ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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小話集

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「橋本正義から見た笹凪天武」

 

 

 

 

 

 

『そうでしたか。思っていた以上に葛城くんはしぶとい……いいえ、他所のクラスにお節介な方がいるようですね』

 

 スマホの通信が届ける声は鈴のように澄んだ声色をしていた。それだけを聞くならば美しい女性を連想させて、それは決して間違いではないのだが、実物を知っているとなかなか可愛いとは言い辛いものがあると俺は思う。

 

 無人島から始まった一連の特別試験が終わり、船も本土へと向かっている頃合い、俺は忠臣らしく自分が仕えるお姫様に報告を行っていた。

 

 坂柳有栖、仕えてるお姫様はスマホの向こうで何が面白いのかクスクスと笑っているらしい。

 

「どうしましょうか? 二学期以降の一党体制は大幅に予定が狂いそうですが」

 

『橋本くん、クラスの様子はどうですか?』

 

「葛城への高評価が半分、不満も半分って感じでしょうか。クラスポイントはわかりやすく増えて、毎月の支払いもまた増えましたので。買収戦略が得意な男なのかと噂されています」

 

 俺がそう言うとお姫様はまた鈴のような笑い声をスマホ越しに届けた。

 

『それは違いますね。得意なのではなく、それしかできなかったと言うのが正しいでしょう……聞いた限りでは無人島でも船の上でも、葛城くんは自ら望んでそうした訳ではないでしょうから』

 

「本人は納得しているようでしたが……」

 

『そう誘導されているのですよ。無人島では龍園くんが、船の上では笹凪くんが、特に後者は徹底的に逃げ道を潰した上でそうなるように仕向けておきながら、最終判断だけを葛城くんに押し付けていますね』

 

 何が面白いのかまた笑い声が届く……声だけ聴けば美しいんだが、おっかないと俺は思ってしまう。

 

『笹凪くんはおそらく試験の説明を受けてすぐに優待者の法則を解き明かして、葛城くんに取引を持ち掛けた、それも龍園くんの作戦を参考にして……もし葛城くんが断っても一之瀬さんに話を持っていき、そこすら断られたら自分たちで全て指名してしまえば良い。試験にどう勝つかではなく、どう終わらせるかを考えていた時点でこの結末は決められていたのでしょう』

 

 だとしたら笹凪天武という男はとんでもない怪物だ。無人島でもやりたい放題をしてありえないようなポイントを稼いでおり、船の試験でもたった一人で全てを俯瞰してコントロールしていたことになる。誰も彼もがどう試験を攻略するか考えている中で、アイツだけはどう終わらせるかを考えていたのだ。

 

 ハッキリ言って、怪物だった。

 

『実に素晴らしい……試験に参加できなかったことが悔やまれるほどです』

 

「え~と……これからどうしましょうか?」

 

 Aクラスは危機的状況だというのに、スマホの向こうにいる人物はどこかそんな思いが共有できていないようにも思えてしまう。

 

『日程的にも特別試験が挟まれることはもうないでしょうから、大人しくしていてください』

 

「わかりました」

 

『笹凪天武くん……さすがはあの方の愛弟子ですね』

 

「奴をご存知なので?」

 

 小さな呟きを見逃すことはできなかった。

 

『いいえ、直接の面識はありません。ですが彼の恩師と私の父は知人ですので、その関係で幾度か話題に上がったことがあります』

 

「そうでしたか……それでは報告を終わります」

 

『えぇ、真澄さんにもゆっくり休むように伝えてくださいね』

 

「わかりました、では」

 

 スマホの通信が途切れた瞬間にドッと疲れが広がってしまう。電話越しに疲れる相手なんてこの人くらいだろうな。

 

 報告をした時はもしかしたらお怒りの言葉でも耳に叩きつけられるかと思ったが、想定よりも穏やかな対応だったので安心した……それが不気味でもあるのだが。

 

