どうやら同学年の生徒たちからは俺は「完全に改造人間派」と「絶対に遺伝子操作をされて幼少期から特殊な訓練を積んだエージェント派」に分かれていたらしい。どちらにしても勝てない相手と認識されていたとのことだ。
しかし今朝に行われた雪合戦で敗北したことによって「ギリギリ人間派」が新しく生まれたそうだ。絶対に勝てない相手から何とかすれば勝てる相手と認識されたらしい。
「お前も人間だったんだな」
なんてことを嬉しそうに橋本は言ってくる。
「ちょっと失礼じゃないかな」
「いやいや、サイボーグとかロボ忍者とかダブルオーナンバ―持ちのジェームズボンドだとか色々言われてたけど、さすがにあれだけ囲まれてたら隙くらいは生まれるってわかっただけでも儲けもんさ」
「まぁ他クラスの人からしてみればそうなのかもしれないね」
弱点、とは少し違うけど、できないことがあって処理能力の限界もあることを知れたのだ。それは確かに橋本の言う通りこれから戦わなくてはならないクラスからしてみれば嬉しいことなのかもしれない。
絶対に勝てないと思っていた相手も、結局は人間であり限界があると知れたのだから。これまではどこか暗中模索であったのかもしれない橋本たちからしてみれば朗報である。
実際に、俺ににこやかに話しかけて来る彼は「よかった、絶対に倒せないバグキャラじゃなかった」と言いたそうであり、森下さんもそれは同様だ。これまでは勝ち方の分からない負けイベントみたいな扱いだったのかもしれない。
まぁ橋本も森下さんも上機嫌なので俺は嬉しいよ。怖がられたり警戒されるよりもずっと距離感が近く感じられるからな。
これまではなんというか、ちょっと警戒されて怖がられていたのだが、やっぱり人間は欠点のある方が親しみを感じるということなんだろうか。
金田や柴田とも昨日より仲良くなれたというか、心理的な距離が近くなったように思えるので、やっぱり内心では怪物扱いされていたんだろう。
けれどあの雪合戦で怪物から改造人間辺りに認識が下がったらしい。仲良くなれたのならばそれは喜ぶべきことである。
「さて、思わぬ形で朝は動いたけれど、いよいよ修学旅行も最終日なんだ。悔いなくしっかり楽しもうか」
「だなぁ……でもあっちは相変わらずバチバチにやりあってるぞ」
柴田が視線を向けた先には、上級者コースを勢いよく滑っていく女子チームの姿があった。森下さんを除く三人、鈴音さんと伊吹さんと帆波さんは今日も相変わらずバチバチにやりあっていた。
修学旅行最終日の本日、俺たちは昨日とは異なりゆったりとスキーを楽しむ方針となったのだが、女子チームの闘争心は変わらず発揮されているのでどこか慌ただしい感じとなっている。
「まぁあれはあれで楽しそうだから問題はないさ。俺たちもせっかくだから上級者コースでも滑ろうよ」
初心者コースは修学旅行初日で滑った経験からもう大丈夫だろう。せっかくのスキーなので上級者コースを滑りたい。
他のメンバーも異論はなかったのか、凄まじい速度で滑っていった三人を尻目に移動レーンに腰かけてコースの上まで進むのであった。
金田と森下さんはまだまだおっかなびっくりといった感じではあるが致命的な転倒まではいかない。経験者かつ運動能力もある橋本と柴田は問題なく滑れている。
俺も柴田や橋本の滑りを吸収しながら、他にも上級者コースを滑っている観光客の動きも吸収しておけば問題なく滑ることができた。
初心者コースと異なり斜面は急で凹凸もあるのだがこれがなかなか面白い。勢いも付くので技術や経験も求められる。いきなり初心者に滑らせることはできないが、グループのメンバーは上手くやれているらしい。
柴田はチラチラと激闘を繰り広げている帆波さんに視線を送って、橋本は森下さんにちょっかいを出しながらもゆったりとスキーを楽しんでいる。金田はというとまだまだ勢いよくとはいかないのか、慎重に滑っているのがわかった。
