまでもありません、既に招集済みです」
このまま時間制限まで粘る。しかしあちらの手数は増えるばかりだ。いつのまにかほぼ同学年全員が集まって俺を倒そうとしていた……レイドボスか何かかな?
それとも内心では皆、俺を倒したいと思っていたのだろうか? だとしたら嬉しいような悲しいような複雑な気分になってしまう。鈴音さんもあっち側に立ってるし。
だが簡単に負けてやるつもりはない。たとえ相手がほぼ同学年全員だとしてもだ。迫る雪玉はもはや絨毯爆撃みたいになってるけどそれでも凌ぐしかない。
「手を緩めないで、いくら天武くんでも必ずどこかで意識が緩むはずよ!!」
何が悲しいって恋人があちら側にいることである。俺たちは上手くやれてたと思うんだけど、どうやらまだまだ彼女を理解できていなかったらしい。
しかし、どんな形であれ俺に勝ちたいと思ってくれる向上心は素晴らしいと思ってしまうのだから、俺は俺で面倒な男なのかもしれない。
いやほら、恋人が俺を超えて行ってくれるとか、凄く嬉しいからさ。
別にそれは鈴音さんだけの話でもなく、クラスメイトたちや同級生だって同じことである。
傲慢な話だけど、俺を超えていって欲しいと願っていた。なんて言うのはちょっと偉そうではあるけど偽らざる本音であった。
そして、だからこそ、ただの雪合戦であっても簡単に超えられる訳にはいかないのだ。
負けたくないと言う思いが、より集中力を高める。森下さんは俺が本気で戦いに挑んでいないのではと疑っていたのだがそんなことはない。
少なくとも俺はそれなりの負けず嫌いではあるので、こんなことであっても師匠モードにはなるさ。
集中力が高まる度に師匠モードも鋭くなっていく、それに引っ張られるように雪玉の密度も濃くなっていく。制限時間まであと五分ほど、なんとかこのまま粘り切るしかない。
たかが雪合戦、しかしやっている俺たちは真剣そのものだ。遊びだと思っている者は一人もいない。これはもう特別試験である。
残り三分ほど、視界の端に坂柳さんを捉え供給される雪玉の数をざっと推測した後、投擲班の数と位置取りを観察してラストスパートの展開を推測していく。
いけなくはない、もう数人程数が増えれば厳しくなるかもしれないが、ざっとはじき出した計算は俺の勝利を示していた。
このまま勝ち切る。最後の攻勢とばかりに雪玉供給班も雪玉を持って投擲班に加わって来たことで、いよいよ視界が雪玉で埋まることになってしまうが、もう計算は終えている。
大量の雪玉は言わば三次元的なビリヤードに見立てればいい。最初に俺に到達した雪玉を掴み取ると、それを投げつけて次の雪玉の軌道を変える。弾かれたそれはまた別の雪玉にぶつかって、それはまた別の雪玉に影響を与える。
隙間なく投げつけられる雪玉は人の生きる隙間はない。だがこうして連鎖して弾いていけばどうとでもできる。それこそ雪玉一つあれば百個の雪玉を支配できた。師匠モードの演算力ならば即座にそれくらいのことはできるのだ……入学したばかりの頃ならば絶対に不可能なことだったので、そう考えると俺も成長できたということだろう。
計算に狂いはない。投擲班の人数、雪玉の数、位置取り、OAAの数値から推測される投擲力、目に見えない無数の数字を積み重ねていき、俺は手に持った雪玉を弾き出した計算通りに投げつけた。
すると三次元的な連鎖が始まる。俺はもう防ぐことも躱すこともしない。空中で次々とぶつかって軌道を変える無数の雪玉たちは、ただ一つとして俺に届くことはなかった。
「よし、これで勝……」
とはならなかった……何故か計算の外にあった雪玉が俺の顔面に命中したからだ。
「鶚忍術……なかなか使えるな」
「き、清隆……いつのまに」
俺の鼻先に雪玉をぶつけて来たのは清隆であった。この瞬間まで気配をまるで感じなかったけど、君も参加してたの?
いや、龍園がニヤニヤといやらしい顔をしていることから、最初からあの雪玉攻勢は囮だったということか。清隆を計算の外に置くための派手で目立つ旗でしかなかった。
いや、待て、だとしてもしっかり感知できるはずだけど、今の清隆はやけに希薄な気配しかない。まるで九号が身を隠している時のように。
もしかして君たち隠れて鍛錬とかしてた?
なんてことを思いながら俺は倒れ込むことになる。追撃とばかりに雪玉が殺到して敗北することになるのだった。
まぁこれも良い経験である。旅行先でのちょっとした思い出にもなるだろう。しっかりと受け入れるとしよう。
なんだかんだで楽しかったからヨシとしよう。
俺もまだまだ未熟ということだな、とても当たり前のことをまた改めて理解したのだった。