ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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章と章の間にある小話となります。


小話集

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鶚忍術」

 

 

 

 

 

 忍者とはなんだろうか? いや、知識としては当然知っている。中世時代の日本にいた諜報要員の総称、もっと現代的な言い方をするならばスパイやアサシンのようなものなのだろう。

 

 実際の仕事は偵察であったり物価や市場の調査だったりであったらしいが。一般的なイメージとしては真っ黒な姿で暗闇に潜んでこっそり襲い掛かって来る存在だ。

 

 近年では漫画や映画の影響でビームを出したり魔法めいたこともできるようなイメージが持たれているのだろう。実際にオレも池から借りた国民的忍者漫画で似たようなイメージを持っていたりする。

 

 しかし結局はフィクションだ。忍者とはこの現代社会では既に空想の産物でしかない。或いは娯楽的なキャラクター程度だろう。侍がいないように忍者も現代社会にはいないのだ。

 

 だがそんな常識を覆す奴が後輩に一人いる。大真面目に「職業忍者」を名乗っている鶚銀子という存在が。

 

 天武も当然の如く忍者として扱っていて、最初はツッコミ待ちなのかと思っていたのだが、大真面目に忍者であった。

 

 ホワイトルームにはいなかった存在であるので素直に興味深い。鶚や天武を見ているとあの場所は随分と常識的な考えで運営されていたのだと感じるほどに現実感のない連中である。

 

 ホワイトルームからでなければ忍者とも出会えなかったのだ。やはり実際に見て知ってが必要ということだろう。あのままホワイトルームにいたままだと、オレの中では忍者はいつまでもフィクションの存在であった。

 

 そう、フィクションの中にしかいなかった忍者がいるのだ、これを興味深いと言わなくてなんと表現すべきなのだろうか。

 

「なぁ、ビームを出せるのか?」

 

「は? パイセン、何言ってるんっスか?」

 

 学園島の片隅、普段は桜並木で隠されている空間、オレと天武がよく模擬戦をしたりする場所で鶚は今日も鍛錬をしていた。文化祭でも使っていた先端を尖らせた竹を地面に突き立てると、その先端に飛び乗って器用にもそこで体操を繰り返している。

 

 あんな高所で足場の不安定な場所でよく体操ができるものだと感心しながらも、オレは興味のままに色々な質問をしていく。

 

「じゃあアレはどうだ、こう、螺旋的な奴」

 

「……」

 

 竹の先端からこちらを見下ろす鶚は何故か呆れたような顔をしている。

 

「九尾になったりとか」

 

「……」

 

「炎や雷を操ったりとか」

 

「……」

 

「なら影分身はどうだ?」

 

「あ、それならできるッスね」

 

「できるのか!?」

 

 驚愕である。フィクションが現実に屈した瞬間だ。オレは漫画の中にしか存在しない妄想が現実になったことに素直に喜ぶ。

 

「ウチの師匠は平然と増えやがります」

 

「うん? 鶚はできないのか?」

 

「師匠ほど上手くはできないッスけどある程度は……いや、まぁ影分身って言っても綾小路パイセンが思ってるようなとんでもパワーで実際に増えるとかじゃなくて、体捌きと瞬発力と気当たりによる錯覚ッスけどね。ファンタジーじゃね~んですから」

 

 それは十分にファンタジーの領域なのでは? そんなツッコミをしても無駄な相手なので黙っておこう。

 

 鶚は竹の先端から降りてきてフワリと着地する。そしてこちらを真っすぐ見つめると、突然に勢いよく踏み込んできた。

 

 真っすぐ突っ込んでくる、そう思ってオレは咄嗟に構えるのだが、それがフェイントであり、独特のステップと緩急をつけた攪乱であったことで迎撃は無意味となった。

 

 常人離れした瞬発力で視界から外れたかと思いきや、突然に姿を現す。その繰り返しに加えて絶えずこちらの急所を狙うような牽制も織り交ぜられていく。

 