「アイツ、なんだって?」

 

「ゆっくり休めってさ」

 

 船の中にある割り当てられた部屋に帰る前に、どうせなら目的の人物に接触しようかと思っていると、俺と同じようにお姫様に仕えている神室が姿を現した。

 

「葛城派はどんな感じだったんだ?」

 

「戸塚は葛城よいしょでうざいし、他の奴らも似たような感じ……まぁ、内心はどうか知らないけど」

 

「毎月45000ポイントが財布から無くなるんだ、全員が納得なんてするかよ」

 

「それね……今は良いかもしれないけど、もしクラスポイントが大きく減ったらどうするつもりなんだか」

 

「葛城だってそこは考えてるだろ。自信があるんじゃないか?」

 

「どこからその自信が湧いてくるんだって言ってるの……無人島じゃあ龍園の、前の試験では笹凪の掌の上だった癖にさ」

 

「そういや、神室は笹凪と知り合いなんだったっけ? よければ紹介してくんない?」

 

「知り合いだけど、別に親しくないし……そもそも何でよ?」

 

「別に大した理由はないっての、アイツはDクラスの……いや、Bクラスのリーダーみたいなもんだろ? 交流があった方が何かに使えるかもしれないしな」

 

「そう……好きにしなさい。さっき遊戯室に入っていくのが見えた」

 

 遊戯室か、部屋に籠られるよりは接触は楽だな。

 

 さっそくとばかりにそちらに足を運んで目的の人物を探す。試験が終わって開放感があることから遊戯室には多くの生徒がいるが、あの男は変な引力があるのですぐに見つけることができた。

 

 クラスの友人とビリヤードをしている、そこだけぽかんと人気がないのは、奴が纏っている独特の雰囲気のせいだろうな。

 

 視線を引きつける変な引力と反発するような迫力も持っている男だ。矛盾しているのに不思議と調和がとれているのは見事というほかない。

 

「おっと、悪いな」

 

 手に持っていたスマホを滑らしたかのように落とす。それは通り過ぎようとしていたビリヤード台のすぐ近くまで転がっていき、奴の足元にまで近づいた。

 

「壊れていないかい?」

 

 笹凪はビリヤードを中断して転がったスマホを拾ってこちらに渡してくる。

 

 こいつとこうして、この距離で向かい合ったのはこれが初めてだ。今までは遠くから眺めるくらいだったが、面と向かってはこれが初接触となる。

 

 俺は別に特別優秀って訳ではない、多少は運動もできて頭も悪くはないが、どこまでいこうと優秀に手が引っかかる程度の存在で、持っていない側の人間だろう。

 

 そんな持っていない側の俺は人一倍嗅覚には自信がある。強者を嗅ぎ分け見極める判断力がある。これだけは特技とさえ言えた。

 

 だからAクラスでも葛城ではなくお姫様についた、こっちの方が強いと判断したからだ。

 

 その観察力と嗅覚が目の前にいる相手をこう評価する。スマホを拾い上げて俺に返してくる男の瞳の奥にある何かを判断していく。

 

 

 

 

 あ、ヤバいわこいつ……化け物じゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「軽井沢は綾小路に制裁を加えたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 この船上試験で色々なことが変わってしまったんだと思う。

 

 青春なんていらない、友情なんて必要ない、なれあいも同情も意味が無い。

 

 私が求めるのは私だけの平穏であり、あの薄暗くて屈辱的な恐怖の日々からの脱出であり解放だけだったと思う。

 

 ここなら過去の私を知る誰かなんて一人もいない。だから私は強者を演じるのだ、私を徹底的に苛め抜いたアイツらを真似て動く。恨まれたって構わない。

 

 平田くんと偽の恋人関係になったのだってそれが理由だ。アイツらはそうやって立場を作っていたから。

 

 吐き気がするような振る舞いだという自覚はある、きっと私は恨まれるんだろうという予感もある、それでもだ。

 

