ようこそ未熟者がいく教室へ   作:にやまな

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夏休み 2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前にいる男、南雲雅の視線がこちらを観察してくる。自信に満ちた振る舞いに感じ取れる余裕、そして瞳の奥にある好奇心と興味の色が見て取れた。

 

 唇は柔和に歪められており、白い歯が僅かに覗いている。

 

 整った容姿に研ぎ澄まされた雰囲気はある種のカリスマを備えており、異性の目を嫌でも引きつけるだろうことがよくわかった。

 

「どうも、南雲先輩」

 

「へぇ、俺のことを知っているのか?」

 

「生徒会の副会長ですから、知らない人の方が少ないんじゃないですか」

 

 俺もまた、南雲先輩と同じように足から腰、そして胸、最後に顔を観察していく。最終的には視線がぶつかり合うことになる。

 

「……」

 

「……」

 

 そして何故か俺たちは無言になった。俺は彼を観察しているし、南雲先輩もまた俺を観察している。

 

 気まずくなったのか、それとも無言に耐えられなくなったのか、南雲先輩は俺からさっと視線を反らしてしまう。

 

 拙いな、堀北先輩から聞かされた話によってどうしても警戒心が高くなってしまう。それはつまり師匠モードになりかけているということだ。落ち着かないといけないな。無駄に圧力をかける必要もないだろうし。

 

 ばれない様に静かに深呼吸をしてから師匠モードを遠ざける。これで話しやすくなっただろう。

 

「それで、えっと……どうして生徒会室から出て来たかですよね? 実は堀北会長から生徒会に勧誘されまして」

 

「堀北会長から? あの人は今年の一年に失望してるって話だったが……」

 

 師匠モードが遠ざかったからだろうか、南雲先輩は反らしていた視線を戻して再びこちらを観察してくる。

 

 こちらと同じように足から頭まで舐め上げるように。

 

「あぁ、なるほどな」

 

 そして何故か頷くのだった。南雲先輩の中で納得が生まれたらしい。

 

「つまりお前は生徒会に入るのか?」

 

「いいえ、お断りしました。今はクラスの方に集中したいので」

 

「そりゃ勿体ない、面白くなりそうだったのによ。色々と噂は聞いてたから興味はあったんだ」

 

「俺の噂ですか……良いものなら嬉しいんですけど」

 

「今年の1年のDクラスは、特別試験で大勝していきなりBクラスにまで跳ね上がったんだ、これまでありえなかった事だからどうしたって注目は集めるだろ。お前がリーダーとして動いたって噂は上級生にまで届いてる」

 

 意外にもその辺の情報は学校全体に広がっているものらしい。

 

「後は荒唐無稽な噂もお前には多いな。シャベルを丸めただとか水泳の授業で世界記録を出しただとか、後はなんだったか……あぁそうだ、屋上から飛び降りたとかなんとか」

 

 葛城も同じような噂を耳にしたと言っていたな。堀北会長からもサウナで忠告されてしまったので、やはり大きな騒ぎになっていたんだろう。

 

「確かに、屋上から飛び降りましたね」

 

「うん? マジなのか?」

 

「はい、間違いなく飛び降りました」

 

 そこで南雲先輩は顎に手を当てて考え込む。少し迷うかのように。

 

「あ~……なんだ、悩みとかあるのか?」

 

「いえ、日々健康かつ健全に生きています。ただあの時はとても急いでいたので、仕方なく飛び降りたんです」

 

「……急いでいたから飛び降りたのか?」

 

「はい、とても急ぐ必要があったんです。悠長に階段を下りている暇もない程に」

 

 清隆から佐倉さんが危険かもしれないと連絡を受けていたからな、階段なんて使ってられなかった。実際に彼女はとても危険な状態だったのであの時の判断は間違いではなかったと思う。

 

「南雲先輩も同じような経験がありますよね?」

 

「ある訳ねえだろ、俺をなんだと思ってるんだ」

 

「急いでる時は廊下を走ったり、階段を飛ばしたりしません?」

 

「だからって屋上からは飛び降りないだろ」

 

「だとしたら、それは南雲先輩がこれまで一度も焦ったことが無いという事なんだと思います。普通は焦っていたら飛び降りるでしょう」

 

 南雲先輩は眉間に寄った皺を指先で揉み解す。そして疲れが交じった口調で呟くようにこう言った。

 

「会長タイプかと思ってたが……どちらかと言えば鬼龍院寄りかぁ」

 

 鬼龍院? 確か二年の先輩だったな。美人だったと記憶している。

 

「あ~、なんだ……他の生徒の迷惑になる。今後、そういった行動は控えろ、わかったな?」

 

「堀北会長にも同じように注意を受けましたので、可能な限り控えようと思います」

 

