「それでは、お世話になったことに感謝して、礼」
いよいよ試験最後の朝、つまりこの点呼で試験は終わりである。生徒たちは海岸に呼ばれておりそこで結果発表となるだろう。
Dクラスの前に置かれているのはミニチュアサイズの神社である。清隆だけでなく暇してそうな奴らに声をかけて作り上げたそれは、なんの器具もないこの無人島で作ったにしては中々の出来であった。
祠の正面には幾匹かの狐が並んでおり、鳥居だって作った。まさに小さな神社という感じである。
作っている内に変な愛着が湧いて来たもので、こうして別れの時が来ると寂しいものがあるな。
手伝ってくれた清隆もどこか寂し気である。神妙な顔つきで両手を合わせている。機械のような男が祈る姿勢をするのはどこか違和感があったが、これはこれで良い傾向なのかもしれない。
Dクラスはミニチュアサイズの神社に背を向けて、この試験を終えることになる。
茶柱先生だけは、そんな俺たちを奇妙なものでも見たかのような目で眺めているのだった。お前たちは試験中に何をやっているんだとでも言いたげな顔である。
長いようで短かった無人島での特別試験も遂に終わりを迎えることになる。最終日の夜を超えて点呼の時が訪れたことでようやく生徒たちは緊張を完全に解くことができただろう。
俺だってその一人だ。豪華客船の中にあるフカフカのベッドで休みたい。体と脳を半分ずつとかじゃなくて。
食事だってしっかりした物が欲しい。カロリーメイトと野菜と魚だけでなく、がっつりと肉が欲しいな。
「流石に、皆疲労が濃いようだね」
「それはそうだよ、過酷な試験だったから」
「平田もお疲れさま、大変だったろう?」
「笹凪くん程じゃないさ。そして改めてお礼を言わせて欲しい、君がいなければここまで穏やかに結果を聞けなかったと思うから」
「褒めてくれるのは嬉しいな、鼻が長くなってしまう」
試験を終えて点呼が完了すると、いよいよ結果発表となる。今、この海岸には一年生全てが集められていた。
Dクラスは勿論のこと、他のクラスも勢ぞろいで結果を待ちわびている状態だった。
「堀北さんとも一緒に結果を聞きたかったんだけどね」
「仕方がないさ、彼女のリタイアは利確させる為に絶対に必要だったから」
「その辺の事情はクラスの皆が納得してる。責める人はいないと思うよ」
この海岸に来る前に、クラスメイトたちには堀北さんのリタイアとその理由、そして必要性を説明している。誰もが納得した様子であったので心配はいらないだろう。
「それにしても……Cクラスは異常だね、別次元だ」
大半の生徒が既に船の上だろうからな。
「どうして龍園くんだけはリタイアしてなかったんだろう?」
「彼は基本的に人は信用しないからな、指示だけだして船の上では不安で一杯だったんだろう」
「あはは、かもしれないね」
その龍園は少し離れた位置でこっちを睨みつけている。あの表情だけでは伊吹さんから報告された曖昧な情報だけでDクラスのリーダー指名をしたのか判断できないな。
だがニヤニヤした表情でこちらに近寄って来て煽ってこない辺り、彼も結果を完全には読み切れていないのかもしれない。
『これより特別試験の結果を発表する』
さて龍園の計算が外れるのか否か、そんなことを考えていると、真嶋先生が拡声器を使っていよいよ結果を教えてくれるらしい。
『そのままリラックスしてくれて構わない……どうした葛城?』
だがそれに待ったをかける生徒がいた。それはAクラスのリーダーである葛城であった。
彼は申し立てたい意義があるかのように高く手を伸ばし、視線だけは俺を見つめている。何かしらケチを付けたいんだろうか?