 上手くは、行っていたと思う。クラスでの立場はある程度確保できたし、平田くんも快く引き受けてくれた。彼の優しさに付け込む形になってしまったけど。

 

「笹凪とは協力関係を結んでいる」

 

 そんな私の馬鹿な戦略を、何もかもを吹き飛ばして叩き壊したのは、この無表情の男である。

 

 綾小路清隆、正直なことを言わせて貰えばよく知らない。笹凪くんとよく一緒にいる根暗でコミュ障の男、そんな印象しかこれまではなかったと思う。

 

 私の触れられたくない場所に土足で踏み込んで来た挙句、堂々と弱みをチラつかせて脅そうとしてくるコイツは……普段教室で見せている顔とは全然違う冷たい視線と表情でそう言った。

 

「アンタは笹凪くんの指示で動いてる訳?」

 

「いや、違う。アイツはこんな回りくどいことをしなくても正面から堂々と結果だけを持っていく奴だからな」

 

「そうね、アンタみたいに、股を開けだなんて女の子相手に失礼なこと言う人じゃないもんね、笹凪くんは」

 

「……」

 

 都合が悪くなるとすぐ無言になる。本当に失礼な奴だ。

 

 私とこいつは今、皆が寝静まった時間にひっそりと船の中を移動している。もう試験も終わってやっと自由にできるのに、私は綾小路くんと一緒にいる。

 

 こんな所を誰かに見られたら大変なことになる。私が築き上げて来た実績や立場だって失うかもしれないのに。

 

 彼に案内されて辿り着いたのはいつかの人気のない船の端っこ、私がCクラスの生徒に追い詰められて、綾小路くんに弱みを握られたあの部屋だった。

 

「やぁ、軽井沢さん。それに清隆、待ってたよ」

 

「悪いな、待たせたか?」

 

「あぁ、一時間ほどね」

 

「嘘つけ、呼んだのはついさっきだ」

 

「冗談だよ」

 

 クスクスと笑う笹凪くんはとても絵になる。女の子なら絶対にうっとりとしてしまうような、そんな顔だと思う。

 

 最初は平田くんじゃなくて、笹凪くんに彼氏役を頼もうとしてたんだっけ……だけど放課後にカラオケやカフェに誘っても何かと理由をつけて断って来たから、接し易い平田くんにしたのだ。

 

「天武、軽井沢はこっちの駒になった」

 

「こ、駒って……ホントむかつく」

 

「こらこら清隆、あまり失礼なことを言うもんじゃないよ。すまないね軽井沢さん、彼は少し言葉が足りない所があるし、シャイだからつい強がってしまうんだ。許してやって欲しい」

 

「まぁ、良いけどさ……それより、笹凪くん。本当に私を守ってくれるんだよね?」

 

 そういう条件で私は綾小路くんと笹凪くんに協力することになる。弱みを握られて脅されていることもそうだけど、もし仲間になるのなら必ず守ってくれるという約束だから。

 

「もちろんだ、俺は、そして清隆は、君を必ず守る」

 

 力強い声と瞳だった。笹凪くんは不思議な存在感のある人だから、そう言われると何も言えなくなってしまう。

 

 これが愛を囁く言葉だったら、きっとどんな女の子も落ちるんだろうな。

 

「だから軽井沢さんも俺たちに力を貸して欲しい……君が必要だ」

 

「う、うん、わかった……」

 

 良かった、本当に良かった……そこさえ守れるなら、私に不満はない。

 

「ありがとう、これからは一緒に頑張ろう」

 

 また穏やかに笑う笹凪くんは、その顔を綾小路くんに向けた。

 

「しかしまさか軽井沢さんが仲間になってくれるとはね。口下手な清隆がどんな風に口説いたのか気になるな」

 

「い、いや、それはだな……」

 

 あの冷たい表情と冷たい視線で私のトラウマに踏み込んで来た綾小路くんは、別人のように戸惑っている。

 

 あれ、もしかして笹凪くんはコイツが何をしたのか知らない感じ?

