二日目の夜。相変わらず俺は伊吹さんと他クラスからの工作員を警戒して不寝番をしていた。
篝火を前にして丸太の椅子に座り。昼の間に見つけたいい感じの石を手に持ち、今日も美術的活動で夜を過ごそうと思っている。
体と脳は半分寝かせている状態だ。昨晩とは反対側を。
「……」
カリカリと指で石を加工しているのを同じ丸太に座って眺めているのは清隆である。どうした訳か彼は疲れたような顔で俺を見つめていた。
「なかなか上手いもんだろ?」
「そうだな……せめて彫刻刀でも使ってくれてたら、突っ込みどころも無かったんだが」
「師匠が言ってたんだけど、人の指は万能の武器らしいよ。どんな場所にも持ち込めて切ることも突くことも砕くこともできるから、扱いやすいって……彫刻刀の代わり程度にはなるさ」
「……もう何も言うまい」
ここ最近、清隆のこういった顔をよく見るようになったと思う。親しくなったってことなんだろうな。
次に彼の視線は篝火の前に置かれた狐に移る。昨晩に彫ったそれは別に意識した訳ではないのだが、雄っぽい雰囲気になってしまったので、今彫っているこの石は雌っぽい雰囲気にしようとしている。
「せっかくだし二つ並べて神社みたいな感じにしたいな。最終日辺りには祠なんかが出来ていれば嬉しい」
「今が試験中だってわかってるのか?」
「夜の間は暇だから良いじゃないか」
「寝ればいいだろ」
「伊吹さんがいるし無理かな……でも大丈夫だよ、頭と体の半分は寝かせてるから、毎晩交互にそれを繰り返せば実質熟睡だ」
「偶に、俺と天武の会話が噛み合わなくなるな……」
そうだろうか? 寝れば良いと言われたから半分寝てるって答えただけなのに。
「そうだ、伊吹さんはどんな感じだった?」
「昼の間に大っぴらに動くようなことはしないだろう。実際、大人しいもんだった」
「そりゃそうか」
「ただ伊吹を保護した場所を調べてたんだが、目印を発見して、その真下を掘ってみると無線機が出て来たぞ」
「へぇ、クラスから追い出された子がね」
「あぁ。それと鞄の中にはカメラもあった」
「わかってはいたことだけど、これで確定かな」
「だろうな……Bクラスにも同じような生徒がいたんだろ?」
「ん、一之瀬さんもスパイだってわかった上で受け入れてたね」
俺と堀北さんが昼の間に他所のクラスに偵察してきた内容と印象はもう清隆にも伝えてある。特にCクラスの様子には感心した様子も見られた。
「龍園は面白い男だと思わないかい?」
「否定はしない」
「少し清隆と似た所もあるよね」
「オレと?」
「あぁ、枠に囚われない発想を出す所とかさ。リーダー変更作戦とか、ゼロポイント作戦とか……ルールの裏やグレーゾーンを上手く利用する感じとか特に」
「スポット装置を引っこ抜いて試験を越えようとしているお前に言われてもな」
「俺のは王道な攻略方法だろ」
清隆がその言葉に「どこがッ!?」とでも言いたそうな顔をする。もしかしたら俺は彼から非常識な男と思われているのかもしれない。
「まぁ龍園の考えはわかる、要はリーダー当てに最初から焦点を向けたんだろうしね。来るとわかっていればどうにでもできる。無線機なんて用意するくらいなんだ、島に潜んで首を長くしながら報告を待ってるんだろうさ」
「あぁ、だから問題なのはAクラスの方だろう……もしCクラスがリタイアするのならば、その物資はそちらに流れて行く筈だ」
「龍園はどんな条件にしたと思う?」
「おそらくプライベートポイントだろうな。具体的な金額まではわからないが」
「もしリーダー当てに失敗したとしても、しっかり保険となる利益を残しておくんだから、油断できない相手だよ」
「そうだな……確かに、面白い相手だ」
伊吹さんに関しては俺がここで不寝番をしていればほぼ封殺できるだろう。昼間に馬鹿な真似をしないとも言い切れないけど、その場合は必ず工作員だとバレるはずだ。人の目も沢山あるから。
「ようやく、この試験の着地点が見えてきた感じだね」
「Aクラスに関してはある程度の花を持たせる感じで行くんだろ?」
「勝ち過ぎず、負け過ぎずな感じが理想かな、派閥争いは一日でも長く続けて欲しい……とは言え今回は下手したら清隆の退学もかかってるからな、一位は絶対に譲れない」
「わかった、できるかどうかはわからないが、その方向で行こう」