「真嶋先生、割り込んでしまいすいません。しかし試験が完全に終了する前に一つだけ提議したいことがあります」
『葛城、それはなんだ?』
「Dクラスの不正疑惑についてです」
浜辺に集まった生徒たちが葛城のその発言にザワザワとうろたえて、多くの視線がDクラスに集まって来る。
仕方がない、前に出るか。
「不正疑惑と言ったな、それはどういったものなのかな?」
「お前たちDクラスはスポット装置を確保して場所を移動させていた、そうだな?」
当然ながら葛城もこちらの作戦は理解していただろうな。占有が切り替わるタイミングでフリーになったスポットを引っこ抜いたりしていたから。
「あぁ、確かに。しかし君はスポットの独占は正当な権利だと言ったような気がするけど? その言葉を翻すのかな?」
「二言はない、そこは変わらない。だが装置を持ち去った方法に関しては疑惑がある」
「ふむ、具体的には?」
「スポット装置の多くが移動させられないようにしっかりと固定されていた。岩や壁にはめ込まれていたり、ボルトナットや鎖で固定されていたりと様々だが、簡単に動かすことはできないようになっていた……専用の工具でもない限りは不可能だ」
「つまり、君は俺たちが違法な手段で工具類を島に持ち込んだと言いたいのかな?」
「その通りだ」
「島に入る前に身体検査はしたと思うけど」
「だが、そうでなければスポットの回収は不可能だ」
ふむ、どうしたものだろうか? 素手で引っこ抜いたと説明して彼が納得してくれるとは思えない。
ザワザワと海岸に集まった生徒たちの動揺が聞こえて来る。葛城の主張である私物の持ち込みによるスポットの回収という言葉は、一定の影響を与えたらしい。
素手で引っこ抜いたんだけど、それで納得してくれないだろうか。
或いは彼の中にも焦りがあるのかもしれないな。Cクラスとの共闘でこの試験を圧倒的な大差で乗り越えられると考えていた葛城は、こちらの作戦に驚き動揺しているのかもしれない。
ケチ付けるだけならばタダ、それで上手くいけば儲けもの、そう考えると俺が彼の立場でも同じことを言うのかもしれないな。
「ええっと、工具類は持ち込んでない。全部素手で引っこ抜いたからさ」
「こちらは真面目な話をしているんだが?」
「こっちも真面目な話をしているよ」
別にふざけてないし嘘も付いていない。煽ってもいなければ馬鹿にしてる訳でもない。
「あぁ確かにな、もしそんなことをしてたんなら、ルール違反になるだろうよ」
「おい龍園、乗っかってくるんじゃない。変な悪あがきは止めるんだ」
ここでゴネた所で結果は変わらないだろうに、それとも1パーセントでもこちらにルール違反のペナルティを押し付けられたら御の字とでも思ってるのか?
「はぁ……葛城、君はどうしたいんだい?」
「Aクラスは、Dクラスが違法な工具を持ち込んだものとして学校側に提議するつもりだ」
「やれやれ、どう証明したもんかな……別に悪いことはしてないのに裁判にでもかけられてる気分だ」
もしこのまま葛城の主張が押し通されたとしよう、可能性は低いだろうが俺がやったことがルール抵触するのではないかと議論でもされてしまうのは困る。グレーゾーンな行為だという自覚はしっかりとあるからだ。
大丈夫だとは思うけど、もし万が一ペナルティでも与えられて見ろ、これまでの苦労が全部吹っ飛ぶ。
周囲を見渡してみるとザワついている生徒たちの姿と、教員たちが設営したと思われる大きなテントが見えた。
確かあそこにはポイントで購入できる様々な物資が保管されていた筈だ。ならあれがあるだろうか。
「茶柱先生、今からポイントで購入したい物があるんですけど、構いませんか?」
「……何を購入するつもりだ?」
「Dクラスが違法な私物を持ち込んでスポットを回収した訳ではないと証明する為の物です」
確かポイントで買うことのできる物資の中に、キャンプ道具類があった筈だ。その一つにシャベルがあった筈。
それ一つだけならば確か1ポイントで買うことが出来たはず。今更大した出費でもない。
茶柱先生は少し考えた後、問題ないと判断したのか俺が要求したキャンプ用の頑丈なシャベルを持ってきてくれた。
全て金属で作られたシャベルはとても頑丈そうだ。それを受け取った俺はとりあえず、グッと力を込めてくの字に折り曲げる。