 

 へぇ……あんな失礼なことをしたのに、黙ってるつもりなのか。

 

「笹凪くん、私、綾小路くんに脅されたのッ!!」

 

「おい、軽井沢」

 

「しかも……ま、股を開けとか言い出したの!! セ、セクハラ!! とんでもないセクハラ野郎なんだから!!」

 

「えぇ……本当なのかい? 清隆?」

 

「嘘だ」

 

 コイツ!! 堂々と嘘を付いてる!?

 

「はぁ、全く……良いかい清隆、女性には紳士的に接しなきゃ駄目だよ?」

 

「……」

 

「返事は?」

 

「わかった」

 

「駄目よ、私はすっごく怖かったんだからね、もっと反省しなさい、反省を!!」

 

「ん……どうやら言い過ぎたこともあるみたいだね。軽井沢さん、どうか清隆を許してやって欲しい。悪気があった訳じゃないと思うんだ」

 

「いや、悪気がなきゃあんなこと言わないから」

 

「尤もな意見だ……うぅん、どうするか、協力関係になるんだから仲が悪いのはちょっとな」

 

 顎に手を当てて考え込む笹凪くん、私はそんな彼を見てこんなことを思い浮かべる。

 

「デコピン……そうよ、デコピンよ!!」

 

「デコピン? それはあれかい? 指で弾く奴」

 

「うん、このセクハラ野郎にはそれが必要よ。だから笹凪くん、思いっきりやっちゃって!!」

 

「おい待てッ……自分が何を言ってるのかわかってるのか軽井沢。天武のデコピンだと? オレを殺すつもりか?」

 

 無表情で冷たい瞳で私を脅してきたとは思えない程に、焦った様子で綾小路くんはそう言った。

 

 ここで私はコイツもそんな顔をするんだって初めて知ったと思う。

 

「まぁ、清隆にも反省すべき点があるみたいだしね……ん、腹を括ろうか」

 

「ま、待て……話し合おう」

 

「清隆……額を出せ」

 

 これで綾小路くんも思い知った筈だ。私が股を開けと言われた時、どれだけ怖かったのかを。

 

 

 その後、爆竹を弾けさせたような音が部屋の中に広がった。気絶した綾小路くんは笹凪くんが担いで部屋に持って帰ることになる。

 

 ざまあみろ、私は少しだけ良い気分になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とある師弟の日常」

 

 

 

 

 

 

 

 

「くいいぃぃぃぃッ!?」

 

「弟子、その奇妙な叫び声はなんとかならないのかい?」

 

 霧深い山の奥、およそ人が暮らすような環境ではないその土地に、ひっそりと存在する神社の中で、とても奇妙な声が響いていた。

 

 声の主はまだ少年だ。歳は十歳にも届かないだろう。普通ならランドセルを背負って学校に通っている筈なのだが、少年が背負っているのはランドセルではなく細かく彫り込まれた仁王像だった。

 

 筋骨隆々のその彫刻は少年に取り付くような形をしており、彼はそんな状態で腕立て伏せを強制されているらしい。

 

 仁王像のサイズから見て明らかに彼とは不釣り合いであり、そもそもそんな巨大な重しを背負ったまま筋力トレーニングをするなど近代スポーツ科学の観点から見ても推奨されることではない。

 

 それでもなお、少年は仁王像を背負いながら筋トレをしていた。汗だくになり体中の筋繊維をボロボロにしながら。

 

 そこまで追い込まれれば変な叫び声も出て来るだろう。だが彼を監督する人物は無駄口を叩くなと忠告している。

 

「後二百回」

 

「は、はいッ!!」

 

 穏やかでありながら、どこか力強い声である。不思議な魅力を宿しており、耳朶から脳に染み込んで深層心理に刻まれる、そんな声であった。

 