 とてつもなく素早いような、とてつもなく遅いような、独特の攻勢が続くとオレは不思議と多対一になっているような感覚に陥ることになる。

 

「……なるほど」

 

 遅かったり早かったり、気配が鋭かったり薄かったり、後ろにいるような気がしたり前や側面にいたりするような錯覚を覚える。

 

 複数人から襲われているような錯覚を覚えさせる、これが鶚のいう影分身なのだろう。

 

 実際に来るとわかっていなければ、相手が複数いると思ってしまうのかもしれない。

 

「まぁこんな感じっスよ。ウチの師匠や上忍たちはもっと上手くやるでやがります。それこそ本当に分身しているみたいに」

 

「面白いぞ。ホワイトルームでは習わなかった技術だ……忍術か、興味深いな」

 

「お、興味があるのならばパイセンも習ってみますか?」

 

「教えてくれるのか?」

 

「会費が必要ッス」

 

「……ポイントが必要なんだな」

 

「初回サービスってことで百万ポイントで良いッス」

 

「高い……高いな」

 

 ぼったくり価格という奴だ。怪しい宝石を売りつけて来る連中でももう少し遠慮するんじゃなかろうか。

 

「いやいやよく考えてくださいッス。綾小路パイセンはさっきこう言いました。ホワイトルームでも習えなかった技術だと」

 

「確かにな」

 

「仮にもあの場所は最高峰の教育と訓練をできる場所ってことでやがります。実際に元オリンピック選手とか軍人とかプロの格闘家がいたんでやがりましょう? そんな連中が忍術を教えてくれましたか?」

 

「む、そう言われると、とても貴重な技術のように思えるな」

 

「むふふ、そうっスよ、これはお得な話でやがります」

 

 ふむ、まぁポイントには余裕があるので百万くらいならば何も問題はないが……いや、貴重な技術と経験を百万程度で買えると開き直る場面なんだろう。

 

 せっかくの機会なので俺は鶚から忍術を習うことにした。通信空手ならぬ通信忍術という奴なのかもしれない。

 

 その日から天武から教わった改造訓練に加えて忍術を習うことになった訳だ。オレはどこに向かおうとしているんだろうと疑問に思ったのだが、ホワイトルームでは得られない物を得る為にこの学園に来たので、これはこれで良いんだろう。

 

「まぁ忍術と言っても大したもんじゃね~です」

 

「そうなのか?」

 

「えぇ、要は数ある武術体系の一つ。空手を極めようとも柔術を極めようとも、行きつく先は結局同じでやがります。そう考えると名前が違う程度の差ッスよ」

 

「ほう」

 

「はい、最終的に鍛えて敵をぶっ殺す。それを達成する為の手段の一つが忍術でやがります」

 

「なるほど」

 

「高度に研ぎ澄まされた肉体は魔法と変わらないとはウチの師匠の言葉でやがります」

 

「わかりやすいな、最近は特にそう思うようになったぞ」

 

「うむうむ、この世の真理ッスね」

 

 ホワイトルームにいた頃は絶対にそんなことは思わなかったので、オレもここに来て成長したということだろう。

 

 こうしてオレは鶚と鍛錬を重ねることになる。竹の上で体操したり、筋肉の作り方や改造のやり方のアドバイスを貰ったり、怪しい薬を飲まされて内臓をグチャグチャにされたり……死ぬかもと思ったが強くはなれたと思う。

 

 特に内臓グチャグチャの件は悪くなかった。血反吐を吐くことになったがそれを乗り越えたらとてつもなく頑丈な内臓になったんだからな……オレはどこに向かっているんだろうか?