「深く考える必要もないさ。無理そうならそれはそれで良いんだから」
今の流れのままだとAクラスのリーダーは指名しないことになるかもしれない。あちらが指名して玉砕することも考えられるが、なんであれ葛城の立場を追い込み過ぎても困るのだ。
一年生で最も総合力が高い集団がAクラスである。そんなクラスが真っ二つになっているのならば、これほど嬉しい状況もないだろう。一日でも長く身内で足を引っ張り合ってもらいたい。
その間は他所のクラスに関わっている時間も余裕もないだろうし、一之瀬さんはその性格上、強引な手段はとってこないだろう。暫くの間は龍園だけに集中していられる状況が好ましい。
「Cクラスのリーダーは龍園だろうな、彼の近くにも無線機があったしね……今頃茂みの奥で目を光らせてるのか……或いはAクラスの拠点で保護されてる可能性もあるのか」
「協力関係を結んでいるんだ、否定はできないだろうな」
まぁそれならそれで別に構わない。この試験の着地点はもう見えているからだ。
「明日以降もスポットの回収を頑張ってくれ」
「そうしたいけど、わかりやすい場所は殆ど回収できたし、他所のクラスが占有している物まではさすがに持っていけない……わかり辛い場所にある隠しスポットみたいなのがあれば良いんだけど、或いは他所のクラスの占有が切れた段階で横から掻っ攫うとか」
Aクラスの偵察帰りに見つけたあのスポットみたいなものがまだあれば良いんだけどな。
「スポット回収と並行して食料の確保も行うよ。微々たるものだけど一食浮けばそれだけ有利になるだろう」
「そうだな」
狙いはやっぱり海とかかな、ざっと島を見渡した感じ獣はいなかったから、必然的に魚を取ることになるだろう。
「クジラでもいれば良いんだけどね」
もし確保できれば食糧問題が一気に解決することになる。
「いたとして……狩れるのか?」
「さすがに無理か、普通の魚で満足しとくよ」
師匠ならクジラでも象でも色々と毟り取って終わりなんだけどな。
「そうしてくれ、さすがにクジラまで仕留められると、どう反応していいかわからなくなる」
やっぱり清隆の中で俺は非常識な奴という評価になっているんだろうか?
親しくなっているのは間違いないのだろう。こうして夜中に今後のことや方針を語り合える関係というのは相棒みたいで悪くない。
せっかくなので話をする間、清隆にも芸術的活動を手伝って貰おう。俺が石を割り砕いて作った石器の刃物を渡して彫刻刀代わりにすると、彼には狐を納める為の祠を作ってもらうことにした。
それほど派手な物でなくていい、簡単で雑な物でいい、試験中の暇な時間を過ごす為の趣味みたいなものだから。
そう伝えると清隆は怪訝そうな顔をしながらも、何だかんだで付き合ってくれるのだった。きっと眠くなったらテントに帰るだろうからそれまでの間は手を貸してくれるらしい。
石器の刃物を使って人間の腕くらいの太さがある枝を加工していく清隆……なんだろうな、彼が芸術的かつ文化的な行動に勤しんでいる姿がどうにも違和感を覚えてしまう。
無表情だから嫌がっているのかどうかもわからない。でも文句は言わないので不満という訳でもないのだろう。
黙々と作業している横顔は……う~ん、どうだろうな。もしかしたら楽しんでいるのかもしれない。
「二人とも、寝ないのかい?」
そんな俺たちに声をかけてきたのは、テントの中から出て来た平田である。
「普段はこの時間に寝ないから、あまり寝付けないんだ」
「オレも似たようなもんだ」
「そっか……わからなくはないけど、笹凪くんは昨日も寝てなかったよね?」
「大丈夫だよ。交互に半分寝させてるから」
「……あ、うん」
何故か平田が何とも言えない顔になった。
「それに、伊吹さんもいるからな。見張りが一人くらいは必要だろう」
「伊吹さんか……やっぱりスパイだって警戒しているのかい?」
平田は篝火を間に挟んで俺と反対側にある丸太に腰かけた。
「この状況で他所のクラスの生徒がいるんだ。疑わない方がおかしいよ」
「……そうだね」
平田としても当然ながらそういった考えがあったのだろう。それでも受け入れると決めたのは彼なりの良心なのかもしれない。俺も似たような考えなので否定はできないな。
「彼女に関してはこっちに任せて欲しい。上手くやるからさ」