鈴音さんと伊吹さんと帆波さんは相変わらずだけど、怪我だけはしないで欲しいと願う所だ。
「旅行も良いもんだな」
普段は海の上にある人工島の牢獄みたいな学園にいることから余計にそう思うのかもしれない。何不自由ない環境ではあるのだけれど、なんだかんだで窮屈な思いを抱いていたのだろうか。
いや、それも当然か、学園に来る前は師匠と一緒に色々な場所に足を運んでは死にそうな思いをしていたのだから、平和で安全な学園での生活はどこか武人としての感覚を錆びつかせていったのかもしれない。
別にそれは悪い訳でもない。同時に人として確かな成長も感じられるからだ。
贅沢な話である。そして恵まれた話でもあった。
スキーコースの出発地点で昔の生活を思い出しながら少しだけ溜息を吐く。白い吐息となって広がっていくのがわかった。
旅行を楽しむだけの余裕がある生活はいいものだ。そう考えるとこの学園に来てよかったということだろう。
もう二年生も終わりが近い、すぐに俺たちは三年生となって卒業を意識する最後の学年となる。
どうなるだろうか、やることは決まっているけどなんだかんだで卒業を意識すると寂しいものを感じてしまうのだから、この学園での生活を楽しんでいるということなのかもしれない。
友人もできた、仲間にも敵にも恵まれた、そして恋人もできた。
俺と師匠と敵だけで完結していた狭い世界はもう終わっていて、少しは成長できたとは思っている。
「……後一年とちょっとで卒業なんだな」
なんて呟きは白い吐息と一緒に空中に溶けていく。
入学する前の俺を思い出すとちょっと苦笑いが浮かんでしまう。あまりにも視野が狭かったなと。武人としての性質が強すぎて人としては本当に未熟で幼かったな。
今もそれはあまり変わらないような気もするけれど、武人としては錆びて人としては成長できたのかもしれない。今にして思えば師匠は人として俺に超えて欲しかったのかもしれないと考える。
いずれあの人を超えなくてはならないけれど、それは兵器としてではなく、人として為さねばならないことなのかもしれない。
それに気が付かせてくれただけでも、この学校に来てよかったのかもしれない。色々な人を知ることで、武人ではなく人として成長することができたのだから。
「天武くん、物思いに耽ってどうしたのかしら?」
これまでとこれからを思っていると、スキー場の移動リフトから鈴音さんが降りて来た。
「いや、俺たちも高校生活が半分以上が過ぎてるんだなって思ってさ」
「あぁ……確かに、後一年と少しで卒業なのよね」
「早いような、長いような、奇妙な一年半だなって感じるね」
「充実しているということよ」
「うん、その通りだと思う」
スキーコースの一番上に立ってコース全体を見下ろすと、俺たち以外にもチラホラと修学旅行最終日にスキーを選んだ生徒たちの姿が見える。
清隆の姿もあるな、オリンピック選手みたいな動きで滑っている。ここ最近、清隆の超人化が止まらない。なんか知らない内に九号の技術も吸収しているし、卒業する頃には完全にゴリラになっているんだろうな。
清隆のお父さんは苦労すると思う「どうしてこうなったんだろう」って頭を抱えるのかもしれないな。今でさえ完全にコントロールから離れてるだろうし、今の清隆を計算通りとは口が裂けても言えないだろう。
卒業したら卒業したで苦労することになるんだろうな。今の清隆なら平然と海に沈めてきそうだし、捕まえようとしても暴力で封殺される可能性もあった。
もうホワイトルームの運営なんてやめて、真面目に働くべきだと思う。政治家が一発逆転を狙ってる時点でもう駄目だと俺は思う。どうせツッコミ所満載の人なんだから政治家になっても長続きしないだろうし。
ある意味では自分のこと以上に清隆の卒業が気になるな。将来どうなりたいとか、こうしたいとか、そういう展望があるんだろうか?