 

「エイドリアーンッ!!」

 

「それはなんなんだ?」

 

「前に一夏ちゃんと見た映画では、辛い試練を乗り越えたらこう言っていたッス」

 

 なるほど、そういうものなのか。

 

 不思議な納得をしたオレは鶚と同じように地面に突き刺した竹の先端で体操をしながら同じ様に叫ぶ。

 

「エイドリアーンッ!!」

 

 ホワイトルームではこんな経験ができなかっただろうな、それだけは間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気が付いたら賞金首になっていた件」

 

 

 

 

 

 

「師匠って何歳なんですか?」

 

 

 いつの頃だったかな、ほんの気まぐれで俺はそんな質問をしたことがある。

 

「ごばぁッ!?」

 

 まぁ次の瞬間には吹き飛ばされて神社の正面門を貫通してそのまま長い石階段を百メートルほど転がり落ちることになったんだけどさ。

 

「おっとすまない、つい力が入ってしまった……だが弟子よ、女性に年齢を訊くのはマナー違反という奴だ、今後は気を付けるといい」

 

「わ、わかりました」

 

 全身打撲の状態で殴り飛ばされた地点まで這い戻ってから説教を受けることになる。偶に師匠は鍛錬の途中でこんな風に殴り飛ばしてくるのでもう慣れたものであった。俺も頑丈になったものだと思う、まぁもう十三歳だから成長期という奴なんだろう。

 

「けれど気になってしまって、なんか神社の蔵にある写真とか見ても全然外見が変わってませんよね」

 

「ふむ、まぁ別に教えること自体は構わないが……正確にはわからないのだよ」

 

「自分の年齢がですか?」

 

「そうとも、二百歳くらいの時に数えるのを止めてしまったのでね」

 

「……二百歳? さすがにおかしくありません」

 

 師匠は作ったばかりの大きな石工仁王像をこちらに投げ渡してくる。それを受け取って背中に背負うと、俺はスクワットを始めた。

 

「長生きしているのでな」

 

「いやいや、長生きしすぎですって」

 

 そして師匠は、俺が背負っている仁王像の上に飛び乗って、そこで瞑想しながら体操を始めるのだった……いつもの修行風景である。

 

「人間ってそこまで長生きできませんよね? なにか特別な健康法でもあるんですか?」

 

「別に特別なことは何もしていない。正しい食事、正しい鍛錬、正しい瞑想、正しい呼吸、ごくごく一般的なことだ。一般的な人間であっても、不摂生で怠惰な者よりも運動を欠かさずバランスのいい食事を心がける者の方が長生きするだろう。それと同じことだ。益寿法という奴だ、現代風に言えばアンチエイジングだな」

 

「だとしても長生きです……というか、正しいって言葉の前に極まったって表現が引っ付きますよね?」

 

「うむ、その通り。突き詰めれば鍛錬あるのみだ。極まった鍛錬を繰り返せば誰もが長生きできる……しかし弟子よ、そうも怪しむとは君は私に長生きして欲しくないというのか?」

 

「そういう訳じゃないですけど」

 

「気分が悪いので重量を追加だ」

 

 師匠がどこからか追加の仁王像を引っ張って来る。そしてまた俺が背負っている仁王像に飛び乗って同じようにスクワットを始めるのだった……いつのまにかこういう扱いにも慣れて来た自分が怖い。

 

「因みにですけどいつくらいに生まれたんですかね……幕末とか?」

 

「いや、戦国時代だ」

 

 うん? おかしくないか? いや、幕末生まれとか言われてもかなり頭がおかしいんだけどさ。

 

「いい時代だったなぁ……右を見れば戦場があって、左を見れば戦場があった」

 

 懐かしむようにそう言いながら師匠は俺が背負っている仁王像の上で同じサイズの仁王像を背負ってスクワットをしている。この人も思い出に浸ることとかあるんだな。

 

「戦う相手にも困らなかった。武士も坊主も夜盗も山のようにいたのでな、どれだけ殴って蹴り飛ばしても数が減らなかった……うむ、本当に良い時代だった」

 

「そ、そうですか」

 

「特に坊主はいいぞ、一人殴れば蛆のように湧いて出てくるからな。どこどこの宗派だとか、親の仇だの師匠の仇だの、分派だの総本山だの、下手な武士よりも手強かった」

 

 まるで釣った魚の大きさを自慢するかのような口調である。

 