そこから更に折り畳んでいき、グネグネと形を変えていく。
最後におにぎりでも握るかのようにギュッと両手で押し込むと、鉄製のシャベルはソフトボールよりも少し大きいくらいのサイズで丸くなるのだった。
「はい、これが証明だよ」
「……」
丸く固められたシャベルだった物を投げ渡すと、葛城は何とも言えない表情でそれを受け取った。
あれだけザワついていた生徒たちも今は静まり返っている……というかDクラス以外の、この場にいた全員がチベットスナギツネみたいな顔をしていた。
「これで文句は出ない筈だ。俺は素手でスポット装置を取り外して持って帰ってたんだ。別に工具を島に持ち込んでた訳じゃない……反論はあるかな?」
「……」
葛城は無言である。手に持った丸められたシャベルだった物を見つめながら、いつまでたってもチベットスナギツネから戻ってこない。
どうやら完全論破に成功したらしい。
「ないみたいだね……それよりも、他所のクラスにケチ付けるよりも前に。君は自分のクラスをしっかり見た方が良い」
「なんだと?」
ようやく葛城は狐から人間に戻って来る。
「今回の試験、俺たちは戸塚をリーダーとして指名した」
彼の顔が驚愕で満たされる。何故バレたと百の言葉よりも雄弁に説明してくれていた。
「どうやらAクラスの中には、君を陥れたい勢力がいるみたいだね。おかげでとても助かったよ」
必殺、坂柳派に全部の責任を押し付けちゃえ作戦である。これで彼らの対立構造はより深まって足の引っ張り合いを激化させてくれるだろう。
「お、お前らッ!? 裏切ったのか!?」
戸塚が俺の言葉に盛大に反応してくれて、坂柳派を糾弾してくれた。こうして見るとAクラスは綺麗に二勢力に分かれているのがよくわかるな。
裏切った、裏切ってない、そんな罵り合いを二つに分かれて言い合うAクラス……というか神室さんって坂柳派なんだな。初めて知ったかも。
まぁ彼らの対立は好都合なのでこのまま放置である。これで今回の試験での失態は葛城一人の責任ではなく裏切り者の存在がいたからだと思われて対立が長引く筈だ。今はそれでいい。
「それじゃあ真嶋先生、結果を聞かせてください」
「あ、あぁ……わかった」
どうした訳か真嶋先生にまで引かれてしまっている。俺はただ無実の証明をしただけなのに。
でもこれでようやく結果を聞けるだろう。変な悪あがきの声も完全に鳴りを潜めたからな。
『えぇ……では、結果発表を行う』
真嶋先生が気を取り直して拡声器を使って生徒全員に聞こえるように声を広げた。
『では最下位――――Cクラス、50ポイント』
その発表と共に龍園から舌打ちの音が届く。怒りや苛立ちでない辺り、やはり不確定で不透明な状態だったのか完全には読み切れてはいなかったのだろう。この感じだと龍園はDクラスのリーダーを指名しなかったみたいだな。博打には打って出てこなかったか。
AとBのリーダーを指名して100ポイント、そしてDクラスが龍園をリーダーだと指定したので50ポイントだ。
『3位はBクラスの140ポイントだ』
次の発表にBクラスからは落胆とも歓声とも取れる声が広がった。おそらく金田が上手くリーダーを看破したのだろう。予想より少ない数値である。
おそらく龍園はBクラスのリーダーを指名したのだろう。それは正解でボーナスポイントが入っていた筈だが。結局龍園がリーダーだとこちらが指名したのでボーナスポイントは全損である。
『2位はAクラス……170ポイント』
またザワつきがAクラスを中心に広がっていく。これは龍園とDクラスがリーダーを指名した結果のマイナス100ポイントだろうな。スポットをどれだけ占有しようがリーダを当てられてしまうと得たボーナスポイントは全て無効になってしまう。わかりやすい。
だから俺たちも終了直前でリタイアさせて利確させる必要があった。
『最後に1位はDクラス……』
そこで真嶋先生は言葉を詰まらせる、信じられないとでも言わんばかりに。
『……422ポイント』
その瞬間Dクラスから爆発するような歓声が広がった。わかってはいたことだがこうして確定した結果を知れるのは嬉しいものがある。ようやく安心出来たとも言えた。