「いや、そこは絶対に止めると断言する所だろうが……はぁ、もう良い」

 

 何故か疲労を感じているようで、南雲先輩は強引に話を打ち切ってしまう。

 

「ま、面白い一年と出会えて良かった。これからも色々と楽しませてくれよな」

 

「今年の一年生は皆面白いと思いますよ。色々と情報は仕入れているんでしょう?」

 

「そりゃ色々とな、お前を含めて今年は粒ぞろいだって……だからまぁ、楽しみにしてるんだ。頑張れよ、これでも期待してるんだぜ」

 

 そう言って南雲先輩は親しそうに俺の肩を叩くと、そのまま背中を向けて去っていき、生徒会室に入っていく。

 

 残された俺もまた背中を向けて校舎の外へと進んで寮に帰ることになる。こうして生徒会副会長との初接触は終わることになる。

 

 堀北会長曰く、大量の退学者を出すかもしれないと危惧している人物であり、あの瞳の奥にある根本的な偏りと大きな自信は生徒会長の抱く危惧を連想させるものではあるな。

 

 ああいった存在は師匠の仕事を手伝ってる時に、何度か接触したこともあるし珍しい人と言う訳でもない。どんな場所にも少なからず存在しているとさえ言えるだろう……実際に大成するのは本当にごく僅かであるが。

 

 面倒ごとに巻き込まれなければ良いと願わずにはいられないなぁ、何せウチのクラスはようやくスタートラインから走り出したばかりなのだ。上級生と絡んで衝突している場合ではない。

 

 校舎から出て寮へと向かい、玄関の近くに置かれていた仁王像を作る時に設置したテントを折り畳み、木くずや工具や機材などもしっかりと片付けてから寮の部屋へと帰る。

 

 けれど一人でいても暇なので、隣人でもある清隆の部屋へと直行した。

 

「なぁ清隆、もしポイントが湯水のように使いまくれたらどうする?」

 

 訊きたかったのはそれである。九月にありえないような大量のポイントが入って来ることが確定したので、その運用方法に関して相談もしたかったのだ。

 

「急な質問だな……」

 

 清隆は部屋の中で特に何かをするでもなく、暇を持て余していたらしい。相変わらず殺風景な部屋でありあまり物が置かれていない。

 

 この部屋にある物と言えば図書室から借りて来たであろう書物と、俺が以前にプレゼントした自作のチェス一式くらいだろうか。

 

 暇を見つけてちょっとずつ作っていたチェスは夏前には完成しており、俺の部屋に来る度に興味深そうに見つめていたのでプレゼントした品であった。

 

 チェスの経験があるのかと訊くと「思考力を高める為にカリキュラムに組み込まれていた」と返答されたので、ホワイトルームで色々とやっていたらしい。

 

 俺としても渾身の自信作なので、大事に扱って欲しいものである。

 

「そんなことを訊いてくるということは、大量のポイントが手に入る目途があるのか?」

 

「あぁ、予期せぬ形だけどね」

 

 コンクールに出した作品にどうした訳か購入の打診があり、それによって莫大な現金を手に入れることが出来て、更にそれをプライベートポイントに変換したことを説明すると、清隆は感心したように目を瞬かせた。

 

「なるほど……そんなことがあったのか」

 

「奇特な人がいたもんだよね」

 

「芸術の世界では、そんなこともあるものなんじゃないのか?」

 

「一流で凄く有名な人の作品とかならとんでもない値段が付くこともあるんだろうけど、無名の学生が描いた絵にそんなに金を払うことはまずありえないんじゃないかな」

 

「だが、実際にお前は大量に稼いでいるだろ」

 

「都合よく動き過ぎだって、まぁ一時的な気の迷いか、酔っぱらってた可能性もあるかもしれないね」

 

「なんでもいい、ポイントが大量に運用できるのならば、それで十分だ」

 

 確かにな、金持ちの考えはよくわからない。俺たちにとって重要なのは大量の軍資金を手にしたと言うことだ。

 

「それでどうかな? もしポイントが大量に使えるとしたら君ならどんな作戦を思いつく?」

 

「色々とできることは多いな。実際に可能かどうかはまだわからないが」

 

「それでいいさ、色々思いついたことを言って使えそうなものを拾っていけば良い」

 

「そうだな」

 

 ただ話し合っているのもアレなので、せっかくだからチェスでもしながら作戦会議と行こう。俺が自作したチェス盤や駒もあることだしな。

 

 机の上にチェス盤を置いて駒も並べて、ついでに清隆はコップに飲み物を注いで持ってきてくれる。

 

「まず、パッと思いつくのは買収だろうな。2000万ポイントを提供するからと交渉を持ち掛ければ、どこのクラスにでもスパイを作れるだろう」

 

「まぁそこが最初に思いつくことだよね」

 