「あの頃は私も若かったのでよく寺を焼いていた、ついでに神社もな」

 

「何故そんなことを?」

 

「米も金銀財宝も山のようにあったのでな、ある所から奪う、そういう時代であったのだ」

 

 そこで俺はスクワットをしながら師匠が寺や神社を襲撃して次々坊主や破戒僧を吹き飛ばす光景を思い浮かべる。最終的には蔵にあった米俵や金銀財宝を奪った後に火責めとかしてそうだなっと変な納得をすることになった。

 

「寺や神社の襲撃は良いことづくめだぞ。米は大量にあるし何より敵に困らん。次々と刺客が現れては返り討ちにして、そいつらが持ってる銭や食い物をまた奪う訳だな」

 

 思考が完全に追いはぎのそれである。まぁ師匠は力こそパワーな感じの人だし不思議ではないか。

 

「敵に困らず、食い物に困らず、銭に困らない。坊主に捨てる所無しだ」

 

 きっと散々迷惑かけたんだろうなぁ、看板とか定期的に奪って燃やしてそうだ。

 

「平和な時代になるまではずっと坊主を殴り続けていたな……敵の絶えない良い時代だった」

 

「そうですか」

 

「寺も神社もよく燃えるんだ、一度アイツらを捕まえて目の前で看板を焼いてやった時は傑作だったぞ……うむ、昔話をしていたら久々にやってみたくなったな、今度京都や機内にいって寺や神社巡りをしようか」

 

「止めましょう、絶対に止めてくださいね!? 師匠っていつも俺に人様に迷惑かけるなって教えてきますけど、自分はどうなんですか!?」

 

「何を言ってるんだ弟子よ……坊主は人間じゃない。故に人様に迷惑はかからん」

 

 なんて酷い言い草だろうか、俺はちょっとこの人が怖くなった……いや、まぁ、怖いのはいつものことなのでおかしな話じゃないけどさ。

 

 後日、師匠は結局懐かしさに負けたのか、どこかの神社や寺を襲撃したらしい。とても満足そうな顔で帰って来る。

 

 更に後日、師匠の弟子ということがどこからか露見して、俺にまで懸賞金がかけられていることにちょっと悲しくなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし修学旅行先が京都だったら」

 

 

 

 

 

 

「「笹凪殺すべし!! 悪鬼死なすべし!!」」

 

 

 松明を持った修行僧や破戒僧がオレたちを追い建てるようにそう叫んでいる。一人二人といった規模ではなく、何十何百と似たような相手がいた。

 

 その誰もが筋骨隆々の姿をしており、本性は袈裟では隠せないかのように暴力的な気配を纏っているのがわかる。

 

「「笹凪殺すべし!! 悪鬼死なすべし!!」」

 

 何度も繰り返される意思を統一させる為の掛け声に、オレの隣にいた天武はそれはもう盛大な溜息を吐いた。

 

「だから京都には来たくなかったんだ……事前に掃除しておかないとこうなるんだからさ」

 

「アレらはお前の客ということで良いんだよな?」

 

「その通りだよ清隆……前にも言ったっけか、京都には野良超人とかやたらと強い修行僧や破戒僧が多いって」

 

「言っていたな、だからといってこうなるとは思っていなかったが」

 

「超人なんて呼ばれる連中にまともな奴はいないよ、俺と師匠以外はね」

 

「乗っていたバスは事故にあうし、旅館は火事になるしで大変だったぞ」

 

「……本当にごめん、せっかくの修学旅行なのに」

 

 修学旅行初日からオレたちは色々な事故に巻き込まれた。バスが突然にパンクして立ち往生したかと思えば、狙ったかのようにそこに車が突っ込んで来たり、宿泊していた旅館が火事になったりと、もう旅行どころではなかった。

 

 それもこれも天武を狙っての犯行らしい。突っ込んできた車は正確にこいつを狙っていたし、旅館を放火したのも天武を炙りだす為だろう。

 