 声の主は美しい女性だ。言葉にするのが難しい存在感を放っており、彼女を前にすればおそらく全ての人間が黙り込むのかもしれない。

 

 視線を吸い寄せる引力と、あらゆる存在を遠ざける迫力を持ち合わせながら、それらを上手く調和されている。

 

 カリスマと表現するよりは、魔性と言うべき存在なのかもしれない。

 

 人間が理解できる限界の美しさと存在感は、まさに魔性だ。

 

 遥か太古に人間が捨て去ってしまった何かを持っているのだろう。陳腐な言い回しだが神の子という言葉がよく似合ってしまう。

 

 そんな彼女は弟子の鍛錬を監督する傍ら、巨大な丸太を削り取って新しい仁王像を作っている。どうやらそれも弟子に背負わせるつもりのようだ。

 

「それが終ったら次はこれを担いでランニングだよ」

 

「し、師匠ッ、そろそろ死んでしまいます!!」

 

「そうなったら、君はそこで死ぬ定めであったという、それだけの話だ……そんなことはどうでも良いから、腕立てしながら勉強もするよ。今から私が言う問題を頭の中で解いていくこと……良いね?」

 

「よくありません!!」

 

「では行くよ、第一問――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の年、相変わらず少年と師匠は山奥で生活をしていた。少しだけ背が伸びて逞しくなった少年は、それでもやはり少年の域を出ていないのだが、そんな彼に師匠の女性はこう言った。

 

「これは私の流派に伝わる薬でね。複数の漢方や薬草や毒虫なんかをうまい具合に混ぜ合わした物だ……飲むと内臓が良い感じにグチャグチャになる」

 

「薬ッ!? 薬なんですよねそれ!? なんかどす黒いし、異臭がとんでもないしッ!! 死ぬッ、そんなの飲んだら死んじゃいますって!?」

 

「死にはしない、ただ一カ月くらいは内臓がグチャグチャになって、吐血と血便や血尿が止まらなくなるだけだ、大丈夫だよ」

 

「大丈夫な要素が皆無ッ!?」

 

「それを乗り越えたらとても頑丈な内臓になるんだ……破壊と成長は表裏一体、飲みなさい」

 

「クソッ、こんな所にいられるかッ!! 俺は逃げさせてもらいます!!」

 

「おやおや、いけない子だ」

 

 結局、少年はその薬を飲まされることになる……死にはしなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 その翌年、やはりと言うべきか少年と師匠は山奥の神社で過ごしていた。

 

「いいかい弟子、重要なのは指の動きと視線、そして銃口の角度だ……それらをしっかり観測して対処すれば銃は怖くない。弾は真っすぐにしか飛ばないからね。素早く動いて射線を避ければどうとでもできる」

 

「師匠、何言ってるんですか?」

 

「とりあえず今日は初めてだし、銃を撃つタイミングはわかりやすくするから、頑張りなさい」

 

「会話をしましょう、師匠!?」

 

 師匠と呼ばれた女性は右手に持った銃を見せびらかすように弟子に向ける。モデルガンなどではなく、本物の兵器であるそれを。

 

「じゃあ3秒後に撃つからね……1、バァン」

 

 銃口から凶器の弾丸が放たれる、それを少年は銃口と指先の動きで予期して必死に回避した。

 

「2と3はぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「あぁ、避けれるじゃないか、それで良い」

 

「師匠ッ!? 三秒後に撃つって言いましたよね!? 三秒後に!! なのに一秒で撃った!! 酷い!!」

 

「君は何を言っているんだ……私が教えているのは実戦だよ。よーいドンで全てが始まるスポーツじゃない」

 

「だからって嘘つかなくても良いでしょう!!」

 

「卑怯だと罵れるのは君が生きている証拠だ。死んだ後では愚痴ることもできないからね、良いことだ」

 