 2000万ポイントあればその時点でAクラスでの卒業が確定する。自分のクラスがどうなろうと他人事のようなものだ。

 

「ただやりようによってはそれ以下のポイントでスパイは作れるだろうからな、そこまでポイントを動かす必要はあまり感じない」

 

 清隆がチェスの駒を動かす、淀みなく鋭い駒捌きはどこかAIソフトと対戦しているかのような気分になってくる。

 

 俺はそんな彼の一手にすぐさま最適解を返す。少なくとも俺が考えられる限り最高の一手を。

 

「後は……実現可能かどうかは現時点で不明だが、クラス替えによる攻撃だな」

 

「どういうことだい?」

 

「例えばだが、2000万ポイントを使って他クラスに移動するとしよう」

 

「ん、それで?」

 

「そのクラスに移動した瞬間に、その生徒を自主退学させる」

 

「えぇ~……それはあれかい? 退学によるペナルティをそのクラスに与えるってことかな?」

 

「そうだ。回避も対処もできない爆弾になるだろうな」

 

「自主退学した生徒はどうするつもりなんだい?」

 

「この学校はポイントで買えない物はないと豪語しているんだ。復学の権利も買えるんじゃないか? 実際に可能かどうかはわからないから、机上の空論でしかないが」

 

「なるほどね、まさに大量のポイントを持つからこそできる滅茶苦茶な攻撃という訳か……性格悪すぎる作戦だな」

 

「あくまでポイントをどれだけ使っても惜しくはないという条件での作戦だ。もし本当に実行するとしても非効率極まりないだろう。それなら普通に試験に勝った方がずっと楽で節約にもなる」

 

 その性格の悪さと悪辣な作戦を思いつく頭脳は駒運びにも現れている。やっぱり素面の状態だと苦戦は免れないな。このままだとそう遠くない内に詰みまで持っていかれる。

 

 序盤に動きが緩慢だったのに対して清隆は最初からずっと鋭い切り込みを続けているのだ。スタートダッシュに負けてしまうとなかなか戦局は難しいものになってしまう。

 

「いや、参考にはなったよ。復学の権利とか実際にあるかどうかは知らないけど、もしあるのならそれだけで俺たちが取れる作戦の幅が広がるんだ。悪い事じゃないよ」

 

「そうだな」

 

 その作戦が実現可能で、実際にそれをなせるだけのポイントがあれば、試しに一回くらいやってみても良いかもしれない……高い確率で学校側は怒ってくるだろうけど。

 

 前例のない行動だろうからおそらくそれを罰する規則もない。規則がないということは制裁も受けないということだ。それこそ無人島での試験で俺がやったスポット引きちぎり作戦のように。けれど一度でもこの作戦を実行してしまうと二度目が起こらないようにルールが変わってしまうかもしれないな。

 

 試せるのは一度だけ……だとしたら三年最後の特別試験が終わった段階で、もしAクラスになれていなかったら、一か八か実行するのもありかもしれない。滅茶苦茶恨まれるだろうけど。

 

「三年の最後辺りにやってみようか?」

 

「本気か? とんでもなく恨まれるぞ?」

 

 いや、君が考えた作戦だろうに。どうして呆れたような顔をするんだ。

 

「それが必要だったらって状況なら、やってみるのも良いと思うけどね。仮に恨まれて暴走するような人がいたとしても、最大四十人なら制圧できる」

 

 最悪な方法だという自覚はあるけど、その選択肢があるのなら踏み込むべきだ。勝利はしっかりもぎ取るべし、師匠がそう言ってた。

 

「まぁ、二年後がどうなってるかなんて俺にも君にもわからないんだ。様々な可能性や手札を作っておくべきだろう」

 

「それはそうだな、反論の余地がない」

 

 また清隆の動かす駒が俺を追い詰めていく……このままだとすぐに詰みなので、そろそろ師匠モードになっておくか。

 

 清隆も夏休みの間は暇していることも多いみたいなので、こうしてチェスでもしながら作戦会議も良いだろう。俺にはない方向性の思考を持っている相手なのでなるほどと感心することも多い。

 

 それに、こうして友人と語らいながら将来のことを考えるのは、とても学生っぽい。師匠が言ってた高校生あるあるの一つだ。

 

「む、負けてしまったようだな」

 

 結局、俺はその対局に負けてしまう。序盤を制されると師匠モードでもさすがに勝てないか。

 

「天武、罰ゲームだ。今日の夕飯はそっち持ちで宜しく頼む」

 

「はいはい、わかったよ。何が食べたい?」

 

「食べたことのない料理が良いな」

 

「なら意外性のある感じでいってみるか」

 

 こんな夏の一時も悪くない、師匠と暮らしていた神社ではまず経験することの無かった時間なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

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