 幸いにも怪我人は出ていないが、焼け出された混乱で天武は孤立して……いや、敢えて単独行動をして皆の安全を確保したようだ。何故かそこにオレも巻き込まれてしまったのは遺憾であるが。

 

「嘆いても仕方がない。これ以上の妨害やテロ行為はさすがに見過ごせないし、せっかくの修学旅行を嫌な思い出だけで汚したくもない……さっさと片付けよう」

 

「それしかなさそうだな」

 

 何故か天武はその掃除にオレを巻き込んだ……いや、別に構わないんだが。

 

 火事の混乱で今ならば生徒が一人二人いなくなっていても気が付かれないだろう。その間に敵対勢力を黙らして残りの日数を安全で平和な修学旅行にする為に、オレと天武は動くのだった。

 

 

 京都、清水寺、深夜であることから観光客もおらず、閑散としている有名な観光名所は今、松明を持って鬼の形相をした坊主たちに囲まれてさながら時代劇の一場面のようなありさまとなっている。

 

 清水の舞台に立ったオレと天武は背中合わせとなって次々に襲撃してくる坊主たちを迎撃していく訳だが、一人一人が異様に強い。

 

「気を付けろ清隆、こいつらは仏門武術の弟子たちで破戒僧だ」

 

「全員強いな」

 

 もしここに天沢や八神といったホワイトルーム生がいたら、五秒でひき肉になるような相手が山ほど出て来る。どいつもこいつも素手でコンクリを破壊できるくらいの攻撃を平然としてくるので困った……ホワイトルームはこいつらを教官として雇った方がいいかもしれない。

 

 だがそれでもやられる訳にはいかないので、天武と背中合わせの状態で呼吸を合わせながら対処していく。どれもこれも一撃必殺の攻撃であったが、なんとか凌げそうだ。

 

 単純な力のぶつかり合いでは数の有利もあって押し負ける、なので受け流し、そらし、相手の勢いを利用してのカウンター主体で戦うとしよう。

 

「こいつらと因縁があるのはわかったが、そもそもどうしてお前の位置がわかったんだ? ただの旅行でここまで大事になるのは不思議なんだが」

 

「多分だけど監視衛星のせいだと思う」

 

 天武は襲い掛かって来た坊主が持っていた錫杖を受け止めて、持ち主を蹴り飛ばしながらそう返してくる。

 

「いやさ、実は監視衛星で24時間監視されてて、国会議事堂とか皇居とか軍事施設とかに近寄ると各方面に連絡が行くんだ……それでバレたんだと思う」

 

「……そ、そうか」

 

 オレとしてはそうとしか返せなかった。超人というのは皆そんな感じで監視されているのだろうか?

 

「あ、因みにだけど清隆も監視されてるらしいよ、九号から教えて貰ったんだけど」

 

「……なんだと?」

 

「無人島で二十号を倒しただろ。それ以降は準監視対象になったってさ。日本だと二百人くらいいるらしい……ようこそ、公安に監視される教室へ」

 

「嫌過ぎる」

 

 なんて会話をしながらも坊主を撃退していく。まだ改造途中の体では殴り合いを征せないので、やはりカウンターを中心に動くのが正解だったな。

 

 相手の力が強い故に受け流して押し返せば楽に戦える。天武はその逆で技よりも力で戦っているようだ。まぁゴリラの中のゴリラなので不通に殴り勝てるのだろう。

 

 天武の拳を突き出せば大気が破裂するかのような衝撃と共に坊主が吹き飛び、鋭く蹴り出せば同じように坊主が吹き飛ぶ。

 

 いや、待て、当たり前のように吹き飛ばしているが、ここは清水の舞台、結構な高さがあると思うんだが。

 

「普通に突き落としてるが、大丈夫なのか?」

 

「問題ないさ、この辺の破戒僧が清水の舞台から飛び降りる程度のことで死ぬはずがないだろう。修行でよくやってるだろうし」

 

「そうか、この世の終わりみたいな土地だなここは」

 

 こんな怪物たちが群れを成して襲い掛かって来るとか、まさに修羅の国である。

 