「会話が成立してません!!」

 

「世の中の全てが君の都合を中心に回っている等と思わないことだ。不意打ちも騙し討ちも常に警戒しなさい、何だったら私が銃を握った瞬間に奪い取るくらいはするんだ。相手に何もさせない、これに勝る戦略は存在しないんだから。よく覚えておくと良い」

 

 また銃口が少年に向けられる。そこに一切の躊躇はない。

 

「じゃあ対銃訓練を行いながら英語の勉強をしようか……撃つ度に私が英語の問題を出すから、君は避けながらそれを翻訳して答えなさい」

 

「そんな無茶な!!」

 

「成せばなる、何事もだ、ほら行くよ」

 

「あぁああああああッ!! そんなに連射しないでッ!?」

 

 その日、山奥の神社では銃声が絶えなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また一年が過ぎた。弟子と師匠は神社から更に奥に進んだ傾斜の激しい山奥にいた。

 

「弟子、人が一番高いパフォーマンスを発揮できる瞬間がいつかわかるかい?」

 

「師匠……俺、凄く嫌な予感がします。どうしてわざわざこんな傾斜の激しい山の頂上に連れてこられたんでしょうか?」

 

「それはね、死に瀕した時だ」

 

「……俺の話聞いてます?」

 

「どんな人間であっても、死が目の前に迫った時に性能以上の力を発揮することが可能だ。足は速くなって思考は加速する……なら話は簡単だね、死ぬような目に遭ってその感覚を日常にすれば、人は常に最高の性能を発揮することができるんだ。最高の集中状態を意識一つで引っ張って来れるようになる」

 

「……」

 

「こら、逃げるんじゃない」

 

「嫌だ!! 俺はまだ死にたくない!!」

 

「何の為にあれだけ強引に基礎をとなる体を作ったと思っているんだい、この日の為だ」

 

「山から突き落とされる為の訓練だったんですか!?」

 

「あぁ、それで生き残る為の訓練だった……さぁ、死と友人になってきなさい。これを乗り越えれば君は極まった集中状態を手にできるだろう。喜ぶと良い、天才と呼ばれるような人種でもそこに至れるのは一部だけだ」

 

「あ、止めて、追い詰めないで……あぁああああああああッ!!?」

 

 最後まで抵抗する弟子を、師匠は勢いよく蹴り落とす。とても急な傾斜を持つ山は一度転がり始めれば止まることは難しく、ただ落ちていくだけである。

 

 それでも弟子は死にたくないと必死で勢いを殺す為にあらゆる手段を模索して手を伸ばす。きっと彼はこれまでの人生で最も集中して努力していることだろう。

 

「うん、やはり筋が良い……後5回か6回くらい繰り返せば、集中状態を会得できそうだな」

 

 少年の努力を山の頂で俯瞰する師匠は、ただ満足そうに眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更に更にその次の年、弟子と師匠が暮らす山奥の神社は寒波によって雪に覆われていた。そんな状態でありながら二人は外出しており、凍える寒さの中でとある生物と対峙していた。

 

「冬眠しなかった熊だね……麓の町に行くかもしれないから、ここで処理しなさい」

 

「えぇ……滅茶苦茶大きい熊なんですけど」

 

「あぁ、今の君が死ぬ気で頑張ればギリギリいけるんじゃないかな」

 

「し、師匠は手伝ってくれないんですか?」

 

「私が手伝ったら訓練にならないだろう。君は男の子に生まれたんだ、熊くらい倒せないでどうする」

 

「熊は殺せなくても生きていけると思います」

 

「それは熊を倒せない弱者の思考だ」

 

 師匠と呼ばれる女性は耳朶に残る不思議な声色でそう言うと、弟子の背中を押して飢えた熊の前に出す。そして彼女自身はその場に腰を下ろしてしまう。

 

「せっかくだから勉強しながら熊と戦おうか。数学は昨日やったから今日は道徳かな……熊と戦いながら私が言ったことを復唱しなさい」

 