「うん、わかった。でも無理はしないで欲しい。笹凪くんはこのクラスの柱みたいな人なんだから、倒れてしまうと大変なことになってしまうよ」
「褒められて嬉しくはあるが、そこまで大層なものでもないと思うけどね」
「そんなことはないさ。君がいてくれたからこそ、ここまで上手くこのクラスは回っているんだと思う。僕だけだともっと混乱していただろうから」
前から思っていたが、平田は少しだけ遠慮が過ぎるというか、自信がないようにも思える時がある。常に配慮を欠かさない男であるし、総合的な能力も高いので、もっと力強く振る舞うこともできる筈だが、それをしない。
「笹凪くんがやったスポット回収作戦。最初は驚いたけど、そのおかげでクラスメイトには大きな余裕やゆとりが出来たんだと思うんだ。皆、いきなり無人島で生活しろって言われて不安だった筈だ。でも上手く乗り越えられる道筋を最短で示してくれたんだから、とても助かったと思ってる」
「あまり褒められると照れて来るが、悪い気はしないものだね」
少しだけおちゃらけてそう言うと、平田はクスッと爽やかに笑って見せた。
「……ところで、さっきから気になってたんだけど、二人は何をしているんだい?」
「文化的活動だよ。夜は暇だから」
俺は石を毟って狐の形に、清隆は木を石器で加工して祠に、そんな役割分担である。
平田は試験中なのに何をしてるんだと言いたそうな顔になったが、それをグッと呑みこんで心の奥底にしまったらしい。
「あまり無理はしないようにね」
「任せてくれ。何も大規模に作ろうって訳じゃないんだ。ちょっと暇つぶしの延長だから、そこまで拘ったりしないさ」
「う、うん、なら大丈夫だね」
さすがは平田、配慮の行き届いた男である。でも大丈夫なんだ、一週間くらいなら交互に体を眠らして越えることができるから、正直あまり疲れたりはしない。
俺が指先で石を狐の形に変えていく光景を眺めている平田は、何とも言えない絶妙な顔になっており、眉間に寄った皺を解すように摘まみながら丸太の椅子から立ち上がった。
「僕はもう寝るよ」
「おやすみ、良い夜を」
「うん、おやすみ」
もしかしたら平田は感謝を伝えたかったのかもしれないな。律儀な男である。
「清隆も眠くなったら休んで良いからな」
「あぁ、そうする……だがもうちょっと続けようと思う。どうにも納得できない部分があってな」
石器で木材を加工して祠用の骨組みを作っている清隆であるが、意外にも変なこだわりを見せて来る。
俺が思っていたよりも芸術肌な人間なのだろうか? 何かに集中してこだわっている清隆は珍しいので見ていて面白い。
特別試験の最中に一体何をやっているんだと言われてしまえば、俺は何も言い返すことができないだろう。
「意外に凝り性なんだな」
「そうなのかもしれん。こういうのは初めてだから興味深くもある」
「彫刻とか絵画とかしたことなかったのか?」
「知識として知ってはいる。教養の一つとしても理解している……だがそこまで造詣が深い訳でもない」
もし美術のテストとかがあったとしたら、きっと清隆は満点を取れるのだろう。だがそれが作品を作る類のものだったりするとまた違う結果になるのかもしれない。
知識として知っていることと、芸術に精通していることはまた違うということだ。
どれだけ頭が良くても、百年先まで残るような作品を作れる訳ではない。そういうことなんだろう。
天才とはなんだろうか……まぁ別に天才芸術家を作りたい訳ではないんだろうけど。
そう考えると清隆はとても歪な人間に見えるな。作品を作る経験と才能と、美術に対する知識が吊り合っていない、そんな評価に落ち着くことになる。
ホワイトルームか……俺が言うのもなんだが、歪な空間に思えてしまうな。
百年先の未来だけが天才か否かを証明することができると俺は思っている。だというのに彼らは天才を作ろうとしている。
未来の話は俺の個人的な見解であり考えでしかないから、きっと他人には受け入れ辛い考え方なのかもしれない。
隣で黙々と作業する清隆を眺める。どこか機械的にも見える彼だが、少しだけ楽しそうにも見えるな。
いつか彼にも情熱を傾けられる趣味のようなものが見つかるのだろうか?
もしそんな何かが見つかれば、百年先の未来の教科書に清隆の名前が載るのかもしれないな。