 死なないのならば問題はないか、オレも足元に倒れている破戒僧たちが邪魔になってきたので、清水の舞台から退場してもらうとしよう。

 

 

「おのれ悪鬼共めッ!! これ以上の狼藉を見逃すものか……ごばッ!?」

 

 

 勢いよく突っ込んできた破戒僧の拳を受け止めて勢いを自分の物にすると、独楽のように回って相手の鳩尾に肘を叩き込む。すると相手の体は吹き飛んで清水の舞台から飛び降りることになった。

 

 やっておいてなんだが死んだかもしれない、ちょっと心配になったので舞台上から見下ろしてみると、オレが突き落とした坊主は地面に叩きつけられたにも関わらず、まるで気にしないとばかりに元気よく階段を上ってこちらに戻ろうとしているのがわかってしまう。

 

 なんだアイツ、怪物じゃないか……正直怖かったのでオレはもう二度と京都に来ないと内心で決めた。

 

 背中合わせのままオレたちは次々と襲い掛かって来る破戒僧たちを千切っちゃ投げ千切っちゃ投げを繰り返す。何度も何度も清水の舞台から叩き落としていくと、さすがに相手も疲労が濃くなってきたのか勢いが和らいでいく。

 

 このまま諦めてくれるか? そんな淡い希望を抱くのだが、一瞬にして否定されてしまう。

 

「拙いッ、鶚忍軍が来た」

 

 最初に気が付いたのは天武である。暗闇から飛来した手裏剣を指先で受け止める。もしそれがなかったらオレの眼球に突き刺さっていたかもしれないな。

 

 暗闇に紛れて清水の舞台に上がって来るのは、足音もなく気配も薄い忍者たちである。猪突猛進で圧倒的な膂力を振り回す破戒僧たちとは違って、静かで冷たい殺気を放ってくる。

 

「鶚? アイツの親族か?」

 

「あぁ、鶚忍軍の本拠は近畿にあるから動かしやすかったんだろう」

 

「なんで鶚の身内が襲い掛かってくるんだ」

 

「いや、職業傭兵だから雇い主次第では敵対することもあるよ。九号は政府寄りだけど、鶚衆全員がそういう訳じゃない……そうだろう?」

 

 天武が問いかけると、オレたちを取り囲む忍者たちの一人が前に出て来る。首に巻いていた襟巻を僅かに緩めると、そこには鶚銀子によく似た顔つきの少女がいた。

 

「御意、我ら鶚衆、本日は京都仏門に雇われております」

 

「そうか、君たちの次期棟梁と俺たちは同盟関係にあるんだけど、その辺はどうなのかな?」

 

「何一つ問題はございません。お姉さまも弱卒はいらぬと言われるでしょうから。ここで我らが死のうとも、貴方が死のうとも、弱い方が悪いで片付く話でござる」

 

 ござる? こいつ、さてはキャラを作ってるな。

 

「なるほど、なら問題はなさそうだね」

 

 問題はないのか? 天武はこういう時の思いきりの良さというか、躊躇の無さは正直恐ろしいな。いや、別に殺す気はないんだろうが。

 

「因みにこれは提案なんだけど、もし俺がそっちの雇い主よりも大きな額を払うと言えば、こちらの味方になってくれるかな?」

 

「いえ、それは難しいでござる……我々の目的は金にあらず、お姉さまが見定めた種馬の味見をする為に参戦いたしましたので」

 

「……うん?」

 

 天武がとても困惑した声を上げた。こいつのこういった反応はとても珍しいな。

 

「笹凪天武、我ら鶚衆の種馬候補第一位、その器が確かなものか確かめさせてもらうでござる!!」

 

 そう言って鶚衆はいやらしい笑みを浮かべると一斉に襲い掛かって来るのであった。恐ろしいことにこいつらの目的は天武の体であったらしい。

 

 鶚はそういう奴だったな、その身内もやはりアレな思考であったということか。

 