高円寺と堀北さんのリタイア、そして生活に必要な物資類でかなりの数のポイントを使用したのだが。それを補って余りあるポイントをスポット独占作戦は齎してくれて、トドメとばかりにリーダーの指名によるボーナスを得ることができた結果である。
まさか初期値の300ポイントより大きくなるとは思っていなかったのだろう。でも不思議なことでもない。最終的にスポット装置は当初の予定を上回る十個以上を集められたからだ。回収のタイミングや占有の際の僅かなズレで多少は減るにしても、数の暴力で200ポイント以上は得ることができる計算である。そこにAとCのリーダー指名も加わった結果だ。
もし、こちらのリーダーを当てられていれば、このボーナスポイントが全て無効扱いになっていただろうから、やはり堀北さんをリタイアさせて良かったのだろう。
石橋を叩いて渡った結果がこれなのだから。これが本当に慎重な立ち回りと葛城に言ってやりたい。
「わかってはいたことだけど、嬉しいものだね」
俺は平田と拳を重ね合わせる。
「やったな……ほら清隆も」
「あぁ」
コツン、と拳を軽くぶつけ合う。さすがに彼もいつもの無表情ではなく安堵と嬉しさが読み取れる顔をしていた。
「まずは勝利だ……茶柱先生も文句はないだろうさ」
「だと良いんだがな」
これで結果が振るわなかったから清隆を退学させるだなんて言い出そうものならば、いよいよこちらも手段を選ばず行動するしかなかった。
歓喜と興奮に満ちるクラスメイトたち。それぞれ不自由な無人島生活を乗り越えて、こうして結果が伴ったのだから、嬉しさも留まる所を知らないだろう。
四月頃に比べると、随分と団結感が出て来たと思う。この特別試験でそれはより深まったのは間違いない。
「よぉ」
だがそんな歓喜に水を差す男が一人、龍園である。
「ククク、ゴリラ野郎が……随分とまぁやりたい放題してくれたもんだな」
「おや、この結果もありえるかもしれないと君は思っていたんじゃないかい?」
「まぁな、伊吹がここまで使えないとは思ってなかったぜ」
「彼女はよくやっていたよ。ただ俺たちが一枚上手だっただけさ」
「ゴリラが何を偉そうに……なぁ一つ聞かせろ」
「何かな?」
「Dクラスのリーダーは鈴音か?」
「そうだよ」
「だとしたらお前は伊吹に本当にリーダーを教えていた訳だ、間抜けにもな」
「教えても何も問題はなかったからね。堀北さんがこの場にいないのがその答えさ。君がもしかしたら博打で指名してくるかもしれないんだ。そう考えたら30ポイントのマイナスなんて大した数字じゃない」
「……なるほどなぁ、正当な理由なくリーダーの変更はできない、だったか。知恵の回るお利口なゴリラじゃねえか」
「堀北さんは体調を崩していてね、それは正当な理由になりえるだろう?」
龍園の笑みがますます深まる。どこか蛇を思わせた。
「俺たちはもう二日目の段階で、どう勝つかじゃなくどう終わらせるかを考えていた……君が何をどうしようが結果は変わらなかったよ」
俺は船に戻る為に歩き出し、すれ違いざまに龍園の肩を軽く叩く。
「お疲れさま。一人で無人島生活は大変だっただろう? 船に戻ってゆっくり休むといい」
「良く聞けお利口ゴリラ……お前は俺が潰す。必ずだ。その時が来るまでせいぜい震えていろ」
「楽しみにしている」
そこで龍園を置いて船に戻っていく。もうこの場で彼と話すことは何もない。
「面倒な奴に目を付けられたみたいだな」
清隆は隣を歩きながらも、振り返って龍園を眺めていた。
「いいさ、ライバルと切磋琢磨するのも、高校生あるあるだって師匠が言ってたしね……彼に敵意を向けられるのは不思議と嫌な気分にならないんだ。きっとこれが青春って奴なんだろう。人生に必要な物なんだ」
また一つ、俺は高校生あるあるを経験したということだ。一つ成長したということであった。
「いや、それは違うと思うぞ……」
やっぱり師匠は凄い、人生に大切な全てを教えてくれる。俺をジャングルに放り込んで一カ月放置したのも、きっとこういった試験が行われると予期していたからに違いない。師匠は未来を予知していたのだ。
これはもう、全ての道はローマではなく師匠に通じていると言っても過言ではないだろう。
改めて師匠の偉大さを感じ取れる、そんな一週間だった。