でもまぁ大丈夫か、しっかりしているし能力もある。邪魔する誰かをぶん殴って黙らせるだけの力もあるので大抵の願いは叶うだろう。やっぱり自由とは腕力ということだ。高度に研ぎ澄まされた肉体は魔法と変わらないとは師匠の言葉であった。
「ところで鈴音さん、もう勝負は良いのかい?」
「えぇ、だからここにいるのよ」
どうやら伊吹さんと帆波さんとの勝負を越えてここにいるらしい。あのデッドヒートを征して勝者となりようやく満足したということだろうか。
どこか満足そうな顔をしている鈴音さん、かなりの激闘であったことだろう。負けず嫌いな所も素敵だと俺は思うよ。
「勝てたんだ」
「当たり前でしょう。だからここにいるのよ」
鈴音さんはスキーコースの上からゴール地点を眺める。そこにはちょっと悔しそうな顔をした帆波さんがいてこちらを見ているのがわかった。どういうやり取りがあったのかはわからないが、勝ったからここに来たということなんだろうか?
よくわからないけど、鈴音さんは満足そうなのでいいか。
「ねぇ、一緒に滑らない?」
「勿論、俺も一緒に滑りたいと思ってたんだ。せっかくの修学旅行なのに鈴音さんはずっとバチバチにやりあってたから寂しかったんだ」
「それは悪かったわね。でも負けられない戦いがあったのよ……もしかして、呆れられた?」
「いいや、負けず嫌いな君も魅力的だよ」
「……そういうことをシレっと言うのは止めなさい。ほら、行くわよ」
少し照れた様子の鈴音さんは俺を肘で突いてから滑り出す。遅れる訳にはいかなかったので後を追うようにストックを動かしてこちらもまた滑り出すのであった。
「上手くなったね」
「どれだけ勝負したと思ってるのよ、もう慣れたわ」
上級者コースであっても軽快に滑る姿はさすがの成長力である。やっぱり彼女は飲み込みが早い。
「貴方も随分と巧みに滑るのね、経験がないと言っていなかった?」
「見て知って蓄えたのさ。一度見て覚え、二度見て知れば、三度見て盤石となる」
「……そう」
何故か呆れられてしまった。清隆や九号ならば確かにと頷いてくれるというのに。
「でもいいわ、それだけ滑れるならいい勝負になりそうね。今から私と勝負しなさい」
「ん、なんか最近の鈴音さんバトルジャンキーになってない?」
「バ、バトルジャンキーッ!? 何を言ってるのよ、そんなことある訳ないでしょう」
いや、完全に噛みつきまくっている。伊吹さん並の狂犬ぶりである。
「ずっと勝負勝負って言ってることに気が付いていないのか。いや、良いんだけど、さっきも言ったけど負けず嫌いな君も素敵だよ」
「だ、だから、そういうことを言うのは止めなさい……ぁ」
彼女が言い訳をしている間に俺は先に出て速度を速めていく。
「お先に失礼」
「ひ、卑怯よ!!」
「おやおや、もう走り出しているのに卑怯もなにもないだろう? スタートを切ってるのにどうして速度を合わせる必要があるのさ。あ~、勝ったら何をしてもらおうかなぁ」
「くッ……良いでしょう、私が勝ったらまたメイド姿になってもらうわよ」
「それだけは絶対にごめんだから負けられないな!!」
修学旅行の最終日、何故か俺は恋人とガチバトルをすることになるのだった。負ければ天子堕ちなので絶対に勝たなくてはならない。
修学旅行が始まる前はもっと恋人との甘い時間を妄想してたりしたけれど、これはこれで楽しいので問題はないか。
卒業してからもこうして旅行してみたいものだ。そう思える時間だったのできっと充実していたということなんだろう。
学校に帰ればまた特別試験が待っているだろうし、今はしっかり楽しむべきだ。きっとそういう時間を知れば知るほど俺は人として成長できるから。
それを理解して欲しくて師匠は俺をここに送り込んだのかもしれない。最近は特にそう思うようになった。
人を知り、己を知る。天下無双の漢とはまずそこから始まるということだ。