「そちらが我らに勝てれば一族揃って嫁となろう、我らが勝てば手足を落として子種を吐き出すだけの装置とするでござる!!」

 

「そうだった、こいつら話が通じないんだった!?」

 

 天武は迫る鶚衆を撃退しながらそう叫ぶ。これまた珍しい反応であった。

 

 大変だなアイツも、どこか他人事のように思いながら眺めていると、何故か矛先はこちらにも向いてしまう。

 

「ついでにそこの男も拉致するでござる」

 

「なんでだッ!?」

 

「風の噂では二十号に勝利したとか、ならば種馬衆として迎え入れよう。皆の者、手足を落とせ!!」

 

「クソ、話が通じない!!」

 

 京都になんてくるんじゃなかった、オレは心の底からそう断言することになる。

 

 鶚衆の攻勢を凌ぐ為にオレと天武は再び背中合わせで戦うことになる。貞操と手足の危機であることから破戒僧と戦っていた時よりも遥かに呼吸を合わせられたと思う。

 

「清隆、暗器や毒に注意を払え!!」

 

「そうらしいな」

 

 まず最初に飛び出してくるのが拳ではなく口から吐き出した針であるのだから、さっきまで戦っていた坊主たちとは根本の戦闘思想が異なる相手ということだろう。

 

 武術ではなく暗殺術を研ぎ澄ました連中、質が悪いのは小技だけでなく身体能力も怪物めいている所だろう。鶚がそうであるように一見華奢に見えるのに殴りつけた時の感触はゴムタイヤみたいな弾力がある。当然、攻撃を受ければタダではすまない。下手しなくてもひき肉になる筈だ。

 

「臆さず進むのだ!! 笹凪の悪鬼をここで滅せよ!!」

 

 鶚衆だけでもかなりの強敵だというのに、清水の舞台から蹴り落とした破戒僧たちも集まって来たのでまた場が混乱することになってしまう。ただ旅行に来ただけなのにこんなことになるとは、超人界隈はどうなってるんだろうか。

 

「ふぅ~」

 

 背中越しに天武が落ち着いた深呼吸を繰り返しているのを感じ取れた。どうやら楽々と凌げる状況ではなくなったということらしい、天武から余裕が消えるのを見るのは初めてかもしれないな。

 

 迫る破戒僧と鶚衆を衝撃波をまき散らしながら吹き飛ばす様は、まさに悪鬼そのもの。味方ではあるのだが底冷えするような迫力があるのは事実である。坊主たちに恐れられるのもなんとなくわかってしまう。

 

「清隆、まだいけるか?」

 

「なんとかな」

 

「そうか、もう少し耐えてくれ……本命が残っているんでね」

 

「うん? なんだと?」

 

 本命? なんのことだ、まだこれ以上状況が悪くなるのか?

 

 さすがにそれはないだろうと高を括っていると、やたらと巨大な存在感を放つ存在が清水の舞台に続く階段を上がって来たことを感じ取ってしまう。

 

 なんだ、この圧力と喉が苦しくなるような迫力は。

 

「僧正だ!! 僧正が参られたぞ!!」

 

 そいつの登場に士気を上げたのは坊主たち、どいつもこいつも筋骨隆々の姿をしているのだが、そんな破戒僧たちですら小枝と称せるほどの体躯と筋肉を持つ男は頭一つどころか二つ三つは大きい。

 

 なんだあの筋肉の要塞は……身長は二メートルを余裕で超えるし腕の太さなんて俺の胴回りくらいあるぞ。

 

「笹凪の小鬼に、そちらは新参の超人か」

 

 放たれる声は、心臓を鷲掴みにされるかのような圧力が内包されている。

 

 強い……いや、強すぎる、ただ立っているだけだというのに、この場にいる全ての者が緊張していた。

 

 明らかな強者、二十号よりも、鶚よりも……なんだったら天武よりも強い?