「ちょ、待ってッ……あぁッ!! 爪掠った!?」

 

「他者と接する時は敬意を示すこと、はい」

 

「た、他者と接する時は――うぉぉッ!!?」

 

「言葉が途切れているよ、ほら、頑張りなさい」

 

「せめて熊と戦わせることに集中させてください!?」

 

「弟子、社会人は様々なことを同時に進行する能力が求められる。複数の目標に向かってそれぞれ思考を分散するのは基本だ……世の大人たちは皆同じことができる」

 

「熊と戦うことと道徳の授業を同時進行する必要はありません!!」

 

「いや、それができるのが大人であり社会人だ」

 

「大人ってスゲェッ!!」

 

「良いから集中しなさい。いつも言っているね、掴んだら?」

 

「必ず壊す!!」

 

「突っ込んだら?」

 

「必ず引っこ抜く!!」

 

「宜しい、頑張りなさい」

 

「はい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからまた暫くの年が過ぎ去った。少年はいつしか背もしっかりと伸びて少年の面影を完全に消し去り、いよいよ大人の一歩を刻もうとしている年齢となった。

 

 いつものように鍛錬を行い、いつものように勉強をして、いつものように師匠と実戦を繰り返す。そんな日々。

 

 しかし今日は少しだけ違っていた。師匠はいつもの和装ではなく男物のスーツを身に纏っており、同じような黒いスーツを弟子に渡す。

 

「今日は仕事を手伝って貰うよ」

 

「師匠の仕事を? これまでは駄目だって言ってたのに……」

 

「あぁ、けれどそろそろ良いだろう……悲しいことに、世に騒乱の種が尽きることはない。私の知り合いにはね、悪者を倒すとお金をくれる親切な人がいるんだよ」

 

「へぇ、そんな人がいるんですね……具体的には何をするんですか?」

 

「丁度今、空港にハイジャックされた飛行機が止まってるらしい……偉い人も乗ってるらしいから、上手く処理しようか」

 

「ん、了解です」

 

「良い返事だ、それでは行こう」

 

 

 こうして二人は山奥の神社から人里に下りていくことになる。少年は大人への一歩を踏み出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はッ!? ゆ、夢か……またこれか」

 

「おはよう、清隆、目が覚めたみたいだね」

 

 目を覚まして寝かされていたベッドから体を起こす。眉間に鋭い痛みが走るのは天武にデコピンをされたからだろう。どうやらオレはあれで気絶してしまっていたらしい。

 

 軽井沢からの悪乗りと当然の制裁であったので受け入れるしかなかったが、まさか気絶することになるとは……ゴリラのデコピンと考えればこれで済んだことは喜ぶべきなんだろう。

 

 船の中にある部屋にはオレと笹凪の姿がある。看病をしてくれていたらしい。

 

「おでこは大丈夫かい? ごめんね、少し力加減を間違ってしまったみたいだ」

 

「あぁ、問題はない……少し腫れているけどな」

 

「すぐに引っ込むよ」

 

 額に手をやると冷却シートが張られていた。おそらく天武が張ったものだろう。

 

 骨折はしていないだろうかと心配になって額を何度も撫でるのだが、そんなオレを見て天武はクスクスと笑う。

 

 荒唐無稽な夢の中で見た少年と、天武の顔が何故か重なってしまった。

 

 今思えば、入学してから続く奇妙な夢見の悪さは、こいつと出会ってからかもしれないな。

 

「天武……苦労したんだな」

 

「急にどうしたんだい?」

 

 

 あの夢がなんだったのか、そして事実であるかはわからない、けれどオレは不思議と天武に同情するのだった。

 

 あそこに比べれば、ホワイトルームはまだ良心的なのだから。

 

 

 

 

 

 

 




ホワイトルーム「引くわ……そうはならんやろ」
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