 

「お初にお目にかかります。自分は笹凪天武と申します」

 

「ほう、あの妖怪女よりは礼儀を知っているらしい」

 

 よし良いぞ、アイツと戦うのは明らかに自殺行為だ、まずは礼儀正しく挨拶をしてなんとか対話に持ち込もう。天武、お前ならそれをやれるはずだ!!

 

 

「クソ坊主が!! 師匠を馬鹿にするとか死にたいみたいだな!!」

 

 

 なんてことを思っていたのに、天武は突然に激怒して筋肉の怪物に膝蹴りをかますのだった……お前はもっと冷静な男だと思っていたんだが、なんでそうなる!?

 

「なるほど、前言を撤回しよう。鬼の子は鬼だな」

 

 何が恐ろしいって、天武の全力の膝蹴りを受けて軽くよろめいた程度で耐え凌いだことだ。完全に化物じゃないか。

 

「恨みない……いや、取り繕うのは止めよう、恨みしかない、ここで死ね笹凪の小鬼よ!! 先祖代々積み重ねた部門の屈辱をここでお返しする!!」

 

「師匠に勝てないからって弟子に当たるとか恥を知るべきだ!!」

 

 両者の拳がぶつかり合うと衝撃波が撒き散らされて周囲にいた破戒僧や鶚衆も吹き飛ぶ。まるで台風がぶつかり合っているかのような光景だ。

 

「余所見をしている場合でござるか?」

 

 こっちはこっちで余裕はなさそうだな。鶚衆がこちらにも迫ってきている。全員が最低でも二十号以上の実力者ばかりであるのでこっちも大変だ。下手しなくても死ねる。

 

「天武ソイツに勝てるのか」

 

「勝つさ、負けず嫌いなんでね」

 

 短いながらも、確かな意思が込められた返答と共に、天武は改めて深呼吸を繰り返す。そこからの変化はまさに劇的であった。

 

 目の前にいる筋肉の要塞とでも言うべき男にも負けない程に存在感が膨れ上がったのだ。他者を圧倒する激しい烈火のような圧力と、内に秘める冷たい氷のような鋭い引力を内包させているようにも見える。

 

 激しさと静けさ、矛盾した力を同時に体に押し込めているようだ。その存在感は筋肉の要塞にも決して負けていない。

 

 こういうのを光と闇が混ざって最強に見えるとか、そういう感じなのだろうか? 

 

「おぞましい技だな、あの妖怪女は弟子にどんな修行を課しているのやら。その年齢でそこまで辿り着くのに数えきれないほどの地獄を巡っただろうに」

 

「バカを言うな、当たり前の努力を積み重ねただけだ……おかげで貴方と互角に戦える!!」

 

「よかろう!! 超えてみるがいい若造がッ!!」

 

 そして両者はぶつかり合う、清水の舞台は激しく損傷して燃え上がり、炎上して最後には消滅することになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!? ゆ、夢か……よかった、夢だ」

 

 意識が覚醒する、最初に視界に飛び込んできたのは知らない天井であった。

 

 そう言えば修学旅行中だったな、ここまで寝苦しい思いをしたのは昨晩に鬼頭と龍園がオレの枕を使って戦っていたからだろうか。

 

 なんであれ夢でよかった、さすがにあんな状況は絶対にごめんである。せっかくの修学旅行なのになんであんな漫画みたいな展開になるというのだ、ここは現実だぞ。

 

「大丈夫か綾小路、なんかうなされてたけど」

 

「あぁ、問題ない、ちょっと夢見が悪かったんだ」

 

 同じグループになった渡辺が心配そうにこちらを伺ってくる。どうやらオレが飛び起きたことで目が覚めてしまったらしい、悪いことをしてしまったな。

 

「汗びっしょりだぞ」

 

「……そうだな、温泉でも入って来る」

 

 寝汗で浴衣が湿って気分が悪い、まだ朝早いが温泉にでも行こう。それで頭をスッキリさせれば落ち着けるだろう。

 

 せっかくの修学旅行なんだ、面倒事や苦しい思いはしたくない。奇妙な夢はさっさと忘れてしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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